第17章-14 ソレイユ
「はぁ……疲れた」
「そうですね……」
騎士団本部で総隊長のアランと話していると、プリメラと俺が来ていると聞きつけた元部隊長のアイーダが遊びに来たのだ。それまではプリメラの引退式(部隊長なので、やる必要があるらしい)の話や引継ぎの話などが中心だったのだが、アイーダが来てからはガラッと内容が変わり、プリメラの恥ずかしい話や失敗話などになり、その流れから俺やプリメラがからかわれたのだった。
予定を大幅に超えたことに焦れた補佐官が仕事の催促に来なければ、まだ騎士団本部でからかわれ続けていただろう。
「何か食事をしてからギルドに行きたかったけど、時間が押しているしこのまま直行かな?」
「それがいいですね」
ライデンであれば十数分もあれば到着できるので、馬車は出さずに二人乗りで移動することにした。街中で女性と二人乗りなんてしたことが無いので多少気恥ずかしいが、夫婦になるのでおかしなことではないだろう。
「テンマさん、その道は左に行ってください。右は許可がないと馬での移動が出来ませんので」
「了解」
グンジョー市の中を馬で移動したことがほとんどなかったので知らなかったが、許可がないと通れない道がいくつもあるそうだ。一応グンジョー市に入る時に馬車での通行の許可はもらっているが、ライデンのみでの通行の許可を得ていないので、通らない方がいいとのことだった。
俺が予定していた道をいくつか遠回りしてしまったが、それでも徒歩で移動するよりはかなり早く到着することが出来た。
「予定の時間より、多少遅れたくらいかな?」
「そうですね。元々おおよその時間で伝えていたので、許容範囲だと思います」
ライデンでの移動と、道に詳しいプリメラの誘導で俺たちは予定より少し遅れたくらいでギルドに到着した。まあ、デートの時間を削ったおかげとも言えるけど。
「とりあえず、入ろうか……なんか変な感じがしないか?」
「そう言われると、妙に静かな気が……あぁ……」
冒険者ギルドに入ってすぐに、俺とプリメラは何か様子が違うことに気が付いて周囲を見回した。そして、ほぼ同時にある光景を見つけてしまった。それは、
「三対三で睨み合っているな」
「暴れないだけいいのかと……いえ、暴れた後か暴れようとして、フルートさんに怒られたのでしょうね」
プリメラの言う通り、三人はテーブルを挟んで睨み合っているが、それだけで済んでいるのはフルートさんが受付から睨みを利かせているからだろう。
「ていうか、何でレニさんがいるんだ?」
その呟きが聞こえたからなのか、それまで睨み合っていた六人が一斉に俺たちの方を向いた。
「……フルートさん、お久しぶりです。その子がフルートさんのお子さんですか?」
「ええ、お久しぶりです。そうです、この子が私とマックスの子で、『ハルト』と言います」
ハルト君は、ギルド内に漂う険悪な雰囲気など気にせずにすやすやと寝ている。ギルド長の図太さと、フルートさんの肝の太さを受け継いでいるのかもしれない。
「それでテンマさん。あちらの方々がお待ちのようですけど、行かなくてもいいんですか?」
「その前に、何があったのか知りたいんですけど」
フルートさんがそばにいるので近づいてこようとはしないが、少しでも離れたらすぐに寄ってくるだろう。フルートさんからすれば、近寄ってきた六人をそのまま外へと連れて行って欲しいみたいだ。まあ、あのうちの半分……くらいは俺の責任とも言えるので、進んで外に連れて行かなければならないのだろうが……その前に、情報収集だけはしておきたい。
「そう言われても、普段通り依頼を見に来た『山猫姫』の三人と、遊びに来たアムールさんたちが鉢合わせになって、いつも通りじゃれ合っただけですよ。もっとも、じゃれ合うというには少し過激になりかけていましたが……少し話せば静かになったので、そのまま大人しくしているようにお願いしました」
流石フルートさんというところだろう。リリーたちは当然として、付き合いの浅いアムールをあそこまで大人しくさせる人は、そうはいないはずだ。
フルートさんに話を聞き終えたので、今度こそ六人の所に行かなければならないのだが……その前に、あそこにいない二人を探すことにした。フルートさんにはまだ行かないのかと思われそうだが、間に入って苦労する人数が多いければ多いほど一人当たりの負担は少なくなるので、仲間は必要だ。
「じいちゃんとジャンヌは……いた!」
二人は、六人がいるところの反対側の目立たないところに座っており、気配を消すかのように静かにしていた。そして二人は、俺と目が合うとすっと逸らして気が付かなかったふりをしている。
なので、一度アムールとレニさんに視線を送ってからじいちゃんのところに向かうと、二人も席を立ってじいちゃんの方に移動し始めた。それを見たアウラとリリーたちも、自然とじいちゃんの座っている席の近くに集まってきた。
「さて、何が原因かはいつものことだから聞かないけど、周囲に迷惑はかけないこと。あと、じいちゃんは保護者としての責務を放棄しないように。以上! 解散!」
この件に関しては、あまり深く掘り下げすぎるといいことが無いので当たり前の注意だけして終わらせようとしたのだが……フルートさんにすごい睨まれている上に、周囲で聞き耳を立てていた冒険者や職員達からは、「それは無いだろう」というような視線を向けられた。まあ、無視するけど。
これで終わりという感じで言葉を切り、ジャンヌとアウラに人数分の飲み物を頼むと、じいちゃんは「保護者ではないのだが」と呟きながらお茶ではなく酒とつまみを注文し、フルートさんは「まあ、暴れないのでしたら」と諦めていた。
「あの~……それで、いつになったらツッコミを入れてもらえるんでしょうか?」
ジャンヌとアウラが配ったお茶を飲んで一息入れていると、遠慮がちにレニさんが声をかけてきた。
「いや、どうせアムールからグンジョー市行きを知らされて、驚かそうと思って先回りしたとかいうところでしょ?」
前に辺境伯領であった時も、ラニさんやドニさんと一緒になって驚かそうとしていたくらいだから、不思議ではない。まあ、あの時はたまたま同じ所にいたからだったけど、事前に行き先を知っていたら先回りくらいはしてもおかしくないと思う。
「それでもグンジョー市に来るのが早すぎるとは思いますけど、アムールは南部の関係者に手紙を預けることが多いですから、途中で受け取ったとかいうところでしょうし」
俺の推測が当たっていたからなのか、レニさんはそれ以上は何も言わなかった。
「テンマ、終わったか?」
ここでようやくギルド長が奥から姿を見せた。これまで仕事をしていたからなのか逃げていたからなのかは分からないが、静かになってから姿を現したギルド長に対し、冒険者や職員達からは冷ややかな視線を浴びせられている。もっとも、本人は気にした様子を見せてはいないが。
「実は、相談があってな」
ギルド長はフルートさんに何か確認するように視線を向けた後で、そんなことを言いながら俺の方へとやってきた。
「何でしょうか? お金のことなら、一年程考えさせてください」
「いや、それは貸す気がないだろ……まあ、金のことじゃなくてだな。最近、冒険者がよく角ウサギを持ってくるんだが、テンマの方で引き取ってもらえないかと思ってな」
何でも、俺が結婚に関する用事でやってくるという話が、いつの間にか角ウサギの肉を集めにやってきたという話に変わり、以前セルナさんの結婚式の時に出したものと同じ依頼が今回も出されると思った冒険者が多かったらしく、持ち込みの量が増えているそうだ。
「使い道はありますから、こちらで引き取ってもいいですけど……解体はしてもらいますよ。それと、多少の値引きもお願いしますね」
「解体は当然だが、値引きは……フルートに相談してくれ。俺が勝手にやると怒られるからな」
このままギルド長と交渉した方が俺としては楽だったが、それはギルド長も分かっているのだろう。試しにフルートさんに向けて指を三本立てると、フルートさんは指を一本立ててきた。それは割引率が低いだろうと交渉した結果……一割五分引きとなった。最低でも二割引きしてもらいたかったのだが、フルートさん相手だとこれが限界だろう。これがギルド長なら、強気に攻めて二割五分は行けると思っていたのに……
「はい、これが代金。それと、これ以上は買い取るつもりがないと、ギルドの方で告知してくださいよ」
「分かっている。それに、角ウサギの乱獲が続いているせいで、この周辺での数が激減しているからな。今後は冒険者が持ち込んできたのを市場に流しても、値崩れは起こさないだろう」
ギルドの在庫処理に付き合わされたようなものだが、こちらにも利益はあったのは確かだ。それに、どのみち結婚式とその後の二次会で使う肉が大量に用意する必要があったのだ。それが、多少とはいえ割り引かれた価格で手に入ったのは上出来と考えるべきだろう。
「それと、これは冒険者ギルドからの結婚祝いだ」
買い取った角ウサギをマジックバッグに入れていると、ギルド長が角ウサギが入っていたものとは違うバッグを持ってきて俺とプリメラの前に置いた。
「中にはマルドリ三十羽とイノシシが十頭、鹿が十八頭分の肉が入っている。夏に捕ったやつだから油は少ないが、その分あっさりしているぞ」
何でも、セルナさんの結婚式に参加した冒険者たちが中心になって狩りを行い、ギルド職員で解体したそうだ。かなりの量だが、俺が持ち込んでいた時よりも余裕があったとギルド長が笑うと、こちらを見ていた冒険者たちからも笑いが起きた。
「そう言うわけだから、遠慮なく持って行け。セルナとアンリの結婚式の時に、ほとんどただ食いだったような奴らの償いみたいなものだからな」
そう言って笑い続けたギルド長だったが、その結婚式に参加したと思われる冒険者たちの笑い声が小さくなったことに気が付いた瞬間、そそくさとギルド長室に逃げて行った。
ギルド長が悪くした空気を変えるようにプリメラが冒険者たちに礼を言ったので俺もそれに続くと、すぐにギルド内は元の雰囲気に戻った。まあ、あれは冒険者たちなりの冗談も交じっていたので、元から深刻なものではなかったのもすぐに元に戻った理由の一つだろう。
そのまましばらくの間、俺たちは和やかな雰囲気の中(一部除く)で過ごしていたが、『満腹亭』に行く時間が迫って来ていたので、周囲の冒険者たちにもう一度礼を言ってギルドをあとにした。
「いいものを貰ったな。油があまり乗っていないって言っていたけど、調理次第では十分結婚式で使えそうだ」
「そうですね。皆さんに感謝しないと」
「ところで、それらでどういった料理を作るつもりじゃ?」
と、俺とプリメラにじいちゃん、あとジャンヌは貰った肉の調理方法の話で盛り上がっていたが……俺たちの後方では、六人がまだけん制し合っている。そしてそれは、『満腹亭』に到着しても終わることは無かった。
「おやじさん、おかみさん、お久しぶりです!」
もうすぐ夕食時ということもあり食堂はかなりの人で賑わっていたが、おやじさんとおかみさんはすぐに俺に気が付いて手を振ってくれた。ただ、忙しくてあいさつできそうにないので、席に着いて待っていることにした。だが、
「のう、テンマ……あの距離であの組み合わせは危なくないかのう……」
空いている席が四人席と六人席しかなかったので、けん制し合っているアムールたちとリリーたちが一緒に座ることになったのだった。
「リリーたちは『満腹亭』を拠点にしているから、下手に騒いで追い出されるような真似はしないと思う。アムールはレニさんが付いているから、リリーたちが先に手を出さなければ大丈夫だと思う。アウラは、クビになる可能性が高いのに自分から動く度胸は無い」
わざと六人にも聞こえるように言うと揃って一瞬ピクリと反応し、険悪な気配が少しだけ薄れた。特にアウラは分かりやすく動揺しているので、これで間違っても自分から動くことは無いだろう。
これでしばらくの間は大人しくしているだろうと思っていると、
「あい!」
テーブルの下から声がした。驚いて下を見ると……そこには女の子がいた。まあ、すぐに『鑑定』を使ったのでその正体は分かったし、この場にいてもおかしくない子供だったので納得した。
「ソレイユちゃん、こんにちは」
プリメラは何度か会っているのですぐに分かったようで挨拶をすると、ソレイユちゃんは返事の代わりにプリメラに笑いかけていた。前にあった時より一年近くたっているので、『鑑定』を使わなかったら分からなかったかもしれない。それくらい子供の成長は早かった。
「こんにちは」
「あい!」
ソレイユちゃんは、俺を見上げながらずっとズボンを掴んだままだった。
「テンマ、抱っこしてほしいんじゃないかのう?」
どうしたのかと思っていると、ソレイユちゃんを見ていたじいちゃんがそう言うので試しに抱き上げようと手を持って行くと、ソレイユちゃんは万歳するように両手を挙げた。抱っこして膝の上に座らせると、ソレイユちゃんはにこにこしながら楽しそうに周りを見回している。ただ、睨み合っていた六人の方は、座っている体の向きの為か不穏な気配を感じた為なのかは分からないが、一度顔を向けただけでその後は完全に無視していた。
俺の後でソレイユちゃんは、プリメラの膝の上、ジャンヌの膝の上と移動し(させられ)、じいちゃんに抱っこされたところで眠たそうにし始めたので、おかみさんに抱きかかえられてベッドへと取れていかれた。
「ソレイユの相手してもらって悪かったな。マーリン様も済みません」
おかみさんと入れ違いで、おやじさんが飲み物と大皿に盛った料理を続々と運んできた。
「こっちとこっちはシロウマルたちの分だ。余りものや廃棄予定のものだが、大丈夫だろう?」
おやじさんはシロウマルたち用に焼いた肉の他に、出汁を取った後の骨や切り取ったスジを焼いたり湯がいたりしたものも持ってきてくれた。
「大丈夫です。ありがとうございます。ここでは出せないので、バッグの中で食べさせますね」
「ああ、そうしてくれ」
基本的に『満腹亭』の客は常連が大半を占めるのでシロウマルを出しても大丈夫かもしれないが、あのころと違いソロモンもいるし、俺が出て行った後で利用し始めた客もいるので、混乱が起きてしまうだろう。まあそうでなくとも、食堂で動物を出すのは不衛生なので控えるべきだろう。
「それにしても、ソレイユちゃんはアムールたちのことは興味がなかったみたいだな。リリーたちはここを拠点にしているんだから、懐かれていてもおかしくないと思うんだけどな」
そう呟くとプリメラは苦笑いをし、リリーたちは気まずそうな顔をした。そんな三人を見たアムールは、興味津々と言った感じの顔をしている。
これは何かあったなと怪しんでいると、
「単純に苦手に思われているだけだ!」
「ソレイユちゃんは人懐っこし、好奇心旺盛だから誰にでも愛想がいいんだけどな」
「険悪な雰囲気とかに敏感で、ちょっとでもそんな気配がすると近寄らなくなるんだよ!」
と、周囲で飲んでいた常連客が教えてくれた。
「生まれた時から賑やかなところにいるから、騒がしいのは大丈夫……と言うか、好きみたいなんだけどな」
「そうだな。こうして飲んでいるとよく近寄ってきて、そばでにこにこしている、『満腹亭』の看板娘だな!」
他の客も次々とソレイユちゃんの情報を口にし始めた。それなら、今は険悪な雰囲気のせいでリリーたちに近寄らなかっただけなのかと思ったら、
「普段から三人は、ソレイユちゃんに過剰にかまおうとしたり、誰が抱くかでよく揉めたりしているからな。苦手に思われても仕方がない!」
という原因を暴露されていた。リリーたちの反応からしても、その情報は本当のことのようだ。
その情報を仕入れたアムールとアウラは、早速リリーたちをからかい始めたが……
「多分、ソレイユちゃんがあそこに近寄ろうとしなかったのは、リリーたちが苦手なだけでなく、アムールとアウラも同じタイプだと気が付いたからだろうな」
「でしょうね」
「だと思う」
「まあ、そうじゃろうな」
と、二人の気が付かないところで俺たちは呆れるのだった。
そうしているうちにおかみさんも戻ってきて、料理の追加も来たり酒も飲んだりと、賑やかな雰囲気の中で食事が続けられていると、
「プリメラ! すぐに騎士団本部に来てくれ!」
突然、アイーダが息を切らせながら『満腹亭』に転がり込んできたのだった。