第20章-9 奇跡
ディンSIDE
「マーリン様、ワープゾーンまでの道を確保しました」
あの女は、マーリン様の腕と『小烏丸』を体内に取り込んだ後、俺たちに止めを刺さずに地上へと移動を始めた。完全に舐められているのだろう。
そんな俺たちに背を向けた女に一撃でも食らわせたいところではあったが、俺は右目を、マーリン様は右腕の肘から先を、ジンは左太ももの半ばから下をそれぞれ失い、シロウマルは全身を強く打っている上に体中のいたる所から血を流していた。一見無事なのはスラリンだけに見えるが、そのスラリンも体の多くを失ったせいか、かなり動きが鈍くなっていた。特にジンの出血はひどく、すぐに手当てしないと命に関わるような怪我だった為、手当てのわずかな間に女を逃がしてしまったのだ。
そして最悪なことに、あの女は居なくなったと言うのに、地下のダンジョンからは今もゾンビが這い出て来ていた。しかも、その一部は上の階まで移動し徘徊していた。
俺たちの怪我と邪魔なゾンビのせいで余計な時間がかかってしまったが、テンマのゴーレムのおかげで直接戦うことなく目的の場所までの道を確保することが出来たのだ。
「あの女が一階層ずつ昇っていれば、怪我を治すくらいの時間は取れるが……」
「それは無理じゃろうな。あの女ならば、何らかの方法でワープゾーンを使って上に戻る可能性が高いように思える」
マーリン様の言う通りだろう。
テンマによると、このセイゲンのダンジョンはディメンションバッグのような『空間魔法』で出来たものであり、その関係でワープゾーンと言うものが存在している可能性が高いとのことだった。そしてあの女は、体内にテンマを取り込んだり武器を取り出したりしていたので、『空間魔法』を高いレベルで使えるはずだ。考えたくないことだが、あの女は正規の方法以外でこのダンジョンのワープゾーンを使うことが出来るかもしれない。
「ワープゾーンが他の階層から他の階層へと移動できるものならば、あの女が迷ってしまい時間がかかるということもありえるかもしれぬが……セイゲンのワープゾーンは、他の階層に行くならば絶対に一番上のワープゾーンに戻らねばならない」
つまりセイゲンのダンジョンは、行きは無数の選択肢があるのに帰りの出口は一つしかないので、使用した場合はほぼ間違いなく地上の近くまで戻ることが出来るのだ。
「それでも、わずかでも可能性があるのなら、少しでも早く戻らないと……ジン! すまないが、俺とマーリン様は先に行く」
俺とマーリン様はかなりのダメージを受けているものの、走ることが出来ないと言うわけではない。それに対しジンは、片脚の止血はしたもののそれまでに流れた血の量が多かったせいで、立っているのも辛そうだった。今はゴーレムとスラリンたちに支えられて移動しているが、その速度は歩くよりも遅い。
「大……丈夫、です。ここまでくれば、上まですぐです、から、先に行って、ください」
完全に安全とは言えないが、テンマのゴーレムもあるし、何よりスラリンとシロウマルがいるからワープゾーンに行くまでなら危険は少ないだろう。そう思ったが、ジンは自分を支えていたスラリンとシロウマルを俺の方へと押した。
「戦力は、多い方が、いいです」
ここからなら、ゴーレムの助けだけで戻ることが出来るからと、ジンは先に地上へ行くようにと俺たちに行った。
「分かった。ジンも、すぐに追いついてこい!」
ジンが自らそう言っている以上、俺たちは先に行くしかなかった。それに、ゴーレムはワープゾーンまでの各分岐点にそれぞれ数体配置しているので、余程の大物が来ない限りはジンの身に危険は無いはずだ。むしろ、ジンが魔物に襲われることよりも、左脚の怪我の心配をした方がいいくらいだ。
ジンを置いて行くことに多少気が引けたが、それを振り切るようにあの女を追ってワープゾーンに飛び込み、地上へと駆け抜けた俺たちが見たものは……すでに地上へと戻っていた女が苦しんでいる様だった。
ディンSIDE 了
光に包まれた俺たちは、出口と思われる穴にたどり着き、
(テンマ、ここでお別れだ。まあ、話が出来ぬだけで、我は姿を変えてテンマと共に戦うのだがな)
(これ以上、私は一緒にいることは出来ない。上からテンマの戦いを見守ってる。それと、すぐ頼もしい援軍が来るはず。頑張って!)
飛び出るには狭い穴を無理やりこじ開けて外へと出ようとした瞬間に、黒い古代龍と死神はその言葉を残して姿を消した。そして、俺は『小烏丸』とじいちゃんの腕を握り……
「ぎぃいやぁあああー--!」
けたたましい悲鳴を上げる女の体を割くようにして外へと飛び出した。その瞬間、俺の中から何かがいくつかに分かれて、どこか遠くの方へと飛んで行った感覚があった。
「「テンマ!」」
「じいちゃん、ディンさん!」
飛び出してすぐに距離を取ると、丁度ダンジョンの地上部の建物があったところ辺りから出てきたじいちゃんたちの声が聞こえた。
まだ敵は生きていて、じいちゃんたちはそれぞれ大怪我を負っているような状況ではあったが、俺にとっては何年ぶりかの再会のように思えてしまい、涙が溢れそうになった。
そんな中シロウマルは、スラリンを乗せたまま何故かダンジョンへとすごい勢いで戻って行った。
「じいちゃん、ディンさん、その怪我を治療するから」
「わしらのことはいい! そんなことよりも、早くあ奴に止めを刺すのじゃ!」
ディンさんも同じように女を攻撃するようにと言うが、あの女が苦しんでいるのは演技であり、すでに周辺のゾンビを犠牲にして回復しているはずだ。
「大丈夫。今はじいちゃんたちの怪我の方が心配だから。それに、シロウマルたちがジンを連れてきたようだし。先に治療した方がいい」
シロウマルがダンジョンに戻ったのは怪我をしているジンを連れてくる為だったようで、その背中には息も絶え絶えと言った様子のジンが、スラリンに抱かれる形で乗っていた。
「じいちゃんの腕もあるし、ジンの脚もあるから元通りになるよ。流れた血はどうしようもないけれど、痛みは消えるはず。ただ、ディンさんの怪我は治せると思うけど、視力が戻るかまでは分からない」
そう言って俺がじいちゃんの腕とジンの脚を繋げ、ディンさんの目を治療していると、
「テンマ! 逃げろ!」
演技を止めた女が俺たちに向けて魔法を放とうとし、じいちゃんが俺を庇うようにして前に出たが……
「大丈夫。最高の援軍が来たから」
魔法が放たれる前に、女の方が吹き飛んだ。
(やらせるものですか!)
(くそっ! 流石ドラゴンゾンビの親玉だけあって硬いな!)
さらに女は吹き飛んだ先で何者かに首を切りつけられたが、その絶妙なタイミングで放たれた一撃は、首を切断するまでには至らなかった。
「あれは、あの二人は……」
「シーリアに、リカルド……」
「最高の援軍でしょ。でも、二人だけじゃないよ」
三人の治療を終えた俺は、続いてシロウマルの治療に取り掛かり、その最中に迫って来ていた……金色と銀色の光に蹴散らされているゾンビたちを方を指差した。
「あれはフェンリル?」
じいちゃんは二頭のフェンリルに覚えはないようだが、シロウマルはすごい勢いで尻尾を振り、遠吠えと言う形で喜びの感情を爆発させていた。
(テンマ、敵の援軍が空から来ているわ)
(ちょっとしんどくなりそうだから、いい加減手伝ってくれ)
「シーリア!」
「リカルドさん!」
母さんと父さんはシロウマルの治療を終えた俺の所に来てそう言ったが、じいちゃんたちには二人の声が聞こえていないようだ。
父さんと母さんはそれに気が付くと、二人に笑いかけてシロウマルとスラリンを撫でた。そして、
「行って来る!」
次は皆と笑顔で話すのだと心に誓い、俺は女に向かって飛び出した。
女の方も、万全に近い状態にまで回復しているようで俺たちを迎え撃とうとしていたが、女の援軍……ワイバーンの群れが来る前に決着を付けようと、俺たちは波状攻撃を仕掛けた。
母さんのけん制の魔法で体制を崩された女に対し、俺が渾身の力を込めた一撃を振るう。しかし、女は俺の一撃を全力で防御したので、それに続いて俺の背後から飛び出した父さんが女を狙った。
女は先程父さんに首を狙われていたので瞬時に首をガードしたが、父さんは首を狙わずに胴を薙いだ。
じいちゃんの時は胴体にあるというディメンションバッグを使って回避したそうだが、不意を突かれた上に横薙ぎの一撃だったので回避することは出来なかったようだ。ただ、切られた腹の傷口からは血ではなく黒い霧のようなものが散っただけだったので、実際にどれだけのダメージを与えられたのかは分からない。
その後も続けて攻撃を仕掛けるものの、ワイバーンの群れが来る前に女を倒すことは出来なかった。
(仲間を犠牲にして回復する能力は厄介ね……)
(まあ、それが無ければ、今頃俺たちはここに居ないが……なっ!)
迫りくるワイバーンの首を切り落とした父さんが女との距離を詰めようとするが、女は逃げに徹してゾンビで回復していた。少々、厄介な状況だ。もし、セイゲンに誰もいないのなら『テンペスト』を使うという選択肢もあるが、逃げ回っている女に狙いを付けることは難しいし、何よりまだ隠れてゾンビをやり過ごしている住人が大勢いるのだ。その中には、エイミィの家族やガンツ親方たちも居る。
俺たちがワイバーンを倒している間、女は回復源のゾンビを探し回っているが……その多くはシロウマルの親たちによって駆逐されていた。
「グゥ……何故何故何故、ナゼェエエエー--!」
思い通りにいかないからか、女は半狂乱になりながらセイゲン中を飛び回った。そして、
「止まった?」
(なんにしろチャンスよ!)
(仕掛けるぞ! テンマ!)
突然動きを止めた。そして、
「モウ、イイ……」
女を中心に大きな爆発が起き、攻撃を仕掛けようと距離を詰めていた俺たちは、その爆発に巻き込まれたのだった。
ハナSIDE
周囲は赤く染まっていると言うのに、私の意識は消えることは無かった。
「お母さん、あれ……あそこ!」
それはアムールも同じで、私と違って正面を見ていたらしいアムールは、私たちが光に飲み込まれても無事である原因を指差していた。そこには……
「おじいちゃん? ……お父さん!」
それは光で少し見にくくなっているものの、そこには十数年前に亡くなったはずの先代山賊王である祖父と、そのさらに前に亡くなった父であるクロウが立っていた。
赤い龍から吐き出された光は、二人が付きだしている刀と槍に切り裂かれるようにして、私たちの目前で二つに分かれていたのだ。
赤い龍は私たちの目前で邪魔が入っていることに気が付き、意地になってブレスを吐き続けているが、お父さんとおじいちゃんは一歩も下がることなく切り裂き続けた。それどころか、おじいちゃんが腰を据えて槍を構えると、それまで二人で受けていたブレスはおじいちゃんだけでも防ぐことが出来ていた。
そして手の空いたお父さんが刀を上段に構え、鋭く降り下ろすと……
「ブレスが……割れた!?」
赤い龍のブレスが縦に割かれていき、最終的には赤い龍の口にまで届いて血を流させた。そして、今度はおじいちゃんが槍を振るうと……
「吹き飛んだ……すごい!」
その衝撃波で、赤い龍が後方に数m飛ばされた。正直、目を疑うような光景だったけれど、実際に目の前で起こった以上、これは現実の話なのだ。死んだはずのお父さんとおじいちゃんが、目の前に立っていることも含めて。
お父さんとおじいちゃんは、言葉こそ発さなかったものの、いかにも一仕事終えたという感じの笑みを浮かべた。すると、その体が徐々に薄くなっていき、この奇跡のような時間に終わりが来たのだと実感させられた。
そんな光景を見た私は思わず、
「お父さん! あなたの孫のアムールよ! 私、母親になったのよ! それに、サナにも子供が生まれたわ! 名前はヨシツネ! お義父さんに似た男の子よ!」
アムールを前に押し出してその姿を見せ、ここにはいないけれど、サナにも子が出来たと叫んだ。しっかりと、あなたの血は私の次の世代にもつながっているのだと知らせる為に。
「おじいちゃん?」
アムールは初めて会う祖父に困惑している様子だったけれど、お父さんはそんなアムールを泣いているとも笑っているとも見える顔で見つめ、手を広げてしゃがんだ。
「おじいちゃん!」
アムールはそんなお父さんを見て、弾けるように走り出して抱き着いた。私もお父さんのところへと走ったけれど、私が抱き着いた時にはほとんど消えかけていて、かろうじて抱き着いた感触と肩を抱かれた感触が分かったくらいだった。そんな私たちに、今度は消えかけのおじいちゃんが手を伸ばしてきて、頭を撫でた。
「ケイ爺……」
「おじいちゃん……」
おじいちゃんに頭を撫でられたのは一体何年……いや、何十年ぶりだろうかというところだったけど、その力強くて優しい感触は、忘れることが出来ないものだった。
そのまま二人は、懐かしい笑みを浮かべたまま消えて……その後には、先程二人が使っていた大太刀と朱槍が残されていた。
「アムール、行くわよ!」
「おう! 二人が作ったチャンス、無駄にしない!」
私は大太刀を、アムールは朱槍を握り、ふらついている赤い龍へと走り出した。
二人が現れるまで、もう歩くことすらできないと思うくらいに疲弊していたけれど、今は不思議と体が動く。それこそ、体調が万全の時かそれ以上だと思えるくらいに。
赤い龍は、私たちにそんな体力が残されていたのかと驚いているような顔をしていたが、おじいちゃんから受けたダメージはまだ抜けていないらしく、全ての脚が震えていた。それでも私たちを迎撃しようと四肢に力を入れて踏ん張っていたけれど……
「とっ……かー--ん!」
アムールが朱槍を構えてすさまじい速さで赤い龍へと迫り、その眉間に槍を突き立てた。
骨の中でも一番と言っていいくらいに分厚く硬い頭蓋骨なのに、アムールの一撃は明らかに脳に達していると確信できるくらいの深さまで刺さっていた。しかし、それだけで龍が即死するとは限らない。
現に、普通なら即死してもおかしくない一撃を受けたと言うのに、赤い龍はまだ動きを止めず。眉間に刺さった朱槍をまだ握っているアムールを叩き潰そうと、前足を動かしていた。だけど、
「もう、逝きなさい!」
今度は私が、赤い龍の首へとお父さんの大太刀を上段から振り下ろした。
そのひと振りは、数人が抱えないと手が届かないというくらいの太さのある赤い龍の首を簡単に切り落とし、振るった前足はアムールに当たることなく空ぶった。
あまりの切れ味に、首を切られたと言うのに赤い龍の体はまるで首を切り落とされたことに気が付いていないかのように十秒程動き続け……大きな音を立てて地面に崩れ落ちた。
「終わった……の? ……アムール!」
すぐには目の前に広がる光景が信じられず、少しの間呆けてしまったけれど、龍の首と一緒に落ちたアムールを思い出して辺りを見回した。すると、
「ん……ぐぬぅ……」
苦しそうなアムールの声が聞こえ、慌ててその声のするところへと走った。しかし、
「アムール……何やっているの?」
「ん? ケイ爺の槍が抜けなくて困ってる。お母さんも手伝って!」
赤い龍の眉間に突き刺さったままのおじいちゃんの朱槍を引き抜こうと悪戦苦闘しているアムールが、そこにいた。それはもう、怪我したのではないかと心配したのが馬鹿みたいに思えるくらい、いつものアムールだった。
「分かったわよ。少しずれなさい。せ~の……ふぬぬぬぬ……」
あれほど簡単に刺さった朱槍は、あの鋭さが幻だったのではないかと思えるくらい、私とアムールがどれだけ力を入れても抜ける気配がなかった。
「お~い……義姉さ~ん、アムール~……」
そこに、ブランカを始めとした南部子爵軍の生き残りたちが集まり始めた。最初は赤い龍が本当に死んだのか半信半疑と言う感じでびくびくしながらだったのが、次第に怪我のことも忘れて騒ぎながら集まり、無事に生き残ったことを大きな声で喜び始めた。なお、皆が喜んでいる間のあの人はと言うと、気絶していたので誰かに平らな地面のところに運ばれて横になっていた。それはもう、皆が大騒ぎしていると言うのに全く起き上がる気配を見せなかったので、死んでいるのではないかと思うくらいの静かさだった。
念の為呼吸と心臓の音を確かめると反応があったので、一応生きているのだと分かったのだけれど、
「気が向いたら、お花の一輪でも飾ってあげよう」
「お前秘蔵の酒は俺がちゃんと飲んでやるから、安心しろ」
「祭りの面倒事を引き受ける奴がいなくなったな……」
などと、生きているのが分かったとたんにアムールを筆頭に数名がふざけだしたので、とりあえず全員ぶん殴っておいた。
「ブランカ、すぐに動ける者と安静にしなければならない者、そして死者を数えるように通達しなさい。責任者が居なくなった部隊は、一番年嵩の者が音頭を取るように」
明らかに南部を出発した時の面影は残っていないと思える南部子爵軍だけど、本来ならば本番はこれからなのだ。私たちの役割は、西側から攻めてくるであろうダラーム公爵率いる反乱軍をけん制、もしくは鎮圧、いや壊滅させることだ。
その為には現状の戦力を知る詳しく必要があり、それによっては大幅な作戦変更が求められる。
「分かった。少し時間をくれ」
動ける人数が少ないから、命令を出した私も働く必要があるけれど、一番大変なのは誰が生きているかより、誰が死んだのかだ。
幸い、私に直接関係のある者(あの人にアムールにブランカ)はすでに生きているのが確認できているけれど、他の兵たちにも、私と同じように大切な者がいる、もしくはいたのだ。最低限のことをしないままほったらかしにしてしまえば、後々大きなしこりになりかねない。
「とりあえず、生き残っている者は六千人程。そのうち怪我はしているもののすぐにでも動けそうなのが三千で、重傷者は二千ちょっと、残りは動けないことは無いものの、もう少し様子を見た方がいいという感じだ」
「そう……こう言ってはあれだけど、よく六千近くも生き残ったわね」
不謹慎な言い方かもしれないけれど、あんな化け物に不意を突かれたと言うのに軍として動ける程の人数が残ったのは、奇跡と知っていいかもしれない。
「隠れ里の者だが、三人が死んだ。生き残りのうち、今すぐにでも動けるのは四人で、残りの三人は眠らせてやってくれ……」
隠れ里の代表のような虎の顔をした男……長の側近がそう報告してきた。残りの三人と言うのは、恐らく今はまだ生きてはいるが、助かる見込みがない者ということなのだろう。
「この薬を使いなさい。痛みが幾分和らぐはずよ。それと、南部子爵家は、あなたたちの助力にとても感謝していると伝えて」
「分かった。必ず伝えよう」
本当は一部の兵を贔屓するようなことは避けるべきなのだろうけど、彼らはこれまで表には一切出ることなく隠れ住んでいたと言うのに、南部子爵軍と王国の危機に隠れることを止めて助太刀に来てくれたのだ。十人ではあるものの、ある意味同盟軍のような彼らに、これくらいの感謝の意を示すことは間違いではないはずだ。それに、薬とは言ったものの、その正体は麻薬にも悪用されることのある劇薬の類だ。薬の正体とその使用目的からすれば、文句が出ることは無いと思う。
「ブランカ、今日はここで野営をするわ。そして、明日の昼頃に王都を目指す。半日と少ししか休めないけれど、出発までに重傷者の治療を……そうね、テンマからもらった薬を使い切ってもいいから、出来る限りのことをしてちょうだい。それと並行して、部隊の再編制を。部隊は二つに分けて、一つはすぐに動ける者を集めた王都へ向かう部隊で、もう一つはそれ以外の者でここに残る部隊よ。ここに残る部隊は重傷者とそれを治療し護衛する者たちで、ついでに戦利品の見張りね」
今残っている生存者を全てまとめて王都に向かい反乱軍と戦うよりも、戦える者たちだけで反乱軍にぶつかった方が勝率は高いはず。それに、今の私たちはボロボロで、例え反乱軍の十分の一以下の人数だったとしても、赤い龍を倒したということで士気はこれ以上ないくらいに高い。そして、王都付近であれば、王族派の援軍も見込める。
「ああ、分かった義姉さん。それで、薬は全部使うとして、他の荷物はどうする?」
「水と食料は王都へ行くまでの最低限を各自で持って、残りは全てここに置いて行く。武器も使用する分とその予備くらいを各々が持っていればいいわ」
王都まで行けば、例え水や食料、それに薬が無くなっても、その時はオオトリ家を頼ればいいでしょう。それにしても、
「ヤバいわね……」
「何がヤバいんだ? 義姉さん?」
思わず呟いてしまった言葉は、ブランカの耳に届いてしまったようだ。
あまりこういうことを言うものではないとは思うけれど、
「いえ、このまま王都に行って反乱軍と戦うとなると、明らかに私たちが不利なはずなのに……何故か負ける未来が考えられないのよね。と言うか、勝って高笑いしているところしか想像できないわ」
などと、隊を率いる者としては失格と言われても仕方がないようなことばかりが頭に浮かぶのだ。しかし、
「義姉さん、それは俺も同じだ。あの龍に勝った俺たちが、反乱軍程度に負けるなどありえない」
ブランカも、同じように負けることはあり得ないと考えているようだ。
部隊の上に位置する二人がこんな様子では危険なのかもしれないけれど、周りの様子を見る限りでは、勝つことを疑っている者はいないように見える。そして、さらにそこに、
「アムール、ライデンに何したの?」
「うむ、私なりにライデンの修理をしてみた! 流石に壊れたところを完全に治すのは無理だったから、借りてた戦車と合体させた!」
ライデンの壊れた後ろ脚を馬車のようなものに乗せる形で胴体に括りつけているだけだったけれど、ライデンは問題なく歩くことが出来ているようだ。ただ、歩くのには問題なくても、走った瞬間にライデンの走力に耐えることは出来ないと思う。
「ブランカ! すぐに無事な者の中で手先が器用か馬具の製作経験があるのを集めて、アムールが修理した部分の改良をさせて!」
ライデンがいるのといないのとでは、相手に与える損害は段違いになるでしょう。少なくとも、南部軍の指揮はさらに上がるはず。
そう思って、ブランカに人を集めさせて修理をさせたのだけど……
「勝ったわね」
「ああ、勝ったな」
「負ける要素が見当たらない!」
万全な状態のライデンには及ばないだろうけど思った以上に修理した者たちの腕が良く、改良を加えた馬車の繋ぎ目は軽く走ったくらいではびくともせず、その出来にはライデンも満足しているようだ。
その様子を見ていた者たちから、今すぐにでも王都に向かおうなどと言う声が上がったが……
「んおっ! 何だ? 飯か? 俺のも頼む!」
歓声に驚いて起き、寝ぼけたことを言いだしたあの人のおかげ? で、皆冷静さを取り戻したのだった。
ハナSIDE 了