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第19章-17 最悪の『赤』

8000万PV突破しました!

ありがとうございます!

ハナSIDE


「まずやることは、後発の部隊への連絡ね。ブランカ、体力があって足が速いのを十人くらい選んで、伝令として向かわせなさい」


「義姉さん、流石に十人は多くないか?」


「あの人が予定通りの進路を通ってくれば問題は無いけれど、もしかすると途中で進路を変えているかもしれないでしょ? こっちの方が早い気がするとか言って」


「あ~……確かにそうだな」


「他にもあいつのことだから、普通に道を間違えているのに、他の人が忠告しても耳を貸さずに間違えたまま進んでくるとか……うん、あり得る、あり得る」


「確かにそれもあり得るわね」


「と言うか、違う道を使っている場合、アムールの言っている方の可能性が高い気がするな……分った。足の速い奴を十五人程選んで、兄貴の部隊に向かわせよう。義姉さん、手紙を大急ぎで頼む」


 さり気なく私の要望より多く人数を割くなんて、流石ブランカというところね。伊達にあの人の駄目なところを間近で見てきてはいないわ。


「急いで王都の西側に向かいたいところだけど、一度ここで野営をすると伝達した以上、今日の移動は止めた方がいいわね……誰か、地図を持ってきてちょうだい!」


「地図なら、軍部が使うものを一緒に預かってきた。大公様が言うには、これは王都周辺の最新の地図だから、今のところこれ以上の物は無いだろうって」


「そう言うのはもっと早く渡しなさい、全く……確かに、かなり細かく描かれているわね。しかもご丁寧に、日和見をしているという貴族の領地が赤く囲まれているわ」


 つまり、これらの貴族に脅しをかけながら王都に来いということね。今は日和見をしている貴族も、王都に新しく一万を超える南部軍が入るとなるだけで考えを変えるかもしれないし、例え動きが鈍くても領地を通る南部軍を見れば、様子見なんて考える余裕はなくなるかもしれないわね。


「王都周辺の日和見貴族の中で厄介そうなのは……伯爵家が一つあるだけね。ん? 何か書いてあるわね……『伯爵家の情報は別の手紙を参照するように』?」


「あっ! そう言えばあと二通手紙を預かってた!」


「だから、そう言ったものは最初に出しなさい!」


 アムールに拳骨を食らわしてから手紙を受け取ると、一つは私宛だったが、もう一つは知らない名前が書かれていた。まずは私宛の手紙を開くと、そこには伯爵家の内情が書かれていた。どうやら伯爵家が日和見をしている原因は当主が優柔不断な性格だかららしく、伯爵家の嫡男の方が頼りになるので、もう一つの手紙(知らない名前はその嫡男のものとのことだった)を渡せとのことだ。多分、陛下は嫡男に王命を出して伯爵家を継がせ、王都に来させるつもりだろう。


「と言うことは、私たちは脅しをかけた後で、その嫡男を旗頭とした軍を王都に向かわせればいいわけね……アムール、今すぐその伯爵領に向かい、そこの嫡男と接触してきなさい」


「うえっ!? 何で! 私来たばかり!」


「黙りなさい! これは子爵家当主としての命令よ! いくら王命があるとはいえ、嫡男が伯爵家を掌握するのに時間がかかるかもしれないから、少しでも急がないといけないわ。現状で、我が軍で一番速く伯爵領に着くことが出来るのは、ライデンに乗ったあなたよ! ライデンの気性を考えたら、テンマから直接借りているあなたしか乗れないはず。なら、あなたが行くしかないでしょう。それに、腐ってもあなたは子爵家の令嬢なのだから、無碍にされることは無いはずよ! 分かったらさっさと行きなさい!」


 アムールに嫡男宛の手紙を渡して背中を押すと、ぶつくさと文句を言いながらもちゃんとライデンのところに向かって行った。だが、そんなアムールの背中を見ていると、何故かすごく嫌な予感がしたので地図を持って追いかけた。そして、


「ライデン、悪いんだけど、アムールをこの場所に連れて行ってちょうだい。アムールじゃ、絶対に道を覚えられないと思うから」


 そう言ってライデンの前に地図を広げて掲げながら頼み込むと、ライデンはじっと地図を見つめ始めた。そんなライデンの背中では、アムールが抗議の声を上げていたが……「本当に道を覚えられるの?」と言いながら睨むと、黙って視線を逸らしていた。


「アムール、あなたは伯爵家の家名と嫡男の名前だけを憶えて……紙に書くから、無くさないようにしなさい。最悪でも、家名だけ分かれば辿り着くことは可能だからね」


 ライデンの知能がどれくらいのものかは分からないが、バイコーンの知能に近いものを持ち、人の言葉をある程度理解しているのならアムールの助けなど必要ないかもしれないが、もしも大体の方角を覚えることが出来るだけならば、人の言葉を話せるアムールが必要になるだろう。

 そんなことを考えていると、ライデンが地図から目を離したので、急いで持っていた紙(手紙の封筒)に伯爵家の家名と嫡男の名前を書いて渡し、嫡男宛の手紙と合わせて絶対に無くさないように念を押して送り出した。


「やっぱりライデンは速いわね。もう米粒みたいに小さくなったわ」


 あの様子だったら、遅くても明日中に伯爵家の嫡男に手紙が渡るでしょう。陛下の言う通りの人物ならば、伯爵家は味方になると見て間違いはないわね。そうなると問題は周辺の日和見貴族のみ……


「味方になる予定の伯爵を尋ねるのなら、手土産は必要よね……ちょっと手荒になるかもしれないけれど、とびっきりのお土産を用意しようかしらね? ふふっ……」


「義姉さん、伝令の準備が出来たぞ。手紙の方は……って! 義姉さん、何を企んでいるんだ!?」


 伯爵(予定)への手土産について考えていると、伝令の準備を終えたブランカが戻ってきた。そして、私を見て失礼なことを叫んでいた。もっとも、そんなブランカは私から伯爵家への手土産についての話を聞くと、とてもじゃないけれどヨシツネには見せられないような凶暴かつ凶悪な顔をしていたので、私のことをとやかく言う資格はないと思う。


「手紙は今書くから少し待たせていて。あの人のことだから、目的地の変更とアムールがこの軍に加わっていることだけを書けば、後の説明は必要ないはずだから」


「まあ、確かにそうだな……」


 ブランカも納得したところで、私は大急ぎで手紙を書き上げた。二行しかない手紙なので、十五枚書いても大した手間ではない。


「それじゃあ、これお願いね。ここから後発隊がいると思われる付近までは比較的安全とは言え、ゾンビのせいで急に状況が変わることも考えられるからね。最悪、後発隊と合流できなかったとしても、最終的には王都でかち合うことになるのだから、『命を懸けてまで届けなければ!』なんてことは考えないように、合流できなかった場合、ロボ名誉子爵のせいで予定の進路を通っていない可能性があるから、あなたたちに責任をとらせるなんてことは考えていないわ」


 責任を問わないのは、あくまでもちゃんと仕事をした場合のことであり、さぼったり逃げたりすれば問答無用でバッサリとヤるつもりではある。ブランカが直々に選んだ者たちならば、言われなくても私の考えていることは理解しているでしょう。


「では、行きなさい!」


 十五人の伝令は、少し青い顔をしながら私たちが来た道をすごい速度で走って行った。流石にライデンとは比べ物にはならないけれど、速度だけならば私やブランカにも匹敵するでしょうね……張り切り過ぎての暴走による速さでなければいいのだけども。


 こうして後発隊に伝令を向かわせた次の日の朝早くから私たちは行軍を開始し、道中にある日和見貴族の領地を襲撃して行った……まあ、襲撃と言っても戦闘行為は行わず、先ぶれも出さずに領地内へ進軍し、文句を言いに来た貴族(もしくは関係者)に陛下からの手紙(内容は見せずに名前と印の入った封筒だけ)を見せ、何故王都に援軍を送らないのかを問い質し、万を超える軍勢の圧力で王都への派兵を確約させたのだ。ちなみに、引き連れて行くことは出来ないので、迎えが来るまでに準備を終えて待機しておくように言い聞かせた。


 そう言った襲撃を三日繰り返しながら進むと、伯爵領に入るまでに十の男爵家と子爵家を従わせることに成功した。多分、陛下の命があったとは言え、三日で十家の貴族を無傷で従わせたのは異例の成果かもしれない。少なくともここ数十年は大規模な戦争がないので、例を探そうとしたらそれ以上に遡らないといけないだろう。


 そんな誇らしい気持ちで伯爵領を通っていると、数km前方に数千の軍隊が待ち構えているという知らせが入ってきた。まあ、その軍隊の先頭集団にライデンに跨ったアムールが偉そうにしているという報告もあるので、味方であると判断して間違いないだろう。最悪、伯爵軍が南部軍(私たち)を騙し討ちにするつもりであったとしても、数で優っているのでどうにかなるだろう。


「ブランカ、念の為あなたは残っていなさい」


「……了解しました」


 ブランカは少し不満気ではあるが、素直に命令に従った。多分、様子見を兼ねて顔合わせをするのなら、まずは私ではなく自分が行くべきだと思ったのかもしれないが、同時に形式上は格下である子爵家が格上である伯爵家への挨拶に当主ではなく代理を送るのは失礼に当たるので、後々こじれるのは間違いないだろうとも思ったのだろう。


 当然ながら私にもそう言った心配が無いわけではないが、あの集団にテンマやマーリン様級の戦闘能力を持つ者がいなければ、余程想定外の不意打ちを受けない限りは逃げ切ることが出来るという自信もあるのだ。例え不意打ちを受けたとしても、そう時間もたたないうちに、ブランカが助けに来てくれると信頼もしているしね。


 そして、警戒しながら新たな伯爵に挨拶する為に近寄ると、こちらが挨拶する前に感謝された。私はてっきり先代の伯爵を追い落とすことに協力したからかと思ったが……どうやらアムールを使者として送ってくれたことに関しての感謝だそうだ。

 実は先代の伯爵は、自身の優柔不断な性格のせいで王都に援軍を送るタイミングを失ってしまったことで、今更援軍を送っても遅れたことを理由に伯爵軍が厳しい戦場で矢面に立たされるのではないかと悩んでいたそうだ。

 そこにアムールが嫡男に南部子爵家からの使者として()()()()()()()()来たことで、どうにか出来るのではないかと先代の伯爵は考えたらしい。

 先代の伯爵が恐れていたことは、伯爵家そのものが取り潰しになることだったらしいが、アムールが持ってきた陛下の手紙には、伯爵の位を嫡男に譲り、王都に援軍を向かわせろというものだけで、伯爵家への罰は書かれていなかったそうだ。なので先代の伯爵は、伯爵の位を嫡男に譲ることが()()()()()()と言うように解釈し、すぐに嫡男を伯爵にして援軍を送る準備をさせたそうだ。

 自分のいいように解釈したわけだが、実際に手紙に書かれている罰らしいものはそれしかないので従っておけば、全てが終わった後で改めて伯爵家に罰を与えるようなことにはならないだろうと考えたそうだ。それと、わざわざ南部子爵家に手紙を預けた上に、オオトリ家の関係者(ライデンに乗っていたのでそう判断されるらしい)にその手紙を届けさせたので、南部子爵家とオオトリ家を巻き込んでまで伯爵家を騙し討ちするような真似はしないだろうとも思ったらしい。


 なので、誰一人傷つくことなく爵位の譲渡が終わったことを目の前の新しい伯爵は喜び、私に感謝したということだそうだ。それに、一歩間違えれば王家に敵対しているのではないかというところから一転して、伯爵家は自前の軍と南部子爵家が従わせた周辺の貴族の軍を引き連れて王都に向かえるのだ。余程のヘマをしなければ、それなり以上の恩賞を得る可能性も出てきている。


 私としても、伯爵の活躍は歓迎するべきことだ。何せ、今回の戦争で伯爵が活躍すればするほど私の評価が上がるからだ。別に爵位が上がる可能性を喜んでいるわけではなく、私の評価が上がるということは、同時に南部の評価も上がるということだ。最近では正式に子爵位を受けたことで南部の利権を奪おうとする貴族も出始めているので、王家に恩を売ると同時に、王国全体に南部の力を見せつけることが今回の目的の一つでもある。


 伯爵と簡単な打ち合わせをして領内の移動の許可を取った後で、南部子爵軍と伯爵軍は別々の方向へ動き出した。王都を目指すのなら途中まで道は同じなのだが、伯爵には周辺の貴族を回収するという仕事がある。まあ、私としては伯爵がいない方がやりやすいので、領内の通行許可だけあればそれでいい。


 伯爵と会ってから十日目。私たちは道中を順調に進み、後一日二日で王都に到着するのではないかというところまでやってきた。順調過ぎて何かあるのでは? と、心配になるくらい順調ね。

 そんなことを思っていると、先頭の様子を見に行っていたブランカが戻ってきた。

 

「義姉さん、今日はもう少し先まで進んだ方がいいと思うが、一度この辺りで小休止して隊列を組みなおそう。ここから先は王都に近い分、敵がいつ現れてもおかしくない」


「確かにそうね。いつ戦闘になるのか分からない以上、隊列を組みなおして気を引き締めないと、勝てる戦いも勝てなくなるかもしれないわね」


 ブランカは私の顔を見るなり、そう提案してきた。その言葉で、私は気が緩んでいたことに気が付いたのだった。

 南部からここまでの移動の間は特に戦いらしいものはなく、日和見の貴族を相手にした時も、南部子爵軍をちらつかせながら睨みを利かせるだけで思い通りになったのだ。気を引き締めていると思っていた私ですら、ブランカに言われるまで慢心していたことに気が付かなかったのだから、軍の中には私以上に慢心して油断している兵がいることでしょう……と言うか、よく見ればライデンに乗ったまま居眠りをしているのがすぐそばにいた。ここまで分かりやすく油断するのも珍しいけれど、それに気が付かないということは、私も自分で思っていた以上に油断していたということね。


「……そい!」


「うぬっ! ……お~ち~……セ~フ……お母さん、危ない! ふざけない!」


 ブランカが来たことにも気が付かずに居眠りを続けていたアムールのわき腹を槍の石突で軽く突くと、アムールは驚いた拍子にバランスを崩し、ライデンの背から落ちそうになっていたが……何とかギリギリのところでライデンの首にしがみつき落下を免れた。しかし私が犯人だと気が付くと、自分の居眠りは棚に上げて非難して来た。


「いや、今のはアムールが悪いだろう。仮にも南部子爵軍の中でも責任者に近い位置にいる人物が居眠りをしているんだ。注意されても仕方がない」


 皆の前で正面から注意されるのは流石に恥ずかしいだろうという親心だったのに、アムールはそれに気が付くことは無かったようだ。アムールが大げさに落ちかけた上に、大きな声で私を非難したものだから、周囲にいた者たちは皆アムールに注目し、察しのいい者はアムールが原因だということに気が付いたことでしょう。


「ブランカの言う通りよ。そもそもあなたが居眠りしなければよかったのに、それを棚に上げて私に文句を言うのはお門違いだわ」


 そうアムールを叱ると、流石に自分でも分が悪いと思っていたのか反論はせずに静かにしていた。


「アムール、眠気覚ましにここから後ろにいる部隊長たちに小休止をすると伝えてきなさい。ブランカは前の方をお願いね」


 今私たちが居るのは軍全体の三分の一より少し前くらいのところなので、後ろを担当させるアムールの方が走り回ることになるが、実際に走るのはライデンなので特に疲れることは無いでしょう。


「むう……仕方がない。ライデン、ゴー! ……ライデン?」


 アムールの指示をライデンは全く聞かず、何故か辺りを見回し始めた。そして、急に反転して後ろを向いたかと思うと、空を睨んで吠えた。これまでに走龍が吠えているところを何度か見たことがあるけど、走龍に匹敵するかそれ以上の迫力だ。


「いったい何が……義姉さん! 上から何か来るぞ!」


 私がライデンの行動に気を取られていると同時に、ブランカはライデンの視線の先に注目したようだ。

 その声に反応して上を見ると……上空から何か大きなものが軍の中心部目掛けて落ちてきているところだった。


「全員、警戒態勢を取り……うっ!」


 すぐさま周辺の兵たちにだけでも指示を出そうとしたが、その前に空から落ちて来ていた大きなものが地面に激突し、その衝撃波と巻き起こった砂煙で私は馬の背中から飛ばされてしまった。幸いなことに、衝撃波のおかげで体が浮いていたので倒れる馬に巻き込まれることは無かったが、起き上がって砂煙が晴れた時、周辺にいた兵たちの半分近くは地面に叩きつけられていて、そのまた半分は馬や荷物に押しつぶされていた。


「義姉さん、最悪な相手が現れやがった! すぐに態勢を整えないと、全滅させられるぞ!」


 ブランカの焦りに焦った声で落ちてきたものへと目を向けると……そこにいたのは赤みを帯びた体の、巨大な『龍』だった。


                             ハナSIDE 了

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[気になる点] 世界観的に"龍"で無く"竜"を種族呼称とした方が分かり易い為、何故"龍"を種族呼称として使ったのか気になりました。  "龍"は基本的に日本や中国で細長い胴体で翼を持たず空を舞う存在です…
[一言] てっきり「ナミタロウ」が落ちて来たものとばかり
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