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第20章-7 黒い古代龍

「テンマ……お前さえいなければ、リカルドたちは死ななかったんだ!」

「シーリアを返せっ!」


 マークおじさんとマーサおばさんが、鬼のような形相で詰め寄ってくる。その後ろには、ドラゴンゾンビの襲撃で生き残ったククリ村の人たちもいて、同じような表情で俺を睨んでいた。


(またか……これで何度目だ……おじさんたちに殺されるのは……)


 俺は何度……いや、何百回殺されればいいのだろうか? これまでの人生の中で出会った人たち……それこそ、プリメラや父さん母さんじいちゃんのように家族になった人、アムールやジャンヌと言った一緒に暮らしている人、『暁の剣』やアルバートたちのような親友と呼べる人に、クリスさんやディンさん、王様たちのように親しくしている人から、顔すら覚えていないどこかですれ違ったかもしれない人に、敵対して俺が命を奪ったと思われる奴にまで、様々な場面で殺された。


 最初の方こそ、殺される直前までは自由に動き回ることが出来たのに、逃げようと思ったり相手が俺を殺そうとするととたんに動けなくなってしまった。そして、何もできない状態で殺された。殺されると次の場面に移り、俺は他の人に他の方法で殺されるのだ。

 殺された瞬間、痛みはあるような気がする。気がすると言うのは、殺される瞬間に痛覚が鈍るみたいで、首を切り落とされたり心臓をえぐり取られたりといった即死級の攻撃であったとしても、場面が切り替わるまでは殺した相手が何を言ってどんな顔で俺を見ているのかが、何故か理解できるのだ。それこそ、頭を潰されてしまっていたとしても。

 それが何度も繰り返されていくうちに、いつの間にか俺は最初から動くことを止め、殺されるのを待つだけになっていた。これで正気を失うことが出来れば楽なのだろうが、心が弱っていくのは分かるのに壊れる気配はしなかった。


 だからこそ今回も俺は自分が殺される直前だと言うのに、どこか他人事のように俺を殺そうとする二人の様子を見ていた。しかし、今回に限っては結末が違った。

 いつもならおじさんとおばさんの持っている物が俺に振り下ろされ、二人が俺の死を喜ぶ場面がしばらくの間()()()はずなのに、今回は振り降ろされた物が俺に当たる瞬間に二人の姿が消え、真っ暗な空間に俺は一人で倒れていたのだ。


 何で殺される前に風景が変わったのかは分からないが、今回はそう言った()()なのだろう。だから、もうしばらくすればどこからか誰かが現れて、俺を殺すのだろう。

 そう思っていると、


「テンマ」


(アムール? ……いや違う、死神か。今度は神たちの姿で俺を殺すつもりか?)


 何故死神とアムールを間違えたのかは分からないが、多分それだけ判断能力が鈍っているのだろう。


「違う、本物。テンマを助けに来た」


 目の前の死神の姿をした女は自分のことを本物の死神だと言うが、これまで俺を何度も殺してきた人たちとの違いが分からない。それに、


「じゃあ、お前の後ろにいる()()()は何だ?」


 先程までいなかった黒くて大きなものが、本物の死神だと言う女の後ろから俺を()()()()

 しかし、こちらを見ているということは分かるのに、その姿は靄がかかっているかのようにはっきりと認識することが出来ない。分かるのは色と大きさだけだ。

 これまで俺を殺したものは人だけでなく、スラリンたちのような魔物も含まれていたので、あの黒いものは魔物であるとは思うのだが、俺にはあのような黒い大きな魔物に覚えはない。しいて言うのなら、ドラゴンゾンビがあの大きさに近いとは思うが……あの魔物からはドラゴンゾンビのような()()()()は感じられなかった。


「これはテンマにとって、最も近いところで力になると同時に、最も因縁のある魔物……」


 俺の近いところで力になったのはスラリンたちだが、因縁があるとは言えない。 因縁と言う意味で一番可能性がありそうなのは、一度敵対したバイコーンの魂を持つライデンだけど、スラリンたち以上に近いところと言う感じはしない。それにそもそもの話、あの黒い魔物はスラリンやバイコーンの大きさをはるかに超えている。


 女のなぞかけのような言葉を聞いて黒い魔物を見上げていると、


「まだ分からんか……まあ、()()()()我は、今の姿とは似ても似つかぬからな。そうだとしても、()()()を目の前にして呆けたままとは……なんとも情けないな」


「……何だと?」


 黒い魔物の言っている意味が一瞬分からずに固まってしまったが、すぐに黒くて大きく俺の親の仇という条件の揃っている魔物の正体に思い当たり、反射的に魔法を放とうとしたが……これまでの疲労のせいか魔法はいつものように撃つことが出来ず、子供の放つような『ファイヤーボール』が明後日の方向へふらふらと飛んで行っただけだった。


「ほぉ……なかなかやるではないか」


 しかしドラゴンゾンビ……と思われる魔物は、そんな子供レベルの魔法を見て驚いたような声を出した。それは馬鹿にしているというよりは、どこか喜んでいるように聞こえた。


「テンマ、ここでの魔法の行使は控えた方がいい。肉体と精神への負担が大きすぎる」


 女が止めようとするのを無視し、俺はもう一度魔法を放とうとするが、さっきよりも魔力が上手く使えないように感じた。それでも、もう一度……


「やめておけ、今のお前では無理だ。どうあがいてもな。どうしても我に一撃を食らわせたいと思うのなら、今は体力の回復に専念することだ。その間に、少し昔話でもしてやろう」


 何の目的があるのかは知らないが、今の俺ではどうやってもかすり傷一つ負わせるどころか、まともな攻撃すら出来ないだろう。

 悔しいがここはあの魔物の言う通り、少しでも体力の回復に努めるべきだろう。


「興味のなさそうな顔をしておるが、我の話はお前の過去……ククリ村と言ったか? そのことと、今の状況に繋がる話だ。聞いておいて損はないぞ」


 こいつがドラゴンゾンビならば、ククリ村壊滅の元凶なので関わっているどころの話ではないが、今の状況にどんな関係があるというのかが少し気になった。


「少しは聞く気になったようだな。我はその昔……何千年前になるのか忘れたが、双子の片割れとしてこの世に生を受けた。親はお前ら人間の言うところの龍王にすらなれない上級どまりの龍であった。今にして思えば、双子ということも含めて二頭ともが『()()()』となったのは、異例中の異例だったのだろう。我はこの通りの黒い体を持つが、片割れの方は白でな。それに性格も体の形も違うし、共通点と言うものはあまりなかった。だが、別々の卵から産まれたと言われた方がしっくりとくる状況であっても、我と白の片割れは不思議と同じ卵から産まれたのだと理解しておった」


 黒い魔物は昔を思い出しながら話しているようで、時折俺ではなく、どこか違う場所にいるものに話しているようにも感じた。


「最初の百年程は親の下で育てられたが、黒と白の双子と言うものはとても珍しいことから、時が経つにつれて我らの存在は広く知れ渡るようになり、様々な生き物が見物に来るようになった。しかし、親は最強種とも言える龍の、それも上級であったことから、どんな生き物が来ようとも我と白の片割れに危険が及ぶことは無かった……あの赤き龍王が来るまではな。赤き龍王は、物珍しき生き物を食えば自分の能力が上がるとでも考えていたのか、夜遅くに奇襲をかけてきおった。上級龍である親も、奇襲を受けながら必死に抵抗したが、元々の実力差もあり敗北は必至であった。だがしかし、親は最後の最後まで我々の親であろうとしたらしく、我と白の片割れが逃げるまでの時間を稼ぎ、赤き龍王に殺された。食われたかまでは分からぬが、数十年後にその地に足を運んだ際には、骨のひとかけらも見つけることは出来なかった」


 親を殺されたという割には大して悲しんでいるようには感じられなかったが、何千年も昔の話ともなればそうなってしまうのかもしれない。


「白の片割れとは数百年の間ともに行動していたが、今考えるとよくもまあ数百年も共にいたなと言う感じだな。何せ、我とあいつの性格は正反対とまではいかないが、双子とは思えないくらい違っていたからな」


 黒い魔物は、思い出し笑いをしながら話を続けた。


「片割れと別れてから千と数百年も経った頃、我はいつの間にか『古代龍』と呼ばれる存在になっていた。そう言った存在に近づいていたことは何となく感じていたが、はっきりと()()()()と理解したのは、『風の古代龍』と呼ばれていた龍を食い殺した後だな。緑色の龍で速さは大したものだったが、その反面打たれ弱いところがある奴だったな。その配下ごと食い殺した時は、自分が確かに強くなったと感じたのを覚えている。食った相手の魔力を体内に取り込んだことが原因だろう。そう考えれば、赤き龍王が我と白い片割れを食らおう考えたのは、あながち間違いではなかったのだろうな」


 先程の思い出し笑いとは違う嗤い方をした黒い魔物は、笑い終えた後少しの間黙り込み、


「強くなったと慢心した我は、最強の古代龍であるベヒモスに挑み、敗れた。殺されなかったのは、情けをかけられたからであろう」


 ベヒモスに負けた時のことを心底悔しそうに話した。


「あの時の我は古代龍だったとは言えまだ未熟で、その後の全盛期の我より明らかに弱かった。とは言え、例え全盛期の頃にベヒモスと戦ったとしても、勝率は半分も無かったはずだ。よくて三割を超えるくらいだろうな」


 「それほどの差が、あの頃の我には分からなかった」と、黒い魔物は言った。先程とは違い、悔しそうではあるもののそこまで気にしている様子を見せなかったのは、自分がベヒモスよりも弱いと言うことよりも、情けをかけられたことの方が悔しかったのかもしれない。


「もっとも、その頃の我はベヒモスとの差に気が付くことなく……いや、気が付きたくなかったのかもしれぬが、とにかくベヒモスを超える強さを得ることに躍起となり、強者と呼ばれる存在に手当たり次第に襲い掛かり、その全てを食い殺して回った。その中には、『水の古代龍』と『火の古代龍』も含まれていた」


「人は襲わなかったのか?」


 気が付くと、俺は初めて自分から黒い魔物に質問していた。


「ん? ああ、襲ったな。まあ、最初はいつの間にか生息圏を広げていた猿から進化したような生き物に興味を持った程度だったが、そのうちに徒党を組むようになって同族で争っているのを見てちょっかいをかけてみたのだが……弱すぎて話にならなかったな。まあ、その後は多少ましなのがちらほら現れて挑んできたりもしたが、大概は我にかすり傷を負わせることが出来るかどうかというところで、はっきりと分かるくらいに血を流させたのは、一割にも満たなかったはずだ」


 その様子から、黒い魔物自身は大して人間に興味を持っていたわけではなく、そのほとんどが挑んできたから返り討ちにしたという感じだった。

 だが、そうなるとおかしなことが一つある。それは、


「王国の歴史に、お前と思われる魔物が数百年前に王都を襲撃して甚大な被害を出したとあるぞ」


 俺の指摘に黒い魔物は、それまで感じていた感情がいきなり消え去ったかのように無反応になった。しかし、


「それだ……それが我と今回の状況……いや、()との忌まわしき因縁だ!」


 静かにまた話し始めたと思ったら、急に感情を爆発させて咆えた。その迫力はドラゴンゾンビの咆哮以上で、この黒い魔物は明らかにククリ村を襲ったドラゴンゾンビよりも格上の存在なのだと思わせるものだった。


「ベヒモスに敗れ、二頭の古代龍を食い殺した我の前に現れたのは、古代龍となった白い片割れだった。奴にしてみれば、暴れまわる我を止めることが双子である自分の使命だとでも考えていたのだろうが、三頭の古代龍を食い殺した我からすれば、同じ古代龍であろうと白の片割れは格下……であったはずだった。結果は三日三晩戦い続けて……我の方が少々分の悪い形での痛み分けだった。実力的には我の方が格段に上だったであろうが、水と火の古代龍との戦闘で負ったダメージと、白の片割れの意地が我との差を無くしたのであろう」


 決着が付かなかったのは、それ以上その場で戦い続ければ余計な横やりが入る可能性が高かったので、双方が同時にその場を離れたからだそうだ。


「我は白の片割れとの戦闘で受けた傷を癒す為に、風の古代龍が根城にしていた山に身を隠していたのだが……そこに奴が現れたのだ。今回の騒動の首謀者である、あの女が!」


 あの女に対する黒い魔物の怒りはすさまじく、今ここで感情のままに暴れ出してしまうのではないかと思える程だったが、不思議なことに怖いとは全く思わなかった。それどころか、頼もしいとさえ……まあ、気のせいだろう。


 黒い魔物の話が思ったより長かったからか、大分体が楽になった感じもするが、ここまで来ると黒い魔物とあの女にどのような因縁があるのかが気になってきたので、もう少し様子を見ることにした。


「すまない、取り乱した。あの女は傷を癒す為に眠りについていた我に取り付き、眠りから覚める前に怪しげな術で身動きが出来ないようにしたのだ。我が異変に気が付き目覚めた時には、すでに指の一つも動かせる状態ではなかった。その状況で我は数十年、もしかすると数百年の間、頭の中をいじられ続けた。いじられたとは言っても、物理的にかき回されたのではなく、魔法でいじられたのだ。奴にしてみれば、半ば実験のようなものだったのだろうが、その間我は動くことはもちろん、声を発することも出来なかった。出来たのはいかにこの状況を脱し、ふざけた真似をする女をどのように消し去るかを考えることのみだった」


 いくら弱っていたとしても古代龍であることには変わりなく、もしかするとドラゴンゾンビと同等かそれ以上の強さを持っていたのだ。それを倒すのではなく、魔法で数十年以上も拘束し、なおかつさらに別の魔法も使っていたとなると、古代龍以上の存在(ばけもの)であると言って間違いないだろう。


「どれだけの時間が過ぎたのか分からぬが、女は突然我の前から姿を消した。それと同時に、我を封じていた魔法も解けたのだが……我は我の意志で動くことが出来なくなっていた。それ以降の我は、あの女の魔法で操られて動く災害と化して、各地を暴れまわっていたのだ。初めの頃は魔物の住処を、途中からは人の住む街で暴れ、最後にお前の住む国の王都を襲った」


 黒い魔物が暴れまわったせいで、大陸にあったいくつかの小国や多くの独立勢力が滅んだとのことだ。


「もしかして、その時の犠牲になった人や魔物が今回の戦争でゾンビとして使われているのか?」


「恐らくそうだろう。ゾンビの中に強い個体が混ざっていたが、それらはあの女が雑魚とは違う方法で作ったのもあるだろうが、それ以上に元の素材が特殊だったのだろう」


「特殊な素材?」


「そう、神の加護を持つ者や『聖女』のような特殊な存在……もしくは、お前と同じ『転生者』とかな」


「『聖女』? ジャンヌのような人のことか?」


「聖女、もしくは聖人・聖者……それは、死んだ際にこの世界の澱みとも言えるものを浄化する為に、創生神たちによって産み出された存在。創生神たちがこの世界を守る為に作り出したシステムの一つ。ただ、それも完全ではなく、幾度も聖女たちが死を繰り返すうちに浄化能力は衰えて行った。それに、この世界の命が増えるにつれて澱みの量は増え、それを補うためにテンマのような他の世界の命をこの世界に引き込んで、活性剤代わりに使った。それで全てが上手く回っていたはずだったのに、それがある時から聖女や聖人と言った存在が生まれにくくなり、転生者の効果も薄れていった。それがおよそ三百~四百年前」


「それが本当だとしても、神たちがあの女の暗躍に気が付かなかったのはおかしくないか?」


「テンマの言う通り、普通なら気が付く……いや、気が付かないとおかしい。だけど、この件に関しては私たちよりも、あの女の方が上手だった。あの女の正体は元神。特定の人物に入れ込み過ぎて、その人物と共に消滅したと()()()()()()、先代の死神。自分の死を偽装し、創生神たちの目を誤魔化すことも不可能ではない。それくらいの能力は持っていた……らしい」


 らしいと言うのは、この女はあの女の後釜らしく、仲間から聞いた以上の情報は持っていないとのことだった。


「話を戻すが、王都を襲った我は、防衛の為に出てきた人間を手当たり次第に殺した。そして向かって来るものの数が減ったところで、今度は逃げ惑う者どもに狙いを付けた。建物ごと押し潰し、尾で薙ぎ払い、ブレスでちりも残さず消し去る。これまで襲ったところと同様に、それで十分なはずだった。しかし、さらに王都の中心部へ向かおうと歩き始めると、何やら足元に白い生き物が立ちはだかっているのに気が付いた。普通なら気が付かなくてもおかしくない程の小ささだったが、何故かその時は足元に何かがいると思ったのだ。その白い生き物は、白い髪を持つ人間だった。その後ろには怪我をして倒れていた、その白い髪の女によく似た人間がいたから、恐らく血縁か何かだろう」


 白い髪の人間と聞いて、俺は何となくジャンヌを連想した。


「普通に考えるのならば、立ちはだかっているとはいえ、息を軽く吹くだけでどこかへ吹き飛んで行くような小さき生き物なのだから、無視してそのまま踏み潰せばよかったのだ。しかしその時の我は、これまでにないくらいその白い人間が気になった。自分の意志で体を動かすことが出来なかったはずなのに、気が付けば顔を近づけてその白い人間を観察していた。そして食っていた。地面ごと抉り取り、丸呑みにした。それまで人間など食っても仕方がないと思っていたのに、その時は初めて食いたいと……食わねばならないと思った」


 『食った』と言った瞬間、ジャンヌを連想していた俺は激しい怒りと共に吐き気を覚えて()()()そうになった。黒い魔物に飛び掛からなかったのは、まだそこまで体力が回復していなかったのと、食われたのがジャンヌではないと頭では理解していたからだ。


「白い人間を食った我は、その後ろにいた倒れている人間にも興味を持ち顔を近づけようとしたが……その途中で金縛りにあったかのように体が動かなくなった。それまで我の意志で動かせていたわけではないから、常に金縛り状態であったようなものだったが、その感覚とは少し違うもののように感じた。そしてその金縛りの直後、我は体中をかき回されているような感覚に襲われ、その感覚が収まると同時に体の自由を取り戻した。もっとも、立っているのもつらい程の虚脱感に襲われて、満足に動けずにいたがな」


 それは明らかに白い人間を食べたからだと思い当たったらしいが、何故そうなったかの理由は全く分からず、黒い魔物はその場で体を休めようとしたそうだ。だが、そこに王国騎士団の援軍が到着し、黒い魔物は万が一のことを考えて、王都から離脱することにしたそうだ。

 その後、ふらふらの状態で飛び続けていた黒い魔物は、気が付くと『大老の森』の奥深くで横たわっていたそうだ。


「そこで体力の回復に務めようとした我だったが、百年経とうが虚脱感は消えるどころか薄れる気配すらなかった。食欲もなく横たわるしかなかった我は、当然弱っていった……まあ、その時はそれが我の運命だったのだと、柄にもなく死を受け入れようとするくらいには心も弱っていたがな」


 そうして黒い魔物自身も想像が出来なかったくらい静かな最後を迎えるはずだったそうだが、死の直前にまたあの女が現れたそうだ。


「あの女は死の淵に居た我に止めを刺すわけでもなく、ただじっと観察するだけだった。今我を洗脳しようとすれば、一度目よりも楽に手駒に加えることが出来るはずだと言うのに、女は我に触れることすらしなかった。その理由は、我の()()()()()()()()後に知ることになった。奴は我の死を待って、より扱いやすいゾンビにするつもりだったのだ。そうすれば生きている時よりも弱くはなるが、その分だけ我を意のままに操ることが出来るようになるからな。そして奴は思惑通り、強力で従順な手駒を手に入れたというわけだ」


 それが黒い魔物……古代龍とあの女の因縁ということだった。


「その後はお前の知っている通りだ。もっとも、侵略戦の第一歩で躓くとは、流石の奴も想像していなかったようだがな」


 黒い古代龍の言う通りなら、ククリ村の事件はあの女が主犯だと言える。そう思っていると、


「ククリ村の話だが、本来ならククリ村の襲撃にゾンビとなった我が出るはずではなかった。ククリ村方面から北上し王都を目指すのは配下のゾンビどもだけで、我は東から攻めるというのがあの女の考えだったようだが、それが決行の十数年前に変更されたのだ」


 十数年は人間にとって長い月日だが、古代龍やあの女にとっては大した時間ではないようだ。


「その理由は……テンマ、お前の存在だ。途中からあの女の目的は、お前を手に入れることへと変わったのだ」


「俺を? つまり、父さんや母さんが死んだのは、俺を狙ったついでだったということなのか?」


「そう言うことになる。本来の予定通り、ククリ村を襲撃したのがゾンビどもだけだったなら、犠牲は出ただろうがククリ村は残ったはずだ。それくらいの戦力が、あの村にはあった」


 そうなると、ここに連れてこられて以降見せられていたククリ村の人たちの怒りは、現実でもあり得たものだったということになる。いや、現実でも本当は表に出さないだけで、心の底では俺を憎んでいるのかもしれない。


「テンマ、それは違う! 彼らはそんなことをこれっぽちも思ってはいない!」


「そうだろうな。我もそれなりにあ奴らを知っているが、あれでテンマを恨んでいることを隠して接していたとすれば、歴史に名を遺すほどの役者か詐欺師になれるわ」


 黒い古代龍が言うと、不思議と納得してしまう。

 これまでの話を聞いたからだろうか、俺の中にあった黒い古代龍への怒りはほとんど消えていることに気が付いた。完全に消えたとは言えないが、少なくとも自分の意志でククリ村を襲ったのではなく、操られて利用された被害者のような一面もあると言うことを知ってしまったからだろう。


「それでテンマ、お前はこのままここに居るつもりか? このままでは、お前は我と同じように操られ、この国……いや、この世界を滅ぼす為の手伝いをさせられるぞ」


「お前と同じように……つまり、俺をゾンビすると言うことか? それがあの女が俺を手に入れようとした理由か?」


「少し違う。あの女は、テンマを手先にするのではなく、過去に死んだ自分のお気に入りの人間を蘇らせる為に、テンマの体を必要としている。過去に王国を襲ったのも、その蘇らせる人間に合う生贄を探す為」


「その為に捕らえたお前をここに閉じ込め、精神を破壊しようとしたわけだ。肉体に傷をつけるようなやり方では、下手をすると魂を移した後で肉体ごと滅んでしまうかもしれぬからな。もっとも、破壊神の加護がテンマの精神を護っていたのは、あの女にとって想定外の出来事だっただろう。何せそのおかげで、我らが間に合ったのだからな」


 俺も精神が壊されなかった理由は分かったが、だからと言ってここから出られたとしても、今の俺では簡単にまた捕まり、同じことの繰り返しになるだろう。


「そうさせない為に私が来た。本来なら、神が直接干渉することは相応の危険が伴う。その危険とは、その神と干渉されたものやその周囲にも及ぶけれど、例外は存在する。ただ、それによってテンマの望まない未来になるかもしれない」


「だからテンマ、ここで今すぐ決めろ。このまま座して死を待つか、この死神の言葉に乗ってあの女を叩きのめす力を得るかどうかを。もっとも、前者を選んだ場合は、お前どころかお前の大切な者たちも死ぬことになるがな。しかもあの女のことだから、手下にしたお前にお前の大切な者を殺させるだろうな」


 黒い古代龍は決めろと言うが、その二択では選択肢があってないようなものだ。


「俺はどうしたらいい?」


「デメリットは聞かないのか?」


 からかうように黒い古代龍が言うが、元々このままでは、俺は死んであの女に利用されていたのだ。それ以上のデメリットなど存在するはずはない。最悪、今死ぬか後で死ぬかの違いでしかない。


「何をするのかは知らないが、その例外と言うやつをやってくれ、()()


 例え目の前の女が死神の偽者だったとしても、俺にはこの女を頼る以外の手立てはないのだ。


「分かった。じゃあ……」


 そう言うと死神は、俺の額に口づけをした。

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