第17章-6 最深部
「皆!」
靄が噴き出した瞬間、俺の声に反応して皆走りだそうとしたが……皆の反応よりも靄が俺たちを飲み込む方が早く、俺を除いた全員が倒れ込んでしまった。
「くそっ!」
靄の正体が何なのかは分からないが即死するような毒ではないみたいで、倒れ込んではいるが全員意識が朦朧としているみたいだ。
俺は死人が出ていないことにホッとしながらも、このままここに居続けるのは危険なので、皆をディメンションバッグに入れてこの場所を離脱することにした。
かなり引き返したところで靄が薄くなったことに気が付いた俺は、皆の治療の為にわき道を利用して部屋を作り、魔法で空気を入れ替えてから靄が入らないように穴を完全にふさいだ。それからマジックバッグに入っているベッドをあるだけだして皆を寝かせると、じいちゃんとリーナは症状が比較的軽いみたいだが体は動かないようで意識もまだ朦朧としている。しかし、ジン、ガラット、メナスの三人は重症なのか意識が無い上に顔色が悪く、呼吸も荒い。
すぐに解毒魔法の『アンチドート』をかけると、顔色は若干よくなったみたいだが意識と呼吸に変化は見られなかった。それでも一応の効果が出たみたいなので、自分とじいちゃんとリーナにも使って様子を見ることにした。
「俺はかなり軽いみたいだけど、症状としては『頭痛』、『めまい』、『吐き気』というところか……それにしても、甘い匂いで鼻がそうにかなりそうだ」
靄が噴き出た時に風魔法が一瞬途切れたせいで、俺はもろに靄をかぶってしまっていた。しかも、じいちゃんたちを保護した後は風魔法を使わずに靄の中を走り抜けたので、甘い匂いが服にこびりついているようだ。じいちゃんやジンたちも靄に包まれてはいたが、すぐに俺がディメンションバッグに入れたので、俺ほど甘い匂いはついていないみたいだった。
「うぐ……テンマ、水をくれい……」
「わ、たしも、お願い……します」
顔や腕を洗って着替えてからジンたちの様子を見ていると、意識は戻ってはいないがだいぶ楽になったように見えた。そこで少し靄と俺を襲った症状について考えていたところ、じいちゃんとリーナの意識が完全に戻り、のどの渇きを訴えてきた。自力で体を起こせるまでに回復しているので、一安心だ。
「はい、水。二人共、調子はどう?」
「最悪じゃな……まるで船の上で波に揺られているようじゃ」
「二日酔いしているみたいです……」
頭痛に耐えながら水を飲む姿は、リーナの言う通り二日酔いで苦しんでいるみたいだった。
「……もしかして、本当に酔っているのかも?」
リーナの言うように、あまりにも二日酔いの状態に似ているので、不意にそんなことを呟いてしまった。
「いや、アルコールで酔っているとかじゃなくて、薬物中毒……あの靄に何らかの薬効成分と言っていいのかは分からないけど、それが人体に影響を与えているんじゃないかな? そして俺、じいちゃん、リーナと、ジン、ガラット、メナスに共通しているのが、『魔法を得意としているかしていないか』だから、『魔力に慣れている』俺たちは比較的症状が軽かったんじゃないかな?」
「『魔力酔い』ということですか? 魔力を回復させる薬の取りすぎなどで起こるとは聞きますけど、自然発生するものなのですか?」
「普通の状況ではあり得ぬのう。仮に魔力が溜まりやすい場所だったとしても、溜まるより先に霧散してしまうはずじゃ。靄が魔力の塊だったとして、あの壁の向こうが閉鎖された空間じゃとしたら溜まっていることもあるじゃろうが、あそこから漏れた靄は外でも漂っておった。つまり、魔力を帯びた何かが魔力酔いを引き起こした可能性はある」
じいちゃんに俺の言いたいことを奪われてしまった。
「そう言うわけだから、ジンたちはこのまま安静にしておけばいずれ回復すると思う。でもその前に、俺は少しあの場所を調べてこようと思う」
何が原因なのか分からないが、もし仮にあのまま放置したせいでダンジョン中にあの靄が広がってしまったとしたら、ここまで攻略してきたことが無駄になってしまうかもしれない。じいちゃんとリーナはこのまま引き返した方がいいと考えているようだが、あの靄が原因と言うのならいい対策方法があった。それは、
「こうやって、タコを倒した時みたいに、自分の周りを風の結界で囲んで、さらに中の空気を常に魔法で出した空気で充満させていれば、さっきみたいなことにはならないはずだ。それに、俺にはあの靄に対する耐性があるみたいだし、最悪でもあの穴を塞がないと、このダンジョンだけでなく上のダンジョンにまで何らかの影響を与えてしまうかもしれないから」
そう言ってじいちゃんを納得させると、ジンたちの看病を任せて一人で外に出た。
「靄のせいか、若干視界が悪くなっている気がするな」
先程よりも「少し視界が悪いかな?」くらいだが、あの靄が噴き出た場所から離れているところでこれなら、あの場所はかなり靄が濃くなっているのかもしれない。
そして残念なことにその予想は正しく、坂道の手前から数m先が見えないくらいの靄が漂っていた。
「風魔法でかき分けながら進むか、一度吹き飛ばしてから進むか……どちらにしろ、靄をまき散らすことになりそうだな……」
靄は坂道に溜まっているみたいなので、風魔法を使えばその靄を大量にまき散らしてしまうことになる。かと言って、このままだと何が原因なのか調べることも出来ない。それどころか、今の状態で入っただけでも靄が坂道からあふれてしまいそうだ。
「一度中に入った状態で壁を作って蓋をするか? でも、それだと何かあった時に逃げ遅れそうだし……」
そう呟きながら、坂道に溜まった靄が巻き上がらないギリギリのところまで近づいてみると、
「地面が白い……これが靄の正体か?」
地面が薄っすらと白くなっていることに気が付いたので指先で地面をなぞってみると、チョークの粉のようなものが付着した。
「石灰では無いみたいだけど、これが靄の原因なら何とか出来るかも?」
靄の正体が石灰のようなものならば水で流せるのではないかと思いつき、今俺が使用している風魔法の結界で坂道の入り口に蓋をして、腕だけ突っ込んで水魔法で霧を発生させた。まあ、霧と言うか霧吹きのような感じなので、すぐに地面に落ちていったが……落ちていく水滴は靄と混ざって白くなっていたので、霧は靄に効果があるようだ。
効果があるのは分かったがまだまだ靄は濃いので、霧吹きの威力を上げて奥の方まで届くようにすると、坂道に溜まっていた靄に流れが出来て効率が上がり、徐々に靄が薄くなっていった。
「これくらいなら大丈夫そうだな」
しばらく霧吹きを続けていると、靄はほとんどと言っていいくらい見えなくなり、代わりに紙面に白い水たまりがいくつも出来ていた。魔法を使わなくても行動できそうだが、念の為風魔法の結界を展開したまま壁まで行くことにした。
「ここまで来ると、まだ靄が残っているな……もう一度やってもいいけど、その前に中を確認してみるか」
壁の近くはまだ靄が残っていたのでもう一度霧吹きをしようかとも思ったが、もし壁の向こう側にあまり水で濡らさない方がいいものがあった場合を考えて、まずはこのままの状態で確認することにしたのだ。
「『探索』で魔物の反応が無いから、ボスのいる部屋じゃ無いみたいだけど……かなり広いな」
入る前に『探索』で軽く調べてみると、ジンたちが倒したヒドラのいた部屋ほどではないが、新しいダンジョンで見つけた中では一番の広さがある部屋で、上のダンジョンと合わせても上位に来るくらい広いみたいだった。
「とりあえず入ってみるか……うおっ!」
魔法で光を出しながら開けた穴から入った瞬間、穴の横にあった魔物の顔で驚いてしまった。
「心臓に悪いな……」
まあ、すぐに死んでいると気が付きはしたが、気が付くのがあと少し遅かったら魔法を放っていただろう。
「それにしても、デカい蛇だな。しかも、二頭分ある」
ほぼミイラ化しているし、体の一部が岩で潰されているので正確な大きさは分からないが、それでも二頭とも三十mくらいはありそうだった。
「素材は期待できそうにないな」
二頭はつがいと言うわけではなさそうで、むしろ敵対していたらしく、それぞれの体には明らかに争ったような傷が残っていた。しかも、カビや苔が生えているし何より汚いので、あまり触りたくはない。
「入り口の岩は、この二頭が争った結果かな?」
この部屋で巨大なヘビが争った結果、暴れた影響で入り口が塞がり、二頭は相打ちになり共に死亡したという感じだろう。
「それだと、この靄の説明がつかないな……」
部屋の奥に行くほど靄が残っていたので、最悪素材は諦めることにして霧吹きで靄を消すことにした。坂道の時と違って、靄が溜まっている中心部近くで霧吹きをしているからなのか、面白いくらいに靄が薄くなっているのが分かる。
「少し場所を移動しながらするか……あれは?」
靄を消し続けて部屋の端の方まで薄っすらと見え始めるくらいになった時、入り口の反対側の壁に何か台座のようなものが見えた。それが気になって近づいてみると、
「これってもしかして、ダンジョン核か?」
台座のようなものの上にあったのは、巨大なダンジョン核だった。ジンたちが見つけたダンジョン核は、大きさが直径一mを少し超える大きさで、それですら発見された中で最大だと言われていたのに、目の前のものはそれ以上の大きさ……軽く見積もっても一m五十cmは超えている。
「これはすごいな……なっ!」
超巨大なダンジョン核に気を取られたまま、何となく視線を上に向けると……巨大な何かと目があった。先程のヘビの死体の時は、驚きはしたが反射的に攻撃できる体勢に入ることが出来ていたが、今回は出来なかった。それどころか、「死んだ……」と思ってしまったくらいだ。
「これは、龍か……」
こちらに顔を向けていたものの正体は『龍』で、昔討伐した古代龍のゾンビに匹敵しそうなくらいの大きさだった。もっとも、生きていればの話だが。
「骨の状態でこの迫力か……生きている時は、ドラゴンゾンビと同格の強さを持っていたのかもな」
骨でこの迫力ならば、生きている時は『古代龍』クラスの強さを持っていたのかもしれないな……と思ったところで、
「また靄が出てきたな……どこからだ?」
周辺の靄が濃くなっていることに気が付いた。
靄の発生源を探そうと周囲を見回したが、それらしいものは見つからなかった。
「一度戻って、ダンジョン核の発見を皆に知らせるか」
そう思って引き返そうと入り口の方に目を向けたところ、
「今、靄が噴出さなかったか?」
入り口の近くにある岩から、靄のようなものが噴出したのが見えた。急いでその場所に向かうと、岩だと思っていたのはヘビの死骸で、靄のようなものが噴き出したと思われる辺りにあったのは苔だった。
「この苔が原因か? 特に変わったところは見当たらないけど……」
見たことが無い苔だが、見た感じではちょっと珍しい苔にしか見えず、靄を拭きだしそうな感じはしない。
「『鑑定』でも名前が出ないということは、新種ということか……ん?」
しばらくその苔を見ていると、一瞬苔が動いた気がした。気のせいかと思い動いたような気がした場所を見つめていると、少しずつその場所が盛り上がり始めた。そして、
「こいつが靄の正体か!」
盛り上がったところがこぶ状になり、そこから靄が噴き出した。その靄は空気に溶けるようにして見えにくくなったが、結界を解除して匂いを嗅いでみると、甘い匂いがしていたのでこれが靄の正体で間違いないだろう。
「つまりこの靄は、苔の花粉のようなものなのか?」
こぶのあったところの苔をむしってみると、表面近くに小さな袋のようなものがあった。多分それが蕾のようなもので、それに管のような茎が繋がっている。この管から空気が送り込まれて、蕾の中にある花粉を靄のようにまき散らすのだろう。
「花粉を運ぶ虫がいないから、こんな進化をしたのかもな」
それにしても、あれだけの靄を作り出すほどの花粉があったのに、苔がこの部屋でしか見つからなかったのは変な気がする。
「とりあえず、靄の原因が分かったのはいいことだ。けど、今は一度戻った方がいいな」
単独行動を始めて一時間は経っているはずなので、早く戻らないとじいちゃんたちにいらぬ心配をさせてしまう。
そう思い、急いで避難場所に戻ったが……
「テンマ! 遅すぎるぞ!」
俺は一時間と思っていたが、実際には二時間以上過ぎていたそうで、戻って早々にじいちゃんに怒られてしまった。多分、龍の骨やダンジョン核、それに靄の正体の発見などで時間の感覚が大きく狂っていたのだろう。
「ふむ。つまり、そのダンジョン核を持って行けば、攻略が達成されるということじゃな」
「なんだか、テンマさんに美味しいところを持って行かれた気がしますね」
「いや、まさか俺もボスがいないなんて思わなかったからな。そんなことよりも、ジンたちの様子はどうだった?」
ここを出る時よりも、ジンたちの顔色はよくなっているみたいだが、俺のいない間に何か気になるところはあったか聞くと、特になかったそうだ。それに、途中で三人とも一度意識を取り戻したとのことで、大丈夫だろうとのことだった。今はまだ体のだるさがあると言って、普通に寝ているだけだそうだ。
「ジンさんたちが回復したら、皆でその部屋に行ってダンジョン核と龍の骨を回収して、地上に戻って宴会でもやりましょう!」
リーナは、上のダンジョンに続いて新しいダンジョンの攻略も出来ると興奮しているが、おrネイは少し気になることがあった。
「なんだか、テンマは核の回収に乗り気ではないみたいじゃのう?」
「まあ、ちょっと心配なことがあってね……俺が皆に話した『ダンジョンのディメンションバッグ化説』を覚えているよね? もし仮にその説が正しかったとすると、核を回収した後はどうなるのかなと思って」
「「えっ?」」
「ディメンションバッグって、広げた空間に物を入れているでしょ。もしその空間が壊れた時、その中にあったものはどうなるのか、じいちゃんは知っているよね?」
「それは、まあ……中身がぶちまけられるのう……」
「つまり、このダンジョンがセイゲンの街の下にぶちまけられるということですか?」
もし仮にぶちまけられるとしたら、セイゲンの街が上に吹き飛ぶことになる。
「それに、俺の考えた説が間違っていたとしても、核を持ち出した時点でダンジョンはそれまで持っていた機能を失うよね? そうなると、どでかくて壁の強度が弱くなった空間が生まれることになるんじゃないかな?」
俺の説が間違っていたとしても、セイゲンの街が百十何階層分沈下してしまう可能性がある。
「両方悪夢じゃな」
「どちらも仮説ではありますけど説得力がありますし、実際に起こってしまった時の被害が半端じゃありませんね……しかも、私たちも巻き込まれる可能性が大です」
ディメンションバッグ状態だった場合、セイゲンの街が吹き飛ぶのと同時に俺たちも吹き飛ばされ、強度が脆くなった場合、街の沈下に合わせて俺たちも潰される……じいちゃんの言う通り、どちらであったとしても悪夢でしかない。
「これまで、他のダンジョンでそう言った報告がされていない以上、考え過ぎと言うこともありえるけど、セイゲンのような超巨大なダンジョンが攻略されたのは初めてだし、一度ここで引き返して王様たちに報告した方がいいと思う。その上で、王様たちがどう判断するかを待とう。まあ、ダンジョン核を持ち出すと決めたとしたら、俺は断るつもりだけど」
「わしもじゃ!」
「私も! ……と言いたいところですが、その場合はジンさんに言わせて、もしもの時は『暁の剣』を脱退します!」
俺やじいちゃんのように、王様に正面から楯突くのはリーナの立場では難しいだろうから、ジンが矢面に立たされるのは仕方がないだろう。そして、ジンが断れなかった場合に逃げ出すのも仕方がないだろう。
そんな感じで、三人の間では意見が一致した。後は、ジンたち次第となる。
「それにしても、あの靄の正体が苔の花粉とはのう……テンマは空気で花粉を押し出していたと言うが、もしかするとただの空気ではなく、『催眠ガス』のような効果があるものかもしれぬのう。それに花粉ではなく、『胞子』なのかもしれぬ。ガスで対象を動けなくして、その時にまき散らした胞子を付着させる。ガスを吸い込んだ対象は徐々に中毒状態になり、眠りから覚めぬまま死んでいく。その死骸を苗床に、苔は繁殖していく……と言うことは考えられぬかのう? 空気より軽いガスだからこそ、上の階まで漂っておったと。それに、そういった類のガスの中には、甘い匂いがするものもあると聞いたことがあるしのう」
言われてみると、確かにその通りの気がする。何せ、実際にヘビの死骸に苔が生えていたのだ。
「苔があの部屋にしか生えていなかったのは、苔が増える為には何か特別な条件があるか、坂道を超えられなかったからか、発芽率が極端に低いからとかかもしれないね」
「特別な条件があるとすれば……ダンジョン核ですかね? 案外、あの苔がボスだったりして」
などと、リーナは冗談半分に言っているが、案外そうなのかもしれない。現に、俺がいなかったらじいちゃんたちは全滅していた可能性が高い。
「何かしらの対策をして部屋に入ることが出来たとしても、ダンジョン核を持ち出した時点でダンジョンが壊れるというわけか……攻略は不可能に近いのう」
持ち出したからと言ってダンジョンが壊れると確定したわけではないが、そうなると本当に攻略不可能なダンジョンと言うことになる。
「それじゃあ、王様にはその線で話してみようか? 王様たちにしても、ダンジョンが壊れるよりも長期的に資源を採集できる方がいいだろうし、何より『可能性』とはいえ、セイゲンと天秤にかけることは出来ないだろうしね」
ダンジョン核が貴重なものとはいえ、特に重要な使い道があるものと言うわけではないのだ。国にとっては、セイゲンが生み出す利益の方がはるかに重要だろう。
そのことに反対する貴族が出てくるかもしれないが、セイゲンは王家の直轄地なので、王様が決めたことに口を出すことは出来ないだろう……多分。
「それじゃあ、後はジンさんたちが回復するのを待って、龍の骨を回収して攻略は一旦終了ですかね?」
リーナは龍の骨を楽しみにしているようだが、
「多分、あまり取れないと思うぞ。大部分が岩と同化していたし、むき出しの部分は傷みがひどかった。それに、あれもダンジョン核の一部ということもありえるからな。下手に手を出さない方がいいと思うぞ」
恐らくあのダンジョン核は、龍の魔核が変化したものだと思う。しかし、骨がダンジョン核の一部ということは正直言って考えにく。それこそ、このダンジョンがディメンションバッグと同じ状態であると言う説よりも、可能性はかなり低いと思っている。なら、何故俺がそんなことを言ったかというと、
「そう言うことにしておけば、龍の骨を手に入れようとする馬鹿も減るだろ」
そんな予防線を張りたかったからだ。ここで骨の一部でも持ち合えれば、王国の為に龍の骨を取ってこさせた方がいいと言い出す貴族が現れるだろうし、その数が多ければ王様も無視するわけにはいかないだろう。
「そう王様に説明して、追加報酬をかなり多めに吹っ掛けるから、それで納得してくれ」
それでも足りないのなら俺の分の報酬を上乗せするし、最悪の場合は自腹で出してもいい。まあ、そんなことをしなくても王様は出してくれると思うが、それくらいの覚悟でリーナに提案しているのだ。リーナが納得すれば、例えジンたちが反対に回ったとしても、三対三の引き分けに持って行くことが出来る。引き分けに持っていけたら、後は依頼主に聞いてみようと提案することも出来るのだ。
「う~ん……危険を冒さずに報酬が増えるのなら私は大歓迎ですけど、それでジンさんたちともめることになったら、テンマさんが責任を取ってくださいよ?」
リーナも、そんなことは無いだろうとは思っているのだろうが、万が一の時の補償が欲しくてそう言っているのだろう。そんなリーナの条件を受け入れた俺は、万が一の場合の味方を得ることが出来たのだった。ちなみに、じいちゃんに関しては間違いなく俺の方についてくれると思っているので了承を得ていない。その代わり、
「テンマ、何故そこまでその龍の骨にこだわるのか、わしには説明してもらうぞい」
と言う条件を出された。まあ、こだわる理由はそこまで大したことではない。間違っても、後でこっそり回収に来ようとか思っているわけではなく、
「もしかしたらあの龍は、ソロモンの親なんじゃないかなと思っただけだよ。ソロモンの親かもしれない龍の墓を、荒らすような真似はしたくないんだよ」
ソロモンの卵が見つかったのはかなり上の階層だが、上級以上と思われる龍の骨と中級以上のソロモンが無関係だとは思えない。むしろ、同じダンジョンで見つかったからこそ関係があると考えた方が自然だ。
「一部でも持ち出せるんだったらソロモンの為にも持って行きたいけど、それが原因でセイゲンが駄目になったら目も当てられないからね」
なので、せめて荒らさずにそっとしておきたいのだ。
「それならそうと、リーナにもそう説明すればいいではないか?」
「いや、かもしれないで言うのは少し恥ずかしいし、リーナに言った理由も本当のことだから」
と言ってこの話は打ち切ったのだが……この数時間後に目を覚まして回復したジンとガラットがごねた。メナスはリーナと同じく、安全策で報酬が増えるということで納得していたが、上級以上の龍の骨が手に入るチャンスなど、一生に一度あるかないかの確率だということらしい。
ジンとガラットは、多数決になっても負けると理解しているようでそれ以上のことは言わなかったが、少し不機嫌そうにしていた。しかし、じいちゃんが俺の思いを暴露すると、
「そうか……テンマにも、そんな人並みの優しさがあったんだな」
「それなら仕方がないか……今回は、テンマの優しさに免じて引くことにしよう」
などと、俺を生暖かい目で見始めた。先程までの不機嫌そうな感じから、いっぺんに態度が反転したが……恐らく、ごねるだけごねてすっきりし、どうやって雰囲気を変えようかと悩んでいたに違いない。そこで、俺を立てることで納得したと見せかけて、ついでにからかうことにしたのだろう。もしも、王様が追加報酬をケチったら、リーナとメナスには俺の分を渡すが、この二人には絶対にやらないと決めたのだった。