第17章-3 死亡説
「こことだ色々と危ないから、先に進もうか?」
「「「「「異議なし!」」」」」
俺の提案に、全員が即頷いて移動を開始した。
何故ここまで素早い行動になったのかと言うと、先程ジンがじいちゃんの半裸に疑問を抱いた瞬間、ジンの背中にもじいちゃんと同じように虫が入り込んだのだ。しかし、じいちゃんの時とは違って背中に直接落ちるように入っていったのではなく、一度頭に落ちてそこから虫の意思? で背中に入って行ったので、頭に落ちた虫にジンが反応する時間と、俺たちがジンの反応を見て虫とその正体に気が付く時間があり、そこからその虫がジンの背中に入るまでを見ることが出来たのだ。
そんなジン以外の視線を集めた虫の名は『ゴキブリ』。幾多の人間を恐怖と混乱の渦に巻き込んできた『黒い悪魔』だ。そんな黒い悪魔の突然の登場に、俺たちも大慌てでジンから距離を取り、近づけさせないように武器まで抜いてしまったのだ。
そこまで過剰に反応してしまった俺たちを見て、ジンも背中に入り込んだ虫の正体に気が付き、次の瞬間にはじいちゃんと同じ半裸族となったのだった。ちなみに、ジンの背中に潜り込んだ黒い悪魔は、ジンの素早い行動に虚を突かれたのか、まともな抵抗も出来ずに地面に叩きつけられてから踏みつぶされていた。
移動にはそんな感じで虫を嫌がったという理由もあるがそれ以上に、これまでと雰囲気の違う区域に入ったというものが大きかった。何せこれまでと雰囲気が違うということは、これまで手に入らなかった素材が手に入る可能性が出てきたからだ。その為、皆の歩く速度が心なしか速い……というか、確実に速くなっていた。誰よりも先に素材を発見しようという思いが全員にあるようで、最初は少し歩くのが速いかな? 程度だったのが速足になり、そして駆け足になり、最後には全力疾走になった。
「あうっ!」
「危ない!」
百mほど走ったところで、リーナが足をもつれさせて倒れそうになり、それを助けようとメナスが足を止めたのに気が付いた俺とじいちゃんもすぐに止まったのだが……ジンとガラットは後ろに気が付かずにそのまま走って行ってしまった。
「むぅ……少しはしゃぎ過ぎたのう」
「そうだね。ここら辺には虫がいないみたいだから、少し休憩にしようか?」
「それがいいみたいだね。比較的走りやすい地形とは言っても、知らないところで走るもんじゃないからね」
「そうですよ! 私は皆さんみたいな体力は無いんですから、少しは考えてくれないと! ……いや、あの……もちろん冗談ですよ?」
冷静になったところで休憩にしようと提案すると他の三人も賛成し、どこかへと走り去っていった二人をほったらかしにして休憩の準備に入った。その会話の中でリーナがこけそうになったことを俺たちのせいにしようとしていたが、三人揃って無言で見つめると、慌てながら誤魔化していた。
魔物の気配が無いので、通路にそのまま椅子とテーブルを出してお茶の準備をしていると、
「何でついてこないんだよ!」
「何かあったんじゃないかと心配したじゃないか!」
俺たちを置いて先に進んでいたジンとガラットが戻ってきた。
「そう言われましても、ジンさんとガラットさんが私たちを無視して勝手に走り去っていったんですし」
「そもそも、何かあって困るのはジンたちだしな。こちらにはテンマとマーリン様がいたから、むしろいつもの『暁の剣』よりも、強化されたようなものだし」
「リーダーと斥候役が同じパーティーの仲間を置いて行くのはどうかと思うんだけどな?」
「まあ、普通に考えれば失格じゃな。こういったことが原因で、解散したパーティーをこれまでに何度も見たことがあるのう」
逆切れしながら戻ってきた二人に対し、俺たちは連携して応戦した。その結果、
「「すんませんでした! 反省しているので、俺たちにもください!」」
二人は心から反省して謝罪してきたのだ。まあ、二人が謝るまで俺たちがしたことと言えば、椅子に座ってお茶とお茶菓子を食べていただけで、最初の応戦以降は完全に無視していたのだ。
「それでこの先はどうなっていたんだ?」
「ん? ああ、この先数百mほど進むと、道が分かれていたぞ」
「その分かれ道のところでどちらに進もうか聞こうとしたら、後ろに誰もいなくて戻ってきた感じだな。だからその先がどうなっているかは分からん」
(つまり、分かれ道が無かったらもっと先まで進んでいたということだよな)
などと思ったが、話が先に進まないので口には出さなかった。ジンとガラット以外、全員が俺と同じようなことを思っていそうだったが、やはり口には出さなかった。しかし、
「いや、本当に悪かったと思っているから、その顔は止めてくれ!」
「まじで悪かった! すまんかったと思っているから、もう許してくれ!」
声には出さなかったのだが顔には出ていたようで、二人はもう一度謝罪し始めた。
「とにかく、もう少し休んだらその分かれ道まで行くしかないな」
そう言うことに決まり、そのまま他愛もない話を続けていると、
「そう言えば、プリメラちゃんに騎士型ゴーレムを渡したんですよね? 何か言ってましたか?」
と、リーナが思い出したように騎士型ゴーレムの話を始めた。
「かなり驚いていたぞ。俺がプリメラに贈るゴーレムを作っていたのは気が付いていたみたいだけど、まさか三体も貰えるとは思ってなかったみたいだ」
プリメラは三体の騎士型ゴーレムに、『パーシヴァル』、『ガラハッド』、『ボルス』と名付けていた。何でも子供の頃に、その名前を持つ騎士たちが活躍する話を聞いたことがあるからだそうだ。
三体は性能にほとんど差は無いが、それぞれの武器を『大剣と盾』、『双剣』、『槍』にすることで役割を分けている。
「ついでに、化け物みたいなゴーレムも作ったとか聞きましたけど?」
リーナが言う化け物とは、ミノタウロスの骨を利用して作ったゴーレムのことだ。最初は一体分の素材とヒドラの筋を中心に作っていたが、それだけだと自立が難しかったので、ミノタウロスの素材をもう一体分使ってようやく完成したのだ。ミノタウロスを使ったことで、騎士型ゴーレムを上回る大きさのゴーレムになってしまい、動きが鈍く細かな動きが出来ないゴーレムとなってしまったが、その欠点を補う程の力を持つので、超大型のハンマーを持たせている。その結果、
「まともに当たれば、地龍の頭も粉砕できるかもな」
という威力を出せるようになったのだ。実際には動きが鈍いので、振り上げているうちにかわされるか攻撃を受けるだろうが、騎士型ゴーレムたちと連携させれば高い確率で攻撃を当てることが出来るだろう。
「テンマ……お前はどこを目指しているんだ? まさかとは思うけど、ゴーレムを使って建国しようとか企んでいないよな?」
「優遇してくれるのなら、手伝わないことも無いぞ?」
「さすがにそんな面倒くさいことはしないさ。同じことを王様たちからも言われたけど、その時もやる気はないと答えたしな」
俺が面白いものを作ったと感づいた王様やライル様がやって来て、ミノタウロス型のゴーレムを見てから言った最初の言葉が「国でも興すのか?」だった。その時も面倒くさいのでやらないと言ったが、やろうと思えば小国くらいなら楽に興せて維持できるほどの戦力があると、シーザー様やザイン様、それにサンガ公爵からも言われたので、誤解されるような行動には気を付けようと、最近は気を付けているのだ。まあ、良く忘れてしまうが。
「ゴーレムと言えば、『山猫姫』の三人に来たんだけど、昔三人の裸のゴーレムを作ったことがあるんだってね」
メナスが話題を変えるように、前に聞いたという俺の失敗話を口にした。一瞬何の話だと気が付かなかったが、すぐに冒険者としてのデビュー戦の時の話だと思い当たった。
「何! テンマにそんな趣味があったのか!」
「流石にそれはどうかと思うぞ?」
ジンが誰よりも早く反応し、ガラットも俺をからかうような口調でジンに続いた。じいちゃんやリーナ、話題を出したメナスは何があったのかを知っているようで、ニヤニヤ笑っている。
「あれはちょっとした失敗だって……遊び感覚で使っていた技術だったし、そのモデルにしていたのも自分かシロウマルだったから失念していただけだ」
人のいないところでやっていたから自分の裸など気にならなかったし、シロウマルに関しては常時裸でいるようなものなので、人に置き換えるとどういった状態になるのか気が付かなかったのだ。
「そんなこと言って、実は狙ってやっただろ? このムッツリ野郎め!」
ジンは、それまでのうっ憤を晴らすかのように俺をからかい続けたが……その横にいたガラットは俺を気にしながらいつの間にかメナスたちの後ろの方に移動して、じいちゃんは静かにお茶を飲んでいた。メナスも黙ってジンから視線を外していたし、リーナはじいちゃんのお茶のお代わりで忙しいふりをしていた。しかし、
「ガラット! メナス!」
「お、おう!」
「はいよ!」
「な、なんだ! 何をする気だ!」
俺が名前を呼ぶと、二人はすぐにジンの両脇を固めて強引に膝をつかせた。
「リーナ!」
「は、はい! ……えいっ!」
「いてっ! いきなりなんだ!」
リーナは俺に名前を呼ばれて一瞬迷っていたが、すぐにジンの髪の毛を引き抜いた。
「ガラット、メナス、しばらくそのままでいてくれ。これをこうして……よし!」
リーナからジンの髪の毛を受け取った俺は、ガラットとメナスにしばらくの間ジンを拘束しているように頼み、久々に人の髪の毛を使ったゴーレムを作成してみた。その結果出来たのが、
「これってセクハラですよ、ジンさん」
「まごうことなくセクハラだね、ジン」
「こいつはひでぇ……色々と……ぷっ! ひでぇ!」
「やめろ! やめてくれ! 調子に乗った俺が悪かったから、それをすぐに壊してくれ!」
女性から二人は大不評、ガラットからはある意味大好評の、『ジン型ゴーレム(ver.真っ裸)』だった。しかも、その数三体。
「うむ……実に見苦しい光景じゃな……」
じいちゃんはジンの真っ裸ゴーレムを見てそう呟き、フードをかぶって髪の毛を隠した。
「やめてくれぇ……マジでやめてくれぇ……」
ジンが泣き出しそうな顔と声で懇願するので、真っ裸ゴーレムたちはとりあえず局部を隠すように隅の方で体操座りをさせて待機させることにした。
「さて、ジン。ここにあのゴーレムたちに使った髪の毛の残りがある。どういうことか分かるよな?」
「どうする気だ?」
「これを使ってあれと同じものを作って……セイゲンの街中を走らせる。ゴーレムの近くで、「ジン! 頼むから服を着てくれ!」と叫びながらな」
こうすることで、近くで見た人には人間ではないとバレてしまったとしても、遠目で見ている人たちには、あたかもジンが裸で爆走しているように見えるだろう。
「そ、そんなことをしたら、テンマの信頼まで落ちることになるぞ!」
ジンは負けじと俺がやっていることだと言いふらすと叫んだが、
「俺の信頼が落ちるのと、ジンの信頼と社会的な評判と好感度が落ちるの、どちらが早いかな? しかも、俺はしらを切りとおせば最小限に抑えられるだろうが、ジンは偽物だとしても目撃者がいるわけだから……どうなるかなぁ?」
そう言いながら真っ裸ゴーレムたちをランニングさせると、
「俺が完全に悪かった……許してくれ……」
ついにジンが完全に降参した。
「勝った……むなしい戦いだったけどな」
そう言いながら真っ裸ゴーレムたちを停止させて石くれに戻すと、
「むなしい戦いなら、さっさとやめておればよかろうに……」
「ジンもジンで、毎度毎度懲りないね。まあ、テンマもやりすぎな気がするけど」
「それでも、原因を作ったのはジンさんですから、やられても仕方がない気がしますが……やりすぎでもありますね」
「見ている分には面白いんだけどな。自分がジンの立場になったらと思うと……怖いな」
などと、他の四人から評価されていた。かなりの低評価だが、自分でもやりすぎた感はあるので仕方がないだろう。その後、じいちゃんを中心としたジン以外の四人からの懇願で、あの技術を悪用することは極力しないと誓わされた。
「それにしても、今回の使用目的はともかくとして、あのゴーレムはかなり高度な技術が使われていると思うんですけど、何で普段使わないんですか?」
「そうだね。何か使い道がありそうなもんなんだけど、なんでなんだい?」
リーナとメナスは、あの髪の毛を使ったゴーレムを何故俺が使わないのか気になっていたみたいだが、その答えは単純なものだ。
「単に、あらゆる面で普段使っているゴーレムに劣るからだ。しいて言うなら、ゴーレムの核が無い時や、いたずら目的に使う分には優れているとは言えるけどな」
普段使っているゴーレムと比べて劣っている点は、まず第一にゴーレムが出来るまでに時間がかかるということ。これは、核を作るところから考えれば普段使いのゴーレムよりは早いと言えるが、髪の毛を使う方法は事前に準備が出来ないので、核さえ作っておけば後は魔力を流して放り投げるだけということが出来ない。しかも、普段使いの方は、起動させるだけの魔力と素材(岩や土)があれば、例え百だろうと千だろうと同時に作り出すことが出来るが、髪の毛を使う方は一体一体その場で作らなければいけないのだ。
そして第二に、ゴーレムの性能に差がありすぎるということ。髪の毛を使うゴーレムも、岩や土で体を作るので、普通の人間相手なら問題なく戦う事が出来るし、使い方によっては戦力として申し分ないくらいの活躍は出来る。だが、いくら普通の人間より硬い体を持つゴーレムだとは言っても、そのモデルとなった人間と同じくらいの大きさしかないので、しっかりと設計して作り出した核を持つゴーレムと比べればもろい。恐らく、『暁の剣』クラスの実力があれば、例えリーナ一人でも(ただし、魔法で戦う事が前提)、複数を相手にしても完勝出来るだろう。
「そして第三の理由が、服を作るのが面倒くさいからだな。さすがに真っ裸状態で戦わせるわけにもいかないし、そんなことに労力を使うのなら、自分でその分動いた方が効率がいいしな。まあ、敵方の髪の毛でも入手することが出来れば、嫌がらせくらいには使えそうだけど」
以上の理由から髪の毛を使うゴーレムは、俺の中で忘れられた技術となっていたのだった。
「鎧や武器を持たせれば、十分な戦力になりそうだけど、それくらいならいつも使っている奴でも出来そうだし、そもそも婚約のプレゼントに渡したようなゴーレムにすればいいんだしな。技術的には高度でも、使い道があまりないというわけか……ほんと、いたずらの為に生まれたような技術だな。まじで悪用はしないでくれよ」
ガラットは使わない理由に納得しながら、再度使用しないようにと念押しをしてきた。
「あそこが分かれ道か……ジン、いい加減シャキッとしろ! ようやく現れたぞ!」
ジンとガラットが行きついたという分かれ道の目の前まで来た時、その分かれ道から待望の新しい魔物が現れた。コモドドラゴンのような姿をした一mほどのトカゲで、向こうも俺たちに気が付いたらしく、舌をチロチロと出し入れしてこちらの様子をうかがっている。
「行け、ジン! 先手必勝で、憂さを晴らしてこい!」
先程少々やりすぎてしまったようで、ジンは後ろから俺を刺すんじゃないかと言う感じの黒いオーラ? のようなものをまとっていた。そんなジンの気を晴らすのにちょうどいいので、誠に勝手ながら前方に現れたトカゲをジンの生贄に捧げることにしたのだった。
「うぬぁあああーーー!」
ジンは、これまでのストレスを力に変えるかのように魔物に突撃していった。
「じいちゃん、あの魔物っていい素材は取れなかったよね?」
「皮はそこそこの値段がしたはずじゃが……肉は臭いし固いし、あまり価値がない魔物じゃな」
「いや、普通は皮が金になるのなら、肉は二の次なんですけど……」
「まあ、テンマとマーリン様からすればそこそこの値段の皮より、美味しい肉の方が重要なんだよ」
「そうですね。何度もその恩恵に与っている身としては、お二人のその考えをありがたく思わないと」
そんなジンを見ながら話をしていると、トカゲが現れた方の道から仲間と思われるトカゲの群れが現れた。ちなみに、最初に出てきたトカゲは、ジンに一撃で首を落とされていた。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……」
「ぞろぞろ出てくるのう……まあ、全部ジンに群がっておるがの」
「ジンなら大丈夫でしょう」
「無意識かもしれないけど、綺麗に首か頭だけを狙っているねぇ……」
「もしかして、先程まで不貞腐れていたのは演技だったんでしょうか?」
「だとしたら、困ったかまってちゃんだね……全く可愛くないけど」などと、ジンはかなりの活躍をしていると言うのに、何故か評判が少しずつ落ちていた。
「だっしゃぁーーー!」
十数匹目のトカゲを倒したところで群れは全滅となり、ジンが勝利の雄たけびを上げた。だが、ガラットたちの視線は冷めたものだった。
「な、なんだ?」
「ああ、何でもないぞ。それよりも、早くトカゲをバッグに入れておいた方がいいだろうな。もしかすると、他の魔物が血の臭いによって来るかもしれないしな」
ガラットたちの視線にジンが驚いていたが、またジンの機嫌が悪くなってしまうと面倒くさかったので、ジンの意識をガラットたちからトカゲへと向けさせることにした。
「とりあえず、俺の持っているマジックバッグに入れておくけど、これはジンの総取りだな。数だけは覚えておいてくれよ」
そう言うとジンは、半分は全員で分けた方がいいのではないかと言ったが、討伐を押し付けたのは『オラシオン』の俺だし、実際に全部倒したのはジンと言うことで、俺とじいちゃんは分け前を辞退し、ガラットたちも『暁の剣』としての権利を放棄したので、地上に戻ってからジン個人の名義で換金することになった。
「それにしても、いきなりトカゲの群れが現れたのは驚いたね」
「そうじゃな。もしかすると、先程の縦穴はあのトカゲたちの餌場じゃったのかもしれぬな」
ジンが倒したトカゲは、少量の餌でも長い時間活動することが出来るらしく、さらに虫などは成長速度が速くて繁殖しやすい上に栄養価が高いので、トカゲにしてみればあの虫たちはご馳走に見えていたのかもしれない。
「あのゴキ……たちも何かの役に立っていたということか。あまり想像したくはないけど……そんなことより、この先現れるのがトカゲだけとは限らないし、明らかに上にいたスケルトンや腐肉のゴーレムよりは強いと思うから、気を引き締め直して進まないといけないな」
気合を入れなおして攻略を進めることにし、少し話し合って分かれ道をトカゲの群れがやってきた方に向かうことになった。その結果、
「あの縦穴は、何か所かあるうちの一つだったみたいだな」
俺たちが降りてきたのと同じような穴がいくつか見つかった。それと同時に、そこに住まう虫を餌にしていると思われる爬虫類型の魔物の群れと何度か遭遇した。
そのほとんどがジンが倒したトカゲと同じ種類の魔物だったが、それ以外にもヤモリやカエルにヘビと言った感じの魔物も見つかった。それぞれの大きさは一mもないくらいの魔物ばかりで脅威の順に並べると、トカゲ、ヘビ、ヤモリ、カエルと言った具合だ。
ヘビはアナコンダに似た形だったが、見た中で一番大きかったのが一mくらいで、毒は持っていないようだった。ヤモリはそれよりも少し小さくて平均が八十cmくらいで、こちらが攻撃を仕掛けたり驚かさない限りは隠れてやり過ごそうとしていた。ただ、隠れるのが上手くて知らないうちに踏んづけたり触ったりしてしまうことがあり、不意打ちに気を付けないといけなかった。そしてカエルは、
「なんだか、愛嬌のある顔をしているな」
「見ようによっては可愛く見えるね」
「もしかすると、ペットとして人気が出るかも?」
と言った感じだ。大きさは五十cm無いくらいで、以前討伐した『マッドポイズンフロッグ』と違って舌の威力も弱く、まともに当たっても『ちょっと痛いな』くらいの痛さだった。そしてその姿は、まんまアマガエルを大きくした感じだ。
「流石にペットは難しいじゃろうが、他の魔物と比べると可愛いと言われる部類じゃな。多分、虫を捕食しているのじゃろうが、それと同時にトカゲやヘビに捕食される側でもあるのじゃろう」
小さい個体なら大きな部類のヤモリにも捕食されているのだろうが、意外にもすばしっこいので全滅していないのかもしれない。もしくは、イモリにも言えることだが、トカゲやヘビが登りにくい壁や天井を移動して逃げているのかもしれない。
「それじゃあ、出来るだけヤモリやカエルは無視した方がいいかもね。幸い、こちらが相手にしなければ隠れているだけだし」
ここまで遭遇した魔物を狩ってばかりだと生態系が崩れてしまい、もしかすると虫たちが上のダンジョンまであふれてしまうかもしれない。向かって来るトカゲやヘビは仕方が無いが、攻撃を仕掛けてこないヤモリとカエルは虫たちの掃除屋として見逃した方がいいだろう。素材的にも価値はあまりなさそうだし。
そう言った感じで、最初の方は順調に進んでいた攻略も次第に疲労がきつくなってきた。その理由は、魔物の気配が薄いからだ。カエルやヤモリは、『探索』でも使わなければ気が付きにくいし、トカゲやヘビは音もたてずに近づいてくるのでヒヤリとする場面もあった。そして、何よりも厄介なのは虫の存在だ。あいつらの生息場所は縦穴だけでないので、油断していると天井から落ちてくたやつが直撃することもある。
しかし、それでも上の階層とは違って、腐肉のゴーレムが原因と思われる臭いは無いので、疲れたらその場で休憩することが可能だった。なので、そろそろ初めての野営に挑戦してみようということになった。
これまではどうやっても臭いのせいで休憩することが難しかったが、今回は隠れているカエルやヤモリ、それに虫にさえ気を付ければヒドラのいたダンジョンでしていたように土壁で作った空間の中で休憩できそうなのだ。
「それじゃあ、俺の考えた手順だけど、まずは魔法で隔離された空間を作る。そしてその空間の中で虫を殺す煙を充満させる。その後で中を氷が出来るくらいまで冷やす。それが終わってから、中で休憩をする。以上だ」
「それでよいと思うが、煙を焚くときは壁の上と下に空気穴を作った方がいいじゃろう。下の穴から魔法で風を送り込めば、上の方から虫が逃げるかもしれぬし、この辺りの虫を追い払うことも出来るかもしれぬからのう」
密閉したままで煙を焚くと、全体に煙が生き渡らないかもしれないし、途中で煙が消えるかもしれない。それに、逃げることが出来なくなった虫の処理もしなくてはならないので、少しでも自力で出て行かせるようにした方がいいというのが、じいちゃんの意見だった。その意見(特に虫の処理)を聞いたメナスとリーナが真っ先に賛成したので、壁を作ってから穴をあけることにした。
「それじゃあ、火をつけるぞ」
「ガラット、ガンガン行け! 万が一の時は、テンマが何とかしてくれるからな!」
俺とじいちゃんは、風を送るのと中を冷やす作業に温度を上げる作業が残っているので、煙を起こす作業はジンとガラットが請け負うことになった。ただ、そう言った作業はガラットの方が得意とのことで、ジンはガラットの後ろで応援しているだけだった。なお、メナスとリーナは煙を起こす作業に人数がいらないということで、俺たちと一緒に火を前にして変にテンションが上がっている二人を眺めていた。
「一応換気はしたけど、やっぱり煙の臭いが残っているな」
「まあ、腐った臭いに比べれば可愛いものじゃろう」
予定していた作業を終えて壁の穴を塞いだ後は、いつも通り馬車を出して野営の準備を始めた。外での野営なら女性陣と男性陣に分かれて休むところだが、今回はダンジョン内なので馬車の中を仕切りで分けて使うことになった。その際ジンが、「婚約早々に他の女性と同じところで寝るのか!」とかからかってきたので、賛成多数によりジンの寝床は外と言うことになったのだった。
こうして、新しいダンジョンの攻略が始まってから初の野営が行われたのだった。
ちなみに、それから数日後に地上へと戻ったのだが……地上に戻ると、俺たちの死亡説が流れていて驚く羽目になってしまった。
その原因は野営を開始したことで、それまで毎日のように地上に戻っていたのが急に数日も帰ってこなかったせいで、俺たちが死んでしまったのではないかと思われたからだった。