第19章-1 癒しと幸せのオーラ
「テンマ、アーネストから手紙が来ておるぞ」
雪解けまで少なくとも一か月はかかるという頃、俺の元に一通の手紙が届いた。送り主は同じ王都に住むアーネスト様で、重要な知らせだと変装した大公家の使用人が持ってきたものだ。
同じ王都なのだから、呼ぶなりして直接告げればいいと思うかもしれないが、この一~二か月の間に王都の雰囲気が荒れて来ており、王族派の中でも誰が味方で誰が敵なのかはっきりと分からなくなり始めているのだ。
その原因は辺境伯領の戦争で、今だに睨み合いが続いている状況ではあるが敵方の数が以前よりも増えているせいで、数の有利がほぼない状態になっている。その対策として、王族派と一部の中立派の追加派遣が決まったのだが、そのせいで王都付近では改革派の存在感が増している。まあ、俺に言わせれば鬼の居ぬ間にと言った感じだが、それでも弱小で比較的改革派の領地に近いところに領地を持っている貴族にとっては脅威であり、少しずつだが改革派による寝返り工作が成功してきている。
ここまで来ると王様たちも警戒を強める必要があり、むやみやたらに刺激しないようにオオトリ家との付き合いも表面上は少なくしているのだ。まあ、今回のように手紙や伝言でのやり取りは、以前よりも頻繁にしているけど。
「それで、あ奴は何と言っておるのじゃ?」
「どうやら、今度はサモンス侯爵領にちょっかいをかけてきているみたい」
サモンス侯爵領はサンガ公爵領の北にあり、山脈に近い位置にある。そのせいで、山越えをしてきた敵兵に目を付けられ、略奪行為を受けたそうだ。もっとも、現段階(アーネスト様に報告があった時点)では、本格的に進行してくるつもりなのかただの嫌がらせなのか、それと偶発的に狙われたのか判断できないとのことだった。
「もしサモンス侯爵領まで狙われたら、本格的にオオトリ家も参戦することを考えないといけないかもしれないね」
「まあ、そうじゃろうが……その場合でも、わしがゴーレムを引き連れて行けば十分じゃろう。流石にわしとテンマが揃って向かうとなれば、改革派が今が好機とクーデターを起こすじゃろうからな」
年越しの前の段階では、改革派がクーデターを起こす可能性があるという程度だったが、今ではほぼ起こすだろうというのが、王族派の上層部の考えだ。そのせいで、今の王都の雰囲気に繋がっているのだが……王様たちもそこまで手が回らないと言った感じだった。
その中で俺に出来ることと言えば、王都の知り合いがいつでもオオトリ家の屋敷に逃げ込めるようにすることと、改革派の領地から得た食料や武具をいつでも使えるようにすることと、ここ数か月の間日課となっているゴーレムの作製に精を出すことだ。
ただ、量産型ゴーレムの増産は王様たちに渡した物を含めると三百体を超えるくらい増えたのだが、食料に関しては年を越してからあまりうまくいっていない。それは冬に入って食料の買取り量が減ったことに加えて改革派も集め始めたようで、改革派の貴族に徴発される前に支店のほとんどを引き揚げさせたからだ。今改革派の領地に残っているのは支店だった空き店舗と、ダミーとして残してきたあまり売り物にならない品質の食料や武具だけだ。
「じいちゃん、マークおじさんたちと連絡を取って、もう一度緊急時の避難の打ち合わせをお願い。俺はサンガ公爵邸に行って、アルバートと話して来る」
カインのことだから、俺のところに直接来るよりもアルバートを間に入れて連絡を取ることを選ぶだろうとの判断もあるが、万が一王都が戦争に巻き込まれた時に、オオトリ家が特に連携を取る必要があるのが王家とサンガ公爵家になるはずなので、ここのところ何か問題が起きたり起こりそうな時は、すぐにアルバートと話し合うことにしているのだ。それだけでなく、オオトリ家と王家の仲介役も務めているので、王家からのアルバートの評価は急上昇中である。他にもカインやリオンも、学園時代の友人や知り合いを通して王族派の為に動いているので、王様たちの評価は上がっているだろう。
「それじゃあ、行って来る。プリメラ、何かアルバートに伝言はあるか?」
「特には……あっ! どんなに忙しくても、お義姉様を蔑ろにするようなことはしないで下さいと、お兄様に伝えてください」
「分かった。念の為ライデンと馬車は置いて行くから、何かあったら活用してくれ」
オオトリ家からサンガ公爵邸までは大分距離があるのだが、魔法で飛んでいけば馬車より早く着く。ただ、二つほど問題もある。
その一つが衛兵に見つかると職務質問を受けるというもので、二つ目がとても寒いというものだ。もっとも、一つ目は身分を証明出来れば余程のこと(貴族の敷地内に入るなど)がない限りは注意程度で済み、二つ目は十分な厚着をするか魔法で風よけするなどすれば大したことではない。
王都の中を飛んで移動するのは俺とじいちゃんくらいで、俺もじいちゃんも王都では顔が知られているしよく飛んでいるので、ほとんどの場合は顔を見せて一言二言会話するだけで解放される。まあ、中には職務に忠実な衛兵もいるので、俺だと分かっていてもマニュアルに沿った確認をする為に時間を取られたりするのだが……緊急時以外で衛兵を振り切ると犯罪者として扱われることもあるので、面倒臭くてもちゃんと対応する必要がある。
「アルバート、カインから何か言付かっていないか?」
サンガ公爵邸に着いて門番に挨拶をすると、特に用件を聞かれることも無く屋敷の中に通された。そして対応に来た執事にも挨拶をして、そのまま仕事中のアルバートのところへとやってきたのだ。普通ならありえないことだが俺はサンガ公爵の義理の息子であるし、何よりうちに来た時のアルバートがこんな感じなので、特別にサンガ公爵より許可を得ているのだ。もっとも、サンガ公爵がいる時はちゃんと門番に来訪の目的を告げて執事が来るまで待っているので、アルバートだけの特別対応である。
「入ってきて早々に聞くということは、陛下より知らせがあったのか?」
「いや、アーネスト様から手紙が来て知った。まあ、王様が指示したんだろうけどな」
「そうか、それでカインと言うかサモンス侯爵家からだが、今のところ自領に残している騎士団に警戒させるくらいだそうだ。サモンス侯爵領は山脈に近いせいで、王都やハウスト辺境伯領以上に雪が降り積もるからな。下手に騎士団を動かして敵を捜索させるよりも、守りを固める方針のようだ。ただ、次の報告の時には状況が変わっている可能性もあるから、いざという時はオオトリ家にも加勢をお願いしたいとのことだ」
「了解したとカインに伝えてくれ。ここに来る前に、じいちゃんとその可能性について話し合ってきている。もしもの時は、じいちゃんがゴーレムを持って飛んでいく予定だ」
俺は豪雪地帯を冒険したことは無いがじいちゃんは若いころに経験があるそうなので、俺よりも適任だろう。ただ、懸念があるとすればゴーレムの方だ。これまで、多少の雪の中での行動に問題がないことは確認しているが、豪雪の中での経験は無いので、最悪身動きが取れなくて役に立たない可能性がある。まあ、その時は街の周辺などに待機させて騎士たちと警戒に当たらせるなど役割が与えられると思うので、完全に足手まといということにはならないだろう。それに、今のゴーレムが豪雪の中でどこまで動けるのかという実験にもなるので、オオトリ家にとってもサモンス侯爵領へ加勢に行くのは悪いことではない。それに、落ち着いたらそれなりの対価は払ってもらえるだろうし。
「確かに今の状況を考えると、テンマとマーリン様が同時に王都を離れるのは難しいからな。カインもいざという時は経験豊富なマーリン様にテンマのゴーレムが多数加勢に行ける準備をしていると知れば安心するだろう……ところでテンマ、以前貰った薬が切れてしまったので、もう少し融通してもらえないだろうか?」
アルバートの言う『薬』とは、年の瀬のパーティーで渡した栄養剤のことだ。少し前にも栄養剤を渡したので、相変わらずエリザの攻勢が激しいようだ。
「これくらいはお安い御用だが……あくまでも栄養補給を手軽にできる飲み物であって、怪しい薬じゃないからな。間違っても、他に話を漏らすなよ。変に集られると困るからな」
もしこの栄養剤が切っ掛けでエルザが妊娠し、それをアルバートが他の貴族に話でもしたら……俺はその次の日から今とは違う人気を集めることになるだろう。跡継ぎが欲しい貴族の人気を……
栄養剤自体はそこまで作るのが難しいわけではないが、あくまでもアルバートに渡しているのは栄養剤であって、妊娠薬ではない。体力の増強や栄養補給が妊娠の切っ掛けにはなるかもしれないが、成分的には妊娠しやすくなる効果はないのだ。アルバートの知り合いだというのなら、栄養剤を分けるくらいはしてもいいのだが、その結果妊娠できなかったとしても責任は取れない。例え事前にそう伝えたとしても、薬に頼ろうとする貴族の中には納得しない奴も出てくるだろう。余計な苦労をしたくないのなら、アルバートにも渡さないという選択もあるが、仮にも親友で義兄の切なる頼みを無下にすることは、流石の俺にもできない。なので結局は、アルバートにきつく口止めをするしかないのだ。
「それは重々承知している。ただ、カインにだけは話してもいいだろうか? あいつもこの先苦労するかもしれないからな」
「カインなら大丈夫だ。ただ、リオンはカノンと結婚するまでは控えてくれ。リオンの場合、言わない方がいいと理解はしていても、ポロリと口から滑り落ちてそのまま気が付かずに話を広げそうだからな」
カインなら渡す時に言わなかったとしても他所に漏らす心配は少ないが、リオンの場合は言っても高確率で漏らす可能性が高い。もっとも、それと同じくらい妊娠効果などない普通の栄養剤だと疑わないことも考えられるが……何が起こるか分からないのがリオンなので、出来る限り栄養剤の話はしない方がいいだろう。
「それも理解している。ただまあ……リオンにも飲ませてたが、そんな効果は欠片もなかったという風にも宣伝できる気もするけどな」
確かにそう言い張ることも出来るだろうが、元々リオンの相手は王都にいないので、「それは当たり前だろ! むしろ、効果があった方が(色々な意味で)怖い!」と言われそうだ。
「あなた、テンマさん、話が一区切りついたのなら、私も混ざっていいかしら?」
いつものようにリオンで落ちを付けたところで、エリザが遠慮がちに部屋に入ってきた。遠慮がちと言うのは、恐らく俺とアルバートの話(栄養剤のところ)を聞いていたからだろう。アルバートはエリザがドアの外にいるのに気が付かなかったようだが、俺の方は気が付いていし部屋に入ってくるとは思っていなかったので、正直ちょっと居心地が悪い。
「どうした、エリザ? 別にそれほど重要な話をしていたわけではないから、そこまで遠慮することは無いのに……もしかして、何かテンマに用でもあったのか?」
アルバートは、まさか自分たちの夜の営みに関係するところを聞かれたとは思っていないみたいで、遠慮がちに入ってきたエリザが、何か俺に頼み事でもあるのかもしれないと勘違いしたようだ。
「いえ、まあ、そうですけど……頼みごとと言う程ではないですわ。ただ私の実家の方から、王都で何かあった時には、シルフィルド家の使用人の避難先を頼まれてくれないかという手紙がきました……場合によっては、オオトリ家にも避難の協力を頼みたいと思いまして」
「サンガ公爵家としては、シルフィルド家の避難に協力するのはかまわないが……シルフィルド家が危険な時は、王都中が危険な気もするが?」
「恐らく、外部に逃げる時の手伝いも含まれていると思いますわ。流石に援軍の当てがないのに、王都の屋敷で籠城は難しいでしょうから。ただ、その時は確実に公爵家の命令に従うように話は付けますから。かまわないという返事を書いてもいいでしょうか?」
「それならかまわないが……オオトリ家としてはどうだ?」
「うちの場合、避難先としては無理だろうな。王都で何かあって避難が必要になった場合、オオトリ家の屋敷はククリ村関係の人で半分近くが埋まるかもしれないからな。その他にも知り合いが来ると考えると、距離的にもシルフィルド家の人を受け入れるのは難しいかもしれない。ただ、外部に避難するとなった場合は、もちろん協力させてもらう」
この場合、親しい間柄でも『どこまで協力する』などは決めない方がいいだろう。避難するということは弱者の立場になるということだし、もしかすると逃げる途中で分かれなければならないかもしれないし、取捨選択を迫られる場面が出てくるかもしれない。
それはアルバートとエリザの方がよく理解しているようで、今は『いざという時には協力して外部へ脱出する』と言うところで話しは終わった。
「ところでテンマさん。プリメラの調子はどうですか?」
「元気にしてるよ。それに、大分つわりにも慣れたと言っているし、産婆さんはそろそろつわりも治まるだろうと言っているな。あと、一目見て分かるくらいにお腹も大きくなってきたせいか、背中や腰が痛いみたいだな」
痛そうにしているところを見かけた時は背中や腰をさすっているが、俺がいない時にはアムールやジャンヌたちがプリメラのマッサージをしているそうで、実際にしているところを見かけもする。まあ、最初の内はおっかなびっくりでマッサージしたせいで、あまり効き目がなかったようだ……俺の時も含めて。
「そうですか、近々遊びに行くと伝えて欲しいですわ」
エリザがうちに遊びに来るのは決定事項のようだ。まあ、普段は特に連絡することもなく遊びに来るので、いつも通りではある。
サモンス侯爵SIDE
「報告します! 我が軍への侵入を試みていたと思われる敵兵の一団を発見、即座にこれを撃退しました!」
昼の打ち合わせ中、休憩前の少し浮かれたような空気に冷や水を浴びせるような報告が届けられた。
報告によると確認された敵は二十前後で、そのうち数人は倒したものの残りは逃走し、捕縛は出来なかったとのことだ。こちらの被害は軽傷者が数名出たそうだが、死者重傷者は出なかったそうだ。
「皆はどう思う?」
「簡単に見つかり早々に逃げたところを見ると、恐らくは嫌がらせでしょう。ただ、今回の侵入未遂が本気で破壊工作、もしくは要人暗殺を考えていた場合、撃退された部隊を囮にして他の部隊が侵入した恐れもあるので、警戒を強める必要があると思われます」
侯爵軍の幹部の一人がそう提案すると、残りの者たちからも賛成の声が上がった。
「確かにそれがいいだろう。では、これより警戒を強めるようにとの指令を各所に出せ」
私を含め、ここにいる幹部連中は警戒を強めてもやることは普段と変わらないが、下の方は負担が増えてしまうだろう。
「嫌がらせの為に自軍の兵に命を懸けさせる敵の上層部は、気がくるっているとしか言えんな……皆は、より部下たちの様子に気を配るようにしてくれ。ただでさえ厳しい寒さの中でストレスが溜まる状況なのだ。そこに敵方の余計な策のせいで負担が増し、仲間内でのトラブルが起こってしまうかもしれない。食事でも改善を図りたいところだが、それは早くても次の補給が来るまでは実行できない。各部隊で支障のない程度に休憩を増やすなどで対応してくれ」
今出来そうなことは少ないが、やれるだけのことはやらないと最悪自滅ということもありえるだろう。ある程度暖かくなって雪が溶ければ、自領の兵たちと交代することも可能だが、それは後一か月以上先のことだろう。
「サンガ公爵軍やハウスト辺境伯軍に人員の余裕があれば、一時的に借りて休憩をとらせることも可能だろうが……嫌がらせを受けたのはうちだけではないだろう。そうなるとうちとあまり状況は変わらないとみるべきか……まあ、なんにせよ一度両軍とこのことで連絡を取らないといけないだろうな」
もしかしたらサモンス侯爵軍よりも余裕があり、何らかの支援を両軍から受けることが出来るかもしれないしな。
サモンス侯爵SIDE 了
「何で帰ってきたら、クリスさんがいるのかな?」
話し合いが終わった後、アルバートとエリザとしばらく談笑して屋敷に戻ってくると、食堂でクリスさんがだらけていた。
クリスさんは去年の年末から色々と忙しかったらしく、うちに来ても仕事でだったり途中だったりでほとんどお茶を飲むくらいの時間しか滞在しなかった。実際には遊びに来るだけの時間はあったそうだが、王様たちが改革派を刺激しないようにうちに来ることをなるべく自粛していたので、クリスさんもそれに倣っていたのだ。ちなみに、王族の中でもティーダとルナは割と遊びに来た方だが、それでも以前の半分以下の頻度だ。二人がうちに遊びに来た表向きの理由は、エイミィがオオトリ家の元養子で俺の弟子なので、エイミィの挨拶ついでの指導についてきたという形だ。まあ、その時の付き添いはアイナなので、こう言った時もクリスさんがうちに来ることは無かった。
「だってさぁ~……隊長がこれからさらに忙しくなるから、休みは無いと思っておけって、わざわざ私を名指しして言ったのよ。だから休みの被った同期を誘って遊びに行こうとしたら……」
「その同期の人たちは先約があったから、仕方なくうちに来たんですね」
「そうなのよね~……なんの約束かは省くけど」
そこで「彼氏とのですか?」と言わないのが、人としての優しさというものだろう。もっとも、その危険なワードを言いたそうにしているのが二人ほど同じ空間に(息をひそめて)いるが……今言うと大変なことになるかもしれないというくらいの想像は出来ているようだ。
「それで、マリア様にもちゃんと言ってから、テンマ君がいいなら遊びに行ってもいいって言われたのよ~」
クリスさんが来た時に俺はいなかったので許可していないが……と思ったら、プリメラが許可したようだ。ただ、プリメラもクリスさんも誤算だったのは、うちで一番のクリスさんの癒しとなるシロウマルが、じいちゃんについて行って留守にしていたということだ。
「テンマさん、お帰りなさい」
変にからまれないように、クリスさんが静かなうちに部屋に戻ろうかと考えていると、俺が帰ってきたことに気が付いたプリメラが食堂にやってきた。どうやら直前まで風呂に入っていたようで、髪の毛がまだ濡れていた。
「ただいま。風呂は……って、ジャンヌと一緒だったのか。なら大丈夫だな」
うちの風呂はかなり広いので、妊娠しているプリメラでは一人で入ると危ないのではないかと思ったら、すぐ後ろにジャンヌがいるのに気が付いた。
「ええ、手伝って貰いました。介護させているみたいで、気が引けましたけど……」
などとプリメラが冗談を言うと、ジャンヌは苦笑いしていた。案外、プリメラの中で鉄板のジョークになりつつあるのかもしれない。まあ、介護云々は無視するとしても、普段から女性陣はよく一緒にお風呂に入っているので、ジャンヌにしてみると一緒に入るついでに手伝ったという感覚なのかもしれない。もっとも、アイナから言わせると、「メイドとして当然のことです」と言われそうだが。
そのまま少しプリメラと話していると……
「クリス、あっちを見る。あそこにクリスの求めていた癒しがある」
「そうですよ、クリスさん。あれこそ最高の癒しです!」
「ん? シロウマルが帰ってきたの?」
といった、何やら嫌な予感がする会話が聞こえてきた。さほど離れていないので、集中しなくても十分聞こえる大きさの声だったが、プリメラとジャンヌはちょうど二人で話していたので気が付かなかったようだ。
「何よ、シロウマルいないじゃない」
「クリス、見るものが違う」
「そうですよ。最高の癒しはあそこ……今は違う人も混じっていますけど、あれこそ最高の癒しではないですか!」
「はぁ? どういうことよ?」
流石にあそこまで大きな声で会話を続けていれば、さっきは気が付かなかったプリメラとジャンヌも当然のように気が付いた。そして同時に、厄介事になりそうだとも感付いたようだ。
「はぁ~……何で気が付か……じゃなくて、気が付かないようにしている可能性大」
「ですね。ダメダメですね。クリスさんの目は節穴のようですね」
流石にあそこまで駄目だしされれば、意味は分からなくても腹が立ってきたようで、クリスさんの雰囲気が若干険しくなってきた。
「クリス、もう一度よく見る」
「何が見えますか?」
「テンマ君とプリメラ……後はジャンヌ」
「そう! テンマとプリメラ! ジャンヌは今回関係……ないことは無いけど、今は忘れていい」
「テンマ様とプリメラ様……正確には、テンマ様と妊娠しているプリメラ様! あれこそ、オオトリ家の幸せの象徴!」
「幸せ過ぎて、その周りにも癒しの効果を振りまく謎現象!」
「その癒しと幸せのオーラを、クリスさんは感じないというのですか!」
アムールとアウラは、久々で加減を忘れたかのようにクリスさんを煽りまくる。それはもう、クリスさんの変化に気が付かないほどに……
「プリメラ、ここにいるとお腹の子に悪影響が出そうだから、部屋に戻ろうか?」
「そう……ですね。クリスさんのお相手は、アムールとアウラお任せしましょう。ジャンヌ、まだ話し足りないので、一緒に来ませんか?」
「ご一緒させていただきます!」
俺とプリメラはジャンヌを連れて二階に避難し、これから起こるであろう争いから目を背けることにした。
そしてその後、思った通りクリスさんの怒りが爆発し、オオトリ家は久々の大賑わいとなるのだった。ちなみに、アウラは早々にクリスさんに捕まって制裁を受けたが、アムールは逃げたり反撃したりで時間を稼ぎ、じいちゃんの帰宅まで生き延びたのだった。なお、マリア様に言われてプリメラの様子を見に来たアイナもじいちゃんと同時に帰ってきたので、クリスさんたちは久々に三人揃って怒られたのだった。