第17章-16 アルバート到着
「テンマ、大分疲れているようだな?」
化け物を退治してから一週間ほどで、王都からサンガ公爵の名代としてアルバートがやってきた。最初は公爵が来る予定だったとのことだが、今回のことに関して王家とも話し合う必要が出たそうで、公爵はそちらを担当することになったらしい。流石に王家が相手ではアルバートには荷が重いということで、公爵と役目を交代することになったそうだ。
「連日の話し合いに対策の手伝い、その合間に結婚式の準備だからな……体力的にはまだ余裕はあるけど、精神的に疲れてきたよ」
「半分はテンマが対応を間違えたせいだから、それは仕方が無いな」
これに関しては、最初の方でプリメラに愚痴をこぼした際に言われて知ったことだ。
あの化け物を討伐した時、村人にサンガ公爵の名前を出した時点で俺は公爵家側の責任者の一人となってしまい、なおかつグンジョー市にいるサンガ公爵家の関係者の中ではプリメラに次ぐ第二位の地位となってしまったので、話し合いにプリメラと同席するか代理として出席しなければならなかったのだ。もっとも、公爵の名前を出さなければ自分は関係ないと言い張ることも出来たそうだが、その場合は全てをプリメラに押し付けることになるので、「それはそれでどうなのか?」と言うところではある。
「まあ、公爵家としてはテンマとの関係を強調するいい機会だったし、テンマのおかげで話し合いに参加したほとんどの者が大人しく話を聞いていたからな」
今日はアルバートが到着したということで、グンジョー市周辺の村の代表を集めての話し合いだったのだ。そんな代表者たちには、冒険者として名が知れていて実際に討伐した俺の話の方が、アルバートが話すよりも信じやすかったようだ。ほとんどの質問が、アルバートではなく俺に向けられていた。
「それで、衣装の方は出来たのか?」
「ああ、ほとんどな。後は最終調整をして、小物を合わせたら終了だそうだ」
これに関してはフェルトに丸投げだったが、フェルトは俺の事情を理解してくれていたので、基本的に俺のところに出向いてくれたのでかなり助かった。
「それにしても、化け物に傷一つ負わずに完勝したテンマが、まさかグンジョー市でダメージを負うことになるとはな。それも、立て続けに二度も」
実は、急な話し合いなどで料理を用意する時間が減ってしまったので、おやじさんに『依頼』と言う形で手伝って貰えるように交渉しに行ったのだが、その話を出した瞬間におやじさんに拳骨を脳天に落とされた。その時の声に驚いておかみさんも駆けつけてきたが、おやじさんの話を聞いて同じく拳骨を落としてきた。それも、おやじさんの拳骨が落ちたところと寸分たがわぬ場所に。そして俺は、「「そこは依頼じゃなくて、手伝ってくれというところだろうが!」」と二人に怒られたのだった。
「まあ、『満腹亭』の主人と女将は、テンマの結婚式に出席できないのを残念がっていたという話だからな。素直に頼って貰えなかったことに、腹が立ったのだろう」
それに関しては、もう少し考えるかプリメラに相談してから話せばよかったのかもしれない。
「それにしても……テンマに拳骨を落とせる者など、王国に何人いることやら。間違っても、私ではどうあっても無理だな」
アルバートはさらに続けて、「遊びの中でなら可能だろうが、それ以外では父上でも無理だな」と言って笑っていた。じいちゃんやククリ村の人たちと言った身内枠を除けば、確かに俺に拳骨を食らわすことのできる人は少ないだろう。何せ、知らない奴がそんなことをしようとしてきたら、その何倍もの威力で反撃してしまう自信があるからだ。
「陛下やマリア様ならば、正当な理由があればテンマは文句を言わないだろう? つまり、『満腹亭』の二人は、ある意味で国王と王妃と同じような立場にあると言うわけだ」
そう言われるとますます少なく感じるが……それと同時に、俺がマリア様や王様を軽く見ている不届き者と言われている気もする。少なくとも俺は二人を……特にマリア様を軽く見たことは無いし、二人の立場も理解しているつもりではいるが、王族という存在が身近なところにいるせいで、マヒしているところはあるのだろう。だからと言って接し方を変えるつもりはないが、そういった見方もあると知っておかなければならないだろう。
「色々な意味で、おやじさんとおかみさんは貴重な存在だな」
「そうだな。もし『満腹亭』がサンガ公爵領以外にある宿だったなら、間接的にテンマとつながりを持とうとする貴族に目を付けられていたかもな。まあ、サンガ公爵家を敵に回すような馬鹿はいないだろうがな」
アルバートは笑っているが、冗談ではなく貴族に目を付けられているだろう。俺との関係に加えて、俺の渡したお菓子などのレシピやそれを参考にした料理が作れるのだから、料理の腕と知識だけでも十分な価値はあるはずだ。まあ、サンガ公爵家が後ろ盾になっている以上、公爵家以上に力を持っている者でなければちょっかいはかけられないし目立つ動きも出来ないだろう。それに、『満腹亭』は冒険者の御用達の宿であり、おやじさんとおかみさんは冒険者に対してかなり顔が広いので、怪しい動きがあれば誰かが気が付くと思われる。
「それとここだけの話だが、『満腹亭』は昔から騎士団が目を光らせている。もっとも、『満腹亭』に問題があるというよりは、冒険者から犯罪者に堕ちる者や冒険者を隠れ蓑にしている犯罪者は一定数いるから、冒険者が多く集まるような場所と言うわけでだけどな。幸いなことに、これまで騎士団が動くような問題のある冒険者がいたことは……なかったがな」
アルバートはいなかったと断言はしたが、一瞬俺を見て言葉を詰まらせていた。ある意味で、『満腹亭』に宿泊していた冒険者の中で一番怪しかったのが俺だったからだろう。
「確かに最初の内はおやじさんとおかみさん、それとフルートさんに怪しまれていたみたいだけど、犯罪を犯したことは無いぞ」
「まあ、テンマの場合は結果的に犯罪になっていないが、かなりスレスレなことは両手の指で数えきれないくらいにやっているからな。主に、同業者や犯罪者相手への、過剰気味な正当防衛という形でな」
アルバートは笑いをこらえながら言っているが、これに関しては俺に非は無いと思う。何故なら、子供相手に金や命を奪おうとしたのだから、骨を何本か折られたり後遺症の一つや二つ残る程度の怪我は仕方がないだろう。
ちなみに、『殴る・蹴る』、『投げ飛ばす・絞め落とす』、『骨を折る・骨を砕く』、『玉を潰す』などが基本的な反撃方法であり、場合によっては剣術や魔法の実験台なんかにもした。
「騎士団の報告書には、『被害者は札付きの者か要注意人物にあげられている者ばかりであり、命に別状はない』と書かれていたな。一応、テンマが犯人ではないかという目星は付けていたそうだが、犯行現場を目撃した者はいないし普段の素行などから判断すると、テンマから行動を起こしたとは考えられないともあったな」
証拠不十分ということで見逃されていたのか……と思っていたら。
「もっとも、テンマが成敗した者たちは犯罪者か犯罪者予備軍だったこともあり、騎士団としても助かっていたというのが最大の理由だろうけどな。冒険者同士の喧嘩に対して、騎士団が後から口を出すのは面倒くさいし、返り討ちにした程度では犯罪とは言い切れないからな。少しやりすぎかもしれないが冒険者は自己責任が基本であり、犯罪者の為に動くのは馬鹿らしいということだな」
俺は騎士団にある意味利用されていたらしい。まあ、犯罪者としてしょっ引かれなかっただけマシなのだろうけど。
「ちゃんと仕事しろよと言いたいが、俺もまた冒険者だから『自己責任』と言うわけか……まあ、正規に登録をしていない、『自称冒険者』の方が期間が長かったけどな」
グンジョー市で正式に登録した冒険者として活動したのはわずかな期間だが、登録をしていない期間(十五歳以下)で二年ほど冒険者ギルドを利用していた。なので、登録をしていない期間の俺の肩がきは『一般人(未成年)』もしくは『旅人(未成年)』になるわけなので、騎士団が俺を利用していたというのは、ある意味仕事を放棄していたとか非道な騎士団と言えるのだが……
「テンマの場合、個人的な強さと不気味さに加え、貴族の子息疑惑があったそうだからな。下手に関わるよりも、見ていないふりをする方が無難だと判断したのだろう。本当に貴族の関係者だった場合、危なくなれば護衛が出てくると踏んでいたのだろう」
そんな俺に真っ先に関わることになったのが、サンガ公爵家のプリメラと言うのはある意味で運命だったのだろう。
「それで話は変わるが、今後の化け物の対策は好転すると見ていいんだな?」
「好転するかどうかはまだ分からないが、かなりやりやすくなると思う。少なくとも以前のように、何かを犠牲にする前提で動く場面が少なくなるかもしれない」
化け物の弱点が胸の魔核であることはほぼ間違いないと見ていいので、弱点を狙う戦い方が出来るというのはかなり大きな意味を持つ。それに劣勢時においても、魔核さえ破壊することが出来れば状況をひっくり返せるという一発逆転が残されているというのは、戦っている者達にとっての希望にもなる。もっとも、弱点が分かったと言って化け物が弱くなるわけではないし、まともに相対した場合の被害は以前とほぼ変わることは無いだろう。
「それでも、生き残る可能性が増えたということは喜ばしいことか」
「それに、魔核に攻撃を集中させるという選択肢も増える。例えばの話だけど、騎士が数人がかりで化け物の動きを止め、その間にゴーレムによる強力な一撃を食らわせるということも出来る」
他にも前にジンたちがヒドラ相手にやったという、動きを止めてからの魔核の取り出しという戦法も有効かもしれない。
「今後は、縄を使った捕獲術や『破城槌』の運用を考えないといけないか……破城槌はともかくとして、縄の捕縛術など今の騎士団には使える者がいないはずだ……緊急事態ということで、外部から使える者を雇うのが手っ取り早いか?」
「それがいいと思うぞ。早くしないと、めぼしい使い手は王家に持って行かれるだろうし、サモンス侯爵も確保に動くだろうからな。ちなみにだが俺は使えないから、教えることも出来ない」
前世でカウボーイを真似て縄を振り回したことはあるが、それくらいの経験と知識では何の役にも立たないだろう。ちなみに、某考古学者に憧れて鞭(のようなもの)を振り回したこともあるが……この世界で使っていない時点で、俺には不向きなものだったということだ。あれは素人が面白半分で手を出すと、周りだけでなく自分にも大ダメージを与える凶器なのだ。まあ、それは多くの武器に言えることだろうけど。
「ならば、急いで父上に伝えなければならないな。それと同時に、サンガ公爵領にある全ての冒険者ギルドに、捕縛術が使える者を兵士として雇うか講師として招くという依頼を出した方がいいな」
別に冒険者でなくともいいと思うが、戦力として数えるのならば少しでも戦い方を知っている冒険者が手っ取り早いだろう。村人であっても力量によっては講師や予備戦力として集めてもいいかもしれないが、下手に集めると村の働き手が減るということも考えられるので、言い方は悪いが最悪の場合に使いつぶすことのできる冒険者の方が、公爵家としては色々と都合がいいのだろう。人でなしと言われるような扱い方だが、冒険者とは一部を除いてそう言った扱われ方が普通の職業なのだ。
「それで、テンマたちはあとどれくらいで王都に戻るつもりなんだ?」
「俺とプリメラの代わりが来たから、そろそろ戻る予定だな。すべてが終わるなら、明日か明後日にでも戻りたいくらいだが、色々立て込んだせいで予定していたことが思った以上に残っているからな……いっそのこと滞在期間を延ばして、おやじさんに手伝って貰って結婚式や二次会で出す追加や予備の料理を量産しようかと思っている」
一応、滞在期間が延びてやることが無くなったジャンヌとアウラに出来る者を作って貰ってはいるが、足りないよりは余るくらいの方がいいので、まだまだ増やそうかと思っている。ただ、俺やジャンヌたちだと同じようなものや味になりそうなので、おやじさんやおかみさんに手伝って貰おうかと思っているのだ。丁度、そのことで怒られたばかりなので、追加をお願いしても引き受けてもらえるだろうから。
「私としては、テンマとマーリン様が残ってくれるのはありがたいな。実際に化け物と戦って倒した経験者の話は、今のところ王家にも無い情報ばかりだからな」
王家とサンガ公爵家を始めとする王族派と中立派の一部では、化け物に関する情報は共有すると約定をかわしているそうだが、その情報を一番に持ち込んだところが恩を売るという形で優位に立つことが出来る。そして、今回化け物に有効的な攻撃が発見されたのがサンガ公爵領であり、それを発見したのが知らなかったとはいえサンガ公爵家の関係者として戦った俺なので、アルバートとしては売れる恩は少しでも大きくしたいようだ。
「あまりやり過ぎてマリア様の不興を買うなよって言いたいが、今回は俺もサンガ公爵家側なんだよな……ほどほどにしないと、オオトリ家は王家……と言うか、マリア様につくこともありえるからな」
冗談半分で言ってはいるが、相手がマリア様ならば場合によっては本当にあり得ると自分でも思っているので、アルバートにもその意味は通じるだろう。
「まあ、気を付けよう……と言うか、その前に忠告くらいはしてくれると助かる」
思った通り、アルバートは判断を俺に任せてきた。まあ、化け物の情報は公爵家側に立っているとはいえ基本的に俺とじいちゃんのものだし、それをアルバートの行動が原因で逃がし、さらには王家との関係が悪化する可能性があるとなればサンガ公爵が黙っていないだろう。
「とりあえずこの話はプリメラとじいちゃんにもしておくから、二人にも気を使えよ」
俺一人の判断だとアルバートを操ることも可能になるので、もう一人の当事者であるじいちゃんと、俺と公爵家の中間に立てそうなプリメラも巻き込むことにした。これは、俺にとってのブレーキのような役目でもあるのだが、アルバートにしてみたら気を遣わなければならない人物が増えたことでその分負担も増えることになるのかもしれない。
とまあ、そういったこともあり、まだグンジョー市の役人との話し合いが残っているというアルバートを置いて公爵家の館に戻り事情を二人に説明したところ、二人もそれで構わないとのことだった。
ただ、じいちゃんはオオトリ家側の利益に基づいて判断するが、プリメラはなるべくサンガ公爵家側の利益を考えて判断するそうだ。これは別にプリメラが公爵家の方が大事というわけではなく、ただ単に俺とじいちゃんのブレーキになるようにとの考えからだそうだ。
「可能性としては、兄様が欲をかいて判断を間違うことの方がありえそうですが、それでも全員がオオトリ家側のことだけを考えるのはまずいと思いますし、テンマさんが私に期待しているのはそういうところでしょうから」
と、完全に俺の考えを理解しているようだった。まあ、その分アルバートの手綱は強く抑えるそうなので、兄妹間での力関係はプリメラの方がかなり上になりそうだ。
「そう言えば、プリメラはフェルトのところで衣装の確認をしたんだろ? どうだった?」
「ええ、問題は無いそうです。テンマさんの衣装とのバランスも特に問題がないそうで、このままで大丈夫とのことでした」
結婚式の問題の一つに、俺とプリメラの衣装のバランスというものがあった。これは俺の衣装担当がグンジョー市在住で、プリメラの衣装の担当が公爵家お抱えの職人(王都と公爵家のある都市を行ったり来たりしている)なので直接話し合う機会がなく、実際に着て並んだ時におかしなものになるのではないかと言う可能性があったのだ。
そこでフェルトと公爵家の職人の間で手紙のやり取りをして、衣装のバランスを決めることにしたそうだ。今回、フェルトにプリメラの衣装を見せて判断を任せた理由は、基本的に男性側の衣装の方が地味になるので、細かなところをプリメラの衣装に合わせることにしたからだそうで、これはお抱え職人の方が製作の自由度が高い分、合わせる側のフェルトに気を使った形なのだとプリメラは言っていた。
「問題が無かったのならよかった。プリメラの衣装の方は、本番を楽しみにさせてもらうよ」
フェルトが衣装を比べる時にプリメラは俺のを見ただろうが、そう言った場面でないと相手の衣装を見るのは少し気恥しいので、本番で楽しみにしているとだけ伝えた。昔よりこういった言葉を出せるようになってきた辺り、多少は俺も成長しているのだろう。
「ふむ……いちゃつくのは後にして、先に今後の予定を話し合わんかのう? 当初の予定よりだいぶ遅れておるしかなり変更されてしまっておるから、これ以上は結婚式の予定日に響くかもしれんぞ」
じいちゃんにからかわれて俺とプリメラの間に少し気まずい雰囲気が漂っていたが、じいちゃんの言う通り確かに話し合わないといけないことだったので、二人して顔を赤くしたまま今後の予定を決めたのだった。
「テンマ、いつ王都に戻る?」
そんな恥ずかしい思いをしたからか、その日の夕食でアムールが早速今後の予定を聞いてきた。プリメラとじいちゃんは知っているが、アムールたちは知らないので自然と食事を中断して話すことになった。
「長くてもあと三~四日でグンジョー市を去り、二週間ほどで王都に帰り着く予定だ。当初の予定より大分くるってしまったけど、帰り道でセイゲンに寄るのは変わらない」
本当なら今頃、セイゲンでエイミィの家族にエイミィの近況や俺の結婚を報告しているはずだったのだが、化け物騒動で滞在が長引くと分かった時に、すでに手紙で予定が遅れると知らせているので寄らないわけにはいかない。そもそも、形式上は俺が王都でエイミィの責任者ということになっているので、こちらの予定が狂ったからと言って寄らないという選択肢はないのだ。
「セイゲンでの滞在期間は?」
「一応、二日ということにしている。ジンたちにテイマーズギルドの面々、それとエイミィの家族とガンツ親方に挨拶するだけだからな。ただ、エイミィの家族への報告は時間がかかるかもしれないから、三日に伸びるかもしれない」
ジャンヌの質問に答えると、皆もそれ以上の質問は無いみたいで食事が再開された。その日の夕食は、今後の予定に目途が付いたおかげか、皆いつもよりよく食べよく飲みよく話して食事の時間を楽しんだ。
ただ、そんな俺たちとは対照的に、話し合いが夜遅くまで続いて疲れて帰ってきたアルバートは、部屋で一人寂しく残り物の食事をとったそうだ。