第19章-16 アムール合流
クリスSIDE
「ジャンさん、援軍で来た騎士たちを抑えきれてないわね……予定よりかなり早いけど、第一陣に後退の合図を出すわよ! それと、合図を出す前に今の第一陣をよく見ておきなさい! 変に功名心を出した一部の騎士のせいで、第一陣は崩壊してもおかしくない状況になりつつあるわ! 分かっているとは思うけど、あれはやることをやって負ける以上にまずい状況よ! 全てが終わった後でテンマ君……テンマ・オオトリ殿に援軍は邪魔をしに来ただけだったとでも言われでもしたら……私たちは歴史に名を残すことになってしまうわよ。もちろん、悪い意味でね」
勝敗は兵家の常とは言うけれど、一度の負けで全てを失うことは珍しくもないし、そうなれば挽回する機会すら得ることが出来なくなるでしょう。その原因が自分たちの暴走によるものであれば、例えこの戦いに生き残ったとしても、多くの人たちから後ろ指をさされるに違いないわ。
後ろ指をさされたとしても、それが自分だけならあきらめがつく人もいるかもしれないけれど、ここに居る全員は何かしらの思惑があって自分たちより上の存在から派遣された者ばかりだ。つまり、私たちのへまはそのままその上の存在の顔に泥を塗ることになり、家族がいればその家族の未来にも影が差すことになるでしょうね。
それを理解したのか、先程は第一陣にいる自分たちの派閥の騎士がゾンビの群れに突っ込んでいく姿を見て歓声を上げていた者も、今は苦い顔で第一陣を見ていた。
「分かったのなら、私たちは一つの群れとして作戦通りに動くわよ!」
作戦と言っても、そんなに高度なものではない。私たちは事前の話し合いで、魔法が使える者を配置している時の基本となる、『近接戦の担当が相手の足止めを行い、後方で待機していた者が魔法などの遠距離攻撃を行う』という、いたってシンプルな戦法を採ることにしていた。場合によっては遠距離攻撃の前に近接戦をしている者は一度引くこともあり、その時に背後から襲われるという危険性もあるけれど……相手は移動速度が遅く数の暴力以外にこれと言った武器の無いゾンビだし、今のところは四つ腕の化け物や魔法が使えるゾンビはテンマ君に気をとられてあの場所にはいないみたいだから、シンプルな戦法の方が成功率と効果が高いはず……と言ったら皆納得した。
統率の取れた動きが求められる分、個人の活躍は見込めないので、援軍出来た騎士の中には不満を持っているのもいたみたいだけど、第一陣の苦戦を直に見たおかげで不満に思っている場合ではないと切り替えたみたいだ。ジャンさんには申し訳ないけど、私としてはとてもありがたい。
「第一陣に後退の合図を出しなさい!」
「了解しました!」
私の指示を聞いて、そばで待機していた騎士が上空に魔法を放って第一陣に後退の合図を出すと、ジャンさんはすぐに戦場から離脱を始めた。中には奥に入り込み過ぎてゾンビに引きずり降ろされたり、合図に気が付くのが遅れた者もいたみたいだけど、すぐにゾンビの前から生きている騎士はいなくなった。
「近接戦担当の者は、私と共に一気に駆け降りるわよ! くれぐれも仲間との連携を忘れずに戦いなさい! 遠距離担当の者は、いつでも攻撃できるように準備をしつつ、離れた位置で私からの合図を待ちなさい! くれぐれも後退してくる第一陣の騎士とはぶつからないように……第二陣、突撃ー--!」
私の号令で、近接戦を担当する騎士たちが声を上げながら馬を走らせた。気合が入っているというよりは、第一陣の苦戦を見て緊張し、それをごまかす為の声のようにも聞こえるので無理だけはしないで欲しい。
坂を下り終えたタイミングで第一陣の騎士たちとすれ違ったが、その表情はどれも渋いものだった。自分たちのやり方がまずかったことを認識しつつも、立て直すことが出来なかったからだろう。特にジャンさんは、私がこれまでに見てきた中でも一番と言っていいくらいの渋い顔だ。なんか可哀そうになってついつい馬の足を緩めてしまったら……何故か睨まれた。解せない。まあ、ジャンさんを見つけてからすれ違うまではほんの数秒で、目が合ったの一秒ほどのことだったから、もしかすると私の勘違いだったのかもしれないけど。
「冷静に戦いなさい! 死力を尽くして戦うような相手ではないわ! 敵は多いけれど、焦らずに周りと連携して倒していけば、私たちは必ず勝てるわ! もし周りと連携出来ない程の腕しか持っていないという者がいたら、邪魔だからすぐに回れ右をして元居た自分の陣営のところまで帰りなさい!」
第一陣の間をすり抜け、ゾンビの群れとぶつかる直前に皆に発破をかけると、気合の入った声を出しながら群れの前列にいたゾンビにぶつかって行った。しかし私の発破が効いたのか、最初にぶちかました後は深くまで入り込まず、常に馬を動かしてゾンビを攻撃し始めた。
一度の攻撃で倒れるゾンビは少なかったけれど、すぐに他の騎士の攻撃を受けて倒されていた。開始早々ということで馬が元気で、騎士たちの士気も高く連携を念頭に戦っているので、今のところ私の見える範囲では負傷者を出すことなく戦えている。
「近接組、一度引きなさい!」
一糸乱れぬ動きとまではいかないものの、私の指示通りに近接担当の騎士たちはゾンビの前から離脱し、全員が離れたタイミングで今度は遠距離担当の騎士たちが魔法を使用した。
流石にテンマ君やマーリン様のような威力があるわけではないけれど、近接担当の騎士たちに動きを止められたゾンビの群れは第一陣が戦っていた時よりも密集していたので、普通の威力の魔法がまるで高火力の魔法のようにゾンビの群れに大打撃を与えていた。
「遠距離組、攻撃を停止! 近接組は、もう一度行くわよ!」
もう一度ゾンビの群れに突進すると、今度は最初の攻撃よりも前の方にいるゾンビの数が減ったおかげで群れの隙間が広がっており、馬が動きやすくなっている。ただ、所々にゾンビのかけらや火魔法により燃えている最中の部位が転がっているので、それらを踏まないように気を付ける必要はあったが、私たちの馬はよく訓練されている馬たちばかりだったので、何の指示を出さなくても勝手に避けてくれのでありがたかった。
ある程度近接組がゾンビと戦い、群れが密集して来た時点でまた遠距離組が……と言うのをその後二度繰り返したところ、三回目の遠距離組の魔法が終わるというタイミングで第三陣との交代の合図が出た。個人的な感覚としては早いようにも思えけど、実際は第一陣の倍近くは戦っていただろう。しかし、私たち第二陣は怪我人こそ出たものの死者は皆無なので、損害と戦果からすれば大成功だったと言えるでしょう。
「第三陣、突撃ー--!」
後退する私たちと入れ替わる第三陣は部隊を二つに分けているので、私たちのような作戦を採るのだろう。こんな感じで回していけば、想定よりも早くゾンビの群れを壊滅させることが出来るかもしれない。もっとも、壊滅する前に四つ腕の化け物や魔法を使うゾンビが来るでしょうから、そんな理想的な状況にはならないとは思うけれど……ゾンビの群れを削れるだけ削れば、あのリッチが強くなることはないそうだから、テンマ君に余裕が出来ればマーリン様の助けも期待できるでしょう。そうなれば私たちの勝利は目前ね。
第三陣の遠距離部隊と思われる騎士たちの横を過ぎ、第一陣が見えてきたところで馬上ではあるけれどジャンさんに敬礼でもしておこうかしら? と思ってその姿を探したところ……ジャンさんは第一陣の先頭でとても怖い顔をしてゾンビの群れを睨んでいた。なので、私は心の中で敬礼をして、なるべくジャンさんの視界に入らないようにしながら第一陣の後方を目指した。
「ジャンさん、めちゃくちゃキレていたけど……暴走して危ないことにはならないわよね?」
もしかしたら、今度はジャンさんが原因で早めの交代をするかもしれないと、私は心配になったのだった。
クリスSIDE 了
リッチとの戦いは、互いに決定打を与えることが出来ない膠着状態が続いていた。ただ、こちらがリッチの攻撃を受けた場合の回復手段が限られている上に大きな隙になりやすいのに対し、リッチの方は例えダメージを受けたとしてもゾンビを生贄にして回復してしまうのだ。膠着状態とは言え、その内容は俺たちにかなり不利なものだ。しかし選抜部隊が活躍するにつれて、少しずつではあるがリッチの回復速度にむらが出始めた。
リッチとの戦いが始まってから、俺とじいちゃんの下では四つ腕の化け物と魔法を使うゾンビがうろうろしているのだが、普通のゾンビは足を止めずに前進し続け、選抜部隊に倒されている。
相変わらず全てのゾンビを倒すまでにどのくらいかかるの日数がかかるのかと思えるほどの数がいるが、じいちゃんの範囲攻撃の余波で所々ゾンビの群れが分断されている箇所が増え、そう言った場所が真下辺りに来た時のリッチは回復速度(下からリッチに向かって行く靄の量)が落ちるのだ。
このことから、リッチがゾンビを生贄に使う為の距離は思ったより狭いのと、何故かその生贄に四つ腕の化け物と魔法が使えるリッチは使用しない、もしくは使用出来ないのではないかと言う仮説を立ててみた。その仮説をじいちゃんにも伝え、今は範囲攻撃の回数を増やして大体の範囲を掴もうとしているところだ。
「テンマ! おおよそじゃが、リッチが回復に使う範囲は大体一km以上、二km未満というところのようじゃ!」
リッチが回復する時にゾンビから出る靄を確認した結果、範囲は二km未満であるということが分かった。完全にその情報を当てにして戦うのは危険ではあるが、前回の戦いの時、リッチは俺との戦いの余波で多数のゾンビが巻き添えになっているのに途中まで気が付いていなかったので、ゾンビの群れに力を与えて操って入るが、ゾンビが得た情報を共有する能力は無いはずだ。そうなるとリッチはゾンビの全てを支配下に入れているとは思えないので、ゾンビから力を抜き取る為には距離などの条件があるというのは十分に考えられる。
「じいちゃん、ジャンさんに前に来すぎているから、キリのいいところでもっと遠く……あと三kmは下がるように言ってきて!」
短時間とはいえじいちゃんの援護が無くなってしまうのは怖いが、リッチとの戦いで動き回ったことと、ジャンさんたちの勢いがゾンビの群れを上回っている関係で、戦闘開始後は五km近くあった俺とジャンさんたちとの距離が、今では三kmを切るくらいまで近づいていた。これ以上近づくとリッチが矛先を変えることもあり得るので、一度ジャンさんたちに下がって貰いたいのだ。それに、ジャンさんたちの活躍とじいちゃんの範囲攻撃のおかげでゾンビの群れの数が減り、リッチの回復量が落ちてきている今なら思い切った攻勢に出ることが出来ると考えたのだ。ジャンさんたちに下がってもらうのは、攻勢に出た時に巻き込んでしまわないようにする為でもある。
「分かった! わしが戻るまで、無理はするんじゃないぞ! それと、これはおまけじゃ!」
じいちゃんは少しでもリッチにダメージを与えて動きを鈍らせる為に、バックで下がりながら魔法を連射してジャンさんたちの所に向かった。じいちゃんの動きに合わせてリッチがジャンさんたちの方へ向かう可能性もあったが、じいちゃんの魔法に紛れ込ませせる形で俺も強めの魔法を放ってけん制したので、リッチは前進よりも後退して距離を空けることを選んだのだった。
ジャンSIDE
「少しペースを落として呼吸を整えろ!」
マーリン様が広い範囲を攻撃できる魔法を使い始めてくれたおかげで、こちらに向かって来るゾンビの群れはところどころが穴あき状態になっている為、最初の方と比べると馬で群れの中を駆け回ることも可能なくらいの密度になっていた。ただ、マーリン様がいつ範囲攻撃を止めるか分からないし、リッチの後ろのからはまだまだゾンビの大軍がいるようなので、余裕がある今のうちに体力を回復させた方がいいだろう。
そう思っていると、マーリン様がそれまでよりも広範囲で高威力の魔法を使ったかと思うと、こちらに向かって飛んできた。
「ジャン! キリの良いところで全軍を数km程下がらせるのじゃ!」
「マーリン様! 何か起こりましたか!?」
突然の指示に、何か想定外のことが起こったのかと思ったが、
「テンマがそろそろ仕掛けるらしい。その為、ジャンたちには後ろの方に避難してほしいとのことじゃ。それに戦いが始まった頃と比べると、お主らは大分ゾンビの群れを押しておるからのう。距離が近づいた分、いつリッチがそっちに向かうか分からんのじゃ」
「了解しました! 一度我々は後方に退避します!」
「うむ、頼んだ。お主らの活躍のおかげで、わしらも大分助かっておるからのう。まだまだ先は長いのだから、無理だけはするんじゃないぞ」
マーリン様はそう言うと、またテンマの所に戻られた。最後に俺たちのことを褒めたのは、そうすることで変に粘って功績を挙げようする者が出ないようにする為だろう。ありがたい配慮ではあるが、今の俺たち……特に第一陣にはそう言った焦りを持った者や抜け駆けをしようと考えている者はいないはずだ。何せ、一番大事であり目立つところでへました者たちの集まりでもあるからな。しかも、開始数分で第二陣から交代を告げられ大恥をかいてしまった。
挽回の為に無茶をする者もいたが、そいつらのほとんどは命を落とすか戦線離脱をしている。そう言った者たちを目の前で見た残りの俺たちは、、今や第二・三陣の者たち以上に連携に重きを置いている部隊と化していた。
派閥を超えて協力し合うこの部隊は、まさに連合軍の理想形の一つだと言えそうではあるが、そこに行くまでに払った犠牲を考えると、俺としては素直に喜べるものではない。まあ、最初の突撃で勝手が分からなかったからとも言えるし、マーリン様の言葉もあるので後々悪いことにはならないとは思うが……汚点には違いないので、頭の痛い問題ではある。
「そんなこと考えている場合じゃなかった……おい! 俺は一度後方に下がってマーリン様の指示をクリスたちに話してくる。お前たちは合図が出るまで踏ん張っていてくれ!」
近くにいた騎士たちに指示を出してすぐにクリスのところに向かうと、クリスはマーリン様が俺と話しているところを見ていたようで、すでに第三陣の指揮官も待っていた。その場でマーリン様からの指示を二人にも伝え、すぐに第一陣に後退の合図を出した。第一陣は俺に先導される形で第三陣の後ろまでついてきた。その途中でマーリン様からの指示でさらに後ろまで下がるということを伝えはしたが、全員に指示は生き渡らず、そのまま俺が止まらなかったので驚いている様子を見せて、その場で止まってしまう者もいた。ただ、そう言った者たちは後ろから来た第二陣の者たちに指示を聞かされて、遅れはしたがちゃんと合流することが出来た。
「この周辺にはゾンビはいないと思われるが、各自警戒を怠るな!」
先程の場所から数km程離れた場所で俺たちは足を止め、隊列を組みなおした。今いる位置は草原のど真ん中なので、ゾンビが隠れることが出来そうな遮蔽物などは存在しないが、四つ腕の化け物はかなり知恵が回るようなので、もしかすると地面に潜って隠れているなどと言うこともあり得ないことではない。もっとも、知恵が回ると言っても俺たちが数kmも後方のこの場所まで下がるなどと言うことを予測できるような頭は無いと思われるので、待ち伏せしているなどと言う可能性はかなり低いだろうが、念には念を入れるのと同時に、騎士たちの緊張感を解かせない為の指示でもある。
騎士たちを待機させ、クリスたちと打ち合わせをしようと歩き出した時、数km先の上空で爆発が起きた。テンマがどのように攻めるのかは聞いていないが、離れていた俺たちをさらに下がらせたということはそれ相応の威力を持つ魔法を使うのだろう。
「せめて、テンマの十分の一でも魔法が使えれば、少しでもあの二人の負担を減らすことが出来たかもしれないのに……」
恐らく今後の人生において、この時ほど魔法の才能が欲しいと思うことは無いだろう。
ジャンSIDE 了
ハナSIDE
「義姉さん、少し早いが今日はこの辺りで休んだ方がいいと思う。ここまでくれば、王都までは半月もあれば余裕で着くだろう。ここらで一度足を止めて、後からくる手筈になっている兄貴の部隊を待った方がいい」
「それもそうね……本日はここで野営をするわ! 周囲の部隊にで伝令を出しなさい! それと、あの人の部隊にも伝令を……」
「北の方より、何かがすごい勢いで迫って来ています!」
ブランカの案を採用し、周囲に指示を出そうとしていた時、周辺の警戒に当たっていた兵士が慌てた様子で走ってきた。
「まだ距離があったのでその正体までは分かりませんが、黒い何かが馬以上の速度で迫って来ています。数は恐らく一」
「前方にいる部隊をその何かの正面に姿が見えるように配置し、迎撃態勢をとらせなさい!」
黒くて馬以上の速度となると、パッと思いつくのはバイコーンだけど、黒っぽい個体の走龍と言う可能性もある。どちらにしろ、まともにぶつかれば万を超える軍とは言え、完勝出来るような相手ではない。姿を見せることで、向こうが警戒して進路を変えてくれればいいが、そうでなければ王都に着く前にかなりの被害が出ることも覚悟しなければならないわね。
「ブランカ!」
「分かっている!」
もし進路を変えずに突っ込んでくるようならば、一般兵に被害が出る前に私とブランカでぶつかり、少しでも被害を抑えるようにしないと。
「何かが前方の部隊を突破しました! 正体は……バイコーンのようです!」
前方の部隊はここより数百m先にいるはずだから、多分私の指示よりもバイコーンの方が速かったようね。
「ブランカ、行くわよ!」
「おう! ……義姉さん、ちょっと待ったー--! あれはライデンだー--!」
バイコーンに向かって走り出した私に、少し反応の遅れたブランカがバイコーンの正体に気が付いて叫んだ。
「えっ! っていうことは、テンマが来たの!?」
「残念! 私が来た! ……とうっ!」
一瞬、テンマが来たのかと思い驚くと、ライデンの背中にいたのは我が家のお調子者だった。
周囲から注目されていることに気が付いたのか、アムールはライデンの背中から高く跳び、空中で何回転かして……着地をミスってこけている。
「むぅ……流石に乗りっぱなしは足腰にくる……ぬあっ!」
「この緊急事態に、ふざけた登場をしない!」
頭を軽くはたくと、アムールは大げさに痛がって頭を抱えてうずくまった。
「アムール! 早くここに来た理由を言いなさい! 流石に理由なくライデンを借りてまで南部子爵軍を探しに来たわけではないのでしょう!」
「義姉さん、流石にあの一撃の後ですぐに話すのは無理だと思うぞ……」
まだ痛がるふりをしているアムールから理由を聞き出そうとすると、ブランカが呆れた顔をしながらそんなことを言いだした。軽くやったつもりだったが、どうやらそこそこの威力の一撃がいい角度で入ったようだ。
「ふぅ~……ひどい目に遭った……あっ! これ、陛下からの手紙。これを大公様から渡されて、お母さんのところに向かおうとしたら、テンマがライデンを貸してくれた」
アムールが差し出して来た手紙を見ると、確かに陛下の名前が書かれていた。中には……
「ブランカ、軍の主だった者たちを集めなさい。南部子爵家に、陛下から直々の命が下ったわ」
「了解しました……おいっ! すぐに各部隊の隊長と副隊長を集めろ!」
ブランカは周囲に控えていた者たちに指示を飛ばして、すぐに軍の部隊長たちを集めた。その場でまずはアムールがいる理由を話し、続いて陛下からの命を伝えると、ほとんどの部隊長たちはダラーム公爵の謀反(疑惑)を知って非難と怒りの声を上げていたが、ダラーム公爵の評判を知っている者たちは、「あいつならやるだろうな」と言って納得していた。
「そこで陛下は、私たち南部子爵家に王都の東側の戦場ではなく、西側の戦場を任せたいとのことよ。もっとも、他の公爵軍が到着するまでの間とのことだから、私たちの到着の後すぐに公爵軍が来て、何もしないうちにお役御免で東側の戦場に移動になるかもしれないけど……もしかすると到着するのは、私たちがダラーム公爵軍を撃破した後になるかもしれないわね」
「つまり子爵は、他の公爵家よりも早く王都に到着し、ダラーム公爵軍をけん制して王家に恩を売る。もしくは公爵軍より先にダラーム公爵軍を撃破して、王家に特大の恩を売るつもりということですね」
「そうよ、ブランカ。そして、私がどちらを狙っているかは、あなたたちも分かっているわね?」
挑発気味にブランカを含めたこの場にいる全員に向けて言うと、皆は感情が爆発したかのように歓声を上げた。
「何事!?」
そして、ブランカの横で静かに聞いているふりをして居眠りしていたアムールは、皆の大歓声に驚いて飛び起きていた。