第19章-15 オオトリ家&選抜部隊VSリッチ&ゾンビ軍 開戦
「じいちゃん、リッチっぽいのはいる?」
「いないのう。少なくとも、見える範囲にはおらぬようじゃ。まあ、奴は気配を消すことが出来るようじゃし隠れるのは得意そうじゃから、見落としがあるかもしれぬがな。それはそうと、威力が低いとは聞いておったが、これだけ放たれると少し厄介じゃな」
「平均すると、ルナの魔法と同じくらいかもね。まあ、個体差があるみたいだからあまり安心はできないけど」
囮作戦が周囲の部隊に通達された後、俺とじいちゃんはその第一か所目として第一陣地を抜けてきた群れの真上を飛んでいた。
大体地上から五十mくらいの所を飛んでいるので、四つ腕の化け物は俺たちに手が出せずに睨んでいるだけだが、魔法を使えるというゾンビは足を止めて俺とじいちゃんを狙い始めた。今のところ足を止めているのは四つ腕の化け物と魔法が使えるゾンビだけで、その他のゾンビは俺たちにかまうことなく前進し続けている。恐らく、四つ腕の化け物と魔法を使えるゾンビ、そしてその他のゾンビとでは物事に対する優先順位が違うのだろう。
「もしかすると四つ腕の化け物と魔法の使えるゾンビは、人の軍でいうところの特殊部隊のようなものなのかもしれぬのう。その戦場で脅威となるものや障害を排除するのが役目なのかもしれぬ」
「だとすると、例えリッチが現れなかったとしても、俺たちが群れの上空を飛び回るのには効果があるということかな?」
「そうじゃ、なっと!」
じいちゃんと会話していると、急にそれまでよりも速度があり威力も高そうな魔法が襲ってきた。一瞬リッチが現れたのかとも思ったが、リッチが放ったにしては威力が低すぎる。念の為、それまでよりも高度を上げて様子を見ると、魔法を放っていたのはそれまでの魔法を使うゾンビとは少し雰囲気の違うように見えた。何と言うか、あまりゾンビという感じがしないのだ。その表情に動きはないし、片腕が無かったり変に足を引きずっているのに痛みを感じるそぶりを見せていないのでゾンビだとは思うのだが、他のゾンビに比べると動きはなめらかで、欠損の無い個体なら人に見間違えてしまうかもしれない。
「『鑑定』が効かないし、四つ腕の化け物並みの厄介な敵と思った方がいいかな? じいちゃん、あいつらだけでも倒しておこうか?」
「そうじゃな。ただ、リッチのことを考えるとテンマはなるべく控えた方がよいかもしれぬ。まずはわし一人で行こう」
そう言ってじいちゃんは高度を落とし、強い魔法を放っているゾンビに向かって『ファイヤーブリット』を発射した。
「胸のど真ん中に当たったみたいだけど……あまりダメージを受けていないみたいだな」
じいちゃんの魔法はゾンビの胸を打ち抜いたが、ゾンビは苦しむ様子もなくじいちゃんに向かって魔法を放っていた。あのゾンビは四つ腕の化け物と違って胸に魔石がないのかもしれない。
じいちゃんも俺と同じように考えたみたいで、胸と頭部にそれぞれ数発ずつ放って仕留めていた。そしてそのまま、二体三体と倒したところで、俺のところに戻ってきた。
「テンマ、あ奴ら多少の魔法耐性があるらしく一発では無理のようじゃが、数発当てれば問題なく倒せそうじゃ。わしらとは、四つ腕の奴よりも相性がいいかもしれぬぞ。奴らはわしが相手をするから、テンマは体力を温存するのじゃ」
そう言うとじいちゃんは、上空から魔法を使うゾンビを狙い撃ちし始めた。その途中途中で、ゾンビの魔法や四つ腕の化け物が投げる石などが飛んできている。これが地上での魔法の打ち合いだったら、ゾンビの魔法の後に四つ腕の化け物が突っ込んでくるのだろうが、空を飛ぶことの出来ない四つ腕の化け物では、物を上空に投げるので精いっぱいだろう。それに、かなりの速度と射程距離ではあるが、上空に投げている以上重力には逆らえず、安全な距離を保って攻撃しているじいちゃんの脅威にはなってはいない。同じような理由で、一部を除いたゾンビの魔法も、じいちゃんに届く前に消滅しているか大きく逸れていた。
そして問題の魔法が使えるゾンビの強い個体たちだが……当たればそれなりのダメージを与えるくらいの威力でじいちゃんのところまで届いて入るが、その程度の魔法ならじいちゃんにとっては避けるのは造作もないことなので、今のところ危ない場面は一度も訪れていない。そう思っていると、
「じいちゃん、やっぱり釣れたよ!」
突然じいちゃんの死角を突くような形で、これまでとはけた違いに強い魔法が放たれた。しかし、その魔法はじいちゃんに届く前に俺が魔法をぶつけて打ち消したので、俺にもじいちゃんにもかすることすらなかった。
「テンマ! 打ち合わせ通りわしはサポートに回る! 魔法を使うゾンビも出来る範囲で倒すが、下からの流れ弾に気を付けるのじゃぞ! それと……ほい!」
じいちゃんはリッチからさらに距離を取ると同時に、上空に向かって魔法を放って花火のような爆発を起こした。これは、離れた所で待機しているジャンさんたちや、周辺で陣を構えている王国軍にリッチが現れたことを知らせるものだ。
この魔法を合図に、周辺の王国軍はリッチのいる付近から少しずつ離れながら、ゾンビへの攻勢を強め、ジャンさんたちはさらに離れた位置に移動しそこで周辺の王国軍からの援軍と合流して、俺たちの下を抜けてくるであろうゾンビの群れを迎撃するのだ。かなり危険な場所での戦闘となるが、いざという時は俺とじいちゃんを置いてでも安全な位置まで撤退して態勢を整えることになっている。
「今回は最初から本気みたいだな……」
前の時は戦いの最中にゾンビの生命力? を自分の力に変えて強くなっていたが、今回はすでに違うところで強化してきたらしい。前と同じだったなら、ゾンビの数を減らしつつリッチの強化を抑えるという戦い方をする予定だったのだが、流石に対策をしていたようだ。一応このパターンも想定はしていたので慌てることは無いが、厳しい状況なのには違いない。しかも、例えリッチにダメージを与えることが出来たとしても、下にいる無数のゾンビを生贄にして回復する可能性もあるので、ゾンビの間引きも並行して行う必要がある。
「テンマ! 当たるんじゃないぞ!」
俺とリッチがけん制している中、最初に動いたのはじいちゃんだ。
じいちゃんはリッチの斜め上から襲い掛かるような軌道の魔法を無数に放ち、リッチのついでに下のゾンビにも被害が出るような攻撃を仕掛けた。
「ぬぅ……あまり効果が無いようじゃな。もっと威力のある魔法をしっかりと当てねばならんと言うわけか」
じいちゃんの攻撃は数と速度を重視した魔法だったせいで一つ一つの威力は低く、下のゾンビに対しては大ダメージを与えることが出来ていたが、リッチにとっては小石を投げられたようなものだったらしく、そのほとんどが簡単に躱されたり取り出した大鎌で打ち消されていた。一応数を撃ったおかげでいくつかの魔法は掠ったのだが、その程度ではダメージと言えるほどのものにはならないらしい。
「まあ、ゾンビの間引きには使えそうじゃな」
リッチとの戦闘の最中に放たれると俺も被弾する可能性があるが、じいちゃんならそんなへまはしない……と思う。
危険な戦法になってしまうが、じいちゃんの先程の魔法もリッチに対してのけん制にはなるので、頻繁にだと困るが全く使ってくれないというのも困る。もっとも、その辺りのさじ加減は俺よりもじいちゃんの方が経験豊富なので、使いどころを間違うことは無いだろう。
「テンマ! ジャンたちの方も戦闘が始まったぞ!」
リッチから目を離すわけにはいかないので視線を向けることは出来ないが、聞こえてくる音で開始早々から激しい戦いになっているのが分かる。
「突っ込むから、援護よろしく!」
ジャンさんたちの戦っている場所は、もしかすると想定していた場所より近いかもしれない。そうなるとリッチの矛先がジャンさんたちに向くことも考えられるので、受け身でいるよりはリッチを押しやるくらいの勢いで攻めた方がいいかもしれない。
「了解じゃ! ほいさ!」
突っ込む俺を追い抜くようにしてじいちゃんの魔法がリッチに襲い掛かり、それで出来た隙を突く形で俺はリッチに一撃を入れることに成功したのだった。
ジャンSIDE
「ジャン隊長! サルサーモ伯爵家とカリオストロ伯爵家より、それぞれ援軍がきました!」
「分かった。代表をここに連れて来てくれ」
近衛隊では副隊長なのでまだ慣れていない呼び方だが、そんな様子を見せては援軍に来た者たちになめられてしまう可能性がある。何せ、全ての援軍が素直に俺の指示に従おうと思っているとは限らないのだ。むしろ、指示に逆らってでもここで成果を上げて、戦後に他よりも多くの恩賞を得ようと企んでいてもおかしくないのだ。そんな中、いの一番に駆けつけて来てくれたのがサルサーモ伯爵家とカリオストロ伯爵家だというのはありがたい。二家は王族派の重鎮であるサンガ公爵家の派閥に入っている伯爵家であり、当主はサンガ公爵様の義理の息子だ。そして、テンマの義理の兄でもある。多少の思惑があったとしても、テンマが不利になるような行動を起こすことは無いだろう。
いつも以上に気を引き締めてクリスに指示を出すと、すぐにそれぞれの代表だという騎士を連れてきた。そのまま軽い打ち合わせと言う形で目的と指揮系統についての話をすると、二人の騎士はそれぞれの主から持たされていたという手紙を差し出してきた。その手紙を要約すると、基本的に特別部隊の隊長の指示に従わせるということが書かれていて、手紙の最後にはそれぞれの当主のサインも入れられていた。
その手紙を読んでから、念の為二人にも確認を取ると、理不尽な命令でない限り従うようにと言われて送り出されたとの言葉が返ってきた。その際、「くれぐれも義弟殿の役に立つように」とも言われたそうだ。
両軍ともほぼ同じようなことを言われたそうなので、事前にサルサーモ伯爵とカリオストロ伯爵の間で話し合いが行われていたのだろう。
「ジャンさん、あの二人は信用出来そうですか?」
「まあ、大丈夫だろう。サルサーモ伯爵家もカリオストロ伯爵家も、テンマとはサンガ公爵家を通じてかなり濃い縁を持つ家だ。下手に動いてオオトリ家とサンガ公爵家、それに王家に睨まれるよりも、無難に動くだけでかなりの利益を得ることが可能なんだ。普通に考えれば素直に従う方を選ぶだろうよ。それに、俺の下に付いて指示に従っておけば、何かあった時は全て俺の責任ということで言い逃れが出来るからな。ついでに言えば、最初に援軍を寄越したとなれば王家の印象も良くなるし、余程のことがない限りは後から来た援軍より発言力は強くなるからな」
その後、続々と援軍が到着し、すぐに部隊の数は千を超える規模になった。
万を優に超えるゾンビの群れと戦うには少ない数ではあるが、それぞれが馬に乗った精鋭の部隊なので、無理攻めをしなければ十分戦えるだろう。
援軍を含めた割合は、全体の半数以上が王族派で三割くらいが中立派、残りは改革派(王族派よりの穏健派)と無所属の貴族から送られてきた者たちだ。その中で目立っているのは、やはりと言うか最初に到着したサルサーモ伯爵家とカリオストロ伯爵家の者たちだった。その理由は一番に到着したというだけではなく、他の貴族が多くて五十を超える程度の援軍なのに対し、両家はそれぞれ百五十の騎士を送ってきたからだ。これにより、部隊の三分の一近くをサンガ公爵家の派閥が占めることになっており、ついでに言うと、援軍に来た中では伯爵家が最上位の貴族となっていることも関係しているのだろう。
そんな中、テンマとマーリン様に向かってゾンビの群れから魔法が放たれ、マーリン様が応戦を始めたことでいよいよ俺たちの出番が近づいてきたと、戦う準備を始めようとした時、新たな援軍が向かってきているとの知らせが来た。それも、明らかにこれまでに来た援軍をはるかに上回る数が一度に。
「クリス!」
「はっ! 確認してまいります!」
すでに隊列を組んでいることもあり、今来ている援軍は申し訳ないが後ろの方に配置させてもらうことになるだろうが、それでもどこからの援軍なのかを確認しなければならないのでクリスを出迎えに向かわせたが……しばらくして慌てた様子でクリスが戻ってきた。その後ろには、複数の騎士が付いてきている。その先頭に立っている騎士の掲げている旗にはこの場にいる全員を驚かせる家紋が入っており、特にサルサーモ伯爵家とカリオストロ伯爵家から派遣されてきた騎士たちは動揺を隠せないでいた。
「まさか、クロムフェル侯爵家から援軍が来るとは思っていませんでした」
クロムフェル侯爵家は、外務大臣のアラン・ヴァン・クロムフェル伯爵様のご子息が当主を務める歴史ある名家だ。クロムフェル伯爵(当時は侯爵)は当主の座を早くに譲り、自身は若いころに務めていた外務省に復帰。その後、十年足らずで外務大臣にまで上り詰めた異色の人物だ。ちなみに、肩書にある『伯爵』は、クロムフェル侯爵家が保有するものを使っている。
「遅くなり申し訳ありません。侯爵家の当主である伯父上より、中立派からの有志を連れて行くようにと言われたのですが、思ったよりも人数が集まってしまったので、念の為軍部に戦場を移動する許可を取りに行った為、到着が今になってしまいました」
クロムフェル侯爵を伯父と呼ぶということは、目の前の若者は侯爵の血族かそれに近い立場にあるということだ。下手をするとこの部隊の指揮系統が乱れてしまう原因になりかねないが、侯爵から持たされたという手紙には俺に指揮を任せると書かれており、若者も若輩者だからと末席でもかまわないと言った。ただ、侯爵の甥(侯爵の実弟の息子であり、今は爵位こそ持っていないが将来的には得ている可能性が高いと思われる)を本人の言う通りの末席に置いておくわけにはいかず、部隊の前の方にいるサルサーモ伯爵家とカリオストロ伯爵家の横に並ばせる形で隊列を組みなおした。
突然の隊列変更について伯爵家の騎士たちには不満があるかもしれないが、横並びと言うことで納得してほしい。何せ、ここに来てのクロムフェル侯爵家(正確には中立派の連合軍)の参加で、王族派と中立派の数が逆転してしまったのだ。侯爵家が指示に従うと言ってくれている間は、下手に波風を立てて和を乱してしまうようなことは避けたい。
「ジャン隊長! リッチが現れました! それに伴い、ゾンビの群れが進軍を開始しました! 後少しで迎撃予定地点に到達します!」
「分かった! 敵が予定地点に到達次第、我々も作戦を開始する! 再度言うが、我々の目的はゾンビの群れを殲滅することではない! 出来る限り被害を抑えつつ、相手側の数を減らしてオオトリ殿の援護を行うことだ! 近接戦を仕掛ける者は、決して深追いはするな! 危ないと思ったらすぐに引け! 魔法を使う者は、常に遠くに向かって放つように心がけろ! 狙いをつけなくとも、群れに向かって放てば必ず当たるという程度の数がいるからな! そして、合図が出たら戦闘を中断して後方に退避することを忘れるな!」
今回の俺たちの役割として、テンマとマーリン様のサポートの中に、ゾンビの数を出来る限り減らして手助けをすると言うものも含まれている。これはリッチがゾンビを生贄にして自身を強化・回復する為、少しでもそれを妨害しようという意味合いが強い。それならばいっそのこと、大部隊を編成して一気に叩けばいいとの意見も当然ながら出たのだが、そうすると今度はテンマとマーリン様が気兼ねなく動くことが出来なくなる。邪魔になるくらいなら、戦う前のオオトリ家の二人の身の回りの世話だけをやって、後は後ろに下がって様子を見るだけの方が戦果は上がるだろう。
しかしながら、戦争の一戦場に一般人(個人的な意見としては、オオトリ家はその枠に収まることは無いと思う)を送り、戦闘の全てを任すというのは軍の存在意義に関わる。
なので、精鋭部隊で少しずつでも数を減らして手助けをするという結論に至ったのだが、いくら個々の能力が高いものを集めたとしても数の暴力の前には意味をなさないことが多い。しかも、部隊というものは数が増える程に連携の精度は落ちていくので、全員が同時に指示通りに動くということは難しい。それを少しでも回避する為に、千五百程の部隊(クロムフェル侯爵家の到着前は千くらい)を三つに分け、第一陣が戦闘中は第二陣が周囲の警戒し、第三陣が休憩及び緊急時の予備戦力にするという形にした。合図も分かりやすいように、テンマから教えてもらった魔法で上空に小さな爆発を起こす方法だけにした。この爆発で戦闘中の部隊は後方に下がり、次の部隊が前に出るのだ。もし次の部隊が前に出なければ、それは想定外のことが起こったということで、戦闘していた部隊は次の部隊の指揮官の指示に従うように決めている。ちなみに、第一陣の指揮官は俺で第二陣はクリス、第三陣はテンマと面識のある第一騎士団の部隊長だ。
各援軍の責任者(もしくは、同じ派閥で固まった時の責任者)に部隊を三つに分けてもらい、それぞれの戦力がなるべく均等になるようにさせたが……案の定というか、俺の担当する第一陣に戦力が集中してしまっている。それは、サルサーモ伯爵家やカリオストロ伯爵家、そしてクロムフェル侯爵家(中立派連合軍)の責任者がいるように、一番目立ち活躍もしやすいのが第一陣だからだ。戦後に誰々が一番最初にゾンビを攻撃したとか倒したとかで揉めそうだが、それは全てが無事に終わってから勝手にやって貰おう。どうせ俺たちの部隊はどれだけ頑張ったとしても、テンマとマーリン様の活躍の前では霞んでしまうのだからな。むしろ、騒げば騒ぐだけ、恥ずかしい思いをするかもしれないしな。張り合うという意味ではクリスも心配ではあるが……あいつの場合はテンマと距離が近いだけに、この場では周りと張り合ったとしても、その後まで付き合うことは無いだろう。やるとすれば、テンマに恩着せがましく何かをねだるくらいのものだろう。王国軍の中でそれが出来るのは、恐らくあいつだけだろうな。ライル様も出来るかもしれないが……それをやると色々と洒落にならないからな。マリア様も大激怒するだろうし。
「ジャン隊長! ゾンビが予定地点に到達しました!」
「分かった! 第一部隊、準備はいいな! 決して命を粗末にするな! 無理して目の前の一匹を倒すより、引いた後で二匹目三匹目を倒すのだ! 引くことは恥ではない! 蛮勇を振るって倒れることこそが恥ずべきことだ! そして蛮勇を振るったその先には、仲間を窮地に追いやる結末が待っているのだと心得よ! では行くぞ!」
今の言葉にどれだけの効果があるのかは分からないが、これで一人でも無謀な行動を起こす者が減ってくれることを祈ろう。
そんな俺の心配をよそに行動を開始した第一陣の騎士たちは、我先にとでも言わんばかりの勢いでゾンビの群れに突進している。中には勢い余って、ゾンビの群れの中に突っ込んでしまって落馬した者までいた。あの勢いでは、ゾンビに襲われる前に落馬の衝撃で命を落としているかもしれない。
「馬が元気なうちは、機動力を活かして戦うんだ!」
戦闘を開始して早々に、俺はある大きな間違いを起こしていたことに気が付いてしまった。それは、『数百人規模の騎馬隊での戦闘経験が不足している』ということだ。
良くも悪くも平和の続いた王国は、小競り合いはあっても大きな戦争はここ数十年起こっていない。その為、演習と言う目的で騎馬隊を組むことはあっても、実戦など経験したことが無い者ばかりなのだ。
もちろん、個人や数人規模でなら騎馬戦の経験を持ち、名人・達人と呼ばれる者がこの部隊にもいるだろう。しかし、演習はもちろんのこと、この規模の実戦となると個人や少人数での経験などあまり役には立たない。
「思った以上に集まり過ぎたのも原因の一つか……くそっ! 早く立て直さないと!」
集合前は援軍を含めて多くても千にも届かないだろうと思っていたが、ふたを開けてみれば近隣からの援軍だけで千に届き、さらには想定外のクロムフェル侯爵家の参戦で千五百を超えてしまったのだ。その為、初めから三つに分ける予定だった部隊は一つ一つの数が倍近くとなってしまい、連携がとりにくくなってしまった。おまけに、最後に参戦してきた中立派に対抗意識を燃やした王族派のせいで、勢いが付き過ぎてしまって周りが見えていない者も多い。
「王族派の援軍が足を引っ張ってどうするんだよ、まったく! ん?」
周囲の者たちへ指示を飛ばしながら近づいてきたいてきたゾンビを斬り捨てていると、開始十分もたっていないと言うのに後退の合図が出た。
「早過ぎるが、これは立て直すチャンスだな……後退! 後退だ! 後退しろーーーっ!」
思いっきり声を張り上げて後退の指示を出すと、一部の者を除いて即座に俺の声に反応して動き始めた。だが、興奮しすぎて聞こえていない者や、奥に入り込み過ぎて身動きが取れない者もいる。そのうち、興奮しすぎている者は回りにいた者が無理やり引っ張っるなどして戻ることが出来ていたが、入り込み過ぎていた者に関しては抜け出すどころか反転しようとした隙を突かれ、ゾンビに馬から引きずり降ろされて姿が見えなくなってしまった。あの様子では、もう生きてはいないだろう。例えまだ生きていたとしても、助けに行けば二次被害は免れないし、自分のミスでああなっている以上、悪いが見殺しにするしかない。
「第二陣、行くわよ!」
後退中の俺たちの間を縫うようにして、クリスが率いる第二陣がゾンビの群れに向かって突進して行った。俺たちの第一陣とは違い、目の前で失敗例を見ているからか気合十分の割には先走っている者はいないように見える。
「隊列を組みなおせ! それと、被害を確かめろ!」
第三陣の後ろまで移動した俺は、すぐに第一陣の主だった者たちに指示を出した。その結果分かったことは、
「戻って来れなかったのは十二名か……」
あれだけの規模の敵に突っ込んでいって、被害が十二名だけだというのは少ないようにも思えるが、実際には数が違うとはいえ自分たちよりも弱い相手(四つ腕の化け物と魔法が使えるゾンビはテンマの方に向かっているのか、先程の戦闘では確認できなかった)に対し、開始から十分程度での被害なのだ。しかも、その大半が王族派の援軍から出たと言うのも頭の痛い問題だった。
「怪我をしたものは今のうちに手当てをしておけ! 例え小さな傷であっても、ゾンビに付けられたものだと後々傷口が腐ることもあるからな!」
ゾンビの腐り具合にもよるが、どんな汚れを持っているのか分からない相手からの傷は、例え小さなものでも命に関わるものになることも珍しくはない。その為この部隊には、万の数の部隊に与えられるのと同じくらいの薬が配られている。さらにはオオトリ家から提供された薬もあり、小さな傷でも気兼ねなく使えるくらいの傷薬を保有しているのだ。ただ、こんな調子が続くのならば、使用頻度を抑えなければならないかもしれない。
「少し第二陣の様子を見てくる」
第二陣の様子を見る為に第三陣が控えている場所まで移動すると、クリスたちは俺たち第一陣とは違い、余裕を持ってゾンビを倒していた。
「クリスたちは上手くやっているようだが……あの様子だと、終わった後であいつに何を言われるか分からんな」
クリスたちが戦果を挙げているのは隊長としてはありがたく嬉しいことではあるが、その後のクリスの俺への態度を考えたら……それも頭の痛い問題だ。
ジャンSIDE 了