第19章-9 お堀
「じいちゃん、数km先に騎士団が来ているよ」
「ふむ。ならば、驚かせぬようにせねばならぬな。近くに、周辺の警戒をしておる者はおらぬか?」
日が暮れ始めているし、空から近づくと騒ぎになるかもしれないので、周辺で警戒している人に仲介を頼むことになった。そこで、一番近くにいた五人組と接触しようとしたのだが……不審者が近づいてきていると思われたようで、百人規模の部隊に出迎えられることになってしまった。まあ、すぐに誤解は解けたけれど。
ちなみに、騎士団のメンバーには俺とじいちゃんの親しい知り合いは選ばれておらず、何度かディンさんの訓練で一緒になったことのある騎士が隊長を務めていた。
「なに! 十万を超えるゾンビの群れじゃと! おまけに、それを二人で壊滅させた!?」
騎士団と遭遇した次の日。俺とじいちゃんがゾンビの群れを報告すると、アーネスト様は顎が外れそうなくらいに驚いていた。まあ、相手がゾンビとは言え、十万を超える群れだと王都側もかなりの被害が出るから当然だろう。
この報告を受けたアーネスト様は、急いで俺とじいちゃんを連れて王城へ向かった。そして、その途中の馬車の中で、
「テンマとマーリンの二人がかりで倒せない化け物!?」
再度叫び声を上げた。
この時、アーネスト様の叫び声に馬が驚き、もう少しで馬車が横転するところだった。もし御者がクライフさんでなければ、確実に事故を起こしていただろう。もっとも、そんなクライフさんも、アーネスト様の叫んだ内容に驚いていたようで、事故を起こさなかったのは無意識の状態でも体が勝手に動いていたからだそうだ。
「つまり、確実ではないものの有効そうな方法は見つかったということですか……ただし、次もマーリン殿とテンマの二人掛かりでそのリッチを抑え込むことができるかどうかは不明と……」
「いや、正直言ってかなり不利じゃろうな。あのリッチも、次は最初から全力で来るじゃろう。しかし、あの時はこちらとて、万全の状態ではなかったからのう……」
「いくつか条件がありますけど、ある程度あのリッチの強さは分かったし、万全の状態なら一方的に負けることは無いです」
俺とじいちゃんは、アーネスト様に引っ張られながら王様たちの所へ連れて行かれ、もう一度アーネスト様に報告したのと同じことを話した。そしてその報告を聞いた王様たち(シーザー様、ザイン様、ライル様、ジャンさん)は、報告の途中にもかかわらずアーネスト様やクライフさんと同じような反応をした為、落ち着くのにしばらく時間がかかってしまった。
先程のやり取りは、王様たちが少し冷静になってから残りの報告(現時点で、リッチの有効的な対策と思われるもの)を話した後の反応だ。
「テンマ……そう言い切るということは、テンマを王国の戦力と数えてもいいということだな?」
「そう思っていただいて構いません。帝国……あのゾンビの群れとリッチに王都が襲われれば、プリメラやお腹の子の命に関わることですから」
「そう言うことじゃ。ただし、あくまでもオオトリ家は協力者であり、軍の傘下に加わるわけではないからのう」
「陛下、皇太子殿下、軍部としましても、オオトリ家はあくまでも協力者であり、貴族と対等以上の立場にある独立勢力だと認識する必要があると思われます」
「財務卿の立場から見ても、軍務卿の言う通りだと思われます。汚い話ですが、ゴーレムをオオトリ家の戦力として数えた上で傘下に加えた場合、戦後に支払う手当は莫大なものになります。とてもではありませんが、支払えるものではありません。それよりも独立勢力として、事前に大まかな報酬を決めてから協力を仰いだ方が、費用は大幅に抑えることが可能かと思われます」
ライル様はともかくとして、ザイン様の方は俺とじいちゃんがいる前で話すような内容ではないと思うが……俺としてもリッチに集中したいし余力も残したいのでザイン様の発言はありがたいし、ザイン様もそう言ったことを理解した(金銭的な面も含めた)上で、わざと俺たちの前で言ったのだろう。
「ふむ、確かにその方が、王家としてもオオトリ家としてもやりやすいか……ただし、あくまでも協力者ということで最低限王家の指示には従ってもらう必要はあるが、テンマもマーリン様もそこは理解していただけますね?」
王様の確認に俺とじいちゃんが頷くと、すぐにその報酬の話になった。まあ、その報酬は全て成功報酬になるし、報酬の金額は他の貴族との兼ね合いもあるので今決めることは出来ないそうだが、オオトリ家が王国で暮らす上で必要となる税金の免除(年数及び種類はまだ未定)が、金銭とは別の報酬として貰えることになった。
「それとは別に、冒険者であるテンマに仕事を頼みたい」
報酬の話が終わったところで、シーザー様が仕事の話を切り出した。何でも王都付近での戦闘になった時に備え、ゾンビの群れに対して少しでも有利に戦えるように王都周辺に堀や塀を作る予定なのだそうだが、それを手伝ってほしいとのことだった。
その計画が出たのがゾンビの群れが辺境伯領の国境線を突破したとの報告があったすぐ後のことだそうで、今はどこにどんなものを作るかという話を詰めている最中なのだそうだが、今のままだと間に合うかどうかわからないので、俺に絶対必要になると思われる王都を囲む堀を作って欲しいそうだ。もちろん俺一人が行うわけではないが、俺(+ゴーレム)が加われば作業速度は格段に向上するとのことだ。
ちなみに、依頼料は一日で日雇い作業員の五十人分を予定しているらしいが、その中にはゴーレムの代金も含まれているので、俺一人に五十人分の手当てを出したとしても、作業効率を考えれば十分お釣りがくる計算だそうだ。
正直言うと、今は余計な仕事を引き受けたくないのだが、王都の安全を考えると堀は絶対に必要なので、ある条件を付けて引き受けることにした。まあ、その条件自体は大したことではないので、すぐに承諾されて作業計画の相談に入ることになった。
その条件とは、
「大変な時にお仕事……まあ、お給料がいいし楽だからいいか!」
「そうじゃな。ゴーレムに簡単な指示を出すだけで五人分も貰えるのじゃから、小遣い稼ぎにちょうどいいのう……もっとも、リッチとゾンビの群れに負ければ、お金など邪魔になるだけかもしれぬがのう」
アムールとじいちゃんを、ゴーレムの責任者という名目で雇って貰うというものだった。俺一人だけだと、堀を造りながらゴーレムに指示を出さないといけないので手間がかかるし効率も落ちる為、サポート要員としてゴーレムを任せることができる二人も雇わせたのだ。
「それじゃあ俺は大雑把に溝を掘っていくから、じいちゃんとアムールはゴーレムに指示を出して、溝を広く深くさせてね。そしてプリメラは絶対に無理をしないこと。何か少しでも異変を感じたら、すぐに知らせるように。ジャンヌとアウラも頼んだぞ」
ちなみに、じいちゃんとアムールも雇うことが決定した時点で、個人ではなく『オオトリ家』に依頼を出したことにしてもらっている。こうすることで、オオトリ家側は一人当たりの依頼料は少なくなるが交代要員が増えるし、王家としては依頼料は変わらないのに効率が上がるので、すんなりと受注者の名義変更は認められた。ただ、俺としてはプリメラは家に残るだろうと思っていた(その為、マーサおばさんとアイナに来てもらう予定だった)のだが、たまには外で軽く運動をした方がいいと本人が言うので、久々にオオトリ家の全員が揃って行動することになった。なお、オオトリ家という言葉の範疇にはメイド長(仮)も含まれているので、アウラのテンションはダダ下がり中である。恐らく、後数分もしないうちに雷が……今落ちた。アウラは頭を押さえてうずくまり、涙を流しているようだ。
常にニ~三人は(スラリンたちも居るので、実際はそれ以上)空き時間がある状況なので、家族で遊びに出ているようにも見えるが、仕事はちゃんとやっているので文句は出ないだろうし、空き時間と言ってもそれは訓練にあてる予定なので、さぼっているようには見られないだろう。もっとも、事前にオオトリ家の行動表(作業計画書)を提出しているので、予定通りに作業が進んでいれば例えだらけていたとしても問題は無いはずだ。
事前に話し合った計画では、大まかに俺が堀の基になる溝を魔法で掘っていき、それをじいちゃんたちの指示の下ゴーレムが広げていく形となっているので、俺は先行して一m×一m程度の溝を飛びながら作っていく。まあ、溝を作ると言っても土魔法を使うわけではなく、ゴーレムの核を等間隔で落としていくだけだ。その為、所々溝ではなくただの穴となっているところもあったが、今はそのままにしておいて先に進む。そして、一kmほど進んだところで折り返し、すでに出来ている溝の横に気の時と同じ感じで溝を作るのだ。これで、深さ一mで幅が二m、長さが一kmの溝ができることになる。
溝を掘る為に作ったゴーレムの体(土)は今後塀などを作る時に活用するので、邪魔にならないところに集めてから核を回収した。ちなみに、溝を作り始めてから全てのゴーレムが土に戻るまで大体一時間程だったが、俺自身は往復で二十分程しかかからなかった。残りの四十分は、主に核の回収とゴーレムが俺の所にやってくるのにかかった時間だ。
この作業を反対方向にも一往復して、午前中の作業を終了した。昼まではもう少し時間があるが、今日予定している作業のほとんどを午前中で終えたので、昼休憩を長めに取り、午後は交代でゴーレムの監督をしながら訓練の時間にあてるのだ。もっとも、俺とじいちゃんはリッチやゾンビの群れと戦った時の疲れがまだ残っているので、体の調子を確かめつつ基礎的な訓練を行うと言った感じだ。なので、ガツガツやり合うのはアムールとアウラの担当だ。いい教官役となるアイナもいることだし。
こうしたオオトリ家の午後の作業風景は、同じような依頼を受けた業者や冒険者、たまたま近くを通ったり一般人や様子を見に来た野次馬に異様なものを見るような目を向けられたが、作業自体はどこよりも圧倒的に進んでいたので文句が出ることは無かった。ただ、
「ジャンヌ、あなたは他の皆と比べて体力が少ないんだから、もっと走り込みなさい! って、アムール! アドバイスをしている時に、不意打ちしない! 危ないでしょ!」
「ちっ……」
次の日から、何故か『監督者』という名の近衛兵が就くことになった……この役目の人たちの方がさぼりではないのかと思うが、実際は『監督者』というのはおまけのようなもので、本来の目的は作業者の中にスパイ(帝国や強行的な改革派の手の者)が紛れていないか見張ることと、堀の他に必要なものや作戦が立てやすいように現地を視察することらしいので、オオトリ家だけでなく他の所にも騎士が派遣されているとのことだ。クリスさんが選ばれた理由は、我が家は色々な意味で規格外なのでオオトリ家に慣れている知り合いを送り込むことに決まったからだそうだ。その結果が、もう一人の鬼教官の誕生となったのである。
ちなみに、監督者はもう一人派遣されており、そのもう一人はエドガーさんなのだが……彼はクリスさんが仕事をしないことについては諦めているようで、クリスさんの行動に関しては完全に無視して作業の確認や地形の確認をしていた。その中で、堀や塀についての話し合いも行ったのだが、地形に関しては王都周辺ということもあり大きな起伏が無い為、地形を利用した戦術がとりにくいことが問題視された。
そこで杭を打つなどの提案をしたのだが、守るには有効でも攻めるには不向きということで保留となり、一度ディンさんに相談した上でライル様に提案することになった。
そしてその次の日、作業三日目には堀が完成し、後は騎士団の方で使いやすいように調整することになった。その日はディンさんとジャンさんが様子を見に来ていて、完成の速さに驚いてはいたが動員したゴーレムの数を聞いて納得していた。なお、他の業者が担当している堀はどこも四分の一程度の進み具合らしく、発注元の王家からするとオオトリ家のコストパフォーマンスはかなり高かったそうだ。なので、追加で仕事が発注された。
次の作業場所は王都から数km離れた場所で、ハウスト辺境伯領方面からゾンビの群れが進行してきた時に通るであろう場所であり、軍部がゾンビの群れを迎撃しようと想定している場所の一つでもあるらしい。依頼内容としては、軍が防衛に使う空堀を数本と掘った土や石の運搬作業とのことだった。
今回は距離が少しあるのでプリメラは連れて行くことができないが、俺と交代要員でじいちゃんとアムールがいれば空堀くらいなら一日二日で出来るだろうと言うと、ディンさんは明日からの作業を始めてくれと言い出した。
契約内容としてはこれまでの作業を延長する形になるので、条件は変わらないそうだ。だが、空堀は王都のそばに造ったものより小規模でいいそう(その代わり数本必要)で、一本の堀を造るのに一度の往復で済みそうなのだ。
「がんばれば、一日でいけるかも?」
「いや、そこは一日くらい作業を引き延ばしてもバレぬのではないか?」
「……テンマ、マーリン様、隊長は明日からと言いましたが、堀の詳しい位置を決めないといけませんので、明後日から始めてください」
と、ジャンさんに作業日を変更されてしまった。明日は騎士団の工作部隊を現地に派遣して、堀の位置を決める作業をするそうだ。これは俺とじいちゃんの悪ふざけを真に受けたからではない(こともない)と思うが、実際は俺たちが掘った空堀が騎士団の邪魔になる可能性もあるからというのが決めてだろう。
ディンさんにオオトリ家が依頼を受けた堀の作業の終了と明後日からの作業内容が書かれた簡易的な書類を受け取り、皆で家に帰ろうとすると、
「お姉ちゃんはディンさんと一緒に帰ればいいのに……」
「アウラ、そんなこと言わない方が……」
「ジャンヌ、手遅れ」
などという寸劇が行われ、アウラがまた頭を押さえて涙を流すシーンがあったが、それ以外は何事もなく無事に帰宅することができた。