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第18章-5 結婚式 夜の部その2

5月10日に書籍版『異世界転生の冒険者』の11巻が発売されました。

今後とも、応援よろしくお願いします。

「ケリーもガンツ親方も、俺の結婚式で問題を起こさないでくれよ。それじゃあ、俺はこれで」


 絶対に面倒事に巻き込まれるのは嫌だと思い、軽く注意だけしてこの場から逃げ出そうとしたが……ケリーには回り込まれ、ガンツ親方には肩を掴まれて逃走に失敗した。


「テンマ、こいつに言ってやってくれ。ストーカーは犯罪だぞって」


「えっ? ……いだっ!」


 「ガンツ親方がケリーのストーカーに!」……などという考えが顔に出たのか、俺の肩を掴んでいるガンツ親方の手に力が入り、骨が砕けるかと思う程の傷みが走った。


「まあ、私にも絡んでくるから同じようなものだけど、もっと被害にあっているのは私の姉の方だ!」


 「何だって―――!」と大げさに反応すると、それまで遠巻きに見ていたジンとガラットと、女性ドワーフたちが近づいてきた。


「誰を呼んだところで逃がすつもりは無いから、大人しく話を聞きな」


 ジンたちが寄ってきたことでガンツ親方の注意が散漫になり、肩を掴んでいた力が弱くなったので今度こそ逃げ出そうとしたがケリーには通用せず、単に俺を捕まえる人が変わっただけの結果に終わった。

 こうなると諦めるしか道は無いので、大人しくケリーの話を聞くことになったが……聞き終えて思ったことは、ケリーの言い分は多少大げさになってはいるものの、概ね言っていることは正しいというものだった。


「ガンツ親方、今すぐにでも謝りに行けば? 一度では無理だと思うけど、やらないよりはましだと思うよ?」

「そうだぜ、親方」

「さっさと謝っちまった方がいいと思うぞ」


 ジンとガラットも俺と同じことを考えたようで、ガンツ親方の話を聞く前にケリーの味方に付くことにした。

 ケリーの話によると、ガンツ親方の別れた奥さんはケリーの姉(実際は別れておらず、ケリーがそう言っているだけ)だそうで、ガンツ親方はケリーに奥さんの様子をしつこく聞いていたのだそうだ。ちなみに、何故奥さんがガンツ親方のところから出て行ったのかと言うと、大酒飲みで気が乗らない仕事は頑として断るくせに、気に入った仕事の時は何日も家に帰らずに仕事場に籠りっきりになる親方に嫌気がさしたからだそうだ。ただ、離婚したいのなら三行半でも突きつけるくらいはしてもいいと思うがそう言った事実は無いようなので、ケリーの言葉を全て鵜吞みにするわけにはいかないが……それでもケリーの方に分があるように思えるし、周囲で聞き耳を立てている傍観者(特に女性たち)の雰囲気はほぼケリーの味方なので、ガンツ親方の肩を持つような発言をして敵認定されることは避ける為にも、俺たちはガンツ親方を説得するという形でどちらの陣営なのかを証明したのだ。

 しかし、俺たちの発言はケリーにとって中途半端……八方美人的な発言に聞こえたそうで睨みつけられたが、俺にとってケリーは友人でありガンツ親方は何度か世話になった人ではあるが、ケリーのお姉さんは他人と言っていいくらいの間柄なので、これが限界と言う感じだった。ただし、


「ケリー、お姉さんはガンツ親方と別れたいと言っていたのか?」

「いや……そうはいっていなかったけど……」

「だったら、一度ケリーがお姉さんの本音を聞き出した方がいいと思うぞ。その結果、お姉さんが別れたいというのなら、俺が王様にお姉さんとガンツ親方のことを相談してもいい」


 ケリーとガンツ親方が活動している場所は王族の直轄地なので、そこで有名な鍛冶師として活躍している二人に問題が起こっているという形で報告してもいいと伝えた。王様を利用するのは最後の手であり最悪の手ではあるが、確実に離婚することができるだろう。まあ、その結果として俺と親方の縁は切れるだろうが、ケリーのお姉さんが本気で離婚を望み、親方は反対するけど行動を起こさないままだというのなら、それも仕方がないかと思ってしまったのだ。

 虎の威を借る狐のような発言だが、流石の二人も今は酒が入って少し自制が効かない状態なだけだろうし、お姉さんの行動も少しおかしなところがある気がするので、この話は冷静になった状態でお姉さんを交えて話す必要があるだろう。なので、王様の名前を出せばこれ以上騒ぐことは無いはずだ。


「だから、ケリーは一度お姉さんと話し合え。そしてその結果を正確にガンツ親方に伝えるんだ。ガンツ親方も、話はそれからでいいですね?」


 元々俺には関係のない話なので、多少強引に話をまとめて後は二人(とケリーのお姉さん)に任せるしかない。二人が黙って考え込んだ隙に、俺はこの場をこっそりと離れた。ついでにと言った感じでジンとガラットもついてきたが、少し離れると酒が置いてあるテーブルに向かって行った。

 その次に向かったのは、何故か疲れ切った様子のマルクスさんとアンリ、そしてそんな二人とは対照的に、デザートをおいしそうにつまんでいるセルナさんたちの居るところだ。


「こんばんは、セルナさん。楽しんでいますか?」


 疲れ切っている二人への挨拶は後にして、先にセルナさんに声をかけた。


「はい。私たちの時も美味しいデザートが沢山でしたけど、今日は()()というだけあって、あの時よりも種類が豊富で楽しいです」


 別にセルナさんの結婚式を俺とプリメラの予行練習に使ったつもりは無いが、結果的にはセルナさんの結婚式とアルバートの結婚式の経験を活かした形なので、あながち間違いとは言えない。


「セルナ、その言い方は知らない人に色々と誤解されるからやめなさい」


 セルナさんの言っているのは文句ではなく、俺をからかっているだけだと分かるので別にかまわないと思うが、この結婚式には平民の俺だけでなくプリメラと公爵家も関わっているので、場合によっては不敬罪と問われてもおかしくない発言ではある。まあ、セルナさんは俺の関係者ということはよく知られているので特に問題視されることは無いと思うが、マルクスさんとしては冷や汗ものの発言だろう。何故なら、マルクスさんはグンジョー市議会の会計という役職(前に会った時よりも出世した)に就いているので、いわばサンガ公爵家と言う大会社の傘下であるグンジョー市議会と言う名の子会社の役員みたいなものなのだ。親会社の悪口を言って自分が罰せられるだけならいいが、グンジョー市議会にまで迷惑が掛かっては大変だというところだろう。


「そこまで心配しなくても大丈夫ですよ。セルナさんの言っていることに大きな間違いはありませんから。ただ、小さな間違いとしては、俺とプリメラの結婚式の予行練習はセルナの時ではなくて、アルバートの時ですから」


 アルバートとエルザの結婚式で貴族にも受けがいい料理が分かったし、何よりもやらない方がいいイベント(ゴンドラでの登場)がはっきりしたのは大きかった。


「私の立場的に、『そうですか、安心しました』とは言えないのですけど」


「公爵家の人たちはそれくらいで腹を立てたりしませんから、セルナさんのようにもう少し気楽にしていてもいいと思いますけどね。ところで、何でアンリはあれほど疲れているんですか?」


 セルナさんはどことなくマーサおばさんや『満腹亭』のおかみさんに近い雰囲気があるので、将来肝っ玉母ちゃんみたいになってアンリを尻に敷くだろう。案外、マリア様とも気が合うかもしれない。

 そんなセルナさんに対し尻に敷かれる(予定の)アンリは、マルクスさんより疲れた様子で椅子に腰かけていた。


「それは、まあ……流石にテンマさん側の招待客が、あんなに大物ばかりとは思いもしませんでしたから、末席とはいえあそこまで近いところに座れば当然ですよ。むしろ、けろりとしているセルナの方がおかしいと思います」


 プリメラ側の招待客に貴族が多いのは予想していたらしいが、俺の方にまで(色々と)濃い面子が集まるとは思っていなかったそうだ。いくら公爵家のプリメラが相手とは言え、自分たちが呼ばれるくらいだからもっとこじんまりとしたものだと思っていたらしい。

 しかし、実際には王族の全員が参加した上に、王国でも上から数えた方が早いというくらいの有名貴族が集まり、さらには数少ない平民の招待客ということで、公爵家側の招待客(王族とサモンス侯爵家とリオンを除く)からかなり注目されたそうだ。おまけに、俺とマルクスさんの関係を知るマリア様と王様から直々に声をかけられるという、普通では考えられないことまで起こったらしい。その際、マルクスさんとアンリは緊張しすぎて意識が飛びそうになったそうだが、セルナさんは割と平気だったそうだ。本人の資質もあるだろうが、こう言った時はもしかすると女性の方が肝が据わるのかもしれない。


「それは、何と言うか……夜の方にだけ参加してもらった方がよかったかもしれませんね」


「いえ、それはそれで問題があったかもしれません。対外的に、テンマさんはセルナの命の恩人であり元主となっていますし、何より結婚式の時にお世話になっています。その縁で招待状が来た以上は、何があっても参加するべきなのです。それに、私が議会の会計に出世できたのも、テンマさんとの縁が関係していると思われますので」


 グンジョー市のような規模の街になると、議会などの役職にはほとんどと言っていいくらい貴族の関係者がなるそうで、補佐とは言え後ろ盾の無いマルクスさんが役職に就いていたのは本当に珍しいことなのだそうだ。そこからさらに上の役職に昇進したのは、サンガ公爵と親しい俺と知り合いだということが強く関係しているだろうとのことだった。もちろん、出世はマルクスさんの才能と努力があったことが大前提ではあるだろうが、俺と知り合いということが決め手になったことは間違いないだろう。何せ、俺自身が王国でトップクラスの冒険者と言う評価を受けている割には交友関係が狭いので、何かあった時にマルクスさんの存在は俺との懸け橋になるかもしれないのだ。そのことから、半分とは言え結婚式の招待を断るということは、自ら俺との関係がそこまで深いものではないと証明することになりかねないのだろう。


「美味しいものを沢山用意しているので、思いっきり楽しんでください。多少羽目を外したとしても、ここにいる人たちはほとんど気にしないと思いますから」


 絶対とは言い切れないが、確実にマルクスさんたちよりも羽目を外しそうなのが何人もいるので、もう少しリラックスして楽しんでくれとしか俺には言えなかった。


 マルクスさんたちの後も、俺はなるべく参加者全員に声をかけるように心がけていたが……そのほとんどは俺が気にしなくても思い思いに酒と料理を楽しんでいて、マルクスさんとアンリとは正反対と言った様子だった。


「テンマ、そっちは鬼門。嫉妬の鬼がいる」


 他に回っていないところは? と話していない相手を探しながら歩いていると、どこからかアムールがやって来て俺をある場所から遠ざけようとしてきた。


「嫉妬の鬼……ああ、なるほど」


 アムールの言う嫉妬の鬼ことクリスさんは、一人黙々と肉料理を頬張っていた。


「クリスは同年代のアイナに先を越された上に、あわよくばと狙っていたテンマはプリメラと結婚したから、行き場のない怒りを単価の高い肉を食い漁ることで晴らしているに違いない」


 失礼なことを言っているなと思ったが……確かに怒りをぶつけていると思えるくらいの食べっぷりなのは間違いない。あと、単価の高いものを狙い撃ちしているところも。


「そう言えば、サナねえは先に部屋に戻るって言ってた。ヨシツネが昼間にはしゃぎ過ぎたせいで限界だって」


 昼間にブーケをゲットできたことでヨシツネはずっとはしゃいでおり、夜の部が始まって食事をしたらすぐに舟をこぎ始めたそうだ。

 基本的に夜の部の参加者は、それぞれが自分で宿を取っている(テイマーズギルドや『暁の剣』など)か自宅、もしくは王都の別邸(ククリ村の人たちやサンガ公爵たち)があるが、王都に来た時はオオトリ家を利用しているハナさんやブランカたち、それに王都に慣れていないマルクスさんたちは家に泊まることになっているのだ。まあ、どうせ今日は夜遅くまで飲むだろうから、ほとんどが適当なところで眠ると思われるが……念の為、女性陣や貴族用(アルバート、カイン、リオンを除く)に部屋の準備はしているので、つぶれそうだったり寝落ちしそうな人には注意しておいた方がいいだろう。


「それと、テンマを呼んでくるように頼まれた」


 ハナさんにでも頼まれたのかと思い、アムールの指差す方を見ると……


「お義母さんたちに?」


 義理の母となったオリビアさんたちがいた。その近くにはプリメラやサンガ公爵、アルバートにエリザとじいちゃんもいるので、両家の家族で話があるということだろう。アムールが何故あそこにいたのかは気になるが、目的を果たした後は料理の置いてあるテーブルに向かって行ったので理由を聞くことはできなかった。


「お義母さん方、どうかしました……か?」


 急ぎ足で向かい、一番近くにいたオリビアさんに声をかけたところ、場の雰囲気が悪いことに気が付いた。もっと詳しく言うと、不機嫌そうな女性陣の近くでその様子を顔色の悪いサンガ公爵とアルバートがうかがっていて、じいちゃんは我関せずと言った感じでお茶を飲んでいる感じだ。

 これだけで二人に何か原因があったと分かるが、何が原因なのか分からない以上は誰かが教えてくれるのを待つしかなかった。ここで下手に口を出せば、俺もあの二人の横に並ぶことになるかもしれないし。


「え~っと、何があったか聞かせてもらってもいいですか?」


 とりあえずこの場で一番怒っているみたいだったオリビアさんに声をかけたところ、


「ちょっとこの人とアルバートが信じられないような発言をしてしまって……テンマさんを呼んで貰ったのは、ちょっとした確認がしたかったからなのよ」


 と言われ、「もしかすると不愉快に思うかもしれないけれどいいかしら?」と確認を取られた。何が不愉快に思うのかは分からないが、了承しないと先に進まないので頷いた。そして続けられたのは、


「この人、プリメラとテンマさんの子供が男の子だったら、自分が色々なことを教えたいと言って、それを聞いたアルバートもやりたいと言ってね」


 一瞬、それのどこがいけなかったのだろうと思ったが、視界の隅で必死にプリメラが首を横に振っているのが見えて、何がいけないのかを聞く前に自分で少し考えた。そして、何がいけないのかを聞くということが、とても()()()()()だということに気が付いた。そこで、


「俺とプリメラの子が男の子だろうが女の子だろうが我が家の跡継ぎである以上、教育は自分とプリメラが主体となって行います。色々なことで相談はすると思いますが、全てを()()に任せることは望みません」


 と、すぐに宣言した。俺の言葉を聞いてお義母さんたちは満足そうに頷き、プリメラとエリザはホッとしたような表情を見せていた。

 もしここで何も考えずに理由を聞いていた場合、お義母さんたちの俺の評価は一気に下がっていたことだろう。何せ、俺の子供の教育を()()()が行い、それを()()()()も手伝うということに同意するような発言をしたと思われると、俺がサンガ公爵の孫を使って公爵家を乗っ取ろうとしているのではないかと言う疑念が生まれるからだ。

 たとえそれが、酒の席での失言であり外に漏れることが無い話だとしても、それがオオトリ家とサンガ公爵家の争いの基にならないとは限らないのだ。

 これが普通の平民相手の話なら笑い話か平民側を処罰して終わりだが、質の悪いことにオオトリ家(プリメラ)の子供なら、平民ではあっても妄想で終わらない可能性が高いのだ。戦力的にも政治的にも血筋的にも。


「サンガ公爵様、そう言った話は酒の席でも困りますよ。オオトリ家の子供には、公爵家の継承権を与えたくないと言ったじゃないですか。孫を可愛がってくれるというのは嬉しいですが、それとこれとは別の話です。そしてアルバート。お前は真っ先に注意するべき立場の人間だろ? どんな思惑があるのか知らないけど、エリザに愛想を尽かされないようにしろよ。場合によっては、俺もアルバートとの付き合い方を考え直さないといけなくなるからな」


 サンガ公爵の方は、酒の席でまだ姿形もない孫に対し爺馬鹿を発動させたというところだろうが、アルバートに関してはオオトリ家を少しでも取り込もうとか、俺の子供を公爵家の家臣として入れようとか考えていたかもしれない。もしその考えが大間違いだったとしても、エリザは『自分の子供ではなく、プリメラの子を公爵家の跡取りにするのではないか?』と感じたかもしれない……と言うか、感じていてもおかしくない。


「テンマさん、私はお義母様方と公爵家のことで少し話し合わないといけないことができましたから、申し訳ありませんけど少し席を外してくださるかしら?」


 俺が呼ばれた用事は終わったということらしく、エリザに退席するように頼まれた。まあ、表面的には頼んでいるように聞こえるが、実際は次期公爵夫人からの命令だと思った方がいいだろう。エリザの命令を聞かなければいけない立場ではないものの、逆らってここに居続ける意味は無いし興味を持っているように思われるのも悪手となりそうなので、ここは大人しくプリメラとじいちゃんを連れて離れることにした。


「それとテンマさん。どうやらサモンス侯爵様とハウスト辺境伯様にご迷惑をかけてしまったようなので、後ほどお礼を言わせてほしいと伝えてもらえませんか?」


 エリザに言われて気が付いたが、俺たちが集まっているところは不自然なほど人が近づいてこなかった。皆が気を使ったのもあるのだろうが、その前に侯爵と辺境伯が根回ししたということだろう。


「了解、義姉さん。義兄さんのしつけは念入りに頼んだ」


「お母様、お父様の方もお願いします」


 いつもとは違う呼び方でエリザに返事をすると、怒りの混じった声で「任せなさい!」と返ってきた。お義母さんたちも同じような声でプリメラに返事をしていた。もしあの時返答を間違えていたとしたら、もしかすると俺もあそこに並ぶことになっていたかもしれないと思うと、背中に冷たい汗が流れたが……それでも、今回の公爵とアルバートの失態は同情できるものではないだろう。


「サモンス侯爵、ハウスト辺境伯、気を使っていただきありがとうございます」


 プリメラと共に礼を言いに行くと、侯爵と辺境伯は屋敷の裏に連れて行かれているサンガ公爵を見ながら、


「いや、一応周囲の方々に声はかけましたが、私たちが言うまでもなく皆さんは近づこうとはしませんでしたから」

「陛下がよく来るからか、皆厄介そうな話には敏感なようだ」


 そう言って笑っていた。


「そう言えば、テンマ殿に私の妻をちゃんと紹介していませんでしたね」

 

 そう言ってサモンス侯爵は、エディリアさんと楽しげに話していた女性を呼び寄せた。


「妻のルチルです」


「ルチル・フォン・サモンスと言います。息子()()がご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 ルチルと名乗った小柄な女性は申し訳なさそうに頭を下げたが、その状態で俺のことを観察しているようだ。こう言っては何だが、どことなく信用できない感じがする。そう思っていると、


「母さん、テンマに対してそれは悪手だから」

 

 カインがやって来て、ルチルさんに注意していた。サモンス侯爵も止めようとしていたみたいだが、カインの方が早かったようだ。


「大方、ゲイリーがやらかしたことや僕が迷惑をかけていることを内心でどう思っているのか探ろうとしたんだろうけど、テンマは貴族じゃないんだから逆に心象が悪くなるだけだからね。そんなことするよりも、普通に謝罪するだけで大丈夫だから……多分」


「カイン、そこは言い切ってくれ」


 カインの言葉でルチルさんは顔を上げたが、今度は俺の顔をじっと見ていた。


「だから、カインはそれを止めなさいと言っているのだ」


 今度はサモンス侯爵が止めに入り、ようやくルチルさんから感じていた嫌な雰囲気は収まった。


「ごめんね、テンマ。母さんは計算高いと言うか腹黒いと言うか、どうすれば相手から利益を引き出せるかを調べる癖があってね」


「カイン、それだとルチルの人格が疑われてしまうぞ。テンマ殿、気を悪くしたかもしれないが、妻は我が家の中でも特に貴族らしい性格をしていると言うか……互いに協力し、双方が成長するのが理想の形だと思っているところがあって……」


「要は、『私はあなたを利用しますから、あなたも私を利用してください。それで双方に儲けが出るのなら、いいお友達になれますよね?』……って感じだよ」


「カイン、私は確かに最初はそれで相手を選びますが、付き合いができてからは例え利益が出なくとも、私を裏切らない限りは仲良くしますよ」


 カインの説明を聞いたルチルさんは、心外だと言った様子で修正を加えた。カインの説明だけでは、あまり付き合いたくないように思えるが、ルチルさんの追加情報を聞くと言いたいことが理解できた……と言うか、割と俺に近い考え方のようにも思える。


「貴族的と言うか、商売人や冒険者のような考え方に近いみたいですね」


「ええ、私の実家は商人から成りあがった貴族ですので、そう言った考えに近いところがあるのです」


 ルチルさんの言う通りなら、カインやサモンス侯爵と同じような感じで接すれば問題は無いように思える。ただ、付き合い云々関係なしに、俺には知りたいことがあった。それは、


「それで、どうすれば俺から利益を引き出せそうですか?」


 俺の利用方法だった。そして、俺に与える利益も気になるところだ。


「そうですね……無理に引き出そうとしなくても、カインが懇意にしているだけでかなりの利益が舞い込んでくると思います。例を挙げるとすれば、数年前に辺境伯領でカインがワイバーン討伐のおこぼれに与ったと言った感じでしょうか? あのおかげでカインは多少とはいえ名を上げましたし、ひいては侯爵家の為にもなりましたから……ただ、利益還元と言う意味では何も返せていませんので、心苦しい限りですが……」


 あの時は、いつでも助けに入れるように気をかけていたとはいえ、助ける前にアルバートとリオンと共にワイバーンを倒していたので、大分苦戦したとはいえ三人の実力勝ちと言っていいだろう。俺の利益に関しては、ルチルさんは返せていないと口では言っているが、何かとカインとサモンス侯爵が貴族に関することで力や知恵を貸してくれているということに気が付いているだろう。だから、俺はルチルさんが謙遜しているのだと思ったのだが、


「かなり失礼なことをしでかしたゲイリーの命を二度も助けていただいた件もありますので、やはりどう考えても返し足りませんね」


 とのことだった。


「確かにそう言われてみると、母さんの言う通りだね。あの事件のおかげで、大分ゲイリーの矯正ができたしね。あのまま変わらなかったら、近い将来病気ということにして領地に引きこもらせることもありえたし」


「そうなのよね。あの時すぐに和解できたからいいものの、できていなかったら今この場にいなかったかでしょうし、王家の心象もかなり悪くなったと思うのよね……表には出さないでしょうけど」


 あの時は俺と王家の関係が薄かったとはいえ、俺との前にゲイリーは助けに入ったじいちゃんに対して失礼な態度を取ったそうだし、それがなくとも王家の直轄地で冒険者(おれ)から龍の幼体(ソロモン)を奪い取ろうとしたのだ。表面上は侯爵家に気を使っても、内心で評価はマイナスになっていたとしてもおかしくはない。


「ある意味、ゲイリーが作った縁と言うわけですな。とても複雑ですが……」


 カイン、ルチルさん、サモンス侯爵は、自分で言った言葉で気持ちが沈んだのか、三人揃って暗い雰囲気になった。

 しかし、これに関して俺が言えることはなさそうなので、このまま自然に回復するまで待つしかない……と、思っていたら、


「それくらいどうということは無いだろう。最初は悪縁だったかもしれんが、今はいい付き合いが出来ているのだ。俺からすると、実際に苦労しなかっただけでも羨ましいくらいだ」


 ハウスト辺境伯が、呆れた様子で口を挿んできた。確かに、関係者がやらかしたというところは同じだが、ゲイリーとの出会いは最悪で今も付き合いは無いが、侯爵家としてはサモンス侯爵とはテイマー同士ということですぐに親しくなったし、カインとはリオンのストーカー事件の少し後から親友と言っていいくらいの付き合いをしている。

 そんなサモンス侯爵家に対し、ハウスト辺境伯家とはリオンを除いて長い間没交渉だった。それどころか世間では、俺と辺境伯家の仲は最悪であり、ハウスト辺境伯を殺したいほど憎んでいるのではないかとまで噂されていたのだ。まあ、半分……と言うか、あの事件の後は本当に殺してやろうかくらいは思っていた。しかし、旅を続けているうちにそこまでの恨みは無くなり、仕方ない部分もあったと思えるようにはなっていたが、それでも仲よくしようとは思えなかったのは確かだ。辺境伯家の運営が大きく傾いたと知った時も、自業自得だくらいにしか思わなかったし。


「あの時は何とかぎりぎりで踏み止まることができ、そのわずかな余裕の隙を突いてリオンがテンマと縁を結べたからよかったものの……もしリオンが失敗していたら、本気で辺境伯の地位と土地を手放さなければならないところだった」


 ハウスト辺境伯の言葉で、サモンス侯爵家の三人の雰囲気が元に戻りつつあったが、その代わり今度は辺境伯が遠い目をしながら暗い雰囲気を纏い始めていた。

 その後、避難していたじいちゃんやプリメラ、それに空気を読めないリオンのおかげで、場の雰囲気はだいぶ良くなったが……その間もサンガ公爵家は話し合いが続き、ついには一応決めていた終了時間になっても、サンガ公爵とアルバートが解放されることは無く、二次会にも姿を現すことは無かった。何故かエリザとお義母さんたちは、揃って楽しそうに参加していたけれど……もしかしたら、俺とプリメラが離脱した後で参加したかもしれないが、少なくとも俺とプリメラは二人の姿を見ていない。


 そして次の日。


「ようテンマ、昨日はお楽しみだったようだな!」


 昼近くに起きてきた俺とプリメラを見たリオン(とその他大勢)が、からかうように声をかけてきたが……


「聞き耳立てて様子を窺いそうな変態が大勢いる時に、そう言うことをするわけがないだろ?」


 と返すと、その場にいた女性陣からリオンたちは白い目で見られたのだった。


「おらんかったらするつもりだったのじゃな」

「そら、新婚夫婦なんやから当然やろな。テンマはよう我慢したと思うで。手を出しても何の問題もない別嬪さんが横におったのに、何もせずに一夜を共にしたんやから」


 などと小声で話している一人と一匹がいたが、何も聞こえないふりをした。ちなみに、隣にいたプリメラは最初のリオンの言葉には軽蔑したような視線を向けていたが、その後のじいちゃんとナミタロウの会話で顔を真っ赤にし、どこかへ逃げて行った。

 なお、どこかへと連れて行かれ姿の見えなくなっていたサンガ公爵とアルバートは、その後無事に発見された。何故かジュウベエたちの小屋で寝ているところを。

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― 新着の感想 ―
[一言] 新郎に離婚問題の意見を聞くとか失言のオンパレードはなんだかなと思った。むしろやけ食い姉さんのが結婚式の場では健全か、いや最後は酒に飲まれそうだな。
[一言] 防音結界な魔法とか無いんか~(目反らし
[良い点] 単行本新刊発売おめでとうございます。 [気になる点] クリスのオチがない、そこはあって欲しかった。 [一言] ええ…初夜なのに何もなし…どころか覗き見しようとしていた連中が大勢って…。マジ…
感想一覧
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