第19章-10 同盟(予定)
先週投稿するのを忘れていたので、それと合わせて2話同時にアップします。
本日1話目です。
「テンマ、空堀を十本も造って貰っておいて今更聞くのも何だが……こんなに必要なのか?」
「これくらいなら、ゾンビですぐに埋まると思いますよ。むしろ、防衛だけを考えるのならこの十倍でも心もとないかもしれません」
「兄上、テンマの言う通りだと思いますよ。まあ、実際はこの堀で進行を鈍らせたところに魔法を食らわせて数を減らしていくという戦法を取ることになるでしょう」
「ふむ……その言い方だと、ここと同じような陣地が複数必要と言うことになるのかな?」
「ええ、まあ……ですので、資金の方をよろしくお願いします」
予定通り二日で出来た空堀を見に来たザイン様は、逆に騎士団の邪魔になるのではないかと言う風に感じているようだが、これくらいの堀など一~二万の群れですぐに埋まる気がする。
ライル様は軍務に関わっているだけあってすぐに俺の考えに同調したが、ザイン様は詳しく説明されないと理解できなかったようだ……と言うか、この陣地を構築するのにかかる費用が気になるらしい。
費用に関してはライル様が陣地の必要性を必死になって説いたので、最終的にほぼライル様の要望通りに出してもらえることになったのだが……資材購入の際には全てザイン様かザイン様の指名した部下のチェックを受けることと、堀や塀の作業に関しては騎士や兵士を動員するか格安で請け負う業者……つまり、俺を指名するか俺と同額に近い賃金で請け負うところを探すようにと念押しされていた。
「助かる、兄上……そう言うわけでテンマ、頼んだぞ」
などと、俺が引き受けることがすでに決まっているかのようにいうライル様だったが、
「ライル……今の態度、母上に報告するがかまわないな?」
ザイン様に睨まれて俺に平謝りし、マリア様には内緒にして欲しいと必死になって頼み込んでいた。
「例えテンマや他の業者に頼むことになるのだとしても、軍部からも多くの人出を出すことになるのだ。業者の前に、軍部から何人出せそうか大まかでいいからすぐに算出してこい!」
「りょ、了解しました、兄上!」
役職的には同格なはずなのに兄弟間の力関係には逆らえないようで、ライル様はザイン様に尻を叩かれる形で、ライル様に同行してきた軍の幹部と話す為に走って行った。
「さて、テンマ。ライルがいないうちに聞いておきたいことがあるのだが……」
ザイン様はライル様が十分に離れたのを確認してから、おもむろに口を開いた。その言い方がどこか聞きにくそうにしていると感じたので、金銭的な話でもしたいのかと思っていると、
「今後造る予定の堀や陣地がゾンビの群れに耐え切れず、王都の内部が戦場になる可能性はどれくらいあると思っているのだろうか?」
「それは、ゾンビの群れ以外も敵に回る可能性も含めてですか?」
「そうだ」
ゾンビの群れ以外……つまり、改革派が混乱に乗じてクーデターを起こす、もしくはゾンビを率いているであろうリッチと結託して攻めてくるというものも含めるということだ。
その質問に対して俺は、
「五割は超えると思っています。むしろ、確実に戦場になると想定していた方がいいのかもしれません」
「やはりか……」
ゾンビの群れだけなら、確率は多くても五割程度だと思っている。確かにリッチは強敵で、俺とじいちゃんの二人掛かりで勝てるという保証はないが、次は騎士団や冒険者たちの援護が期待できるので、数に押されるということは無いだろう。もし数で負けていたとしても、こちらの方が質では勝っていると思うし、リッチとの戦いにしてもディンさんやジャンさん、それにジンと言った戦い慣れている人たちの援護も期待できる。
そう言った理由から、王都を中心にした防衛ラインを作れば、こちらが有利に戦えるのは間違いないと思う。唯一の懸念はリッチの強さがどこまで上がるのかというところだが、最後に戦った時の強さくらいだったら、万全の状態で戦えば俺一人でも十分時間を稼げるだろうし、じいちゃんと二人で戦えば負けることは無いと思う。
しかし、リッチとゾンビの群れに対応している間に背後、もしくは王都内部から裏切者たちに攻められ、そちらに戦力を取られるようなことになれば、ゾンビの群れを押さえることすら難しくなるだろう。そうでなくとも王都内部でクーデターを起こされれば、その時点で王都が戦場になったということだろう。
「王都の内部が戦場になるということは、第一の標的は父上と母上か……テンマ、内部が戦場になるようならば、それはほぼ負け戦となるだろう。その時は、最低でもティーダかルナのどちらか、出来れば兄上かライルのどちらかも一緒に連れて逃げてくれ」
「王様とマリア様ではなくですか?」
「そうだ。余程余裕があるのならば母上も連れて行って欲しいところだが、そんな余裕がある状況ならば、逃げ出す前にテンマがクーデターを制圧しているだろう」
国の象徴となる人物は間違いなく王様と王妃様のはずだが、ザイン様はその二人を見殺しにしてでも、ティーダとルナを優先してほしいらしい。
「と言うか、ザイン様はそういった状況になれば俺が逃げだすと確信しているんですか?」
「以前のテンマなら父上や母上だけでなく、義姉上や私にミザリアも無理してでも助け出そうとするだろうが、今のテンマには私たち以上に優先するべき存在があるからな。もし私がそのような状況に追い込まれたとしたのなら、ミザリアだけでも連れて逃げだそうとするだろう」
ならばなおさら、その優先してほしい人物の中にミザリア様が入っていないのが気になる。
そんな俺の疑問に答えるようにザイン様は、
「しかし王族としての私は、万が一の場合には王家の血筋を残すことを考えないといけない立場でもあるのだ。その為、次代の王家を繋ぐことの出来る可能性の高いティーダとルナのどちらかは、絶対に逃がさないといけない。そして二人を逃がし、守ることが出来るのはテンマくらいなのだ。もしもの時は、私や父上母上の最後の願いだと思って、力を貸してくれるとありがたい」
と言って頭を下げてきた。
真剣な表情のザイン様に、俺も出来る限り全力を尽くすと約束すると、ザイン様はホッとしたのか幾分表情が和らいだ。だが、続けてミザリア様はどうするのかと聞くと、
「そのことについてミザリアとはすでに話し合っている。もしもの時は、共に最後を迎えるつもりだ」
ザイン様は、自分とミザリア様の優先度を一番低くしているらしい。ザイン様のことだから、ミザリア様だけでもと言うかと思ったが、イザベラ様やマリア様の優先度を下げている以上、例外はないのかもしれない。その代わり、その時は自分も一緒にということなのだろう。
「今日話したことは、ここだけの秘密にしておいてくれ。もしライルやティーダがこの話を知れば、必ず反発するだろう」
二人がこの話を知れば、ザイン様の言う通り反発するのは目に見えている。だが、ライル様はともかくとして、次代の皇太子となるべきティーダがそれでは、王家としては問題かもしれない。
「万が一その時が来れば、引きずってでも連れて行きますでの安心してください」
「頼む」
確実に助け出すとは言えないが、出来る限りのことはしようと決めてザイン様と握手を交わしていると、
「兄上、陣地の数と一つ辺りに出せそうな人数を大まかですが出してみました!」
ライル様が大声を出しながら走ってきた。
ライル様は俺とザイン様が握手しているのを見て一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに元に戻してザイン様に数が書かれた紙を渡していた。そして、
「却下だ。まだテンマに依存しすぎている。せめてこの倍は出すように。それと、陣地の数に関しても、何故この数が必要なのか詳しく書かれていない。このままでは、予算を出すことは出来ないぞ」
と、ざっと目を通して即座に却下した。そして、そのままライル様を引き連れて軍の幹部たちの所へ向かい(自分が連れてきた財務の幹部も呼び寄せ)、臨時の会議を始めた。その会議には、何故か俺も同席させられたが……軍の幹部も財務の幹部も俺は会議に必要な人物だと判断しているらしく、両方から普通に意見を求められたりしたのだった。
会議の結果、軍部の要求する予算では最初に造ったレベルの陣地は半数も出来ないということになり、俺は堀の基礎だけ担当することに決まった。
基礎とは言うもののある程度の深さと幅を掘るので、そのままでも堀として使うことも可能となる予定なので、その分だけ軍部は塀などの地上部分に集中して作業することができるし、地上部分ができてから掘の方に手を加えても、ゾンビの群れには十分間に合うと判断したのだ。
「ゴーレムを使う方法だからあまり負担にならないとはいえ……数が多い分、面倒臭いな」
「それはまあ、すまんとしか言えないが……その代わりと言っては何だが、作業予定地に部下を先行させて印を付けさせているから、仕事はやりやすいはずだ」
と、ライル様は言うが、
「ライル……それは軍部がやって当然のことだ。テンマ、今回の作業のことは、事態が落ち着けば王家からは当然として、私とライルからも個人的に謝礼を出すことを約束しよう。それと作業費に関してだが、全額まとめては流石に無理ではあるが、何割かはすぐに支払えるように手配している。早ければ、今日中に渡せるだろう。残りもなるべく早く支払うつもりだ」
ザイン様は、会議が終わった後すぐに数名の部下を王都に戻らせて、俺への報酬の書類を作らせているそうだ。金額は明言しなかったが、財務卿の権限で即座に払えるギリギリの金額にしたそうなので、余程のことが無ければ今日か明日には受け取ることができるそうだ。俺としては別に急いでいないのだが、ザイン様なりの誠意ということらしい。ついでに、個人的に報酬を出すということも。
王家と個人的な報酬に関してはそれが何なのかは言わなかったが、何となく金銭的なものではないような気がするので、恐らく税金免除のようなものだろうと思う……と言うか、お金には今のところ全く困っていないので、そっちの方がありがたい。まあ、俺の方からお願いするわけにはいかないが。
何を貰えるのかは分からないままだったが、報酬の話は一応終わったので作業に関する打ち合わせを行い、その後ですぐに陣地の予定地に飛んだ。
最初の予定地には打ち合わせの間に先行したライル様の部下が待機しており、俺が作業しやすいように準備をしていた。そのおかげで作業は想定よりスムーズに進み、その日のうちに三か所、その次の日には残りの七か所を終えることができた。
一か所につき五百m程の堀が三本なので最初の陣地の数分の一の規模ではあるが、そこに籠って防衛することが目的ではないので、これ以上大きくすると王国側の移動に支障をきたす可能性があるのだ。それに、これらの陣地は王都で迎え撃つことになった時の為に、ゾンビの群れの進行速度を遅らせることと数を少しでも減らすことが目的なので、凝った造りにはせずに後は簡単な塀を作って完成になる予定だそうだ。もっとも、それらの作業は軍部と軍部が手配した業者が行うので俺が関わることは無い。
「ただいま」
「おお、思ったより早かったのう。丁度テンマに頼まれとったのが終わったところじゃ」
屋敷に戻ると、丁度じいちゃんとアムールが玄関から出てきたところに鉢合わせた。何でも、俺の頼んでいたことが終わったので、運動がてら手合わせをするところだったらしい。
「誰にどれだけ渡すかはこれに書いておるから、後で目を通しておいてくれい」
そう言ってじいちゃんは、数枚の紙を束ねたものを投げてよこした。
庭に向かう二人を見送り、俺はじいちゃんに渡された紙に書かれた内容を読みながら他の誰かが居そうな食堂に入ると、
「あっ! テンマさん、お帰りなさい」
プリメラが食事中だった。中途半端な時間帯だったが最近のプリメラは食欲が増してきたようで、無理のない範囲で食事の回数を増やしているのだ。まあ、その分一回の食事量は少なく、全てを足してもジャンヌと同じか少ないくらいの量なので、今のところ特に問題はないみたいだ。むしろ、出産のことを考えれば、体力増強の為にももう少し増えた方がいいのかもしれない……と、個人的には思っているが、それと同時に、余った分を味見と称して食べているアウラは、今後のことを考えて運動量を増やした方がいいとも思っている。
「テンマ様も食べますか?」
俺の視線から何か感じ取ったのか、アウラがお代わりを止めて残りを俺に勧めてきた。この場面をもしアイナが見たら、「主に自分の食べた残りを勧めるとは何様のつもりだ!」などとアウラを怒るかもしれないが、俺にとっては特に気にすることではないので、それについては何も言わずに用意してもらうことにした。ちなみに、俺が『食べる』と言った瞬間、アウラは分かりやすく残念がっていた。
「テンマさん、それはおじい様がしていたことの報告書ですか?」
食事を終えて報告書の残りを読んでいると、報告書が気になるのかプリメラが遠慮がちに聞いてきた。特に隠すようなことは書いていないし、プリメラたちにも関係のあることと言えるものなので読み終わったところを渡すと、一枚一枚を二人で覗き込んで読んでいた。これもアイナからしたら説教の理由になるかもしれないが、プリメラ自身が何も言わずにアウラにも見えるようにしていたことからも分かるように、これも我が家では普通の光景なのである……いいか悪いかは別として。
この報告書は、ククリ村の人たちの住所やオオトリ家までの距離と言った情報や、王都が戦争に巻き込まれた場合に備えて誰にどのくらいの武器や食料を渡す予定だという数字が書かれている。
王都が戦場になった場合、オオトリ家に集まって交戦、もしくは全員で王都から脱出するとは決めているが、住んでいる場所によっては逃げ遅れることもあるだろうし、家まで来ることができない可能性も十分に考えられる。そんな時の為に、少しでも生存確率を上げる為に武器や食料を渡すことに決めたのだ。
「サンガ公爵家も書いてくれているのはありがたいのですが、別になくても大丈夫だと思います。兄様は隠していると思いますが、確実に最悪を想定して準備しているはずです。同様に、サモンス侯爵家とハウスト辺境伯家もです。すでにゴーレムを多数貸しているので、これ以上は合流した時に足りない分をその場で貸すくらいでいいと思います。ただ、逆に王家に関しては増やした方がいいです。例え王都が壊滅的なダメージを受けたとしても、王族が一人でも残っていれば再起は可能です」
流石と言うべきか、プリメラはザイン様と同じようなことを提案してきた。ちょっと実家に対して冷たいようにも感じるが、余裕のある所にわざわざ手を貸すことの必要性は薄いということなのだろう。その代わり、王家の保険と後々の大義名分の為に動いた方がいいということらしい。
「実は、ザイン様にも同じようなことを言われてね。最悪の場合、ティーダとルナのどちらかだけでも保護してほしいと言われたよ」
そう話すと、プリメラは『やっぱり』と言う感じで頷いていた。
「でしたらすぐに数を修正して、王家と話し合いをした方がいいかもしれません。場合によっては王都からばらばらに避難し、離れた場所で合流する事も考えられるので、避難先の候補やルートなどを選ぶ必要があると思います」
プリメラに言われ、とりあえず余裕のありそうだと言われた三家についての支援は一旦白紙にし、それで浮いた分を王家への支援の上限とした。
「それらの対価の話になった際には、合流後のククリ村の人たちの安全を出してください。集団になった時、何かあった際に真っ先に斬り捨てられるのは立場の弱い人からになります。テンマさんやマーリン様のことをよく知っている近衛隊などはオオトリ家を敵に回すようなことはしないと思いますが、ギリギリまで追い詰められた時の行動は分かりませんし、事情をよく知らない騎士団の末端などは簡単に切り捨てることを選ぶと思います。そうならない為にも、王族の名で安全を確約してもらいます。次に、逃走の最中、オオトリ家は王家の完全な配下ではなく、同等に近い立場にある存在だと正式に認めてもらってください。その方が、ククリ村の人たちをより安全に守ることができると思いますので」
他は全てが終わってからでもかまわないが、その二つだけは事前に約束してもらい、出来れば契約書のようなものに残しておいた方がいいとプリメラは言った。
それは、極限の状況下に置かれた際の王家が信用できないということではなく、その状況下の兵士や騎士たちをより強くけん制する為だそうだ。つまり、同盟に近い立場のオオトリ家と縁のある人たちを粗末に扱えば、俺やじいちゃんが粗末に扱った者たちと敵対することもありえ、王家も庇うことは出来ないと理解させる為だそうだ。
実際にはそう言った状況(王都から集団で逃げ、その最中にククリ村の人たちが理不尽な目に合うような状況)になる確率は低いと思うが、備えるに越したことは無いというのがプリメラの考えだった。
「分かった。そう言ったことも含めて、なるべく早く王様たちと話し合ってみよう」
今日はちょっと遅いので、明日にでも王様たちの予定を聞いて話し合いの場を設けて貰えそうな日を決めることにした。
王様たちとの話し合いがどういう結果になるかは分からないが、条件を認めてくれる可能性は高いと思う。何せ、ゴーレムだけでもかなりの数と戦力になるのだ。それが味方に付くことになるのだから、限定的な状況下なら受け入れてもらえるはずだ。
その後、風呂に入るというプリメラと別れ、じいちゃんに今話し合ったことを伝え、王様たちとの話し合いに同行してもらえるように頼もうと庭に向かった俺は……二人に強引に組み手に付き合わされて話すタイミングを見失ってしまい、そのまま話し合いとそれに同行してほしいと伝えることを忘れてしまった。
結局、俺がじいちゃんにプリメラと話し合った内容を伝えたのは王様たちと約束した当日(プリメラと話し合った二日後)の出発直前だった。まあ、王城に行く途中の馬車の中で大まかにじいちゃんは理解していたし、話し合いの最中は俺のフォローをすると同時に、ノリノリでアーネスト様とやり合っていた(アドリブでアーネスト様から個人的に報酬を引き出そうとした)。
ちなみに、オオトリ家からの援助は薬以外(武器や食料)は遠慮されたが、逃走の際の条件は全面的に受け入れて貰えた。俺の思った通り、多数のゴーレムが味方に付くのなら対等に近い立場を主張するのは当然のことで、王家の味方でいるうちは何の問題もないとのことだった。