第16章-7 すじ
6000万PV突破しました!
シリーズ累計(漫画版を含んだもの)では大分前に突破していましたが、ようやくWEB版のみで超えることが出来ました。
これからも、異世界転生の冒険者をよろしくお願いします。
「岩の一個一個がでかいから、どかすのは大変そうだな……まあ、俺が自分でやるわけじゃないから、あまり関係はないけど」
とりあえず岩をどうにかしようと思い、大型のゴーレムを五体ほど出して岩をどけてみた。岩は、数体のゴーレムで何とか持ち上がるという大きさのものが十個重ねられていて、小さいものでも軽く十tは超えていると思われる。
全ての岩をどけるとそこには縦穴があり、小石を落としてみると音が遠くまで響いていたので、地下室のような広い空間か、道のような長い空間があるみたいだった。
「さて、何があるのやら」
穴は、初めの方はほぼ垂直になっていたが、三~四mほど下りれば緩やかな坂道に変わった。
「降りてみたのはいいけど、何らかの生き物が歩いた形跡もあるし、一度戻って……」
地上に戻って、じいちゃんやジンたちに報告した方がいいかもしれないと思ったところで、遠くの方から何かがこちらに向かって来る音が聞こえてきた。
聞こえてくる音は二種類で、カチャ……カチャ……という感じの音と、ベタ……ベタ……という感じの音だ。どちらも足音のようだが、平均的な人の速度と比べるとかなり遅い。それに、足音と共に臭いもしてきたので、何となくその音の主の正体が分かった。
「『ファイヤーボール』……やっぱりスケルトンとゾンビ……ゾンビ? あれは、ゾンビなのか?」
片方は思っていた通りのスケルトンだったが、もう片方は俺の知っているゾンビとは似ているようで違うものだった。
「『鑑定』」
『ファイヤーボール』の明かりで姿を現したそれを『鑑定』してみると、
種族……腐肉のゴーレム
と出た。多分、腐った肉が集まって自然発生したゴーレムなのだろう。初めて見る魔物だったが、詳しく調べようという気持ちが湧いてこない魔物だ。
「もしかして、これがヒドラの餌だったのか?」
そんなことを思いながら、先頭にいた腐肉のゴーレムに『ファイヤーボール』をお見舞いすると、簡単に燃え上がり崩れ落ちた……が、燃えると同時にものすごい悪臭が漂ってきたので、二匹目からは『エアカッター』で切り刻むことにした。『エアカッター』の方は『ファイヤーボール』ほど効果的ではなかったが、足を狙えば歩けなくなっていたし、柔らかかったので貫通しやすく、一発で数体を巻き込めるので効率は良かった。
「ゴーレムの方はいらないけど、スケルトンの方は何体かサンプルが欲しいな」
スケルトンもゴーレムも、ただまっすぐに近づいてくるだけだったので、ゴーレムだけを集中して魔法で狙い、スケルトンはそのまま近寄らせた。そして、
「よっと!」
近くまで来たスケルトンの頭部を『ストーンブリット』で破壊し、崩れたところで魔核を回収した。スケルトンは魔核を骨から外せば動かなくなるので、対処の仕方を知っていればそれほどの脅威はない。もっとも、たまに一般的なスケルトンよりもかなり強いスケルトンが生まれることがあるので、油断はできない魔物ではある。現に、何年かに一回は、新人冒険者がスケルトン相手に全滅、もしくは命からがら逃げだした……という話を聞いたりするのだ。
「まあ、こいつらはそんなに強いやつではないみたいだな」
武器も持っていないし、素手でも倒せるような弱いスケルトンだったので、二体目からは素手で魔核を抜き取り、綺麗な状態で確保することにした。危険な行為ではあるが、実力差を考えると十分に可能みたいだし、何よりこのスケルトンを調べる為には、なるべく壊れていないものが必要だったからだ。
「十体は確保したし、後はまとめて倒すか」
十分にサンプルが確保できたので、ゴーレムと一緒に魔法で吹き飛ばし、ここから出ることにした。
「『エアボール』」
通路ギリギリの大きさの『エアボール』を放ち、残りのスケルトンとゴーレムを通路の奥まで吹き飛ばした。かなりの数がいたので、魔核はもったいない気もするが、手元にあるスケルトンの魔核を見る限りでは低品質という感じなので、放棄することにしたのだ。まあ、放っておけば復活すると思うので、どうしても必要になったらまた取りに来ればいい。
「一応、ゴーレムの方の魔核も回収しておくか……」
嫌だけど、サンプルとして何個か持って帰った方がいいので、最初の方に倒したゴーレムの肉片をスケルトンの骨でかき回して魔核を探し、同じくスケルトンの骨を箸のように使って魔核を取り出した。取り出したゴーレムの魔核は水魔法で洗った後、バッグに入っていた布で包んでスケルトンの魔核とは別にした。ちなみに、ゴーレムの魔核を探すのに使った骨と箸代わりにした骨は、汚いので捨てた。
魔核の回収の後は、スケルトンのサンプルも忘れずに回収し、『飛空』の魔法で上に戻った。
「後は、最初の時と同じように蓋をして……」
待機させていたゴーレムたちに、もう一度岩を動かさせて穴を塞ぎ、ついでに土魔法で岩ごとドーム状の蓋で覆った。これであのスケルトンやゴーレムでは、どうあがいても外に出ることは出来ないだろう。
「おーい、そろそろ戻るぞーーー!」
最下層から一つ上の階に移動した俺は、この辺りで遊んでいるはずのスラリンたちを呼んだ。スラリンたちは俺がヒドラの回収をしている間、臭いに耐え切れず上の階に逃げたのだった。まあ、臭いに耐え切れなかったのはシロウマルとソロモンで、臭いを感じないスラリンは関係なかったが、二匹を放っておくと何をしでかすか分からないので、お目付け役としてスラリンについて行ってもらったのだ。
スラリンたちの名前を呼びながら『探索』を使うと、三匹揃ってワープゾーンがある方へと向かっていた。多分、スラリンがそちらに向かうように指示を出しているのだろう。この様子だと、俺より先に到着しそうだ。
「スラリン、急いでじいちゃんたちに知らせないといけないこと……おわっ!」
案の定、スラリンたちの方が先についたので、急いで合流しようと小走りで角を曲がると……目の前に、牛の頭部をもつ人型の魔物、ミノタウロスがいた。慌てて距離を取り、魔法を放とうと身構えたが、よく見るとミノタウロスは口から血を流して死んでいた。その後ろには、申し訳なさそうに体を揺らすスラリンと、いたずらが成功したというような顔をしたシロウマルとソロモンがいた。ちなみに、ミノタウロスはオークと違い食べることが出来ない……ことも無いが、筋が多く肉が固い上に、味もよくないので食用には向かない。ただ、筋の部分は武器や防具の素材として使え(ついでに、干すと動物のおやつになる)、皮や角に骨も色々なものに使える。それに、ミノタウロスはAランクの魔物の中でも珍しい方なので、内臓なども実験用として売れたりすることもある。
「お前たち、いたずらしている場合じゃないぞ! シロウマルとソロモンは、しばらくの間おやつ抜にするぞ!」
ミノタウロスをマジックバッグに回収し、おやつ抜きを宣言すると、シロウマルとソロモンは大慌てで土下座のように頭を低くして、情けない声で鳴き始めた。
「スラリン、想定外のことが起こったから、すぐに上に戻るぞ。じいちゃんたちを探すのに走り回ることになるから、今のうちからバッグの中に入っていてくれ。シロウマルとソロモンも、本当におやつを抜かれたくなかったら、早くバッグに入れ!」
俺がそう言うなり、二匹は競い合うようにバッグに入り込もうとした。そして、出入り口で引っ掛かった。
「スラリン、悪いけど……」
スラリンは俺が言い切る前に、二匹をまとめて自分の体内に取り込んだ。そして、バッグに入ることが出来なかったスラリンは、俺が抱いて連れて行くことにした。
「よかった! ここにいた!」
ダンジョンから出て最初に向かったのは冒険者ギルドで、ここなら酒も飲めるし情報も手に入るし、じいちゃんのセイゲンでの飲み仲間であるアグリが高確率でいるので、まずはここからと言う感じでやってきたのだが、思った通りじいちゃんはここにいた。ついでに、ジンたちもここで飲んでいたので、探す手間が省けた。
「じいちゃん、ジン、少し聞きたいことがあるから、ダンジョンまでついてきてくれ」
じいちゃんたちは驚いた様子だったが、俺が急かすと黙ってついてきた。そんな俺たち……と言うか、ジンたちの様子を見て、面白がって声をかけて近寄ってくる冒険者もいたが、俺が睨みつけると静かになって戻って行った。
「それで、テンマ。わしらをここに連れてきた理由は何じゃ? 腹を立てているふりをしておったが、本当に怒っておったわけではないんじゃろう?」
ここまで静かにしていたじいちゃんが、連れてこられた理由を思い出そうとしているジンたちの代わりに、最下層に来た意味を聞いてきた。
「その前に聞きたいんだけど、複数のダンジョンが存在することってあるの?」
「何を言っておる……まさかとは思うが、このダンジョンがそうだと言うのか!」
俺の言っていることに一瞬呆れ顔を見せたじいちゃんだったが、すぐに俺が何を言いたいのか理解したようで、興奮して俺の両肩を掴んで乱暴にゆすり始めた。
「ちょっとじいちゃん、落ち着いて! それで、ダンジョンの中にダンジョンが出来ることはあるの?」
「少なくとも、わしは聞いたことがないのう。ダンジョンのすぐそばや中で条件が揃えば出来るかもしれぬが、その場合はどちらかに吸収されそうじゃしのう……」
じいちゃんはそう言いながら少し考え、最後は「アレックスにでも調べさせれば、何か分かるかもしれん」と王様に任せることにしたようだ。そして、ジンたちにも聞いてみたが、じいちゃんが分からないのに、俺たちが知るわけがないと言われた。
その後、封印した縦穴をもう一度開放し、じいちゃんたちと一緒に最初の時よりも先に進んで見たが、出てくるのはスケルトンと腐肉のゴーレムばかりで、他は虫やネズミと言った魔物ではない普通の生き物ばかりだった。
「ふむ……やはりここは、上のとは違うダンジョンで間違いないようじゃな」
三十分ほど歩き回ってみると、下に続く穴が見つかった。その穴からもスケルトンや腐肉のゴーレムが這い上がって来ていたので、穴の下にもこの階と同じようになっている可能性が高いし、上の階でダンジョン核が見つかっていたことから、この穴は違うダンジョンだとじいちゃんは判断していた。
「このまま探索してみたいところじゃが、今日のところはやめた方がいいじゃろうな。するにしても、十分に準備と体調を整えて、覚悟を決めてからじゃな」
全くと言っていいほど情報がないし、そういうつもりで来ていたわけではないので、今日は下に続く穴を確かめたところで引き上げることにした。
「これって、王都に帰ったら王様に報告しないといけないね。それから他に前例がないか調べて、もろもろの準備を整えてから潜ることになるのかな? ジン、俺は自力で最下層まで来てから調べるつもりだけど、『暁の剣』は気にせずに調べていいぞ」
冒険者の礼儀として、俺は中断している階層から最下層を目指し、踏破した時点で潜ることにしたが、ジンたちはすでに自力で最下層に到達しているので、遠慮しないでいいぞと言う感じで言ったのだが、
「俺たちとしても、探索したいのはやまやまなんだが……テンマの見つけた新しいダンジョンを先に探索するのは気が引けるし、そもそも封印の為に置いている岩を自力でどかすことが出来ないからな……」
調べた場所までは、最下層辺りの魔物と比べると比較的弱いスケルトンと腐肉のゴーレムしか出てこなかったとはいえ、その先も同じ魔物しかいないとは言えないし、下に行くほど魔物が強くなるというダンジョンの性質を考えると、ヒドラよりも強い魔物がいてもおかしくはない。
そんな魔物がいる可能性を考えれば、入り口となっている縦穴は次に来る時まで封印したままの方がいいとジンは考えているようだ。では、このダンジョンをどうするかという話し合いがその場で行われた結果、
「じゃあ、『オラシオン』が最下層に到着してから、『暁の剣』と合同で探索を始めるということでいいな」
と言うことに決まった。普通なら、俺が中断した階層からだと数年はかかる計算だが、ジンたちが攻略中に作った地図を貸してくれるということで、長くても一年はかからないだろうということになり、それまでジンたちは待つと言った。
これは別に俺に遠慮しているというわけではなく、ダンジョンを攻略したことでしばらくの間は周りが騒がしくなるだろうし、元々長年の疲れを癒すという目的で長期休養を取る予定だったということだ。まあ、俺だったら休養よりも新しいダンジョンを優先させると思うし、それはジンたちも一緒だと思うので、なんだかんだ理由を付けて遠慮しているのだろう。
「俺も四か月後には婚約発表があるし、それまでには最下層に到着できるように頑張るか」
「いくら地図や情報があっても、普通は四か月そこらで最下層までの数十回層を踏破できるわけはないんだが……まあ、テンマだからな。それにマーリン様もいるし」
俺とじいちゃんがいれば、周りも納得するだろうということらしい。さらにジンは、「何か言われたら、少しのアドバイスで最下層まで到着した化け物だと言っておく」とふざけていた。
「じゃあ、王都に戻るか」
「そのことだがな、テンマ……陛下への報告はお前の方でやってくれ。そもそも、新しいダンジョンを発見したのはテンマ一人だし、俺たちは一回目の探索に加えてもらえるだけで十分だ」
と、ジンが言い、ガラットたちも頷いていたが、
「本音は、短期間で二度も王様たちに囲まれるのはきついというところか?」
そう指摘すると、ジンたちは揃って頷いた。
新しいダンジョンの報告となると王様たちだけでなく、王城にいる多くの貴族たちの前に立つことになるだろうし、貴族に慣れていないジンたちがきついと言うのは分かるので、俺とじいちゃんで報告することにしたが……俺も出来ることなら面倒くさいことはしたくはないが、サンガ公爵やサモンス侯爵のような明確な味方がいる分だけ気は楽だろう。
「まあ、そっちは引き受けるけど、王都までは来てもらうぞ。もしかすると、ジンたちにも話を聞きたいとか言い出すかもしれないからな」
「それは……まあ、分かっているけど、出来るだけそうならないようにしてくれよ」
ジンは目の前で手を合わせて懇願し、ガラットたちもそれぞれ頭を下げていた。
「出来る限りはやってみるけど、王様は思い立ったらすぐに行動するから、非公式で会うくらいは覚悟しておけよ」
うちで寝泊まりする以上、王様たちの突撃は諦めなければならない。そのことを言うと、ジンとガラットは王都に着いたら宿屋を探そうとか言い出したが、リーナが「それだと、陛下たちに会いたくないから宿屋に移ったと思われます」と言ったので引き続きうちに留まることになった。まあ、リーナの言う通り逃げる為に宿屋を探すというのは間違っていないし、それくらいで怒るとは思えないが、他の貴族から不敬であると責められそうだ。
「それはそうとテンマ、新しいダンジョン以外で何か収穫はあったのかのう?」
一番近いワープゾーンに移動していると、じいちゃんがそんなことを聞いてきた。なので、最下層には特に珍しいものは見つけられなかったというと、
「ふむ……ヒドラくらいの強力な魔物がいたのなら、ミスリルくらいはあってもおかしくないような気もするがのう……」
「その代わりと言うわけじゃないけど、シロウマルたちがミノタウロスを仕留めてた。あんなでかいのがダンジョンにいるのは不自然極まりない気もするけど、そこのところはどうなっているんだろうね?」
じいちゃんはミスリルが無いのは腑に落ちないという感じだったが、ミノタウロスの話を聞いてすぐに頭の隅に追いやったようだった。
「久々に聞く名前じゃな。肉は固いが素材の使い勝手はいいし、何よりあれの筋には何度か命を救われたのう」
何でも昔の冒険者の中には、ミノタウロスのような大型の魔物の筋を干したものをいくつか冒険に持って行き、いざと言う時の非常食にしていたのだそうだ。そのままではあまり味もしないし噛み切れもしないが、ガムのように何度も噛むことでいくらか空腹が紛れるのだそうだ。他にも、長時間煮込むことで柔らかくなり料理に使うことも出来るそうだが、何時間も煮込まないといけないそうなので、冒険中はお勧めしないということだった。ちなみに、柔らかくなっても味はいまいちなので、平時であってもお勧めしないとのことだ。
「どこから現れるかは知らんが、ダンジョンの中だと厄介な相手だよな。狭い通路に陣取られると、そのでかい図体のせいで後ろが取れないからな」
ジンたちの連携ならミノタウロスの一体や二体敵ではないだろうが、通路に陣取られて正面からの戦いとなると、ミノタウロスの頑丈さと剛腕に苦戦するのだろう。
「何にせよ、使える素材が手に入ってよかったじゃないか」
ジンの言う通り、ミスリルが手に入らかったのは残念だが、ミノタウロスの素材が出に入ったのは嬉しい誤算だ。これはシロウマルとソロモンのいらずらを許して、なおかつおやつを腹一杯食べさせてもいいくらいのお手柄だろう……まあ、許しておやつを食べさせるのは、もう少し反省させてからにするけど。
「それにしても、テンマ。新しいダンジョンを見せるのに、なんで怒ったふりをして私たちを連れ出したんだい?」
メナスは俺がギルドで怒ったふりをしていたことを思い出して、腑に落ちないと言った感じで聞いてきた。
「あんな感じで怒っているふりをしておけば、他の冒険者はジンかガラット、もしくは『暁の剣』が揃って何かやらかしたと思うだろ? そうなれば、誰もダンジョンの最下層の下に、もう一つダンジョンがあるとは思わないだろうし」
もしあそこで新しいダンジョンのことを話してしまったら、大発見ということで大騒ぎになるだろうし、ギルド職員が確認の為に最下層に連れて行けと言い出す可能性があった。他にも、手付かずのダンジョンに夢を見て、無理に最下層を目指そうとする馬鹿が現れるかもしれない。
ギルド職員を最下層に連れて行きたくないと言うのと、冒険者を無駄に死なせたくないというのが、ジンたちが俺に依頼してきた最初の理由なのだ。それを考えると、新しいダンジョンの発見は、最初に王様に報告して、何か対策を立ててもらうのが一番いいと思う。もっとも、ギルド職員のことはともかく、冒険者が死ぬのは完全に自己責任だとは思うが、少しでも面倒くさいことを減らすつもりならば、情報は与えないのが一番だ。
「それはそうだけど……なんか納得がいかないねぇ……」
自分たちが俺に怒られるのはいつものことだと、他の冒険者に思われるのは癪に障るみたいだが、思い当たる節があるみたいでそれ以上は言わなかった。まあ、メナスとリーナを怒ったのは回数はそれほどではないが、ジンとガラットは正座させたり地面に埋めたりと、目立つような怒り方を何度もしてきたので、俺が腹を立てながら『暁の剣』を連れて行ったとなれば、間違いなく見ていた冒険者たちは勘違いしてくれるだろうと考えたのだ。
「恨むなら、ジンとガラットの日頃の行いを恨んでくれ。それじゃあ、地上に戻って帰る準備をするぞ。予定通り明日の朝には出発したいからな」
急ぐのなら今すぐに……とも考えたが、今から出発してもあと数時間で日が暮れるし、新しいダンジョンの情報は早く王様たちに伝えた方がいい報告なのは間違いないが、緊急性がある報告と言うわけでもないので、予定通りの行動にするのだ。
その説明でじいちゃんもジンたちも納得し、今日はどこで食べるかなどと話していた。まあ、深酒はしないとは思うが、食事の前に一言言っておいた方がいいだろう。
「ところでテンマ、ヒドラのどこの部分が欲しいんだ?」
ワープゾーンに向かう途中で、ジンが思い出したように聞いてきた。
最初は、ヒドラの皮は期待できないと思っていたので骨を貰おうかと思っていたが、ヒドラの再生力のおかげで俺にも回ってくるくらいの量が取れそうだったので、皮がいいかとも思ったが、ちょっと試してみたいことが出来たので、ヒドラの筋を選ぶことにした。筋なら、他の素材に比べて使い道が少ないので、ヒドラの大きさを考えれば、俺が必要な分以上に譲ってもらえるかもしれない。
「そんなんでいいのか? 俺たちは弓を使わないから必要ないし、陛下も筋のことは言わなかったから、陛下がいらないというのなら好きなだけ持って行っていいぞ」
さすがに全部貰って行くのは気が引けるので、いくらか代金は支払うつもりだが、王様たちとの交渉次第では十分な量が手に入るかもしれない。
「テンマ……一応聞いておくが、ヒドラの筋を食べるつもりではないのじゃな?」
などと、じいちゃんが心配そうに聞いてきた。そしてジンたちも、気になったのか心配そうな顔をしている。
ヒドラの筋に毒があるかは分からないが、ほぼ全身にあるので食べない方が無難だろう。まあフグのように、「毒はあるが適切な処理をすれば美味しい!」と言う可能性も捨てきれないが……それは、こっそりと一人で試してみよう。俺は毒には強いし、これは生物学的に価値のある実験なのだ! ……と、バレたら説明しよう。
「するわけないじゃん」
「テンマ……正直、信用出来ん。自分で試すくらいならいいが、間違っても他人……わしで実験をするんじゃないぞ」
俺が嘘をついているとじいちゃんはすぐに見破り、実験に関して条件を付けてきた。その様子を見ていたジンたちは、じいちゃんの後ろに移動して何度も頷いていた。
「そんなことしないって。でも、牛すじの煮込みとか、牛すじの出汁を使ったスープとか美味しいよね……いや、他意はないけどさ」
その言葉を聞いたじいちゃんたちは、俺を警戒しながら一歩二歩と下がった。ジンたちがいるうちに、一度は牛すじの煮込みやスープを出してみよう。きっと、面白い反応をしてくれるはずだ。
ジンたちの反応を思い浮かべていると、つい顔がにやけてしまったようで、気付いたらじいちゃんとジンたちが、先程よりもさらに離れていた。
「ふざけるのはここまでにして、さっさと上に戻ろうか。腹も減ったし」
そう言ってワープゾーンへ向かうと、じいちゃんたちは俺から少し距離を取りながらついてきた。
本当に腹も減ってるし、筋の話をしていたら何となくおでんのようなものが食べたくなったので、今日食べに行くところに煮込み料理があれば必ず頼もうと、後ろを振り返った時に何となく決めた。