最終話
4話連続投降の4話目で、最終話となります。
王国の勝利宣言から五年、オオトリ領はすさまじい速度で発展していった。
始めの一年こそ、領地見分に力を入れていたので他の貴族から注目されるようなことも無く、あまり話題に上がらないような状態だったのだが、その一年でオオトリ領全域の状態を調べると同時に領の中心になる街を作れるところを探した。
二年目には街を作る予定の場所に下水道(のようなもの)を作り始め、三年目にはケリーの人脈で集めた職人集団と共に下水道を完成させ、本格的に街づくりを始めた。
三年目の後半には街づくりと並行して街道整備にも力を入れ始めたので、この頃になるとオオトリ領関連が貴族の間で一番出てくる話題だと言われるようになった。
四年目には大きめの町と言えるくらいの規模にまで成長し、簡易的ではあるものの北と東と西に続く三本の大きな道ができ、さらに街づくりの速度が上がることになった。
そして五年目となる今年、王族の話題が国中を席巻していた。
しかも王族の話題は三つもあり、一つ目は王様が玉座を退き、シーザー様が新たな国王になると言うもの。二つ目はティーダとエイミィが正式に婚約し、一年後を目途に結婚すると言うもの。そして三つ目が……前国王へと肩書の変わった王様が、マリア様と共に半年単位でオオトリ領に滞在すると言うものだ。
滞在理由について、表向きの理由はオオトリ家との友好関係の再構築の為であり、裏向きの理由は急激に発展するオオトリ家を監視する為……となっているが、本当はシーザー様が国王としての地位を固めやすくする為であり、ついでに王都の貴族に気兼ねすることなく羽を伸ばす為でもある。
「少し遅れ気味かな?」
「王都からオオトリ領まで距離がありますし、到着の予定日がずれることは良くありますから」
「まあ、こちらからも、ディンさんと『暁の剣』とオッゴに五百のゴーレムを持たせて境界線の近くまで迎えに行かせたから、『大老の森』の奥にいるような魔物が出てこない限りは大丈夫か。それに、シロウマルもついて行ったから、危ない魔物が居ればすぐに気が付くだろうし」
そんな感じでプリメラと話していると、プリメラの抱いていた子供が泣き出した。
「もしかして……漏らした? アウラ! 出番!」
子供の泣き声に気が付いたアムールが、茶髪の男のこと黒髪の女の子の手を引きながらアウラを呼んだ。
「アウラはお茶菓子の準備をしているわよ」
しかしアウラからの返事はなく、代わりにお腹の膨らんだジャンヌが返事をした。ジャンヌの手には、灰色の髪をした男の子の手が握られている。
「じゃあ、クリス!」
「クリスの方も、自分の子の相手で手一杯のようじゃったぞ」
アムールがアウラの代わりにとクリスさんを呼んだけれど、今度はじいちゃんが答えていた。じいちゃんの後ろには、先代の王様……アレックス様とマリア様がいた。
二人は王都で見かける時よりもかなりラフな格好をしていて、マリア様は気を使っているのかほとんど変わりなかったが、アレックス様はかなり日に焼けていた。
「漏らしているみたいじゃなさそうだけど……俺じゃ無理っぽいな。スラリン、頼む」
何が不満で泣いているのか分からなかったので、一度プリメラが地面に下ろした子供を抱こうとしたら、さっきよりも大きな声で泣き出したので抱くのを諦めた。そして、俺の代わりにスラリンが抱き上げると、
「うむ、やはり子供をあやすのはスラリンが一番上手い」
一発で子供は泣き止んだ。そしてすぐに上機嫌で笑い始めた。
そんな光景を見て少し落ち込み気味だった俺のところに双子がやってきて、俺と手を繋ごうとしている。正直言って、この子たちはまだ五歳なのに俺よりも気が回る。
「ごめんスラリン、この子もお願い! さっきから全然泣き止まないの!」
そして新たに、プリメラの子をあやしているスラリンの下へ、クリスさんの子も追加された。
「クリス、情けない」
「私が情けないというよりも、スラリンが上手すぎるんだからしょうがないでしょ!」
などと言って、いつものようにからかうアムールにクリスさんが反論していた。
「テンマ様、あちらの方に席を用意いたしましたので、座って待たれてはいかがでしょうか?」
そこにアイナがやってきて、飲み物とお菓子を用意したと声をかけてきた。アイナの示した方には、数人のメイドを指揮するアウラと、今年で三歳になるアイナとディンさんの娘の姿が見えた。
アイナの娘は三歳にしてはしっかりとしている子で、よく母親を真似てメイドの仕事を手伝っている。このままアイナに似てくれればいいが、間違っても叔母の影響は受けないで欲しいものだ。そう思っているそばから、アウラがポットを持ったまま転びそうになっていた。
「テ~ン~マ~……遊びに来たで~~~!」
皆が席に着いてお茶やお菓子に手を伸ばそうとしていると、この屋敷に続く大通りを砂煙をあげながら爆走してくる怪しい影……ナミタロウだ。
「またしばらく世話になるで! それと、すぐ近くまでティーダたちが来とるって、ディンから伝えるように頼まれたで!」
ナミタロウの遥か後ろから、ジンたち『暁の剣』が馬を必死になって走らせてこちらに向かっている。
「多分、ジンたちが来てから三十分もせんうちに到着すると思うから、そろそろ準備しといた方がいいと思うわ。あっ! 嬢ちゃん、ワイにもお菓子くれんか?」
ナミタロウは俺たちにそろそろ準備した方がいいと言いながら、自分はアイナの娘にお菓子を頼んでいた。アイナの娘は、ナミタロウを怖がることなくお菓子を持って近づいて……ナミタロウ目掛けて放り投げていた。流石にこの行動はアイナに怒られていたが、ナミタロウは気にせずに投げられたお菓子を一つも落とすことなく口でキャッチして、満足そうにお茶を飲んでいる。
「皆、ティーダの馬車が見えたから、並んで出迎えようか?」
すぐ近くまで来ているジンたちの後方に、小さくティーダの馬車が見えたので、少し早いかもしれないが皆で待つことにした。
「あっ! 言い忘れ取ったけど、ティーダとエイミィだけじゃなく、なんかルナも隠れとったで」
「あの子は……最近すっかり大人しくなって、淑女としての自覚が芽生えてきたと思っていたのに……」
来る予定になかったルナもいるということで、マリア様は頭を抱えていた。
「まあまあ、多分ルナがごねたんでしょうけど、シーザー様とティーダが隠れて付いてこようとするルナを見逃すとは思えないので、マリア様たちが王都を出た後で計画が変更になったんではないですか? ティーダたちの初めての視察ですけど、息抜きの旅行と言う側面があるのは公然の秘密ですから、それならルナも連れて行ってもいいとか、連れて行った方が王家とオオトリ家だけでなく、俺と兄妹揃って昵懇の仲とであると内外に知らせることができると考えたんじゃないでしょうか?」
そうフォローすると、
「シーザーなら、そう考えてもおかしくはないわね。テンマ、迷惑をかけるけど、ルナの分の部屋もお願いね。シーザーが絡んでいるのなら、滞在費用は持たせているはずだから」
と言ってマリア様は頭を下げていた。その間アレックス様はじいちゃんに、「絶対にお前に似たのじゃ!」といじられていた。
「あの、テンマさん……そろそろティーダ様を出迎える準備をしないといけませんよ」
マリア様と話している間にジンたちは到着していて、俺の代わりにプリメラに報告していた。そして、ティーダとエイミィ、そしてルナを乗せた馬車は、すでに誰の目にも視認できるところまで来ている。
「それじゃあ、皇太子様を出迎えるぞ。トウマ、トウカ、おいで」
双子を呼んで俺の隣に立たせ、門のところでティーダたちを待つことにした。
普段なら二人を特別扱いすることはあまりしないが、こういう時はオオトリ家の長男長女ということで前に出させるようにしている。
この二人のうちどちらかがオオトリ家を継ぐと決まっているわけではないが、最初に生まれた子である以上はどちらかが継ぐ可能性が高いので、子供のうちから慣れさせた方がいいと色々な人から言われたからだ。
まあ、頭が固く古い考えを持つ奴らの中には、双子であることにケチをつける奴もいたが……そいつらはすでに排除済みか貴族社会でハブられ始めているので、この子たちが大人になる頃には双子であるということがハンデになることは無いだろう。
「来たぞ。皆揃っているな」
そう言って振り返ると、トウマにトウカ、ショウマを抱いたプリメラに、アレンを抱いたジャンヌ、アムールにクルトを抱いたクリスさん、テーブルでお茶を飲んでいるじいちゃんにナミタロウとアレックス様にマリア様。
「シロウマル、お座り。ソロモンも、そこに居たら邪魔になるからシロウマルの後ろに移動。スラリンは……シロウマルの背中で出迎えるのか」
馬車よりも先に戻ってきたシロウマルが双子とは反対側の俺の横でお座りすると、スラリンとソロモンも移動してきてそれぞれの場所に着いた。
「トウマ、トウカ、オオトリ家の子としての初仕事だ。元気よく皇太子様を出迎えるんだぞ」
「「はい!」」
馬車の方を見ると、ルナが窓から身を乗り出しながらこちらに向かって手を振っている。すでにバレてると確信して、開き直っているのだろう。
もう一度プリメラたちの方を振り返り皆の顔をしっかりと見て、これからもこんな幸せな日々が続けばいいと思いながら、ティーダたちの乗る馬車を出迎えた。
「「ようこそお越しくださいました、皇太子ティーダ様!」」
いつこんな言葉を覚えたのか不思議ではあるが、この子たちを含めたオオトリ家の皆が幸せに暮らせるようにするのが、俺がこの世界に生まれた本当の使命なのかもしれない。
異世界転生の冒険者 了
8年と少し続いた『異世界転生の冒険者』を、無事に終えることができました。
軽い気持ちで始めたこの作品が、まさかここまで続くとは夢にも思っていませんでした。それもこれも、読者の皆様の応援があったからこそです。本当にありがとうございました。
新しい作品にも挑戦してみたいと思っていますので、お目にかかる機会がありましたら応援よろしくお願いします。