第16章-11 騎士型ゴーレム、敗北
「よし、この辺で動かしてみるか」
王都から少し離れた草原のど真ん中で、俺たちは騎士型ゴーレムを動かすことにした。ちなみに、俺たちとは俺とケリーだけでなく、屋敷にいた全員のことだ。なお、ケリーは予定時間よりかなり早くうちの屋敷(集合場所は王都の門の外)にやって来て俺を急かした為、興味をひかれた皆が付いてきた形だ。
「全く、人手がいるっているのにうちの奴らを帰して……」
皆が付いてくると言ったので馬車の空きが足りなくなった為、その代わりに手伝いとして連れてこられていた女性ドワーフたちに帰って貰ったのだ。ケリーは手伝いがいないと何かあった時に仕事が出来ないと言っていたが、後は様子を見ながらの微調整だけだし、そもそも人手がいるような修正をしなければいけない状況になったとしたら工房に戻った方がいいということで、女性ドワーフたちに遠慮してもらったというわけだが……女性ドワーフたちは俺が休息時間を作ってくれたと思っているようで、とても感謝されたのだった。正直言って、そんなつもりはなかったのだが……喜んでいるみたいなので余計なことは言わなかった。
「まあまあ、ここで出来る修正くらいだったら、俺やじいちゃんの魔法で出来ると思うから。それよりも、ゴーレムを出すぞ」
ゴーレムは立った状態で草原に姿を現したが、地面が工房と違って柔らかいのでバランスを崩しそうになっていた。
「おっと、ゴーレム起動」
慌ててゴーレムを起動させると、ゴーレムは自分でバランスを取って大地に立った。
「セーフ!」
「危ないところでした!」
アムールはいつかのように両手を横に広げ、アウラはゴーレムがバランスを崩しかけた瞬間に距離を取っていたが、ゴーレムがバランスを立て直したら何事もなかったかのように戻ってきた。
「何ともまあ、規格外のゴーレムがまた一体出来たようじゃな」
じいちゃんがそう呟くと、皆揃ってライデンの方を見た。
「マーリン様、何がそんなにすごいのですか?」
ライデンを見ながら首をかしげていたアウラが、不思議そうにじいちゃんに訊ねていた。
「そこはテンマに聞いた方が早いと思うが……まあ、一言で言うと、ゴーレムが人間に近いことをしているからじゃな。人間には簡単に出来ることでも、人工物であるゴーレムには難しいことが多々あるのじゃ」
じいちゃんの言う通り、ゴーレムに人間と同じ動きをさせるのは色々と難しいのだ。じいちゃんが驚いたように、体重移動でバランスを取るのは普通のゴーレムには無理だ。特に、草原のように地面が柔らかいところだとゴーレム自身の重みで足が沈むし所々で固さが違うので、それら一つ一つに対応できるゴーレムはそれだけで高性能と言えるだろう。
「まあ、それくらいはできると思っていたから驚かないけどね。それより大事なのは、ゴーレムの強さだし」
そう言うと、何故か皆から呆れたような視線を向けられたが、それくらいならタニカゼの時点で出来ていたし、最近だとエイミィや王族用のゴーレムでも出来ている。
「武器は何でも使えるように出来ているけど……とりあえずはこれで様子を見るか。相手は……ゴーレム五体くらいでいいかな?」
取り出した武器は二mほどの鉄の棒……うちで使っている物干し竿の予備だ。騎士型ゴーレムに体格に合う武器だと、俺の持っているものの中ではハルバードがギリギリ合うサイズだが、あれだと武器の性能が良すぎてテストにならないのだ。そして相手のゴーレムは、普段屋敷を警備しているのと同じタイプのもので、一体で王城の騎士ニ~三人は相手に出来るくらいの強さを持っている。つまり、単純計算でゴーレム五体は騎士十~十五人に相当するわけだ。ちょっとした分隊クラスの戦力だな。
そして、そんな五体のゴーレムを相手に騎士型ゴーレムは、
「相手にならなかったな、次はジンとやらせてみるか」
「おい待て! 俺を生贄にしようとしてないか、それ!」
ジンが指差した先には、騎士型ゴーレムに一蹴された五体のゴーレムの残骸が散らばっていた。
「ほら、やっぱり人を相手にしているところが見たいし、俺が相手をするとどんな風に戦っているのか分かりにくいからな。まあ、これまで家で飲み食いした代金とでも思って、頑張ってくれ!」
「よし、逝け! ジン!」
「命がけでやるんだよ!」
「骨は拾いますから、後のことは任せてください!」
お金の話になると、ガラットたちが一斉に俺の味方に付いた。そんな仲間に売られたジンはと言うと、
「なあ、テンマ……俺の他に戦闘の記録が欲しいと思わないか? 具体的に言うと、獣人で身軽な戦いをする奴と、前衛をこなす女と、後衛で魔法を使う女なんだが」
「それもいいな。じゃあ、ジンの次は三人一組でやって貰おうか?」
ジンからの推薦があったので、ガラットたちにもゴーレムの相手をしてもらうことにした。
「それじゃあジン、やってくれ」
「こうなりゃ自棄だ! やってやるぜ!」
離れたところでガラットたちが何か言っていたが、ジンの気合の入った声でかき消されて何を言っているのかよく聞こえなかった。
「よし……始め!」
「おらぁ!」
開始の合図とほぼ同時に仕掛けたジンの攻撃は……
「「「「「あ……」」」」」
ゴーレムに防がれた……と言うより、ジンの狙いが外れて肩に当たった。そして、ジンの剣が大きく欠けた。
「ちょ、ちょっとタンマぁあああーーー!」
ジンも周囲も固まってしまう出来事だったが、ゴーレムはそんなことお構いなしに、棒をジンの脳天に振り下ろした。
「ゴーレム、一旦停止!」
横っ飛びで回避したジンは、転がりながらその場から距離を取ろうとした。ただ、ゴーレムの反応が予想以上に良く、ジンが体勢を立て直す前にゴーレムは追撃の構えを見せたので、俺は慌てて止まるように命令を出した。
「やべぇ……ジンが秒殺されたぞ」
「ジンの自爆気味だったとはいえ、腐ってもSランクなのに……」
「不用意に突っ込んで、武器を壊していいとこなしだけど、一応『暁の剣』のリーダーなのに……」
「「「かっこ悪ぅ……」」」
そんなジンを見ていたガラットたちは、ジンを凍りつかせる気かというほどの冷たい視線を向けていた。そして、口には出さなかったが俺も同じ思いだった。多分、じいちゃんたちも。
「テンマ、もう一回! もう一回チャンスをくれ! 今度はちゃんとやるから!」
そう言いながらジンは、今欠けた訓練用の武器をマジックバッグに戻し、代わりにミスリルで出来た大剣を取り出した。
「初めからそれを使えよ」と呟いた俺だったが、ジンは「きっとあの剣は寿命だったんだ」とか、「練習用の剣でも、手入れはちゃんとしないとだめだな」とか言って、俺の呟きは聞こえないふりをしていた。ガラットたちはそんなジンを見ながら、「あの剣、最近打ち直しに出してなかったか?」、「綺麗になったとか言って、ニヤついていたね」、「昨日、油を塗って磨いていましたよね?」などと話していた。
「それじゃあ、始め」
「うぉらっ!」
今度も先手はジンが取ったが先程とは違い、大剣が欠けることは無かった。
「結構いい勝負だな」
「じゃが、総合的に見ればゴーレムの方に分があるようじゃな。長引かせると、ジンが不利になるだけじゃろうな」
ゴーレムの強さはなかなかのもので、ジンを相手に一歩も引かなかった。それどころか、この状態が続いたらジンが不利になっていくのが簡単に予想できた。
「武器の差もあるけど、攻撃力はジンの方がやや上で技術も上。だけど、防御力はゴーレムの方が圧倒的に上で、スタミナも圧倒的に上……ってところか」
一撃の重さで言ったらゴーレムの方が上だけど、ゴーレムが持っているのは鉄の物干し竿なので、ミスリルの大剣を使っているジンとは比べ物にならない。だけど、その一撃の重さのおかげで武器の差はあまりない。技術に関しては、ゴーレムに蓄積された経験が少ないので、比べ物にならない。だが、ミスリルの大剣を使うジンに対して、ゴーレムはミスリルの全身鎧を身に付けている。さらには元々の重量が違いすぎるので、ゴーレムは防げなかったジンの攻撃を鎧で跳ね返している。そして止めがスタミナの差だ。人間であるジンには、疲れと共に攻撃のパフォーマンスが落ちていくのに対し、ゴーレムは魔力が尽きるまで動きが止まることは無い。
「しかも、魔力が尽きるまで長引かせようにも、あの騎士型ゴーレムに使っている核の量からすれば、ジンの方が先に体力切れになるのは間違いないしな……となれば、ジンが取る行動は」
「しっ! はっ! せいっ!」
防御力が比較的低い関節への集中攻撃。中でもジンは、体重を支えている膝の裏側を重点的に狙い始めた。
「大分ジンの方が有利になってきたみたいだけど、まだどうなるか分からないね」
「ゴーレムの防御力を無効化したわけではないからのう。それに、いまだに攻撃力は健在じゃしの」
「これが終わったら、関節への攻撃も考えて調節しないとだめだね。まあ、あのゴーレム相手に、一体どれだけの数があそこに攻撃を集中できるかは不明だけど」
ジンの関節への集中攻撃で、ゴーレムの動きが徐々に鈍ってきてはいるが一撃の重さは失われておらず、時折ジンが大きく飛びのいて攻撃をかわした時は、ゴーレムの攻撃で地面に穴が開いていた。
「いよぉしっ!」
「そこまで! ゴーレム、待機!」
ジンの渾身の攻撃が膝裏に決まり、ゴーレムが地面に四つん這いになったところで試合を止めた。
「予想に反して、ジンが勝った……」
「くっ……お小遣いが……」
「言い方は悪いですが、意外な結果になりましたね。割と余裕を残されていますし」
「ちっ! さっきのは何だったんだ!」
「わざとだね。ボロ負けからの大逆転とかやりたかったんだろうよ!」
「俺、カッコイ~~~……とかいうやつですね」
いつの間にかジン対ゴーレムで賭けが始まっていたようだ。そして、
「なんか、儲かっちゃった……」
「ジャンヌの一人勝ちか……大方、誰もジンに賭けないからかわいそうになって賭けたんだろうけど……期せずして大穴が的中した形か」
掛け金は一律五百Gだったみたいだが……例えジンが負けたとしても、一人頭百Gももうからない計算だが、最初の対戦(ジンの大剣が欠けたやつ)を見た後だと、堅実で賢い賭け方だと言えるだろう。もっとも、外れたら意味がないが。
「それにしても、ジャンヌは意外とギャンブル運が強いな。前にハウスト辺境伯領で賭けをした時も、確か勝ってたよな?」
「まあ、あまり考えずに欲をかかぬ賭け方で勝つのじゃから、運が強いと言って間違いないじゃろうな」
そんなジャンヌに対して、穴に賭けても負けて本命に賭けても負けるアウラは、よっぽど運が悪いのだろう。まあ、それを言ったらアムールもだけど。
「それじゃあ、次はガラットたち……と言いたいところだけど、ゴーレムがあれじゃあ無理だな」
ジンに倒されて四つん這いになったゴーレムは、立ち上がれないことは無いが無理はさせない方がいいとのケリーの判断で、今は横になって処置を受けている。
「ちっ! ガラットたちの無様な姿が拝めると思ったのによ!」
ジンは不満そうだったが、ゴーレムの鍛冶師ストップは自分との闘いの結果と言うことで、無理は言わなかった。そして、戦わなくてよくなったガラットたちは、明らかにホッとした顔をしていた。
「騎士型ゴーレムはかなりいい出来だと思うけど、現状では一撃の重さと防御力の高さに任せた戦い方って感じか……ジンみたいに実力と経験がある相手だと、能力を生かしきれないところがあるな」
「そうなると、実線を積ませて戦うことに慣れさせないといけないのかのう?」
じいちゃんの言う通り、あの騎士型ゴーレムは赤子同然なので、今後は戦闘の仕方を覚えてもらわないといけないのだ。
「なあ、テンマ……そのぉ……あの騎士型ゴーレムが戦うことに慣れていないってことは、今の状態が一番弱い状態だったりするのか?」
ジンが、あまり聞きたくはないが……と言った感じで聞いてきた。
「最近作ったゴーレム……王族専用やエイミィ専用のゴーレムは、これまで何度も使ってきたゴーレムの核の中から出来のいいものを選んで、それらを改良して作ったゴーレムだから、最初からでもそれなりの戦い方を知っていたけど、あの騎士ゴーレムは一から核を作ったからな。能力は高くても、まだまだ赤ん坊みたいな感じだな」
ライデンの自我に関しても、バイコーンの魔核が大きな役割を果たしているのは間違いないだろうが、それもタニカゼの経験と魔核があってこその話だと思っている。
「つまり俺は、赤ん坊相手に勝って喜んでいたというのか……」
「いやまあ、赤ん坊と言うのは例えだし、魔物の中には子供の状態でも人を大きく上回る強さを持ている奴もいるから、そこまで気にする必要はないと思うぞ」
赤ん坊と言っても、騎士型ゴーレムは魔核を使っているので人工的な魔物のようなものと言えるし、魔物なら生まれてすぐに人を殺す奴もいる。なので、ジンのその考えは当てはまらないと思うのだが……苦戦した騎士型ゴーレムは一番弱い状態で、まだ何段階かの成長を残しているという事実にショックを受けているようだ。
「お~い、テンマ! ゴーレムの応急処置は終わったけど、一度工房に戻して関節の歪みを直した方がよさそうだ。あと、関節の裏側をカバーする素材を別のものに変えたい。今のままじゃあ、同じことをやられたら、また同じ修理をしないといけないことになる。いくつか案はあるが、テンマにも手伝ってもらわないといけない。さっさと戻るぞ!」
騎士型ゴーレムの鎧に変更を加えるつもりなのか、ケリーはすでに戻る準備を終えていた。
「それじゃあ、俺はケリーと一緒に工房に行ってくるから」
「うむ、了解じゃ」
「行くのはいいが、俺たちは明日出発するんだから、昼までには戻って来いよ」
ジンたちの出発が明日の昼なので、それまでには屋敷に戻らないといけないが……もしかしたら忘れてしまうかもしれないので、今日の夜に戻らなかったら、明日の朝誰かに迎えに来てもらうことにした。
「それで改良案だけど、大きく変更することは考えていない。少しばかり、鎧が人用ではなく、ゴーレム用という考えを前面に出す」
ケリー曰く、今の騎士型ゴーレムが着ている鎧は、人間でも問題なく使える鎧だった為、騎士型ゴーレムは鎧を着た人間を相手にする方法を使ったジンに負けたのだ。
「まず、関節の裏側に動きの邪魔にならない程度の太さのガードを付ける」
ガードと言っても、金属製の棒を湾曲させたようなものをくっつけるだけだが、これだけでも斬撃や打撃のダメージを軽減させることが出来る。
「次に、関節部分を覆うものを魔物の皮単体から、二種類の皮と鎖帷子を合わせたものに変更する」
外側から、伸縮性のある皮、小さな鎖で作った鎖帷子、弾力性のある皮の順番で合わせたもので覆うらしい。これらを使うとなると、それなりの厚みが出るので使うのが人間なら重量や違和感などで使いづらいものになるだろうが、ゴーレムならその問題は起こらないだろう。まあ、動きを妨げない程度の厚さを探りながらの調整になるだろうが、ゴーレムに屈伸でもやらせながら調べればいいので、そこまで時間はかからないだろう。
「股関節の部分は下手に厚みを持たせると動きが悪くなるだろうから変更は無しで、首と肘と膝と脇を完全に変更。足首部分は皮だけ変更。それと、今は指の部分を五本独立して動かせるようにしているけど、人差し指と中指、薬指と小指をまとめるような形に変更。胴体と足の部分は変更なし。これでやってみよう」
最終的に変更する箇所がほぼ全部の関節部分となったが、他の関節も膝と同じようになるはずなので、比較的攻撃されやすく、改良しても動きに問題なさそうなところには手を入れることになった。なお、指の部分の変更は、関節の中で一番強度が弱く相手に一番近いところということで、少しでも指先に厚みを持たせる為と言うのが変更の理由とのことだった。
「それで、鎖帷子の製作や鎧の改良はケリーがやるだろうし、皮の準備は従業員たちでやるんだろ? 俺は何をしたらいいんだ?」
細かい作業や専門的な作業ばかりになりそうなので、俺が手伝えることはなさそうなのだ。
「まあ、テンマを連れてきたのは変更の説明と承認を得ること、後は使えそうな素材と作業中に必要な食料を提供してもらう為だ。そういうわけで、使えそうな素材を出してもらおうか!」
連れてこられた理由も分かったし、素材を俺が出すのも筋が通っている。作業中の食料の提供も、作業効率を上げる為に必要と言うのなら出そう。だが、
「お菓子くらいなら持っているが、素材も食事も屋敷に置いているぞ」
今日は遠出する予定ではなかったので、必要なもの以外は屋敷に置いてきたのだ。工房に向かう前に言ってくれたら、屋敷でそれなりの準備をしてからこっちに来たのだが……
「完全に二度手間だな。屋敷に戻って、準備してからもう一度来る」
俺の仕事はそれだけみたいなので、さっさと済ませることにしよう。それさえ終われば、明日のジンたちの見送りは問題なく参加できるだろう。
その数日後には俺もセイゲンに向かう予定なのだ。もしかするとセイゲンに到着するのがほぼ同時になるかもしれないので、俺と一緒に行けばいいと思うのだが……ジンたちはその数日が待てないくらい、急いでセイゲンに行きたいのだそうだ。まあ今の王都だと、ジンたちは少し外に出ただけで視線を集めてしまうので、少しでもましな(と思われる)慣れた住処に早く戻りたいのだろう。
「頼む……」
先走ってしまったケリーは恥ずかしいのをごまかす為なのか、顔を隠すように下を向いた状態で設計図に修正箇所を書き加えていた。
そして、大急ぎで屋敷に戻ると、
「ケリーは馬鹿ね! 少し冷静になれば分かるはずなのに!」
遊びに来ていたクリスさんに戻ってきた理由を聞かれ、その結果屋敷にクリスさんの笑い声が響いた。
「クリス、その笑い方は女性としてどうかと思いますが?」
一緒に来ていたアイナはクリスさんの笑い方を注意していたが、本気でしているわけではないようで、すぐに掃除をしているジャンヌたちの監督に戻って行った。
「こほんっ……それでテンマ君、何で掃除組にプリメラが混じっているの? 本人も周りもあまり気にしてないみたいだけど、一応公爵家に籍を置いている令嬢でしょ? 後々問題にならない?」
アイナやジャンヌたちは俺とプリメラが婚約していることを知っているので気にしていないが、クリスさんは知らないので気になったようだ。もっとも、俺とサンガ公爵家との関係は知っているので、念の為と言う感じだったので、自分でも問題は無いだろうと思っているみたいだ。それに、
「本人が騎士団の任務で遠方に行ったときに、何も出来ないでは困るとか言ってアイナに頼んでいたからね。アルバート経由でサンガ公爵も知っているから、問題は無いよ」
と言う設定が考えられているのだ。ちなみに、これはクリスさん用の設定ではなく、サンガ公爵家やオオトリ家をよく思っていない貴族に対しての設定であり、本人が望み公爵が許可したので何も問題はないということになっているのだ。
「ふ~ん……花嫁修業の一環と言う感じかしらね」
「クリスさんも参加してみたら? 近衛騎士団の遠方任務とかの時に役立つと思うよ?」
「何か違う意味が含まれているように聞こえたんだけど?」
「花嫁修業になるよ」とは言わずに、任務の時に役立つからということにして参加を促したが、クリスさんに隠していた部分を感づかれてしまった。
「それじゃあ、俺はケリーたちに差し入れる料理を作るから、邪魔しないでね。アイナ、すまないけど、少しの間こっちの手伝いを頼む」
「分かりました。アウラ、少しの間料理を手伝ってくるけど、さぼらないようにね」
「何で私だけ!」
クリスさんの防壁になりそうなアイナに手伝ってもらうことにした。まあ、作るのは最近我が家で定番となりつつある牛丼なので、手伝いはいらないと言えばいらないのだが……いないとクリスさんが怖いので呼んだのだ。まあ、クリスさんもアイナも俺の意図を理解しているようだが、アイナが俺の思惑通りに動いてくれたので、クリスさんは近寄ってこなかった。
「後はもう少し煮込んでご飯が炊けるのを待つだけだから、出来上がるまで見ていてくれ」
アイナに後のことを頼み、俺はゴーレムに使えそうな素材を見繕うことにした。まあ、伸縮性と弾力性が持つ皮という条件を満たすのは、『ワイバーン』のような爬虫類系か、『マッドポイズンフロッグ』のような両生類系と言うことになるので、その辺りをまとめて持って行けばいいだろう。
「と言うわけで、ちょっと素材と料理を届けに行ってくる」
皮素材を選ぶのは十分ほどで終わり、厨房に戻ると牛丼セットも出来上がっていたので、すぐにケリーのところに向かうことにした。詰め込んだ素材の中からどれを使うか選び、牛丼の作り方を教えるだけなので、時間はかからない……はずだったのだが、
「これだけいい素材が揃っていると、どれを選ぶか迷っちまうね~」
素材があり過ぎたせいでケリーの職人魂に火がついてしまい、屋敷に戻ったのは日付が変わってからだった。