第17章-12 運の悪い男
「納得がいかない!」
大会から数日後のパーティーで、アムールは分かりやすく不貞腐れていた。チーム戦の決勝が終わってからずっとこんな感じで、正直言って皆困っている。
チーム戦の決勝で、アムールを加えた『暁の剣』は、ブランカ率いる『南部連合』に敗北した。ただ、その内容にアムールは納得がいっていないのだ。まあ、あの時の『南部連合』の作戦は、効果的で当たり前のことだとは思うのだが……あれは無いだろうというのが、見ていた大半の人々の感想だった。
「そうは言っても、先にやったのはアムールとじいちゃんだから、仕方がないだろ?」
「そうですよ。やったことをやり返されただけですし、ルール上は何も問題は無いのですから」
俺とプリメラがこのパーティーが始まってから何度も話しかけているのだが、それでも機嫌が直る気配はない。
ちなみにブランカたちが何をやったのかと言うと、開始早々にブランカと南部上位者の二人でアムールに向かって行き、一人がアムールの攻撃を防ぎ、もう一人がアムールの動きを羽交い絞めで止めて、最後のブランカががら空きになったボディに渾身の一撃を加えるという、黒い三〇星を彷彿とさせるような攻撃で、開始から一分もかからないような速さでアムールを無力化させたのだった。
ジンたちも突っ込んできたブランカたちを迎え撃とうとしたが、『暁の剣』が前衛三人、中衛一人、後衛一人の陣形だった為、残りの上位者がジンとメナスの、アムールの攻撃を防いだ上位者が一歩遅れたガラットの抑えに回られて、アムールを助けることが出来なかったのだ。
総合的な戦力差に加えて数的優位を得た『南部連合』だったが、そこから『暁の剣』は意外と言っては失礼だが、互角の戦いを繰り広げた。観客からは、アムールの早期リタイヤで一方的な戦いになるかと思われていただけに、『暁の剣』の戦いぶりはいい意味で想定外のことであり、応援の大半がジンたちに向けられたのだった。
そんな活躍の軸となったのが、今貴族の男性たちに囲まれて困っているリーナだ。もちろん、ジンたちの活躍もあってこその大健闘ではあったが、その中でも攻撃にけん制にと、目まぐるしく魔法を繰り出す戦い方は、あの十人の中で一番活躍していたと言われるにふさわしいものだった。
そんなリーナの活躍で、一時は上位者の二人をリタイヤさせるという数的優位を奪い取った『暁の剣』だったが、その動力源だったリーナの魔力切れを切っ掛けに、ブランカの怒涛の反撃を受けて敗北してしまったのだった。
「油断もあっただろうけど、格上三人に襲い掛かられたらいくらアムールでも負けてしまうのは仕方がないことだろう。まあ、ブランカたちが大人げないとも言えるけど……」
そう言ってブランカがいる方を見ると、当のブランカは俺の視線に気が付かずに浮かれた様子で酒を飲んでいた。
「あの最初の奇襲については、俺たちは一応反対したんだけどな」
「そうだそうだ。流石に大人げないし、卑怯……とまでは言わないが、決勝に相応しくないと思ったんだがな」
と、ブランカと一緒になって襲い掛かった二人が言い訳をしながらやってきた。他の上位者は、同意見だとでも言うように、静かに頷いていた。しかし、
「その割には、ノリノリで襲ってきた……」
ボソッと呟いたアムールの一言で、気まずそうに顔を背けたのだった。
例え本当に反対していたとしても、その作戦を実行もしくは容認した時点で、ブランカと同罪だとアムールは言いたいのだろう。まあ罪ではないが、アムールがそう言いたくなるのも分かる。ジンたちへの声援が多かったのも、観客の多くがアムールに同情したからというのも関係しているだろう。
「ま、まあ、ブランカは初優勝がかかっていたということで勘弁してやってくれ」
あくまでもブランカが主犯だという体は崩さないらしく、南部の上位者たちはアムールの前から逃げるかのようにばらけながら離れて行った。
「それはそうと……さっきから殺気が向けられているのが気になるんだけど」
「テンマ、面白くない」
別に駄洒落のつもりはなかったのだが、アムールは即座にツッコミを入れ、プリメラも同意見だというかのように頷いた。
「いや、本当に駄洒落じゃなくて、さっきからブランカのいる方向……と言うか、ロボ名誉子爵がめちゃくちゃ殺気を飛ばしながら睨んできているんだけど……」
「ほっとくのが吉! あれは空気! 無視してOK!」
そう言ってアムールは、俺とプリメラを引っ張ってその場から離れようとしたが……ロボ名誉子爵は距離を詰めてこうよとした。しかし、
「んっ!」
アムールの一睨みで動きを止め、その間に酔っぱらったブランカに捕まっていた。
ちなみにロボ名誉子爵は個人戦にも出場したのだが……結果は予選敗退だ。しかも、振り分けられた組の中で一番最初にリタイヤするというおまけ付きで。なお、リタイヤさせたのは同じチームの『南部連合』の上位者二人で、自分たちが決勝に進むのに一番邪魔になるという理由から、仲間だと思って油断していたロボ名誉子爵の背後から襲い掛かったのだ。
この仲間割れとも言える行為に観客や同じ組の参加者たちは驚き固まったが、試合を見ていた南部の関係者たちは大爆笑していた。その中でも一番喜んでいたのは間違いなくアムールで、まるで自分が優勝したかのようにはしゃいでいた。
「流石に個人戦優勝者となると、両手に花が似合うな!」
そう言いながら登場したのは、半ばやさぐれている様子のリオンだ。いつも通りお一人様なのが、やさぐれている原因だと思われる。まあ、そのふざけた言動の後で、リオンのすぐ後ろにいたアルバート、カイン、エリザの順で背中を叩かれていた。
「この馬鹿は放っておくとして……アムール、少しテンマさんにくっつき過ぎです。その位置はプリメラに譲って、一歩下がりなさい」
「うむ、それは申し訳ない」
エリザに注意されたアムールは素直に頷くとプリメラを俺に押し付けて、自分は言われた通りに一歩下がった。
「格付けが出来ているのはいいことだね。ところで、結婚式は大会が終わってからって言っていたけど、日取りは決まったの?」
カインの質問に一か月後に決まったと返すと、近くで聞き耳を立てていた貴族の内、何人かが速足で離れていくのが分かった。
「日取りが分かっても、呼ばれることは無いと言うのに……」
アルバートも気が付いていたようで、呆れた顔をしながらため息をついていた。
「お祝いの言葉だけならいいけど、参加させろって言って来る馬鹿が何人出てくるかな?」
すでに参加者は決まっているので、よほどのことがない限りは席を作るつもりはないし、そもそも貴族とは言え知り合いでもない奴を呼ぶつもりもない。
「まあ、もし俺のところに来たら、遠慮なく王様とマリア様に相談するし名前も出すから大丈夫だろう」
マリア様から、そう言うやつが現れた時はすぐに知らせるようにと言われているので、最低でもマリア様から許可が出ないと結婚式に参加できないのだ。もっとも、マリア様が出すことは無いと思うけど。
「料理なんかは少し想定外なことがあったけど、予定している分はほぼ作り終わったし、衣装もあとは細かいところを合わせるだけだ。それで、来週にグンジョー市でプリメラの関係者に挨拶するついでに、衣装合わせもしようと思っている」
「二人っきりで、婚前旅行というわけだね!」
カインがちゃかすように言ったが、実際にそう言った側面があると思っていたので素直に頷くと、
「あっ!」
という、驚いたような困惑しているような声が、俺のすぐ隣から聞こえてきた。
声の主はプリメラだ。何かあったのかと皆の視線が向けられると、プリメラは気まずそうに、
「あの……二人っきりじゃなくて、アムールたちも連れて行く約束をしています……」
その言葉に驚いたのは俺だけでなく、アルバートにカイン、エリザにシエラも驚いていた。そしてリオンは、最初は意味が分かっていなかったみたいだが、理解してからは笑いをこらえようとしていた。
「何でプリメラが……いや、プリメラだからこそか……すまん、テンマ。これは公爵家の教育が原因だ」
一般的に、平民の婚前旅行もしくは新婚旅行は、恋人や夫婦が二人だけでするのがほとんどだが、サンガ公爵家のような大貴族だと、護衛や世話をする使用人が付いてくるので大人数になるのが普通だ。しかもサンガ公爵家は、お義母さんたちの仲がいいので、誰かの記念の旅行でも一緒に行くことが多いらしい。それらの影響でプリメラも、当然のようにアムールやジャンヌを誘ったそうだ。
「うん、まあ、何と言うか……いつもと変わらない旅行だから、緊張しないで済みそうだね」
カインの言う通り、そう考えるしかないだろう。まあ、別に二人っきりでしなければいけないものではないし、事前の打ち合わせをしっかりとしなかったのも悪かったのだ。少し肩透かしを食らった感じがするが、そう言うことなら仕方がない。それにしても、新婚旅行だけでなく婚前旅行も家族同伴というのは、かなり珍しいことなのではないだろうか?
「もし迷惑なら、我が家の落ち度ということで結婚を延期して、責任をもって教育しなおすがどうする?」
「驚きはしたが、迷惑というわけではないから気にするな。俺がはっきりと言わなかったことが原因でもある。それにオオトリ家は、何かあると全員で行動することが多いからな。プリメラもそれを理解していたから、自然とアムールたちを誘ったんだろうし」
ここでアルバートの提案に乗ったら、公爵家との間に変な溝が出来るだろう。それに、プリメラがうちのやり方に馴染もうとしただけだと思えば、腹が立ったなどということはあり得ない。
「そう言ってもらえるのはありがたい……だが、プリメラ」
「はい……」
「あまり言いたくはないが、我が家が特別な環境というのは、君も分かっていたはずだ。アムールたちを誘う前に、一言テンマに確認すれば済む話だったのは間違いない。アムールたちも大切だと思うのならば、今後はそう言った配慮も覚えなさい」
「はい……」
アルバートは俺が怒っていないことを知ると、今度はプリメラを叱りだした。
俺からすればそこまで怒らなくてもいいと思うし、アムールたちにどう影響するのかという疑問があった。そんな俺にカインがこっそりと、
「テンマとプリメラの旅行は、どう見ても婚前旅行という風に見られるのが普通だよね? そこにテンマと同年代の未婚女性を連れて行くとなれば、事情を知らない者からすればテンマは婚約者がいるのに他の女性を連れて行くような節操なしと見られるかもしれないし、アムールたちはテンマ目当てで無理やりついて行った常識知らずと思われるかもしれない。アルバートは、そういうひねくれた見方をする奴がいるから気を付けろって言いたいんだよ」
そんなことを教えてくれた。確かに、プリメラが誘ったという話やサンガ公爵家の事情、そして俺が納得して許可したという話を知らなければ、アムールたちが空気を読まずについてきたとか、俺が手を出すつもりで連れて行ったとか言われそうではある。
「まあ、例えそんなことで騒いだ者がいたとしても、王族の方々やサンガ公爵様と言った、この国のトップクラスの権力を持った方々が事情を知っているので、逆に恥をかくだけだとは思いますけどね」
エリザは騒ぐ者が現れても大丈夫だと言い、それにリオンとシエラも同意した。まあ、そのトップクラスの人たちもからかうくらいのことはするだろうが、その分以上に俺とプリメラを守ってくれるだろう。
「貴族関係で言えば、王族バリアは最強クラスの効果を発揮するからな……お土産を忘れないようにしないとな」
「いや、それは流石に不敬すぎると思うけど……それが許されるのがテンマのすごい……と言うより、怖いところだよね」
「そうですわね……ところで、先程からアムールの姿が見えないのですが、どこに……」
話の途中で、エリザがふと気が付いたという感じでアムールがいないと言い出したので、自然と皆揃って周囲を探し始めた。すると、
「テンマ、お客さ……ま!」
アムールが珍しい組み合わせの二人を連れてやってきた。アムールは、数種類の料理が山盛りになっている大皿を抱えている。多分、自分がいじられる、もしくは面倒臭そうな話を嫌がって、この場から一時撤退するついでに好きな料理を集めに行ったのだろう。
そして、そんなアムールが連れてきた珍しい組み合わせの二人と言うのが、
「サンガ公爵にリーナというのは、始めて見る組み合わせですね」
サンガ公爵とリーナだった。
「まあ、二人で歩くというのは初めてだけど、プリメラの友人と言うことで顔見知りだから、おかしいと言う程ではないよ」
「そうですよ! むしろ私としては、プリメラやテンマさんが何で助けに来てくれなかったことが気になります!」
何を言っているのかと一瞬思ったが、すぐに囲まれているのを無視したことだと気が付いた。
ちなみに、サンガ公爵とリーナが一緒に来た理由は、男性に囲まれて困っているリーナを、娘の友人で顔見知りのサンガ公爵が懐かしくなって声をかけ、ついでにプリメラのところへ案内してもらう……と言う形で助け出したのだそうだ。
「アムールもですけど、お二人は私が困っているのを気付いていながら無視しましたよね?」
ジト目でこちらを見るリーナの迫力に、俺とプリメラは思わず目をそらしてしまった。アムールも名指しされたが、聞こえていないふりをして持ってきた料理を食べていた。
その後しばらくの間、リーナは俺とプリメラに愚痴や文句を言ってうっ憤を晴らそうとしていた。そんな様子を、サンガ公爵やアルバートたちは面白そうに見ている。そこに、
「まあまあ、リーナ。これでも飲んで落ち着くといい」
アムールが、ずいぶん前にプリメラを静かにさせた方法でリーナを黙らそうとした。しかし、
「大体ですね! アムールはわざわざ見えるところまできて、私を指差しながら笑うなんて趣味が悪いですよ! 聞いていますか!」
リーナはプリメラと違って、少しの酒で酔い潰れる程弱くは無いので逆に捕まっていた。それどころか中途半端に酒が入ったせいで、リーナのテンションは徐々に上がっている。
「そう言えば父上、来週のテンマとプリメラの旅行なのですが……プリメラがテンマに相談せずに、アムールたちを誘ったそうです」
その報告を聞いて、サンガ公爵は一瞬プリメラに鋭い視線を向けたが、すぐにアルバートがその話は解決していると続けたので元に戻った。
「なるほど、なぜそうなったのかは理解したが……プリメラ、今後は気を付けなさい。テンマ君、申し訳なかったね」
詳しい話を聞いたサンガ公爵は軽くプリメラを注意して、俺にも謝罪の言葉を口にした。その時の公爵がどこか気恥ずかしそうにしていたが、それはプリメラの行動は自分たちに原因があると思ったからだろう。
「姿を見ないと思ったら、こんなところにいましたか」
「なかなか戻って来んかったから、心配したぞ」
そのままダンスの時間まで世間話をしていると、サモンス侯爵とじいちゃんもやってきた。ただでさえサンガ公爵やアルバートと言った有名人が集まっているのに、さらに目立つ二人が合流したせいで、会場の隅の方にいると言うのに多数の視線が向けられることになった。
「テンマ、プリメラ……いい加減助ける」
ダンスの上達具合や、二曲目以降の組み合わせの話をしていると、忘れられていたアムールが不機嫌そうな様子で背中に覆いかぶさっているリーナを引きずりながら俺とプリメラの腕をつかんだ。リーナは完全に酔っぱらっているわけではないみたいだが大分テンションが高く、楽しそうにアムールの背中に引っ付いていた。
「ほら、リーナ! いい加減離れないと!」
流石に俺がリーナを触るわけにはいかないので、プリメラが強引にリーナを引きはがし、近くの椅子に座らせた。
「メナスが引き取りに来てくれるとありがたいんだけど……南部の連中と、飲み比べしているな」
メナスだけでなくジンとガラットも、ブランカを始めとした南部上位者たちと競い合うようにして酒を呷っていた。
そろそろダンスの時間も迫っているし、誰か引き取ってくれそうな人を探したが、肝心のメナスたちは完全にリーナのことを忘れているようだし、かと言って知らない貴族に任せると色々と危ない。
じいちゃんに任せるという手もあるが、一応じいちゃんも未婚の男性になるので、二人っきりだとわざと誤解するような輩が現れないとも限らない。なし崩し的に、リーナを『おばあちゃん』と呼ぶのは気まずいだろう。
「テンマが何を考えているか分かるし、そんなことにはならないと断言できるのじゃが……嫌がらせをする馬鹿はどこにでもいるからのう」
じいちゃんは俺の表情から何を考えているのか理解したらしく、馬鹿が現れる可能性を否定できなかった。かと言って、サンガ公爵とサモンス侯爵は、貴族同士の付き合いでダンスに出ないといけないので、この場から既婚者が消えてしまうのだ。
「なのでアムール……済まないけど、もう少しリーナの面倒を頼む」
じいちゃんがいるから馬鹿な貴族は近づかないと思うが、女性しか近づくことが出来ないところ……トイレなどについて行くことは出来ないので、女性が一人はいないといけない。
「むぅ……仕方がない」
適任が自分しかいないと理解したアムールは、不承不承と言った感じで引き受けていた。
「それじゃあプリメラ、行こうか?」
「はい。アムール、リーナをよろしくお願いします」
「うむ、任せるといい」
アムールに声をかけてから、プリメラとダンス会場に向かったのだが……向かう直前にチラリと見えた、アムールの何か企んでいそうな顔が気になった。
「リーナは大丈夫でしょうか?」
プリメラもアムールの顔が気になったようだが、時間が無いのでアムールを信じるしかないといった感じだった。
その後のダンスでは、プリメラと踊った後で知り合いと一通り踊ることになり、アムールのところへ戻るのが遅くなってしまった。それはプリメラも同じだったので、途中で揃って戻ることにしたのだが……そこで待っていたのは、疲れた様子のリーナとじいちゃん、そして、満足そうな顔で料理を食べているアムール……と、何故か項垂れているリオンだった。
「テンマ、まだ間に合うから、一曲踊ってください!」
俺たちが戻ってきたことに気が付いたアムールは、口の中にあった料理を水で流し込むと、俺をダンスに誘ってきた。一応プリメラの方を見て確認すると、軽く頷いていたので後は俺次第という感じだった。
「こちらからも頼むよ。じゃあ、次の曲で踊ろうか?」
今から向かえば次の曲に間に合いそうなので、アムールと戻ってきた道を引き返した。
ダンスを終えて戻ったはずの俺が再度姿を現したことで、何人かの女性が俺の方に足を向けたが、すぐ隣にいたアムールを見て動きを止めていた。
そして始まったアムールとのダンスでは、
「アムール、もう少しゆっくり頼む」
「それは無理。これ以上遅くしたら、足がもつれて転んでしまう」
何故か普通のダンスの二倍速でしか踊れないアムールに振り回されて、先程の数曲以上の疲労感を覚えるのだった。そしてダンスの後で、ロボ名誉子爵にさらに睨まれるのだった。
プリメラSIDE
「リーナ、マーリン様、何でそんなに疲れているのですか?」
テンマさんとアムールの姿が見えなくなった後で、私は疲れた様子の二人に声をかけながら水の入ったコップを手渡そうとすると……何故か二人して私が渡そうとしたコップを見て、一瞬戸惑うようなそぶりを見せていました。
「本当に何があったんですか?」
「いや、まあ……わしからはちょっと……」
マーリン様は、言い難そうな様子でリーナに視線を向けていました。
それで原因はリーナにあると思い、もう一度リーナに向けて理由を聞くと、
「アムールから水攻め受けた……」
などと、いまいち要領を得ない言葉が返ってきました。
リーナはそれ以上言いたくはなかったみたいですが、もしこれがデリケートな話ならば、テンマさんが戻ってくる前に聞きだした方がいいと思い、ちょっと強引に話を聞き出してみると、リーナはリオン兄様を気にしながら、
「ちょっとふざけて、酔ったふりをしてアムールに絡んでいたら、アムールがキレて……「酒を抜いてやる!」とか言って、どこからか持ってきた水の入った瓶を私の口に押し込んで、無理やり大量の水を飲ませたの……」
「わしもやめさせようとしたんじゃが、アムールがリーナに絡みつくように引っ付いておったせいで、手が出せんでのう」
マーリン様は、助けるためとはいえ女性の体に触れることをためらってしまったそうで、アムールを引きはがすことが出来た時には、瓶の水が全てリーナに流し込まれた後だったとのことだった。
「しかもアムールは、水でお腹が膨れている私を何度も何度も……」
リーナの言葉に、一瞬アムールが暴力を振るったのかと思ったら、
「無理やり踊りに付き合わせたのよ!」
全く私の見当違いのことをしたそうだ。いや、遠目に見えるテンマさんとアムールのダンスからすると、ダンスというよりは振り回したと言った方が近いのだろう。それだと、ある意味暴力と言えるかもしれない。
「え~っと……それでもしかして」
そこまで言われると、リーナに何が起こったのか大体の想像がつく。つまり、
「無理やり飲まされた水が、盛大に逆流した……」
「しかも、それが止めようとしたわしとリオンに襲い掛かってきてのう……」
ここでようやく出てきたリオン兄様(もっとも、いつもと違いとても大人しかったので、近くに座っていることを忘れかけていましたけど)を見てみると、髪と服が濡れているように見えた。つまり、
「リオンだけ、盛大に濡れてしまったのじゃ」
ということだ。リオン兄様に同情しながら、その様子を確かめようと見てみると、盛大に濡れたという割には水が滴っていないことに気が付いた。そして、同じように水を被りそうになったというマーリン様が、全く濡れていないことにも。
そのことをマーリン様に尋ねると、マーリン様は気まずそうに、
「リーナの口から水が噴き出した時、とっさに風魔法で進路をずらしたのじゃが……そのずらした先にリオンがおってのう。いわゆる、『水も滴るいい男』が完成したというわけじゃ」
そう答えたのでした。ちなみに、リオン兄様の髪と服が半乾きなのは、マーリン様が火と風の魔法を使ってギリギリまで乾かしていたからだそうだ。
「そんなことがあったから、リオン兄様は落ち込んでいるのですか……」
そんなことがあったら、流石のリオン兄様も静かになってしまうのも仕方が無いな……と思っていたら、
「いや、リオンの奴は、あの状態でもダンスの相手を探そうとして、頑張って声をかけていたのじゃが、リオンが濡れる現場を見ていた者たちから話が広がって、誰一人として相手をしてもらえなかったのじゃ」
「そのせいで、初めてダンスの相手が見つからなかったって言って……」
リオン兄様のダンスの相手がなかなか見つからないというのは毎年のことですが、それでも知り合いの貴族や辺境伯家と関係の深い貴族の奥様などが相手をしていたので、パーティーで踊らないということはこれまでなかったのですが……今年は流石に敬遠されたそうです。
そのことに責任を感じたリーナがダンスの相手を申し出たそうですが、水を噴き出してしまったところを見た貴族が話を広げているはずなので、今リーナが目立つところに出てしまうと奇異の目に晒されてしまうので大人しくしていた方がいいと断られたとのことでした。
「そう言う優しいところを知ってもらえれば、ダンスを申し込んでくる女性は絶対にいるはずなのに……」
などと、色々と巡り合わせの悪いリオン兄様を見て思うのでした。
プリメラSIDE 了