第17章-17 同罪
「……これで完成だ」
これで俺の衣装も全て整った。思ったよりも長引いてしまったが、それは何も化け物のせいだけでなく、フェルトのこだわりが強かったせいだろう。素人目には分からないが、フェルトからすると気になるところがあったらしく、ほぼほぼ完成していたところをやり直したりしたのだ。俺からすると、どこがどう変わったのか分からなかったが、フェルトに全てを任せた以上は文句を言うわけにはいかなかったのだ。
「それにしてもテンマ……下世話な話になるが、この衣装は一体どれくらいの価値があるんだ?」
「原価で行ったら、ほぼただなんだけど、アルバートが言いたいのはそう言うことではないんだろう? 正直言って、俺にも分からない」
俺の衣装はよく見るタキシードなのだがそれは形だけであり、素材はメリーとアリーの黒い羊毛から出来た糸と、ゴルとジルの糸の高級品を黒く染めた糸で作られた生地を使っているのだ。そしてシャツの方は、ゴルとジルの中級品と低級品の糸と、一般的な糸で出来ている。素材だけで世界一高価なタキシードだろうとのことらしいがフェルトのこだわりは生地ではなく、裾や袖の裏側にジルとゴルの最高級品の糸でステッチを入れたり、走龍の鱗で作ったボタンを使用したことだ。
そう言ったこだわりにより出来たこのタキシードは、正直値段が想像できないし、作ったフェルト自身分からないとのことだった。
「これは家宝どころか、国宝でもおかしくないのう。母親のドレスを仕立て直して娘の結婚式で使うというというのは聞いたことがあるが、このタキシードも間違いなくそうなりそうじゃな」
確かに、大切に使えば俺の次の代でも使わないともったいないし、マジックバッグで保管すれば百年先でも使えるかもしれない。
「それにしても、シルクスパイダーの糸を黒に染めるなど、狂気の沙汰と言われても仕方がないかもしれないな」
「確かにそうかもしれぬが、染めたと言っても艶が消えたわけではないし、これはこれで味があっていいと思うがのう……まあ、普通ならもったいないと文句をいう外野が出るかもしれぬが、唯一の生産者であるテンマのすることじゃからな。誰も文句は言えん。と言うか、言ったら下手をすると供給が止まるからのう。そうなると、順番待ちをしている者は黙っておらぬじゃろうな。もっとも、その矛先は供給を止めたテンマではなく、文句を言ってテンマのへそを曲げさせた者へと向かうじゃろうが」
「俺の持ち物をどう使おうが俺の勝手だし、外野から文句を言われたら間違いなく供給を止めるだろうね。ゴルとジルの糸で金もうけをしようと思っているわけじゃないから、他に渡す分を自分の好きに使って、いらなくなったら燃やすなりなんなりで処分してもいいわけだし。まあ、そうなった理由をマリア様には一から十まで説明しないといけないのが大変だとは思うけど」
俺が使わない分のゴルとジルの糸の振り分けを管理しているのがマリア様なので、マリア様の方からも順番待ちをしている人たちに説明してもらわないといけない。ちなみに、マリア様が振り分けを管理してもらってはいるが、マリア様に直接俺から金銭が流れることは無い。その代わり、糸の売り上げの一部がマリア様の行っている慈善事業に寄付され、順番待ちの人からも糸の引き渡しの際に手数料と言う形で寄付があったりする。それだけでもかなりの金額になるが、それ以上にマリア様の利益となるのが貴族たちに売る恩だ。
現状、正規のルートで糸を手に入れようとすれば、俺かマリア様のルートしかない。しかし俺は、自分で使う以外の糸は基本的にマリア様に渡しているので、例えサンガ公爵やサモンス侯爵であっても、基本的にマリア様を通して手に入れて貰うようにしている。そうすることで、他の貴族が直接俺から糸を手に入れようとするのをけん制できるからだ。
その為、それ以外の方法で糸を手に入れたい貴族は、セイゲンのダンジョンに人をやってシルクスパイダーを捕獲(現状では、目撃例どころか痕跡すら見つかっていない)するか、マリア様から買った糸を転売(ただ、転売で利益を挙げるとマリア様から睨まれる恐れがあるからか、転売があったという話は聞いたことがない)という方法を取っているそうだ。
そう言った貴族の多くは改革派で、それ以外の派閥(王族派や中立派も含む)で王族に隔意を持っている貴族もいることはいるが、基本的に改革派以外の貴族はマリア様を通して手に入れようとしている。なので、糸の為にマリア様に頭を下げなければならず、それがマリア様の権威向上(ついでに王様も)に繋がっているのだ。あと、そう言った貴族は生産元の俺に嫌われても手に入らないと考えているので、味方とは言い切れないが敵ではないという貴族が増えてきている。
「それにしても……テンマの衣装だけでなく、プリメラの衣装にまでゴルとジルの糸が使われているとなると、二人の衣装代だけで歴史に残りそうだな」
一般に販売させたと想定した代金でも馬鹿みたいな金額になりそうだが、大陸の歴史の中には結婚式で国の金を使いつくして滅びたなどと言う話もあるので、歴史上一番とは言えないらしいがそれでもここ数十年では一番と言えるかもしれないとのことだ。まあ、ほとんどが自分で用意した素材なので、あくまでも『金銭に換算した場合の話』ではあるが、それでも近年類を見ないものになるだろうとアルバートは笑っていた。
「あまり大きな結婚式にするつもりはなかったんだけどな。プリメラも同意見だったけど、公爵家と王家が参加する時点でそれなりの規模にしないといけなくなったからな」
俺もプリメラも、別にこじんまりとした結婚式でもかまわないという考えを持っていたのだが、プリメラの実家が公爵家という時点でその選択肢は選ぶことが出来ない。なので、ある程度知り合いを呼んで、そこそこの規模にしようとしたのだが、俺もプリメラも知り合い(俺の場合はククリ村の関係者を除くと)の半数かそれ以上が貴族なので、招待客の数を絞るのが大変だった。
「それにしても、王族派の貴族ばかりになると思っていたのに、まさか中立派からも呼ぶとはな……しかもそれが、テンマ側と言うのが面白いな」
俺の招待客として、中立派のマスタング子爵が参加することになっている。マスタング子爵とは数年前のクーデター騒ぎで協力した時から時折手紙をやり取りする仲なので、うちに遊びに来たことは無いが仲がいい部類に入る人物なのだ。その縁から結婚式に呼ぶことになったのだが、これが貴族の間で結構話題になったそうだ。
「まさか他派閥のマスタング子爵を招待したことで、切り崩しだの新派閥の立ち上げだと騒がれるとは思わなかった……」
王族派からは、王様が俺を利用してマスタング子爵を取り入れようとしているとか、マスタング子爵を取り入れようとしているのはサンガ公爵の方であり、サンガ公爵は俺とマスタング子爵を利用して新しい派閥の『サンガ公爵派(仮)』を立ち上げようとしているとか言う話が出た。
中立派から出たのは、中立派の中で求心力の強いと言われるマスタング子爵が、俺の誘いに乗って王族派に鞍替えするつもりだとか言う話だ。
そして改革派の主な話題が、俺の結婚式を利用して王族派と中立派が結びつき、一気に改革派を駆逐するつもりなのだ! などと言うものだそうだ。
「王族派と中立派の話はありえそうではあるが、実際に出来そうなのは『公爵派』よりも『テンマ派』じゃな。テンマに形だけでも組織のトップに置けば、もれなく強力な武力と国民の支持が得られそうじゃからな。改革派は……笑い話と言うよりは呆れる話じゃな。潰されるかもしれないという心配をするくらいなら、表面的にだけでももう少し敵愾心を抑えればいいものを」
じいちゃんはそう言うが、実際には大多数の改革派の貴族はそうしているとは思う。ただ、そうすることのできない少数の貴族が目立っているせいで、改革派の全てが過激な思想かそれに近いものを持っていると思われているのだろう。
「そのおかげと言っていいのかは分かりませんが、何人かの改革派の貴族が他の派閥に鞍替えしたそうですよ。まあ、その主な鞍替え先は中立派のようですし、鞍替えしたのは改革派の中でもまともな貴族ばかりだそうですから、中立派は何もしていないのに一番得をした形ですね」
その分、改革派の恨みが俺とマスタング子爵に向きそうだが、自分たちが勝手に勘違いして慌てたので逆恨みもいいところだ。
「そう言えばテンマ、父上が嘆いていたぞ。何でも、プリメラにバージンロードを一緒に歩くことを拒否されたと」
「やっぱりそうなるよな? 俺は歩いた方がいいと言ったんだけど、プリメラがセルナさんとアンリの時みたいに一緒に入場したいらしくてな……結婚式と披露宴はプリメラのやりたいようにするって決めていたから、あまり強く言うことが出来ないし」
結婚式と披露宴はプリメラのやりたいことを中心にし、二次会は俺がやりたいようにすると二人で決めた。これは結婚式と披露宴は女性の意見を尊重した方がいいと思ったというよりは、俺が二次会の方を主導したかったからなのだ。
その理由は、結婚式となると公爵家の関係のある貴族を多く招かねばならないので、俺の呼びたい人……主にククリ村のひとたちに気を遣わせてしまうからだ。サンガ公爵とプリメラが呼ぶ貴族がククリ村の人たちを馬鹿にするとか笑いものにするとかは考えていないが、変に気を遣わせるくらいなら祝ってもらう機会を二回にしようと考えたのだ。
その一度目は一般的な結婚式、つまりセルナさんとアンリの挙げたような結婚式で、二度目はククリ村などの小さな村で行うことの多いという祭りのような結婚式だ。
ククリ村には教会があった(ただし、神父はいなかった)が他の小さな村にはないところも多いので、村人の前で夫婦になると宣言してそのまま皆で祭りのような感じで楽しむという結婚式もあり、ククリ村もそれが主流だったそうだ。ちなみに、父さんと母さんも俺と同じように、王都で王様たちに祝ってもらってからククリ村に居を移し、そこでもう一度祝ってもらったそうだ。
「なるほど。二度目はテンマ側の親しい者たちの集いと言うわけか……ちなみに、私も参加していいんだよな?」
「ああ、もちろんだ。俺側の知り合いが中心になるけど、一応アルバートたちも俺の知り合いだからな」
「いや、一応の知り合いどころか、義理の兄になるからな。実感はないのだろうけど」
実際のところ、アルバートが義理の兄になるということに実感は全くと言っていいくらい湧いてこない。これまでのアルバートと言えば、三馬鹿の中で一番のツッコミ役と言うイメージだ。あと、クリスさんの子分と言うイメージも強いので、あまり年上と言う感じがしない。
「まあ、出会い方があれだったから仕方がないが、せめて一応は外してくれ」
そう言えば、アルバートにはストーカーと言う前歴もあったな。俺にアルバートたちへの敬意というものが生まれなかったのは、確実にあの出来事とクリスさんのせいだろう。
「どうせアルバートを断ったとしても、リオンが空気を読まずに遊びに来るじゃろう。ククリ村の者たちもアルバートたちには慣れておるから、何の問題もないじゃろう」
アルバートたちはよくうちに遊びに来るので、同じく遊びにやってくるククリ村の人たちとも顔見知りだ。だから、参加していたとしても問題は無いだろうが……サンガ公爵やサモンス侯爵たちとはそこまで顔を合わせたことが無いので、あまり話が弾まないかもしれない。ちなみに、マークおじさんやマーサおばさんを始めとするククリ村の人たちは、何故か王様やマリア様相手だとあまり緊張しないようだ。その理由をおじさんに聞いたところ、「田舎の人間は神経が図太いからな!」と言って笑っていた。本当は、うちで会った時に話す機会がこれまでに何度もあったので慣れたからだろうけど……それでもおじさんの言った通り、神経が図太いのは間違いない。でなければ、いくらうちで会ったからと言っても、親しくなるほど話そうとはしないはずだ。そう言う意味では、会って早々に『おっさん』呼ばわりした俺も神経が図太いということになる……と言うより、俺の方が色々とおかしいということだけども。
「とにかく、大半がククリ村の人たちだから、時々やっている宴会の規模が少し大きくなった感じになるはずだ。遠慮せずに参加するといいぞ。それと、ほぼ間違いなく王様とマリア様が参加するだろうけど、無礼講ということで気にするな」
「いや、そこは王国の貴族として無礼の無いように気を付けなければならないだろう。無礼講だからと言って無礼なふるまいをすれば、大抵の場合関係が悪化するからな。ましてや相手が陛下とマリア様ならば、私は良くて廃嫡で悪ければ死罪だ。さらにはそれだけでなく、確実にサンガ公爵家にまで悪影響を及ぼし、最悪の場合は公爵家が途絶えるからな。私やカインならばそんな冗談に乗ることは無いが、リオンの場合は万が一があるから、冗談でも言わないでくれよ」
アルバートは俺の行ったことが冗談だと分かっているようだが、相手は選べと釘を刺された。流石のリオンでも真に受けることは無いと思うが……酔うとどうなるか分からないので、この冗談は言わないように気を付けることにした。
「リオンは信用が無いのう……まあ、これまでのことを考えれば、残念ながらそう思われるところばかりじゃけどな」
じいちゃんもリオンならやらかしそうだと納得していた。
「テンマ、そう言う一般人が聞かない方がいいような話をここでするな。全く知らない奴が聞いたら、テンマが国王陛下や王妃様、それにハウスト辺境伯様のご嫡男を馬鹿にしていると思われるぞ」
いつものような冗談言っていると、それまで静かにしていたフェルトが口を挿んできた。別に王様たちを馬鹿にしているつもりは無いが、傍から聞いたらそう取れるのかと今更ながら気が付き、この冗談も外で極力言わないように気を付けなければと思った。まあ、リオンに関してはこれまで通り気を付ける必要はないと思うけど。
「本番までしわを付けないように気を付けろよ。手入れに関しては素材が丈夫な分、そこまで神経質にならないでいいが、丁寧に扱えばその分だけ服の寿命が延びるからな」
フェルトはそう言って衣装を俺に押し付けると、すぐにマジックバッグに入れるように指示してドアの方を指差した。衣装を受け取ればフェルトの店での用事が終わるので、俺たちは大人しく店から出て行った。
「フェルト、ちょっとキレかけていたな……」
「まあ、仕方がないじゃろう。わしらがアレックスたちの悪口をフェルトの店で言っておったとライバル店にでも知られれば、すぐにフェルトが悪口を言っておったという風に変更した上で街中に噂を流されてしまうじゃろう。しかも、否定しようにもその場にいたというだけで同罪とされるかもしれんからのう。ならば、わしらを注意した上で追い出したという立場になるしかないじゃろう」
「フェルトのことも考えないで、ちょっと三人でふざけ過ぎたね」
身近にいる分、俺たちは王様の駄目なところばかりに目が行ってしまうので、ついついそれを話題にいしてしまいがちだが、一般的にはそれは不敬罪となってしまうことを忘れてしまっていた。
そんな風にじいちゃんと反省していると、
「なあ、テンマ……さり気なく私も陛下の悪口を言っていることになっていないか?」
などと、アルバートが不思議そうに言っているが、
「言ってはいないかもしれないけど、一緒にいた時点で同じようなものだろ?」
「そうじゃな。悪口を言っておらんでも、わしらと同罪じゃな。いや、むしろアルバートはアレックスの下の下の立場にいるのじゃから、わしらより質が悪いかもしれぬの……いざとなったら、わしがとりなしてやろう」
「だから! 私は関係ありませんって!」
と言う感じでアルバートがいい反応をするので、館に帰るまでずっとからかい続けたのだった。まあ、館に帰ったところでからかうのを止めようとはしたが、最後のからかいにしようとしたところをプリメラとアムールに見られてしまい、そのままアルバートいじりは延長したのだった。
そして次の日、
「昨日、あれだけ私をからかっておいて、テンマたちはさっさと王都に帰るのか……」
グンジョー市での予定が全て終了したので、知り合いには午前中で挨拶を済まして、午後には王都に出発することになった。
不満気であったが化け物のせいで俺とプリメラが予定外の滞在をしたことはアルバートも理解しているようで、文句を言いながらも引き留めるようなことはしなかった。
「それじゃあ、大急ぎでセイゲンに向かうぞ!」
見送りに来た『山猫姫』とバトルを繰り広げているアムールに声をかけると、
「また勝った!」
と言ってアムールが戻ってきた。その後ろには疲れた表情のアウラがいて、さらにその後ろには悔しそうな顔をした三人がいた。ちなみに、ジャンヌは最近仲間に入れて貰えないからか最初から参加しておらず、そのせいでアウラの負担が増えてしまったようだ。珍しくレニさんが参加していないと思っていると、レニさんは出発ギリギリまで商品と情報を仕入れに行っているそうで、予定の時刻まで戻ってこないとのことだった。
「流石に、セイゲンでは予想外の騒ぎは起こりませんよね?」
と、出発間際にプリメラが呟くと、アムールが可哀そうなものを見るような目でプリメラを見ていたが……セイゲンまでの道中も、そしてセイゲンでも問題は起こらず(むしろ順調すぎて不気味なくらいだった)、何故かアムールは悔しそうにしていた。