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第17章-2 穴

 サンガ公爵が馬車を諦めたことで、伯爵たちは一言も馬車を欲しがるような発言はしなかった。その代わり馬車に施された技術に目を付けたようで、遠回しにその製法を聞き出そうとしていた。まあ、肝心な内部の仕組みは話さないで、外から見て分かるようなもの……車輪に使用したカエルの素材を使ったゴムタイヤもどきや、車輪の軸と箱の間に取り付けた板バネと言ったものの説明だけにとどめたので、伯爵たちは喜んでいたがサンガ公爵からすれば大した情報にはならなかったようだ。

 俺の説明で満足した伯爵たちには申し訳ないが、この馬車一番の特徴はようやく開発できた『巻きバネ』を使い、サスペンション(のようなもの)を取り付けているところだ。前輪の車軸の中心部に二つと、後輪の左右の車軸に二本ずつの計六本使用しているが、外からは見えないようにカバーをかけているので、解体しないとその姿は見えないようになっている。

 このバネのことはアルバートしか知らず、一応口止めはしているが、何らかのトラブルやどうしても秘密にできそうにない時はバレてもかまわないとは言っている。バネをみて形だけを真似した類似品は出来たとしても、馬車に使えるだけのものはそう簡単には出来ないと思うので、変に悪用されることは無いはずだ。ちなみに、アルバートとエリザに贈る新型の馬車を作る際に、俺が使っている馬車にも実験的に巻きバネを使用したので、今のところ巻きバネ付きの馬車は二台しか存在していない。


「それでエリザ、私とテンマが悪だくみをしているという疑惑は晴れたのかな?」


 驚いて固まっていたエリザは、状況を飲み込み体が動くようになると、アルバート以上に細部まで確かめ始め、どこにどんなものを置きたいとかアルバートに話していた。


「ええ、本当に申し訳ありませんでした。よくよく考えてみれば、アルバート様ならともかく、テンマさんが女遊びをするはずがないですものね。性格的にも、状況的にも」


 エリザの誤解は解けたようだが、謝罪のついでにかなり失礼なことを言われた気がする。それについては前々からからかい半分で言われていることなので特に気にはしなかったが、知らない人が聞いたらエリザが俺に喧嘩を売っていると思われるかもしれない。ちなみに、エリザの言う『性格的に』は、俺がヘタレで奥手と言う意味で、『状況的に』と言うのはプリメラと婚約しているという意味の他に、外で女遊びをしているくらいなら、その前にジャンヌやアムールに手を出しているという意味もあったりする。このことを笑い話として、シルフィルド伯爵の主催するパーティーに呼ばれた時に何かの話の中で言われたことがあるのだが……それがシルフィルド伯爵の耳に入ってしまい、パーティーの後でエリザは本気で怒られた上に、俺の前で伯爵共々頭を下げることになったのだった。まあ、仲のいい友人同士の悪ふざけだとアルバートが間に入って説明し、一緒に参加していたカインとリオンもとりなした為、最後には笑い話のような感じで収まったのだ。しかしそれ以来、エリザは俺を人前でからかう時は、少し遠回しな言い方をするようになったのだった。褒められたことではないのだが……俺も三馬鹿とか言ってアルバートたち(特にリオン)をからかうことが多いので、この件に関しては強く出ることは出来ない。


「そう言えばテンマ君、新発見のダンジョンはどうなっているんだい? 一応王家からの公式発表なんかである程度のことは知っているけど、それだと分からないところも多いからね」


 話を変えようとしたのか、サンガ公爵が思い出したようにダンジョンのことを聞いてきた。その話題には伯爵たちも興味津々のようで、先程より距離を詰めてきている。


「今は三十階層くらいのところを潜っているんですけど……はっきり言って、今のところ旨味が全くと言っていいほど無いですね。まあ、未踏破のダンジョンの攻略ですから、面白いことは面白いんですけど……それを打ち消すくらいに厳しいですね」


「マーリン様や『暁の剣』と一緒に攻略している最中だったよね? そのメンバーが三か月かけて攻略したのが三十階層と言うのは、進みが遅い気もするね」


 サンガ公爵の言う通り、ダンジョンに慣れているジンたちと複数のダンジョンを攻略した経験を持つ俺とじいちゃん(+スラリンたちにゴーレム)がパーティーを組んでいるのに、いまだに三十階層辺りをうろついているというのは攻略速度が遅いと言われても仕方がないだろう。

 ジンたちと一緒に未踏破のダンジョンを攻略していくのはとても面白いのだが、その面白さと同等かそれ以上にダンジョン攻略の厳しさや辛さというもの味わっていた。そして攻略が遅い理由が、その厳しさと辛さにあるのだ。

 厳しさと辛さその一が、全くと言っていいほど採取出来ない素材だ。ヒドラがボスになっていた方のダンジョンでは、これまでどの階層でも何かしらの素材(金属や薬草や魔物の素材など)を手に入れることが出来ていたのに、新発見のダンジョンでは何も発見できていないのだ。今のところ唯一取れた素材が、スケルトンの骨である。

 そしてその二が、一つの階層が馬鹿みたいに広いことだ。あまりにも歩き回るので『探索』を使って調べてみると、ざっとセイゲン一周分ほどの距離を歩かなければいけない階層もあった。しかもそう言った階層に限って、ほぼ一本道だったりするので時間がかかるのだ。救いがあるとすれば、上のダンジョンと同じくワープゾーンが存在するというところだろうか?

 そして三つ目。それは『臭い』だ。その原因が腐肉のゴーレムが放つ臭いだろう。ただでさえ臭いのに、ダンジョンのような閉ざされた空間のいたるところにいるせいで、いたるところに臭いが充満しているのだ。今のところこの臭いが一番辛いというのが全員の共通意見であり、中でも嗅覚に優れている獣人のガラットは人一倍辛いようで、よく涙目になりながら鼻をつまんで愚痴っている。


「臭いのせいで休憩中も休んだ気がしませんし、どんなものを食べても吐き出しそうになりますし、体や衣類に臭いがこびりつくせいで、ダンジョンを出ても色々と苦労しますね」


 新しいダンジョンの攻略法として今のところ一番有効なのが、ワープゾーンを見つけたらダンジョンを出るというものだ。つまり、難易度の低いダンジョンと言っていいくらいなのに攻略に時間がかかっている理由が、あまり長時間ダンジョンに潜らないからなのだ。

 そう言った事情もあり、当初は別々に攻略する予定だった『オラシオン(俺とじいちゃんのみ)』と『暁の剣』は、共同でダンジョン攻略中なのだ。


「いい素材や珍しい素材が手に入るのなら、どんなに臭くてももう少し頑張ろうという気が湧くのですが……見つかるのが腐った肉と骨だけなので、テンションが上がらないんですよ」


 じいちゃんですらこんなひどい経験は覚えがないというくらいだから、間違いなく俺の『これまでとこれからの冒険者人生』の中でも、ワーストに近い冒険だろう。願わくばこれ以上ひどくならず、今後もこれ並のひどい経験はしたくないものだ。


「まあ、テンションが上がらなくても、ダンジョンの攻略は進めるつもりなんですけどね……そう言ったわけで、お土産は期待しないでください。今のところ持って帰って来れそうなものと言えば、ダンジョンの石や土と腐った肉に骨……後は鼻の曲がりそうな臭いと愚痴くらいしか思いつきませんから」


「なんかごめんね? それと、お土産はいいから体を大事にね」


 俺の自虐にサンガ公爵たちは、同情する雰囲気を出しながらも若干俺から距離を取っていた。


「そ、それで、テンマ……次はいつセイゲンに向かうんだ?」


 微妙な空気に耐え切れなかったのか、アルバートが声をかけてきた。まあ、少し遠くなった距離は縮んではいなかったが。


「明日には出発するぞ。ジンたちがセイゲンで待っているから、あまり遅くなるのは申し訳ないしな」


 ジンたちのことだから新しいダンジョンに潜らずに、ヒドラのいた階層付近で採掘しているだろうから、もっとゆっくりしてこいとか言われそうだけどな。俺が合流するということは、その日か次の日から腐臭のダンジョンに潜らなければならないということだからだ。


「そうか、頑張れ。あと、私もお土産はいらないからな」


 などと、アルバートからも公爵と同じようなことを言われ、そのまま微妙な空気の中で俺は屋敷に帰ることになった。プリメラは明日から連絡隊の仕事があるとのことでうちには来ないそうなので、俺一人が見送られる形だ。なんだか追い出された気分だった。




「やけに張り切っているけど、王都で何かあったのか?」


 数日後、セイゲンでジンたちと合流した俺は、ダンジョン攻略に精を出していた。俺があまりにも張り切って先に進んでいる(ように見える)ので、ジンたちが何かあったのかと心配していたが、早く攻略してこのダンジョンからおさらばしたいと言うと、メナスとリーナが真っ先にニヤつき、続いてじいちゃんたちも同じようにニヤニヤし始めた。多分、アルバートとエリザの結婚式が影響したとでも思っているのだろうが、単に八つ当たり気味にスケルトンたちを蹴散らしているのと、本当に早く終わらせたいのだ。もっとも、このダンジョンがいつできたのか分からない以上、上のダンジョンと同じくらいの年月が経っている可能性もあるので、もしかすると百階層近くあるかもしれない。その時は途中であきらめることになるだろうが、このまま現れるのがスケルトンのような弱い魔物ばかりなら、攻略に数年もかからないかもしれない。


 そんな感じで進んでいると、


「ちょっと待て! こっちの方から風の音がする!」


 ガラットが皆を止めた。ダンジョンの中なので、風の音がするということはその風を発生させている()()が存在しているか、気圧が変化する程の地形になっているということだが、魔物が動くような音は聞こえず、俺の『探索』にもその存在は引っ掛からない。魔物の代わりに存在しているのは……


(穴か……)


 大きな縦穴だった。かなり下まで続いているようだが、それと同じくらい上の方にも続いているようだ。これまで何度か『探索』を使ったのに気が付かなかったのは間抜けな話だが、もしかすると上の方は完全に密閉されていたのか、もしくは穴が小さかったのかもしれない。


「とりあえず魔物が動くような音もしないし、見に行ってみるか?」


 俺の提案に、全員が頷いた。行ってみて駄目なら引き返せばいいし、この階層に戻ってくるという保証がない以上、気になったら調べてみるしかないのだ。その結果が無駄足になるかもしれないが、その可能性と同じくらいには何か有益な情報(もの)を得ることが出来るかもしれないのだ。


「思った以上にデカいな。十mは優に超えているんじゃないか? 深さは……暗くて分からんが、落ちたらほぼ確実に死ねるくらいはあるな」


 ジンが穴を覗き込みながらそんなことを言っていたが俺とガラットはその言葉を聞かずに、何となくジンの背後に忍び寄った。そして、


「テンマ、ガラット、それは洒落にならんからやめておくのじゃ」


 ジンの背中に手を伸ばしかけたところでじいちゃんに止められた。ジンはじいちゃんの声に反応して後ろを振り返って状況を把握したが、その時に驚いて一瞬後ろにのけぞってしまい、穴に落ちそうになっていた。


「ふざけんじゃねぇよ! 全く!」

「いや、俺たちはジンが俺ちないように服を掴もうとしていただけだって。なあ、テンマ?」

「ああ、完全に善意からの行動だったな」


 などと言うやり取りはあったが、この後どうするかで意見が分かれてしまったので、とりあえずこの穴の前で休憩を取ることになったのだ。運のいいことに、この穴の先には腐肉のゴーレムが存在しないのか、流れてくる風には腐った臭いではなく(このダンジョン基準で)綺麗な空気が運ばれてきている為、このダンジョン攻略で初めてまともな休憩が取れそうなのだ。


「初めてこのダンジョン内での食事が上手いと感じたな……」


 しみじみと呟くジンと、静かに頷く俺たち。完全に臭く無いわけではないが、ここ以外の場所とは比べ物にならないくらい臭気が薄いので食事の邪魔にならないのだ。


「それで、これからどうする? パッと思いつく選択肢は三つ。一つ目がこの穴を無視して先に進む。二つ目がこの穴を降りてみる。三つ目がこの場所を野営地として、今日はもう休む……だ」


 ジンは選択肢を三つ挙げたが、三つ目はなしだろう。仮にここで野営することになったとしても、それは穴を降りてみて、その先が行き止まりだったりした場合に引き返してきてから野営という感じの方がいいと思う。

 そう提案すると、じいちゃんとガラットも同じ考えだと言い、ジンも「そっちの方がいいな」と言うことになった。ただ、メナス先に進む方を選び、リーナはこの先どこで休めるか分からないという理由で、今日は野営でもいいのではないかと言った。その為、


「それじゃあ、多数決で『穴を降りる。その先が行き止まりだったらここに戻ってきて野営する』ってことでいいな? テンマ、マーリン様、降りる時のサポートお願いします」


 通常、こう言った穴を降りる時は、専門の道具に専門の知識が必要となるが、俺やじいちゃんのように空中を移動できる魔法が使える者が一人でもいれば道具や知識など必要なく、しかも楽にもっと安全に早く降りることが出来る。


「それはかまわないけど、一人一人運ぶのは手間だから、ジンたちはディメンションバッグに入ってもらうぞ」


「それはかまわない……と言うか、そっちの方が楽できるからありがたいな」


 いつものスラリンたちが入っているディメンションバッグは持ってきていない(シロウマルとソロモンは臭いを嫌がって付いてこようとせずに王都で留守番。スラリンに関しては臭いは大丈夫だが、シロウマルたちだけだと心配なので監督として留守番している)が、ライデンが入る用のものや一時的に素材を入れたり解体したりする用のものがあるので、どちらかに入ってもらうことになる。


「ちなみに、ライデン用のものは広いから横になってくつろぐことも出来るけど、ライデンの機嫌を損ねたりすれば容赦なく攻撃される可能性がある。素材用のものは色々な荷物が入っているから、横になることは出来ないけど座るくらいはできる。ただ、少し寒いし生臭いかもしれない」


 そう伝えると、四人一致で素材用のバッグを選んでいた。定期的に換気や掃除をしているが、どうしても完全に臭いを消すことは出来ないと言っても、このダンジョンに比べれば無臭のようなものだろうというのが理由らしい。



「それじゃあ、先に行くね」


 かなり広い穴ではあるが二人同時に降りるのは危ないし、何より下の方までこの広さとは限らないのでまずは俺が先行し、じいちゃんは俺が合図を出してから降りてくることになったのだ。

 じいちゃんもジンたちと一緒にバッグの中で待っていたらいいと思ったが、じいちゃんが言うには上から魔物が降りてくる可能性もあるし、何より俺一人だと降りている最中に何かあった場合、バッグの中にいるじいちゃんたちまで巻き込まれて全滅することもあり得るとのことで、どちらかに何かあった時の為にそのフォローが出来るように二人いた方がいいとのことだった。


 穴の中はかなり暗く、上から普通に覗いただけでは十m先が見えないくらいだが、セルナさんの結婚式で使ったような光を出す魔法を使えば問題なかった。だが、


「この穴、百m以上の深さがあるみたい」

「それは何と言うか……面倒くさいのう」


 思ったより穴が深かったのだ。百mとは言ったが、『探索』ではその倍以上の深さがあるようだ。もっと正確に言うと縦穴が百mほど続き、その先からはカーブを描くような穴になっているみたいだ。


(そろそろ、『探索』と『鑑定』のことをじいちゃんに言った方がいいかもしれないな。ごまかしながら使うのも面倒くさいし)


 二つとも犯罪に使えそうな魔法だし、使えると知ると嫌な目で見る者も出てくるかもしれないが、じいちゃんには言っておいた方がいいかもしれない。まあ、すでに気が付いているかもしれないが……


「途中に何か所か休めるでっぱりがあるから、印を付けながら降りるよ」


 印を付けると言っても、短くなったロウソクを置いて行くだけだ。溶かして固めるしかないくらいの短いロウソクでも、風にさらされなければ十分くらいは燃えているだろう。


「気を付けてのう」


 周囲に気を付けながら、まずは一番近くにあるせり出した部分に降りた。人一人が立っていられるくらいの広さしかないが、縦穴の中では貴重な足場なのでしっかりと確保しておく。

 後はその繰り返しで、足場を見つけてはロウソクを置いて行き、じいちゃんは俺から距離を置いてその足場へと進むと言った感じだ。ちなみに、足場を探す時や降りる時に光魔法の『ライト』を使っているが、この魔法は裸電球のように全方位を照らす魔法なので、そのまま使うと魔法を使っている本人まで目がくらんでしまうことがあるので、今回は少し工夫している。まあ、工夫と言ってもそう大したものではなく、料理に使うボウルのような半円形のものを使って、懐中電灯のような感じにしたのだ。これで自分の目が光りにやられることは無いし光に指向性が出るので、照らしたい部分に光を当てることが出来るようになった。


「今度、懐中電灯のような金属製の筒を作るかな? 色々と使い道がありそうだし」


 光を強くした状態で指向性を持たせれば、レーザーポインターのように使えるだろうし、非殺傷型の武器としても利用できるかもしれない。

 そんなことを考えながら数か所のでっぱりにロウソクを置いていると、


「次の足場は斜めの入り口辺りか……あの場所で一度じいちゃんと合流するか」


 斜めと言っても滑り台のような滑らかな穴ではなく、洞窟のようにデコボコしているので、これまでよりも足場となる部分が多かった。そのおかげで、一か所に二人は無理でも、そのすぐ横に別の足場があるという状態が続いているのだ。ただ、上から落ちてきた石などが叩きつけられたり転がったりするせいか、鋭くとがった場所や矢じりのような石がごろごろとあるので、気を付けないと足に穴が開いてしまうかもしれない。


「どうしたのじゃ、テンマ?」


 足場を確保してじいちゃんを呼ぶと、じいちゃんは何かあったのかと周囲を警戒しながら俺の近くまで降りてきた。


「いや、ここから穴が斜めになっているから、一度じいちゃんと合流した方がいいと思ってね」


 穴の先を指差すと、じいちゃんはとがった岩と矢じりのようになっている石にも気が付いたようで、「ますます厄介になったのう……」と呟いていた。

 この先がこれまでと同じ縦穴だったなら、基本的にせり出した岩を避けるだけでよかったのが、ここから先は足元のとがった岩と天井にも気を付けなくてはならないのだ。まっすぐ降りていたのが斜めになるだけで、何倍も難しくなった気がする。


「まあ、それでも何とかなるじゃろ。ここから先も、テンマに先導を任せてよいかの?」


「かまわないよ」


「なら、足元よりも天井に気を付けるようにの。足を怪我するよりも、頭を岩にぶつける方が怖いからのう」


 足に穴が開く程度なら魔法や薬で治療が可能だが、頭部をぶつけてしまうと最悪即死ということもありえる。じいちゃんの忠告をしっかりと頭に入れた上で、俺は斜めになった穴を降り始めた。



「縦穴と違って、斜めになっただけで倍以上の時間がかかったな」


 縦穴から斜めの穴に移るまで三十分程度だったのに対し、斜めの穴は一時間ちょっとかかった。それは天井や足元に気を配っていたからだけではなく、降りている最中に邪魔をしてくる厄介な敵がいたからだ。それは、


「テンマ! 最後の最後で、背中に()が入ってしまった! 取ってくれい!」


 小さな虫たちの存在だった。ざっと見た中では猛毒を持つような虫はいなかったが、中にはゴキブリやゲジゲジ、ムカデに毛虫といった奴らもおり、それが上から降ってきたりするのだ。ゴキブリが上から降ってきた時、俺は思わず大げさに避けてしまい、じいちゃんが何かあったのかと慌てて近寄ってきたのだが……そんなじいちゃんの目の前にもゴキが降ってきたので、俺と同じようにじいちゃんも大げさに避けていた。

 そんな理由から、俺はじいちゃんの背中に入った虫を取ることに躊躇してしまったが、すぐに服を脱がせばいいのかと思いつき、じいちゃんの服を強引にめくった。じいちゃんの服の中から出てきた虫は、


「じいちゃん……ヤスデだった!」


 ヤスデも苦手な人はゴキブリ並みに苦手だというかもしれないが、俺からすれば天と地ほどの差がある別物だ。それはじいちゃんも同じらしく、半裸の状態でホッとした表情をしていた。


「ほぅ……わさわさ動くもんじゃから、せめてムカデであってくれと願っておったが……ヤスデなら大当たりの部類じゃな」


 大当たりと表現していいのか分からないが、ゴキブリやムカデと比べればかなりマシと言っていい虫だろう。まあ、じっくりと見れば気持ち悪いかもしれないが、慣れればキモ可愛いになるのかもしれない。


「それよりもじいちゃん、この辺りは虫はいるけど臭いがしないね」


「そうじゃな。もしかすると、また別のダンジョンになっておるのかもしれんのう……とりあえず、ジンたちを出すとするかのう」


 ここからならジンたちも大丈夫だろうということで、ディメンションバッグで休憩(たいき)しているジンたちを呼び出した。そして出てきて周囲を見回したジンが真っ先に言った一言が、


「何で半裸なんですか?」


 だった。

 周辺の様子や服の中の虫がヤスデだったことの安堵感から俺とじいちゃんは、じいちゃんが半裸になっていることを忘れていたのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 風の壁(結界)くらい思い付きそうだけどなぁ(魔力温存より精神衛生優先で)
[一言] 神々から連絡無いって事は異常事態では無いって事かな? 骨と土が揃うなら骨灰磁器・ボーンチャイナの出番か?(スットボケ
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