第18章-16 量産機(試作機)
「ディンさん、この量産型どう思いますか?」
「あ~……何と言うか、中途半端だな。これなら普通のゴーレムをいつでも動ける状態にしたままで、バッグの中に入れておいた方が役に立ちそうだな。もしくは鎧をつけずに身軽にして、相手を邪魔することだけを目的とした捨て駒にするかだ」
量産型の作製から数日後、珍しく一人でやってきたディンさんにゴーレムのことを相談してみた。
ディンさんはゴーレムに関して専門外ではあるが戦闘と部隊運用のプロだけあって、量産型の使い道の一例をすぐに挙げた。ちなみに、量産型一号はディンさんに性能を確かめてもらった結果、勢いのついた袈裟切りを食らって鎧ごと真っ二つになってしまった。
「捨て駒ゴーレムもいいけど、バッグの容量のことを考えるとある程度の強さが欲しいな……量産型は要研究ということで、それまでは普通のゴーレムをいつでも動けるようにして待機させるか。ゴーレム用のバッグを用意しないと」
「用意しないと……で用意できるものではないんだけどな、普通は」
ここ最近はマジックバッグやディメンションバッグを作っていなかったが、汚れが目立ってきたりサモンス侯爵たち渡したりして数が少し減ったので、新しいバッグのついでにゴーレム専用のバッグも作ろうと決めた。
「ところで、ディンさんの目的は何ですか?」
ほとんどマリア様や王様の護衛でしか来ないディンさんが、たった一人で来るのは違和感しかなかった。まあ、気まぐれで遊びに来たと言う可能性も無きにしも非ずだろうが、遊びに来るだけが目的ならば、一人ではなくアイナと一緒に来るだろう。
「まあ、なんだ……ちょっとした確認に来ただけだ。テンマ、サンガ公爵家とサモンス侯爵家とハウスト辺境伯家にゴーレムを渡したな」
「何のことでしょうか?」
「三家が揃ってオオトリ家を訪問したそうだから、それを危険視する輩がいてな。三家だけではなく、王都の防衛の為にオオトリ家の持つゴーレムを徴収するべきだと改革派が騒いでいるのだ。それで面倒ではあるが、テンマと親しくてそれなりの地位を持つ俺が話を聞いてくることになってな」
ディンさんは、いかに改革派が面倒臭い存在なのかを話し始めたが、それは俺も嫌と言う程知っているので話を止めようと思ったが、ディンさんはストレス発散のつもりなのか、俺が止めても改革派の悪口を止めなかった。
「仮に……仮の話ですけど、俺が親しい人にゴーレムを貸したとして、何故それを理由に俺の持つ財産が徴収されないといけないのですか?」
「それは、確かにそうだが……あえて言うなら三家が王国を裏切った場合に備える為だな」
「馬鹿馬鹿しいですね。国防の緊急事態に味方であるはずの……しかも、前線に身を置いて国を守ろうとする人たちを疑うなんて……そんなにサンガ公爵たちが信じられないのなら、騒いでいる奴らが前線に立てばいいのに」
非常に残念なことだと演技をしながら言うと、ディンさんも大げさに頷いていた。
「ディンさん、俺は家庭を持ったばかりなのであまり王都を離れることは出来ませんが、王都に危険が迫れば喜んで力を貸すと王様に伝えてください」
「分かった。テンマの気持ちは陛下に伝えよう。ついでに、騒ぐならまずは自分たちが前線に立って戦えと言っていたとも」
俺を使って改革派に釘を刺すつもりのようで、正直言えば迷惑ではある。だが、先に喧嘩を売ってきたのはあちらだし、これを拒否しなかった場合、オオトリ家を前例として国民からの搾取を許してしまう可能性がある。
「流石に貴族と国民の間に大きな溝が出来てしまうと、帝国が攻め込む前に国が滅びかねませんからね」
「話を持ってきた俺が言うのもなんだが……被害者と言うよりは、加害者の悪人っぽい雰囲気だな」
「悪人ってそんな……俺はただ、王様を見習っただけですよ。厄介ごとを自分で片付けずに、俺に回そうとしているんですから」
政治的な問題を俺に押し付けている時点で、嫌味の一つや二つくらいは言われても仕方がないだろう。まあ、俺が文句を言いに行く前にマリア様に絞られていそうな気もするが……そうなっていても、遠慮せずに文句は言おう。多分、この状態で俺が文句を言いに行くまでが王様の計画だろう。もしかすると、シーザー様のかもしれないが……とりあえずいつものように、俺と王家は仲が良くてある意味対等なのだとアピールすればいいだろう。
「それじゃあ、俺は『お土産』の準備もありますので、王様の都合のいい日に呼んでくださいと伝えてください」
「了解した。それはマリア様に伝えよう。その方が何かとやりやすいだろう」
そう言ってディンさんは、楽しそうに帰って行った。
それから一週間後……
「お土産作戦は成功したかな?」
「改革派がどこまで深読みするかは分らぬが、けん制程度にはなったじゃろうな」
俺とじいちゃんは王様に呼ばれ、王城に遊びに行った。その際、ライデンに引かせた馬車にオオトリ家の旗を目立つように掲げながら来たので、王城に近づいただけで改革派に連絡が行ったはずだ。それに、遊びに来たと言っても、正式な手順を踏んで王様に面会できるようにしたので、その目的は王城にいる全員が知っていただろう。
「それに、マスタング子爵にもお土産を渡したから、すごい混乱しているかもしれないね」
王城に入ったところで、偶然来ていたマスタング子爵に会った俺は、これまた偶然持っていたお土産を皆の見ている前で渡したのだ。ちなみに、このお土産はジャンヌの用意したもので、以前ジャンヌの父親の話をしてもらった時のお礼として、旅行の最中に買い集めたもの(お菓子やお酒といったもの)らしい。
「これでアレックスたちがオオトリ家や中立派と組んでおり、改革派を怪しんでいると理解すればそう簡単には動かんじゃろう。もっとも、その分なりふり構わずに行動を起こすという恐れはあるがのう」
「それでも、今回のお土産が上手くいけば時間は稼げるはずだよ。それに、元から改革派は怪しかったからね。行動を起こしたとしたらそれは予定通りの動きということだし、王様たちもクーデターを起こすという前提で警戒しているみたいだしね。改革派に目を付けられている以上は、今日のお土産で出来た時間を使って、本当のお土産を作るだけだよ」
今日持ってきたお土産とは、大量の傷薬と大量のお菓子の詰め合わせだ。傷薬は人の目があるところで渡し、どのように使って欲しいかの希望を伝えたのだが、お菓子に関しては傷薬と一緒に黙って渡したので、中身を知らない人からすれば傷薬の一部かそれ以外のものに見えるだろう。
「まさか改革派も、傷薬と一緒に渡されたのがお菓子とは思わんじゃろうな。恐らくは、ゴーレムだと思うじゃろう」
傷薬は前に時間をかけて作った効果の高いものの他に、呼ばれるまでの間に大量生産した効果の低いものを渡した。効果の高いものは王様たちへのプレゼントだが、効果の低いものは一部を王城で保管し、残りの大半をオオトリ家からの正式な支援物資と言う形で戦場に送ってもらうのだ。
色々と目立つ存在ではあるが(一応)平民であるオオトリ家が支援をしたことで、それまで支援を渋っていた(もしくはケチっていた)貴族は、このままだと平民より見劣りする支援しかしなかったという悪評が経つ危険性が出てきたのだ。
その危険性に真っ先に気が付いたのはマスタング子爵で、すぐに追加で支援すると王様に明言した。マスタング爵は別に支援をケチったわけではないそうだが、一番に出した方が色々と旨味があると判断したそうだ。
マスタング子爵の発言により、中立派と王族派の貴族はすぐに追加の支援を決め、それに圧力をかけられる形で改革派も渋々ながら追加支援を決めていた。これで少しは改革派の力を削ぐことが出来るだろう。ちなみに、俺の渡したいい方の傷薬は、『消毒・解毒・止血・治癒力向上・体力回復』などの効果があるが、低い方は『消毒・解毒・止血』で、その効果もいい方の傷薬の半分以下になる。まあ、応急処置の薬として考えれば悪くはないし、何より比較的簡単に作れるので数を用意しやすい。ついでに言うと、お菓子の方は焼き菓子ばかりで保存しやすく、ナッツやドライフルーツを使っており栄養価も高いので、籠城の際の非常食にもなる。その時まで残っていればの話だが。
「それにしても、マスタング子爵もやり方が上手いのう。テンマがジャンヌのお土産を渡してきた事実を利用するつもりじゃろうな。アレックスたちよりも先に土産を渡され、テンマに続いて追加支援を決めたとなれば、噂しか知らぬ者からしたらオオトリ家とマスタング子爵家は懇意な間柄と見るじゃろうし、今回の戦争で勝利すれば、戦場に向かっていない貴族の中では確実に上位の功績を得るのは間違いないじゃろうな」
戦争なので負ければすべてを失うかもしれないが、勝てば投資以上の見返りが期待できる。それくらい一番に行動したというのは評価されやすい。例えそれがオオトリ家に次いでの話でも、貴族の中で一番だったら意味があるのだ。実際に、マスタング子爵が動いたから他の貴族も動いたという風にも見えるし。
「でもまあ、中立派の貴族で追加支援を決めたところは、何かあった場合に王族派に付くことが決まったようなものだしね。もしこれで改革派のクーデターが成功した場合、敵対行動とも言える動きをしたところが優遇されることは無いはずだからね」
改革派に長期的な懐柔策をとられた場合はどうなるか分からないけど、今の状況だと短期的な行動でしかクーデターは起こせそうにないから、そう簡単に寝返る中立派はいないはずだ。
「それじゃあ、帰ったら早速真のお土産づくりに取り掛かろうか。もちろん、じいちゃんにも手伝って貰うからね」
「わしにやれることは少ないじゃろうが、オオトリ家の為に頑張るとするかのう」
屋敷に戻った俺とじいちゃんは、帰って早々にお土産づくりに励むのだった。まあ、作りたい形のイメージははっきりしていたので、試作品は一日一個のペースで三種類も作ることが出来た。
「テンマ、ラニタンが……って、また人形が増えた」
製作から三日目。三つ目の試作品が出来たので休憩していると、アムールがラニさんの来訪を知らせに来た。恐らく、先週頼んでいたことの報告だろう。
「人形じゃなくてゴーレムな。それと、このゴーレムはラニさんにも秘密だぞ」
ラニさん……南部子爵家は王族派と言っていいとは思うけど、王様たちの盾となるゴーレムの情報は出来る限り秘密にしておく必要がある。
「分かった」
アムールとしても、王都でクーデターがあった場合でも南部は一番被害が少ないと見ているらしく、それならばマリア様たちの機嫌を損ねない方がいいと言っていたくらいなので、ラニさんにゴーレムの情報を漏らすようなことはしないだろう。
「済みません、お待たせしました」
「いえいえ、急に来たのはこちらですから、かまいません。それで、テンマさん発案の仕掛けですが……今のところ上手くいっています。行き過ぎているくらいです」
俺がラニさんに頼んだのは、改革派の領地……特にダラーム公爵の領地から物資を購入しまくるというものだ。まあ、ラニさん率いる南部の行商人たちが直接買いまくるとすぐに警戒されるので、ジェイ商会のジェイマンにも協力を要請して間に入ってもらい、ダラーム公爵領以外にも拠点となる仮店舗を作って武器や食料を買い集めて貰ったのだ。
新規に商売を始める為と言う理由で強引に商品を集めて貰ったが、店舗のある街に税金はちゃんと納めているし、税金とは別にその街の役人に賄賂を渡して見逃すように話をつけた。強引に商品を集めている表向きの理由として、帝国との戦争で物価が上がるのを見越して成り上る為ということにした。
役人には十分すぎる程の金を握らせたので、こちらの思惑通り武器や食料の買い集めの情報を握りつぶしたようで、今のところは順調に言っているとのことだ。ただ、中には賄賂を受け取りながらも怪しんでいる役人や、改革派がクーデターを起こすときに徴収すればいいと考えている役人もいるはずなので、店舗に残すのは品質の悪い武器や防具、それに日持ちのしない食料に宝飾品とし、使えるものはラニさんたちとジェイ商会が、オオトリ家や南部や辺境伯領などに運んで行った。
店舗で集める以外にも、ラニさんたちは農家や中小規模の村や町を回って、直接食料を集めて貰っている。こちらは店舗ほどの量は集まらないものの、店舗のように役人に目を付けられる心配が少ないのでやりやすいそうだ。
「装飾品はハウスト辺境伯たちに代金として用意してもらえばいいし、品質の悪いのや日持ちのしないものでも販売すれば店舗の実績となるから多少の目くらましになる。長期的に見れば問題だらけでも、短期的に見ればそれほど悪い方法ではないみたいだな。バレそうになったら夜逃げすればいいし、最悪でも撤退までにこちらが改革派と戦う為に使う食料や武器の備蓄を増やせればいいんだし」
その過程で、改革派の行動を鈍らせることが出来れば大成功と言う感じだ。
南部としても依頼料の代わりに武器や食料を得て、ジェイ商会は辺境伯領にいる王族派に恩を売ることが出来、他にも破棄することになるかもしれないが店舗の売り上げやダミーに使う商品の権利を渡している。オオトリ家は初期の費用や途中で不足した分の金銭を出しているが、割り当て分の食料や武具があるので大きな損にはなっていないし、このまま増えればほとんど回収できそうである。それに、辺境伯領の王族派に恩を売り、なおかつ安全を高める為の出費だと考えれば現時点でもプラスであるとも思える。
「ただ、下手をすると王族派からも警戒されるかもしれないから、オオトリ家の利益はマイナスでもかまわない。むしろ、大きく儲けそうならその分を辺境伯領に持って行ってもかまわないから、そのつもりでお願いします」
この作戦におけるオオトリ家の収益は俺よりもラニさんやジェイ商会の方が詳しいと思うし、実際にオオトリ家に割り当て分を持ってきているのもラニさんやジェイ商会なので、そちらにコントロールしてもらった方が確実だろう。
「了解しました。ジェイ商会とも相談して、オオトリ家の収益をコントロールします」
そう言うとラニさんは今回の割り当て分を置いたのち、オオトリ家を後にした。この後は辺境伯領の担当に商品を渡して、公爵領の方に戻るとのことだった。
「さてと……材料も増えたし、どれを王様たちのお土産にするかを選んで量産体制に入るとするか」
真のお土産として量産する予定のものは、アムールにも言った通りゴーレムで、三種類の試作品に共通させたのは、建物内で敵の邪魔をして足止めするというものだ。
まず初日に作ったのは、ディンさんに試してもらった量産型より少し小さく(百五十cmくらい)して、鎧を装着させずに体を鉄で作ったマネキンのようなゴーレムだ。
続いて二日目に作ったのは、初日よりもさらに小さくした(百cmくらい)ゴーレムだ。全体が小さくなった分手足も短くなり、全体が四角いので収納スペースも初日のものの半分以下になっている。
そして今日出来上がったのが、二日目とほぼ同じ大きさの四つ足のゴーレムだ。四つ足になった分機動力が上がったので、敵に突進して怯ませたり、怪我して動けない時の足代わりならないかと考えたのだ。この四つ足も、二日目のものと同じくらいの収納スペースで済む。
「ふむ……初日に作ったゴーレムはディンに壊されたものと大差がないように思えるのう。そうなると二日目と三日目のものじゃが……似ておるのは大きさだけで、方向性が大きく違うから比較しにくいのう」
俺もじいちゃんと同じ意見で、二日目か三日目のゴーレムがいいだろうと思ったが、どちらにするか迷っていた。
「こうなると、動かしてみて決めるしかないね」
両方作ってもいいが、そうすると数や性能が中途半端になるかもしれない。なので実際に動かしてみて、どちらの方が使いやすいか決めることにした。
「それじゃあ、スタートとゴールが俺の部屋の前で、階段を下りて玄関前で折り返し、そのまま階段を上がるコースでいいね。じいちゃんがスタート地点、ジャンヌが階段の上でプリメラが階段下、アウラが折り返し地点でゴーレムを観察。俺は四つ足と並走でアムールは二足と並走でよろしく」
他にも、念の為シロウマルとソロモンは屋敷の周りで誰かが監視していないかの警戒で、スラリンはシロウマルたちの仕事と実験中に来客が来た場合の対応頼んだ。そして、ジャンヌたちにはもしも二体のゴーレムが突っ込んだ時の為に、普段使用しているゴーレムを壁代わりにすることにした。
「それでは各自位置についたようじゃな。それでは、スタートじゃ!」
じいちゃんの合図で、二体のゴーレムが同時に走り出した。ただ、思った通り四つ足の方が足は速く、見る見るうちに二足との差が開きだした。だが、
「二足よりは速いけど、思ったほどじゃないな」
四つ足の速度は大体人の駆け足より少し早いくらいで、俺が想定していたよりもかなり遅かった。それに対し二足は人が歩くよりも少し早い程度であり、四つ足の半分くらいの速度だった。
「まあ、調整次第でもう少し速く出来るだろう。次は階段だな」
目の前に迫った階段とジャンヌに目をやり、どういう感じで階段を降りるのかと期待したところ、
「「あっ!」」
四つ足は階段の方に曲がることが出来ず、ジャンヌの盾として置いてあったゴーレムにぶつかった。そしてそのまま階段を転がり落ち、階段の中腹で足がもげた状態で壊れてしまった。
「テンマ、二足が行った!」
四つ足から遅れること数秒後、あっけにとられている間に今度は二足が階段にやってきた。
「よし、まがっ……あっ……」
四つ足の悲劇を見ていたせいか、アムールは自分が担当する二足が無事に階段の方へ曲がったのを見て、一瞬喜びの声を上げようとしたが……そのすぐ後で二足が階段を踏み外して転がるのを見て絶句した。まあ、絶句したのは俺とジャンヌ、それに階段の下から見守っていたプリメラもだけど。
「二つとも失敗……いや、違う!」
階段を転げ落ちて四つ足のように再起不能になったと思われた二足は、転がって落ちた際に階段の欄干を壊したものの、大きく壊れた様子もなくそのまま立ち上がって残り半分となった階段を降りて行った。まあ、またもや最初の一歩目で足を踏み外して下まで転がり落ちたけれども……それでも動きを止めることなくアウラの居る折り返し地点を回り、階段を這うようにして登ってきた。そして、
「二足、ゴールじゃ!」
最初よりも速度が落ちていたものの二度の転落を乗り越え、無事とは言えないが何とかゴールにたどり着いたのだった。