第19章-8 VS親玉
「あやつは、帝国の……ではなさそうじゃな」
「どう見ても人間ではないね」
最初、俺もじいちゃんも相手は人間の魔法使いなのかと思ったが、巻き起こる風にあおられて翻ったマントの下を見てすぐに人ではないと理解した。
「あ奴が、テンマとジャンヌが『大老の森』で遭遇したというリッチか?」
「いや、あれとは別の個体だと思う。リッチだから細かい違いは分からないけど、明らかに雰囲気が違う」
あの時のリッチも不気味だったが、今目の前にいる方が段違いの不気味さを醸し出している。確実にこいつの方が怖くて強いと確信していた。
「じいちゃん、俺が突っ込むから援護をお願い。でも、相手の力が分からないから、十分に距離を取って無理に援護はしないでいいから」
「うむ、了解した。テンマ、気を付けるのじゃぞ。あ奴はわしがこれまで遭遇した中でも、不気味さでは一番じゃ。嫌な感じはドラゴンゾンビに似ておるしのう」
じいちゃんも俺と同じように感じたようだ。今のところドラゴンゾンビ程の威圧感は無いが、『火災旋風』を消し飛ばすまで気配を感じさせなかったということからも、未だに気配を押さえている可能性が高い。
「それとじいちゃん……もしもの時は、プリメラたちの脱出を頼むね」
もしここで俺が負けるとすると、あのリッチはゾンビの群れに大打撃が与えられているとしても、その与えた犯人の片割れがいないからと王都に進軍する可能性が高い。ハウスト辺境伯たちの連合軍を出し抜いたくらいだから、それくらいの知能はあるだろう。
「馬鹿なことを言っとらんで、さっさと蹴散らしてくるのじゃ! そして、プリメラたちに二人でいい報告をするのじゃ!」
「そうだね。報告するなら、勝利のものじゃないとね」
その言葉を聞いて、もしものことは考えないようにした。『大老の森』のリッチやドラゴンゾンビに似た気配のせいで、いつの間にか弱気になっていたようだ。
「そうじゃ! 行ってこい!」
じいちゃんに背中を押される形で、俺は小烏丸を取り出しリッチ目掛けて突進した。
「…………」
リッチは俺の突進に驚いたのかそれとも想定通りだったからなのかは分からないが、言葉を発するかのように口をカタカタと動かしている。そして次の瞬間、俺に合わせるかのようにどこからか大きな鎌を取り出した。今回も『大老の森』のリッチと同じく魔法の打ち合いになると思っていたので、目の前のリッチが小烏丸を見て物理で対抗しようと構えたのが意外だったのだ。
「リッチというよりは、物語に出てくる『死神』みたいだな……まあ、本物の『死神』のような可愛らしさは皆無だけどな」
などと独り言を呟いてしまったがそれは余裕からというよりは、黙っているとリッチの不気味さに負けて弱気になってしまいそうだったからだ。
鎌を持つ相手と戦うのは初めてだがこちらの武器の方が短い以上、これまでの長物相手と同じように潜り込む……が、
(防がれた! 思った以上に反応がいい!)
鎌の柄で防がれてしまった。しかも、ただ防がれたというわけではなく、至近距離でさらに速度を上げて背後を取っての攻撃だったのにも関わらず、リッチはその一撃にしっかりと反応したのだ。
(それに、力も強い)
攻撃を防がれた体勢のまま空中で押し合いになったが、骨の体なのにどこからそんな力が出てくるのかというくらいリッチが押す力は強く、気を抜いたらそのまま押し切られそうだった。そんな状態が数秒続いたその時、
「うっ! くそっ!」
押してくる力が一瞬緩んだかと思った次の瞬間、リッチは体を回転させるようにして鎌を振り下ろしてきた。デタラメとも思える攻撃方法だったが回転速度が速かった上に鎌自体の重さも加わり、その一撃はかなりの重さと鋭さを兼ね備えていた。
もしもあと少しでも反応が遅れていたら、俺の体は鎌の刃により真っ二つになっていただろうが、ギリギリのところで小烏丸で鎌の刃を受けることができた。ただ、無理な体勢で攻撃を受けたせいで俺は地面に向かって弾き飛ばされ、一時的に無防備な状態となってしまった。
「やらせぬぞ!」
そんな状態の俺にリッチは追撃を仕掛けようとしていたが、じいちゃんが俺とリッチの間に魔法を放ったので攻撃を中断して間合いを取っていた。
そして、今度はじいちゃんの方に体を向けたリッチだったが、
「あれをかわすのかっ!」
俺が連射した『エアブリット』を全て躱し、再度こちらに体を向けた。
「動きも早い!」
リッチは魔法ではなく接近戦で決着をつけるつもりなのか、上空から一気に襲い掛かってきた。落下の速度も加わっているからか、もし少しでも反応が遅れていれば致命的な一撃を食らっていたかもしれない。もしかすると、通常の状態でも俺の最高速度に近いのかもしれない。
(まだ魔法は使っていないけれど……身体能力は互角かそれ以上と思った方がいいな)
リッチの攻撃を躱してカウンターの一撃を放つが防がれ、そのまま打ち合いとなったが決定打となるものは互いに出なかった。
何故リッチが魔法を使わないのかは不明だが、相手の実力が分からない以上はこのまま使わないでいてくれた方がありがたい。まあ、最も効果的な場面で魔法を使用するということは十分考えられるし、接近戦が続いているせいで、先程から援護に回っているじいちゃんは魔法を使えないまま俺とリッチを中心にして距離を保ったまま旋回していた。
(表情が変わらないせいで、攻撃が読めないな……)
骸骨の姿をした魔物なので表情というものがなく、そのせいで感情の変化が読み取れない。ただ、たまに口をカタカタならしているので、感情そのものが完全に欠如しているというわけではなさそうだ。だが、感情が欠如していないとしても読めないのなら意味がなく、今は互角に戦えていてもこのままではいずれ押され始めるだろう。
「(どうする? 一度距離を取るか、それとも一気に攻めるか……)しまった!」
一瞬、そう考えてしまったのがいけなかったのだろう。その一瞬の攻撃のゆるみの隙を突かれ、リッチに小烏丸を持っている方の腕を掴まれてしまった。
(嗤った⁉)
戦いの最中に油断した俺を嗤っているのか、それとも勝利を確信して笑っているのかは分からないが、リッチはここに来て初めて感情を露わにした。
「くそがっ!」
その不気味な笑い顔を間近で見た俺は、鎌で切られるよりも不吉な予感を覚え、一か八かで体当たりを仕掛けた。この攻撃はリッチも予想していなかったのだろう。不気味な嗤い顔を止め、鎌を振り下ろそうとしたがそれよりも早く、俺は体を預けるようにして勢いを増し、リッチを押し続けた。その結果、
「ぐあっ!」
勢い余って、リッチごとゾンビの群れに突っ込んだ。何も考えずにとにかく押し続けたせいで、いつの間にか高度が下がり、大分後ろの方まで下がっていたゾンビの群れに追いついたようだ。
群れに突っ込んだ衝撃で、リッチはゾンビを蹴散らすような形で地面を転がり、俺は上空に弾かれてしまった。幸運なことに、突っ込んだ衝撃はゾンビに寄って大分緩和され、体中が痛むものの打撲と軽い骨折以外はしていないようだ。そこに、
「テンマ、下がるのじゃ!」
待ってましたとばかりに、ゾンビの群れに埋まっているリッチ目掛けてじいちゃんが魔法を放ち始めた。
「今のうちに回復魔法を使うのじゃ! テンマの攻撃とこの魔法で、あのリッチがくたばるとは正直思えん!」
じいちゃんは魔法を間髪入れずに放ち続けながら、そんなことを言っている。普通の魔物なら、地面に激突した上にじいちゃんの魔法を何十発も浴びせられれば、生きているどころか形など保てるはずはないのだが、もしあのリッチが『大老の森』で現れたリッチ以上の存在……それこそドラゴンゾンビに近い存在だったならば、あれくらいの攻撃では倒せるとは思えない。
「じいちゃん、煙で見えなくなっているから、もう少し離れて!」
回復魔法で怪我を治療した俺はすぐにじいちゃんのそばに行き、周囲を警戒しながら距離を取った。
「さて、あのリッチはどうなったかのう?」
「相変わらず俺の魔法に引っ掛からないから、どこにいてどんな状態なのか分からないけど……死んではいない気はするね」
これくらいで倒せる相手なら、『大老の森』のリッチは『テンペスト』だけで倒せていただろうし、先程じいちゃんの放った魔法も強力なものだったが、『テンペスト』を超える威力だったかと言われれば否である。
「テンマ、『テンペスト』か『タケミカヅチ』は使えぬのか?」
「使うだけならできるけど、あのリッチだと躱される可能性が高いと思う。外れるだけならまだいいけど、魔法の前後に出来る隙を突かれる可能性が高いと思う」
『タケミカヅチ』の威力ならあのリッチに通用するかもしれないが、威力の高い魔法はそれなりの準備が必要だし放った後の隙も大きいので、そこを突かれるとどうしようもない。しかも、倒せる可能性があると言うだけであり、確実と言えない以上は今の時点で賭けに出るのは危険すぎる。
「それでは無理じゃな。必殺の一撃は、確実に決めてこそ意味があるからのう……テンマ、やはり生きておったな」
「マントは吹き飛んでいるし、見た感じダメージも受けているみたいだけど……致命傷ではないみたいだね」
案の定生きていたリッチは、体を隠していたマントを無くした状態で煙の中から現れた。これで腕や脚の一本でも吹き飛んでいたのなら、このままじいちゃんと魔法を連発すれば勝てるかもしれないが、見たところ骨に大きな損傷はない。あってもせいぜい一部が欠けている程度だろう。
「あれだと、激突も魔法も大して効果が無かったようじゃな……わし、魔法にはそれなりに自信があったんじゃがのう」
「地面に激突したのだって、かなりの衝撃があったはずなんだけどね……それこそ、一歩間違えていたら俺の方がぺちゃんこになるくらいには」
そんな強がりを言っている間に、リッチは手足を動かして体の調子を確かめていた。明らかに期待していたダメージどころか、その半分も与えられていない。
俺たちに対してわざと隙を見せているのか、それともなんともないとアピールしているのかは分からないが、リッチの行動は不自然だった。そのせいで、俺とじいちゃんは下手に動くことができずにいる。
しかし、リッチは体の調子を確かめている最中に、何故か急に動きを止めた。それこそ、先程までの動きよりも不自然だと感じる程に。
「じいちゃん……あのリッチ、なんだか慌てているようにも見えない?」
「そうじゃな。もしかすると、予定外のことでも起こったのかもしれぬな……実に人間臭い動きじゃ」
これまでのポーカーフェイスが嘘のように、リッチからは感情の揺らぎが見て取れた。俺の腕を掴んで嗤った時も不気味だったが、今のように慌てているリッチも不気味だ。
「もしかして、ゾンビの群れが減り過ぎたからとか?」
よく考えれば、リッチが現れたタイミングは二発目の『火災旋風』でさらに多くのゾンビを倒そうとした瞬間だったし、あれだけ接近戦にこだわっていたのも、魔法の打ち合いになってゾンビの数が減るのを嫌がったからだとすれば、まだ引っかかるところはあるがある程度納得は出来る。
「それが正解かは分からんが、やってみる価値はあるかもしれぬのう……テンマ! ここからは魔法戦じゃ!」
「了解! 俺がさっきまでと同じようにリッチの相手をするから、じいちゃんは俺の援護をしつつゾンビを狙ってみて!」
これまでの戦い方をちょっと変えるだけなので、特に負担になるようなものではなく危険が増すわけでもない。むしろ、リッチ攻略の一助になるかもしれないので、ここに来て俺とじいちゃんの士気は、リッチとの戦闘が始まってから初めて上昇した気がする。
「それじゃあ、やるかのう……そりゃ!」
じいちゃんがゾンビの群れに向かって魔法を放つと、リッチはそれを阻止しようとじいちゃんに魔法を放とうとしたが、
「焦り過ぎて、俺のことを忘れてないか?」
その前によそ見をしているリッチの横っ腹にハルバードを叩きつけた。
「平気そうに見えて、実は強がりだったみたいだな!」
実は激突と魔法のダメージが蓄積していたらしく、ハルバードの一撃でリッチの肋骨部分を数本砕くことができた。不意打ちになったのも良かったのだろうが、初めてはっきりと見て取れるダメージに気分は高揚した。もっとも、リッチに痛覚は無いようで、肋骨が粉砕されても痛みに苦しむような素振りは見せなかったのは残念だ。
「じいちゃんに気を取られていると、自分の体が壊れることになるぞ!」
リッチは攻撃されてもじいちゃんの方が気になるようで、致命傷は避けているものの攻撃され放題だった。
「ぬぉりゃー--! もっと燃えんかー--!」
じいちゃんはというと、リッチを警戒しながらもゾンビの群れに魔法を放ち続けていた。そのおかげでゾンビの群れは見る見るうちに数を減らしていき、あっという間に半分から三分の二程度にまで規模を小さくしていた。これが人間の軍隊ならば全滅判定になってもおかしくは無いが……相手はゾンビなので、出来るなら判定ではなく全てを葬るのが理想だ。
それはじいちゃんも分かっているようで、手を緩めることなく攻撃を仕掛けている。あの様子だと、ゾンビがいなくなるより先にじいちゃんの体力か魔力が尽きるのが先かもしれない。
「お前も大分弱ってきているようだし、このまま勝たせてもらうぞ!」
俺の方も一切手を緩めることなくリッチを攻め立て、ついにリッチの片腕を叩き折ることに成功した。しかし次の瞬間、
「逃がすと思っているのか!」
リッチは突然背を向け、逃走を始めた。俺は、リッチの腕を叩き負ったことに気を取られ、一瞬だけ行動が遅れてしまった。もしかするとリッチは、この場から逃げ出す為にわざと自分の腕を犠牲にしたのかもしれない。
「じいちゃん、リッチが逃げ出した! 気を付けて!」
リッチを追いかけながら声をかけるとじいちゃんは攻撃を一旦中止して、リッチの進路から距離を取るように移動した。
「止まった?」
「逃げたくせにいきなり止まるということは、何か企んでおるのかもしれぬな……何にせよ、弱っておるのは間違いないのじゃ。叩くのなら今じゃろう」
腕を犠牲にしてまで逃げたと言うのに、中途半端な位置で止まったリッチは不気味だが、じいちゃんの言うことももっともで、何かを企んでいたとしても下手に時間を与えて回復されるよりは、リッチを企みごと粉砕するというのも戦い方としてはありだ。むしろ、弱っているこの時に仕留めないと、あのリッチは何をやらかすのか分からない怖さがある。それに、もしここで逃がしてしまい完全に回復されたら、次は最初から全力で俺を殺しにかかってくるはずだ。
「分かった。それじゃあ、一気に行く……えっ?」
じいちゃんと同時に魔法を放とうとした時、リッチの後ろから黒い靄のようなものが現れた。その靄はゾンビから出てきているようで、靄が出てこなくなったゾンビはその場で崩れ落ちている。
まるでゾンビの魂にも見える靄はそのまま宙に消えることはなく、続々とリッチに吸い込まれていった。
「テンマ……あ奴の腕や傷が治って行くぞ……」
靄を吸収したリッチは、先程まで砕けていた腕が再生し、体中にあった傷も塞がって元の……いや、最初の時以上の禍々しさを漂わせていた。
「どういう理屈かは分からんが、あの靄で回復しているのは確かじゃ! 魔力も上がっておるようじゃし、このままでは手が付けられんようになるぞ!」
「じいちゃん、少しだけ時間を稼いで! 『テンペスト』を使う!」
「了解じゃ!」
リッチが靄を吸収する時間を少しでも遅らせる為に、じいちゃんはリッチだけでなく靄にも魔法を打ち込み始めた。ただ、リッチにはあまり効果がないのかその場から動かすことができていないし、靄も魔法で多少は散らされていたが完全に消えているようには見えなかった。
「テンマ、来るぞ!」
「じいちゃん、俺の下で身を守っていて! ……『テンペスト』!」
リッチは全ての靄を吸収し終えると、俺の方へゆっくりと視線を向けてきた。その体には傷が一つもないことから、じいちゃんの魔法が効かなかったのか、魔法のダメージ以上に回復速度が速かったのかのどちらかだろう。
最初よりも強くなったと思われるリッチは、じいちゃんが俺の下に移動するのとほぼ同時に、鎌を振り上げながら向かってきた。
「ギリギリ間に合ったようじゃな」
しかし、リッチが俺に飛び掛かるより先に『テンペスト』が発動し、リッチは突然目の前に現れた『テンペスト』に激突した。
「突き破ってくるつもりか!」
リッチは『テンペスト』にぶつかって弾かれるどころか、強引に突破しようと前進を止めなかった。このままだと、本当に突破してきそうな勢いだ。
「じいちゃん! 威力を上げるから、耐え切れなくなりそうなら俺の足にでも捕まって!」
そう言うとじいちゃんはすぐに反応し、俺の足を掴んだ。
「『テンペストF2』……『F3』」
『大老の森』で遭遇したリッチは、『テンペストF3』で耐え切れずに巻き上げられていたが、あれ以上の化け物のこいつにはもう一段階上げる必要があるだろう。
「『テンペストF4』」
万全の状態ならまだ威力を上げることができるが、今の状態でこれ以上となると魔力が持たない。
「まだ粘るのか……」
リッチは、さらに威力を上げた『テンペスト』の暴風にも耐えている。ただ、流石に突破しようとしていた勢いは止まったようで、その場で必死にこらえているように見えた。
それなら自爆覚悟でもう一段階上げるかとも考えたが、このまま維持するだけでも大変なのにこれ以上は上げた瞬間に『テンペスト』が消える可能性もあった。
今はまだ拮抗状態ではあるが、リッチの体力よりも先に俺の魔力が切れそうなので、かなり不利な状況が続いている。
そんな中、
「これでもくらえ!」
じいちゃんがリッチに向かってナイフを数本投げつけた。まあ、そのナイフは『テンペスト』に巻き込まれ、ほとんどがどこかへ飛んで行ったのだけれども……一本だけリッチのすぐそばを通過していった。
「じいちゃん! 使わない武器を渡すから、適当に投げつけて!」
「了解じゃ……ぬおっ! 重過ぎるぞい! 危うく巻き込まれるところじゃったわ!」
ケリーかガンツ親方に渡そうと思ってバッグに入れていた、色々な壊れた武器の詰まった樽を真下に落とすと、じいちゃんはその樽を掴んだ瞬間にバランスを崩して『テンペスト』に突っ込みそうになった。よくよく考えれば、一抱えある大きさの樽にぎっしりと武器が詰まっているのだから、受け止めることの出来たじいちゃんは色々とおかしいのかもしれない。
「よし、くらえ!」
張り切って武器を投げ始めたじいちゃんだったが、十本くらい投げたところで、
「ええぃ、めんどくさい! テンマ、次じゃ!」
と言って樽ごと投げつけ、おかわりを要求してきた。
そのおかわりを投げて、またおかわりをしては投げてを繰り返し、四つ目の樽を投げようとした時、三つ目くらいの樽に入っていた武器がリッチに命中した。樽ごと投げているので、命中する時は続々と数十近い武器が当たるのだ。
力を込めて振るったハルバードでようやく破壊できるくらいの強度があったリッチの骨だが、壊れかけの武器とは言え『テンペスト』の威力が乗ればハルバードに近い破壊力が出るようで、武器の当たった箇所はボロボロになっていた。
「これで止めじゃ!」
じいちゃんは持っていた樽を三つ目と同じような場所に投げてリッチに止めを刺そうとしたが……
「爆発した!?」
武器が当たる寸前で、リッチは突然爆発して見えなくなってしまった。どうして爆発したのかは分からないが、どういった理由で爆発したのかが不明なので、そのまま様子を見ることにした。
リッチが見えなくなってから十分以上経過した頃、これ以上『テンペスト』を維持するのが辛くなってきたので、思い切って解除することに決めた。
解除そればすぐに姿を隠したリッチが襲い掛かってくる可能性があり、しかも解除した瞬間の俺はかなり大きな隙ができる。なので、解除の瞬間はじいちゃんにフォローを頼むことにした。
「じいちゃん、『テンペスト』を解除するよ。三、二、一……解除」
「むっ! ……どこに行った?」
解除すると同時に、じいちゃんは俺の前に移動し、そのまま俺を中心に旋回してリッチを警戒したが、リッチの姿はどこにもなかった。
俺も一息入れてからリッチを探したが、見える範囲にはいないように思えた。ただ、あのリッチは気配を消すことができるので、『探索』で見つけることができなくてもいないとは断言できないのが怖いところだ。
「わしにはリッチどころかゾンビの気配すら感じることができぬのじゃが、テンマの魔法ではどうなっておる?」
「ちょっと待って……確かにリッチが魔法で見つけられないのは最初からだけど、ゾンビの気配も消えてる……少なくとも、『探索』の範囲内にゾンビはいないみたい」
「もしかすると、リッチはゾンビを回収して逃げたのではないか?」
「それは……いや、あり得るかも。あのリッチは途中からゾンビが倒されるのを嫌がっていたから、『テンペスト』から離れて見えなくなっている間に逃げた可能性はあるね」
「ふむ……そうするとあの爆発は、『テンペスト』から強引に離れる為と、わしの投げた武器から逃れる為に起こしたというわけか?」
「だと思う。あの威力の武器がいくつも当たるより、自分で起こした爆発の方がダメージは少ないし、ついでに『テンペスト』からも逃げられるからやったのかもしれない。それに、爆発で受けたダメージは、ゾンビから出てきた靄を吸収すれば回復するだろうし」
色々な疑問は残るが、とりあえずリッチはどこかへ逃げたと考えていいと思う。まあ、まだ気は抜けないけれども。
「とにかく、リッチが隠れているとしても、今の内に少しは体力と魔力を回復させんとどうしようもないのう。テンマ、一度大きく下がるぞ。見晴らしのいいところで地面におりて休憩じゃ」
じいちゃんの提案通り、リッチと遭遇したところから十km以上離れた草原のど真ん中にある小高い丘におりて休息をとったが……そのまま日が沈み夜が更け朝を迎えても、リッチどころか一体のゾンビすら姿を見せることは無かった。