第19章-18 どんでん返し
「少しは余裕が出てきたかな?」
リッチの近くにいたゾンビを大分倒したおかげで、じいちゃんの援護がない状況でも互角以上に戦うことが出来ていた。この状況でじいちゃんが戻ってくれば大技を使わなくても勝てるかもしれないが……長期的に見ればまだまだゾンビの数は多いので、こちらの体力のことを考えれば大技はなるべく早い段階で仕掛けた方が勝率は高いだろう。
「テンマ! ジャンたちに知らせてきたぞ! キリのいいところで後退するように指示を出しておるから、そろそろ動きがあるはずじゃ!」
いいタイミングで戻ってきたじいちゃんは、ジャンさんのことを手短に話してリッチのけん制に回った。一人でも余裕が出てきたと思っていたが、二人になると余裕だけでなく安心感と安定感が増した気がする。
じいちゃんがリッチを細かくけん制し、俺が強い一撃をお見舞いする。これを基本として、時に近づいてきたゾンビを巻き込むような攻撃も行うことで、リッチの回復量を制御しつつ確実にダメージを与える。この繰り返しによりリッチの隙は多くなり、隙が多くなるにつれて徐々に弱体化も進んでいった。
リッチも、自身の今の状況は明らかに不利だと感じているのだろう。時おり後方にいるゾンビの群れの場所を気にする素振りを見せ始めていた。
「じいちゃん、俺が次リッチに飛び掛かったら、すぐにジャンさんたちのところまで下がって。それまではこれまで通りけん制をお願い」
「次で決めるつもりじゃな。了解した!」
これまで通りと言ったのだがじいちゃんは終わりが近いと思ったせいなのか、それまでのけん制よりも威力が増した魔法を放ち始めた。
これまでの行動を阻害することに重点を置いた魔法とは違い、今のリッチにとって威力が増した魔法の一発一発は軽視できるようなダメージではないらしく、一つ一つをしっかりとかわすか防御するかしてしのいでいた。
その隙に俺は止めを刺す為の準備を行い、タイミングを計り……じいちゃんの魔法に紛れながらリッチの懐に潜り込んだ。
「テンマ! あとは頼んだぞい!」
リッチの懐に潜り込む直前で、じいちゃんは魔法を止めてジャンさんたちのいる方へと下がって行った。じいちゃんは俺がリッチの懐に潜り込むまで魔法を撃ち続けていたので、魔法を止めるまでに数発掠ってしまったが直撃は無いので大したダメージは受けていない。そんな俺に対し、リッチの方は俺の接近に気が付いた時にじいちゃんの魔法から気を逸らしてしまったようで、俺が潜り込む直前に一発だけだったが直撃を食らっていた。そのおかげで俺はいい形で懐に潜り込むことが出来たし、魔法を放つ前の下準備を成功させることが出来た。
「流石のお前でも、シロウマルの毛で出来た縄を引き千切ることは難しいだろ?」
リッチに魔法を当てる為の下準備として、俺はシロウマルの毛で出来た縄の予備を数本繋げたものでリッチを縛り、簡単に逃走出来ないようにしたのだ。
「『テンペスト』!」
リッチを逃がさないようにコントロールしつつ、俺は自分が一番自信を持っている魔法を放った。『大老の森』では、目の前のリッチよりも劣る固体を倒すことが出来なかった魔法ではあるが、あの時はジャンヌがそばにいたので威力をあまり挙げることが出来なかったし、この戦闘が始まった直後のリッチは明らかに『大老の森』のリッチよりも格上だと言える存在ではあったが、弱体化している今なら少し上くらいの強さだろう。
「『テンペストF2』……『F3』!」
俺は『テンペスト』を発動させると、すぐに威力を上げた。『テンペスト』の内部にいるのは俺とリッチだけなので、もし仮にリッチがシロウマルの縄を切ったとしても、俺を倒すか威力が弱まる程の上空まで飛び上がって『テンペスト』の外へと出るかしか逃げる方法はないが、そんな隙を与える程の余裕を俺は持ち合わせてはいない。
「『テンペストF4』!」
さらに続けて威力を上げると、中心部付近にいる俺ですらふらつく程の強風が『テンペスト』の内部に吹き荒れだした。中心に近い俺ですらふらつく程だから、数mとは言え外側にいるリッチは強風に煽られて、まるで凧のように風に翻弄されている。それに、ねじれに加えて時々刃物のような鋭い風が吹いているようで、シロウマルの縄が毛羽立ち始めていた。今はまだ大丈夫だが、このままだといずれ縄が切れてしまうだろう。
しかし、それくらいは想定内だ。むしろ、リッチに引き千切られる可能性の方が高いと思っていたので、それに比べるとかなり余裕のある状況とも言える。
「『ガーディアン・ギガント』!」
前に『テンペスト』をリッチに食らわせた時は、リッチが軽かったせいかドラゴンゾンビの時のようにバラバラにすることが出来なかった。なので、
「削れろっ!」
ギガントでリッチを外周部に向かって押し込んだ。巨大で頑丈な腕型ゴーレムならではの荒業だ。もしこれを生身で行ったならば、リッチの前に俺の体がもたないだろう。
とはいえ、リッチにダメージを与えることが出来るところまで前進すると、絶え間なく刃物で切り付けられているような音が、リッチとギガントから聞こえてくる。一応、ギガントの片腕を盾代わりにして暴風から身を守り、さらには魔法で風を体の周りに発生させて身を守ろうとしているのだが、『テンペスト』内部に吹き荒れている暴風の方が強い為、体のいたるところに小さな切り傷が出来ていた。
そしてリッチも、俺と同じように魔法で暴風から身を守っているようだ。ただ、生身の俺とは違い、骨だけのリッチは血が噴き出ることは無いので、ひびが入るなどしない限りはどれほどのダメージを与えているのかが分からない。
「まだ……もう少し……」
少しずつリッチを押し込んでいくがその際の反発が思った以上に強くて、一m押し込むだけでもかなりの体力を必要とした。
体力の消耗も激しい上に、シロウマルの縄もいつ切れてもおかしくない状態なので、このままではリッチを倒すどころか作戦が失敗してしまうかもしれない。
「ふぅ~……ふっ!」
そこで、覚悟を決めて全力で押し込むことにした。それまで身を守る為の盾代わりにしていたもう片方の腕でもリッチを掴み、暴風への抵抗を少なくした上で全力の『飛空魔法』を使用した。
そのおかげで一気に数m前進したが、その代わり俺の体に付く切り傷の数も増え、吹き出した血が宙を舞っていた。宙を舞った血の量には少し驚いたが、四肢の欠損とか目が潰れたとか言う大怪我ではなく、終わった後でも十分治療が間に合う程度のものだ。
「ここ……が……押し込める……限界……か……」
覚悟を決めてから数秒程で、これ以上は進めないというところまでリッチを押し込むことが出来た。しかしその数秒で俺の体力はかなり消耗し、血も危ないのではないかと思うくらい体から抜けている気がする。
リッチもかなりのダメージを受けているみたいだが、絶命するまでにはまだ至っていない。そして、ついにシロウマルの毛で出来た縄が切れた。ここまでよく持った方だろうが、それによりリッチの両腕が解放されてしまった。
これまで腕は使えず魔法は自身を守る為に使用している状態だったので、縄で縛られてから今まで受け身でいるしかなかったリッチの顔が、俺には何故か笑っているように見えた。
「『テンペストF5』!」
まあ、俺もあと一手残していたわけだけど。
『テンペスト』の威力を最大まで上げたことで、それまで押し込んでいた位置から俺とリッチは、猛烈な勢いで内側へと押され始めた。それに負けないようにリッチを押し出しながら全力で前進しようとすると、ものすごい力で押されはするものの後退する速度はゆっくりとなり、その分だけリッチにかかるダメージが増えた。そして、そのダメージはギガントにも同じようにかかっている。
「右手の指が壊れ始めたか……もう少し持ってくれよ!」
暴風が一番強く当たる右腕の内、一番複雑に出来ているせいで一番強度の低い手の部分が、威力を上げた『テンペスト』によってひびが入り始め、ついに指が一本砕け散ってしまった。そしてそれを皮切りに、砕けた指のところを中心にして右手が完全に壊れてしまう。しかし、それでも俺は残っている左手でリッチを固定して、手のなくなった右腕で押し込み続けた。
そうしているうちに、今度は右の肘関節と左の手首も動きが怪しくなってきた。まだ関節以外では動きに支障をきたすような破損は見られないが、関節部分が壊れれば使い物にならなくなるだろう。だが、ギガントの不具合が増えると同時に、リッチの体にも異変が起きていた。
まず、ギガントの右手が壊れるよりも先に、リッチの左腕が粉々に砕け散った。そして、その次は左脚が股関節から壊れ、右脚も膝下から無くなっている。残っているのは頭部と胴体と左腕だ。
それでもリッチはギガントの拘束から逃れようと、自分を掴んでいる右手の手首を何度も殴打していたが……何度目かの殴打の際に腕を振り上げた瞬間、自分の腕の方がギガントの硬さと暴風に耐え切れず砕けてしまった。
そんな両手両足を無くしたリッチに止めを刺すべく、さらに押し込む力を加えると……リッチは自身の防御に使っていた魔法を中断し、俺目掛けて魔法を放ってきた。
リッチが弱体化しているとはいえ、至近距離で魔法を食らったらひとたまりもなく、一発で形勢逆転もあり得る攻撃だったが……それはリッチにとって悪手でしかなかった。
何故なら、魔法で防御している状態でも暴風によって身(骨)を削られているのに、そこから防御を捨てたのだ。今の状況に焦り過ぎて、俺に魔法を当てる前に自分自身がどうなるのか頭から抜けてしまったのだろう。
「これで……終わりだ!」
俺は放たれた魔法をギガントの右腕で防ぎ、魔法の守りを失ったリッチに魔法を防いだばかりの右腕で殴りつけた。
リッチは殴りつけられた衝撃で、押さえつけられていた場所からさらに数十cm外側に押し込まれ……全身がバラバラに砕けて『テンペスト』に巻き上げられていった。バラバラになった際、魔核と思われる光沢のある塊も一緒に細かくなっていたので、もう復活することは出来ないだろう。
「終わった……」
まだ戦争は終わってはいないが、俺の出番に区切りはつくだろうと巻き上げられたリッチの残骸を見送り、『テンペスト』を解除した。
そして、じいちゃんたちにリッチの報告をする為、人が集まっているところを探そうと周囲を見回した時……
「ごふっ……」
背中から腹部に抜けるような、熱く激しい痛みに襲われた。
一瞬、何が起こったのか全く理解できなかったが、すぐに俺の腹から黒い棒のようなものが生えているのに気が付いた。この黒い棒のようなものに刃がついていたら、次の瞬間に俺の体は真っ二つになっていてもおかしくなかったが、幸いと言っていいのかこの棒は刺突用の武器らしく、先が尖っているだけでものを切ることは出来ないようだ。
「ぐっ……ぬあっ!」
俺は腹から出ている棒の先端を掴み、押し出すと同時に後ろにいる何者かを蹴飛ばしてその場から抜け出した。
腹に回復魔法をかけながら、俺を突き殺そうとした奴の正体を確かめようと振り向くと……
「まじかよ……」
そこには、黒いフードを身にまとった女が浮かんでいた。ただし、先程倒したリッチに似た雰囲気を持ちながらも、明らかにリッチよりも格上だと分かる気配を持っている化け物だった。