第16章-18 十四連敗
「アビス子爵の言われる通り、今後テンマさんに側室をと近づく貴族や女性は多くなるでしょうし、オオトリ家が貴族社会に深くかかわってしまうことも確かでしょう。しかし、テンマさんも私も、恥ずかしながら人見知りするところがあるので、見知らぬ女性がオオトリ家に入ってきたとしても互いに不幸になる可能性が高い……いえ、ほぼ不幸になるでしょう。なので、最低限の条件として、テンマさんと私が気兼ねすることなく付き合える女性となります。それと、貴族同士の付き合いと言うのなら、サンガ公爵家とシルフィルド伯爵家とは縁戚関係となりますし、テンマさん自身、王家を始めとした様々な貴族と親しい間柄なのです。この状態で『そこそこの貴族』をオオトリ家に入れるというのは、それらの関係との不和を生じさせるだけです」
プリメラがはっきりと側室を迎え入れるデメリットを説明したので、俺としてはホッとした……この時までは。
「でも、そうですね……確かに今後のことを考えれば、側室を迎え入れてオオトリ家の味方を増やすのも悪くはない考えです。そして、実はその側室候補ですが私に考えがあって、テンマさんと相手側の了承を得ることが出来れば、すぐにでも実行できる手筈となっているのです」
と、俺の全く知らないところで、側室の話がそこまで進んでいると今知った。まあ、大体誰のことを言っているのか想像は付くが。
「それでプリメラ様、その側室は……失礼、まだ候補ですな。それで、誰と誰なのですかな?」
そこでプリメラが何も言っていないのに、側室の候補者が二人いると知っている時点で、この話は出来レースだったということなのだろう。つまり、アビス子爵があのタイミングで話しかけてきたのも、失礼なことだと知りながらも側室の話を出したのも、全ては仕掛け人の一人だったからだというわけだ。
さすがにプリメラとアビス子爵だけでこんなことを勝手に仕組んだとは考えにくいから、少なくとも公爵家……いや、アルバートもお義母さんたちも驚いているから、最低でもサンガ公爵は仕掛け人の仲間だろう。
「ほう……何やら面白い話をしているな」
恐らく仕掛け人の仲間ではないと思うが、これが最初から仕組まれたものだと理解したらしいシーザー様が、興味深そうに話に割り込んできた。
「えっ、あっ! シーザー様!」
「急に話に割り込んですまなかった。ただ、なんとも興味深い話だったので、ついつい口を出してしまったのだ、許してくれ。さあ、私にかまわず、話を続けるといい」
急に話に割り込んできたシーザー様を見て、プリメラが驚いて話を中断して頭を下げようとしたが、シーザー様がプリメラを落ち着かせて話の続きをするように促し、自身は俺のところにやってきた。
「それでテンマ。この話はお前も知っていることなのか?」
「いえ、初耳です」
「そうか」
シーザー様は小声で俺も仕掛け人なのか確認をしてそうではないと知ると、楽しそうに黙ってプリメラとアビス子爵の方に視線を向けていた。これまでシーザー様はあまり王様に似ていないと思っていたけれど、こういったことを面白がる姿は似ているのだと初めて知った。
予想外の乱入者に、プリメラはそれまでの堂々とした振る舞いから一転して焦りを見せていたが、すぐに深呼吸して落ち着き、
「まだ許可を取っていないので名前は出せませんが……そうですね、南部の有力貴族と、没落してしまいましたが中立派に影響力を持っていた元貴族の娘とだけ言っておきます」
予想通りの相手だが、そこまで言うと名前を言っているのと同じだと思った。
「なるほど、どこの誰かは知らんが、オオトリ家とプリメラにとって最良の条件を持つ相手ということか。うむ、納得した」
「確かに南部ならオオトリ家のある王都よりかなり離れておりますし、元貴族となれば家格は公爵家より格下も格下。どちらもプリメラ様の脅威とはなりえないということですか。安心いたしました。今回のご無礼、お許しください」
この場にいる最上位の権力を持つシーザー様と、質問をぶつけてきたアビス子爵が納得したので、この話はこれでおしまいとなった……が、
「申し訳ありません、シーザー様。プリメラ共々、一度下がって身だしなみを整えてきますので、席を外すことをお許しください」
「うむ、そうした方がいいだろうな。なに、一通りの挨拶は終わっているのだ。少しくらい主役が席を外したとしても、問題はなかろう」
一応シーザー様に断りを入れて、俺はプリメラと控室に向かうことにした。
俺とプリメラが移動するのを見て、サンガ公爵も話していた相手に断りを入れ動き出し、それに合わせてお義母さんたちとアルバートにエリザも控室に向かおうとしていたが、
「ふむ……しかし、私の話し相手がいなくなるのも寂しいものだな……アルバート、エリザ、すまないが私とイザベラの話し相手となって貰えないかな?」
シーザー様によって、アルバートとエリザは急遽会場に残ることになった。まあ、主催者側の人間がいなくなるのはどうかと思うし、恐らくはオオトリ家の問題にアルバートとエリザは必要ないとシーザー様は判断したのだろう。プリメラの関係者としてサンガ公爵とお義母さんたちが揃っていれば、かえってアルバートとエリザは邪魔になりそうなので、シーザー様が二人を引き留めてくれたのはありがたかった。
そして、俺の方の関係者はと言うと、
「テンマも大変じゃな。ほれ、これでも飲んでおくとよい。なかなか美味いぞ」
などと言いながら、いつの間にか俺たちに合流して酒を進めてくる有様だった。
「それで、側室のことはいつから考えていたんだ?」
「え~っと……申し訳ありません、婚約の話が決まったすぐ後くらいからです」
ほぼ四か月くらい前ということらしい。プリメラは俺に黙って話を進めていたのが申し訳ないのか、控室に入ってから緊張し続けている。サンガ公爵にも側室の話を聞いてみると、
「はっきり言って、初耳だよ。私も妻たちも、テンマ君と同じタイミングで側室の話を知ったんだよ。本当に申し訳ない!」
プリメラはまだサンガ公爵家の一員なので、その当主である公爵が頭を下げて謝罪するということなのだろう。そして公爵に続いて、お義母さんたちも頭を下げていた。
「いえ、そのことでどうのこうの言うつもりはありません。まあ、本当に驚きはしましたが、いずれこの話は出てくるだろうと覚悟していましたし、恐らく主犯はプリメラではなくアムールでしょうし」
こういうことを思いつくのはアムールしかいないだろうと考えての発言だったが、
「テンマさん、それは違います。主犯は私です。確かにアムールからそのような提案はありましたが、最終的には納得して実行した私の責任です」
と、はっきりと言い切られた。その声からは、さっきまであった緊張した様子は感じられなかった。
「すでに正室としての心構えが出来ているなんて……」
プリメラの毅然とした態度に、サンガ公爵は声を震わせながら感動していた。
「ここまで覚悟を決められると、テンマははっきりと答えを出さんといかんのう」
そしてじいちゃんは、酔いが回っているのか楽しそうにしている。
「プリメラが決めたというのは分かったけど、本当に納得しているのか? まだ結婚もしていないうちから、俺は他の女性も妻にするということだぞ?」
アムールとジャンヌの二人とも結婚するかは置いておくとして、プリメラが無理しているのではないかと思って聞いたのだが、
「テンマさん、あの二人がテンマさんを好きなことくらい気が付いていますよね。私はそんなところに横から割り込んで、テンマさんを捕まえたんですよ。だから、二人には配慮しなければなりません」
とのことだった。ここだけを聞くと義務感から手伝うのかと思ってしまったが、プリメラの話には続きがあって、
「テンマさん、勘違いしないように言いますけど私が二人にするのは、あくまでも『結婚の許可を出すこと』だけです。二人のアピールに手は貸しませんし、妨害もしません。テンマさんと結婚できるかどうかは二人の努力にかかっていて、最終的に決めるのはテンマさんです。私はテンマさんの出す結果を見守るだけです。ただ要望を出すとすれば、二人との結婚は、私と結婚式を挙げた後にしてくださいね」
なんかプリメラに場をセッティングされ、責任だけを負わされるような気がするが……俺以外誰も気にしていないようなので、口に出すことが出来なかった。じいちゃんに至っては、『俺がここまでほったらかしにしていたせいなのだから、覚悟を決めろ!』みたいな目で見ているし、声には出ていなかったが口元がそんな感じに動いていた。
「分かった。それは今度アムールたちも含めて話すことにして……何でアビス子爵はプリメラの都合のいいように動いたんだ? あんな場所であんなことを言ったら、下手すると皆の顰蹙を買って立場を悪くしたかもしれないんだぞ?」
恐らく事前に打ち合わせしていたのだと思うが、別にアビス子爵に頼まなくてもサンガ公爵アルバートが話の流れで側室のことを持ち出し、そこから話を大きくしていけばよかった気がするし、その方が自然な気がするのだ。
俺がそのことを指摘すると、サンガ公爵たちも頷きながらプリメラを見た。
「えっと……実は、アビス子爵と数日前にお会いしまして、その時に婚約がバレてしまい……」
皆の視線にさらされたプリメラは、バツの悪そうな顔になり、
「最近、アムールやジャンヌと出かける機会が増えたんですけど、アビス子爵と会ったのも三……四人で出かけている時で、アビス子爵は私たちの様子を見て何か感づいたらしく……」
「ごまかしきれなかった、と?」
「はい……」
一応、断りを入れて少し離れた所に移動して話したので、アムールたちには知られてはいないとは思うとのことだったが、ジャンヌはともかくアムールはこういったことには鼻が利くので感づいているかもしれない。ちなみに、プリメラに確認は取っていないが、忘れかけられていた一人はアウラで間違いないだろう。
「その話し合いの中でアビス子爵から協力の打診がありまして、お願いした形です」
それであんな風にいきなりアビス子爵が出て来たのかと理解できたが……
「何でアビス子爵はそこまでするんだ? プリメラたちを可愛がっていたとは聞いているけど、少しやりすぎな気がするんだけど……」
アビス子爵が完全にプリメラの味方だったからいいけど、もし良からぬことを考えるような人物だった場合、どんな風に利用されてどのような目に合うか分かったもんじゃない。
「ああ、それに関しては大丈夫だと思いますよ。アビス子爵は、完全に味方と言っていい人物ですから」
サンガ公爵がアビス子爵を味方と言い切っているので大丈夫な人物だとは思うが、それだけだと何故危険を冒してまでプリメラの芝居に付き合ったのか分からない。それに関してサンガ公爵は、
「まあ、それは……本当にプリメラたちを可愛がっているからとしか言いようがないですね。アビス子爵は領地を持たないサンガ公爵家配下の子爵なのですが、領地を持たない代わりに公爵家からの仕事を受けることで給金を得ています。その仕事の一つに、公爵家領の見回りというものがあるのですが、その報告などで我が家に来ることが多く、自然に娘たちと接する機会が多くなったのです」
それだけだといまいち可愛がっている理由が分からなかったので、サンガ公爵の話の続きを待っていると、公爵は少し言いにくそうに、
「彼はですね、ずっと娘が欲しかったそうです。彼は奥さんが一人なのですが、奥さんとの間には四人の子供がいるのです。ただし、全員男性ですが……」
貴族の妻としては初めての子で跡取りとなる男子を産み、言い方は悪いが長男のスペアとなる次男三男四男を立て続けに産んだことは理想的な妻と言えるのだが、アビス子爵としては長男の次は長女がいいと思っていたらしく、次男が生まれた時は次こそ女子を、三男が生まれた時には今度こそ女子を……と言う感じが四男まで続いたとのことだ。そして四男以降奥さんが妊娠しなかったので、その望みを孫に賭けたらしいが……十一人生まれた孫は、揃って男子だったそうだ。
「その反動が、うちの娘たちの前で出たのでしょうね。主の娘とは言え、よその子を可愛がるのは奥さんが嫌がりそうなものなのですが、奥さんどころか息子たちや孫たちも、『アビス子爵とはそんな生き物だ』みたいな感じであまり気にしていないそうです。それに、息子や孫たちを可愛がっていないというわけではありませんので、子爵家の仲は良好とのことですね」
ある意味アビス子爵は、長年の夢が次男以降十四連敗しているとも言えるのだそうで、サンガ公爵たちも気にしないようにしているとのことだった。
「親戚のじいさんみたいな存在と言った感じか……断っても強引に手伝ってきそうだな」
ククリ村で子供のいない村人たちに可愛がられてきたので、俺にはプリメラの気持ちも何となく分かる。俺がククリ村の人たちにいまいち頭が上がらないように、プリメラもアビス子爵に強く出ることが出来ず、押し切られてしまうのだろう。まあ、これまで悪いことは起こっていないみたいだし心強い味方がいると思えばいいのだが、経験上あの手のタイプは世話焼きおじさん(おばさん)になることが多いので、たまに煩わしくなってしまうので、時に強く言うことも覚えないといけないのかもしれない。もっとも、俺自身がマリア様に強く出ることが出来ておらず、言ったところでじいちゃんたちに笑われてしまうのは目に見えているので、いつか誰にもバレないようにプリメラと話す必要があるかもしれない。
「それで、これから騒がしくなるのは確実だし、どう動けばいいんだろう?」
場の雰囲気を変える為に、じいちゃんにアドバイスを貰おうと軽い感じで話しかけると、
「ん? それはもう、テンマがアムールとジャンヌと話し合って、責任を取るかそのままにしておくのか決めるしかないじゃろう。むしろ、他に何をすることがあるのじゃ? うん?」
完全にこの状況を楽しんでいた。
「まあ、結婚するにしろしないにしろ、それが一番分かりやすく効果的なやり方だね。何しろ、プリメラがそう簡単にクリアできない条件を示したことで、今後他の貴族はテンマ君に女性を薦めることが難しくなるのだから、私はアムールとジャンヌを側室に迎えるのは賛成だよ。それに、二人が側室になればプリメラとテンマ君を通して、公爵家にも南部や中立派との伝手が出来るだろうしね」
サンガ公爵もアムールとジャンヌのことは反対しないようで、それは奥さんたちも同じだった。まあ、プリメラの案に賛成しつつ公爵家の利益を理由として出しているが、一番の理由はここでサンガ公爵がアムールとジャンヌを否定すると、二人と同じ立場になるかもしれないカーミラさんとグレースさんも否定することになるかもしれないからだろう。俺でもわかることだから、サンガ公爵は確実に理解しているだろう。
「それは……まあ、がんばります。今後も色々なことで迷惑をかけると思いますが、どうかよろしくお願いします。お義父さん、お義母さん」
「ええ、こちらこそよろしく頼むよ。婿殿」
アムールとジャンヌのことに関しては、まだ完全に覚悟が決まってなかったので中途半端な返事になってしまったが、サンガ公爵とその奥さんたちのことは義父、義母と呼んだ。まあ、お義母さんたちはともかく、お義父さんの方はこれまで通りサンガ公爵と呼んでしまうかもしれないし、アルバートとエリザは義兄、義姉と呼ぶことはほとんどないとは思うけどな……って、
「そう言えば、アルバートとエリザのことを忘れた……」
控室に来る前に、一緒に付いてこようとしていた二人をシーザー様が引き留めてくれたのを、今の今まですっかりと忘れていた。それに、主催者側のサンガ公爵家のほとんどがこの場にいるので、パーティーとしてはあまりよろしくない状況かもしれない。
サンガ公爵とお義母さんたちも、俺と同じことに気が付いたのか慌てだし、皆揃って急いで会場に戻った。すると、
「アルバート……笑顔がかなり引きつっているな」
「お義姉様は……楽しそうにしていますね」
アルバートは、パーティーの参加者たちから質問攻めにあって大変そうにしていた。しかし、そのパートナーであるエリザは、エイミィと楽しそうにお茶を片手にお菓子の置いてあるところで笑いながらおしゃべりしている。
「ふむ。何人か騒がしい……と言うか、公爵家の司会進行に不満を持っておるようじゃが、シーザーが楽しそうにしているので何も言えないようじゃな」
「そのようですね。後でシーザー様にお礼を申し上げないと」
サンガ公爵はそう言うと、奥さんたちを連れて事態の収拾に向かって行った。
その後、無事に解放されて俺たちのところへやってきたアルバートに、ほったらかしにしていたことに対する愚痴を聞かされたのだったが……そんなアルバートはパーティーが終わった後でサンガ公爵とお義母さんたちに、パーティーの不手際をさんざんにいじられるのだった。