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第20章-10 格の差

ジャンヌSIDE


 背後から聞こえた音で冷静になった誰かが敵に挟まれた可能性を叫び、私たちはすぐにこの場から離れることにした。ただ、未だにソロモンはバッグに入ることが出来ていないし、背後の敵がこちらに向かってきた場合のことも考えると、離れている騎士たちを待って戻った方がいいということで、ギリギリまでこの場に留まることにしたが……背後から敵が現れなかったので、ソロモンをバッグに入れて騎士たちを待つ時間は十分にあった。そして、合流した私たちは音のしたところから離れている城壁の出入り口へと向かったのだけど、城壁に近づいたところで先頭を走っていた近衛の騎士が急に止まり、後続の私たちにも止まるように指示を出してきた。


「ジャンヌ()。ライル様が呼んでいるとのことです。緊急事態のようですので、少し急ぎましょう!」


 緊急事態の内容は分からなかったけど、そこで私とケリーさんは中立派の騎士たちと別れてライル様のところへと向かった。

 私たちは背後に新たな敵が現れたのだと思っていたけれど、どうやらそれは勘違いだったらしい。何の音だったのか迎えに来た騎士に聞こうとしたけれど、余程焦っているのか緊急事態の内容を話さないまま私たちの前を馬で走っていたので、何故私が呼ばれたのかを知ることが出来たのは、ライル様の居る近くまで来た時だった。


「ボンちゃん?」


 ベヒモスの赤ちゃんであるボンちゃん(正式な名前は知らない)は、前に見た時よりも成長していて大きくなっていたけど、姿形は変わっていないのですぐに分かった。そんなボンちゃんのそばには、緊張気味の近衛兵と、険しい顔をしたライル様が居た。

 ボンちゃんが私の呼ばれた理由だったのかと理解は出来たものの、ボンちゃんのことはライル様も知っているはずだ。だから、他に別の理由があるのかもと思っていると、


「ジャンヌ、オオトリ家宛の手紙だ。俺のもあったのだが……」


 ライル様は言葉を濁しながら、私にオオトリ家宛だという手紙とライル様宛の手紙を渡してきた。ライル様の手紙には差出人が書かれていなかったけど、『助けに来たから気を付けてや』と書かれていたので、誰からの手紙かすぐに分かった。そしてもう一通の手紙は……オオトリ家宛のものを私が勝手に開けるのは良くないかもしれないけれど、今ここに居るオオトリ家の関係者は私だけなので代理ということでこの場で中身を確かめた。その中を見た私は、


「ライル様、すぐに前線の軍を下げてください! あ、えっ~っと……と、とんでもないものが来ます!」


 手紙を読んだ私は少し焦ってしまい、一瞬適切な言葉が出てこなくてライル様も首をかしげていたけれど、手紙を見せるとライル様も慌てて周囲に命令を出していた。その手紙の内容は簡単に言うと、


「まさか、ナミタロウが()()()()を連れてくるとはな……」


 だった。正確に言うと、『敵のど真ん中にひーちゃんが突っ込むから、怪我せんように味方を下げさせてや』だ。

 どこからどうやってベヒモスが敵のど真ん中に突っ込むのか分からなかったけれど、古代龍の中でも一番大きいと言われるベヒモスが動けば、大抵の生き物にとってはそれだけで攻撃されているのと変わらないかもしれない。

 なのでライル様は、どこからどうやってと言う部分は無視して、前線の部隊を全部下げさせるように命令を出し、詳しい話をボンちゃんに聞こうとしたが……ナミタロウやスラリンと違い、ボンちゃんとの意思疎通は無理だったので、早々に諦めていた。


「ジャンヌ、ベヒモスはどこから来ると思う?」


「分かりません。もし仮にこの手紙がナミタロウを語る偽物だったとしたら、ここにボンちゃんがいるはずがありませんけど、巨大な体を持つというベヒモスが来るのなら、すでにその姿が見えているはずですし……でも、いくらナミタロウが冗談好きでも、こんな状況で嘘をつくとは思えません」


 ナミタロウもディメンションバッグを持っているはずだけど、とてもじゃないけどベヒモスのような生き物が入る大きさではないはず。

 私がバッグに入っているソロモンに薬を与えながらライル様と話していると、ボンちゃんにせがまれておやつをあげていたケリーさんが、


「ライル様、発言よろしいでしょうか?」

「いいぞ。それと、君はこの場におけるオオトリ家の責任者代理の一人であるから、今後はいちいち許可を取らずとも好きな時に発言するといい」


 と、ケリーさんにと言うよりは、周囲の人たちに知らせるような大きな声で発言の許可を出した。


「ありがとうございます。それで、ナミタロウですが、ベヒモスと一緒に()()()()()とは考えられませんでしょうか?」


「どういうことだ?」


 ケリーさんの発言には私やライル様だけでなく、周囲で聞き耳を立てていた人たちも驚かせるものだった。


「魚が空を飛ぶのはあり得ないことでしょうが、テンマのように『飛空魔法』を使うことが出来れば空から来る事もあり得ます。そして、ベヒモスをどうやって運ぶのかに関してですが……相手は不思議生物の代表とも言えそうなナミタロウのことです。私たちの想像の斜め上をさらに超える方法を使っていても、おかしくはありません」


 最初は流石にあり得ないだろうという感じだったこの場の空気は、ケリーさんの最後の言葉で一気に現実味を帯び、ライル様は撤退中の部隊をさらに急がせるようにとの命令を出し、周囲もライル様の命令を最後まで聞く前に走り出していた。その間も、古代龍はゆっくりと王都へと近づいてきている。


「あり得る。相手はテンマ以上の理不尽の塊だ。もし仮に、ベヒモスが空から降ってくるとしたら……城壁の上にいる者たちは、衝撃で城壁から落ちないようにすぐにどこかに掴まれ! 大きな衝撃で倒壊の恐れがあるところにいる者は、すぐにその場を離れて広い場所へ移動しろ!」


「ライル様、」


 ライル様がそう叫んだ数秒後、まだ多くの人が衝撃に備える準備もその場から逃げることも出来ていない中で、


「きゃあああぁぁぁー--!」

「ぬぉおおお!」


 体感でボンちゃんが落ちてきた時の数十倍……いや、数百倍はありそうな音と衝撃が、迫りくる古代龍の方角で発生した。


「ジャンヌ、無事かい?」

「ええ、大丈夫です。ありがとうございますケリーさん。ボンちゃんも、ありがとう」


 衝撃があった時、ライル様は近くにいた騎士たちが、私にはケリーさんが守るように覆いかぶさった。

 幸いなことに、私たちの周りには倒壊しそうなものは無かったけれど、近くにそう言ったものがあったり建物の中に入っていたりして怪我をした人は、かなりの数出てしまった。


「早く周辺の状況を確かめろ! それと、怪我をした者のうち、重傷を負った者は無事な者も手伝って手当させ、軽傷の者は自分でやらせるんだ!」


 ライル様は命令を出して、自身も音と衝撃が来た方向……古代龍の居る方向へと視線を向けていたけれど、そちらは遠い上に土煙がひどくてどうなっているのか見ることが出来なかった。


「ジャンヌ、無事ならすぐに屋敷の方に戻るよ! これ以上ここに居るのは危険だ!」


 ケリーさんがそう言うと、


「まあ、大丈夫やと思うで。あのデカ物はひーちゃんに任しとけば問題ないし、雑魚がこっちに向かって来とるけど、それはどうとでもなるやろ。まあ、ちょっとばかり態度のデカい奴が混じっとるけどな」


 どこかから聞きなれた声が聞こえてきた。


「えっ! ナミタロウ!?」


「ジャンヌ、おひさ~……んで、ライルはん、あのどでかい赤トカゲは、ひーちゃんに任せ取ったら問題ないから、早く態勢を立て直すんやで。いかにひーちゃんと言えども、赤トカゲの相手をしながら足元をウロチョロするチビどもを殲滅するんは無理やからな」


「いや、まあ、それは当然だが……さっき言ってた、『ちょっとばかり態度のデカい奴』とは何のことだ?」


 いきなり話を振られたライル様は、少し顔を引きつらせながら気になったところを質問していると、


「ライル様、地龍が一体こちらに向かっているとのことです! このままでは、撤退中の部隊に被害が出ます!」


 テンマといると、地龍ぐらいならと思ってしまうけれど、一般的に地龍の討伐は歴史に残る偉業とも言えることだったはず。いくら王族派と中立派の精鋭が集まっているとはいえ、今の状況では追い返すことすら難しいはず……だけど、


「ナミタロウなら……」


 テンマに並ぶ強さを持つ(らしい)ナミタロウなら、地龍の一頭くらいはどうにでもなる……と思ったら、


「悪いけど、わいはパスや。あっちの空から、トカゲ二号がこっちに来ようとしとるわ」


「「あっち?」」


 ライル様と同時に、ナミタロウが示した方角に目を向けると、


「緑色の龍……」

「少し前に通過した赤い奴と同じくらいの大きさだぞ……」


 大きな緑色の龍が、土煙の中から姿を現した。


「わいはあいつの相手をせないけんから、地龍の方は任せた。大変かもしれんけど、きっと上手くいくはずや」


 そう言うとナミタロウは私たちから離れていき、周囲に誰もいないところまで進むと、


「ほな、変身! どゅあっ!」


 変な掛け声と共にジャンプしたかと思うと、突然光に包まれて……


「へっ?」

「えっ?」

「はあっ?」


 大きなヘビのような姿になって、空へと飛んで行った。

 そんなナミタロウに呆然とする私たちだったけど、すぐにライル様のところに地龍の報告が来て我に返ることが出来た。


「今すぐに動ける者をまとめて、地龍にぶつけるんだ! 倒すことよりも、時間を稼ぐことを念頭に置け! ナミタロウは大丈夫だと言ったが、情けない話だが最終的にはナミタロウに頼ることになるかもしれない。それまで、粘るんだ!」


 ライル様がそう叫ぶと、


「了解した!」


 真っ先にマスタング子爵が応え、中立派の貴族を引き連れてライル様の前に集まった。

 マスタング子爵を始めとした中立派の貴族たちは、ほとんどが怪我の治療中だったらしく、動いたせいで体に巻いた包帯が血で滲んでいる人もいた。


「我々中立派が先陣を切るぞ! 皆の者、続け!」


 そんな子爵たちの姿を見て、私は思わず手を組んで無事を祈ると……子爵たちの前に多くの光の塊が現れた。

 最初こそ、新たな敵がいきなり現れたと混乱が起こったのだけれども、すぐに一番近くにいたマスタング子爵たち中立派の貴族が周りを制して落ち着かせた。そしてマスタング子爵はこちらを振り向いて私を見つけると、その場から少し横にずれた。すると、


「お父さん?」


 私の視線の先には、鎧姿で馬にまたがるお父さんがいた。

 鎧を着ている姿なんて全くと言っていいくらい記憶にないけれど、柔和な笑みを浮かべたその顔は、間違えようもない私のお父さんだ。

 お父さんは微笑みを浮かべたまま頷くと、細身の剣を抜いて空に掲げて振り下ろした。すると、お父さんと一緒に現れた光の塊は騎士の姿に変わり、一斉に地龍へと突撃していった。その速さは、光の騎士たちの後に続いたマスタング子爵たちを数秒で大きく引き離すほどに速く、彼ら(もしくは彼女ら)はその勢いのまま地龍やその背後に居たゾンビに突撃していった。不思議なことに光の騎士たちは、地龍の前を走っていた味方とぶつかっても何事もなかったかのように通り抜けていったのに、地龍やゾンビには少し触れただけでも相手にダメージを与えていたのだ。

 ただ、その光の騎士たちは地龍に対し大きなダメージを与えはしたものの倒すことは出来ず、一度的に触れるごとに少しずつ光が薄くなっていき、最後には風景に溶けるようにして消えていった。そしてお父さんも、騎士が一人消えるごとに体が薄れていき、最後の騎士が消えると同時に持っていた細身の剣を残して消えてしまった。


 お父さんたちが消えた直後、マスタング子爵たちは騎士たちの突進で弱っている地龍のところにたどり着き、


「押してるな。相手が地龍とは思えないくらいの勢いだ」


 子爵たちの猛攻で地龍の脚は完全に止まり、それから間もなくして動かなくなったのだった。

 ライル様は遠くで倒れた地龍を眺めながらお父さんの居たところまで歩き、そこに落ちていた細い剣を拾うと自分のマントで汚れをふき取り私に渡してきた。


「ジャンヌ。状況的にあの光の男性たちが地龍討伐に大きな貢献を果たしたのは間違いないが、公式的には実際に倒したマスタング子爵たちの功績になるかもしれない。出来る限りのことは報告書に記すが、それ以上のことは出来ない可能性があると思っていてくれ」


 何故死んだはずのお父さんがここに現れたのか不明だし、何よりこんなことは王国の歴史上初めてのことと思われるので、ライル様の一存では地龍討伐をお父さんの功績と認めることは難しいそうだ。


「分かっています。私はお父さん……父の姿をもう一度見ることが出来ただけで満足です」


 それは間違いではなく、心からお父さんともう一度会えたことに満足している。ただ少しだけ、地龍の討伐にお父さんの名前が残らないのが残念だと思ったのだ。



                          ジャンヌSIDE 了



ナミタロウSIDE


「うん、ジャンヌの方は思った通り大丈夫やったな。まあ、当人たちは面食らっとるやろうけど」


 あの地龍を倒してからこっちに向かって来とる緑のボケの相手をしても良かったんやけど、それをすると地龍の相手をしとる間に緑のボケナスがジャンヌたちを襲わんとも限らんからな。何となく何とかなりそうな気配がしとったし、最悪わいの勘違いでライルたちが地龍をどうにかできんかったとしても、ジャンヌが逃げる時間を稼ぐ肉壁くらいにはなるやろうし、その間にはあの緑のボケナストカゲを倒しとるやろうからな。


「何てこと考えとる間に、すぐ目の前まで来とるな」


 ボケナストカゲはわいを警戒しとるのか、明らかに速度を落として様子を見とるようやった。まあ、そこで逃げ出すという選択肢が出来んかった時点で、ボケナストカゲがミンチになることは決定的になったんやけどな! ……まあ、不味そうやけど。


「『風の龍王』やな。先手取らせてやるから、チョイっとやってみい」


 挑発するように首を見せてやると、馬鹿にされていることに気が付いたボケナストカゲは大声を出しながら噛みついてきたんやけど……


「やっぱりこんなもんか。流石に千年近く生きとるのに『古代龍』に成れんかった落第生やな。無防備に攻撃を受けてやったんやから、せめて血を流さすくらいはしてみいや!」


 多少痛いくらいで怪我すら負わすことの出来ない『緑の龍王』を、わいは身震い一つで振り飛ばした。しかし、


「ん? 何や、傷つけることは出来とったんか。ちょっとだけやけど、血も流れとるやん。悪かったなぁ……まあ、すぐに血が止まる程度の傷やったけど」


 よく見てみると、噛まれたところからほんの少しだけ血が流れているのに気が付いて、ボケナストカゲまで下げた評価をボケトカゲくらいに戻してやろかと思いながら睨みつけると、あいつはまだ戦う気があるらしくわいを無駄に威嚇しとった。


「いい度胸や! 仮にも『緑の龍王』なんやから、それくらいの気概はないとな! わいを食い殺すことが出来れば、もしかすると古代龍に成れるかもしれへんで! ほら、もういっちょ、かかってこんかい!」


 奴の威嚇にわいも咆え返すと、それが合図となってわいと奴は体をぶつけ合った。長さではわいの方が勝っとるけど奴の方が大きいせいで、単純な体当たりではわいの方がちょっと不利かもと思ったんやけど、わいが自分で思っとった以上に『古代龍』と『龍王』の差は大きかったらしく、最初の体当たりをしのいでからは完全にわいのペースやった。


「ほらほら、もっと気張らんと古代龍には到底成れんで~」


 わいの頭突きやひっかき、尻尾による殴打を浴びせられた『緑の龍王』ことボケトカゲは、徐々に戦意を失っていっとるのに、逃げるという選択肢を取ることは出来んようや。中途半端なプライドが邪魔をしとるようやけど……


「『赤の古代龍』の助けを期待するくらいなら、初めからわいの前に出てくんなや!」


 逃げようとはせんくせに、後ろの方でひーちゃんと戦っとる『赤の龍王』が来ることを期待し始めたようで、時折背後を気にする素振りを見せ始めた。

 そんな様子がわいには無性に腹が立ってしまい……


「もういい……()()()()()()()()


 わいの長い胴体で奴の体を締め付けて骨を砕き……そして、


「ぐえっ! ……ごぼっ」


 ボケトカゲの首に食らいついて、その肉を骨ごと噛み千切った。


「まっずぅ……やっぱ思った通りの味やな。テンマでも美味しくするのは無理や。絶対に無理や」


 口に残ったボケトカゲの肉を少し咀嚼してみたんやけど、わいやないと噛み切れないくらいの固さに加え、口に広がるのは何とも言えない臭みとえぐみ……正直言って、千年以上生きてきてこれ以上のまずいものを口にしたことがないと胸を張って言えるものやった。こんなんやったら、カッコつけてかみ殺さんと、あのまま絞め殺しておけばよかったと後悔してもうたくらいや。


「最後の最後でわいを苦しめるとは……なかなかやるやんけ」


 ぺっぺと口に残る肉片を吐き捨て、ひーちゃんの方に目を向けると……


「あっちもそろそろ終わる頃やな……流石、古代龍同士の戦いや。わいとボケトカゲとは規模が違うわ」


 あちらもそろそろ終わるというところやった。



                          ナミタロウSIDE 了



ライルSIDE


「これは……夢じゃないよな?」


 ナミタロウが飛んで行ってしばらくすると、ベヒモスが落ちた辺りの土煙が晴れてきて、巨大な二頭の龍が戦っている姿が見えるようになってきた。するとそこには、俺たちに絶望を与えに来たと思われた古代龍が、ベヒモスの頭突きを食らってひっくり返っている様子が見えた。


「もう少し近くで見るぞ!」


 かなり遠くにいるとはいえ、二頭はかなりの大きさを持っているので城壁の近くからでも見ることが出来ているのだが、俺は二頭の戦いをもっとよく見る位置まで移動することにした。幸いなことに、ナミタロウやアルメリア子爵たちの活躍もあり、城壁からかなり離れた所までの安全はほぼ確保された状態だ。

 そのことを部下に伝えると、かなりの勢いで反対されたのだが、こんな機会は二度とないだろうし、何よりも詳しい情報をまとめて陛下に提出する必要があると言うと、最終的には部下たちも好奇心に負けて、俺と一緒についてくることになった。しかしそこに、


「ライル様! ワイバーンがこちらに向かってきています!」


 一頭のワイバーンがすごい速さで迫って来ていた。恐らくは土煙に巻かれて姿の見えなくなっていた固体なのだろうが、発見が速かったこともありこちらも十分に迎撃態勢を取る時間があった。だが、


「キュオーーー!」


 武器を構えた俺たちの背後から、すごい勢いで飛んで行った()()()()()を持つ龍の体当たりによって、ワイバーンはあっけなく首の骨を折られて墜落していった。


「あれはソロモンか? それにしては翼が……」


 ソロモンは瀕死とも言えるダメージを負っていたはずだし、何よりも片方の翼の色が黒だったので見間違えかと思ったが、振り返ってみたところジャンヌがバッグを開いたままの状態で茫然としていたので、ソロモンで間違いないようだ。


「ジャンヌ、何があった!?」


「よくわかりませんが、突然バッグの中から光が溢れたかと思うと……翼の色が変わったソロモンが、バッグから勢いよく飛び出していきました」


 ジャンヌもバッグの中に入るのがやっとだったソロモンが急に元気になり、おまけに片方の翼が黒くなった理由は分からないそうだが、ここは元気になったことを喜ぶべきなのだろう。死者がいきなり現れて加勢してくれたことに比べれば、ソロモンの回復と翼のことは些細なものだと言えそうだしな。


 そんな感じで俺たちが茫然としている間に、ソロモンはワイバーンを咥えて戻ってきて……って、よく見たらバッグに入る前よりも少し大きくなっている気もするが、きっと成長期がいきなり来たのだろう。多分。


「あ、えっと……お帰りソロモン。元気になったんだね」


「キュイ!」


 元気になったソロモンに視線を奪われていたが、また大きな音がしてベヒモスの方に目をやると、赤い古代龍が地面に倒れていた。


「何が起きた!」


 何があったのかを周囲の誰かに聞こうとしたところ、


「あ~、あれはひーちゃんが赤トカゲの尻尾に噛みついて、地面に叩きつけたんや。よく見てみい。赤トカゲの尻尾の先が千切れとるやろ?」


 いきなり背後からナミタロウの声が聞こえてきた。さっきまで上空に居たはずではないのか? と周囲に確認を取ろうとすると、


「ちょっと驚かそ思って、こっそり降りてきたんや!」


 と、俺に気が付かれないように降りてきたことを白状した。

 とっさに後ろの方に目をやると、ジャンヌやその近くにいた者たちがバツの悪そうな顔をしているのが見えた。


「そんなことより、そろそろ決着が付きそうやで」


 ナミタロウの言葉にハッとなってベヒモスの方に目をやると、ベヒモスは地面に倒れて動けないでいる赤の古代龍に近づき、ゆっくりと前足をあげて……踏みつけた。それも、何度も。


「まあ、こうなるんは当たり前やろうな。同じ古代龍でも、ひーちゃんとでは格が違うわ。しかも、あれでもひーちゃんは、体調が万全でないんやからな。ひーちゃんが来た時点で奴の命運は終わり。ゲームセットっちゅうわけや」


 あの強さで万全ではないのかと、ナミタロウの言葉に驚きながらベヒモスの方を見ると、ベヒモスは動かなくなった赤い古代龍の首を咥えて……かみ砕いた。


「うわっ! ひーちゃん、えっぐぅ! ……まあ、昔倒したと思って油断したら逃げられたことがあるそうやから、念には念を入れたんやろうな。もし仮にあいつが生きとって同じように逃げられたら、ボンが狙われるかもしれんからな」


 「だから、絶対に変なことを考えんようにせんといけんよ」とナミタロウは言うが、本当にその通りだと思う。もしどこかの馬鹿が変な真似をすれば、あんな存在が敵となるのだ。あの赤い古代龍ですら俺たちにとっては絶望的な存在だったのだから、本気のベヒモスを敵に回したら王国はあっという間に滅ぶだろう。


「万全のひーちゃんに勝てる可能性があるとすれば……テンマくらいかもしれんな。色々な条件付きでの話やけど」


「ベヒモスを敵に回す気などこれっぽっちも無いが、一応その条件とやらを聞いてもいいか?」


 ほんの少しの(ベヒモスの敗北条件とテンマの化け物っぷりを知りたいという)好奇心と、俺の精神安定の為にナミタロウに話しかけると、


「まあ、ひーちゃんにとってテンマは相性の悪い相手やからな。考えてみい。ハエのような大きさなのに、自分にダメージを負わせる術を持っているんが相手になるんやで。しかもその相手は、自分よりすばしっこい上に知能も高いんや。体力や耐久力に差があるにしろひーちゃんにも弱点はあるんやから、そこを攻撃されれば危ないやろ? ちなみに、弱点言うんは脳みそと心臓のことな」


 ほとんどの人間にはベヒモスの討伐が無理だと言うことが理解できた。 


「怒らせないことが、王国が生き延びる道ということか……」


「ひーちゃんは大人しい方やから、人がやられて嫌なことをせんかったいいだけの話や! 予測の出来ん災害よりは、対処しやすくて楽やろ? 何か行き違いがあっても、テンマ経由でわいが間に入ることも出来るやろうし」


 それだと、テンマが居なくなった後はどうなるか分からないということだが……その頃は俺も死んでいるだろうし、数十数百年後のことは子孫に任せるしかないな……とりあえず、今の話は報告書に絶対書いておいて後で兄上たちと相談し、正式な書物として後世に残すかどうかを決めるとするか。


「ん? なんかこっちに古代龍の死骸を引っ張って来ていないか?」


「みたいやな……どないしたんやろ? ちょっと聞いてくるわ……でゅわっ!」


 ナミタロウは、またヘビのような姿になって空を飛んで行き、ベヒモスと何か話してからこちらに戻って来た。その途中、まだ残っていたゾンビを潰しながら来ていたので、こちら側はほぼ確実に王国側の勝利と言っても過言ではないだろう。


「何かひーちゃん、ボンに古代龍を食べさせたいんやて。強いのを食べればその分成長が早まるらしいから、この機会は逃したくないそうや」


「理由は分かったが、あんな死骸が王都にあったら混乱が起こるかもしれないから、近くまで持ってくるのは勘弁してくれないかと伝えてくれないか?」


「そう言うと思って、わいがボンを連れて行くからあの場所で待つように言っといたで。それと、鱗や骨の一部をオオトリ家と王家に分けてくれるらしいわ」


 それはとても嬉しい話だ。今回のことで王家はかなりの資金を使っているので、この戦争に参加した貴族たちに出す報酬金をどこにどれだけ出すかという問題があったのだ。しかし、古代龍の素材がいくらかでも手に入るのであれば、王家の財政はかなり楽になるだろう。


「ベヒモスに礼を言っておいてくれ。俺に出来ることがあれば出来る限りのことをするとも」


 何が出来るか分からないが、これだけのことをしてもらっておいて何の恩も返さないということは出来ない。


「ほな、そう伝えとくわ」


 そう言うとナミタロウは、ボンをディメンションバッグに入れてベヒモスの方へと飛んで行った。


「よし、お前ら! すぐに軍の再編成をして、最低限の守りを残して北側と西側に部隊を送れ!」


「「「はっ!」」」


「ライル様、私たちは屋敷の方に戻ります」


 周囲に軍の再編成を急ぐように檄を飛ばしていると、俺の連れてきた騎士に先導されたジャンヌが遠慮がちにそう言った。


「ジャンヌ、オオトリ家には助けられた。礼を言う。オオトリ家が居なければ、今頃王都は古代龍とゾンビたちに蹂躙されていただろう。また後程、王家から正式な場を設けさせてもらうが、ここに居る全ての者が感謝していたと、オオトリ家に伝えてくれ」


 オオトリ家が存在したからこそ、ナミタロウとベヒモスが動いたのだ。この戦場にいるいないの関わらず、その活躍に嫉妬する者は少なからず現れるだろうが、オオトリ家をどう思っていたとしても命を助けられた以上感謝するのは当然だし、少なくとも俺の周りにいる者たちはオオトリ家が居たことを心からありがたく思っているはずだ。


 そうしてジャンヌはケリーと共にソロモンに乗って屋敷に戻って行ったのだが……


「ナミタロウはどうするんだろうか?」


 未だベヒモスのところから戻ってこないナミタロウの方に目を向けたが……


「まあ、ベヒモスのこともあるし、ここに残って貰った方が俺としては安心だな。おい! ここに残る予定の部隊には、ソロモンが倒したワイバーンとナミタロウが倒した緑の龍の管理、そして不用意にベヒモスの方に近づかないよう徹底させろ!」


 ナミタロウやベヒモスの戦いを見て馬鹿なことを考える者はいないと思うが、お宝を目の前にして少し魔が差してしまったということもありえるかもしれない。


「いいか! 絶対にオオトリ家とナミタロウ、そしてベヒモスに不義理な真似をするな、させるな、許すな!」


 一つ間違えれば、赤の古代龍ではなくベヒモスに王国が滅ぼされることもあり得るのだ。目を光らせ過ぎたとしても、しないよりはいい。


「後は、ダラーム公爵軍を中心とした反乱軍だけか……」


 ナミタロウたちが居れば、反乱軍が何十万居たとしても問題は無いだろうが……それを頼りにしたら王国が存在する意味がない。ここから先は、王国の人間が解決しなければいけないのだ。


「ライル様、今動ける者の再編が終わりました!」


「より、西への部隊は俺が率いる! 皆の者、続け!」


 馬を全力で走らせたいところだが王都の中を突っ切る為あまり速度は出せない上、徒歩の兵士を置いて行くわけにもいかず、思っていた以上に行軍速度は遅いが、


「西には叔父上が率いる警備隊もいる。王都に侵入される前にたどり着けるはずだ」


 そう思うことで、苛立つ心を静めるのだった。



                           ライルSIDE 了

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