第16章-6 ヒドラ回収
「こんちはー」
「久々だな。どうした?」
ケリーの店にやってきた俺は、早速思いついたアイディアを話し、実際に製作可能かを尋ねた。
「まあ、出来ないことは無いな。ただ問題は、ゴーレム核の出力だな。こればかりはいくら改良したとしても、テンマの考えている方法だと動かすのは難しいと思う」
エイミィのゴーレムを作った時は、まず初めに骨のようなゴーレムを作り、そのゴーレムに肉体代わりの装甲を付けて、最後に全身を魔物の皮を張り付けて完成させた。この方法が現状では一番汎用性が高いゴーレムなのだが、今回はさらにその上に鎧を装備させるのだ。
ケリーには、エイミィのゴーレムに鎧を装着させたものを作るとしか言っていなかったので、出力の心配をされたのだ。
「それだけど、装着させる鎧もゴーレムにする。さらに、中身と鎧のゴーレムには、ゴーレム核の数も含めてワイバーン数匹分の魔核を使う使うつもりだ」
エイミィのゴーレムに使った核も、数あるゴーレムの中からいい出来のものを選んだが、今回のものは素材からして厳選し(Aランク並の魔物の魔核)、さらにそれを数匹分使うのだ。
中身だけでエイミィのゴーレムを上回る出力は確実なのに、鎧の分が上手く機能すれば、数倍の力を発揮できるかもしれない。イメージ的には、ゴーレムにパワードスーツを装着させるような感じだが、そんな単純に掛け算のような性能にはならないかもしれないが、鎧に補助的な能力が備わっていると考えれば、中身だけよりも強くなれるだろう。
「鎧もゴーレムにするってことは、二体分で一体のゴーレムを作るということかい? 全く、とんでもないことを考え付くね」
「いや、二体のゴーレムを一体にはするが、核を二個に魔核数個分を使うつもりだから、魔核で数えれば、数体分で一体を作る感じかな?」
中身と鎧で二個の核を使い、ゴーレムの強化の為にいくつかの魔核を砕いて使うつもりだ。なので、一体のゴーレムに魔核が一個必要だと考えれば、今回のゴーレムには一体に数体分の魔核を使うということになる。
「とんでもないことじゃなくて、馬鹿みたいなことを考え付いたみたいだね。まあ、これまでテンマが作ったゴーレムのことを考えれば、成功率が高そうな馬鹿みたいな考えだけどね」
呆れた様子のケリーだったが、使った核の総量だけで言うのなら、ライデンやギガントの方が多いので、似たようなものはすでに成功させていたとも言える。
「それで、私が担当するのは鎧の製作と言うことでいいのかな?」
「ああ、頼む。俺でも作れないことは無いだろうけど、中途半端なものになるくらいなら、本職に頼んだ方がいいものが出来るからな」
俺よりも腕の悪い鍛冶師しか知らないのならば、自分で作るしかないが、幸い俺よりも腕がよくて信頼できる鍛冶師を二人知っているので、その中でもより信頼できる方に頼むのだ。ちなみに、もう一人はガンツ親方だが、親方の場合、興が乗りすぎると暴走してしまうので、俺では制御不能になってしまうのだ。しかも、ほぼ間違いなく俺も巻き込まれてしまう……その点で、ケリーよりも信頼度は下がる。
「まあ、面白そうだから頼まれなくてもやらせてもらうが、ゴーレム専用の鎧となると中身に合わせて作るしかないから、テンマが中のゴーレムを作ってからになるけどな」
「まあ、その通りだけど、素材とか報酬の話とかはしないといけないしな。それで鎧だけど、フルプレートタイプで素材はミスリルかアダマンティン、もしくはオリハルコン」
「ちょっと待ちな! ミスリルなら何とかなるかもしれないが、アダマンティンとかオリハルコンは、全身鎧にするほどの量はそう簡単に手に入らないぞ!」
アダマンティンとかオリハルコンで全身鎧を作ったら、それこそ国宝クラスの逸品だ! ……と言うことらしいので、ミスリルと魔鉄を大量に集めてもらうことにした。
「この時期なら、ミスリルは比較的集まりやすいから、百kgくらいなら簡単に集まるだろう。他にもゴーレムに使えそうなものがあったら、集めておこう」
この時期(武闘大会中)は大会の賭けやオークションの資金を得る為に、武器や防具、宝石類に金属類といったものが大量に売り出されるそうだ。ケリーは知り合いや金属を専門に扱う業者を回れば、ミスリルは集まるだろうとのことだった。
「頼む」
「おう! 任せておけ! 鎧の材料は集めておくから、テンマはなるべく早く中身を作るんだぞ。あと、材料費は後で請求するからな」
後でいくら請求されるか分からないが、ケリーが集めると言ったら意地でも集めるだろうから、相場を超える金額になるかもしれないが……お金はあるから大丈夫だろう。
「なら、遠慮しなくていいな」
お金のことを伝えるとケリーは、「いいことを聞いた」と不気味に笑い、後のことを従業員に任せると言って店を飛び出していった。
ケリーの店を訪れてから数日後、
「疲れた……」
「これなら、もう一度ヒドラに挑んだ方が……」
「私はどっちも嫌だね」
ジンたちの王様への謁見が無事終了した。俺は付添人と言うことで、王城まではジンたちと一緒に来たが、謁見の間までは同行が許されなかったので、控室で待たされることになった。まあ、そうなるように王様たちに頼んでいたので、ジンたちが苦労している間はのんびりさせてもらうつもりだったのだが……ティーダとルナが遊びに来たので、少々騒がしかった。ただ、二人は俺とプリメラの婚約のことは知らされていないらしく、控室にいる間に婚約の話題が出ることは無かった。
「それにしても、リーナは余裕そうだな? 昔の経験が生きたのか?」
「昔の経験が生きてよかったです!」
さすが元貴族と言うことなのだろう。お偉いさんとの面会は慣れているのかと思ったら、
「ああいう時は、こちらの代表に任せるのが一番ですからね! ジンさんたちの少し後ろで、大人しく空気になっていました!」
ジンたちを盾にしていただけのようだ。まあ、確かに経験が生きたのだろう。薄情だが、ある意味で正しい選択だ。
「薄情だな」
「薄情だね」
「ガラットさんとメナスさんも、大人しくジンさんの後ろにいればよかったんですよ。私たちの中ではジンさんだけが名誉とはいえ爵位持ちですから、後ろに控えるのはおかしなことではないのですから」
「「なるほど!」」
ガラットとメナスが納得したことで、今後同じようなことがあった場合、ジンが代表と言う名の生贄にすると決めたみたいだ。
「絶対に、納得なんかしてやんねえからな! 次にこんなことがあった時は、お前たちにも話題がふられるようにしてやる!」
ジンもジンで、自分だけが矢面に立つのは避けたいようで、リーナたちを逃がさないと決めたようだ。
「まあ、醜い争いはそこまでにしておいて……今後もジンたちは忙しくなるだろうな」
ジンたちは俺の言ったことがよく分かっていないみたいだが、
「ジンたちは全員独身で、将来的に爵位と報酬が約束されていて、現状でも十分な名誉を得ている……独身の貴族や、宣伝目当てで名誉が欲しい貴族や商家みたいなのにしてみれば、『暁の剣』は狙い目だよな」
と言うと、ジンとメナスが慌てだした。ガラットとリーナは嫌そうな顔をしていたが、慌てた様子がなかったので聞いてみると、
「俺、故郷に将来を約束した人がいるから」
「私の場合、貴族としての私を欲しいとなると、実家や実家の上役の貴族……うちだと、サンガ公爵家に話を通さないといけないと思うので、馬鹿は途中ではじかれるでしょうし、爵位を貰う時は私もいい年したおばさんになっているはずなので、大丈夫でしょう」
「なら、私もあまり気にしなくてよさそうだね」
リーナの説明に、メナスは安心したような顔になったが、メナスとリーナでは条件が似ているようで似ていないので、名誉だけを欲しがるところはメナスに粉をかけてくる可能性は十分に考えられる。まあ、考えられるだけなので、指摘はしなかったが……そんなことよりも、驚きの発言がガラットから飛び出てきた。
「ガラット……婚約者がいたのか?」
「ん? ああ、テンマには言ったことがなかったな。一応いるぞ」
何でも数年前に故郷に帰った時に、ガラットは幼馴染……と言うか、子供の頃に面倒を見ていた女性に告白されたそうだ。
「昔故郷を飛び出す少し前に、『大人になったら結婚して』と言われたんだ。その時は冗談だと思って軽く返したんだが、本気にして恋人も作らずに待っていたんだ。それで、婚約することになったんだが……お互いの年齢的に、そろそろ身を固めないととは思っているんだがな……」
色々な事情があって、結婚は先延ばしになっているそうだ。今回のダンジョン制覇で、セイゲンにその女性を呼ぶか迷っているらしい。
「ちっ! 爆ぜてしまえ!」
「あの子も、何でこんなのを選んだんだか」
ジンとメナスもその女性を知っているそうで、ジンは面白くなさそうに、メナスは不思議そうにつぶやいていた。
「子供の頃に面倒を見ていたとかいうけど、何歳差なんだ?」
「ええっと……確か、十歳差だったな」
「それで、ガラットが故郷を飛び出した時の年齢は?」
「十五だ」
つまりガラットは、十五の時に五歳の子供にプロポーズされて、了承したということになる。
「ジン、メナス……お前たちの故郷は、それが普通なのか?」
「そんなことあるわけないだろうが!」
「いたって普通の田舎だよ! ……まあ、私たちを村の宣伝に使って客を呼び込もうとするのには困ったもんだけど、基本的には王都と同じような恋愛観や結婚観を持っているところさ」
それを聞いて、ガラットがそんな性癖なのかと、一瞬思ったが、
「これが今の話だったら、ガラットを袋叩きにしてでも更生させるが、相手は立派に成長した成人の女性だからな。思うところはあっても、今更文句は言えん」
「さすがに、今五歳の女の子に手を出そうとしているというのなら、ナニを切り取ったうえで袋詰めにして、ダンジョンの奥深くにでも捨ててくるんだけど、もう過去の話だからね」
二人共、心底残念そうに呟きながら、何かを握りつぶすような手つきをしている。それを見たガラットは、顔を青くして俺の後ろに逃げてきた。
「ガラットのナニを切り落とそうが握りつぶそうが焼き尽くそうがかまわないが、それは外でやってくれ。街中でやると、俺まで王様たちに怒られるから」
『暁の剣』の問題には手出ししないということにして、とりあえず街中でだけは止めるように言っておいた。
「それで、いつダンジョンにヒドラを回収しに行くつもりなんだ?」
後ろで警戒しているガラットは無視して、ジンにいつセイゲンに行くの聞くと、すぐにでも行きたいとのことだった。
「ほとんどの素材をほったらかしにしてきたから、さすがに心配でな。まあ、同業者が持って行くとは思えないが、上の階層にいる魔物が食い荒らす可能性があるからな」
ヒドラの体にはいたるところに毒があり、普通の生き物(人間含む)が口にすれば死ぬ可能性が極めて高いが、中には毒を食らっても平気な生き物もいるし、極限まで空腹な状態であったなら、毒と分かっていても口にする生き物もいるかもしれない。
「肉だけ食ってくれるのなら放っておいてもいいが、皮や爪と言った素材になる部位を食われてはかなわんからな」
ヒドラは解体するときも毒に気を付けなくてはならないので、一番量のある肉が減るのなら大歓迎ということらしいが、素材を駄目にされては赤字となるので、出来るだけ早くということらしい。
「それじゃあ、明日にでも出発するか? ライデンを急がせれば、三~四日でセイゲンに到着できるぞ。まあその分、休憩時間はあまり取れないし、一日のほとんどを移動に使うことになるが」
夜間以外の休憩以外を移動に使えば、通常の半分ほどでセイゲンには着く。疲れるのであまりやりたくはないが、素材のことを考えたら一番いい方法だろう。
「それで頼む」
「その代わり、ジンたちにも御者を手伝ってもらうからな」
ジンたちも御者を手伝うことを約束してくれたので、人手に関してはすでに十分揃ったことになる。後は……
「私も行く!」
「お嬢様が行くのなら、私も」
「わしも興味があるのう」
「皆が行くのなら私も行きたい」
「当然、私もです!」
依頼に付いてこようとするアムールたちをどうするかだった。予定では、ヒドラの解体方法を知っているというじいちゃんだけに付いてきてもらうつもりなのだ。一応今回は、俺が個人で受けた依頼であり、ダンジョンの最下層に行くのは最低限の人数に絞った方がいいと思いその説明もしたのだが、アムールたちは納得しようとはしなかった。だが、
「安心せい。わしがついて行く以上、変な虫は近寄ってこんわ!」
というじいちゃんの言葉を聞いて、アムールたちはようやく同行を諦めた。
「とにかく、明日の朝には出発するから、帰って来るのは十日後くらいになると思う」
行きと帰りに八日、ヒドラの回収に一日、予備日に一日という感じの予定だが、何か予想外のことが起こったらもう少し伸びるということを伝え、それぞれ明日以降の準備に取り掛かることにした。
「いやぁ……テンマといると、移動が楽だな。それに、こんな時でも快適に過ごせるしな」
王都を出発してから四日後、俺たちは予定通りセイゲンに到着した……まあ、ギリギリ日付が変わる前なので、到着したとはいえセイゲンの外で野宿中だ。
「セイゲンに入れなかったとはいえ、私たちだけで移動するよりも半分以下の時間で着いたわけだし、寄り道したおかげでこんなご馳走にありつけるんだから、野宿ぐらい何ともないね」
セイゲンの目の前で野宿することになった理由は、セイゲンへの最後の休憩地に川の近くを選んだのが事の発端だ。
川の近くで俺たちは、昼食とちょっとした休憩を取ってから出発する予定だったのだが、出発直前になって俺が遅れの原因となるものを発見してしまったのだ。それは、
「それにしても、このスッポン鍋美味しいですね。それに、肌にもいいと聞きますから、最高の料理です!」
スッポンの群れを捕獲したからだった。
捕獲したスッポンの大きさはまちまちだったが、最大で体長二m超えの推定体重二百kg超えという、ドでかいスッポンだった。ちなみに、調理したのは捕獲した中でも小さい方のスッポンだったが、それも一m近い大きさがあった。
スッポンたちは川べりに折り重なるようにして日向ぼっこしていたのだ。まあ、周囲の警戒はしていたようで、少し近づいただけで何匹か川に逃げ込んだがまだ十匹以上残っていたので、俺に注目を集めている間にスラリンに忍び寄ってもらい、まとめて一気に捕獲したのだ。
スラリンの奇襲で捕獲できたのは全部で十匹だったが、そのうち明らかに若い四匹の個体(それでも、五十cmはあった)は逃がしたが、残った六匹でも総重量が優に五百kgは超えるという大漁だったのだ。
「泥抜きが足りないせいで少し臭いけど、その分香辛料をたっぷり使ったから、これはこれでいけるな」
スッポン鍋の出来を自画自賛しつつ、食事を進めたのはいいが……周辺で同じように野宿している人たちには少し悪いことをしてしまったかもしれない。泥臭さを抑える為に香辛料をたっぷり使ったせいで、かなり広範囲に食欲をそそる匂いが広まってしまったのだ。そのせいで時折、俺たちに恨めしそうな目が向けられてきている。まあ、俺たちの近くにシロウマルがいるし、馬車の目立つところにオオトリ家の家紋が入った旗を掲げているので、近づいてくる者はいないのが救いだ。もっとも、悪意を持って近づいてきたとしても、このメンバーなら万が一のことは無いだろう。
「今日は早めに寝て、明日の朝早くからダンジョンに潜るということでいいな。セイゲンのすぐそばだし、ゴーレムを立たせておけば皆が同時に寝ていても問題はないだろうな」
こんなところで襲い掛かって来る奴はいないだろうし、いてもゴーレムを出しておけばすぐに対処できるだろう。それよりも、明日は最下層に行くのだから、少しでも疲れは残さない方がいいということで、今回は見張りを立てないことにした。
「スラリン、シロウマル、ソロモン、お前たちも今日はバッグの外で寝てくれ」
さらにダメ押しで三匹をバッグの外で寝かせておけば、ゴーレムと合わせて分かりやすい牽制になるし、近づいてくる奴がいればシロウマルが気が付くだろう。
「これで万全と言っていいかな? それじゃあ、先に寝るからな」
じいちゃんとジンたちはもう少し起きているそうなので、俺だけ早めに布団に潜り込んだ。じいちゃんたちだけでなく、周囲でも酒盛りが行われているようで少し騒がしかったが、街の近くでの集団での野宿の時はたいていこんな感じなので、うるさいことはうるさいが、特に気になるということは無かった。
「テンマを連れて来て、本当によかったな……」
「だな……」
「私たちだけじゃ、確実に死んでたね」
「少し考えれば、簡単に想像できることでしたね」
ジンたちは俺が作業している間、四人揃って自主的に正座していた。
「こんな状態では、わしもあまり力になれんのう」
じいちゃんは申し訳なさそうなことを言いながらも、椅子とテーブルを出してお茶を飲んでいる。
何故こんなことになっているのかと言うと、ものすごく分かりやすく言えば、ヒドラが腐りかけていたからだ。ジンたちがヒドラを倒して半月と少しと言ったところだが、ヒドラの持つ何らかの酵素が腐敗を速めたようで、回収に来た時にはすでに肉は半分溶けかかっていて、ひどい悪臭を放っていたのだ。ヒドラの近くをネズミがうろついていたので、匂いと同時に毒を放っているという可能性は低いと思うが、念の為ヒドラから距離を取り、ゴーレムたちにヒドラの解体(皮を剥いで内臓を出しただけ)をやらせた。
「遠目で見た感じ、皮はそれほど傷んでないみたいだな。もっと焼け焦げていると思ったんだけど」
ジンたちの戦い方を聞いた感じでは、皮はもっとボロボロになっていると思っていたのだが、見た感じでは多少の焦げや穴、切り傷があるだけで、十分素材としての価値があると思う。それに関してはジンたちも不思議そうにしていたが、
「もしかすると、死んだ後で再生したのかもしれんのう……ヒドラは馬鹿みたいに再生力が強いから、心臓と魔核を抜かれても、ある程度の再生力は残っているのかもしれん」
というじいちゃんの推測を聞いて、皆納得した。何せ、前にライデンの基となったバイコーンを退治した時に、バイコーンが死んだ後で傷ついた皮に『ヒール』をかけて傷を消したことがあるからだ。バイコーンですら死んだ後でも回復魔法が効いたのだから、再生力の高いヒドラなら死んだ後で回復魔法をかけなくても、ある程度回復してもおかしな話ではないと思ったからだ。
ヒドラの再生力について話している間に、ゴーレムたちにヒドラの皮と内臓を地面に広げるようにして置かせた俺は、それらに対して水魔法で汚れや付着した毒に溶けた肉をかけて流していった。
ヒドラの内臓は、心臓や胃袋、肺や腸に膀胱は綺麗な形で残っていたが、腎臓や肝臓と言ったものは溶けてほとんど残っていなかった。あとついでに、毒が入っている『毒腺』も残っており、中にはたっぷりの毒が詰まっていた。しかも、ヒドラには毒を溜める場所が二つあり、一つは上あごの中にある空間で、もう一つは胃袋の近く(まあ、このヒドラは首が九つあるので、正確に言えば十か所である)だ。二つは細い管で繋がっていて、上あごの毒腺が空になったら、胃袋の近くの毒腺から補充されるのだと思われる。
「かなり粘り気があるから、毒の原液なのかな? じいちゃん、毒の原液っぽいのが百L単位であるんだけど、どうしたらいいと思う?」
少量ならそこら辺に捨てて、水で流せば問題ないと思うが、これだけの量となると、その方法ではしばらくの間この部屋が使えなくなりそうで怖かった。なので、じいちゃんに聞いてみたのだが、
「それだけの量となると、わしにも分らんのう……穴を掘って、その中に少しずつ捨てるくらいしか思いつかん」
じいちゃんもお手上げとのことだった。ちなみに、じいちゃんの時はどうしたのかと聞くと、何と半分燃やして危ないと感じ、残りは床にまき散らしてほったらかしにしたとのことだった。
「あの時は毒が気化して大変じゃった。全部を一遍に燃やしておったら、気化した毒で死んでおったかもしれんのう」
じいちゃんは昔を懐かしみながら言っているが、俺は若いころのじいちゃんはろくでもないことをしていたというアーネスト様の話は本当だったのだとしみじみと感じていた。まあ、口には出さなかったが、少量ずつなら燃やしても大丈夫なのではないかと思った時点で、俺も同類ということなのだろう。
「どう処理するかはおいおい考えるということで、とりあえずは小分けして保管しておくか。一応聞いておくけど、ジンたちはこの毒が必要だったりするのか?」
売ればそこそこの金が気にはなりそうなので一応聞いてみたが、ジンたちも売った後のリスクを考えるといらないとのことだったので、まとめて俺が保管することになった。ちなみに、売った後のリスクとは、自分たちの手から離れた後で悪用された時のことで、売った後でどのように利用されようが責任はないと言うことは出来るが、それでも自分たちの評判が下がることに繋がるので、そんな危険な橋は渡りたくないということだ。
一応、ヒドラの毒は貴重なので、売るとしても身元と使用目的がはっきりとした、信頼できる者しか相手にしない方がいいだろう。まあ、そんな相手に心当たりはないので、処分するのが一番安全な方法だ。
皮と内臓の余計な部分を洗い流した後は、本体の方も同じように毒や溶けかけの肉を強めの水流で十分に洗い流し、適当な大きさに切り分けてからマジックバッグにしまい込んだ。これが普通の獲物だったら、肉を骨から切り分けて、終わったらその肉でパーティーだ! ……みたいに騒ぐところだけど、ヒドラの肉にも毒があるということなので、大まかに肉を切り取った後で、肉が付いたままの骨を大量の水に漬けるか土に埋めるかして、時間をかけて残りの肉を腐らせるのが一般的なヒドラの処理と言うことらしい。じいちゃんが言うには長時間水や土の中にほったらかしにすることで肉は腐って無くなり、ついでに骨の中にある毒(脊髄にも毒があり、他にも骨の隙間に染みている)も抜けて、安全に加工が出来るようになるそうだ。
「骨は、肉が付いたままの状態で売りに出した方がいいじゃろうな。文句を言う奴も出てくるじゃろうが、ヒドラのものじゃと証明するには、それが一番じゃからな」
一応表面に付いた毒は洗い流したし、例え素手で触ったとしても、短時間だったり手に傷があったりしなければ、少しかゆくなる程度で済むらしい。まあ、長時間握りしめたり、かじったりすれば死ぬこともあるそうだが、そこは扱う者の自己責任ということだ。
「それじゃあ、後は汚れたところをどうにかすれば終わりかな? この後、少しこの辺りを調べようと思うんだけど、じいちゃんとジンたちはどうする?」
新しいゴーレムに使うミスリルがないか探してみたいので、ジンたちも一緒に探すかと聞くと、一度軽く調べた後だし、武器の手入れもしたいので戻るということだった。じいちゃんも、腹が減ったので一度戻ると言って、ジンたちと一緒に帰って行った。
集合場所はエイミィの実家がやっているアパート(前に俺が使っていたところを、ジンたちが借りている)で、俺とじいちゃんが寝泊まりに使う馬車も、敷地内に置かせてもらえるように話しておくということだった。集合時間は決めていないが、最悪明日の出発前に揃っていたらいいので、それまでは自由時間と言うことになった。
「それじゃあ、張り切って探すか」
ヒドラの処理をした時に出来た血だまりや毒だまりに、洗い流されて出来た腐った肉の溜まりの上に土をかぶせ、ゴーレムたちに踏み固めさせて処理をした。かなり適当なやり方だが、今のところ最下層には俺やじいちゃんにジンたちしか来れないので、他の冒険者が来る頃には毒は分解されて無くなっているだろう。後は俺たちが、踏み固めたところの土を触ったりしなければいいだけなので、これで十分なはずだ。
「あわよくばミスリルでも……と思ったけど、鉄しか見つからないな」
最下層はヒドラが根城にしていただけあって、球場何個分かというくらいの広さがあった。
「それにしても、虫以外に生き物を見かけないけど、ヒドラは何を食って生きていたんだ?」
空気中の魔力を食べて……とかでは、あの巨体を維持できるとは思えない。上の階から、何かしらの方法で魔物をおびき寄せているというのが一番可能性が高いように思えるが、そもそもその餌となる魔物がどうやってダンジョン内に発生するかも詳しく分かっていないのだ。
「何か、深く考えたら頭が痛くなりそうだな……そろそろ切り上げるか」
今度来る時は、今回のような裏技ではなく正規のルートを通って来ようと思い、地上に戻ろうと採掘をやめようとしたところ……何となく怪しいところを見つけてしまった。
その場所は入り口とは正反対の位置にあり、そこだけ大きな岩が積み重なっているように見えるのだ。たまたまそのように見えるのかもしれないが、もしかしたらヒドラが寝床にしていたのかもしれないので、ちょっと様子を見に行くことにした。そして、
「この下、絶対何かあるよな……」
岩の下から湿った空気と共に、肉が腐ったかのような臭いが上がってきていて、さらには何かが動くような音がしているのだった。