第18章-3 ファーストバイト
「全く……わいを無視して結婚しようなんて! 例えお天道さんが許したとしても、ナミちゃんは許しまへんで!」
そう言いながらナミタロウは、警戒していた皆を無視してオオトリ家側の前から二列目の席(ジャンヌの横)に座ろうとし……たが、席の間隔が狭くて通ることが出来なかったので、シロウマルたちがいる式場の隅っこに移動した。
「うぉっほん!」
乱入者がナミタロウと言うオチだった上に、あれだけ派手に登場しながらも自発的に隅っこへと移動したせいで、警戒して臨戦態勢を取っていた俺たちはあっけにとられて固まっていた。そんな俺たちを意識を引き戻したのが王様の咳払いだ。王様とその隣のマリア様は、ナミタロウが乱入してきたと言うのにそれほど驚いた様子を見せていない。そこで気になって周囲を確かめてみると、少し様子の違う人物が、王様とマリア様の他に二人いた。
「プリメラ、もしかしてナミタロウのことを知っていたのか?」
「はい……申し訳ありません」
プリメラに小声で確かめると、あっさりと認めた。
「もしかして、エイミィもか?」
「はい……」
プリメラは妙に落ち着いていたので間違いないだろうと思っていたが、エイミィは半分勘だった。なんだか、驚いているというよりは怯えているように見えたので、もしかしてといった感じで聞いてみたのだ。
「ナミタロウと新郎であるテンマとの仲は皆も知っていよう。そんなナミタロウだが、不幸な行き違いにより、到着が今となってしまったということなのだ。想定外のことではあったが、このまま式を進めても問題ないだろう」
王様は、皆と言うよりは公爵家側の招待客に説明するようにナミタロウを庇い、結婚式の続きをするように神父に視線を送った。それに合わせて、席から離れていた人たちは元の場所に戻った。
皆が席に戻ったところで、神父が小声で再開するように合図を出したが……ここでで一つ大きな問題があった。それは、
(こんな状況の中で誓いのキスをするのは、かなり恥ずかしいんだけど)
流れが途切れた上に、ナミタロウの出現で会場の雰囲気ががらりと変わってしまった中で、改めてキスの体勢に入るのはかなり恥ずかしかった。何とかプリメラのベールをめくって肩に手を置くまでは行けたが、そこから動きが止まってしまった。それはプリメラも同じだった……と言うよりは、俺から動かなくてはいけないのに肝心の俺が止まったせいで、どこか戸惑っている感じだった。そのせいで俺とプリメラは、至近距離で少しばかり見つめ合うことになってしまったのだが……プリメラが目を瞑り、俺の方に顔を近づけようとする気配を感じたので、半ば反射的だったが俺の方からキスをすることが出来た。まあ、公爵家側の招待客はどう見えたかは分からないが、俺を知っている人のほとんどは、俺がヘタレていたのがバレているかもしれない。
「これを持ちまして、ここに一組の夫婦が生まれたことを宣言します」
そんな俺の心配など知らない(と思う)神父の宣言で、俺とプリメラは無事に夫婦として皆に認められたことになる。ここで俺とプリメラは退出し、披露宴の会場となっている場所に皆が移動してから最後に入場と言う予定だったのだが……その前にナミタロウのことで話さないといけないことがあるので、関係者に俺の控室に集まってもらえるように退出してすぐにアイナに言付けた。
アイナに呼んできてもらったのは、じいちゃんにエイミィ、サンガ公爵にアルバート、王様にマリア様にシーザー様、サモンス侯爵にハウスト辺境伯、そしてカインにリオンだ。身内に王族に高位貴族、そして土下座予備軍と言った感じだ。招待客の中心的な存在ばかりなので、この人たちが納得すれば他も納得するしかないというメンバー(プリメラも関係者ではあるが、俺と違ってお色直しに時間がかかるので不参加)である。
そんな人たちの前で俺は、
「ナミタロウ様、まことに申し訳ありませんでした」
ナミタロウに土下座していた。第一土下座予備軍のアルバートと第二予備軍のカインとリオンは、ナミタロウの恩情により土下座回避となったので、皆と一緒に俺の土下座を眺めている。
この土下座に関しては、俺としては不満は無い。ただ、一言文句だけは言ってやろうとは思っていたが、俺が文句を言う前にナミタロウが言った言葉により、ここに集まっている全員がナミタロウの味方になり、俺も素直に土下座したのだった。何を言ったかというと、
「本当はひーちゃんとボンも連れてきたかったんやけどなぁ……ボンは来る気満々やったけど、ひーちゃんに止められてなぁ。こっそりボンだけ連れてくる案もあったんやけど、ひーちゃんの言う通りせっかくの結婚式を台無しにするのもなんやしな。それに、エイミィが気を利かせて知らせてくれたし、ここはテンマの謝罪で手を打とうやないか」
だった。
ひーちゃんことベヒモスのおかげとも言えるが、ナミタロウがその気だったら赤ん坊だけでも連れてくる可能性があったのだ。その時は、ほぼ確実に結婚式が中止か大幅に遅れることになっただろう。
ちなみに、エイミィは気を利かせて呼んだのではなく、水棲の魔物のことで話を聞きたくてナミタロウと連絡を取ろうとし、その中で俺とプリメラの結婚の話をしたということらしい。
ナミタロウはエイミィの話を聞いて俺が自分を忘れていることに気が付き、半ばエイミィを脅すような形で乱入することを知らせないように言い聞かせたそうだ。しかし、エイミィは本当に黙っていて大丈夫なのか判断が付かず、もう一人の主役であるプリメラに相談したが、プリメラも判断が付かないので王様とマリア様に相談したそうだ。普通なら、いくら公爵家の令嬢であったとしても国王や王妃に相談などと言うことは出来ないのだが、二人はよく俺の家に遊びに来るし、その関係と俺の婚約者ということで気さくに話しかけることが多いのだ。しかも、相談したのが結婚式の一週間前だったそうで、プリメラが結婚式を直前に控えて緊張しているのではないかと心配したマリア様が声をかけた時に、思い切って相談したという流れらしい。
相談された二人は、ナミタロウの計画と俺から忘れられていることを知って驚いたそうだが、すぐに俺が犠牲になれば済む話だと知り、ナミタロウの乱入を見なかったことにすると決めたそうだ。そう言った理由もあって、俺の控室に長居しなかったらしい。
ちなみに、エイミィが怯えていたように見えたのは俺の間違いではなく、知らせないようにと言われていたのにプリメラに漏らしてしまったことをナミタロウに怒られるのではないかと思ったからだそうだ。ただ、これに関してはナミタロウの言葉足らずだったそうで、『誰にも知らせないように』ではなく『テンマに知らせないように』と言ったつもりだったそうだ。俺にさえ知られないようにしていれば、例え王都中の人が知っていたとしても問題なかったとのことだった。
なのでエイミィは今、とても晴れやかな表情をしている。ナミタロウが現れてからのストレスは相当なものだったのだろう。しかも、現れたタイミングが結婚式でも一番と言っていいくらい印象に残る場面だったせいで、「もしかしたら大丈夫かも?」からの落差と合わせると泣いてもおかしくなかったかもしれない。
「まあ、ちゃんと謝ってもらったしぃ~……これ以上テンマをいじりすぎてプリメラに迷惑かけてもいけんしぃ~……ここらへんで許そうかと思うんやけどぉ~……ナミちゃんの傷ついた心をいやすにはぁ~……山吹色のお菓子の一箱や二箱は貰わんと……なぁ?」
などと、土下座中の俺にナミタロウが厭味ったらしい言葉遣いで賄賂を要求してきた。
「スラリン、例の物をここに」
俺はすぐにスラリンを呼んで、預けていた物を出してもらうことにした。
「ナミタロウ様が大好物の、山吹色のお菓子にございます。お納めください」
スラリンに出してもらった箱は、全部で五つ。ナミタロウはそのうちの一つを少し開けて、
「……むふっ! お主も悪よのぉ~」
と、満足そうな声を出していた。
「このお菓子で今回のことは手打ちにしてやろ。ほな、テンマ。そろそろ披露宴の準備せんといけんのやないか?」
山吹色のお菓子のおかげもあり、無事にナミタロウの許しを得ることが出来た。ただ残念なのは、アルバートが土下座をしなかったことだ。正直、カインとリオンは無理でも、アルバートは確実に巻き込めるだろうと思っていたのに、ナミタロウが最初に単身で俺の控室に突入してきたせいで、アルバートを巻き込むタイミングが無かったのだ。まあ、元々は俺のせいでアルバートも土下座をという話だったので、巻き込むこと自体が間違っていると言えばそれまでだが……それでも、ちょっとだけ納得がいかないので、アルバートの料理(特にデザート)を少なく出来ないかと本気で考えてしまった。
ナミタロウたちが出て行くと、入れ違いでプリメラとアイナがやってきた。来るタイミングはよかったが、二人は未だに準備の終わっていない俺を見て少し呆れていた。
すぐに準備を済ませてアイナのチェックもクリアした俺は、プリメラと披露宴の会場の近くにある控室に移動した。本来ならこのまま会場に入る予定だったが、俺が関係者を集めたせいで招待客の入場が少し遅れているらしい。
「それでは、私は会場の手伝いに戻らせていただきます」
アイナは俺たちを案内すると、会場の方へ戻って行った。これから料理の準備をしなければいけないからだ。この料理の配膳に限り、クライフさんを始めとした王家の執事やメイドが手伝うことになっている。その理由は毒殺を防ぐためだ。
もし悪意を持つ者がこの結婚式を利用して王族や他の貴族に危害を加える、または不和の種をまこうとするならば、一番狙いやすいのがこの食事のタイミングだ。いくら俺やサンガ公爵家が王家からの信頼が高く、毒を盛るなどありえないと言われる関係だったとしても、王様たちの基に料理が運ばれる途中で毒が混入される可能性も考えられる。
そこで、普段王様たちの身の回りの世話をしてるクライフさんやアイナたちが、使用人の少ないオオトリ家の手伝いという名目で給仕をすることになったのだ。サンガ公爵家側の使用人が参加しないということにはなるが、料理に関しては俺が権限を持つということになっていたのと、挙式の時のスタッフのほとんどが公爵家側の使用人だったので、担当を挙式と披露宴で分けたという風にしている。ちなみに肝心の毒見だが、挙式に参加したクライフさんとアイナを除いた王家の執事とメイドに、挙式中に別の部屋で行って貰った。毒見と言う名目ではあるが仕事前の腹ごしらえと言う側面もあるので、一品あたり半分ほどの量ではあるものの前菜からデザートまで一人一人に与えられるので、この条件がマリア様から王家の使用人に伝えられた時、すぐに全員が立候補したそうだ。そんな中からクライフさんとアイナが選抜したメンバーなので、この国でトップクラスの人材が集まっていると言っても過言ではない。なお、クライフさんとアイナは披露宴には普通の招待客として参加し、サンガ公爵家側の使用人は別室で招待客の使用人たちと同じものを食べることになっている(ただし、通常よりも量は少なく、全ての品が出るわけではない)。
「それにしても、式場で教会を使用できることになったのはよかったな。ゴンドラを使わない大義名分が出来たし」
「そうですね。お兄様がいくらうるさく言おうとも、公爵家の権力が使えないところでは何を言っても無理なものは無理ですから」
結婚式の進行の話し合いを両家の関係者で行ったところ、アルバートが執拗にゴンドラの演出を押してきたのだ。しかも、「義姉妹でやれば話題になる」などと言ってエリザを丸め込み、プリメラを説得させようとしていたのだ。まあ、アルバートの計画としては、サンガ公爵邸で挙式を行えばゴンドラの設定はたやすいということだったらしいが、プリメラが「外に嫁ぐ以上、公爵邸で挙式を行うのはおかしい」と主張し、マリア様の伝手で王都でも有名な教会を使用することが出来るようになったので、アルバートの計画は変更を余儀なくされた。
その次にアルバートが出した案は、オオトリ家で行うパーティーでゴンドラを使うというものだったが、こちらの方はオオトリ家だとゴンドラを仕掛ける場所が無いという理由(庭に面している屋敷の二階や屋根を使えば可能だったが、それをすると壁が傷ついたり壊れたりする可能性があったので却下した)で簡単に説き伏せることが出来た。
そんなことを話しているうちに、会場の準備が整ったということで俺とプリメラは挙式の時と同じように並んでドアの前に立った。流石にまだ慣れたとは言えないが、一回目よりは多少の余裕を持ち仲が入場することが出来た。自分たちの場所へ向かっている途中で悔しそうな顔をしていたアルバートと目があったので、プリメラに軽く合図を出して一緒に笑顔を向けてみた。傍から見れば微笑ましい場面かもしれないが、アルバートにしてみれば嫌がらせのように見えただろう。
俺とプリメラに用意された席に着くと、司会を頼んでいたシルフィルド伯爵の進行で俺とプリメラの紹介が行われ、続いて招待客の挨拶と祝辞と言うことで、俺側が王様とハウスト辺境伯、プリメラ側がシーザー様とサモンス侯爵から挨拶をいただいた。最初は王様とサモンス侯爵が行う予定だったが、ハウスト辺境伯が俺側の招待客になると決まった時に、オオトリ家と辺境伯家の関係をアピールする意味も込めて王様の次に行ってもらうことになり、それに伴い両家のバランスを取る為にシーザー様にも頼むことになった。ちなみに、バランスを考えるのならば王様の代わりにハウスト辺境伯が行えばいいという案がじいちゃんから出たが王様が頑として譲らなかったので、シーザー様にも頼むことになったのだ。
王様たちの挨拶が終わったところで参加者全員にグラスが配られ、シルフィルド伯爵の音頭で乾杯が行われた。これから食事の開始となり、参加者の元へと料理が運ばれた。最初の品が行き渡ったところで一人の執事がシルフィルド伯爵の近くに移動し、料理の説明を始めた。王城で何度かすれ違ったことのある執事ではあるが話したことは無く、会釈をするくらいの関係であった。しかし、今回手伝って貰うことになった際に軽く確認したところ、衝撃的な事実が発覚するのだった。
そんな彼の正体は、
「本当にあの執事はクライフさんの息子さんなのですか?」
と、プリメラも驚くものだった。年齢的に子供がいるのはおかしくないのだがクライフさんは独身だと勝手に思っていたので、めちゃくちゃ驚いて声に出してしまったのだった。
そんなクライフさんの息子が説明する料理に、参加者の大多数が驚いていた。今回の料理は、これまで作った中から評判がよくてなるべく貴族向けなものの中から選んでいる。念の為、プリメラやアイナにクライフさんにも確認してもらっているので、個人的な好き嫌いは別として、特に問題になるような料理は無いはずだ。
最初に驚かれたのが、スープとして出された茶わん蒸しだ。茶わん蒸しは、一応汁物として扱われるが今回のようなコースではどうなのだろうかと言う疑問もあったが、珍しくておいしいと評判はいいみたいだ。その前に出したウニを乗せて焼いたバケットも高評価だった。ちなみに、ウニはマリア様の実家から送ってもらったものである。
そして、南部産のタイラントサーモンのマリネと焼き物が出た後で、会場に大きなケーキが運ばれてきた。その高さは二mほど、直径も最大で二mはある八段重ねの巨大ウエディングケーキだ。流石にそのまま重ねただけでは下の段が押しつぶされてしまうので、ケーキスタンドのようなものを使って支えているのだが、それでも慎重に運ばないと崩れてしまいそうだ。間違っても、アウラには手伝わすことが出来ない代物である。ちなみに、デカすぎるケーキではあるが、残った分はお土産に配ったりオオトリ家で行うパーティーで使ったりするので無駄になることは無い。
実はウエディングケーキは料理の終盤に登場する予定だったのだが、巨大すぎるせいで運ぶのもケーキ入刀した後で切り分けて配膳するのも時間がかかりそうだという意見が出たので、早い段階でケーキ入刀を済ませ、一度引っ込めてから切り分けようということになったのだ。一応、ケーキ入刀と料理の配膳は同時進行で行うので、サーモン料理の後に柚子を使ったシャーベットが出ることになっている。つまり、俺とプリメラがケーキ入刀を終えて戻るころには、柚子のシャーベットではなくジュースになっている可能性があるのだ! まあ、別にかまわないけど。
「それでは、主役のお二人に、夫婦として初めての共同作業を行ってもらいたいと思います。お二人共、前へどうぞ」
シルフィルド伯爵の合図で俺とプリメラはケーキの前に移動し、係から大きなナイフを受け取った。そして、
「皆様! お二人に温かい拍手をお願いします!」
初めての共同作業はあっさりと終わった。ケーキにナイフを入れるだけなのでこんなものだろう。後はナイフを係に渡して終了だ。お色直しに丁度いいタイミングだが、今回は今の衣装を最後まで着るので席に戻って食事の続きになる。
しかしここで、司会進行のシルフィルド伯爵どころか俺も予想外の出来事が起こった。
「テンマさん、どうぞ」
何と、プリメラがナイフについていたクリームを指ですくって、俺の口元に持ってきたのだ。ほとんどの招待客の視線が向けられている中での出来事なので、断ることどころか渋ることも出来なかった。なので、口元に差し出されたプリメラの指を間を空けずに咥え、お返しに俺も同じように指でクリームを救ってプリメラに差し出した。
「新郎新婦のファーストバイトに、もう一度拍手をお願いします!」
プリメラが俺の指を咥えたところで、シルフィルド伯爵が予定されていた演出の一部だったかのように拍手を求めた。ちなみに、一般人の間では初めての共同作業とは言わないものの、ケーキ入刀のように新郎新婦が二人で何かを行う演出は存在していたが、貴族の間では基本的に自分たちで給仕を行わないからかそう言った演出はしないそうだ。その代わり、互いに料理を食べさせ合うファーストバイトは一般人でも貴族でも行うそうで、シルフィルド伯爵がアドリブで演出に仕上げたのだった。
席に戻る時のプリメラは頬を染めていた。それが恥ずかしさからくるものなのか、それとも(食前酒、もしくは雰囲気に)酔っているからなのかは分からなかったが、多分俺もプリメラと同じように頬が赤くなっているだろう。
席に戻ると次の料理の紹介が始まった。俺とプリメラは、その間に溶けかけのシャーベットでクールダウンだ。口直し程度の量しかないので、体の熱を落ち着かせる為にもう少し欲しかったが、その前に料理が運ばれてきてしまった。
次の料理はコースのメインとなる肉料理だ。しかも、三種類の肉料理をワンプレートで出すので、なかなかに重めなものとなっている。まあ、一つ一つの量は少なめにしてあるし、料理に使った材料が高価で希少価値の高いものなので、逆に少ないという文句が一部から出たくらいだった。ちなみに、用意した料理は『牛肉のワイン煮込み』に『ハンバーグ』に『ローストワイバーン』で、ワイン煮込みは白毛野牛、ハンバーグは白毛野牛とワイバーンの合い挽き肉を使っており、かなり贅沢なものになっている。なお、バイコーンの肉も残っていたのだが、流石に全員に行き渡るほどの量は無いので使用しなかった。
「ローストワイバーンは、用意した分が無くなりそうな勢いだな」
「珍しいし美味しいので当然のことでしょうね。私も、ドレスでなかったらお代わりしたいくらいです」
白毛野牛を使った料理は、冷めると味が落ちるし肉の残量のことも考えてプレートに乗せた分だけだったが、その代わりローストワイバーンはお代わり出来るようにした。ついでに、出すときに目の前で切り分ける演出にしたので、最初は厚くしたり次は薄くしたりと言った感じで、お代わりをする人が続出したのだ。
「デザートも残っているのに、皆さん大丈夫なのでしょうか?」
「まあ、無理だったらお土産に持って帰ってもらうつもりだから、それを当てにしているんじゃないかな?」
もしくは単に忘れているだけという人もいるだろうけど、どのみちお土産にお菓子の詰め合わせを渡す予定なので、この場で食べることが出来なくても大丈夫だろう。家に持って帰ってからでも、食べられるという保証がある場合に限るが……そこまで責任は持てないので、近い味のお菓子が欲しければ『満腹亭』に買いに行って欲しい。
肉料理の後は果物を出してからデザートとなるが、デザートは数種類用意したのでセルナさんとアンリの時のようにバイキング方式でもと最初は考えていたが、それを貴族相手にやらせるわけにはいかなかったので、今回は小さなワゴンを何台も用意し、それにデザートを乗せて最初に各テーブルを回って好きなものを取って貰った後は、お代わりしたいときに手を挙げてワゴンを呼ぶようにしたのだ。これなら席に座ったままでデザートを選ぶことが出来る。しかしその前に、招待客の前に切り分けられたウエディングケーキが運ばれた。
このケーキはスポンジにたっぷりの生クリームと果物を乗せたものだが、一段一段が巨大ななので薄く切り分けて配膳したが、人によってはデザートはこれだけで十分だと思うかもしれないボリュームがあった。
「半分面白がって作ったケーキだけど……夜の宴会でも消費出来ないだろうな」
「確か、最初はあの半分ほどの大きさって話でしたよね? いつの間にか倍になっていたので驚いたんですけど。あと、宴会ではなく結婚式ですから、そこは間違えないでください」
手元に来たケーキを口に運びながら呟くと、プリメラに怒られた。ククリ村の人たちにこの場にいる俺とプリメラの身近な知り合いが集まれば、どうあがいても宴会になることは避けられない。むしろ、最初から宴会になる可能性が非常に高いだろうと思うのだが、それを口に出すことは出来ない。何故なら怖いからだ。
プリメラにとって、例え最後が宴会で終わるとしてもそれは結婚式の一部なのだというのが大事なのかもしれない。なので、一言謝ってから訂正した。
「でも、やはりと言うか、デザートのお代わりをするのは女性の方が多いですね。男性は……」
「目立つのはじいちゃんにリオンにライル様に……あとはハウスト辺境伯にユーリさんか。ユーリさんはともかく、辺境伯は意外だな」
それなりに親しい知り合いということでユーリさんにも招待状を出したところ、快く承諾してくれたのだ。俺は友人が少ないので出来るだけ知り合いには出席してほしかったと言うのに、ジンたちのように堅苦しく貴族が集まるような場所はちょっと……と言うような薄情な奴が出てしまった。その為、ハウスト辺境伯のように俺の招待客に変更してくれたり、ユーリさんのように会う機会が少ないのに来てくれる人は貴重なのだ。
そんな人たち……と言うか、ハウスト辺境伯のことを言うのはどうかとは思うが、どちらかと言うと辺境伯はその見た目から甘味よりは塩味、デザートよりは酒のつまみというイメージがあったので、デザートをおいしそうに食べる姿に少し驚いてしまった。ちなみに、招待状を断ったのはジンたち『暁の剣』にアグリを除く『テイマーズギルド』、そして『山猫姫』の三人だ。ジンたちやテイマーズギルドの残りの面々は夜の方には参加するそうだが、リリーたちはそちらにも参加しない……と言うか出来ないそうだ。
一応三人共、両方の結婚式に参加する予定だったらしいが、実家の方が大変(畑の収穫期が目前なのに母親がぎっくり腰になり、弟が反抗期でぐれかけていて、祖父母の調子がよくない)とのことで、あまり長くグンジョー市付近から離れることが出来ないとのことだった。
その為、身内や王様たちに近衛隊の面々を除くと、ハウスト辺境伯と夫人のエディリアさんに、ラッセル市の冒険者ギルド長のユーリさん。グンジョー市からセルナさんにアンリにマルクスさん。セイゲンからアグリにガンツ親方とエイミィの両親であるリックさんとカリナさん。南部からハナさんにサナさんにブランカにヨシツネ。王都からはケリーと従業員の女性ドワーフ四人。さらには中立派のマスタング子爵までいる。ついでに、世界的に見ても珍しい人間の言葉を話す魚類も……
仕事や家庭の事情で来ることが出来なかった人たちもいるが、それでも三十人以上が俺の関係者として参加してくれたのだ。ありがたいことだと思う。まあ、それでもプリメラ側の招待客はその倍以上いるので人数的なバランスは取れなかったが、一部を除いて色々と濃い面子の集まりとなっているので、そう言った意味では丁度いい人数だったのかもしれない。
お菓子の減りは想定より少ないものの、見た感じでは料理と合わせて満足してもらえたようで、大半の招待客は食後のお茶を楽しんでいた。
しばらくティータイムが続いていたが、そろそろ最後の演出の時間が近づいてきたとシルフィルド伯爵から伝えられた。その瞬間、目の色が明らかに変わった人がいた。クリスさんだ。
クリスさんがデザート以外で心待ちにしていた演出……それはブーケトスだ。クリスさんは結婚に関する縁起ものであるからかいつも以上に気合が入っていし、今回のブーケトスに参加する面子を見ても手に入れる可能性が一番高い。ちなみに参加するメンバーは、クリスさんにアイナ、ジャンヌにアウラにアムール、ルナにエイミィにケリーに女性ドワーフだ。見事にオオトリ家側の参加者だけだが、これはサンガ公爵側の招待客が夫婦か既婚者しかいなかった為だ。そう言った理由から、今のクリスさんは遠慮と配慮と言う言葉から解き放たれている。
そんな気合の入ったクリスさんに危機感を覚えたのか、急遽シルフィルド伯爵よりブーケトスは外でやった方がいいだろうという提案があったので庭に移動した。庭に着いて早々に参加者は俺とプリメラの前に集まり、その他の招待客は遠巻きに見ている。
「それでは準備が出来次第、ブーケトスをお願いします」
その言葉でプリメラは後ろを向き、勢いよくブーケを放り投げた。ブーケは参加者の頭上を越える勢いで飛び、最初に反応したのがクリスさんだった。
クリスさんは誰よりも先に着地点に走り込もうとした。だが、そこに女性ドワーフの壁が立ちふさがった。しかしクリスさんは、そんな四人の壁を強引に突破しようとした。ところが、壁が破られそうになった瞬間、両脇からケリーとアイナに腕を掴まれたのだった。さすがにこれで脱落かと思われたが、そんな二人を引きずりながら着地点に向かおうとするクリスさん。
ラグビー選手も驚きの突破力を見せるクリスさんだったが、今度は背後からアムールに踏み台にされ、バランスを崩した際にケリーとアイナに押し倒されてしまいリタイヤとなった。
クリスさんを踏み台にして跳躍し、ブーケに王手をかけたアムールだったが、今度はアウラに尻尾を掴まれてクリスさんの上に落ちてしまった。ちなみに、アムールの尻尾を掴んで引き摺り落したアウラはと言うと、アイナの上に倒れ込んでしまった。これは後で大目玉を食らうことになるだろう。
これで残りはジャンヌとルナとエイミィの三人に絞られた……かと思われたが、エイミィとジャンヌはクリスさんたちの混乱に驚いたせいか、互いにぶつかってしまって仲良く尻餅をついており、残ったルナは最短距離(クリスさんの上)を通ろうとして失敗しこけていた。それが開始数秒の中で起こった出来事だ。
そんな大混乱の中、誰がブーケをゲットしたかと言うと、
「とった~」
何とヨシツネだった。ヨシツネは、ブーケトスが全員参加できるものだと思っていたらしく、ブランカとサナさんがクリスさんたちに気を取られた隙に走り出し、気が付いた時には落ちたブーケのそばにいたのだ。
この結末に、サンガ公爵家側の招待客の多くはどういった反応をすれば分からない様子だったが、オオトリ家側はじいちゃんと王様を中心にかなり盛り上がった。
普通、男性がブーケを拾ったりすると、大ブーイングと共に女性陣に責められそうなものだが、今回拾ったのはブーケトスの意味など知らない子供であり、しかもこの場にいる中で一番偉い人が喜んでいるのだ。それに、参加者はオオトリ家側からしか出ていなかったので、誰からも文句など出ることなく、ブーケは正式にヨシツネのものとなった。
喜びながら俺のところにブーケを見せに来るヨシツネの後ろの方で、慌てながら公爵家側に何度も頭を下げているブランカやサナさんは大変そうだが、すぐに笑い話になるはずだ。そして、ヨシツネが成人するころには、ヨシツネの黒歴史として酒の席の定番となることだろう。