第1章ー1 親が出来ました
本編が始まります。
風が体をなでる感覚で意識が浮上してきた
…あぁ目が覚めるんだ…風に乗って草木の匂いに土の匂いがする、森に居るのか…
風が吹き抜けるたびに葉がこすれる音、舞う音、風に合わせ飛び立とうとする鳥の声に羽音が聞こえてくる…
その心地よさにもう一度意識を手放そうとして……異変に気付いた。
(臭い!この匂いは何なんだ!獣の匂いとも違う…まるで何年も風呂に入っていないかのような匂いは…)
意を決して天馬が目を開くとそこには……きたないかっこうをした人型の何かがこちらを見て笑みを浮かべていた…
(笑っているけど、あれはどう見ても獲物を見つけて喜んでいる顔だよな~)
距離にして30メートル程か人型の『何か』は一歩ずつゆっくりと近寄ってくる。
残り25メートル…天馬は逃げ出そうとするが体に力が入らずに立ち上がれない。
残り20メートル…声を出して助けを呼ぼうとしたがまともに声が出ない。
残り15メートル…辺りを見渡し誰かいないか探すが誰もいない、その様子をみて『何か』は声をあげて笑っている。
残り10メートル…思った以上のでかさと醜悪さと恐怖により泣く事よりもあきらめの気持ちが先にあった。
残り5メートル…何かは手に持っていた丸太のような棍棒を笑いながら振り上げている、天馬は固く目を閉じた
(あの神達何でこんな化け物がいる所に俺を置いて行ったんだ!仕事しろっ仕事を!生まれ変わって数分で死ぬって何ちゅうひどい話だ!)
天馬が心の中で神達に悪態をついている間にも化け物の動きは止まっていない、
化け物の持つ棍棒が振り下ろされる今まさにその瞬間、ヒュンッ、ドシュッ、ゴロゴロ……と音がした。
一向に振り下ろされる気配の無さに天馬が恐る恐る目を開けるとその先には、顔のど真ん中から太い矢をはやした化け物が転がっていた。
「やれやれ危ない所だった、まさかこんな所に赤ん坊がいるとは思わなかった。念のため様子を見に来て正解だったな」
天馬の後ろから聞きなれない言葉が聞こえて来た。
そして声の主は天馬を軽々と持ち上げ、天馬と相対するように抱きかかえた。
その正体は……巨人だった。
「何でこんな所にいたんだ?父ちゃんか母ちゃんは?」
巨人は優しい声色で話しかけてくるが天馬には理解が出来なかった。
「もしかしたら捨て子かもしれんな、可哀想に……取りあえず俺の村に連れていこう」
巨人は何かを呟くと弓を背中にかけなおし、天馬を優しくそっと抱きなおした。軽いパニックに陥っていた天馬だったが、巨人に害意がなさそうなのでおとなしくすることに決めた。…まあ体をろくに動かせない以上はおとなしくするしかなかった為でもあるが。
「おとなしい子だ、ゴブリンを前にしても泣き声を上げないくらいだからな。将来は大物になるかもしれん」
少し嬉しそうな声で呟く巨人。相変わらず天馬には何を言っているのかわからなかった。
天馬を抱きかかえながら歩く事およそ1時間くらいだろうか、目の前に村が見えてきた。
「よし着いた。お~い、誰かいないか~」
巨人が声をあげると、わらわらと数人の巨人が集まって来た。
「よう!早いじゃないか、帰るのは夜になると言っていたのにどうしたんだ?」
男の巨人が話しかけてくる、その後ろから付いてきていた女性の巨人が俺に気付いた。
「どうしたのその子は?可愛らしい子だけれども、攫って来たんじゃないわよね?」
女の巨人は俺を抱きながら笑っている。
「馬鹿を言え、森の中でゴブリンに襲われそうになっていたのを助けたんだ。近くを探ってみたが、この子だけしかいなかった。もしかしたら捨て子かもしれんから狩りをやめて引き返して来たんだ」
巨人は女の巨人と話をしているようだった。その間にも多数の巨人が集まって来るそれを見ながら天馬は、
(そういえば神が赤ん坊に転生させると言っていたな……ということは巨人ではなく普通の人間という事か)
などと考えていると、視界の端に見慣れぬものが目に入った。耳だ、正確には人の耳ではなく獣の、それも犬のような耳が男の頭に付いている、男だけではなく集まってきた人の中の数人に獣の耳が付いている。垂れた犬耳に猫のような耳などだ。
(所謂『獣人』のような者も存在するのか)
天馬がそう考えている間に話がまとまったのであろう、天馬を連れて来た人とその奥さんのような女性の家に連れて行かれた。
「今日からここがあなたの家よ。私をお母さんだと思ってね」
「じゃあ俺が父親か」
「そうよこの子、え~っと名前は何かしら」
「包んである布に、何か名前のようなものは書いていないのか?」
「ちょっと待ってね、ん~、あったわ!テンマ・オオトリって書いてあるわ」
「苗字持ちか、貴族だったのかもしれんな、この子の親は。捨てられたのかどうかはまだ分からないからこの名前で育てよう、よろしくなテンマ!」
「よろしくねテンマ」
相変わらず何を言っているのか理解できない天馬だったが、少なくともこの二人が友好的で育ててくれそうな気配だけはわかった。
(この二人が親代わりになってくれるのかな?だとしたらうれしいな)
前世では幼いころに両親を亡くしたため、親というものの記憶があまり無い天馬は神達に少し感謝をするのであった。
本編が始まりました。ここからは物語展開を少し早めようと思います。
ゴブリンをでかい化け物と思ったりしたのは天馬が混乱していて赤ん坊の体に転生したのを忘れていたためです。