表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
296/318

第20章-1 奪還作戦始動

ライルSIDE


「テンマが……負けただと……」


 先行して戻ってきた選抜隊の者の報告を受けた俺は、その衝撃的な内容にしばらくの間思考が停止してしまっていた。そんな俺が正気に戻ったのは、すぐ近くで誰かの……母上の倒れた音に気が付いたからだった。


「マリア! アイナ、マリアをベッドに!」


「はっ!」


 いつものアイナなら母上が倒れる前に支えることが出来ただろうが、アイナも報告を聞いてかなり動揺していたようだ。それはクライフ……いや、俺と父上も同じだろう。ここから先は、冷静になることを意識して動かないと、王国に潜む獅子身中の虫にいいようにやられてしまうだろう。


「クライフ、すぐにシーザーとザインを呼べ! それと、シーザーの護衛に就いているディンもだ!」


 父上はそれぞれの仕事で別の場所にいる兄上たちを呼び、会議の前に情報を共有し意見をまとめておくのだろう。

 ジャンたちがいつ戻るか正確な時間は分からないが、余程のことがない限り明日中には王都に到着するとのことなので、会議までには王家の意志をまとめることは出来るだろう。

 その為に父上はさらに、


「疲れているところ悪いが、お前の身柄はジャンたちが戻るまでこちらで預からせてもらう。ある程度の自由は許すが、外部との接触は例え身内であっても許可は出来ぬ」


 報告者の身柄を拘束した。

 報告に戻ってきたのは近衛隊の騎士で身元ははっきりしている者ではあるが、万が一改革派と繋がっていた場合、会議の前に改革派が襲ってこないとも言い切れない。

 ジャンたちが戻ってくるまでの間であり万が一の為とはいえ、王家を守る近衛の騎士としては屈辱的なことに違いない。

 しかし、報告に戻ってきた騎士は事前にこうなることを予想していたのか、不満な様子は一切見せずに他の近衛騎士に隔離部屋へと連れられて行った。しかし部屋から出て行く前に、


「この話、オオトリ家には伝えているのか? それと、マーリン殿の様子は?」


 と父上が質問をした。それに対し報告者は、


「マーリン様はかなり気落ちしているご様子でしたが、()()()()()()いました。オオトリ家にはマーリン様が直接話をするそうです」


 報告者は、テンマがドラゴンゾンビと戦って行方不明になった後のマーリン様を知っていたのだろう。

 俺はマーリン様が無事だと聞いて、ひとまず安堵した。テンマが居なくなっただけでなく、マーリン様までおかしくなってしまったとなれば、王家が滅びの道を突き進みかねない。そのくらい、今の王家にとってオオトリ家は影響力のある存在となっている。


「出来ればテンマのことは隠し通しておきたいところだが……未だ帝国との戦争の最中であり、オオトリ家には重要な作戦を任せていた以上、改革派にも結果を知らせないわけにはいかないか……」


 父上の言う通り、テンマがリッチと戦うということは王都に居る貴族の間で知らぬ者がおらず、各所に協力を要請している以上、その結果を黙っておくことは出来ない。しかし、それを知らせることで改革派は当然として、王家側に付いている貴族の中からも離反者が出てしまう可能性が高い。

 そのことについて悩んでいると、


「陛下、お呼びと聞きましたが、何が起こりましたか?」


 兄上たちが揃ってやってきた。ザイン兄上とディンも何か聞きたそうにしていたが、シーザー兄上の後ろで父上の言葉を静かに待っていた。


 テンマの敗北と行方不明を聞いた三人は、長い付き合いの中で断トツで一番というくらいに慌て、しばしの間冷静さを欠いていた。


 父上はそんな二人を落ち着かせた後、今後のことを話し合う為に席に着かせた。

 そして、いざ話し合いを始めようとした時、


「少々お待ちください、誰か来たようです……何? 陛下、オオトリ家のプリメラ様が陛下にお目通りしたいと、門のところに来ているそうです」


「すぐここに通せ!」


 扉をノックする者がいたのでクライフが対応したところ、何とプリメラが来ているとのことだった。マーリン様が王都に戻ってきているという報告は無く、かと言って知らないうちに戻って来ていてプリメラと共に来ているということも無いらしいので、何故来たのかは不明だが対応しないわけにはいかない。


「それと、シーザー。イザベラを呼んで、この場に同席……」

「私が同席します」


 父上は女性(プリメラ)と男だけしかいない空間で会うのを避ける為に、シーザー兄上に義姉上を呼ぶようにと言いかけたが、その言葉を戻ってきた母上が遮った。


「大丈夫なのか?」

「ええ、大丈夫です。アイナ、クライフの代わりにあなたが出迎えに行ってきなさい。プリメラはお腹に赤ちゃんがいるのですから、女性の人手が必要なはずよ」


 報告ではジャンヌとアウラも来ているとのことだから、人手は足りているとは思うが……多分、アイナが迎えに行った方が、プリメラは母上の客だと印象付けることが出来るかもしれないからだろう。



「陛下、マリア様。プリメラ様をお連れしました」


「うむ、入ってよい」


 しばらくしてアイナが戻ってくると、俺たちの間に緊張が走った。プリメラが何故来たのかは不明だが、来てしまった以上はテンマのことを話さないわけにはいかないからだ。そう言った意味では、俺や兄上たちよりも、父上と母上は比べ物にならないくらい緊張していたかもしれない。


「この度は突然の訪問にも関わらず……」

「座ったままでよい……それよりも、プリメラにはこちらから伝えなければならないことがあるのだが……」


 プリメラは出産時期が近い為か車椅子に座り、ジャンヌに押されながら部屋に入ってきた。そして父上に対し、臣下の礼(貴族籍を抜けているので、正確には元臣下となるが)を取ろうと車椅子から立ち上がろうとしたが、父上はそれを遮って車椅子に座ったままでいるように言った。

 そして、プリメラにテンマのことを話そうとしたのだが……


「その()()()()()()とは、テンマさんのことではありませんか?」


 父上が一瞬躊躇した隙にプリメラから発せられた言葉に、父上は……いや、俺たちは息が止まるかと言うくらいに驚かされた。


「オオトリ夫人、もしかしてマーリン殿が戻ってこられたのかな?」


 真っ先に冷静さを取り戻したシーザー兄上が、一番あり得そうな可能性をプリメラに尋ねたのだが……プリメラは『やっぱり』と言った感じの表情をしながら首を横に振った。


「いえ、おじい様はまだ戻って来ておられません。ただ、昨日の夕方ごろだったと思うのですが、突然スラリンが慌て始めまして、落ち着かせてから理由を尋ねたところ、テンマさんに異変があったことを感じたそうです」


 もしこれが普通のスライム相手の話だったなら、何を馬鹿なことを言っているのかと笑い話になるのかもしれないが、スラリンはテイマーのことをよく知らない俺からしても異質な存在だと理解できるほどだ。それに何より、普段から主ではない者に対しても自分の意志を身振り手振りで伝えるところを見ている以上、どうやってスラリンがテンマの異変を知ったのかは置いておくにしても、十分に納得できる話だった。


「私はテンマさんのように、スラリンの言いたいことを全て理解できるわけではありませんので、テンマさんにどんなことが起きたのかまでは分かりません。ですが、詳しい理由を知ろうにもおじい様はいつ戻ってくるのか分からなかったので、陛下なら何かご存じなのではと思い、厚かましくも押しかけてしまいました」


 押しかけてきたとは言うが、今回の戦争においてオオトリ家は王家の協力者という立場であり、普段の付き合いからすればおかしな話ではないだろう。まあ、()()()のプリメラが事前の知らせもなく来たということには驚いたが、状況が状況だけに突然の訪問は仕方がないだろう。


「うむ、そこまで分かっているなら全てを隠さずに話すが……気をしっかり持つのだぞ。先程私たちも知らせを受けたばかりなので分からぬことが多いのだが、どうやらテンマは敵方の新手と戦闘になり敗北し、行方不明となっているらしい。マーリン殿は無事だそうだが、テンマはかなりの深手を負っているようだとの報告もある……生死も不明とのことだ」


「そう……でしたか……」


 プリメラは父上の話を聞いて、全身から力が抜けたかのように車椅子の背にもたれかかった。しかし、


「それで、王家はテンマさんの()()について、どこまで()()していただけるのでしょうか?」


 まっすぐに父上を見つめて、テンマ救出の協力を要請してきた。


「テンマの居場所が分かるのか!」


「分かるのは私ではなくスラリンで、正確な場所ではなく大体の場所ということらしいです……スラリンをここに出してもかまいませんでしょうか?」


「かまわぬ!」


 プリメラの言葉に食い気味で許可を出した父上は、母上と共にテーブルに上がってきたスラリンに対し、立て続けに質問を始めた。


「陛下、流石のスラリンも、そう矢継ぎ早に言われては答えることなどできません。少し落ち着いてください」


 シーザー兄上が軽く窘めたことで父上(と母上)は落ち着きを取り戻し、改めて質問するとスラリンは身振り手振りで答え始めた。



「では、テンマは生きた状態で連れ去られたということで間違いないのだな?」


 父上の質問に、スラリンは体を縦に弾ませて(これが肯定の意味で、違う場合は触手を横に振る)答える。


「スラリン、テンマはどこに連れ去られたのですか?」


 母上の質問に対してスラリンは少し間を置き、ある方向を触手で示した。どこにとはっきり分かるわけではないそうだが、大体の方角は今でも分かるそうだ。そして、テンマがしばらくの間移動して(離れて行って)いないということも、何となくの感覚で分かるらしい。


「クライフ、王国全体の地図を持ってきてくれ」


「了解しました」


 シーザー兄上がすぐにクライフに地図を持ってこさせ、その地図とスラリンの示す方角を照らし合わせてみると……


「陛下、この方角でテンマを連れ去った女が留まるとしたら、セイゲンが一番可能性が高いと思われます」


 セイゲンが女の留まっている第一候補だということになった。ディンは他にもいくつかの候補を挙げたが、セイゲン以上に可能性の高そうなところは無く、違う場所に行くくらいならそのまま出来るだけ遠くに行こうとするのではないかということになった。


「セイゲンに隠れているとなると、女はダンジョンにいる可能性が高いな……」


 もし父上の言う通り、女がダンジョン隠れたのだとすると、探すのがかなり難しくなってしまう。何せ、セイゲンは新しく発見されたダンジョンも含めると地下百階を軽く超える規模であり、階層によってはセイゲンと同規模かそれ以上の広さがある。何の策もなしに向かったとしたら、見つけるだけでも数年……いや数十年、場合によっては数百年かかるかもしれない。


「陛下、本日この時を持ちまして、近衛隊隊長の位を返上し、騎士団を辞させていただきたいと思います」


 突然のディンの発言に俺を始め、兄上たちやプリメラたち、そしてアイナとクライフも驚いていた。


「決意は固いのだな?」


「はっ! 長年お仕えしておきながら、最後がこのような形になり申し訳ないとは思っておりますが……」


「よい、許す。これまでの働き……友として、ありがたく思っている。今後はディンのやりたいようにやるといい」


「ありがとうございます……アレックス様」


 ディンは父上に頭を下げると、今度はプリメラの方を向き、


「オオトリ夫人、私をテンマの救出に向かわせていただきたい」


「ありがとう……ございます……」


 ディンが居なくなるのは王家としては痛手ではあるが後任となる人物は育っているので、近衛のレベルが極端に下がるということは無いなずだ。


「アイナ、あなたも王家のメイドを辞めて、ディンについて行きなさい」


 ディンと父上の言葉に涙を浮かべて言葉を詰まらせていたプリメラだったが、さらに母上からの言葉で驚かされていた。まあ、それは俺も同じだったわけだが。


「はい、マリア様。これまでお世話になりました」


 アイナは全く驚いていない様子だったが、よくよく考えれば二人は婚約中なので、片方が王家から離れるのならばついて行く方がいい。それに、いくらディンが王国の騎士団で最強だとは言え、テンマを倒して連れ去った相手に無傷と言うことは無いだろう。それこそ、命がけの戦いになるだろうし、恐らくは分が悪い戦いになるだろう。そういった理由もあり、ギリギリまでそばに居られるようにとの考えなのかもしれない。


「それと陛下、厚かましいお願いになりますが、『暁の剣』のジンを同行させる許可をいただきたい。もちろん、実際に連れて行くかは本人の意思次第ではありますが……」


「確かにセイゲンのダンジョンに慣れておる者であるから戦力にはなるであろうが、『暁の剣』は大公の指揮下に入っており、重要な任に就いておる。私からも大公に理由を記した手紙を書くくらいはできるが、頭越しに引き抜くような真似は出来ぬ。ゆえに、ディンの方から直接頼むとよい。まあ、伯父上も理由が理由だけに、無碍にすることはあるまい」


 伯父上なら、一も二も無く許可を出すのは間違いないだろう。マーリン様の孫ということもあるが、まるで自分の孫でもあるかのようにテンマに目をかけているからな……多分、同い年の頃の俺よりもかわいがっていると思う。しかし、


「ディン、連れて行くのはジンだけでいいのか? ジャン……は無理だが、エドガーやシグルドなら十分戦力になると思うが?」


 気になったことを聞いてみると、戦力にはなるかもしれないが、クリスが重傷を負ったことを考えると、クリスより少し上くらいの力量であり、しかもダンジョンに慣れていない二人では戦力になるどころか逆に足を引っ張りかねないということだった。


「それと、オオトリ家からは恐らく……と言うか、ほぼ確実にマーリン様も参加するでしょう」


 ですよね? と言う感じでディンがプリメラを見ると、


「まだ戻って来ていないので確実とは言えませんが、知ればおじい様は絶対に参加すると思います。その他に、スラリンとシロウマルが出ます」


 もしも王家の協力が満足の行くものでなかった場合、プリメラはオオトリ家に残っている戦力のほとんどを使ってテンマを助けに行くつもりだったらしい。


「不思議な力でテンマの居場所を感じ取れるスラリンと、鼻で捜索できるシロウマルか。共に戦力としても申し分ないですが、それとは別に壁……捨て駒に出来るゴーレムをいただきたい。これに関しては数は多い方がいいですが、かと言って多すぎると今度は王都のオオトリ家の守りが心配になるので、各自百体程あれば足りると思います」


「ゴーレムに関しては、一応千体用意しました。ただ、パーシヴァルのような規格外の物は入っていません」


「むしろ、そちらの方が気兼ねなく使えます」


 王家でも自前では数を揃えることが難しいゴーレムを千体用意するのは流石オオトリ家というところだが、報告が本当ならば千体のゴーレムでも少しの時間稼ぎにしかならないかもしれない。だからこそディンは、最初から()()()と言ったのだろう。それに、規格外のゴーレムは普通のゴーレムと比べて大柄であるから、限られた空間であるダンジョンの中ではゴーレムとの連携は難しいはずだ。


「それではオオトリ夫人、すぐに出発の準備を整えましょう」


「お願いします。陛下、失礼します」


「うむ。ディン、頼むぞ」


「アイナ、たまには顔を出しなさいね」


 父上の家臣であり近衛隊の隊長であるとは言え、俺が生まれた時から居たディンが居なくなるのは寂しく思うが、前々からディンは王家から離れるような気がしてはいたので、それが少し早まっただけの話だろう。それにディンなら、生きてテンマを救い出し元気な顔を見せにくるだろうから、根性の別れではない。まあ、その時はアイナともう一人増えているかもしれないが。


                            ライルSIDE 了



ディンSIDE


「シロウマル! この方角にマーリン様が居るんだな!」


 プリメラと共に一度オオトリ家に移動し支度を整えた俺は、王都の外で陣を構えている警備隊に向かった。その際、近衛隊ではなくオオトリ家の家紋を掲げて大公様への面会を求めたのだが、特に気にされることなく通された。恐らく、俺とテンマの関係からオオトリ家関連の話でも代理で持ってきたとでも思われてのだろう。

 それは大公様もそう思っていたようで、最初こそ俺を『近衛隊隊長のディン』として接していたが、理由を話して『オオトリ家のディン』となったことを話すと大変驚いておられた。まあ、その後で大笑いしていたが。


 そして、テンマが負けてとらわれたことを話すとまた驚かれていたが、テンマはまだ生きており、その奪還の為にジンを借りたいと説明すると、すぐにジンを呼び出した。ジンが来るまでの間に、大公様には決して命令と言う形ではなく、あくまでもジン自身に選ばせるように頼み込んだ。ジンは王家から大公家を通して依頼をした形と言うのもあるし、生きて戻ってこられるか分からない任務なのでという理由からだったが、話を聞いたジンは驚いた後で一も二もなく動向を決意してくれた。


 この時、ジン以外の『暁の剣』も呼んでいたので、ジンはその場で仲間との挨拶を軽く済ませ、任務の打ち合わせをした。その際、ジンが馬での移動が難しい(正確にはある程度なら馬に乗ることは出来るが、今回のように急ぎの移動の経験はなく、長時間だと不安)ということが分かった。そこで、基本的には俺の馬とシロウマルで移動し、ジンはスラリンかディメンションバッグの中で待機することになった。これに関してジンは申し訳なさそうな顔をしていたが、無理に馬に乗せて怪我でもされてはそちらの方が大変なことになる。


 後は王都に戻っている最中のマーリン様と合流し、理由を説明してセイゲンに向かうという話になり、警備隊の陣を離れたのだ。


「……うぉふっ!」


 シロウマルは俺の問いかけに一瞬間を置き(その間、空中の匂いを嗅いでいた)、走りながらひと鳴きしてそれまでよりも少し角度を変えた。ただ、その方角はかなりの悪路だったので、俺の馬だと脚を怪我する恐れがあった。その為、一度俺も馬と共にスラリンの中に入り、一息入れることにした。


「お疲れ様です。お茶と軽食です」


「ああ、すまんな」


 ジンからお茶とパンを受け取り胃に流し込むと、少し疲れが出てきたように感じた。


「ディンさん、少し横になっていてください。長時間は無理でも、一応馬には乗れますから」


「ああ、その時は頼む。一応スラリンには悪路を抜けたら呼ぶように言ってあるから、その時に起きられなかったら代わってくれ」


 騎士団の任務中に短時間しか睡眠がとれずにたたき起こされることなど、これまでに何度も経験しているから起きることが出来ないということは無いと思うが、せっかくジンがそう言ってくれているのだから少し甘えておこう。

 そう思って横になっていると、


「ディンさん、マーリン様たちらしき一団が見えました!」


 いつの間にか熟睡していたようだ。自分で思っていたよりも、かなり気疲れしていたのかもしれない。


「接触は?」


「いえ、俺やシロウマルだけだと変に警戒されるかもしれないので、今は離れた場所で待機しています」


「確かにそうだな……よし、俺が先頭に立とう。ジンも後ろから付いてきてくれ! シロウマルは、一度中に入っていてもらおう」


 ジャンたちがどういう状態か分からない以上、俺が先頭に立ってオオトリ家の旗を掲げた方があまり刺激させなくて済むだろう。魔物であるシロウマルの姿があると、下手をすれば大混乱させてしまい危険な状況に陥ってしまうかもしれないからな。


 シロウマルを下がらせてからジンを引き連れて部隊に近づくと、最初の内は近づいてきた見知らぬ二人に警戒していたようだが、何人かの騎士が掲げていたオオトリ家の旗に気が付いてジャンのいるところに案内してくれた。


 ジャンは俺を見て驚いていたが、すぐに今回の顛末を説明して頭を下げてきた。それは今回の任務を失敗したから俺がここまで来たということもあったようだが、陛下は今回の任務は失敗ではない(標的だったリッチ自体はテンマが撃破しており、突如現れた正体不明の女に関しては任務とは別ものという判断から)と考えておられると伝えると、その理由を聞いた後で複雑そうな顔をしていた。

 気落ちしていた様子のジャンだったが、俺と話しているうちに少し冷静さを取り戻したようで、俺がその説明の為にわざわざここまで来たのではないと気が付いたようで目的を聞いてきたが、俺はその前にマーリン様の居場所を聞いた。

 

 マーリン様は、今いるところから後方で固まって移動している負傷兵たちのところにいるということだったので、ジャンと共に向かうことにした。


「マーリン様!」


「ん? おお、ディンか……こんなところまでどうしたのじゃ?」


 マーリン様は昔ほどでないにしろかなり気落ちした様子で馬車に乗っていた。その馬車には、瀕死の状態だと報告のあったクリスも寝かされていた。


「ああ、クリスはわしの魔法とテンマの薬が何とか間に合ったわい。まだ意識は戻っておらぬが、峠は越えたというところじゃな。ただ……顔と体の傷は、わしでは消すことが出来んかった。恐らく……」


 マーリン様は、そこまで言って言葉を濁した。多分、「テンマなら消すことも出来たじゃろうが」と言いたかったのかもしれない。


「マーリン様、実は私たちはマーリン様たちを迎えに来たのではなく、テンマを取り返しに行く途中なのです」


「……何じゃと?」


 それまで落ち込んでいたマーリン様の雰囲気ががらりと変わり、殺気にも似た迫力が馬車の外まで溢れ出し、近くに居た馬たちが騒ぎ出した。


「落ち着いて聞いてください。実は、スラリンはテンマが居る大体の場所を把握できるらしく、その情報を基に我々は追いかけているのです」


「それで、今テンマはどこにいるのじゃ!」


「まだ確定ではないので第一候補というところですが、スラリンがテンマを感じた方角にあり連れ去った女が実を隠せそうな場所は、『セイゲン』のダンジョンではないかと」


「ならば行くぞ! テンマを取り戻すのじゃ!」


 マーリン様はそう言って空へ飛び上がったが、


「お待ちください! 相手はテンマを倒すほどの強敵です! 少なくとも我々は、一丸となって戦わないといけません!」


 何とかギリギリのところで足を掴んで止めることが出来た。


「確かにそうじゃな……すまぬ、冷静さを欠いておった」


「それは仕方がありません。ただ、セイゲンまではまだ距離があり、女に逃げられる可能性があることもまた事実です。そこで、マーリン様には申し訳ありませんが、我々をセイゲンまで運んでいただきたいのです」


 俺の計画としては、マーリン様に俺たちが入っているディメンションバッグを持った状態で『セイゲン』まで飛んで行ってもらうということだ。『飛空魔法』ならば、ここから二日もあればセイゲンに到着するだろう。ただ、ずっと飛びっぱなしだといざという時にマーリン様が戦えないので、マーリン様の休憩中は俺かシロウマル(+スラリン)が移動を代わり、なるべく動きを止めないで『セイゲン』を目指すのだ。


「確かに万全に近い状態で女と戦うには、ディンの案が一番じゃろうな。よしっ! では早速、ディメンションバッグに入るのじゃ!」


 マーリン様は俺たちをディメンションバッグに無理やり入れようとし始めたので、完全に押し込まれる前に、


「もしスラリンがテンマの移動を感じたら、その時点で一度止まって作戦を立て直しましょう!」


「うむ、了解した! だから、さっさと入るのじゃ!」


 とだけ伝えると、マーリン様は頷きながら俺をバッグに詰め込んだのだった。


                            ディンSIDE 了


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 話を聞いたジンは驚いた後で一も二もなく動向を決意してくれた。 同行
[一言] 更新お疲れ様です。 ううむ、前から思っていたが、プリメラのテンマの妻であることやテンマを信じること等の覚悟が凄い。 初期の頃からめちゃくちゃ成長している人物の代表だよなぁ。 他の面子が大人…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ