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第17章-8 クリス、ピンチ

「アムールは前に出すぎずに敵を引き付けて! ジャンヌとアウラはスリングショットで左右のけん制をしながら周囲の警戒! もし敵がアムールを抜いてきたら、槍に持ち替えて迎撃!」


 今日は久々に、ジャンヌたちの特訓に付き合っている。場所は王都から少し離れた所にある森だ。最近、ゴブリンが増えているというのでジャンヌとアウラの実績作り、そしてプリメラが加入した場合の連携を見る為でもある。この時の戦闘ではアムールがゴブリンを全て蹴散らしたので、ジャンヌとアウラが槍を振るう機会は無かった。

 

「プリメラ、ゴブリン程度にへまはしない!」


「もしもの場合の訓練です。アムールがゴブリン相手に後れを取るとはこれっぽっちも思っていませんが、もしかすると別方向から別の群れが襲って来ることもありえます。その時の為に、すぐに動ける癖をつけるのです」


 今指揮を執っているのはプリメラで、その指示に従って三人が動くようにしている。アムールも見くびられているとは思っていないだろうが、いつものノリで軽口を言った結果、プリメラに真面目に返されたという感じだろう。

 この後、アムール、ジャンヌ、アウラの順に指揮を交代したが、ジャンヌとアウラにはまだ無理ということが判明したのだった。ちなみに、アムールはちゃんと指示を出すことは出来ていたが力押しが目立つので、ゴブリンのような弱い相手ならプリメラの時よりも早く倒せるだろうが、勢いを止められたら手痛い反撃を受けそうな感じがした。それに対してプリメラは、流石に部隊を率いているだけあって指示を出すことに慣れており、慎重すぎるところはあるが終始安定していたので安心して見ていられた。


「やはり、経験と性格の差が出るのう。アムールも悪くは無いが、経験不足による危なっかしさがある。まあ、大抵の冒険者はそんなものじゃろうがな」


 俺にしろじいちゃんにしろ、元々ソロで動くことの多かった冒険者は、指示を出すことや出されることに慣れていないものも多い。これが『暁の剣』のようにパーティーを組んで長い冒険者なら話は別だが、『オラシオン』のように、指示を出すことに慣れていないリーダーのパーティーでは、どうしても力押しが多くなってしまうのだろう。


「『オラシオン』の場合、戦況をひっくり返すことのできる人が三人もいますからね。そういった意味では、力押しが一番いい戦法なのでしょうが……それに慣れすぎると、もしもの時に犠牲になるのがジャンヌとアウラですから」


 プリメラとしてはそんなリスクを抑える為に、力押しが好きな三人の意識改革を行いたいとのことだった。その三人のうちの一人としては、何とも耳の痛い話だった。



「ゴブリンも見かけなくなってきたし、休憩にして食事でもしようか?」


 指揮の訓練を何巡かしたところで、周囲からゴブリンの気配が無くなった。今日の予定では、訓練を兼ねたゴブリン討伐の依頼の後は、そのまま森で採集をするつもりだったので、このあたりで休憩と遅い昼食となった。


「この後の採集はどうしますか? 各自それぞれ自由行動でもいいと思いますけど、数人で固まって大物を狙うのもいいと思いますけど?」


 プリメラがどういう風に動くのかと聞くと、アムールとアウラは大物狙いで、ジャンヌは夕食に使えそうなものを狙いたいと言った。じいちゃんとプリメラはどちらでもいいらしく、俺がどうするかで決めようという感じだった。しかし、


「俺は個人的な依頼を受けているから、そっちを優先しようと思う」


 そう言った理由から、単独行動をしたかったのだ。


「個人的な依頼とは、誰からの受けたものなのじゃ?」


「サンガ公爵から、トリュフを頼まれてね。お義母さんたちと食べるから、小さくてもいいけど数が欲しいって言われてて」


 俺に個人的な依頼を出せる人物は、そのほとんどがじいちゃんの知り合いでもあるので、特に内密でと言われているわけでもないので依頼主の名を明かした。

 依頼主を聞いて、プリメラたちは「夫婦仲がいいから」と言う感じで納得していたが、じいちゃんだけは、


「なるほど……トリュフは『媚薬効果』や『強壮効果』があると言うからのう」


 などと、違う理由で納得していた。


「お父様……」


 じいちゃんの呟きに一番反応したのはやはりプリメラで、恥ずかしいと言わんばかりに顔を手で隠している。


「プリメラ、耳まで真っ赤……たっ!」


 アムールが顔を隠したプリメラをからかったが、すぐにジャンヌに頭をはたかれていた。


「プリメラ、じいちゃんの言っていることは『()()()()()()』っていう説があるってだけの話だから」


 トリュフを探すときに雌の豚を使うという話があり、その理由がトリュフの香りが雄豚のフェロモンの臭いに似ているからと言われているが、この世界では詳しくその理由が判明しているわけではない。ただ、トリュフを探すときに雌豚が役に立ち、その時に豚が興奮していたということから、トリュフには興奮作用があるという話があるのだ。


「まあ、強壮効果に関しては、トリュフが体を丈夫にする手助けをすると言うことから来た話かもしれないけどね」


 なので、じいちゃんの言っていることは嘘ではないが、食材として求めている公爵には当てはまらないのだと、プリメラに説明した。まあ、『食材として』の裏に込められた意味があったとしても、それは推測にしか過ぎないし伝える必要もない。


「そう言えば、トリュフって食べたことが無い」

「確かにそうですね。テンマ様は何度か取ってきたみたいですけど……食卓に並んだことが無いですね」


 アムールの言葉に、アウラが同意した。だが、


「いや、二人も食べたことはあるはずだぞ」

「「「えっ!」」」


 すでに経験済みだと伝えると、アムールとアウラだけでなく、ジャンヌも驚いた顔をした。


「まあ、そのままの形じゃなくて、バターに混ぜたものを使っただけだから、分からなかったのかもしれないけど」


 いわゆるトリュフバターというものを作って、それを使ったトーストやパスタを出したのだ。


「そう言えば、シンプルなのに美味しいパスタが出たことがあったかも?」

「覚えがない!」

「同じく! ……と言うか、何でもっと分かりやすいものを出してくれなかったんですか?」


 ジャンヌは心当たりがあったみたいだが、アムールとアウラは全く覚えが無いようだった。そして、アウラの疑問に関しては、


「単純に、俺が他の料理法を知らないからだ。トリュフバターなら簡単だし、使いやすいから作ってみたけど……わざわざ他の料理法を試すよりも、それを売ったお金で他の美味しいものを買った方がいいかと思ったのも関係しているな」


 と答えた。それで皆は納得していたが、実際にはトリュフを使って料理してみたものの、素人の手探り料理だったので大して美味しいものが出来なかったので、諦めて売り払ったという裏事情がある。売り払う前にアルバートかカイン、もしくはアイナ辺りに話を聞けばよかったのかもしれないが、庶民の口には合わない代物だったという、変な強がりが勝ってしまったのだった。


「サンガ公爵に渡す以上の量が取れたら、誰かに調理法を聞いて試してみるか」


 と言う感じで、皆に期待させながらトリュフを探しに行ったのだが……


「あまり見つからなかった……」


 ゴブリンに荒らされたのが原因なのか、公爵に渡す分は確保できたが、自分たちで食べる分には足りなかった。


「小さいのばかりだから、バターに混ぜるか」


 小さいものばかりだが、トリュフバターにすれば何とか人数分のパスタが出来そうなので、近々夕食に出すかと聞くと、


「テンマさん、出すときはお父様にトリュフを渡す前がいいと思います。でないと、お兄様たちが遊びに来てしまいます」


 というプリメラのアドバイスで、今日帰ってからバターを作り、明日の昼にパスタを作ることにした。サンガ公爵にトリュフを届けるのは、パスタを食べた後だ。

 そう言う風に決まり、屋敷に戻ってトリュフバターを作ろうとしたところ、


「テンマ君、何か美味しいものを隠してない?」


 クリスさんが遊びにやってきたのだ。トリュフをバレないように隠し、パスタはクリスさんが帰ってから作ろうかと思ったのだが、アムールとアウラの挙動不審さのせいでトリュフの存在が早々にバレてしまうのだった。

 そして、次の日の昼食で、


「うむ、美味い!」

「いい香りですね!」


 待望のトリュフバターを使ったパスタを作ると、アムールとアウラが味を絶賛していた。しかし、


「香りが薄いわね」

「まあ、ベーコンや他のキノコが入っていますから、弱く感じるのは仕方がないですね」

「確かに、前に食べた時よりも香りは弱いかも?」


 クリスさんとプリメラの評価は厳しかった。ジャンヌも、前と比べるといまいちと言った感じだ。


「バターに混ぜたトリュフが少なかったし、小さいものばかりだったから香りが未熟だったのかもしれないな」


「何にせよ、美味ければそれでいいわい」


 全体的な評価が低かったことに、絶賛したアムールとアウラは微妙な雰囲気になりかけていたが、じいちゃんの一言で持ち直し、お代わりを要求してきた。まあ、お代わりはトリュフバターの量が少なかったので用意できなかったが……その代わりに、普通のバターで同じ作り方をしたパスタを出したところ、トリュフバターを使ったパスタと同じリアクションをしていた。



「おお! 予定より多く取って来てくれたんだね。ありがとう!」


 午後になって、プリメラと共にサンガ公爵に依頼されていたトリュフを届けに行った。サイズとしては五十gに届かないものばかりだが、全部で二百gはあるので、お義母さんたちと十分に楽しめるだけの量はあるだろう……一食にどれだけの量を使うのか分からないが、足りないということだけは避けられるはずだ。


「テンマ君、報酬の話なんだけど……その前に、ちょっといいかい?」


 サンガ公爵が俺の横にいるプリメラを気にしながら手招きして、その場から少し離れた所まで俺を引っ張って行った。


「プリメラが私を見る目が少し冷たい気がするんだけど……その理由を知らないかい?」


 公爵は、「知らないか?」と問いかけていたが、実際には確実に知っているだろうという目で俺を見ていた。


「実は、トリュフを取りに行ったときに……」


 あの森であった出来事を話すと、公爵は恥ずかしそうにしていた。と、いうことは、


「本当に()()()の効果目当てだったんですか?」


 そう思わざるを得ない反応だった。


「いや、まあ……少し期待してしまうのは仕方がないよね? もっとも、トリュフが好きだと言うのは嘘ではないよ」


「分かりました。プリメラには、後で適当に誤魔化しておきます」


 夫婦仲がいいということで俺は納得し、プリメラには適当に誤魔化すことにした。まあ、本当のことを教えて変な雰囲気になったら、俺としてもどう反応していいか分からないしな。


「それじゃあ、これが代金だよ。またお願いね」


 サンガ公爵に見送られて俺とプリメラは公爵邸をあとにしたが、プリメラの機嫌はあまりよくなかった。


「プリメラ、せっかく二人っきりだし、どこかでお茶でもしていこうか?」


 とりあえずプリメラの機嫌を直すのと、公爵と約束した通りに誤魔化のを兼ねて、どこかゆっくりできる店に寄ることにした。



「そう言うわけで、サンガ公爵はそう言った目的でトリュフを依頼したわけではないみたいだよ。そもそもそんな効果があるのなら、子供は食べることが出来ないだろ? それに、不特定多数が同時に食事をするレストランや、未婚の貴族が参加するパーティーで出すのもまずいだろうし」


 本当に媚薬としての効果があるのなら、何らかの規制がかかるはずなので、一般人でも買えるようなところに流通するとは思えない。


「まあ、強壮効果に関して言えば、トリュフは体を丈夫にするのを助けるとか言われているから、健康にするという意味では効果があると言えるだろうね」


 健康になった結果、精力が増強したとしてもそれは副次的な効果であり、トリュフの持つ直接的な効果とは言えないだろう。まあ、その説明は余計なことなので、プリメラには話さなかったけど。


「そうですか、私の勘違いだったみたいです……恥ずかしい……」


 完全に勘違いではないが、そう言う風にしてくれた方が丸く収まるので、プリメラには悪いが否定はしなかった。


「まあ、プリメラが誤解するようなことを言ったのはじいちゃんだし、あのタイミングだと勘違いしても仕方がないさ。それよりも、明後日にグンジョー市へ戻るんだよな?」


「はい、連絡隊の引継ぎ作業や情報の共有などで、十日程滞在する予定です。長引くと二十日程になると思います」


 話題を逸らすことに成功し、プリメラはパッと顔を上げて俺の質問に答えた。


「だったらこの後で、ケリーのところで騎士型ゴーレムの鎧を見てもらおうか? 少し歩くけど、最近森や草原で使う機会が多いし任務中にもしものことがあってはいけないから、グンジョー市に行く前に専門家から見て不具合が出てないか確かめてもらおう」


 今いる店からだと一時間近く歩くことになるだろうが、それくらいなら依頼や仕事などで歩く距離なのであまり気にはならない。まあ、軽いデートみたいな感じだ……そう表現すると意識してしまい、少し恥ずかしくなるが……数か月もしたら夫婦になるので、これくらいで恥ずかしがっているようでは駄目なのかもしれない。


 そう思ったのがプリメラにも伝わったのか、少し顔が赤くなっていた。まあ、俺もだろうけど。



「ふ~ん、ほ~ん……それで、デートがてら男日照りが多いここに来たっていうわけかい。見せつけてくれるねぇ~……後であいつらに後ろから刺されても知らないからな」


 ケリーは、「自分は違うけどな!」という雰囲気を出しながらそんなことを言っているが……その後ろでは、従業員の女性ドワーフたちが声を出さずに笑いながら、全員でケリーを指差していた。


「ケリーに背中を見せないように気を付けるしかないな。そんなことよりも、『パーシヴァル』たちの鎧を確認してくれ」


 この話は長引かせると危険なので、早々に切り上げて仕事の話に入ることにした。プリメラも同じ考えだったのか、すぐにディメンションバッグから三体の騎士型ゴーレムを出現させた。


「う~ん……表面の傷は目立つものではないし、小さなものばかりだから気にしなくてもいいだろう。内側に関しては……流石に脱がせてみないと分からないね」

 

 と言うわけで、一体一体鎧を外して調べてみることになった。これに関しては力の強いドワーフたちが手伝うよりも同じ騎士型ゴーレムにやらせた方が安全なので、対象のゴーレム以外の二体にサポートさせることになった。



「うん……特に目立った傷は無いね。これくらいだったら、いつも通りの手入れで問題ないよ。それにしても、こいつらも細かい動きがスムーズに出来るようになってきたね。私もこんな助手が一体くらい欲しいよ」


 これくらい動くゴーレムが欲しいということだろうが、割といつものことなので無視して聞こえなかったふりをした。ちなみに、このやり取りはこれまでに何度かやっており、その中でアウラが、


「そんなに助手が欲しいのなら、彼氏を作ればいいのに……」


 と、ポツリと漏らした時には……アウラは般若のような顔をしたケリーに工房の奥へと連れて行かれ、次の日の朝まで帰ってこなかった。


 一通り騎士型ゴーレムの鎧と武器を見てもらった後は、屋敷までのんびり歩いて帰ることにした。馬車を捕まえるかライデンを出せば楽だが、まだ夕食時まで時間もあるということで歩いて帰ろうとプリメラが提案してきたのだ。


「そう言えば、ここのところ王都をゆっくり歩いて回ることが少なくなったな」


「私は逆に増えましたね。最近はジャンヌやアムールたちと買い物に出かける機会が多くなりましたし」


 プリメラはジャンヌたちとウインドショッピングをすることが多く、その分街中を歩く機会が増えたそうだが、俺の場合はつい最近までダンジョン攻略などで忙しかったので、買い物するにしても目的の店に直接向かうことが多い上に、王城やサンガ公爵邸に行く時は基本的にライデンに乗るか馬車を使うので、ここ数か月では今日が一番街中を歩いているのかもしれない。


 そんな久々の徒歩での移動とデートが重なったせいで、道すがら目に付いたところに寄り道をし続けた結果、


「テンマ、プリメラ、遅い!」


 夕食時に大きく遅れてしまい、俺たちが帰ってくるのを待っていたアムールに怒られてしまうのだった。



「ほぉ……その埋め合わせに、今日はアムールとデートか?」


「違います! ギルドで武闘大会の登録に行くんです! プリメラは公爵家の方に少し用事があるそうで、先にアムールと一緒に行くように言われて、後で合流するんです!」

「うむ、デートではない! デートでは無いが、限りなくデートに近いもの! ちなみに、プリメラの許可は取ってある!」


 明日はプリメラがグンジョー市に出発する日なので、今日は皆で王都を回ろうということになったのだが……出かける直前になって、プリメラが公爵家に取りに行かないといけないものがあると言い出し、ジャンヌとアウラは洗濯物を干していなかったと言って、先に俺とアムールの二人で目的地の一つである冒険者ギルドに行くように言われたのだ。

 恐らく、事前にプリメラたちの間で仕組まれていたことなのだろうが……ジャンさんだからある程度の事情を理解し、笑い話として俺をからかうくらいで済んでいるが、そこら辺の事情を全く知らず、俺がプリメラと婚約しているとだけ知っている奴が見れば、俺が結婚する前から浮気しているろくでなしに見えてしまうだろう。その辺りのことを考えて欲しかった。


「それでジャンさんは……私服ですけど、奥さんたちと買い物ですか?」


 私服で任務中ということもありえるが、見た感じではそう言う風には見えなかったので、いつもの家族サービスなのかと思い聞いてみると、


「いや、ちょっと……買い物を頼まれて、な?」


 とてつもなく怪しかった。


「テンマ……ジャンはきっと、浮気をして奥さんに追い出された。それで行く当てもなく街をさまよっているに違いない。ここはジュウベエたちの小屋の隅っこを貸してあげるべき」


「そこは部屋の一室を、だろ! って言うか、浮気してないし、追い……されてないわ!」


「追い出されたのは本当なんですね」

「やっぱり小屋の片隅を貸すべき……」


「いや、もうそれはいいわ……」


 疲れた顔をしたジャンさんを誘い、近くの喫茶店で詳しい話を聞くことにした。その結果、


「近衛兵のジャン・ジャック・バウアーだ。武闘大会の個人戦に登録させてもらおう」


 ジャンさんも大会の個人戦に出場することになった。ちなみに、ジャンさんが家を追い出された理由はと言うと、昨日あった娘さんの授業参観に、急に入った仕事のせいで参加することが出来なかったからだそうだ。急な仕事だったので仕方がないと奥さんも言い聞かせたそうだが娘さんの機嫌が直ることは無く、ジャンさんは娘さんが泣き出す前に奥さんの判断で退場を食らってさまよっていたところを、俺とアムールに出会ったというわけだ。そして、そんなジャンさんが何故個人戦に出る気になったかと言うと、


「絶対にテンマをぶちのめして、「お父さん、かっこいい!」って言わせてやる!」


 と、アムールに乗せられた結果だ。自分のかっこいいところを見せれば、娘さんが見直すという理屈は分かるのだが……


「ジャンさん、大会は二か月近く先ですけど、それまでどうするんですか?」


 大会でいいところを見せるのも効果的だと思うが、その前に娘さんの機嫌をどうにか直して、家に戻れるようになるのが先だろう。


「……テンマ、どうしたらいいと思う?」


「いや、俺に聞かれても……」


「テンマなら、ルナ様やクリスがへそを曲げた時の対処法を知っているだろう?」


 その二人を例えとして出されても……と思ったが、いつもしているやり方を教えることにした。それは、


「あの二人は、お菓子と食事を与えておけば大抵の場合どうにかなりますし、それで駄目ならマリア様かアイナが手伝ってくれますから」


「それじゃあ、あまり参考にはならんな……」


 他にも、面倒臭くなったら完全に無視するか追い出すことも可能(ルナの場合、追い出される気配を感じると大人しくなる)なので、ジャンさんの言う通りあまり参考にはならないかもしれない。ただ、


「それでも、お菓子をもって謝れば効果はあるはず!」


 娘さんの好きなものでも買って帰り、誠心誠意謝罪すれば少しは許してもらえるとは思うが……正直言って、どうなるかは分からない。ただ、二か月後の大会にかけて何もしないでいれば、高確率で悪い方向に向かうことになるだろう。そう伝えると、ジャンさんはお菓子を持って帰り謝罪することを固く誓っていた。

 その後やってきたプリメラたちにも案を出してもらった結果……


「それじゃあ頼むぞ、テンマ!」


 ジャンさんのお菓子作りを手伝うことになった。俺は講師役だ。


「ジャンさんにエプロンは似合わないわ~! ここ最近で、一番面白い画だわ!」


 そして試食役には元からいたプリメラたちに加え、面白そうな臭いを嗅ぎつけてきたとしか思えないクリスさんだ。

 ジャンさんはお菓子作りに集中する為か、クリスさんを完全に無視してジャンヌに教わりながら準備をしているが……時折目つきが鋭くなっているので、全ての怒りはお菓子作りが終わった後で爆発させるつもりなのだろう。



「まあ……普通だな」

「初めてでこれなら上出来ですよ!」


 ジャンさんが作ったお菓子クッキーは、可もなく不可もなくという出来だった。その出来に微妙な顔をしているジャンさんを、手伝ったジャンヌは何とか元気づけようとしていた。


「ジャンさん、それだったらこれをつけて食べるといいよ」


 クッキーを作り直す時間は無いので、ジャンさんのクッキーがおいしくなる方法として思いついたのが、ジャムをつけて食べるというものだった。


「これがイチゴで、こっちがリンゴ、それでこれがミカンのジャム。これを持って帰っていいよ」


「すまん、テンマ。ありがたく、いただく」


 ジャムの入った小瓶を三つ持ってくると、ジャンさんは恭しく頭を下げながら受け取った。そんなジャンさんを見たクリスさんが、


「あっ! ジャンさんだけずるい! テンマ君、私にもちょうだい!」


 と言いながら近づいてきた。すると、


「あれ? ジャンさん、ちょっと苦しいんですけど……」


 いつの間にかエプロンを脱いでいたジャンさんに後ろ襟を掴まれて、宙に浮きかけていた。


「クリス……ここにいるということは、書類整理が終わったってことだよな? まさかとは思うが、途中で放り出して遊びに来たわけないよな?」


 ジャンさんが娘さんの授業参観に参加できなかった理由、それはクリスさんのせいなのだ。何でも、昨日の昼には財務局に提出しなければならなかった書類を、担当だったクリスさんが完全に忘れていたせいで、急遽ジャンさんが呼び出されたということだそうだ。しかもそれだけでなく、提出間近の書類が他にもいくつか見つかり、それを手伝わされたせいでジャンさんの休みがずれたらしい。なお、昨日手伝わされた書類は、期限の昼に間に合わず夕方の提出となり、ジャンさんはクリスさんの上司と言うことでザイン様に怒られたそうだ。

 

「まだ残っていた書類……終わったらチェックするから俺のところに持って来いと言ったはずだが……どこにあるんだ?」


「いえ、あの……ここに来る前にジャンさんの家に寄ったんですよ。でも、ジャンさんがいなかったのでちゃんと奥さんに預けてきました」


 クリスさんは後ろ襟を掴まれたまま、「そのまま忘れていればよかったのに……」と言う感じの表情をしていた。そんなクリスさんに対しジャンさんは、


「いくら俺の身内とはいえ、部外者に近衛の情報を渡すとは何を考えているんだ!」


 ブチ切れた……と言うか、ブチ切れて当然だった。


「クリス、クビ決定!」


 アムールがクリスさんを見ながら合掌しているが、クリスさんのしたことは情報漏洩と言えるので、確かにその可能性が高いと思う。


「アムールの言う通りだ! この馬鹿野郎が! すぐに戻るぞ!」


 ジャンさんは、クリスさんを引きずるようにして食堂を飛び出そうとしていたが……うちの馬車で帰った方が確実に速いので、二人をジャンさんの家まで送って行くことにした。

 帰りの馬車の中でクリスさんは、ジャンさんにめちゃくちゃに怒られて涙目になっていた。なお、ジャンさんの奥さんは、クリスさんの持ってきたものが近衛隊の書類と分かった時点で誰の手も触れないように金庫に保管していたそうだ。そのおかげで、最悪の事態にはならないだろうとのことだった。まあ、その書類を確保したジャンさんは、そのままクリスさんを連れて俺の馬車で王城まで行きディンさんに報告し、クリスさんを夜遅くまでディンさんとマリア様と共に説教したらしく、次の日のマリア様は寝不足で不機嫌だったそうで、王様とライル様、そしてルナは、ビクビクしながら一日を過ごす羽目になったそうだ。ちなみに、クリスさんに課せられた罰は、一か月間の休日返上と三か月の減給だ。


 クリスさんのせいで散々な休日となったジャンさんだったが、そんなジャンさんの苦労を見た娘さんの怒りは収まり、さらに持ち帰ったお菓子のおかげで機嫌がよくなったのが救いだろう。

 ただ、ジャンさんのクッキーに俺の渡したジャムを付けて食べているうちに、


「クッキーが無い方がおいしい」


 と、娘さんがポロリと呟いた言葉をジャンさんは聞いてしまったそうだ。それがそうとう悔しかったのか、たまに近衛隊の宿舎の厨房でクッキーを焼くジャンさんの姿が見られるようになったとのことだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ジャムの方が(笑) それはね、ジャムは果物の味があるから、素朴なクッキーよりは旨いだろう もっと年が上に上がったら、せっかく作ってくれたんだからと、気を使ってくれるよ(//…
[一言] 八神 風さんへ これまでのやり取り…ということは、「プリメラと一緒に来た現在」ではなく、「過去にアウラを連れて行ったとき」のことなのでは?
[一言]  子供の純心は時に残酷だな…。
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