第20章-6 絶望の光り
ハナSIDE
「ブランカ! 何人残ってる!」
「よく分からんが、ざっと見た感じだと、立っているのは五千いるかどうかというところだ!」
その中には立つのがやっとという者もいるはずだから、戦力としてはもっと少ないってことね……
開戦から一時間もたたないうちに、南部子爵軍は全体の三分の二を超える被害を受けてしまった。ただし、私たちもやられっぱなしと言うわけではなく、それなりにあの赤い龍にダメージを与えることは出来ている。あくまでも、それなりに……ではあるけれど。
やっぱり、最初の不意打ちが痛かった。あんなでかいのが空から強襲してきた上に、よりにもよって軍のど真ん中で暴れたせいで、早々に南部子爵軍の兵士たち数千人が混乱から立ち直れない間にやられてしまっている。何とか隊列を立て直した後も、赤い龍の猛攻の前に次々に数を減らされたのだ。
あの大きさの割に隙は少なく、生半可な攻撃では硬い鱗に跳ね返されるという、まさに最強の生物と呼ぶにふさわしい存在ね……私たちにとっては悪夢でしかないけれど。
そんな存在にも、私とブランカ、そしてアムール……と言うかライデンの攻撃は何とか通用し、硬い鱗を何枚か剥ぐことが出来た。後はそこに集中攻撃をすることで、何箇所か龍の皮膚を露出させることに成功したのだけれども……その皮膚も鱗よりは柔らかいとはいえ、やはり生半可な攻撃では傷をつけることが出来ないのだ。
とは言え、力自慢の獣人たちによる露出部への集中攻撃で、赤い龍の体から血を流させるのは可能だということが分かり、それを繰り返して今に至る。
「一万以上の犠牲を出したのに、あまり手ごたえが感じられないのよね……」
確かにあの赤い龍は体の数か所から血を流しているし、傷をつけられていたがる素振りも見せている。けれど、それだけだった。
どうしても私たちの与えた傷は、赤い龍にとって大きなダメージであるとは思えない。例えるならゴブリンだと侮っていたベテランの冒険者が、油断からちょっとした傷をつけられてしまい、予想外の出来事に驚いて過剰にいたがってしまっていると言ったところだろうか? もっとも、ゴブリン対ベテラン冒険者の方が、大金星の可能性は高いだろうけど。
「ライデン! 龍の気を引いて! アムールは死んでも振り落とされないように!」
「無茶言うなー--!」
龍で一番厄介な攻撃と言えば『ブレス』と呼ばれる光線だけど、今のところライデンのおかげで発射は未然に防ぐことが出来ている。
「やばっ! ライデン! 発射体勢に入った! 鼻っ面に攻撃!」
「ブルッ! ……ブルァアアアー--!」
アムールの指示でライデンは一瞬力を溜める仕草をし、先に雷魔法を赤い龍の顔目掛けて発動させた。
それに対して赤い龍はブレスを中途半端に打つことでライデンの魔法と相殺させ、無傷で雷魔法をやり過ごしていた。
先程から赤い龍がブレスを吐こうとするたびにライデンが対処してくれているので、南部子爵軍はブレスによる犠牲者の数を押さえることが出来ているのだった。
流石に魔物としての格ではあの赤い龍の方が数段上になるはずだけど、ライデンもSランクと同等かそれ以上の力を持っている(とテンマが言っていた)とのことで、実際にあの赤い龍に単独で接近戦を挑めているのはライデンだけ(背中にアムールが乗っているけど、あまり戦力になっていない)だ。
南部子爵軍で最上位の実力がある私とブランカですら、二人でフォローしながらでないと近づくことが難しく、私たち以外となるとそれこそ十人単位で犠牲を出しながら攻撃しているくらいだ。ライデンがいなければ、間違いなく私たちは開始早々に全滅していただろう。
「ブランカ、体力は回復したわね? していなくても、そろそろ出るわよ!」
「おう! ライデンばかりに任せるわけにはいかないからな! それに、そろそろライデンも休ませないといけないしな」
いくらライデンが強いとはいえ、赤い龍はさらにその上を行くのだ。ライデンはゴーレムだから疲労感とは無縁かもしれないけれど、金属疲労の心配があるし、魔力で動く以上は休憩を取らせて回復させないと、赤い龍の目の前で急に動きが止まってしまうという可能性もある。
「ライデン! 下がって魔力の補給! アムール! 安全な位置で回復薬を使いなさい!」
ライデンにとって魔力の補給とは、自然に回復するのを待つだけでなく、人と同じように魔力回復薬を使って回復させる方法もある。ただその方法は人よりも効率が悪いので、人の数倍の量が必要になるのだ。まあ、ライデンは私たちの十倍は働いているので、私たちの分を回してもいいくらいだ。
「ライデン、背中開放! 魔力補給、開始!」
ライデンの回復方法は、背中にあるスラリンのスペースに回復薬を注ぎ込むと言うものだ。
何でもテンマ曰く、ゴーレムであるライデンは周囲の魔力を吸収することで自身の魔力を回復させるそうだが、その際にライデンの周辺に魔力回復薬を振りまくと、空気中の魔力が一時的に増えるので回復が早まるそうだ。
その現象を応用し、ライデンの体の中にあるスラリン用のスペース(今はあまり使われていないそうだ)に注ぐことで、さらに効率よく魔力を吸収することが出来るようになるとのことらしい。
それを聞いて知っていたアムールが最初にやっているのを見た時は、こんな時に何を無駄遣いしているのかと思ったが、実際に回復が早まっているように見えたので全て任せることにしたのだった。
「義姉さん、もう一度翼を狙うぞ!」
「分かっているわっ!」
赤い龍の翼はすでにライデンによって大きく裂かれているので、空を飛ばれて上から攻撃されるという心配はない。しかし赤い龍は、そんな破れた翼でも私たちを上から叩きつけてくるので、脚や尻尾に気を取られている間に叩き潰されてしまうということがあるのだ。
今のところ確認できている龍の攻撃は、大まかに分けて頭部(口など)を使うものに体(胴体)を使うもの、脚を使うものに尻尾を使うもの、そして翼を使うものと言うことになる。
それらの攻撃方法の内、少しでも犠牲を減らす為と勝率を挙げる為に、一番無力化しやすそうな翼を私とブランカは先程から集中的に狙っていたのだった。
「うぉりゃー--! ……義姉さん、行けるぞ!」
「了解!」
ブランカが龍の攻撃をかいくぐり、拾っておいた斧を思いっきりぶん投げて翼の少し下の辺りに傷をつけることに成功した。私はその傷目掛けて全力で走り込み、勢いをつけて槍を突き出した。
垂直に傷口を突いた槍は、これまでにない手ごたえで赤い龍の体に突き刺さったが、数十cmくらいで骨のような硬いものに当たって止まった。
「やばっ!」
流石の龍もその痛みには驚き、体を捩らせて私を振り払おうとしたが、すんでのところで逃げ出すことが出来た。
「あれだけやって少ししか刺さらないのか……」
「でも、龍はあれを嫌がっているみたいね。それに、いいところに突きさせたおかげで、翼の動きが鈍っているわ!」
ブランカがジンから聞いたというヒドラの話を真似してみたけれど、思いのほか効果があるようだ。ただ、ヒドラのように弱らせるほど槍を打ち込むことは難易度が桁違いに高いとは思うけど、それでも龍の動きを少しでも鈍らせることが出来るのなら狙う価値はある。
龍の周りで戦っていた南部子爵軍の兵士たちも、龍がこれまでとは違う痛がり方をしているのを見て、ブランカと同じように斧やハンマーを投げつけ始めた。
それらの大半はブランカのように傷をつけるどころかまともに当たることは無かったけれど、これまでとは違う間合いで攻撃を始めた兵士たちに、龍は先程の痛みのこともあって少し戸惑うような素振りを見せていた。そこに、
「休憩終了! ライデン、ゴー!」
ライデンとアムールが、龍の死角を突くようにして駆けだした。すさまじい速度で走るライデンからは、注ぎ込んだ回復薬が隙間から漏れ出して飛び散り光に反射して、こんな状況であると言うのに幻想的に見えた。
龍はライデンの復帰は予想していただろうけど、死角からあの速度で突っ込んでくるのは想定外だったようで、顔を反対方向に向けた時にはすでにライデンは、力強く地面を蹴って宙を飛んでいた。そして、その背に乗っていたアムールは愛用のバルディッシュを構え……赤い龍の目に突き刺した。
「入った! アムールの奴、やりやがった!」
あの勢いなら、もしかすると目玉を貫通して脳まで届いているかもしれない。そう思わせるくらい、私の目には完璧な一撃だったように見えるし、ブランカも確信しているようだ。しかし、
「アムール!」
バルディッシュは龍の脳まで届く前に刃の根元から砕け、その衝撃でアムールはライデンの背から放り出されてしまった。
宙に放り出されて落ちていくアムールを龍は見失ったようだけど、すぐに体を回転させて尻尾で薙ぎ払う構えを取った。見つけたというよりは、適当に広範囲を攻撃しようという腹積もりらしい。そしてアムールは、そんな龍の攻撃範囲内に落ちようとしている。
私とブランカはアムールを助けようと走り出したが、どう足掻いてもアムールが地面に落ちるか龍の尻尾が振るわれるのが先だ。そんな中、
「グルァ!」
龍の尻尾が薙ぎ払うよりも早く、一足先に着地していたライデンがジャンプして落下中のアムールを器用にも空中で咥えた。しかし、そんなアムールとライデンに龍の尻尾は襲い掛かり……アムールたちは弾き飛ばされてしまった。
「間に合え!」
ライデンは飛ばされている途中でアムールを放したらしく、ライデンとは別の場所に落ちようとしていた。アムールはライデンがクッションになったのか尻尾で弾かれた割には勢いが殺されてはいるが、かなりの勢いがついているので、このままでは地面に叩きつけられてしまい大怪我では済まないはずだ。
幸い、アムールの落下点は今いるところからならギリギリ届くところだ。私は持っていた武器を捨てて全力で走り、地面に激突寸前のアムールの下に飛び込んだ。
「ぐっ! ……ごふっ、ごほっ!」
「うっ……うぁ……げほっ!」
激突寸前だったアムールに抱きついた私は、勢いを殺すことが出来ずにアムールと一緒に転がった。体中にかなりの痛みが走り、咳と一緒に少量の血が出たけれど、私もアムールも致命傷と言うような怪我は負っていない。
「義姉さん、逃げろ! 狙われているぞ!」
ブランカが慌てた声で叫ぶが、残念ながら先程の衝撃で今すぐに動くことは出来そうにない。そのことに気が付いたブランカが、私とアムールを抱えてその場を離れようとし、周囲にいた兵士たちが武器を投げたり大声を出したりして赤い龍の気を引こうとしているけど、龍はそれらを無視して完全に私たちに狙いを付けているようだ。
「ブランカ……アムールを連れて行きなさい。私がここで足止めをするわ」
「馬鹿を言うな! 見捨てることなんてできるわけないだろ!」
「私を見捨てるんじゃなくて、アムールを助けるのよ! 行きなさい!」
追い詰められたせいで、ブランカの身内に対する甘さが出てしまったようだ。昔のブランカなら、アムールを生かす為だと言えば黙って指示に従ったかもしれない。でも、ヨシツネが生まれてからブランカは少し甘くなってしまった。もっとも、義姉としてはその変化は喜ばしいものなのだけど……今だけは、昔のブランカでいて欲しかった。
しかし、このままでは私もアムールも、そしてブランカもあの赤い龍に殺されてしまう。やはり、犠牲を最小限に抑える為には、私が囮になって龍の気を引くしかない。流石のブランカも、私に助かる道がないと分かればアムールを連れて後ろに下がるでしょう。
覚悟を決めた私は、無理やりブランカから離れ、近くにあった石を握って赤い龍を睨みつけた。
龍の方もまずは私を片付けるつもりになったのか、ブランカではなく私を睨みつけている。アムールのバルディッシュは脳までは届かなかったみたいだけど、龍の左目を潰すことは出来ていたようで、大手柄と言えるようなものだ。人生の最後に、娘の戦果を見ることが出来ただけでも良しとしましょう。
そう思いながら石を龍に投げつけ……ようとしたら、
「ふんりゃぁあああー--!」
突然、どこからか聞き覚えのある少し間の抜けたような大声と共に、何かがすごい勢いで龍の横っ面にぶつかった。
その何かはかなりの威力があったようで、赤い龍は油断もあったのだろうがこの戦闘で初めて地面に倒れたのだ。ただ、すぐに起き上がっていることから、あの一撃で致命傷と言う程のダメージを与えることは出来なかったらしい。
しかし、バランスを崩した赤い龍に白い一団……全身を白い装備で固め、頭と口元を白い布で隠した私の知らない一団が私やブランカにも劣らぬ速さで接近し、次々に攻撃を仕掛けて行った。
「誰だ、あいつら……兄貴の隊にあんな奴らは入っていなかったはずだぞ? 行軍中に見つけたのか?」
あの白い一団に、私には心当たりがあった。龍に襲い掛かっている白装備の者たちは全部で十人程しかいないが、その一人一人が私やブランカに近い実力を持っているようだ。しかも全員の連携がしっかりできているので、
「話に聞いていただけだけど、本当に強いわね」
「義姉さん、知っているのか?」
ブランカは気が付いていないようだけど、それは仕方がないのかもしれない。もしあのうちの一人でも私たちの近くまで来ていたのなら、分かりやすい特徴のある者たちだからブランカも一発で気が付いていたでしょう。
「ハナ! アムール! ついでにブランカ、無事だったかっ!」
「生きているのが無事だと言えばそうだけどね……それよりも、彼らは?」
怪我の具合からして、普通なら無事とは言い難い状況ではあるけれど、龍と戦っている最中なのだから無事だと言えるくらいの怪我ではあるとも言えるでしょう。それに、いいタイミングで助けが来たからか、幾分怪我の痛みが薄れた気もするし。
「あいつらか? あいつらは俺たちがナナオを出てすぐに『隠れ里』から来たと言って合流してな。長の書状を持っていたから軍に加えたが、駄目だったか?」
「駄目じゃないわ、大手柄よ! まあ、ライデンとアムールの次くらいにだけどね」
「そうか、隠れ里の連中か……強いとは思っていたが、あそこまでとはな」
隠れ里の住人たちは、獣の特徴が強く出すぎているせいで人里で暮らすことが出来ず、似た境遇の者たちだけで隠れるように住んでいるせいでほとんど知られてはいないが、その実力は南部の上位者たちに劣らないどころか、少数にもかかわらず勢力図を変えるくらいの強者が揃っているらしい。
らしいと言うのは、私自身がその実力の全てを間近で見たわけでは無く、全ておじいちゃん……先代の山賊王から聞いた話だからだ。
昔は隠れ里に住む者たちは魔物の仲間なのだという考えがあったせいで、会えば即殺し合いの状況だったらしい。それをおじいちゃんはどうにかしようとして今の隠れ里を作ったわけだが……その際の話し合いの場を作る為に、力づくで相手を屈服させたとのことだった。まあ、そうしないと話を聞いてもらえない状況であったとのことだけど……当時のおじいちゃんの実力は盛った話だったとしても私よりもはるかに強く、話通りならテンマ以上の実力者となるでしょう。
そんなおじいちゃんを手こずらせた者たちの縁者なのだから、強いのは当然と言える。
「話の途中で悪いが、我々とて余裕があるわけではない。少しでも動きやすくする為に頭部の布を取るが、少しでも混乱しないように通達をしてくれ」
そう言うと近づいてきた隠れ里の男は、一気に頭と口元の布と取り去った。
布の下には虎そのものの顔があり、その男を切っ掛けに隠れ里の男たちは次々と布を取っていった。布の下からは熊や狸、狼や狐と言った人とは違う動物の顔が出てきた。
今はその顔に気が付いた南部子爵軍の兵は少ないが、隠れ里の男たちが最前線で戦っている以上全軍にその正体が知られるのは時間の問題だし、知る数が増えれば混乱は必至と言えるでしょう。
「あなた! ブランカ! すぐに全軍に通達! 『白装束』の男たちは味方……テンマも知っている南部の味方だと!」
普通に南部の味方だと言っても信じるでしょうけど、ここに居ないけど南部でも知らない者がいないくらいの有名人で縁もあるテンマの名前を出せば、信憑性はぐっと増すでしょうし、「そう言う存在なのか」と納得もしやすいでしょう。テンマには……次に会った時にでも話を合わせて貰えるように頼めば問題なし。
「「おうっ!」」
すぐにあの人とブランカが味方だと叫び回ると、最初は驚いていた兵たちも納得して隠れ里の男たちと連携を取り始めた。ただ、実力差があり過ぎるせいで共に接近戦で戦うというよりは、後方から援護に回るという形ではあるけれど、それでも龍の体には出血を伴う傷が増え始め、明らかにこちら側が優勢になって……いるように見えた。
しかし実際には、隠れ里の男たちの装備は自分たちの血で赤く染まっているし、私の率いていた兵もあの人の連れてきた後発隊の兵も、数を減らし始めていた。
やはりこちらの勢いが衰えるにつれて、元々の地力の差が目立ち始めている。生物の持つ格の違いと言うのは、そう簡単に覆せるものではないらしい。
「むぅ……しぶとい」
「アムール、気が付いた? 動ける?」
「何とか……お母さんは?」
「私も、何とかね……ライデンは?」
「ブル……」
「ライデンも何とか見たい」
ライデンは一見すると無事なように見えるが、実際には左後ろ脚が途中から折れて痛々しい姿をしている。もし普通の馬があのような怪我をしていれば、痛みで立ち上がることも難しいだろう。
この状況でライデンと言う最大戦力が欠けたのは痛すぎる。隠れ里の男たちと後発隊のおかげで、赤い龍は明らかに弱ってきてはいる。しかしそれでも、未だに私たち南部子爵軍よりも強力なのには変わりがなく、今こそライデンのような単騎でもダメージを与えることの出来る存在が必要だったのだ。
「無いものは仕方が無いか……それに肝心な時に動けないのは私も同じだし……」
テンマからもらった効果の高い回復薬を使っているとはいえ、未だに満足に動ける状態でない以上、ライデンのことをどうのこうのと言う資格はないでしょう。
「アムール、状態はどう?」
「痛みは少し引いてきたけど……まだ動けそうにない」
アムールも同じような状態だし、今の私とアムールに出来ることは、少しでも早く戦えるようになるまで回復して、皆と共にあの赤い龍を……
「ガァアアアアアー---!!!」
突然、これまでにないくらい怒りの混じった龍の咆哮が空気を震わせ、
「『ブレス』の体勢に入ったぞ! 顔面に攻撃を集中させろ!」
赤い龍がブレスの準備体勢に入った。
それを阻止、または邪魔しようと、あの人とブランカが顔面に攻撃を集中させるように指示を出したけれど、龍はブランカたちの攻撃を一切無視して力を溜め、
「駄目だ! すぐに離れろー--!」
「少しでも遠くへ逃げるんだー--!」
ブレスを自分のすぐ近くの、南部子爵軍が集まっているところへと発射された。
そのブレスは力を十分に溜めただけのことはあり、これまでライデンが邪魔していた時とは段違いの威力があった。そのせいでブレスの中心地近くにいた兵たちは跡形もなく消え去り、周辺にいた兵たちもかなりの被害を受けている。その一撃だけで千人以上……もしかすると二千近くの兵が犠牲になったかもしれない。
しかし、それほどの威力のあるブレスの近くにいたのは南部の兵だけでなく、攻撃した赤い龍自身も決して軽くはない傷を負っている。それこそ、私たちがこれまで負わせた傷よりも重いくらいだ。
「あの人とブランカは!」
「ブレスの場所とは違う方向に逃げたみたいだから、直撃はしてないはず。それよりも……」
周辺に邪魔者がいなくなった赤い龍は辺りを見回し……私たちをのところで首の動きを止め、ゆっくりと体の向きを変えて歩きだした。
自分のブレスで体のいたる所から血を流している龍だけど、私たちを殺すのはありを踏み潰すくらい造作もないことだろう。
まだ満足に動けない私とアムールは、支え合いながらその場から離れようとするけれど、どう頑張っても赤い龍の方が速い。
「ブルッ!」
そんな私たちを庇うようにライデンが龍の進路上で威嚇をしたけれど……龍は、前足で地面を抉りながら土や石を蹴り飛ばしてライデンにぶつけて、進路上から強引にどかせた。ライデンはどかされてももう一度立ち上がろうとしていたが、立て続けに土や石を浴びせられたせいで身動きが取れなくなってしまった。
そんなライデンの様子を見て満足そうな顔をする赤い龍は、私たちにもう打つ手がないということを確信しているのだろう。今の状態のライデンならば、進路上で待ち構えているところに近寄って行き、数回踏みつけるだけでも破壊することが出来たはずだ。それをしないということは、弱者をいたぶって遊ぶつもりだということに他ならない。
出来る限りの速度で逃げているけれど、その様子を眺めることすら赤い龍にとっては遊びの一部らしく、ライデンを動けなくしてからはさらに速度を落として私たちの後を追ってきている。
ただ、わざと速度を落としたことで、ブレスの被害に遭わなかった兵たちが追い付き、私たちを逃がそうと赤い龍に攻撃を仕掛けたのだけど……龍はライデンの時と同じように土や石をぶつけたり、尻尾を振り回したりして蹴散らしていた。
そうして助けに来た兵たちの排除が終わったところで、龍は私たちを追いかけるのに飽きたのだろう。強く踏み込んで大きく跳び、私たちの行く手を塞ぐように着地した。
正面から私たちを睨む目には、追いかけていた時とは違い殺気が込められていて、もし今満足に動ける状態だったとしても、足がすくんで動けなかったかもしれない。
赤い龍は私たちを肉片の一つも残さずに消し去るつもりなのか、先程放ったブレスよりも力を溜めているように見える。
その動作は、実際には数秒くらいしかかかっていないはずなのに、私には何故か数倍……いや、数十倍の時間がかかっているように感じた。もしかすると、これが死ぬ直前の感覚と言うものなのだろう。
どのような奇跡が起こったとしても、私とアムールの命はここで終わるのだろう。それならばせめて、私は一秒でも長くアムールを生かせたい。
それはただの自己満足でしかないのかもしれないが、龍の口から赤い光が吐き出されるよりも前に私はアムールに覆いかぶさっていた。
「お母さん……」
私はアムールの声を聞きながら、アムールと一緒に赤い光に飲み込まれた。