第17章-15 対 化け物チーム
「どうしたんですか、アイーダさん?」
「緊急事態なんだ! テンマも来てくれ!」
プリメラがアイーダに事情を聞こうとしたが、アイーダは答えるよりも先にプリメラの腕を掴み、ついでに俺の名を呼んでついてくるように言った。
「分かった。だけど少し待ってくれ。じいちゃん! じいちゃんはジャンヌたちと馬車で騎士団本部に向かって、向こうで合流しよう」
「うむ。準備が済み次第、すぐに向かおう」
じいちゃんにライデンと馬車が入っているバッグを預けると、外に向かって行った。ジャンヌは、酒を飲んでいたアムールたちにお水を飲ませている。
「それじゃあ、行くぞ」
「「えっ?」」
プリメラとアイーダは馬車の準備が終わるのを待った方が早いと思っていたみたいだが、それよりも早い方法がある。それは、
「二人共、じっとしていろよ!」
「「いやぁ~~~!」」
二人を脇に抱えて、俺は暗くなったグンジョー市の空を飛んだ。全力で。
「到着っと……二人共、着いたぞ」
「お願いですから、いきなりは止めてください……」
「気持ちわる……おぇ……」
一分程の空の旅だったが急で想定外な上に、慣れない動きと体勢のせいで二人は酔ってしまったようだ。
「と、とにかく、一体何があったんですか?」
「こっちに、うぐっ! ……来てくれ、そこに総隊長もいるはずだ!」
大分調子が戻ってきた様子のアイーダは、『満腹亭』の時と同じようにプリメラと俺を騎士団の中へと引っ張って行った。そして連れて行かれた先には、
「ひどい……」
「一体何があったんだ?」
騎士団本部の中にある広場には、血で染まった隊服をまとった騎士たちが何人も横たわっていた。幸い死者はいないようだが、このままでは時間の問題だろう。
「すぐに魔法で治療する! 危ない者から始めるから、最初は誰を治療すればいい!」
「サイモンだ。サイモンが一番傷が深い!」
「サイモン隊長はあそこだ。あそこに重症者を集めている!」
俺の問いにアイーダがすぐに答え、近くにいた騎士がサイモンや他の重症者がいるところを指差した。人手が足りないからなのか、明らかに治療に慣れていない騎士も治療を手伝っている。衛生兵だけでは治療が追い付かないのだろう。
俺はすぐにサイモンを始めとした重症者の傷を確認し、回復魔法を連発して応急処置を始めた。本当なら個別に集中して魔法を使いたいところだが、それをするとここにいる何人かは確実に手遅れになりそうだったので、まずは傷を塞ぐことを第一にしたのだ。
「プリメラ! このバッグの中に回復薬が入っているから、重傷者に五番と書かれたものを一人につき一本手分けして飲ましてくれ! その間に俺は他を見てくる!」
「分かりました!」
重症者として分けられていた十数人は、回復魔法の連発でとりあえずの危機を脱した。まだ治療が必要ではあるが、他の場所に緊急治療が必要な騎士がいないか確かめる為に、この場は一時的にプリメラたちに任せることにした。
「テンマ、何があったのじゃ!」
「じいちゃん! 詳しくは知らないけど、とりあえず俺と一緒に重傷者の治療をお願い。ジャンヌ、アウラ! 治療に当たっている騎士たちに薬を配ってくれ! アムールとレニさん……とリリーたちは、騎士たちの手伝いを頼む!」
少し遅れて到着したじいちゃんたちに、説明をする前に指示を出した。じいちゃんも回復魔法が使えるし、他の人より魔力も経験もあるので、一気に治療が進むだろう。それにジャンヌやアウラには、常に多くの薬を持たせているし、レニさんは仕事柄怪我の手当ても出来るだろう。リリーたちまでいたのには驚いたが、三人共冒険者なので怪我の手当ては一通り経験しているだろう。アムールは……力仕事なら、十分な戦力になるはずだ。
普通なら部外者ということでいい顔はされないだろうが、緊急事態だったことや騎士団の関係者が助けを求めたこと、それに元々顔見知りだったこともあり、特に気にする騎士はいなかった。まあ、気にする余裕がなかったからとも言えるが。
じいちゃんたちが来てすぐに、非番でいなかった騎士たちも集まってきたので、人手は十分過ぎる程に集まり、重傷者の治療もほぼ大丈夫だと言えるところまで施すことが出来た。
「テンマさん! 総隊長が来て欲しいそうです!」
一段落着いたところで、総隊長のアランからお呼びがかかった。丁度じいちゃんにも説明しなければならないところだったし、代表の一人としてじいちゃんにもついてきてもらうことにした。
「テンマ・オオトリ殿、マーリン・オオトリ殿。今回のご助力、誠にありがというございます」
部屋に入って早々にアランは立ち上がり、頭を下げて礼を言ってきた。
「それで、今回の原因は? まるで戦争でもしたような有様でしたが?」
規模は小さいかもしれないが、あれは戦時中の野戦病院だと言われても納得しそうな光景だった。そして、アランが俺たちを呼んだ一番の理由がそこにあるようで、先程よりも険しい顔になった。
「実は、あの化け物が現れた」
あの化け物とは、ケイオスと同じ個体のことだろう。しかしあの化け物が現れたからと言って、それだけであそこまでの被害が出るとは思えない。
「言いたいことは分かる。いくら何でも、一体であそこまで被害が出る程グンジョー市の騎士団は弱くない」
「つまり、複数の化け物が現れたというわけじゃな」
あの化け物が誰かの手による作られた存在だとすれば、複数同時に現れるのは予想出来ていたことだ。今回の事件は運悪くその予想が当たってしまったのだと、俺たちはアランの話からそう推測した……のだが、実際はそれよりも数段上を行く事態だった。
「まず、現れた化け物は五体。そのうちの二体は、騎士団の背後から奇襲をかけてきた。数頭の魔物を引き連れてな」
複数というので二体、多くてもせいぜい三体程度だと思っていたのだが、実際にはその倍近い五体であり、さらには奇襲を仕掛けるような戦略的行動をとったというのが衝撃的だった。それに数頭とは言え、魔物を使役していたということも。
事件の概要としては、サイモンが自分の隊(第二番隊)の半数と第一番隊の半数を引き連れて郊外に訓練に向かい、その帰りに怪しげな三人組を発見。その三人組を調べようと数人の騎士が使づいたところ、三人は逃走した。その為、騎士団の半数ほどで追いかけ包囲したところ、騎士団の背後から二体の化け物が魔物と共に奇襲を仕掛けてきて、それと同時に包囲していた三人組が暴れだした為に乱戦となったというものだそうだ。
一体で騎士数人分の強さを持っていると思われる化け物が魔物と連携しながら奇襲し暴れた為、開戦当初から騎士団は押され気味だったそうだ。その中にあって、サイモンは訓練通り数人で一体に当たることを叫び続け、化け物の内の一体を何とか切り伏せたそうだが、部隊の中心人物と見破られて集中攻撃を受けて重傷を負ったらしい。
サイモンが重傷を負った直後に、二体目の化け物に深手を負わせることに成功したところで、残っていた半数の騎士たちが駆けつけた為、化け物たちは撤退したそうだ。逃げ出す際に魔物は騎士たちの足止めを行い、化け物たちは深手を負わされた仲間を担いで逃げるという、ケイオスの時とは比べ物にならないくらいの知能的な動きを見せたらしい。
「じいちゃん。もしじいちゃんが傷を癒して疲れを取ろうと思ったらどうする?」
「それはまあ、休息をとるか食事にするかのう」
「じゃあ、魔物は?」
「同じじゃろう……まさかテンマは、あの化け物も同じことをすると言うのか?」
「推測になるけど、体のつくりは人間とほぼ同じなはずだから、あり得ると思っている」
「我々もテンマ殿と同じことを考えています。そして運の悪いことに、化け物の逃げた先には村がいくつか存在するのです。第一番・第二番隊の残りを討伐隊として向かわせましたが、正直言って被害を出さずに倒せるとは思えません」
奇襲を受けたとはいえ、数十人の騎士が重軽傷を負わされたのだ。それに、外から村を見ただけでは化け物がいないとは判断できないので、ある程度の時間がかかってしまうのは間違いない。そんな状況で被害を出さないのは無理だろう。一つ二つの村の壊滅で化け物を討伐出来たらいい方かもしれないし、最悪の事態としては、それだけの被害を出しても化け物を逃がしてしまうということも考えられる。
「じいちゃん、俺たちも討伐に向かおう! 空を飛んでいけば、化け物が被害を出す前に倒すことが出来るかもしれない!」
「そうじゃな。その前に、村の位置や地形が分かる地図を見せてくれ」
「すでに用意しております」
アランは丸めて置いていた地図を広げ、グンジョー市と村の位置関係が分かりやすいように石を置いて行った。
「一番近い村で五km、遠いところで三十kmと言ったところです」
「討伐隊は一番近いところから回っているのじゃな。なら、わしとテンマは遠いところから回った方がいいかもしれぬのう」
「とりあえず、その案で行こう。プリメラ、俺とじいちゃんはこのまま飛んでいくから、ジャンヌたちへの説明は任せた。それと、各々の判断でゴーレムを使うようにと伝えてくれ」
「分かりました。テンマさんもマーリン様……おじい様も、お気を付けください」
「テンマ殿、マーリン殿、よろしくお願いします。それとプリメラ、除隊間近で体長を辞任している身ではあるが、緊急事態ということで隊長格と同等の権限を与える。補佐には、同じく副隊長格の権限を与えたアイーダを付けるので、万が一の時は部隊の指揮を頼む」
「はっ! 了解しました!」
プリメラの他にも隊長の代理を務めることが出来る騎士はいるのだろうが、そう言った騎士たちは万が一の際に前線に出ないといけないので、元ではあるが部隊長経験者でまだ騎士団に籍を置いているプリメラを上に置くということだろう。
「それじゃあ、プリメラも気を付けて」
プリメラたちに見送られて、俺とじいちゃんは騎士団の中庭から飛び立った。
「それでテンマ。一番遠い村に向かうのか、それとも討伐隊の二つ三つ先の村に向かうのか、どっちじゃ?」
「討伐隊が向かっている村の一つ先から回る」
「テンマは、二番目当たりの村が危ないと考えておるのか?」
「いや、一番可能性が高いのは三番目か四番目だと思っているけど、化け物を探すだけなら時間はかからないと思うから、騎士団の手が回っていないところから探っていくだけだよ」
俺は一番近い村が、一番化け物が潜んでいる可能性が低いと思っている。何故なら、戦略を立てるだけの知能があるとすれば、一番近い村が一番早く敵がやってくると考えてもおかしくないからだ。もっとも、一番近い村はすでに襲われた後だということも考えられるが、その場合でも化け物はもうその村にはいないだろう。
「理由は分かったが、どうやって探すのじゃ? それよりも、二手に分かれた方がいいかもしれんぞ」
じいちゃんは二番目の村から探ることには納得したが、それよりも二番目・三番目の村と、四番目・五番目の村と言った感じで、二手に分かれた方がいいのではないかと提案してきた。しかし、
「いや、俺の魔法に周辺の様子を探る『探索』っていう魔法があるから、それを使いながら化け物を探す。その魔法だったら、半径十kmは探ることが出来るから、一つの村にかかる時間はほんの少しで済む。だから、二人で行動した方がいいと思う」
「ふむ、そう言う理由があったのか……まあ、その魔法やその他の魔法のことはおいおい聞くとして……化け物の捜索はテンマに任せて、わしは大人しくついて行くこととしよう」
そう言ってじいちゃんは、俺の後をついてくるように少し位置を下げた。
そして討伐隊を追い越して、三番目の村を視界にとらえるかという時に、
「じいちゃん、見つけた! 化け物が四体、付近に魔物の気配は無し! そのうち二体が、村人と交戦中! まだ死者は無し!」
「ならば、このまま突っ込むぞい!」
村人と戦っていない化け物は、家畜小屋の中で食事中のようだ。幸い、犠牲になったのは人ではなく牛のようだが、村人側に犠牲が出るのは時間の問題だろう。今なら戦い始めたばかりのようなので、急げば死人は出ないだろう。
そう思って化け物と村人の間に割り込もうとしたが、次の瞬間に村人たちがまとめて薙ぎ払われた。
「じいちゃん! 俺が化け物の気を引くから、その隙に化け物を引き離して!」
「了解じゃ!」
俺は少し作戦を変えて速度を落とし、真上に魔法で光と音を発生させた。まあ、光と音と言っても、近くで発生させたら網膜が焼けたり鼓膜が破れたりするレベルのものだ。
二匹の化け物は村人に近づこうとしていたところで、光と音に驚いて動きを止め、その隙に一体はじいちゃんの体当たりで家畜小屋に吹き飛ばされ、もう一体は杖で殴り飛ばされていた。二体とも俺の魔法のせいでじいちゃんが逆光になったのだろう、無防備な体勢でやられていた。
「テンマ! 小屋の方は頼むぞい! わしはあれを叩き潰す!」
あれと指差されたのは杖で殴り飛ばされた方で、勢いがなかった分だけ遠くに飛ばすことが出来ず、さらに威力も落ちていた為(それでも常人なら戦闘不能になるくらいの威力はあった)、ふらつきながらも立ち上がって刃をむき出しにしてじいちゃんを睨んでいた。
「それじゃあ、俺は小屋のやつね。その前に、『ヒール』……俺たちはグンジョー市騎士団からの要請であの化け物を探していた。動けるのなら、後ろの方に下がっていてくれ!」
怪我をしていた村人たちに回復魔法をかけて、後ろに下がるように指示を出した。そして、小烏丸を出して家畜小屋の方に体を向けると、
「グルゥアアアアァァァーーー!」
小屋を壊しながら、吹き飛ばされた化け物が飛び出して来た。
「腕が四本になったか……増やすのも元に戻すのも、自由自在になったのかな? まあ、これで三本になったけど」
腕が二本から四本になって襲い掛かってきた化け物は、すぐに俺に腕を切り飛ばされて三本になった。
「でも、また生えるのか……やっぱり面倒くさいなぁ……それで残りの二匹は、いつまでかくれんぼしているつもりだ?」
切り飛ばした腕は、やはりケイオスと同様にすぐに新しいものが生えてきた。
面倒くさいと思いながら化け物に近づき、半壊した小屋に隠れている残りの二匹に声をかけたが、まだ姿を見せる気はないらしい。
「仕方がない、なっ!」
何かしらの作戦があるのだろうと思いながら小烏丸の間合いまで一気に差を詰めると、化け物は慌てながら後ろに下がった。
「逃がすかよ……って、これがやりたかったのか!」
追いかけるようにもう一歩踏み込むと、ようやく後ろに隠れていた二匹が飛び出して来た。多分、釣り野伏のような形で、前と左右の三面から俺を包囲したかったのだろう。
化け物からすれば高度な作戦を思いつき実行したつもりなのだろうが、隠れていることがバレている時点で作戦は失敗しているのだ。まあ、これが普通の相手であり、なおかつ化け物の力と文字通り手数の多さを活かして攻めることが出来たのならば、まず負けることは無いだろう。色々な意味で、『普通』の相手ならばの話だが。
「実はな……俺も腕が四本あるんだよ」
左右の二匹が射程圏内に入った瞬間、同時に地面に叩きつけられた。その正体は『巨人の守護者』だ。『ギガント』の拳で二匹を上から叩きつけたのだ。その結果、一匹は瀕死の状態ではあるもののギリギリ生きているみたいだが、もう一匹の方は胸の魔核が砕けたのか即死した。
優勢であると思っていた状況が一瞬でひっくり返された為か、正面にいた化け物は間抜け面をさらしながら固まっていた。そして次の瞬間には、二つに分かれて絶命した。
「テンマ! こっちは終わったぞ!」
俺が二匹殺したところでじいちゃんの方も終わったようで、死体をマジックバッグに入れながらやってきた。
「こっちもほぼ終わったところ。その二匹は完全に死んだから、後はこいつだけ」
「それなら、はよ終わらせるのじゃ。いくら化け物とは言え、嬲り殺すのは趣味が悪いぞい」
じいちゃんはそう言って止めを刺すように言うが、俺は少し考えがあってまだ化け物を活かしているのだ。
「まあ、趣味が悪いと言われても仕方がないかもしれないけど、一つだけ確かめておきたくてね」
そう言って俺は、ある程度回復して徐々に動きが大きくなってきた化け物の腕に小烏丸を突き立てた。そうして出来た傷は小烏丸を抜くとものの数秒で塞がり、一分もしないうちにどこに傷があったのか分からなくなるくらいに回復した。
「じいちゃん、俺が付けた傷が完全に回復したのをちゃんと見たね?」
「それは見ておったが……何をする気じゃ?」
「こうするんだよ」
じいちゃんの質問に答えるように、俺は小烏丸で化け物の胸の中心を切り開き、手を突っ込んで魔核を引きずり出した。
「何を……ぬっ!」
魔核を抜き取ると、化け物はもがき苦しみだしてすぐに死んだ。
「じいちゃん。こいつの死因は、明らかに胸の傷によるものじゃないよね?」
「そうじゃな。傷ではなく、魔核を失ったからと考えるのが妥当じゃろう」
「つまり、馬鹿みたいに再生能力の高いこの化け物の弱点が分かったってわけだよね?」
「そうじゃな。色々と条件はあるが、はっきりと弱点と言えるものが分かったのはかなりの収穫じゃろう」
正確に魔核を狙う技術が必要だったり、化け物相手にそれを行う実力が必要だったりと言う課題はあるが、それでも弱点が分かったのは大きい。もし何らかの方法で化け物の身動きを封じ込めることが出来た場合、ハンマーのような打撃系の武器を使えば一撃で倒すことが出来るかもしれないのだ。
「ここでの化け物の話はこのくらいにして、怪我人の様子や今回の被害についての話を村の人たちとした方がいいかもね」
そこまでしてくれとは言われていないが、サンガ公爵領で起こった出来事は完全に他人事だとは言えないところもあるし、多少の要望くらいは公爵に直接伝えることも出来るだろう。まあ、公爵領で化け物を退治した一冒険者としての立場を超えない程度のものにした方がいいとは思うけど。
その後、化け物にやられた村人の怪我を治し、村長に軽く事情を話してこの話を口外しないように釘を刺して(サンガ公爵がどういった判断をするのか分からないので念を入れた形。その代わり、家畜や小屋の修繕費と言った要望を公爵に伝えると約束した)村を去り、こちらに向かっているであろう討伐隊と合流した。
討伐隊を率いていた第一番隊隊長のサントスに化け物の討伐を完了したことと、村の被害や化け物に関する口止めなどを報告したところ、俺が出した条件や村の被害を事細かにメモを取られた。
やはり出すぎた真似だったかと思ったが、緊急時でありなおかつ俺が公爵家令嬢の婚約者であるので、それくらいであれば特に問題は無いだろうということだった……と言うか、関係者である俺がサンガ公爵の名前を出した時点で、俺を罰する権利を持つのがサンガ公爵家となるので、サントスにはどうすることも出来ないということらしい。
メモを取ったのは、俺が出した条件を向こうが勘違い、もしくは改ざんする可能性があるので不正が起きないようにする為と、騎士団の報告書に載せるのに必要だからだそうだ。
討伐隊とも別れた俺とじいちゃんは、行きよりは速度を落として騎士団本部に戻った。騎士団本部ではかなりの厳戒態勢が敷かれており、いつでも出動できるように準備がされていたが、俺とじいちゃんが戻ると隊員たちの緊張が少し緩み、アランから化け物の討伐が完了したと知らされると、厳戒態勢が解かれて隊員たちの半数は解散した。残りの半数は怪我人の面倒やいつも通りの仕事(街の見回りや警備)などに戻って行った。
「テンマさん、マーリン様、お怪我はありませんか?」
「ないよ。ギガントで叩き潰したから」
「わしもないのう。一体だけじゃったし、そこまで強い個体ではなかったみたいじゃったしのう……それはそうと、おじい様でかまわんのだが?」
じいちゃんは出がけの呼び方を希望していたが、プリメラはまだ慣れていないので意識しないと呼べないとのことなので、これから気を付けると返していた。
「それはそうと、ジャンヌやアムールたちは?」
「ジャンヌとアウラは夜食の準備や治療の手伝いをしてもらっています。リリーたちは冒険者ギルドに戻ってギルド長に今回の事件を報告してもらい、何かあった場合にそちらで手伝って貰うようにしています。アムールは寝ています」
ジャンヌたちへの指示は納得できるものだったが、アムールは手伝いに関して戦力外通告されたのか? と思ったら、
「恥ずかしながら、テンマさんとマー……おじい様の居ないグンジョー市では、騎士団も含めてアムールが最大戦力の一つとなります。何かあった場合は前線に出てもらうことになるので、苦手なことを手伝って貰うよりも万が一に備えて休んでもらうことになりました。ただ、熟睡するとは思ってませんでしたが……」
ゴーレム(プリメラの騎士型三体に、ジャンヌとアウラのサソリ型二体)やスラリンたちと同様に、アムールは一人でも化け物と戦える可能性のある戦力であると同時に、誰とでも連携できる戦力(人の言葉で意思疎通できるという意味)でもあるので、体力を温存してもらっていたのだそうだ。まあ、この緊張した場面で寝るとは思っていなかったようだが、体力の温存には違い無いのでそのまま寝かせているようだ。
「差し迫った問題は無いわけだから、アムールはそのままでいいか。明日は色々と忙しくなりそうだから、俺は寝るとするよ。隅の方に馬車を出すから、何かあったら起こしてくれ」
明日は恐らく、ギルド長たちも含めた報告会になるだろう。その数日後にはサンガ公爵かアルバートが来るだろうから、そちらにも報告しないといけないと思われる。それだけでも面倒く……忙しくなるはずなのに、その合間合間でフェルトのところに顔を出して衣装合わせまでしないといけないのだ。
「プリメラも準備なんかがあるんだから、休める時はちゃんと休めよ。それか、いつでも俺を頼ってくれ」
「はい、分かりました。それでは、今から頼らせてもらいます」
「うん?」
そう言って眠りに行こうと歩き出すと、プリメラは逃がさないと言った感じで俺の腕を掴んだ。そんなプリメラは、
「すでにギルド長が待っています。これから冒険者ギルドとの話し合いがありますので、責任者の一人として参加してください」
と言って、不機嫌そうなギルド長を指差した。
「フルートさんとハルト君との時間を奪われたと言って、ギルド長の機嫌がすごく悪いです。なるべく早く帰ってもらいたいので、疲れているとは思いますがどうかお願いします……」
などと困ったような顔でプリメラが言うので、嫌とは言えずにそのまま話し合いに参加することになった。なお、もう一人の討伐参加者はと言うと、
「わしはテンマの指示に従っただけじゃから、休んでおるからの」
ちゃっかり話し合いから逃げて、俺から馬車を奪って眠りに行ったのだった。ちなみに、報告と話し合いは朝方近くまで続き、ようやく終わって眠りについてもその数時間後に討伐隊が戻ってきたので(じいちゃんに)たたき起こされ、何故か『第二陣討伐隊隊長』と言う肩書を与えられて二回目の話し合いに参加させられたのだった。