第17章-10 個人戦
今年最後の投稿になります。
「勝者、テンマ・オオトリ!」
武闘大会の準決勝で、俺は満身創痍のブランカに勝利した。これまでにないくらいの圧勝だった。何せ、
「南部の連中は仲が良いのう。何せアムール以外の五人が、揃って同じ山に入るのじゃからな」
ハナさんの手紙にあった通り、前にブランカとチームを組んだ南部の上位者たちが個人戦にも出場し、シードのブランカを含む全員が本戦に出場するという快挙を成し遂げたのだが……本戦のトーナメント表に、仲良く名前が並ぶという珍事(一のシード枠にブランカ、二~五の枠に南部上位者)が起きたのだった。
そのトーナメント表を見た観客のほとんどは、事前の打ち合わせで勝ち上がる者を決めるのだろうと思ったみたいだが……そんな観客たちの予想を裏切り、南部の上位者たちは一回戦から全力の殴り合いを始めたのだった。まあ、それが大会の正しい在り方なのだが、なまじ南部の二組が全力の殴り合いをしたせいで、同じ南部出身のブランカも同じような戦いを求める雰囲気が会場に生まれ、半ば強制的にブランカも作戦関係なしの殴り合いをする羽目になったのだった。しかも、勝ち上がってきた南部の上位者は、ブランカとの戦いで気絶するまで殴り合いを続けたのだ。準決勝まで勝ち上がってきたブランカは、立っているのがやっとという感じだった。
「あんな状態のブランカに止めを刺すのは心苦しかったよ」
「そういう割には、容赦なくボディへの三連発を二度も決めていたのう」
「ブランカの場合、満身創痍の状態でも強力な一撃を隠していることがあるから、確実に弱らせてからじゃないと、痛い目を見るかもしれないからね」
三連発で様子を見て、念の為もう一度三連発を入れてから顎に一撃を入れて意識を刈り取ったのだ。容赦がないと言われても、そもそもが真剣勝負なので、ブランカも手心を加えられるよりはボコボコにされた方がいいだろう。
「まあ、ブランカは残念じゃったが決勝にアムールが進んでおるから、南部としては面目が保てたというところじゃろうな」
反対側の勝者はアムールで、準決勝でジンを倒しての決勝進出だ。なお、張り切っていたジャンさんは俺と準々決勝で当たって負けている。俺の手の内を知っている上に技術が高いので、面倒臭い相手だった。
「明日はじいちゃんの番だね」
「うむ! 相方の体調が気になるが、わし一人でも大丈夫じゃろう」
今回じいちゃんはペア戦だけに出場し、事前の予想では決勝までほぼ確実に進むだろうと言われている。ちなみに、じいちゃんの相方はアムールだ。ジンとの戦いでだいぶ疲れているようだが、いざとなればじいちゃん一人でも勝ち上がれるだけの実力差が他のペアとの間にあるので、アムールを温存しても問題は無いだろう。
それよりも問題は途中でもう一つの本命と当たらないかだ。じいちゃんとアムールに匹敵すると言われているのがブランカのペアで、ブランカがパートナーに選んだ相手が問題だ。
「それにしても、ブランカが相方としてロボ名誉子爵を連れてくるとは思わなかった」
「南部でも上から二番と三番の強さを持つと言われているそうじゃし、何より予選での戦いぶりを見る限りでは、ブランカとほぼ同等の強さを持っていると見て間違いないじゃろう。殴り合いでは、ちと分が悪いかもしれぬな」
魔法で戦えばいいものを、じいちゃんは肉弾戦をやりたいようだ。
「ブランカの体調とアムールの奮闘が勝負を決めそうだね」
俺と南部の上位者たちでブランカをかなり痛めつけてしまったので、決勝までに完全回復するとは思えない。しかしそれはアムールにも言えることで、俺との個人戦の決勝次第では、じいちゃんたちはかなり厳しい戦いを強いられることになるだろう。
「まあ、誰が優勝するか分からないけど、このままだと身内か知り合いで固まりそうだけどね」
個人戦は俺とアムールで、ペアはじいちゃんとアムールのペアとブランカロボ名誉子爵が有力、そしてチーム戦は、
「ブランカ率いる『南部連合』と、アムールを加えた『暁の剣』か……こっちは本当にどうなるか予測できんな」
明後日のチーム戦の大本命はその二チームで、反対の山に入れば間違いなく決勝はこの組み合わせになるだろう。
「『南部連合』も『暁の剣』も、ブランカとアムールの体調に疑問は残るが、まだロボ名誉子爵にジンがおる。どうなるかは分からんが、話題は南部自治区の選手で持ち切りになりそうじゃな」
今回は俺が個人戦にしか出場していない代わりではないが、ブランカとアムールがそれぞれ個人・ペア・チーム戦で本戦に出場しているし、ロボ名誉子爵や南部上位者たちの活躍もあり、例年並みかそれ以上に盛り上がっていた。今年の大会は、南部自治区の層の厚さを見せつけるものになっていると言っていいくらいだ。
「それじゃあ、俺はしっかりとアムールに勝って、南部自治区に優勝を総なめにされないようにしないとね」
少しふざけた感じで言ってみたが、アムール相手ならいつも通りに戦えば勝てると思っている。ここ数年でアムールとの実力差が開いたという実感があるし、何よりも個人戦だけに集中している俺と違って、アムールはペアとチーム戦のことも考えないといけないのだ。それに、
「アムールの奴、ロボ名誉子爵をボコボコにするって張り切っていたからね。多分、個人戦以上にこだわっていると思う」
戦う以上、アムールは個人戦も勝つつもりでいるだろうが、他に野望があるのである程度の余力は残したいと思ってしまうだろう。それに対して、俺は結婚に花を添えるという意味でも、優勝を落とすわけにはいかない。
「個人戦にかける思いの差が出そうじゃな。全ての部門で勝てる力を持っているテンマが一つに集中すると考えると……決勝の相手は気の毒と思うしかないのう」
と言うのが俺やじいちゃんだけでなく、本戦前から言われていることだった。
「何にせよ、いつも通り油断せずに戦うよ……と言うわけで、よろしくな、アムール」
「むぅ……テンマ、どうすれば目隠しと両手両足を縛った状態で戦ってくれる?」
などと、隠れてこちらの様子を見ていたアムールがアホな発言をしていたが、
「ちなみに、その状態でも『テンペスト』を放つことが出来るからな」
「うむ! 正々堂々と戦うのが一番!」
と、食い気味に数秒前の発言を無かったことにしようとしていた。まあ、互いにいつもの冗談なので、ハンデをくれてやるつもりもないし『テンペスト』も使うつもりはない。それに、『テンペスト』のような魔法を闘技場で使ったりなんかしたら……色々と終わるだろう。それが、例えルールに違反したものでないとしても。
「そんなバカみたいな話をしとらんで、さっさと帰るぞ。テンマは結婚式の準備があるし、アムールは明日も明後日も試合があるのじゃからな」
今年の俺は残り一試合だけとなったので、例年よりも余裕があると勘違いしてしまっていたようだ。今年は結婚式の準備をする為に個人戦にしか出場していないので、空いた時間のほとんどはそちらに割かないといけないのだった。
「後残っているのは、会場の準備と衣装合わせじゃろ? 他に何かあったかのう?」
「他には出席者の確認と席順、それと料理の予備を準備するくらいかな?」
結婚式の予定日がまだ一か月以上先なので会場の準備はまだできないし、衣装も特殊な素材のせいで少し遅れ気味だ。出席者の確認や席順決めに関しては、サンガ公爵に確認してもらう必要があるので、俺が一人でも出来るのは料理くらいなのだ。
「それと大会が終わったら、一度グンジョー市騎士団の方に挨拶に行った方がいいしね」
プリメラは結婚を機に騎士団を辞めるし、俺自身グンジョー市の騎士団とは面識もあるので、一度揃ってあいさつに行こうと二人で決めたのだった。他にも、騎士団長のアランや、フルートさんにギルド長と言った、結婚式への参加が決まっている人たちに直接招待状を渡すのと、結婚式に参加できないおやじさんやおかみさんたちに結婚の報告をするのだ。
「そうじゃな。それがよいじゃろう。では、早う帰るとするかのう」
「このままだと、テンマがまたファンに囲まれる」
会場内だと、関係者は観客とすれ違わずに外に出られる通路を使うことが出来るが、それが分かっている観客たちは、目当ての選手が帰る道で待ち構えていたりするのだ。マナー違反ではあるが明確な犯罪行為ではない(ただし、すれすれのことをする奴はいる)ので、周囲を警戒している衛兵や警備兵も、注意は出来ても取り締まることは出来ないのだ。
「それじゃあ、外に出たら走ろうか?」
ジャンヌたちは先に帰っているはずなので、走って待ち構えている観客たちを振り切ろうかと提案すると、
「走らんでも、ジャンヌとアウラに馬車を用意するように言っておるから大丈夫じゃろう。ほれ、あまり待たせるのもかわいそうじゃから、さっさと行くぞい」
と、じいちゃんが二人に馬車を準備させていると言い、会場の馬車置き場へと歩き出した。
馬車置き場にはまだ多くの馬車が残っていたが、オオトリ家の馬車の近くには三台の馬車しかおらず、すぐにでも出発できそうだった。
「よくこんな広い場所を確保出来たな……ああ、プリメラもいたのか、待たせてごめん」
「いえ、私は先程合流したばかりなので……ですが……」
プリメラが言いよどみながらジャンヌとアウラを見ていたので、二人に声をかけると、
「オオトリ家の馬車だと気が付いた貴族が、さり気なく周囲を固めていました」
「アルバート様とカイン様が来てくれなかったら、ライデンが暴走するところだったわ……」
何でも、少しでも馬車の技術を盗もうとしたらしい貴族やそのお抱えの技術者(らしき者)が、ジャンヌとアウラが出したうちの馬車のギリギリのところまで近づいたせいで、ライデンがキレかけたらしい。そこにアルバートとカインが現れて周囲を一喝(ライデンが怖い存在かを話した)し、自分たちの馬車のある所にライデンを誘導したそうだ。
その場所は上位貴族が集まっているところの中でも、王様の馬車やサンガ公爵家のような上位貴族の中でもさらに上位の貴族家の馬車があるようなところで、アルバートは混乱を避ける為という理由でうちの馬車を停めさせたとのことだった。ちなみに、アルバートとカインが馬車置き場に来た理由は、こうなることを予測していた公爵と侯爵に言われたからだそうだ。
「なんだ、ここにいたのか! なかなか戻ってこないから、よほど悪いのかと心配したぞ!」
アルバートとカインに礼を言っていると、リオンが大声を出しながら近づいてきた。何でもアルバートとカインはリオンと一緒に観戦していたが、サンガ公爵とサモンス侯爵に呼ばれて馬車置き場に行くようにと言われた時に、リオンにはトイレに行ってくると伝えるように係員に言付けたそうだ。
何故そんな嘘をついたのかと聞くと、
「「何となく」」
とのことだった。まあ、いつも通りの回答と言えるが、実際はそれぞれの当主からの命令だったので、リオンといえども軽々しく教えることは出来なかったというところだろう。多分。
「それで、三人はこれからどうするんだ? リオンはあれだけど、アルバートとカインは自分の家の馬車があるだろ?」
「それなんだが、まだ大会がある状態でお邪魔すれば、どうしても迷惑になりそうだからな。大会が終わるまでは、遊びに行かないようにしようと思っている」
「遊びに行って邪魔しに行ったとか言われるのは嫌だし、アルバートに至っては義兄の立場を利用して、決勝前の大事な時に無理やり押しかけたとか言われるのは目に見えているからね。ただでさえ、普段からテンマと仲がいいのを妬んで、あることないこと噂を流す輩が存在するから」
「次にテンマの家に遊びに行くのは、テンマが優勝した日だな!」
とリオンが締めくくろうとしたが、
「それは、わしとアムールがペアで優勝できないと言っているのかのう?」
「私はチーム戦も残っている」
と、思いっきり失言してしまい、必死になって何度も頭を下げていた。
そして数日後、
「ふぅ……むんっ!」
アムールのバルディッシュが風切り音を立てながら、相対する俺目掛けて何度も振るわれていた。しかし、
「ここっ!」
「むっ! 抜け……あうっ!」
袈裟切りに振るわれた一撃をギリギリのところでかわし、バルディッシュを踏みつけるようにして地面にめり込ませた俺は、小烏丸の切先をアムールののど元に突き付けたのだ。
「……参った。降参」
「優勝は、テンマ・オオトリ!」
こうして俺の個人戦優勝が決まったわけだが……言葉にするとあっさり決着したように思えるが、実際にはかなり長い間、俺はアムールの攻撃をかわし続けていた。
アムールは開始早々に奇襲を仕掛けてきて、それから休むことなく十分以上攻められ続けたのだ。アムールの武器はバルディッシュ、俺の武器は小烏丸なので、下手に受けると巻き取られる可能性があった。なので俺はあまり打ち合わず、アムールが疲れて隙を見せるのを待ったわけなのだが……思った以上にアムールの体力が多かったのと、大型の武器が振り回されることで生まれる威力のせいでなかなか踏み込むことが出来なかった。そのせいで、後手に回り続けていたのだ。
「先手が取れたから、あのまま行けると思ったのに……」
「まあ、反撃が難しかったけど、当たらなければチャンスは絶対に来るからな」
「この無念は、あいつにぶつけてやる! ……と、言うわけで、ちょっと寝る」
スタミナを消耗したとはいえダメージは無いし、アムールは回復力が高い方なので、一時間も休憩すれば十分戦える状態になるだろう。
「わしは少し腹ごなしをしておくか。テンマ、悪いが何か出してくれい」
じいちゃんは食事をしたいそうで、俺に何か出すように言ったが……
「マジックバッグをまだ返してもらってないから、ちょっと待ってて」
ジャンヌに預けているマジックバッグを回収していないので、手元には武器の入ったもの(+神たちに貰った秘密のやつ)しかないのだ。
すぐにジャンヌたちのところ(アルバートが取った貴族用の個室)に行くと、中にいたプリメラたちに祝福されたが、じいちゃんを待たせているのでほどほどのところで控室に戻った。すると、
「テンマ、遅い!」
「そうじゃぞ、あと三十分もしないうちに始まってしまうではないか」
二人してテーブルに座って文句を言っていた。
「はいはい、ごめんごめん。とりあえず、重いものは食べない方がいいから、おにぎりと味噌汁ね。あと、漬物も」
いつもストックしているものの中で、簡単に食べられて消化も悪くなさそうなものを選んで出すと、ものの数十秒で食べきってしまった。
「「お代わり!」」
「ブランカとロボ名誉子爵をボコボコにしてきたらね」
量を食べられると消化に良いも何も無いので、おにぎり一個と味噌汁一杯で終了させた。
「むぅ……どこまでも私の邪魔をする。目にもの見せてやる!」
「そうじゃな。早いところあの二人を沈めて、お代わりを手に入れんとな!」
「おう!」
じいちゃんとアムールは、逆恨みと言うか八つ当たりと言うか、自分勝手な理由で二人と戦うらしい。だが、じいちゃんはともかくとして、アムールはペア戦が終わったとしてもチーム戦が控えているわけだから、腹一杯食べることが出来ない……と言うか、食事が出来る状態でいられるのかすら分からないと思う。
「マーリン・オオトリ様、アムール様。そろそろ時間ですので、移動をお願いします」
「うむ、了解した」
「テンマ……思いっきりボコってくる!」
と言って、二人は係員について行った。
「あれ? テンマ、控室で待っていなくてよかったのかい?」
二人が控室を出て行ってすぐに、俺はプリメラたちが居る個室に移動した。すると、個室の前で出くわしたカインに不思議がられたが、
「俺の出番はもう終わりだからな。身内ということで控室に残っていたけど、あまりあそこに居座っているのもどうかと思ってな」
「ふ~ん……寂しくなった?」
「寂しいというよりは、観客席から大会を見るのは初めてだからな。せっかくだからこっちで見ようかと思って。それに、あのまま残っていたらチーム戦までなし崩し的に居続けることになりそうだったしな」
そうなるとジンたちの相手もしないといけないわけで、それはそれで面倒くさい。じいちゃんとアムールが食事をしたように、俺も腹が減っているのだ。
「それに、せっかくだから戦いを見ながら食事でもしようかと思ってな」
「高みの見物だね。そして、来年は他の優勝者たちを蹴散らす……と」
「来年はどういうペアやチームを組むか分からないけど、そうなりたいな」
などと言いながら、個室に入って皆とあいさつをして、食事の準備をしたのだった。
今年も『異世界転生の冒険者』を読んでいただき、ありがとうございました。
今年は一週間に一話を目指して投稿してきました(まあ、正月に休みをいただいたので、正確には達成できていません)が、来年はちょっと思うところがあってペースを落とそうと思っています。
それでも、一~二週間(できれば十日ほど)で一話を目指していこうと思いますので、来年も変わらずの応援をお願いします。