第16章-15 寒空の下の採集
「寒いな。新年までまだ一か月くらいあるのに、もう雪が積もり始めているな」
セイゲンを出発してすぐに雪が降り始め、その次の日には草原にうっすらと雪が積もり始めていた。
この感じでは猛吹雪とはならないだろうが、いつもよりかなり余裕をもって休憩場所を探し、夜に備えることにした。
「王都ならまだわかるが、この辺りじゃと珍しいのう。今年の冬は寒さが厳しくなるかもしれんな」
じいちゃんにとっても今年の寒さは異常らしく、寒そうにマジックバッグから厚手の上着を出して着ていた。
「この様子だと、外で野営はしない方がいいな。それに、御者の交代時間も短くした方がよさそうだ」
日が暮れるにつれて気温も低くなってきたので、外で野営などしたら下手をすると凍死してしまうし、御者をする時も気を付けないと風邪をひいてしまいそうだ。
周りを馬車が隠れるくらいの高さの土壁で囲み目隠しをして、結界で雪が入らないようにしてはいるが、地面からの寒さまでは遮断出来ないので外よりはましという程度だ。
「夜間はなるべく外に出ないようにして、護衛や見張りはゴーレムに任せよう」
「そうじゃな、それがいい。それに、騎士型ゴーレムが寒さの中でどこまで動けるのかと言う実験にもなりそうじゃしのう」
さすがにじいちゃんも外で夜を過ごしたくないようで、ゴーレムの実験と言う建前を使って外に出るのを嫌がっていた。
俺とじいちゃんの決定に、他の三人はホッと安堵のため息をついていた。
「ただ、馬車の中で火を使う料理はあまり使いたくないから、出来合いかすごく簡単な料理になるけど、どうしようか?」
スープくらいなら作ってもいいが、焼肉のように煙が出るような料理はあまり作りたくない。何故なら、今日は馬車の中で眠るので換気は最小限に抑えたい。
火を使う時だけ外で料理するという手もあるが、寒いので外にはなるべく出たくはない。そんな思いが皆にもあるようで、下手に火を使う料理の名前を出してその料理の担当にされるのは避けたいという雰囲気が、馬車の中に漂っていた。
「今日は各自で作ろうか? 俺は味噌汁とご飯でいいや。おかずは出来合いのもので十分だし」
このまま睨み合っても仕方がないので、俺は駆け引きから早々に降りることにした。すると、
「わしもそれでいいぞ」
「私もそれでいいかな? それじゃあ、三人分用意しますね」
じいちゃんも降りて、ジャンヌも降りた。そしてジャンヌは、三人分の味噌汁を作る準備を始めた。
「テンマ! 出来合いのものに、焼肉はある?」
「あることにはあるが……シロウマルとソロモン用の、味付けしていない奴だけだな。ただ量が少ないから、アムールまで食べるとなると明日の二匹の分が足りなくなる」
二匹の基準で三人と半人前くらいなので、今日はよくても明日の朝の分がない。
「明日の朝早くにアムールが責任をもって肉を焼くと約束するなら、二匹を説得しよう」
明日の分が足りなくなるといった瞬間、シロウマルとソロモンは俺とアムールの間に陣取って威嚇を始めていた。
「もし仮に、朝起きて大吹雪になっていた場合は……」
「焼いてもらう」
「大雨で火が……」
「屋根を作ってやるから、焼いてもらう」
「……ジャンヌ、私の分も追加!」
アムールは、明日の天候が悪かった時の可能性を考えて、シロウマルたちの肉を諦めて俺と同じメニューに決めたようだ。そして、先程から何も発言していないアウラはと言うと、アムールがシロウマルたちと睨み合っている間にジャンヌの手伝いを始めていた。
そんな感じで食事を終えた俺たちはカードゲームで暇をつぶし、適当なところで眠りについた。寝る時に寝床をどうするかで意見が分かれたが、最終的には仕切り板を置いて馬車の中を二分し、バスルームの前を共用スペースにすることで落ち着いた。そして次の日、
「これならお肉焼いてもよかった……」
外は見事に晴れて、雪が溶け始めていた。
朝食を食べた俺たちは土壁を壊した後で移動を開始した。昨日よりは日差しがある分暖かかったが、風は冷たかったので上着は必須だった。
「地面がぬかるんでいるけど、ライデンなら余裕だな」
あまりにも酷くなれば、馬車をディメンションバッグに入れてライデンに乗って移動しないといけなくなるが、多少のぬかるみ程度ならライデンも馬車も余裕で動くことが出来る。
大きな道を進むにつれて、馬や馬車が動かなくなったり、足元を泥だらけにしながら歩く冒険者たちが増えてきたのを見て、俺はそんなことを思いながらライデンを進ませた。たまに、俺の馬車に乗せてもらおうとしている商人や冒険者がいたが、すぐにライデンが誰の馬(型ゴーレム)なのかに気が付いて諦めていた。まあ、それでも近寄って来る奴はいたが、その時は完全に無視をしてライデンを爆走させて振り切った。
そんなことを繰り返しながら数日後、俺たちは王都に戻ることが出来た。
「いや~……テンマさんに拾ってもらえたのは、かなり幸運なことでしたね。あのままだと、あと二日三日はかかっていたかもしれませんし」
道中で知り合いを一人拾って。
「ラニタン、感謝するといい!」
「ですから、こうやってテンマさんに感謝しているんですよ。何故お嬢様が胸を張って、偉そうにしているんですか?」
馬車の持ち主は俺で、発見したのも俺。ついでに、同乗の許可を出したのも俺なので、ラニさんが言っていることには間違いがない。アムールはラニさんに突っ込まれて一度は睨んだが、ラニさんが引かなかったのでシロウマルをモフってごまかそうとしていた。
ラニさんは今日の朝方、俺たちが野営をしていた場所から数kmほど先で、寒さに震えながら火に当たっていたのを発見したのだ。何でも、道中で馬車を借りようとしたが今回の少し早い雪のせいで借りることが出来ず、仕方なく徒歩で移動していたとのことだ。そこを俺たちが通りかかったというわけだ。
「そう言えば、いつもより来るのが早い気がしますけど、何かありましたか?」
ラニさんは雪が降る地域を行き来する場合、通常冬の終わりから秋の終わりくらいまで行動し、冬は南部を中心に雪の降らない地域を回っているのだ。なので、何か俺に用事と思ったのだが、
「いやちょっと、面白そうな噂を耳にしまして……テンマさん、もしかして、結婚する予定なんてあったりします?」
どこからその話が漏れたのかと思ったが顔に出すとバレるので、何でそんな話が出るのかと驚いた顔を作ってごまかそうとしてみたが、
「その反応で大体わかりました。いきなり結婚は無いでしょうから、婚約と言ったところですかね?」
諜報員であるラニさんにはバレバレだったようだ。
「ああ、一応言っておきますと、テンマさんの表情からは情報を確定できませんでしたよ。昔と比べると、顔に出なくなっています。ただ……」
そう言ってラニさんは俺の背後に視線を向けて、
「お嬢様やジャンヌさんにアウラさんの様子を見れば、一目瞭然でした。さすがにマーリン様からは読み取れませんでしたが、元々テンマさんやマーリン様の気配を探らなくても、三人のうちの誰かが変わるだろうと思っていたのですが……まさか、三人ともおんなじ表情をするとは思いませんでした」
ラニさんの言葉を聞いて後ろを振り返ると、三人が同時に顔をそむけた。ちなみに、アウラは御者をやっているので、小窓からこちらを覗いていた。
「実は不確かな情報ながら、近々テンマさんがサンガ公爵家のご令嬢と結婚するのではないかという噂を仲間が耳にしまして、私が確認に来たのですよ。まあ、真偽を確かめるのにもっと苦労すると思っていたのですが……こんなにも早く確認できるとは思いもよりませんでした」
何でもラニさんの仲間は、グンジョー市を訪れた際に俺がセルナさんの結婚式の企画に司会進行を行い、そのパートナーとしてプリメラを指名したことと、以前からの噂や付き合いから、その可能性があるとハナさんに報告したそうだ。その報告を受けたハナさんは情報を確かめる為に、急遽ラニさんを招集して俺のところに向かわせたのだそうだ。
「まあ、情報を探るのが第一目的でしたが、ちゃんと行商の為の商品とそれとは別にテンマさんに渡すものを持ってきていますので、ご安心ください」
何を安心すればいいのか分からないが、ハナさんならその情報を悪用しないと思うので、肯定はしなかったが否定もしなかった。それにしても、三人の様子からバレたのだとすると、今後同じことが起こらないように、一度アイナに相談した方がいいのかもしれない。
そんな俺の考えを雰囲気から察したのか、ジャンヌがお茶を、アムールが茶菓子を用意して俺とラニさんの前に置いた。
「ジャンヌ、わしの分も頼む」
それまで石のようにじっとして動かなかったじいちゃんは、婚約がバレたのをきっかけにくつろぎ始め、ジャンヌにお茶を持って来させていた。多分、自分の責任ではなくなったので気が楽になったのだろう。
「これが柚子胡椒の代金分です」
屋敷に戻ると、早速と言った感じでラニさんがマジックバッグから色々なものを取り出してテーブルに並べていった。
今回ラニさんが持ってきたのは、ナナオ産の清酒や酒かす、味噌に醤油やみりんと言ったものだった。こちらの方が俺が喜ぶと思ったそうで、ラニさんの思惑通り俺の喜ぶものばかりだった。
思っていたより量があったので聞いてみると、柚子胡椒は南部で大好評だそうで、なかなかの儲けが出ているらしい。それに、南部でも有名な俺が南部産のものを使って作った調味料と宣伝したのも、売り上げに繋がっているとのことだった。
「そして、今回持ってきたのは、梅干しや納豆、クサヤと言った癖のあるものや香辛料が中心になります。他には、サナ様の工房で作られた製品ですね。それと、前回評判が良かったので、少量ですが柚子も持ってきました」
いつもとは違ったラインナップだったが珍しいので全部買うつもりだ。ただ、柚子がもう少し欲しかったのだが、何でも柚子胡椒ブームのせいで品薄状態とのことで、今回は十kgほどしか用意できなかったそうだ。まあ、柚子胡椒はまだ残っているし、足りなくなれば南部のものを持ってきてもらえば済む。だが、ジャムやお茶、それに柚子酒はそろそろ無くなりそうなので、配分をどうするかが問題だった。
「風呂に入れる分も考えると、十kgじゃあ少ないですね」
「それは申し訳ないとしか言えませんが……何でしたら、柚子の方は春先にまた持ってきますから、今回はこれで勘弁してください」
うちの柚子が実を付ければよかったのだが今年の春先に植えたばかりなので、今はまだ枝が伸びている段階なのだ。なので、再来年くらいに実ればいいかなと思っている。
「それでは、私はこれでお暇させていただきます」
ラニさんはうちでの商談を終えると、早々と屋敷を去って行った。もう少しゆっくりとしていけばいいと思ったが、この後は王都で仕入れをして、明日の早朝には南部へ帰るそうだ。恐らくは、ハナさんに俺の婚約の話をする為に急ぐのだろう。
「ラニタン……テンマに『おめでとう』の一言がなかったね。レニタンが喜びそう」
「いや、俺が肯定も否定もしなかったから言わなかっただけじゃないのか?」
別に俺としては、ラニさんに言われなかったからと言ってどうということでもない(と言うより、気が付かなかった)のだが、アムールにとっては十分な攻撃材料になるらしい。
「早速レニタンに手紙を書かなくては!」
今書いたとしても、南部に届くのは何週間後かになると思うので、ラニさんはハナさんに報告した後でどこかに移動している可能性が高い。まあ、帰ってきた後にからかわれるかもしれないが、それは何か月後かになるかもしれない。
「そういうわけだから、お金の無駄になるからやめておきなさい。多分、本当かどうかを確かめる人が来るはずだから、その時に言えばいい」
来るとすればラニさんよりレニさんかもしれないが、レニさんは南部に戻ったばかりなので、新年のあいさつとか言ってハナさんが直接やってくる可能性もある。
「と言うより、お母さんが一番可能性が高い!」
「なら、ハナさんが来ると仮定して準備をするか。新年に南部から子爵家当主が来るとは思えないけど、ハナさんは子爵に叙爵された形だし、新年のあいさつにとか言って様子を見にきそうだしな。まあ、誰かしらやって来るだろうから、準備しておくに越したことは無いか」
たとえ南部から誰も来なかったとしても、アルバートたち三馬鹿は遊びに来るだろう。それに今年は当然プリメラもやって来るだろうし、サンガ公爵にサモンス侯爵も遊びに来ると思われる。そして間違いなく、王族の誰か……と言うか、ほぼ全員が来るだろう。
「そうなると、護衛の控室みたいなのも必要になるな」
例年以上に賑やかになりそうだし、その大半が王族や高位貴族になりそうなので、護衛の控室も用意しておかないと、屋敷に入り切れなくて寒空の下待っているということになりかねない。
「やっつけ仕事になりそうだけど、魔法で何とかするか……じいちゃん、ちょっと来て!」
食堂でくつろいでいたじいちゃんを呼んで、外に護衛の待機場所を作ると言うと、すごく面倒そうな顔をされたが、最終的には仕方がないという感じで渋々了承していた。
「それで、どういう感じで作るのじゃ?」
「まずは予定地を整地して、柱を何本か立てて、その周りを土壁で囲んで……って感じかな? 屋根は三角形になるように柱を立てて、そこに板を打ち付ける感じでどうかと思っているんだけど……」
思いつきなので不安があるが、壁を頑丈に作って屋根を軽くすれば一か月程度なら持つだろう。
「なら、屋根はギリギリになって付けた方がいいかもしれぬのう。いっそのこと、一~二か月に一度くらいの間隔で、屋根を付け替えるのもいいかもしれぬ」
壁に関して言えばこれまで何度も作ってきたし、強度だけなら熟練の職人が作るものと変わらないかそれ以上のものを作ることが出来ると思っている。ただ、屋根はこれまでまともなものを作っていないので、素人の日曜大工レベルのものになってしまうだろう。
「屋根を作る時は、マークたちを呼べばよい。ククリ村には、多少の大工仕事が出来るものが多かったからのう。本職ではないが、わしたちよりは上手に出来るじゃろう」
困った時のおじさん頼みというわけで、屋根は後日マークおじさんに相談することにした。
「屋根はマークにやらせるとして、あとは柱と壁じゃな。柱は木を土で覆うような感じでいいじゃろう。ガチガチに固めれば虫も食うことが出来ぬじゃろうし、強度も増すはずじゃ」
それだと木が湿気って腐らないかと心配になるが、魔法で水分を抜いた木を使えば、春までは持つだろうとのことだった。じいちゃんは春になったら小屋を壊して、職人に新しいものを作ってもらうつもりのようだ。確かに今後も使うことを考えれば、本職に頼むのが一番いい。
「まあ、急場はしのげるはずじゃから、多少出来が悪くても問題ないじゃろう。明日から作業をするとして、テンマは土を取って来てくれぬか? その間にわしは整地と柱の方をやっておくからのう」
じいちゃんはさり気なくきつい方の仕事を俺に回したが、発案者は俺なので素直に引き受けることにした。
そして次の日、
「テンマ、なるべく粘土質の土を選ぶのじゃぞ」
じいちゃんは、のんびりと食後のお茶を楽しみながら俺を見送っていた。
さすがに一人だと大変そうだったので、昨日のうちに人員を募集したが……参加してくれたのはスラリンだけだった。ジャンヌとアウラは「掃除と洗濯ものが……」と言って断り、アムールは「タマちゃんたちの散歩が……」などと言って断っていた。アムールは完全な嘘だったが、ジャンヌとアウラは半分本当のことだったので諦めたが……その代わり、狸寝入りをしていたシロウマルとソロモンを連れて行くことにした。
二匹はかなり抵抗していたが、スラリンが説得すると渋々ながら了承していた。今日の晩御飯は、シロウマルとソロモンの好きなものにした方がいいだろう。つまり、肉祭りを開催しないといけないということだ。
今日の晩御飯が決まったところで、ジャンヌとアウラに肉を預けて下ごしらえを頼み、俺たちは王都から少し離れた森へと向かった。あそこなら何度も行っているので、雪が降っていてもどこら辺を掘ればいいか大体分かる。
「スラリンはゴーレムに指示を出して土の採集を頼む。なるべく粘り気のある土が欲しい。ついでに、枯れ草も集めておいてくれ。枯草はマジックバッグに、土は一度マジックバッグに入れてからディメンションバッグに移しておいてくれ。シロウマルとソロモンは周囲の警戒。俺は別の場所で土を集めてくる」
ライデンに乗って森へやってきた俺たち(ただし、スラリンたちはディメンションバッグに入って移動した)は、到着して早々に二手に分かれて土を集めることにしたが……雪のせいで地面が固くなっているので、掘り起こした土を触って確かめないと粘土質かどうかは分かりにくかった。
「ゴーレムを使えば楽が出来ると思ったのに……手が冷たい」
ゴーレムの掘り出した土の塊を触って確かめた後で、一度マジックバッグに入れて生き物を取り除いて(マジックバッグには基本的に生き物は入らないので、ミミズなどの生き物は外に弾かれる)からディメンションバッグに入れた。ただ、卵の状態だと生き物と認識されないので、一度火を使って殺さないと壁には使えない。何故なら、孵化した虫が壁をボロボロにしてしまう可能性があるからだ。
土壁にどれだけの土が必要か分からなかったので、スラリンの分と合わせてディメンションバッグ一個分(おそらく二~三十tくらい)が集まったところで一度止め、それを均等に二つに分けてディメンションバッグに枯草と一緒に入れて火をつけた。前にも同じようなことをした記憶があるが、今後も土が必要になるというのなら、暇なときにまた取りに来た方がいいのかもしれない。
「スラリン、燃やす分とは別に、枯草を集めてくれ」
燃やす用の枯草を集めていたスラリンに、それとは別に枯草を集めるように頼んだ。これは壁を作る時に土に混ぜ込むのだ。こうすることで壁の中で繋ぎとなって強度が増すと聞いた事があるので集めるのだ。まあ、実際に混ぜ込むのはじいちゃんに聞いてみてからになるが、用意するだけしておいて、勘違いだったらジュウベエたちの寝床にでも使えばいい。
「そろそろいい具合かな?」
混ぜ込む用を集め終わった後は、再度ディメンションバッグの中に放り込んで燃やし、殺虫を続けた。完全に殺せてはいないかもしれないが、あと一時間もすれば暗くなってくる時間帯なので、
「お土産も出来たし、これ以上ここにいるのはつらいしな」
俺とスラリンが枯草を刈り取っている間、シロウマルとソロモンは周囲の見張りを忘れ狩りに勤しみ、四頭のイノシシと二羽の角ウサギ、そして三羽分の角ウサギだった肉の塊を持って帰ってきたのだ。
ミンチはスラリンが処理をするとのことでそのまま渡し、残りは今も解体用のディメンションバッグの中で血抜きをしている最中だ。
「よし! 寒いからさっさと帰って、風呂に入るぞ!」
俺の掛け声に反応したのはスラリンとソロモンで、シロウマルは寒くても風呂に入りたくないのかそっぽ向いて無視していた。
「シロウマル、そこまで汚れているのに風呂に入りたくないということは、今日はジュウベエたちの所で寝るんだな?」
今のシロウマル(ソロモンもだが)は、雪でドロドロになった草原や森の中を駆け回ったせいで泥だらけとなっており、このままでは屋敷に上げることは出来ない。なので風呂を拒否するとなると、いつになるかは分からないがシロウマルには綺麗になるまで外で暮らしてもらわないといけなくなる。
そう告げると、シロウマルはスラリンを何度も見ながら何かを伝えようとしていたが……スラリンはそんなシロウマルを無視して俺の肩に乗った。恐らく、スラリンに綺麗にしてもらえば風呂に入らなくても済むと伝えたかったのだろうがスラリンが拒否して俺の方に付いた為、シロウマルは泣く泣く風呂に入ることを決めたようだ。
そんな感じで屋敷に帰った俺たちを待っていたのは……
「ふむ……ちと、張り切りすぎてしまったのう」
「いい運動になった!」
予定の倍近い面積を囲むように立てられた柱だった。どれも石柱なのかと勘違いしそうな特製の柱(木の柱を土でコーティングしたもの)だが、それが予定の四倍以上も突き立てられているのだ。まあ、面積が倍になるということは壁に使う土の量も増えるので、柱が四倍になっていてもおかしくは無いが……これだと俺たちが取ってきた土では絶対に足りないと思う。なので、
「じいちゃん、アムール、明日足りない分の土の調達を頼むね」
超過分はじいちゃんたちに任せることにした。俺に割り振られた仕事はやり終えたので、他の分は知らないと決め込んだ。
「俺たちの取ってきた分だと足りないし、後から足すと質が均一にならないだろうから、壁は明日じいちゃんたちが取ってきた土と俺たちの土を混ぜ合わせてから作ろうか? それじゃあ、俺たちは風呂に入って来るから」
そう言って歩き始めると、背後でじいちゃんとアムールが何か言っていたが振り返らずに無視をして風呂場に直行した。風呂場に行く途中の廊下で、
「ようやく帰ってきたか!」
ライル様が待ち構えていた。何でも、今日の朝王都を出て行く時にライル様の部下が俺を見かけたそうで、そこから報告が行ったそうだ。なので、ライル様がここにいるということは、
「帰ってきたのなら、連絡くらいよこしなさい。それと、帰ってきたその日か最低でも次の日くらいには、プリメラのところに顔を出すべきね。出ないと、結婚する前から愛想を尽かされるわよ」
マリア様もいるということだ。そしてその横では、プリメラが緊張気味に座っていた。ティーダとルナはいないのかと思ったら二人は近々テストがあるそうで、王城で見張られながら勉強をしているのだそうだ。ただし、見張られているのはルナだけで、ティーダは学年一位の座を目指して自主的に勉強しているらしい。
「申し訳ありません。プリメラも、心配かけてごめんな」
二人に謝罪して許しを貰うと、
「遅くなりましたが、今回無事にセイゲンのダンジョンを制覇いたしました」
早速ダンジョン制覇の報告を行った。
「おめでとう。これでテンマは、二つのダンジョンを単独で制覇したことになるわね。歴史に残る快挙だわ」
ダンジョンを一つ制覇するだけでも快挙と言えるのに、俺に至っては単独で二つ。そのうち一つは未発見のダンジョンで南部の経済を向上させ、もう一つは国内最大級のダンジョンで制覇こそ二番目ではあるものの、ほぼ単独と言っていいくらいの内容だ。少なくとも王国の歴史上、それに匹敵する成果を上げた者はいなかったので、『歴史に残る快挙』と言うわけだ。いやむしろ、マリア様が『歴史に残す快挙』なのかもしれない。
「それはそうとテンマ。かなり汚れているみたいだから、先にお風呂に入ってきた方がいいわよ」
マリア様が俺のことを楽しそうに歴史書に書いている様子をボーっと想像していると、服や体の汚れを指摘された。確かにマリア様に呼ばれる前まで風呂に入ろうと思っていたので失礼して下がらせてもらうと、廊下でライル様が待っていて風呂場まで付いてきた。ライル様曰く、男同士の裸の付き合いなのだそうだが……俺にとってはシロウマルを洗う人手が増えたように感じたので、遠慮なく手伝って貰うことにした。ついでに少し遅れてじいちゃんもやってきたので、人手がもう一人増えることになった。もっとも、ライル様はシロウマルを洗うのは初めてだったのであまり戦力にならず、その代わりにスラリンが活躍するのだった。