第18章-4 結婚式 夜の部その1
書籍の方の作業が入ったので、いつもより短いです。
「ほな、新郎と新婦の登場やで~」
屋敷に戻ると俺とプリメラはそれぞれ控室となっていた部屋に押し込まれ、用意されていた衣装に着替えさせられた。そして、何故か司会をやっているナミタロウの合図で挙式会場となっている庭に出た。
「神父役はスラリンや! テンマとプリメラはスラリンの誓いの言葉……は無理やから、合図で口づけや! ほら、さっさと位置につかんかい!」
ナミタロウは酔っているのかと疑ってしまうくらい、いつもよりテンションが高かった。しかも、参加者の皆もナミタロウの悪ふざけに乗っかって、思い思いに茶化してくる。
この流れに乗るのは嫌だったので、どうにかして逃れることは出来ないかと思ったが、
「スラリンがすごいやる気だ……」
スラリンは付け髭と思われるものを体の中心辺りに付け、さらに黒いハットをかぶって待機していた。
「なんだか神父様と言うよりは、球体の神々しいものと言った感じですね」
神父役と言っている割には俺たちよりも高い台の上におり、しかも背後からかがり火の明かりが当たっているせいで、神父と言うよりは『正体不明の神々しい物体』に見えるのだ。
そんな神々しいスラリンを見ていると、何故か逃れようとしていた気持ちが薄れ、気が付くと俺とプリメラはスラリンの前に立っていた。
ここまで来るとキスしないわけにはいかないが、特に調子に乗り始めた奴らのせいでなかなか覚悟が決まらない。なので、その調子に乗っている二人の責任者に視線を送った。
「ぐおっ!」
そうすると、すぐに静かになった。ちなみに、調子に乗っていたのはジンとリオンで、ジンはメナスとリーナに頭と腰を殴られ、リオンはハウスト辺境伯に拳骨を食らわせられて悲鳴を上げることが出来ないくらいのダメージを受けていた。なお、俺がリオンの責任者と言うことで視線を送ったのは(いつもの癖で)アルバートとカインだったが、二人が動くよりも先に辺境伯が動いたのだ。
「はい、皆さん拍手~! ほな、無事に夫婦のお披露目も終わったところで、パーティーの時間やで~! 思いっきり……食えや飲めや騒げやーーー!」
特に騒いでいた二人が武力で黙らされたのを見て、多少騒いでいた人たちも静かになった。その間に俺とプリメラがキスをすると、それを合図に司会のナミタロウがパーティーの開始を宣言した。パーティーが始まると参加者の行動は二通りに分かれ、俺とプリメラは身動きが出来ないくらいに囲まれてしまったのだった。
俺とプリメラを囲んでいるのはククリ村の人たちで、皆泣いたり喜んだりと興奮しながら同時にしゃべるので、あまり聞き取ることが出来ずに返事も出来ない。ただ、その中で何度も繰り返されているのは、『よかった』『おめでとう』『嬉しい』『リカルド』『シーリア』と言ったもので、皆が喜んだり父さん母さんを思い出しているのは分かった。なお、もう一つの行動は食事で、こちらは教会での挙式に参加した人たちが中心になっていた。
ちなみに、教会と我が家での挙式に参加しているのは、オオトリ家側は王様とマリア様、ディンさんとクリスさんを除いた近衛隊、マスタング子爵以外で、公爵家側からはサンガ公爵家とサモンス侯爵家とリオンだ。
我が家での方はククリ村の人たちが中心になるので、サルサーモ伯爵家とカリオストロ伯爵家には遠慮してもらった。その二家とは違い王様たち(正確には王様とマリア様とライル様)はククリ村の人たちと面識があるしそれなりに親しいのだが、それぞれ職務があるので流石に揃って丸一日空けることは出来ないそうだ。その代わりと言っては何だが、ティーダとルナ、そして二人の保護者としてアーネスト様は参加することになった。
「ひどい目にあった……」
俺はククリ村の皆にもみくちゃにされた後で、何故か十分以上も胴上げされたのだった。しかも、最後の方はジンたちも参加してきて、調子に乗って俺を池に放り込もうとしたのだった。まあ、放り込まれる直前で宙に浮かんで脱出し、俺の代わりにリオンとジンを池に沈めたが……他の参加者は二人が犠牲になっている間に池のそばから離れたので、その二人しか仕留めることは出来なかった。
「お疲れ様です。私の方は質問攻めにあっただけでしたけど……」
「まあ、あそこまでが村の風習じゃからな。リカルドの時はすごかったそうじゃぞ。何でも、ヤギの寝床に投げ込まれたそうじゃからな。廃棄予定の汚れた枯草の中に……の」
「そこまで行くとやり過ぎなのでは?」
「父さんが暴れまわった光景が目に浮かぶ……」
何でもククリ村では、新郎(まれに新婦も)を担いで村中を練り歩き、最後にどこかに捨てるという謎の儀式があったそうだ。捨てる場所はその時々によって変わり、担ぐ人たちが事前に決めていたり直前になって決めたりと予想が出来ないそうで、じいちゃんが知る中で一番軽いのが新婦と一緒にベッドに放り投げるというもので、一番ひどいのが肥溜めに向かって投げるというものだったらしい。なお、肥溜めに投げられたのはマークおじさんで、主犯格の父さんが自分の時の恨みを晴らそうとしたもののギリギリのところで母さんに力ずくで阻止されたので、未遂で終わった(ただし、少しだけ汚れた)とのことだ。
「父さんとおじさんのことを考えると、池は可愛い過ぎる部類か……だからと言って、投げ込まれたくはないけど」
ずぶぬれの状態でガラットとメナスにいじられているジンと、ずぶぬれの状態で庭の隅で正座させられているリオンを見ながら呟くと、プリメラは苦笑いしながら頷いていた。
「そろそろリオンに助け舟を出すとするかのう。いくら主役のテンマにいたずらしようとしたからと言っても、あれくらいのことで腹を立てる者はここにはおらぬのじゃ。辺境伯は、少し意識しすぎじゃな」
ハウスト辺境伯のこれまでの対応と俺が無事に皆と再会したことで、ククリ村の人たちとの間に過去のことで遺恨はほぼ残ってはいないが、それでも王様やサンガ公爵ほど良好であるとは言えない仲だ。その為、リオンに対してあのように厳しくしているのかもしれないが、ククリ村の人たちとリオンの仲は良好なので、やり過ぎると逆効果となりかねない。
そう言った理由から、じいちゃんはこの辺りで辺境伯とリオンの間に入ることにしたのだろう。リオンが正座させられているくらいなら我が家では割とよく見られる光景なので、今なら笑い話としてお酒の席での話題を提供したという感じになるしな。
じいちゃんが辺境伯に話しかけると、辺境伯は俺の方を向いて目が合うと頭を下げてきた。そしてじいちゃんにも頭を下げると、ようやくリオンが立ち上がった……が、足が痺れていたようで派手に転んでいた。それを見ていた周囲からは笑い声が起こったので、この光景しか知らない人からすれば、ハウスト辺境伯家とククリ村の関係者の間に因縁があったなど信じられないだろう。
「ところで、お酒を注いだりあいさつに回ったりしなくてもいいのでしょうか?」
最初にもみくちゃにされたが、その後はほったらかしになっているのが気になったのか、プリメラが心配そうに聞いてきた。
「ああ、別に回らなくても大丈夫だよ。最初にもみくちゃにされた時点で、披露宴は終わったようなものだから。後は適当に食事でもして楽しんでおけば、向こうから勝手にやってくるだろうし」
こういったものが田舎の村で行う結婚式の主流とは言えないと思うが、ククリ村では何かお祝いごとがあるたびに村を挙げてのお祭り騒ぎとなり、主役がいたとしても最初にかまった後は基本的にほったらかしにして、各自で思い思いに楽しんでいた。例え話をすると、俺の誕生日の祝いだと言って祭りのように騒いだことがあるが、その前後の年にはそんなことをしなかったりと、要はお祭り騒ぎが出来ればその理由は何でもいいというのがククリ村の人たちの考えの根底にあるのだ。今回は純粋に俺とプリメラの結婚を祝おうという気持ちもあるだろうが、それとは別にお祭り騒ぎを楽しもうという気持ちもあるはずだ。だから、俺とプリメラもこの雰囲気を楽しむのが一番だ。何か用があれば、向こうから話しかけてくると思われる。
そう言うわけで、俺はプリメラと一緒に料理が置かれているテーブルを回りながら食事を始めた。すると、思った通り近くにいた人たちから祝福の言葉をかけられたりからかわれたりした。中には酔っぱらって絡んでくる人もいて、すぐに奥さんや周りの人に引き離されていったりと、ちょっとしたトラブルはあったものの昼間の挙式よりも気楽で楽しい時間だった……プリメラには言えないけれども。
一通り食事を終えるとククリ村の人たちの関心のほとんどは料理と酒に移ったようで、俺たちのところへ来ることは無くなった。その代わり、今度はジンたちのような昼に参加しなかった招待客がこぞってやってきた。まあ、その中でふざけてからかって来るのはジンくらいだったので、対処は簡単だった。
「ところでテンマ君、新婚旅行はサンガ公爵領に来るということらしいけど、いつ頃になる予定なんだい?」
酒が入って調子に乗ったジンを排除すると、タイミングを見ていたらしいお義母さんたちにプリメラが連れ去られていった。すると、手が空いたらしいサンガ公爵が俺の分のグラスを持ってやってきた。
「あまり時期が遅くなると雪が怖いですから、一~二週間後くらいですかね? 旅行自体は十日ほどの予定ですけど」
サンガ公爵は十日では短くないかと言っているが、往復の移動予定日と合わせれば一か月くらいになるし、オオトリ家は貴族ではないので一か月の旅行は長いくらいだ。まあ、冒険者として考えれば一か月の旅は珍しく無いけど。
「その旅行の帰りにでも、サモンス侯爵領に寄る予定を入れられないかな?」
サンガ公爵と話していると、サモンス侯爵が期待するような顔で聞いてきたが……
「日程的に無理だと思います。サモンス侯爵領だと、北の方をぐるっと遠回りすることになるので」
「確かにそうだよね……」
サモンス侯爵は悲しんでいるように見えるが、ちょっとわざとらしいので間違いなく演技だろう。こういうところは、流石親子だと感じるくらいカインとよく似ている。
ちなみに直線距離で近い順に、サンガ公爵領、サモンス侯爵領、ハウスト辺境伯領で、それぞれ王都から見て、東南、東北、東の方角にある。
行こうと思えば、サンガ公爵領からの帰りにサモンス侯爵領に寄ることも可能なのだが、帰りはサンガ公爵領を南下してグンジョー市に寄る予定があるので、真逆の位置にあるサモンス侯爵領へ行くのは無理なのだ。
「大方、テンマ殿とプリメラ嬢が新婚旅行に来たと言うのを宣伝して、サモンス侯爵領への旅行客を増やす算段だったのだろう」
サモンス侯爵が悲しんでいる演技をしていると、今度はハウスト辺境伯がやってきた。
「辺境伯も、テンマ君効果で旅行客を呼び込みたいと思うでしょ?」
「思わん! うちの領は観光の目玉になるようなものが無いからな。無理に宣伝でもして客を呼び込めば、逆に悪評が立つわ!」
「まあ、辺境伯領は旅行客を呼び込まなくても、新しい砦やワイバーン騒動の方で経済が潤ったからあと数年は好景気が続きそうだし、無理をする必要はないだろうね」
「それは感謝している」
気安い様子で話すハウスト辺境伯とサモンス侯爵。
饒舌に話す辺境伯に少し驚いたが、それはこの場の雰囲気や酒が入っているせいもあるだろうけど、一番は友人とも言えるサンガ公爵とサモンス侯爵がいるからだろう。どこかアルバートたちの醸し出す雰囲気に似ているが、リオンの立ち位置にいる辺境伯が本人と比べて迫力と貫禄が段違いなので、息子であるリオンでも年を重ねればあのようになれるのか甚だ疑問である。
そんな辺境伯と侯爵は、俺のことを忘れたかのように二人の話に没頭し始めた。
「サモンス侯爵のいうことは気にしなくてもいいよ。元々寄ることが出来ないと知った上で言ったことだからね。いずれ遊びに行くと言っておけば、侯爵は満足するだろう」
俺は、同じくあぶれた形のサンガ公爵に公爵領のことを質問し、おすすめの場所をいくつか教えてもらった。その中で一番興味を引かれたのは、公爵領一の観光名所となっている湖だ。かなり広い湖らしく、その周辺にある町は同じ湖から恩恵を受けていても場所によって名物が違うなど、湖を一周するだけでも楽しめるとのことだった。まあ、それをすると時間が足りないので、その後の予定のことを考えると一部の町にしか行くことは出来ないだろうが、それでも楽しみだ。
辺境伯たちに呼ばれたサンガ公爵と別れ、何か食べようかと思って周囲を見回すと、ちょっとぎすぎすした雰囲気の二人を発見してしまった。しかも、発見すると同時にそのうちの片方と目が合ってしまったので、無視することも出来ない。
「おう、テンマ。ちょっとこのダメ男に言ってやってくれよ!」
「誰がダメ男だ! 兄弟子と呼べ!」
ぎすぎすしていたのは、ケリーとガンツ親方だった。