第19章-2 クラッシャークリス
「暴れるのはかまわんが、物を壊すのは止めてくれんかのう」
「申し訳ありません……」
「おじいちゃん、ごめんなさい」
食堂で暴れまわった二人は、椅子が二脚とテーブルが一台の被害を出した。椅子は修理不可能ということでバラして薪代わりにするが、テーブルの方は脚が一本壊れただけなので修理に回すことにした。
「マーリン様、新しい椅子の購入費用はマリア様に報告してクリスの給料から出させますので、遠慮なくお申し付けください」
「そこまでせんでもよい。壊れた椅子の代わりなどどこかの空き部屋にあるはずじゃから、そこから持ってくればいいわい」
うちはククリ村の人たちが遊びにきた時の為に、椅子やテーブルの予備などはかなりの数用意しているので、代わり椅子の一つや二つはすぐに用意できるのだ。ちなみに、うちでは知り合いが集まればすぐに宴会になるので、物の破損はそう珍しいことではないので慣れているし、何なら家で一番物を壊しているのはじいちゃん(半ボケの時を含む)だったりするので、クリスさんたちにあまり強く言うことが出来ないのだ。それに俺も少し前に階段の欄干を(ゴーレムで)壊しているので、椅子くらいなら別に大したことではないという考えだ。なお、アウラは物を壊すどころかクリスさんの怒りを最初に食らってダウンしているので、二人ほどは怒られてはいない。
「それで、クリスさんはいつまで休みなんですか?」
この先一~二か月休みがないということならば、いくら何でも休日が一日だけということは無いだろうと思い聞くと、
「休みは三日貰ったから、その間厄介になりたいのだけど……駄目かしら?」
「うむ、断る!」
「まあ、三日くらいならかまいませんけど……その流れで、王様……はマリア様に止められるとしても、ライル様やアーネスト様が来たりしませんかね?」
「テンマ様、流石にそれは……無いとは思いますけど、万が一の時の為にマリア様に報告いたしますので、ご安心ください」
俺としては別に遊びに来てもいいが、今の情勢を考えると軍務卿や大公閣下が来るのは問題になりかねないと、アイナがマリア様経由で釘を刺すことを確約した。
「それじゃあテンマ君の許可も下りたことだし、お風呂に入らせてもらうわね。アムール、アウラ、あなた達も汗をかいたんだから一緒に来なさい」
何故かクリスさんが、うちのメイドと居候に指示を出して風呂に連れて行こうとしているが……少し前まではいつもの光景だったので、俺やじいちゃんは気にすることなく流したが……風呂場に向かおうとする三人の前にアイナが立ちふさがった。
「三人共、お風呂に入って汗を流す前に、食堂のお掃除をしましょうか? お風呂で汗を流しても、その後で汚れてしまっては意味がないですから……ね?」
こうして俺は、もう一度二階にいるプリメラたちのところに戻ることになったのだった。今度はじいちゃんとスラリンたちも連れて。
「それでクリスさん、王城は今どうなっていますか?」
「ん? ん~……まあ、テンマ君なら問題は無いか。今のところ、王城にいる改革派は目立った動きはしていないわね。王城勤めの役人の上層部は、王族派が主要な役職の大半を握っているからそう簡単に崩されることは無いと思うわ。それに近衛隊を含めた騎士団もほとんど把握できているはずだから、いきなり内部からクーデターを起こされる可能性は極めて少ないわね。ただ、下に行くほど目が届きにくくなっているのは確かだから、楽観視は出来ないけれどね」
二階に逃げてからかなりの時間が経ち、食堂の掃除どころかクリスさんたちは風呂も済ませたとアイナが知らせにきたので、皆で食堂に集まることにした。
食堂では風呂上がりのクリスさんたちがだらしなくくつろいでいたが、俺たちが食堂に入るとすぐに居住まいを正した。俺やじいちゃんを見たからと言うよりは、その後ろにいたアイナを怖がってのことだろう。
そのタイミングで聞いた質問だったが、クリスさんは少し考えてから今の状況を教えてくれた。内容はかなり機密の高いと思われる情報だったが、アイナが何も言わないということは、クリスさんが言わなかったらアイナが俺に伝えるつもりだったのかもしれない。
「ハウスト辺境伯領の情報は、アルバートやカインが持っているもの以上は入って来ていないの?」
「だと思うわよ。まあ、私が知らされていないだけと言う可能性もあるけど、流石に危ない状況だったらリオンがテンマ君のところに走っているだろうし……それに、何か起こるとすれば、雪解け前後だろうというのが隊長の考えだしね。だから今のうちに休暇を満喫しろと言う感じなんだろうけど……ちくしょうめ!」
クリスさんは、「帰ったら思う存分こき使うつもりなのよ! それなのに休みが三日だけってひどくない!」とヒートアップしていた。
「クリス、それが仕事だから仕方がない。その間は、私が代わりにシロウマルたちとごろごろしとくから」
よせばいいのに、そんな状態のクリスさんをアムールがからかったので、またクリスさんの雰囲気が険しくなりかけた……が、その前にアイナがクリスさんを止め、じいちゃんがアムールを注意したので収まった。
「そう言えばテンマ君、余っている剣があったら三本くらい譲ってもらえないかしら? もちろん代金は払うから」
クリスさんから珍しいお願いをされたが、今のオオトリ家には改革派の住んでいる地域から集めた武具が沢山あるので、格安で譲ることにした。
「それにしても、わざわざうちのものを欲しがらなくても、クリスさんなら騎士団経由で品質の安定したものが手に入るでしょ?」
「クリスはきっと、テンマに頼めば騎士団より安く手に入ると考えて、その浮いたお金で良からぬことを企んでいるに違いない!」
「今、王都に入ってくる武具は前より量も品質も落ちていてね。任務で使う分は騎士団から品質のいいものが配給されるけど、個人的に使うものになるといいものが手に入りにくいのよ。それに高いし」
クリスさんを連れて、武具入れたバッグを置いてある部屋に向かう途中、ついてきたアムールがからかうように叫んでいた。まあ、クリスさんは無視していたけれど。
武具の品薄に関しては、辺境伯領の戦争が大きく関係し、次に改革派の貴族が自領からの武具や材料の輸出に制限をかけたことが関係していると思われる。なので今、貴族以外で武具を多く持ち、割安で手に入れる可能性の高くて交渉もしやすい俺に、剣の融通を頼んだということらしい。
「まあ、ちょっと前に剣だけで数百本は集めたので、三本くらいは別にかまわないんですけど……予備だとしても、そんなに必要ですか?」
「テンマ、クリスはテンマから格安で仕入れたものを、高額で他所に転売するつもりに違いない!」
「ああ、私の分の予備はサイズ違いの剣を二本だけど、残りの一本はジャンさんの分よ。ジャンさんは普段から大剣を使うけど、今は普通の剣以上に手に入りづらいから、もし街で見かけたら知らせてくれって頼まれているのよ」
またもやクリスさんはアムールを無視して、剣が三本の理由を話してくれた。ちなみに、クリスさんには『剣だけで数百本集めた』と言ったが、正確には千本は軽く集めている。ただ、これはクリスさんをだまそうとしたからではなく、『現時点で使える剣が数百本』ということだ。改革派の領地から引き揚げさせる時に、明らかに品質の低いものや使えないものは捨ててきたが、それもでも確保した中には、一見してまともに見えるが実際には使えないものも交じっているのだ。
なので、もし品質の保証できる数百本の剣の中に、クリスさんの気に入るものが無ければ、残りの剣も見せた方がいいかもしれない。そのついでに使えないものが見つかったら、その場ではねれば多少は手間が省けるし。
「クリス、それだったら、ジャンの分はジャンに選ばせた方がいい」
「ん~……そうかもしれないわね。ある程度ジャンさんに合いそうな剣は分かるつもりだけど、細かいところは本人しか分からないしね。そう言うわけでテンマ君、ジャンさんの大剣は候補だけ選ぶから、本人に選んでもらいたいのだけど……後で呼んでも大丈夫かしら?」
ジャンさんなら別に夜呼んでもかまわないけど、ジャンさんはジャンさんで忙しいのではないか……と思ったら、ジャンさんもクリスさんと同時に休暇が与えられたそうだ。なので、今日のジャンさんは、久方ぶりの家族サービスに精を出している頃だろうとのことだった。
「テンマ君、これとこれを頂戴ね。後、ジャンさんの大剣は三本候補を選んでみたけど、もしかすると全部持って行くかもしれないわ」
その後、クリスさんは品質を保証できるものの中から一本と、まだ確かめていないものの中から一本選んで代金として三万Gを支払った。一本一万五千Gの計算だ。中古だが品質がいいので、三万Gでも相場より安いくらいの値段だが、それを差し引いてもクリスさんのぼろもうけ状態だった。何せ、最初に選んだ剣は魔鉄製で、普通に買えばそれだけで三万G近くする。しかし、それ以上にもう一本の剣が高額商品だった。正直、何故見逃したのかと思うくらいの剣が混じっていたのだ。
クリスさんの選んだもう一本の剣、それはミスリル製の剣だ。長さ的には刃渡り四十cm程と短めだが、柄の部分までミスリルで作ってあるので、とてもじゃないが一万五千Gで買えるものではない。
このミスリル製の剣をクリスさんが見つけて持ってきた時、
「クリス、その剣が欲しかったら、最低でも五万は用意するべき」
などとアムールが言ったほどだ。まあ、選ぶ前に値段交渉は済ませていたし、ミスリルの剣を見逃していた俺が悪いので、最初に決めた二本で三万Gで渡したが……ものが良すぎたので少し悔しかった。見逃した原因としては、ミスリルの剣が少し短かったので、周りの剣に埋もれる形になっていたのと、適当に集めてもらったものばかりだったので、完全に油断していたからだろう。
「流石にこのままだと刃こぼれや汚れで使えないから、ケリーにでも預けて調整してもらわないとね!」
クリスさんは上機嫌で、ミスリルの剣の握り具合を確かめていた。それを見たアムールは、もしかしたらまだ掘り出し物が埋もれているかもしれないといって、まだ仕訳けていない剣を調べ始めていた。なので、ついでにある程度の仕分けを頼むと、最初は嫌そうにしていたアムールだったが、仕分けた量によっては好きな剣を一本あげると言うと張り切って請け負っていた。
「それじゃあ、テンマ君。ちょっとこの剣をケリーのところに持って行くから、シロウマルを借りるわね。ついでにジャンさんに大剣の話をしてくるわ」
何故そこでシロウマルが出てくるのかと思ったが、ついでに散歩させてくるそうだ。街中でノーリードはどうかと思うが、今のところそう言ったことに関する明確な法律はないし、テイムされている魔物であり問題を起こさない限りは捕まることは無いので、シロウマルが行きたいのなら好きにさせることにした。まあ、クリスさんが連れているとしても、シロウマルが問題を起こせばそれは俺の責任になるわけだけど。
そしてその日の夕方、屋敷にクリスさんから話を聞いたジャンさんがやってきた。今日は家族サービスの日だとクリスさんから聞いていたので、来るとしても夜になるのではないかと思ったが、夕食まで時間を空けることが出来たのでやってきたそうだ。まあ、ジャンさんのところの夕食の時間を知っているわけではないが、今から帰ったとしても、奥さんと娘さんをかなり待たせるかジャンさんの夕食が無くなっている可能性が高いと思う。
それを分かっているからか、ジャンさんは急ぎ足で大剣見て回り、最終的にはクリスさんが候補として挙げていたものの中から二本選んでいた。流石に三本は買い過ぎだと判断したようだ。ちなみに、一本はクリスさんからのプレゼントということなので、残りの一本の代金として一万Gをいただいた。
これはクリスさん以上に安い相場だが、クリスさんの剣以上に手入れが必要なので割り引いたのだ。それと、サービスとして家で作ったお菓子とライデンの馬車による送迎付きだ。でないと、ジャンさんは確実に奥さんと娘さんに怒られるだろう。いくら急ぎ足だったとはいえ、ちゃんと握り具合や重心を確かめていたので、ジャンさんが思っていた以上に時間がかかったからだ。
「ジャンさん、奥さんに怒られないといいけど……無理でしょうね」
ジャンさんを送り届け、いつもより少し遅い夕食を終えてゆったりとしている最中に、クリスさんがポツリとそんなことを呟いた。奥さんは、俺がジャンさんを送り届けた時は表面上にこやかにしていたが、帰ってくるのが遅くなったうえに、そもそもが家族サービスの日に抜け出す形で俺の所に来たのだ。俺がいなくなってから怒られていてもおかしくはない。
「まあ、何とかなるでしょう。なんだかんだで、ジャンさんと奥さんの夫婦仲はいいからね!」
クリスさんは、どこか自分を納得させるかのような言い方で話を切り上げた。多分だけど、ジャンさんが大剣を買えるように仲介したのがクリスさんなので、奥さんに怒られないか心配しているのかもしれない。
「でもクリスさん、あまり俺から武器が買えるとか言いふらさないでよ。エドガーさんたちくらいなら問題ないけど、あまり知らない人に来られても困るからね」
俺が王族と仲がいいのは貴族や王城の関係者には有名すぎる話なので、しつこく声をかけられることは無いと思うが、クリスさんの場合、運良く手に入れたミスリルの剣を同僚に自慢して、そこから同僚の知り合いに……とか言う形で広がりそうだし、その途中で俺が知り合いの紹介なら武器を売ってくれるなどと間違った情報になりそうなので、しっかりと注意しておかないといけない。
「分かってる……わよ?」
「テンマ、もう手遅れ」
すでに誰か知り合いに自慢した後だったようだ。
それから軽くクリスさんを尋問したところ、ケリーの工房に向かう途中でデート中の同期と遭遇してしまい、つい張り合う形でミスリルの剣を自慢してしまったとのことだった。
相手は近衛隊の所属ではないが同期の中でも仲がいい方だそうで、オオトリ家のことも色々と知っているから大丈夫だろうとは言っているが……クリスさんの同期はともかくとして、その彼氏に関しては何の情報も無いので少し心配だ。
そんな思いを込めてアイナに視線を送ると、アイナは静かに頷いた。これで明日明後日くらいにはその彼氏を調べ上げて、何かあれば対応してくれるだろう。
「クリスさんのせいで、罪のない一組のカップルが破局するなんて……」
「カップルクラッシャークリス、爆誕!」
俺とアイナのやり取りに気が付いていたアウラとアムールは、クリスさんの同期が別れると決めつけ、クリスさんをからかっている。
そんな二人をクリスさんは睨んでいたが、今回はクリスさんの方が分が悪いしアイナもにらみを利かせているので、二人に詰め寄るようなことはしなかった。
「とにかく、今後は気を付けてくれればいいよ。害がない限りはオオトリ家がクリスさんの知り合いに何かすることは無いしさせもしないから、そこは安心していいよ。二人も、クリスさんをからかうのもほどほどにね」
うちに遊びに来てストレスを溜めて帰るのも可哀そうだし、いくら今は優勢だとしても、アムールとアウラならいつそれがひっくり返してしまうか分からない。そうなると、アムールはともかくとして、アウラはひどい目に合うだろう……物理的な意味で。それに、オオトリ家として明言しておけばクリスさんも安心だろうし、ムールたちもそれ以上そのことでクリスさんをからかわない……からかい過ぎるということは無いはずだ。
こうしてその日は何事もなく過ぎたが、次の日には忘れたかのように三人が騒ぐといった久々の賑わいを見せ、クリスさんの休暇は終わった。
ちなみに、後日アイナ経由で知った話では、クリスさんの危惧した通りジャンさんはあの日俺がいなくなってからかなり怒られたようで、休暇を過ごしたはずなのに疲れた顔で現れたそうだ。クリスさんの同期の彼氏に関しては、王城勤めの騎士だったそうですぐに調べが付き、すぐに問題なしという判断になったそうだ。なお、その件に関してはクリスさんの同期が彼氏によく言って聞かせたそうで、先手を打って対策をしていたようだ。ただ、休暇明けのクリスさんは出勤したその日のうちに同僚に呼び出され、かなり怒られたらしい。
「辺境伯家の国境線が静かなのは嬉しいことだけど……不気味でもあるな」
サモンス侯爵領で騒ぎがあったという手紙が来てから十日程経つが、それ以降の情報は来ていない。ただ、あれは偶発的な事件だったのか、それとも侯爵領への侵攻の布石なのかはまだ判断ができないので、カインを始めとする王都に滞在しているサモンス侯爵家の関係者はピリピリとした雰囲気に包まれていた。
「そう言いながらも、テンマは何を作っているのじゃ? 見た感じ車椅子の模型のようじゃが?」
ここ最近、いざという時の為に待機するしかない俺は、屋敷にいる間ほとんどすることが無くて手持ち無沙汰だったので、今後のことを考えてある物を作ろうと思い立った。今作っているのは、その完成品の模型だ。
「ああ、車椅子にも見えるけど、これは乳母車だよ」
「ほぉ、街で見かけるものとは形が違うのう」
じいちゃんは作っている最中の模型を手に取り、角度を変えながら興味深そうに見ていた。
この世界のベビーカーは前世で見かけるものとは違い、手押し車を改造したものが多い。その理由として考えられるのが、平民はわざわざ子供専用のものを作るよりは家にあるものを使った方が安上がりで、貴族は馬車で移動するのが基本であり、他にも専任の乳母や家臣いたり移動時に専用のゆりかごを持ち歩いたりするので、前世のようなベビーカーを作ろうという人がいなかったのだと思う。
「その作りかけのは三輪の乳母車で、こっちが四輪の乳母車」
「おお、良く出来ておるのう! それで、三輪と四輪でどう違うのじゃ? 車輪の数以外に、大きな違いは無いように思えるが?」
じいちゃんは出来上がっている四輪と作りかけの三輪のベビーカーを見比べながら、違いを探そうとしていた。
「まあ、あくまで模型だから、車輪の数以外はほとんど同じ作りだよ。ただ、四輪の方は安定感があって、三輪の方は動きがスムーズかな?」
あくまで模型での話なので実物がどうなるのかは分からないが、大きく間違ってはいないと思う。
「それならば安定している方がいいのではないか?」
「それはそうだけど、実際に作ったものがどうなるかは分からないし、乗せて動かしてこその乳母車だからね」
動かない状態で安定させるなら車である必要はないし、四角形より三角形の方が安定しているとか聞いたこともある。
「とにかく、両方作ってみて出来のいい方を採用するか、それぞれ何度か改良してから決めるかだよね。知り合いの中にも欲しいという人はいるだろうし、ちょっとした商売にもなりそうだしね」
少なくとも、アルバートとカインは欲しがるはずだ。そうなると、オオトリ家と公爵家と侯爵家が使っているというだけで欲しがる人も現れるだろう。それだけでも商売になるだろうが、ベビーカーが実際に使えるとなれば平民の間でも広がる可能性がある。
「後々のことを考えれば、何種類かの乳母車が必要になるだろうね」
安定感、安全性が高いのはもちろんのこと、動かしやすく頑丈である必要もあるが、全てを満たそうとすると値段が馬鹿みたいに高くなるだろう。
「もう、いっそのことオオトリ家で商会を作った方がいいような気がするのう」
「それは面倒くさいから嫌だな。それに、うちに商才のある人はいないように思えるし、先のことを考えると名前と技術を提供して継続的にお金を貰える方がいいよ」
特許権のようなものがあれば一番だが、無いので信頼できるところに任せるのがいいだろう。もし継続的に金銭を得ることができれば、俺に何かあった時に子供に残せるものが増える。
そう言ったことをじいちゃんに話すと、
「まだ子が生まれておらぬのに、立派な親ばかになっておるのう」
と笑われた。まあ、そんなことを言ったじいちゃんは、絶対に立派な爺ばか……ではなく、曾爺ばかになるのは間違いないだろう。
ちなみに、じいちゃんの笑い声を聞きつけてやってきたプリメラたちも同じように笑っていたが、様子を見に来ていたアイナは模型の方に釘付けになっていて、そこからマリア様たちに話が行ったようで、その次の日にはザイン様から『乳母車の製作に協力したい』という手紙が来るのだった。