第20章-14 最終局面
「何だ? 何を嫌がっているんだ?」
女は足元にある何かを踏まないようにしながら、自分の周りを飛んでいる虫でも追い払うかのような仕草をしている感じにも見える。
(何が起こっているのかは知らないけれど、今が仕掛け時か!)
俺は不可思議な行動をする女の龍の胴体目掛けて手裏剣を投げつけた。
手裏剣は歪みも出ている上にかなり切れ味も落ちてしまったが、どういうわけかさほど威力は変わらずに龍の胴体に刺さり、貫通せずに体内で止まったようだ。
ここまで女に対して効果のある手裏剣だが、先程まで女が暴れていたせいで今投げた三枚しか残っていないのが悔やまれる。
(流石に気が付くか……だけど姿を見られた以上、今から隠れるのは無理だな)
女は俺を見つけると、中途半端な体勢ながら左腕を振るってきた。
この攻撃は距離があるので届きはしないだろうが、次からは間を詰めてくるだろうからギリギリになるはずだ。そう予想しながら後ろ向きに飛び、その間に出来るだけ女に向かって魔法を放った。
女は、先程たたらを踏んでいた場所から離れるにつれて変な行動を取らなくなり、三度目の攻撃で俺を射程圏内に収めた。ギリギリ躱せるとは思うが、念の為壊れて半分以下の大きさになった『ギガント』を盾代わりに前面に出して攻撃に備えると……またも不可思議なことが起こった。
「腕が俺を避けた?」
向かってきていた十本の鎌は俺がギガントを前に出すと、振るわれている途中にもかかわらず急に進路を変え、俺を避けるような動きをしたのだ。
そのせいで腕同士でぶつかり合い、半数以上の鎌がボロボロになっている。
(今のは明らかに『ギガント』が原因だ。俺だけを標的にしていた時は変な動きをしなかったのに、俺と腕の間に『ギガント』が現れたせいで女の腕が変則的動きをした……もしかして、女がたたらを踏んだり虫を払うような仕草をしていたのは、砕かれたギガントの破片をよけようとしていたからなのか? そうだとすれば……)
俺は不可思議な女の動きはギガントに原因があると睨んで、これまであえて出さなかった小烏丸を取り出した。
「うわっ!」
すると、柄をしっかりと握った瞬間に手のひらから肘の辺りまで、電流のような痛みが走った。まるでそれは、
(古代龍が……いや、小烏丸はバッグの中でずっと怒っていたのかもな。もっと早くに我を出さぬか! ……って)
「悪かったな」と呟くと、今度は電流の代わりに手のひらがじんわりと暖かくなった。どうやら機嫌は直ったようだ。
小烏丸を握り直して女に切先を向けると、ワイバーンで作った肉体の部分が震えていた。それで女も何が原因で自分の体が意味不明な動きをしていたのかが分かったようだった。
「ガァアッ!」
女はワイバーンで作った肉体部分を奮い立たす為かあるいは脅す為なのか、大きな声で咆えた後で左腕を俺に向けて振るってきた。
先程は勝手に俺を避けた腕だったが、今度は女の咆哮が効いているのかまっすぐ俺へと向かってきたが……
「ふっ!」
小烏丸により、俺に命中しそうだった五本の腕を切り飛ばされていた。小烏丸は、元になった古代龍と会話して以降、性能がぐんと上がったようだ。それに、一定以上の魔力を込めると薄っすらと黒っぽい光を放ち、切れ味がさらに上がる。
(小烏丸と会話してから、俺の知らなかった能力が何となく理解できるようになったな)
切り飛ばした女の腕はすぐに回収されて元に戻っていたが、今のままでは俺と小烏丸に通用しないということを理解したようで、あの状態になって初めて女の方から距離を取った。
女は距離を取った後、右腕で魔法を放つ振りをしながら俺をけん制し、元に戻した左腕を振り回し始めた。
最初は回転させることで勢いをつけて威力を出すのかと思ったのだが、回転させていた十本の腕は次第に絡まるかのように一つにまとまり、一本の太く長い腕へと変化した。大鎌の方も腕の太さに合わせてさらに大きくなり、俺の身長を軽く超える長さになっている。
そんなさらに巨大化した腕を、女は回転の勢いを殺さずに俺へと振るうが……それでも、巨大化した大鎌ですら小烏丸に傷の一つも付けることは出来ず、逆に刃が砕ける結果となっていた。
ただ、武器対武器では小烏丸の圧勝だったものの、勢いと質量では俺の完敗だった為、大鎌の刃を砕けると同時に後ろに大きく弾き飛ばされることになってしまった。
しかし、肉体の一部となっている大鎌が砕けた女に比べて、俺には大きな衝撃はあったものの怪我はしていないので、明らかに勢いはこちらに来ている。
(ようやく来た流れを逃がすわけにはいかない!)
砕けた大鎌は見る見るうちに元に戻りつつあるが、形がで出来上がるよりも早く俺は女に接近し、左前脚に一太刀食らわせ、その勢いのまま胴体を切りつけながら脚の間をくぐり抜けて右後ろ脚を切り飛ばした。
「流石に危なかったな。だけど、それだけの危険を冒した甲斐はあったな」
本当は左前脚も切り飛ばすつもりだったが、接近を開始した際に女の右側から魔法が放たれ、魔法を避けると今度は再生途中の左腕を上から叩きつけられそうになったのだ。そのせいで前足への攻撃が浅くなってしまった。もっとも、左腕の攻撃を避けたおかげで女の体勢が崩れて足の間に潜り込むことが出来たので、結果的には想定以上のダメージを与えることが出来たというところだ。
(あの状態の女に一番効果的なのは小烏丸ということで間違いなさそうだな。いくらワイバーンを寄せ集めても、古代龍の魂が宿っている武器には勝てないということか)
ドラゴンゾンビの素材から作った小烏丸に黒い古代龍の魂が宿っているように、女がワイバーンで作った部分にはワイバーンの魂のようなものが残されているのだろう。それが古代龍と同じ立場となり相対したことで格の違いをもろに感じ、小烏丸と同じくドラゴンゾンビの素材を使ったギガントからも逃げたいという本能が、結果的に俺を避けるという形で現れたのだと思う。そのように仮定すれば、ワイバーンから作った部分が不可解な動きをした理由も納得がいく。タニカゼの外装部分を使った手裏剣に関しても、ドラゴンゾンビの魔核の魔力の影響が未だに残っていて、女に対していつも以上の威力を発揮したのだろう。
(そうなると、女はどう動く?)
このままワイバーンから作った肉体を使っていれば、肝心な時にその部分が役に立たなくなるかもしれないが、かと言ってワイバーンの部分を捨てて元に戻ったとしても、役に立たなくなるかもしれない部分は無くなるが戦闘能力はかなり落ちる。
(まあ、そう簡単にいらない部分だけを分離できるとするなら、もっと早くにワイバーンを使っていたと思うけどな)
それこそ段階的にワイバーンで肉体を強化せずに、最初の左腕の時と同時に全身を今のようにしていたとしたら、急激に上がった戦闘力に対応できずに殺されていた可能性が高い。
(分離するにしろしないにしろ、俺の方が有利な気がするけどな)
今のままなら小烏丸のおかげでダメージを与えやすく、元に戻ったとしても亜神の力に慣れた俺の方が能力は上だろう。
今の俺は、小烏丸のおかげで戦力的にも精神的にも余裕を持って女の出方を見ることが出来ている。
そんな俺とは反対に、女は自分が優勢だった状況がひっくり返されつつあることに焦っているように見える。
(焦りからか、傷の治りも遅くなっている……いや、底が見えてきたのか?)
いくら元死神とは言え、数えきれないほどのゾンビを操りながら戦いを繰り返し、即席でワイバーンを使って自分の肉体を改造などしたのだ。おまけに、あと少しで勝てるというところから状況をひっくり返されるというのを短期間で二度も繰り返している。肉体的にも精神的にも、限界が近づいてきていてもおかしくはない。
(多分、あいつはこれまで戦闘で追い詰められるということを経験したことが無いはずだ。だからこそ、自分の体の異変に気が付けない)
女はこれまで黒い古代龍をゾンビに変える時も弱っているところを狙い、俺を捕獲する時も先に手下のリッチを仕掛けて弱らせるなど、自分が動く時はいかに効率よくことを進めるかを重視してきたように思える。作戦を実行するにあたり、効率を重視することはよくある話ではあるが、違う見方をすればこれまで女は多くの場面でより楽な方法を選んできたとも言える。
だから、自分を限界まで追い込んだことも追い込まれたことも無く、自分の限界が近づくとどういった変化が現れるかを知らない。仮に頭では理解していたとしても、限界と言うものは徐々に近づく場合もあれば、それまで欠片程にも感じなかったとしてもそれは気が付いていないだけで、何らかの拍子に一気に表面化することもある。今回はそう言った、一気に現れたパターンだろう。
(集中力が途切れて、疲労が一気に来たか……一番きついパターンだな)
一度途切れた集中力はそう簡単に戻らないし、疲労のせいもあって思うように体も動かせないのだろう。
その証拠に、
「子供だましのようなフェイントに、面白いくらいに引っ掛かるな!」
体を揺らしながらゆっくりと接近し、途中で一気に速度を上げるふりをするだけのフェイントに女は簡単に引っ掛かり、腕を振るって迎撃しようとした。だが、実際にはふりだけでその場からほとんど動いていないので、女の鎌は中途半端な場所に振るわれ、おまけに速度もかなり落ちていたので攻撃を躱して切りつけるのは簡単なことだった。もっとも、欲張って首を狙った一撃は右腕に阻止されてしまったが、それでもその腕には後数cmで切り離せたというくらいの傷を負わせた。
その腕の傷を皮切りに、女は次々に俺の攻撃を受けて全身に傷を増やしていった。女は致命傷こそ避けてはいるものの、たまに来る反撃は苦し紛れのものばかりであり、簡単に回避することができている。
初めの方こそ俺は女にとって格下の相手であり、肉体を損傷させることなく捕獲することが目的で、実際に捕まり絶体絶命の状況に追い詰められもしたがそこからいくつもの要因が重なり、俺は……俺と小烏丸は、完全に女を追い詰めていた。
「ギッ!」
今も右後ろ脚を切りつけ、女に膝をつかせたところだ。
流れは俺に来ているが力で上回っているとは言い切れず、何らかの拍子に俺の方が致命傷を負う可能性はあるものの、その可能性も一撃食らわせるごとに低くなっている。
「何かおかしい? ……手ごたえが悪くなっている?」
女に膝をつかせてから十以上の傷を負わせたが、何故か回数を重ねるごとに小烏丸で付ける傷が浅くなっている。
それに気が付いた時、俺は小烏丸の切れ味が女の血油で落ちたのかと思ったが、刀身を服で拭った後でも変わらず、それどころかますます付ける傷は浅くなった。
「小烏丸じゃなくて、女の硬さが変わったのか」
女の変化はこれまでは主に攻撃力を上げるばかりだったのが、今度は俺の攻撃に耐える為に防御力に特化することにしたようだ。
「それにしても、今度は小さくなりすぎじゃないか?」
それまで龍を模していた女の巨大な体は硬くなるにつれて小さくなっていき、最終的に三m程の球のような形状へと変化した。
「どういうつもりでそんな形になったのかは分からないけど、かなり硬くはなったな」
その形状へと変化した女の体は、小烏丸で切り付けても十cmくらいしか傷が付かず、おまけに緩やかにではあるものの再生能力も健在なので攻撃の手を緩めると、十cmくらいの傷ならものの数分で塞がってしまいそうだ。
「でも、切り飛ばした部分は元通りには再生しないみたいだな」
一撃目と同じようなところに二撃目を当てた時、数cm程の肉片が飛んで行ったが、しばらくしても飛ばされた先に転がったままで本体に吸収される様子はなく、本体の切り飛ばされた場所は治りが遅く、おまけに塞がっても他の場所より色が薄くなっている。
(念の為、切り飛ばしたところを燃やして吸収できないようにすれば、いずれは魔核まで削ることができるな)
女からの反撃は怖いが勝率が一番高い方法がそれである以上、危険ではあるが最低限小烏丸が届く位置まで近づき、少しづつでも確実に削っていくしかないだろう。
あるか分からずその方法すら予測できない女の反撃を警戒しながら、俺は確実に攻撃を与え、少しずつ肉を削いで行った。
(ようやく十分の一くらいは削ったか? しかし、ここまでやられているのに、女からの反撃がないのは怪しいが……ん?)
何度目かになるか分からない攻撃で切り飛ばした女の肉片を燃やした時、女の本体の上側に付けた覚えのない十字の線が入っているのに気が付いた。
念の為少し距離を取ると、その傷はすぐに大きくなっていき、一m程の大きさになったところで裂け始め、中から女の上半身が出てきた。その顔は虚無と言った様子で、俺の方に顔を向けてはいるが俺を見ていないようにも思える。少なくとも追い詰められている奴のする顔ではなく、何を考えているのかが分からず不気味だ。
(女がようやく姿を現す気になったのは、何かしらの準備が整ったということなのか? それとも……)
女の両腕は元の人間と同じ大きさと形に戻っているので、消えた鎌の部分はどこかに隠している可能性が高い。
小手調べと言った感じで女の周りを旋回しながら魔法を放つが、女もその場から動かずに体の向きを変えて、俺の放った魔法に魔法をぶつけて相殺していった。ただ、空中を移動している俺とは違い女の方はその場から移動していない分、相殺し損ねた魔法でダメージを食らっていたが、女の耐久力と回復力からすればそんなのは微々たるものだろう。
(このまま魔法戦を続けて隙を窺うか、それともあいつが何を隠しているか分からない以上、出来るだけ早めに勝負を仕掛けるべきか?)
このまま魔法を打ち続け、隙を見て『タケミカヅチ』を当てるという手もあるけれど……『タケミカヅチ』はすでに二度も見せているし、おまけに二度目は完全なものではなかったとはいえ破られている。それからすると、全力の『タケミカヅチ』でも今の女に通用するか分からない。分からない以上、大量の魔力を無駄にする可能性がある行為は避けなければならない。
(やっぱり、今一番有効なのは小烏丸での接近戦か)
近づけば何が起こるか分からないが、魔法ではほとんどダメージを望めない以上、これまでで一番ダメージを与えている小烏丸で攻撃するしかない。
小烏丸が届く位置まで確実に近づく為に、魔法を放ちながら少しづつ距離を詰め……
「ふっ!」
脳天へと小烏丸を振るった。そして、
「なにっ!」
小烏丸は女の頭部を簡単に切り裂いた。
いくら小烏丸が女に対して有効だったとしても、ここまで手ごたえがないのはおかしい。そう思った時、女の下半身に当たる塊から、無数の触手……いや、小さな腕が俺を捕まえようと伸びてきた。
その腕は、指二本分程の太さしかなく、先端についている手もおもちゃのような大きさだが、その一つ一つの手のひらにはいくつもの棘が付いていて、掴まれたらそう簡単には引きはがすことは出来ないだろう。
俺は迫りくる腕を小烏丸で切り払いながら後ろへと逃げた。腕は細くなったからか、塊を切りつけた時のような硬さはなく簡単に切り飛ばすことができ、切られた腕はすぐに再生は出来ないようだったが……百m近く離れても伸びて追いかけてきた。
(細くした分だけ伸びるのか。だけど……)
流石に百m近くも伸びると俺を追いかけてくる速度は落ちていき、落ち始めてからすぐに限界が来たようで伸びなくなった。
「せっかく至近距離まで近づいたのに、やり直しか……」
だけど、細くなった分腕の強度はかなり落ちているので、捕まらないように気を付けさえすれば、小烏丸で簡単に切り裂くことが出来るはずだ。
そう思い、体勢を立て直してもう一度接近しようとした時、
「しまった!」
真下から二本の腕が襲い掛かってきた。不意を突かれた俺は、一本は何とかかわしたもののもう片方に左脚を掴まれてしまい、その後で右脚も掴まれてしまった。
すぐに脱出しようと、片方の腕に小烏丸を叩きつけるが体勢が悪いせいで上手く力が入らず、あまり深くは傷つけることができなかった。
それでも何度も叩きつけているうちに傷はどんどん深くなり、もう少しで切り離せるというところまで来たのだが、その間にも腕は本体の方へと戻り始め、途中で届かなくなった細い腕と融合し、さらには二本だった腕も一本となり強度も増して太くなったので、小烏丸を叩きつけたくらいではびくともしなくなってしまった。
「くそ、くそっ!」
それでも何度も小烏丸を叩きつけ、魔法も俺を捕まえている腕と本体に向けて放つが、あまり効果があるようには見えない。
攻撃と同時に腕とは逆の方向に逃げようとするものの、女が俺を引っ張る力の方が強いので少しづつ女との距離は縮まっていき、あと少しで残り五十mというところで何故か女は引っ張るのを止めた。
ただ、引っ張るのは止めたみたいだが代わりに腕の硬度を上げて、俺が逃げられないようにしているようだ。もし掴まれているのがひざ下辺りなら、そのすぐ上を切り裂いて逃げるという選択肢もあったが、引っ張られている途中で腕が腰の辺りにまで巻き付いてきたのでそう言うわけにもいかなかった。
(やっぱり『タケミカヅチ』を……いや、あいつに効くかどうか分からないし、そもそも掴まれている状況で使えば俺までダメージを受けてしまう)
相打ちならまだいいが、もしも女が耐えて俺だけ被害を受けてしまった場合、その後は確実に俺を殺して回復するまでどこかに身を隠すだろう。
(そうなると、あいつが回復して真っ先に狙うのは俺の知り合いだろう)
それだけは避けないといけないが、俺の持つ魔法の中で『タケミカヅチ』以外では女を倒すことは出来そうにない。
他に打つ手がないのなら、自爆覚悟で『タケミカヅチ』に賭けてみるかと思い、魔法の準備をしようとしたが……
(そもそも、あいつは何で俺を捕まえたのに何もしないんだ?)
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
それで少しだけ冷静さを取り戻した俺は、女を改めて観察した。すると、
(あいつ、小烏丸で切られたところが完全に回復していない?)
無数の腕に襲われる前に切りつけた傷が、まだ残っていることに気が付いた。
一見すると、左右に切り裂いた顔は元に戻っているように見えるのだが、切り裂いた傷がまだはっきりと残っている上に、わずかにずれてくっついているのだ。
いくらこれまでのダメージで回復力が落ちていたとしても、少し前までならとっくに元通りになっていてもおかしくないはずなのに、治すとしてもあんな中途半端に回復させるものなのか? 仮に俺を油断させる為の演技だったとしても、俺がそれを気付けないところに離れている時までする必要は無いはずだし、ずれたままにしておけばそこが弱点にならないとは限らないのだ。
(だとすると、女は俺が思っていた以上に追い詰められているということか? それこそ、回復に力を回す余裕がない程に……いや、もしかすると、今更回復しても無駄なのかもしれない)
だから、こんな中途半端な位置で俺を固定したのは、攻撃する為の力を溜める時間を稼ぐと同時に、俺に攻撃されても対応する為でもあり、恐らくはあいつが想定している攻撃が届く範囲だからという可能性がある。
(どの道、『タケミカヅチ』の準備をしておいた方がいいかもしれない)
どういった攻撃を準備しているのか分からないが、それに対抗する為にも一撃の威力が高い『タケミカヅチ』をいつでも放てるようにする必要がある。
(ギリギリかもしれないけど、やらないよりは……え?)
発動の準備を始めようとして、周辺の雰囲気が一気に変化し始めたのに気が付いた。それも悪い方にだ。
(周辺の魔力が、女に集まり始めている! これじゃあ、『タケミカヅチ』に回す魔力が足りない!)
女が周辺の魔力を集めるということは、同じように周辺の魔力を利用する『タケミカヅチ』の分が足りなくなるということだ。
ただでさえ一度攻略されたことがあると言うのに、その時よりも威力が落ちる『タケミカヅチ』では、絶対にあいつを倒すことは出来ない。
(おまけにこの感じ……あいつ、自爆する気か!)
セイゲンで戦った時に起こした爆発と同じ気配を感じた。あの時は、父さんと母さんが前に出てくれたおかげで怪我はなかったが、その代わり二人は限界を迎えてそれ以上戦うことが出来なかったし、俺たちが居た方角以外の場所はかなりの被害が出ていた。それも、女が逃げることを前提とした、全力ではない爆発でだ。
自分に次がないと悟った女は、全力の魔力で
(無理だ……俺にはあの時以上の爆発を相殺、もしくは防ぐ術がない……)
あれをどうにかするには、あれ以上の威力を持つ魔法をぶつけるか、発動する前に無効化するしかない。
だけど、俺の持つ一番威力の高い魔法……『タケミカヅチ』では、あいつの魔法が発動する前に放つことは無理だしそもそも威力が足りない。それに、もし間に合ったとしても『タケミカヅチ』の性質上、あの女の上からぶち当てる形となるので、円形に広がる爆発の被害を押さえることは出来ない。むしろ下手すると、『タケミカヅチ』の威力があいつの自爆の威力に上乗せされる可能性もある。
次に威力があるのは『テンペスト』で、こちらは俺と女の間に壁を作る、もしくはあの女を包み込む形で威力を押さえることができるかもしれないが……壁になるくらいの威力を持たせるには、俺と女の場所が近すぎる。今の距離ではあいつごと『テンペスト』の中に入ってしまうので爆発が逃げ場を失い、こちらも威力が増す可能性の方が高い。
(あれを防ぐには、前面に魔力で分厚い壁を作るのが一番可能性が高い……か?)
防ぐことができるかどうかは別として、魔力で壁を作るくらいは出来るはずだ。だが、それを女が許すとは思えない。何せ今の俺は、女に掴まれているのと同じ状態だからだ。回復するのが無駄なくらいの限界を超えた状態だとしても、爆発するまでは意地でも俺を離さないだろう。
だからこんな状態で壁を作ったとしても、爆発の直前で何かしらの妨害を行って来るだろう。
(何か他の手は……)
色々と考えてはみたものの、俺が使える魔法や出来ないかと考えた魔法の中には、あの爆発に対抗出来そうなものが思いつかなかった。
(他に知っている魔法で……あった! あれなら!)
俺が使いたいのは、前方に放出するタイプの魔法で、あの爆発を貫通、もしくは消し去るほどの威力があるものだ。そして土壇場で、その可能性がある魔法……のようなものを思い出した。
(ソロモンの『ブレス』やナミタロウの『はどーほー』なら、威力はともかくとして、俺の求める条件に当てはまる! ……でも、やり方が分からない……)
ソロモンの『ブレス』やナミタロウの『はどーほ』は、魔力は使うものの俺が普段使っている魔法とは違うものだろうし、時間があれば同じようなものを再現できるかもしれないが、今の状況でそんな暇はない。
(万事休すか……)
諦めて、魔力の壁に全てを賭けるか! ……決心しようとした時、右の手のひらに、これまで感じたことがない類の熱がこもっていることに気が付いた。