第19章-3 軍務卿からの依頼
「持ち手はもう少し細い方がいいです。それと、赤ちゃんと対面できる形の方が安心できます」
「あと、赤ちゃんが簡単に逃げられないようにした方がいい。テンマの子供なら、多分少し目を離した隙に脱走する」
「アムール、流石に脱走は無い……と思うわよ?」
「いや、絶対に脱走するはずじゃ。昔シーリアに聞いた話じゃが、テンマをベッドに寝かせて家事をしておったらいつの間にか消えていたので探しに行こうとしたら、マーサが自分家の前をハイハイしておったと抱きかかえてきたらしいからのう」
実物大の模型が出来たのでプリメラにベビーカーの相談していると、いつの間にかじいちゃんたちが集まってきたので色々な意見を聞こうということになり、場所を俺の部屋から食堂に変えて話し合っていたのだが……いつの間にか俺の黒歴史がバラされる事態になったのだった。ちなみに、何故母さんの目を盗んで外へ出たのかと言うと、一人で移動出来るようになったので、調子に乗って外の景色を見に行こうとしたからだった。なお、外に出ても見えるのは地面と草ばかりで大して面白くなかったので、家に戻ろうとしたところをマーサおばさんに捕まったのだ。
「ん? 誰か来たのかな?」
じいちゃんに俺の黒歴史がバラされている中、外でシロウマルが吠えたのが聞こえた。知り合いだったらシロウマルは吠えないので、何があったのかと思い『探索』を使って調べたが、敷地の外にうちに用事のありそうな人物は見つからなかった。
「少し見てきますね」
とアウラが出て行ったが、すぐにシロウマルと一緒に食堂へと戻ってきた。
「テンマ様、スラリンが手紙を受け取ったそうです」
よく見ると、シロウマルの背中にはスラリンが乗っている。多分、外で一緒にいるところに配達員がやって来てスラリンが受け取ったのだろう。もしかすると、シロウマルが吠えたのはスラリンや屋敷の中にいる俺たちに知らせる為だったのかもしれない。
「え~っと、何々……じいちゃん、珍しく俺に指名依頼が来たそうだから、これからギルドに行って来る」
「それは珍しいのう……誰からの依頼じゃ?」
「ライル様」
これまで何度か王家からの指名依頼を受けてきたが、ライル様から来たのは初めてだった。依頼内容は書かれておらず、ただ指名依頼がライル様から来ているという内容の手紙であり、軍務卿として依頼を出しているとのことで、なるべく早くギルドに顔を出した方がいいだろう。
「緊急性の高い依頼だったらそのまま出かけることになるかもしれないから、もしかしたら今日は帰ってこないかもしれない」
そう言ってギルドに向かった俺だったが……
「帰ってこないかもしれないといった割には、早々と帰って来れたのう」
一時間程で屋敷に帰ってきたのだった。
「いや、詳しい話がその場で聞けると思ったら、まずは依頼を引き受けたことを伝えるので、ニ~三日中に先方から直接説明があると思います……で終わったから、そのまま帰ってきた」
「まあ、よくよく考えれば、緊急性のない依頼だった場合はそうなるじゃろうな」
「そうですね。もしかするとライル様はテンマさんの力より、『テンマさんが依頼を引き受けた』と言う事実の方が必要なのかもしれません」
「何かの宣伝にでも使いたいのかな? まあ、ライル様のことだから、それを悪用するとは思えないけど」
もしかすると、他の貴族に対して王家と俺の仲の良さをアピールする目的があるのかもしれないけど……それは今更のことだから、あまり効果はないだろう。そうなると、貴族以外へのアピールが考えられるが……それも今更のことのような気がするので、そちらも効果はあまりないと思う。
「とにかく、説明があるまで分からないから、今あれこれ考えても仕方が無いか」
「そうじゃな。ライル個人の依頼なら心配じゃが、軍務卿としてならおかしな依頼では無かろう。分らんことを考えるより、乳母車の方が大切じゃ」
というじいちゃんの主張に全員が賛成したので、出かける前と同じように改良点や要望などを話し合った。ちなみに、ベビーカーと言う言葉が無いので普段は乳母車と言っているが、実物ができたら商品名を『ベビーカー』にしようと思う。その方が俺的には言いやすいから。
「それで、俺と組むのがジャンさんと新人五人ですか? 少ないですね」
「今回は試験的な試みだからな」
ライル様からの依頼とは、騎士団と合同で王都とその周辺の調査を行ってほしいというものだった。ただ、この依頼は俺以外の冒険者にも出されていて、それぞれ決まった範囲を騎士たちと共に調査するといったものだ。
俺と一緒に回るのは、俺の知り合いでこの組の責任者となるジャンさんと、去年配属された新人の騎士が五人だ。他の組では新人は少なく組む人数ももっと多いそうだが、ジャンさんの範囲は王都の周辺なので馬で回る必要があり、馬での移動なら少数の方が小回りが利くので六人編成となり、そこに俺が混ざればジャンさん以外のメンバーは新人でも大丈夫だろうということになったそうだ。
まあ、新人と言っても幹部候補生の中から選ばれたエリートなので完全な足手まといにはならないだろうし、全員が王族派の貴族の身内なのでトラブルも少ないだろうということだった。
「それとな、テンマ。今回の調査は帝国に攻められた時を想定して、周囲の地形を調べる共に、危険な魔物や動物が住み着いていないかを調べるのが目的としているが、それと同時に騎士たちに冒険者との連携を覚えさせる為でもあるんだ。もし帝国と全面的に戦争をやるとなれば、冒険者の協力は必要不可欠だからな。そのもしもの時の為の下準備だな」
と新人には知らされていない目的も教えてもらった。
新人の騎士に知らされていない理由は、一度に複数の情報を与えても上手く処理できない可能性があるし、冒険者のことをあまりよく思っていなかった場合、逆に反発して調査が上手くいかなくなる恐れもあるからだそうだ。
「それで、俺の役目は魔物への対処方法と野外での活動方法を、冒険者のやり方で教えるということでいいんですよね?」
「ああ、容赦はいらないから好きにやれとのことだ……まあ、俺としてはほどほどにしてくれないと困るけどな」
今回の依頼には調査に協力するという以外にも、冒険者の技術を教えるというものも含まれている。ある意味、教官役をやれというものだが、これのせいで冒険者の数を揃えるのに苦労したそうだ。
ただ冒険者として実力が上位の者を集めるだけならば、王都にいる冒険者のランクが高いものを上から順に声をかければ簡単だったのだが、戦闘力に加え冒険者としての知識と技術に優れ、その為人もある程度まともで信用できる者となると数が限られるので苦労したとのことだ。なお、アムールが弾かれた理由は、戦闘力と為人は信用できるが、冒険者としての知識と技術が足りないと判断されたからだそうだ。ちなみに、じいちゃんに依頼が来なかったのは、アーネスト様が反対したからだそうだ。反対理由は別にじいちゃんが嫌いだからとかではなく、一時的にとはいえ王城の戦力が減るので、その隙を突いて改革派がクーデターを起こす可能性を少しでも下げる為の抑止力とする為だそうだ。
「それなら、ニ~三日野営しておきましょうか? まだ雪が残っていますけど、ちゃんと対策すれば凍死なんてことはありませんから」
依頼に寄る拘束日数が予備日を含めて最大で三日となっていたので、それをフルに使って調査をしようかと提案したらジャンさんに却下された。一日程度なら問題は無いが、三日となると捜索隊が組まれる可能性があるからだそうだ。まあ、俺とジャンさんがいるので大丈夫だという判断が下される可能性の方が高いかもしれないが、その場合でも始末書や報告書を書くのはジャンさんの仕事になるので、勘弁してほしいとのことだった。
「そろそろ担当の範囲に移動してもいいか? お前ら、準備は出来ているな!」
世間話をしながら予定時刻を待ち、軽く打ち合わせしてから王都を出発した。目的地は前に地龍を発見した森の周辺だ。よく行く場所でもあるので、俺だけなら一時間程で到着できるが、今回はジャンさんたちも居るので移動速度はかなり落ち、道中で休憩も兼ねた調査も行ったので、到着には三時間以上かかった。
「それじゃあ、テンマ。ここからは冒険者のやり方で頼む」
「了解しました。でも、俺のいつものやり方だとスラリンに補助してもらいつつ、シロウマルとソロモンにも協力させるので、今日は少し違いますけどね」
本来はそこに『探索』も使うのだがそれは基本的に秘密なので、よく知らない騎士たちが居るところでは話さなくていいだろう。ちなみに、今回の依頼にスラリンたちは連れて来ていないので、いつものやり方をリクエストされても出来ないのだ。
軽く断って了承を得た俺は、ジャンさんたちの先頭に立って森の中を進んだ。俺としては『探索』を使っていないがちゃんと周囲を調べながら進んでいたが、新人の騎士たちには適当に進んでいるように見えたらしく不審がられた。だけど、騎士たちよりたちより先に森の中で異変に気が付くと、そう言った視線はすぐになくなった。
「ジャンさん、この森に熊が住み着いているようです。ただ、魔物か普通の動物なのかまでは判断できませんけど、警戒する必要があります」
木の幹に背中をこすりつけたと思われる跡があり、それが比較的新しいことからこの周辺に熊がいると推測したのだ。念の為『探索』で探してみると、俺たちが居るところからは大分離れているが、一頭で森の中をさまよっている熊がいた。大きな個体だが、魔物ではないようだ。
「まだ少し時期が早いと思いますが、冬眠明けの熊は腹をすかしているので凶暴な奴が多いです。それに、これまでこの森で熊の痕跡を見たことが無いので、冬眠前か冬眠明けで流れてきたのだと思います。だとすると、行動範囲はかなり広い可能性があるので、このままだと人が襲われるかもしれません」
木の跡から大体三m前後はある熊だと思われるので、一般人が遭遇してしまったら絶望的な状況となるだろう。仮に遭遇したのが冒険者だったとしても、それなりの実力がないと熊の餌になりかねない。
「熊をどうしますか? 幸いなことに熊が移動した跡だと思われるものがあるので、追跡は可能です」
まあ、熊が人の通れる道だけを進んでいるとは限らないので、途中で移動跡を見失う可能性はあるが、その時は『探索』を使って追いかければいい。それで何か怪しまれたとしても、『大老の森』で学んだ経験だといえば納得させることは可能だろう。実際にそう言った経験を積んでいるのだから。
「もちろん追うぞ。お前たちも追跡の邪魔にならないようにしつつ、いつ熊が現れてもいいように警戒をしておけ!」
ジャンさんの言葉に騎士たちは顔を強張らせたが、すぐに隊列を組みなおしていた。
「ジャンさん、いました。二百mほど先にある岩のそばです」
追跡を始めて一時間程で、目的の熊を視認できるところにまで追いついた。
「ん? どこだ? 分からんぞ?」
思わず、「年ですか?」と聞きそうになってしまったが、若い騎士たちにも分からないようなので、見つけることが出来ていないだけなのだと思う。
「ジャンさん、この指の差す先の方に途中から折れている木があるのは分かりますか?」
「ああ」
「そこから少し左に岩があるんですが、そこに追っていた熊がいます」
「んん? ……もしかして、あの少し茶色っぽいのが熊か?」
「そうです」
ジャンさんは俺の指に引っ付くくらいに顔を近づけ、ようやく熊を見つけることが出来た。新人の騎士たちは、ジャンさんとほぼ同じかそれより先に見つけたようなので、やはりジャンさんの視力は衰え始めているのかもしれない。
「かなりデカそうだな。テンマ、出来るのならこいつらに経験を積ませたいんだが、素材がもったいないというのなら見取り稽古にしてもいいが……どうする?」
「あまり熊の素材に興味が無いので、ジャンさんたちで倒していいですよ。この時期の熊肉は美味しくありませんし、毛皮もあまり使い道がないですしね。ああでも、できたら熊の胆のうは確保したいですね。あれ、薬になりますから」
「ああ、発見したのはテンマだから素材は譲ろう。だがその代わり、どうやって倒すか考えてもらうぞ」
こうして契約が成立したのだが……新人とは言え騎士が五人もいれば、大した作戦もなく正面から戦ったしても勝算はかなり高いと思う。まあ、それを踏まえた上で、ジャンさんはより安全なやり方を考えろということだろうけど……俺が思いついた作戦は大したものではなかった。そして、そんな大したことではない作戦で、騎士たちは怪我無く熊を倒すことが出来たのだった。
「何か、思っていた以上にあっさりと終わったが、魔物でない熊はこんなもんなのか?」
「いえ、馬鹿みたいに簡単に引っ掛かりましたけど、当然失敗することもありますし、その場合は死人が出てもおかしくはありませんから、結局は騎士たちの連携と個々の能力があってのことですよ」
俺が考えた作戦はものすごく簡単で、ある程度開けた場所を探し、その中心に餌となるオークの肉を置く。その周辺に騎士を四人隠れさせておいて、残りの騎士が熊の注意を引いて餌まで誘導する。囮に引き寄せられた熊が置かれた餌に気を取られたところで隠れていた騎士たちが槍を投げ、その後全員で熊を倒すというものだ。
最初の槍がいいところに刺さったようでそれが致命傷となり、その後の騎士たちの一斉攻撃で熊はあっさりと絶命した。しかし、一歩間違えると熊が餌に引っ掛からずに囮に襲い掛かるという危険もあった作戦だったので、騎士たちには非難されてもおかしくはなかったのだが……事前に冬眠明けで腹が減っている熊なら餌に引っ掛かる可能性はかなり高いと説明していたことと、万が一の場合には俺とジャンさんがすぐ近くで控えていると説明していたので、危ない作戦であったにも関わらず騎士たちは実行したのだった。それに出番は無かったが、いざとなったら魔法も使って攻撃すれば、より安全で楽に倒せるくらいの強さだと教えたのも動きがよかった理由の一つだろう。
「本来の流れなら次は熊の解体になるんですけど、今回はする必要が無いのでこのまま俺が貰っておきますね。ただ、実際の任務中に倒しで持ち帰ることが出来ない時は、おおざっぱでいいので解体して土に埋めるか燃やすかしてください。もし周囲に狼のような肉食動物がいるようならそのままにしておいても大丈夫でしょうが、下手をすると腐って疫病の元になったり、アンデット化したりする恐れがあるので気を付けてください」
熊を回収してから処理の説明をすると、ジャンさんたちは真剣な表情で頷いていた。
その後も森やその周辺を調査したが熊以外の異変は見つからず、今日の調査は終了して野営をすることになった。流石の俺も野営はジャンさんの冗談だと思っていた(騎士たちは俺以上に驚いていた)が、依頼主代理である以上従うしかなかったので、森の中で夜を明かすことになるのだった。ちなみに、野営地に選んだのは熊を発見した場所で、岩がちょうどいい風よけになっていたのが理由だ。まあ、少し獣臭かったけど。
その日の野営は順調にとは言えないものの、何とか無事に夜を明かすことが出来た。新人の騎士たちは本格的な野営は初めてだったようで、五人共かなり眠そうにしていたがジャンさんの朝練に付き合わされた後は完全に目が覚めたようだった。
「テンマ、今日はこのまま森とその周辺の調査を続けて、昼過ぎには王都に戻ろうと思う。少し早い帰還になるが、昨日の熊以外の危険な生物の痕跡は見当たらなかったし、初めての野営でこいつらもかなり疲労しているようだからな」
と、ジャンさんから早めの依頼終了が提案された。俺としては依頼を受けている方なので文句はなく、逆に早く終わるのは歓迎するべきことだ。
こうして俺たちは朝食の後で昨日調査を中断した場所から再開し、ほぼ森とその周辺の調査を終えたところで帰還予定の昼過ぎを迎えた。
「これでこの森周辺の調査を終了とする!」
ジャンさんの宣言で今回の調査は終了となり、後は王都に帰るだけとなった。ちなみに、ここまでジャンさんたちが乗ってきた馬は、調査中ずっと騎士たちが持つディメンションバッグに入っていた。こういったディメンションバッグの確保が難しいところも、今後の課題となっているそうだ。
「ジャンさん、誰かが……馬に乗った騎士が数名こちらに向かってきています」
「まじか? ……って、やっぱり見えんな。テンマ、それは俺たちを目指してきているのか?」
「多分そうだと思いますけど、俺たちを見つけたからと言うよりは、俺たちが担当していた範囲に向かっているみたいです」
騎士たちの初野営による疲労のことを考えて、帰りは行きよりも少し速度を落として王都を目指したが……もう少しで王都が見えてくるというところで、俺とジャンさんの優しさを打ち消すような知らせが王都の騎士団から運ばれてきた。
「そうだとすると、何か予想外のことが起こって俺かテンマ、もしくはその両方に知らせる為かもしれないな……テンマ、騎士たちの近くまで先導してくれ」
ジャンさんは何も言わなかったが、恐らく面倒なことが起こったのだろう。もし探しているのがジャンさんと騎士たちだけなら、大した問題ではない可能性もあるが……俺にも用事があるのだとしたが、ほぼ確実に厄介なことが起こったのだと判断していいだろう。
俺たちを探していると思われる騎士たちの近くに行くまで、こちらに向かってきている騎士たちの目当てが、ジャンさんと新人の騎士たちだけでありますようにと珍しく神に祈っていたというのに、俺の祈りは神に届くことは無かった。
「テンマ、このまま北の方に向かうことになった。何でも、あの化け物が数体見つかったそうだ」
「被害は?」
「発見されたのが死体と瀕死の個体だそうで被害はないそうだが、他に生きているのが周辺に潜んでいないとも言い切れないとのことだ」
馬を走らせながらジャンさんに事情を聞くと、これまで発見されていなかった北側で化け物が見つかったとのことだった。
被害はないそうだが、急遽その周辺をもう一度詳しく調査する必要があるとのことで臨時の隊を編成する為、発見場所から割と近くにいて隊の指揮を任せられるジャンさんに指令が出たそうだ。なお、俺は完全におまけである。断ることも可能だったが相手が例の化け物なので、出来るなら調査に加わってほしいとのことだった。もっとも、それを聞かされたのはライデンを走らせて北に向かっている途中でのことで、すでに断れない状態になっていた。
「エドガー! 状況はどうなっている!」
元々この周辺を調査していた班の責任者はエドガーさんだったそうで、ジャンさんが到着するまでは臨時の隊長を務め、ジャンさんと合流後は副隊長になるらしい。
「はっ! 死体はすでにマジックバッグに収容しております。瀕死だった化け物については、止めを刺そうと近づいたところ暴れだした為、始末いたしました。始末する際に怪我を負った者が数名おりますが、全て軽傷です」
「生きた状態で捕獲するべきだったかもしれんが、弱った状態でも騎士にけがを負わせるのだから、始末するのが一番安全か……」
「ジャンさん、あの化け物の中にはヒドラに近い再生力を持つものもいましたから、止めはさせる時にさした方がいいと思います。それに、もしかするとエドガーさんたちが発見した時から止めを刺すまでに、暴れるまでの体力を回復させた可能性もありますし」
「そうか。エドガー、騎士たちにもし瀕死の化け物を発見した際は、速やかに止めを刺すようにとの指示を伝えてくれ。それと、その際には単独でやろうとせずに、複数人で警戒しながら行うようにとも」
「了解しました」
エドガーさんはジャンさんに敬礼すると、すぐに騎士たちに命令を伝えに行った。
「テンマ、俺の隊長権限でお前にこの隊の相談役を与えるつもりだ。この依頼を降りるなら、今しかないからな」
「いや、ここまでついてきたんだし、もう少し付き合いますよ。流石に『一~二週間家にも帰さずに拘束する』とかなら面倒なので帰りますけど」
ここまで来たら最後まで付き合いたいという気持ちもあるが、家に帰ることが出来ないというのなら話は別だ。せめて、家から通いの依頼にしてもらいたい。
「そこまではかからないだろう。この調査隊はあくまで臨時だからな。この周辺を調べ終えたら、一度王城に戻ることになっている。まあ、その後でギルドを通してテンマに依頼が行くかもしれないが、その時はよろしくな……というところだろう」
臨時の調査隊なので、明日の夕方には王都に戻ることが出来るとのことだ。
「それじゃあ、早速だが会議に参加してもらうぞ。相談役殿」
「隊長さん、俺は野営で疲れているので、後で話を聞かせてくれればいいです」
と言ってみたがそんな戯言はジャンさんに通用せず、会議(参加者は俺とジャンさんを含めても十人に届かなかった)に参加させられ、会議後すぐに担当場所に配置された。まあ、俺はジャンさんと基本的に本部(集合場所に建てられたテント)で待機し、何か発見があれば現場に急行するという形だ。
「何かが無ければ、寝ていてもいい……と言うわけではないんですよね?」
「ああ、何かが見つかるまでの間、俺たちはエドガーたちの発見した化け物の見分だ」
などと言われ、今度は化け物の死体解剖に付き合わされた。同じ人型でもゴブリンの解剖なら抵抗はないのに、元人間と言うだけで少し気持ちが悪くなったが……内臓などは俺が知識と知っている人間のものとは違っていたので、すぐになんとも思わなくなった。
「テンマ、どう思う?」
「多分ですけど、ケイオスの時のように体が大きくなった分、心臓と肺が巨大化したのかもしれません。胃も多少大きくなっているみたいですけど、その他は大した変化はないみたいですね……もしかすると、戦いに必要な部分だけ大きくなったのかもしれません」
心臓が大きくなれば体が大きくなっても血液が生き渡らないということにはならないだろうし、肺が大きくなれば一回の呼吸で長く行動することが可能だろう。胃に関しては、もしかすると状態維持の為に食事を多くとる必要があるからかもしれないが、腸など他の消化器官に変化は見られないので、たまたま大きくなった可能性もある。
「なるほど……ちなみにだが、過去にサンガ公爵家が発見した奴は、内臓は全体的に大きくなっていたものの、比率としては人間の内臓とほとんど変わりがなかったそうだ」
初耳の情報だが、その当時は義理の息子ではなかったし、そもそも機密情報扱いだっただろうから、サンガ公爵家としては俺に話すことなどできなかったのだろう。
「では、俺とじいちゃんが倒した化け物はどうだったんですか?」
「あ~……あれも、参考にならんくらい、損傷が激しかったそうだ。唯一、テンマが生きたままの状態から魔石を取り出した個体だけは比較的形を保っていたそうだが、何故か内臓の腐敗が激しくて詳しく調査出来なかったらしい」
それは悪いことをしてしまったが……戦闘中はまだ周囲に村人がいたので、緊急事態だったということで忘れて欲しい。
「そもそもが、いきなり体がでかくなってわけ分からん化け物になるんだから、変化した分だけ心臓や肺が大きくなることもあるだろう。そんなことよりも、今はこいつらがどこからどうやってここまで来たのかの方が問題だな」
「一番可能性が高いのは、ケイオスのように人の状態でここまで来て、何らかの理由で化け物の姿になって死亡したというところでしょうね」
「そうなるだろうが……何故ここで化け物になってしまったのかという疑問が残るな。想像したくはないが、王都に侵入してから化け物になった方が大きな混乱を起こせただろう」
「混乱を起こすのが目的ではなくて、何らかの実験だったという可能性もありますね。例えばですけど、化け物が雪の中をどのくらい行動できるかどうかとか、どこまで行くことが出来るのかとか」
俺がゴーレムで行うような実験と同じように、この化け物も製作者に実験体として使われたのかもしれない。
「だとすると、ケイオスの時点で実験は成功していたんじゃないのか?」
「あれも一つの成功例かもしれませんが、ケイオスは化け物に姿を変えてからすぐの状態だとかなり強かったのですが、時間が経つにつれて弱くなっていきました。俺が怪我を負わせたせいでもあるでしょうが、それを除いても体力の消耗が激しいように感じました。それに対し、俺とじいちゃんが討伐した化け物の群れは、一体一体の強さはケイオスよりも劣っていましたが、化け物になってからかなり長い時間行動しています。そして、体力を回復させる為なのか、家畜を襲って食べていました」
「なるほど、確かにそう聞くと実験だと思えてくるな。しかも、いくつものパターンを作り出そうとしている……もしくは、進化させようとしているのかもしれないな」
嫌な予感を漂わせる中、エドガーさんたち調査班が戻り始めたので、化け物の見分を終えることになったのだった。
エドガーさんの報告では、いくつか化け物の痕跡を発見することは出来たそうだが、東の方から来たらしいという以外には分からず。他の化け物も発見することは出来なかったそうだ。
この結果は次の日も変わることは無く、俺たちは予定通り二日目の夕方には王都に戻ることが出来たのだった。