第15章-8 兄妹の上下関係
予約投稿を忘れていました。
申し訳ありません。
「試作品はこんなもんかな?」
ようやく形になった試作品……改良型車椅子の座り心地を確かめながら、軽く動かしてみた。
「前世のものと比べるとまだまだだけど、それでも以前使ったやつとは雲泥の差だな」
前世のものを思い出しながら形を作り、椅子に板バネを入れてタイヤにカエルの皮を使ったので、衝撃はかなり抑えられている。ただ、ブレーキが無いので坂道は危険だし、自分で動かせるようにハンドリムを付けたのはいいが、本体が重いので力の弱い人には動かし辛いと思う。
「まあ、試作品だからこんなもんだということにして、次は軽量化かな?」
最終的にはゴーレムを組み込んで自動操縦できるようにしてみたいが……今は前世のものと同じようなものを目指すことを目標にしよう。
「何やら、おかしなことを企んでいるようじゃのう」
「ノックくらいしてよ、じいちゃん」
いきなりドアが開いたと思ったら、じいちゃんが入って来るなり呆れたような顔で声をかけてきた。ノックに関しては、何度かやったが俺が気が付かなかっただけとのことだった。
「それでこれは……車椅子じゃな。市販のものと大きくは変わっておらんが、ところどころ手が加えられておるのう」
じいちゃんはかってに試作品に座り、適当に動かし始めた。
「何年かしたらじいちゃんは世話になるかもしれないから、今のうちから慣れておくのもいいかもね」
「わしは死ぬまで自分の足で歩いてやるわい! ……まあ、それはそれとして、乗り心地は悪くはないのう。じゃが、少し重いみたいじゃな。本来使う必要のある病人・怪我人には、ちとつらいかもしれんのう」
じいちゃんも重さが気になったようで、問題点として挙げていたが……全く重さを感じさせない、力強い動きで車椅子を操っていた。
「次の課題は、やっぱり軽量化だね。それから、耐久性かな?」
「それがいいじゃろうな……ところで、なにゆえ車椅子を作っているのじゃ?」
「いや、まあ……最近、色々と忙しかったから、自分の時間が少なかったもんで、一日二日はゆっくりしようかと思ってたんだけど……ぼーっとしてたら、ラッセル市のことを思い出して……」
「それで、時間があったら改良しようと思っていたのを思い出したというわけなのじゃな。そして、実行した、と」
「暇だったし……ね」
忙しかったから休息日にしたのに、その休息日で作業をすると言うのは矛盾している気がするが、気になった時点で放っておくと気が休まらないに決まっているので、試作品に没頭したことはストレス発散の意味で正解なのだ!
「まあ、リフレッシュできたのなら、休息日の意味はあったんじゃろう。それで、この試作品は、誰に見せるつもりなのじゃ?」
「ああ、これはザイン様のところに持って行こうかと思っているよ。何でも、医療系の学校を作りたいって言っていたし、何よりミザリア様の為になるからね。喜んで協力してくれるだろうし、その後のこともやってくれると思うから」
「『王族を利用するのは不敬だ!』とか騒ぎだす輩もおるじゃろうが、ザインは喜んで協力しそうじゃし、何より利益的にも王族にうまみのある話になりそうじゃからな。例えそれが、テンマにとっては遊びのようなものだとしてものう」
じいちゃんは茶化すような言い方をしているが、俺個人の楽しみとして作り、完成させた後で技術を死蔵させたままにするよりは、少しでも社会の役に立てることが出来る人に技術を渡した方がいいだろう! ……と言うことにしておこう。
「テンマ、お客様……って、何これ?」
俺を呼びに来たジャンヌが、部屋の中を車椅子で縦横無尽に移動しているじいちゃんを見て固まった。お客がどうとか言っている途中だったが、いきなり目の前に車椅子で遊びまくっている老人が現れたら、仕事を忘れてしまうのも仕方がないのかもしれない。
「ジャンヌ、お客って誰だ?」
「あっ! ごめんなさい。アルバート様たちとプリメラさんが遊びに来たから、食堂にお通ししているわ」
「分かった」と返事して食堂に行こうとすると、じいちゃんは車椅子が気に入ったのか、座ったままで移動しようとしていた。さすがにそれはどうかと思うので、強引に取り上げたが……完成品が出来たら、絶対に自分の分を作らせようという感じの目をしていた。
「待たせたな……って、三人とも、いつもより大人しいな?」
食堂に行くと、いつもはだらだらして居たり、勝手に飲み食いしていたりする三人が、大人しく椅子に座って待っていた……と言うか、怒られていた。
「お~っす。遊びに来た……ぞ?」
「いいですか、兄様。いくら親しい間柄だと言っても、案内される前に勝手に屋敷に入って歩き回るのは、次期公爵として相応しい行動とは思えません。親しい間柄だからこそ細かなところに気を配り、周囲から 付込まれるようなことは慎むべきです。サンガ公爵家に取って代わって、テンマさんと親しくなりたいという貴族はかなりの数存在するのです。友人だと思っているのなら、テンマさんに迷惑をかけないように気を付けるべきです。カイン兄様もリオン兄様も、よろしいですね!」
三人のいつもの行動が、プリメラからすれば信じられないことだったようだ。アルバートたちも、俺やじいちゃんから許されているからとはいえ、プリメラの指摘することの方が正しいので反論できずにいた。
プリメラは三人を叱ることに集中していて気が付いていないが、食堂のドアをやや乱暴に開けて、身なりのいい大柄な男性が話の直前に入って来ていた。
「ライル様、入り口で立ち止まらずに、中に入ってください。今日の私は、一日中シロウマルをモフると決めているんですか……ら?」
「それに、休みだからと連れてこられましたが、騎士の休日は体を休めることに使い、いざという時に十分に働くことが出来るようにする為のものです。ましてや、私は隊長として責任のある立場なのですから、休日と言ってもそれなりにやることがあるのです! ……それに、先に行き先を教えてくれていれば、もっとちゃんとした服を着たのに……それに、髪だって最近手入れがおろそかになっていて、荒れていますし……」
身なりのいい男性の後ろから、一般の騎士よりもはるかに責任のある立場の女性騎士も入ってきた。プリメラは、新たな登場者にも気が付いていない。
「二人共、邪魔! そんなところで立ち止まってないで、早く中に入ってよ!」
「うぉ!」
「うきゃっ!」
そして、三番目に現れた小柄な人物に押され、身なりのいい男性と責任のある立場の女性は、つんのめりながら食堂の中へと入ってきた。
「「「あ……」」」
プリメラは二人が押されてたたらを踏んだ足音を聞いて後ろを振り向き、初めて三人の存在に気付いた。そして、目が合った三人はどこか抜けたような声を出して、揃って数秒間固まっていた。
「え~っと……何て言うか、一応(ずいぶん前に)許可は取っているし声はかけたし、こういう気の置けない仲だと、周囲にアピールする意味もあってだな……」
「その~……テンマ君とは昔からの仲だし、ここでシロウマルたちと遊ぶことで、英気を養っているというわけで……それに、やることやってから来ているわけだから……」
「えっ? え~っと……違います! お二人に言っているわけではなく、兄たちに言っているわけで! 関係をよく理解していない人からすると、兄たちの行動はテンマさんを軽く見ている、もしくはそういう風に扱ってもいいと思っていると勘違いされかねないですから!」
二人はしどろもどろになりながらプリメラに言い訳をしているが、当のプリメラは二人に言ったつもりがなかった為、何を言っているのか分からないといった感じだったが、二人の言おうとしていることを理解した時、必死になって二人のことを言っているのでではないと説明したが、
「プリメラ! その答え方だと、あの二人の方が当てはまることが多い!」
「はうっ!」
と、アムールに突っ込まれて言葉を詰まらせていた。
「まあ、うちは割とそういう感じだから、プリメラもあまり気にしないでいいぞ」
そう言うと、ライル様やクリスさんだけでなく、アルバートたちも頷いてプリメラを落ち着かせようとしていたが、
「うむ。じゃが、親しき中にも礼儀ありと言うのは賛成じゃ。ぜひとも、アレックスの奴にも言ってやってくれ!」
「無理です! 死んじゃいます!」
と、じいちゃんが茶化した為、プリメラが半泣き状態になってしまった。ちなみに、『死んじゃう』とは不敬罪などで死刑になるという意味ではなく、驚きと緊張などで心臓が破裂するという意味らしい。
「ところで、ルナはどこに行った? 二人が食堂に入ってきたところまでは、確かに居たはずだけど?」
ルナのことだから、食堂の異変に気が付いて退散したのだろうけど……年々隠密行動に磨きがかかってきている気がする。まあ、『探索』を使えば、屋敷内なら一発で見つかるけど、この様子だとシーザー様やティーダたちは苦労しているだろうな……とか思いながら『探索』を展開させると、
(いた。あんなところに隠れている)
すぐに見つかった。そこはルナのことを知っていると、最後の方にしか探しに行かないようなところだった。
「とりあえず、ルナのことだから呼んでも出てこないだろうし、探しに……は面倒くさいから、呼び寄せるか。ルナ! 早く戻ってこないと、今後おやつはなしだからな!」
廊下に出てそう叫び食堂に戻ろうとすると、ルナのいる方角からバタバタと足音が聞こえてきた。
「お兄ちゃん! それはずるいと思う!」
叫んで一分もしないうちに、ルナは食堂に飛び込んできた。
「いや、ずるくはない。いない人間に出すおやつは、うちには存在しない。そんなものがあったとしても、シロウマルとソロモンと、アムールとアウラが処理してしまう!」
「「無いとは言い切れない!」」
胸を張って言う二人に、よだれを垂らして決め顔をする二匹。
「おやつが食べたいのなら、うちに来たらまずは誰かにあいさつすること。分ったな」
「はい! ……なので、おやつをください!」
ルナは元気よく返事をし、おやつを請求しながら席に着いた。そんなルナをプリメラは唖然とした表情で見ているが、
「いつもの光景じゃな」
「平常運転ですね」
じいちゃんとジャンヌの言葉を聞いて、プリメラはさらに驚いていた。
「驚くのは分かるけど、これがうちのいつもの光景だ。その光景には、アルバートたちも含まれている。ちなみに、うちに遊びに来る客の中で、ルナと同じかそれ以上に変わった行動をするのがこの国の王様だ。すぐに慣れるのは難しいかもしれないけど、そんなもんだと思って諦めてくれ。あと、この国で一番こわ……権力を持っている人も来るけど、気を付けてくれ」
「おに~ちゃ~ん、は~や~く~お~や~つ~」
プリメラはもう一度ルナを見て、諦めたように頷いた。それを見たアルバートたちは、ようやく解放されると喜んでいたが……
「でも、それとこれとは別です。王家には王家の、サンガ公爵家にはサンガ公爵家のやり方があります。ですので兄様たちには、今後は心を入れ替えて、公爵家、侯爵家、辺境伯家の次期当主として、相応しい行動を心掛けてもらいます!」
ただ単に、諦めたのではなく、割り切っただけのようだった。その為、三人は王様たちの分まできつくなるのではないかと恐れていた……が、
「ちょっと待って! よくよく考えてみたら、プリメラが注意するのはアルバートだけでいいんじゃない? ほら、僕これでも、他家の次期当主なんだし!」
「そ、それもそうだな! 俺たちのことでプリメラに苦労させるわけにはいかないからな! 俺たちは自分で気を付ければいいんだし!」
「出来ないから言われてるのに」
アムールがボソッと呟くと、一瞬だけ二人の動きが止まったが、すぐに聞こえないふりをして無視することにしたようだ。アルバートは二人に対し、「俺を見捨てる気か!」と叫んでいたが、プリメラと目が合うと静かになった。
「カイン兄様、リオン兄様。お二人はお兄様と三人で一組なのですよ? お兄様だけと言うのは、不公平でしょう」
いつもとは違うプリメラに違和感を覚えたが、少し考えるとあの雰囲気に見覚えがあった。それは、アルバートに似ているのだ。詳しく言うと、アルバートがカインやリオンを道連れにする時の雰囲気に似ているのだ。多分、行き先も教えられずに無理に連れてこられ、先ほどのような目にあわされた仕返しをするつもりだと思う。
プリメラがどこまで本気で言っているのかは分からないが、多分そこまで酷いことにはならないだろう。何せ、ライル様やルナ……王家と同じことをやっている三人を批判するということは、遠回しに王家批判と取られてもおかしくないからだ。
ストレス発散中のプリメラはそっとしておくことにして、俺はルナのリクエストに答える為、おやつを作りに厨房へと向かった。俺の後に続いておやつ作りを手伝う為なのか、ジャンヌ、アウラ、レニさんに加え、戦力になりそうにないアムールとクリスさんまでついてきた……いや、最後の二人は逃げてきたと言うべきだろう。
足を引っ張りそうな者がいるとはいえ、それを補って余りある戦力を保有している為、作ろうと思えばニ~三十分もあれば、皆がお代わりしても余るほどのパンケーキを焼くことが出来る……が、俺たちはわざと時間をかけて、パンケーキを作っていた。出来上がりに一時間近くかかり、しびれを切らしたルナ(途中寝ていた)が厨房に突撃をかけてきたが、「皆が量を食べれるように、大量に生産していた」と言うと、コロッと機嫌を直していた。
大皿の上に大量に重ねられたパンケーキを数皿分食堂に運び込むと、丁度ライル様がプリメラと何か話しているところだった。プリメラは恐縮した様子だったが、ライル様はご機嫌な様子だったので、十分楽しんだ後で止めに入ったというところだろう。
プリメラがライル様に止められたことで解放されたアルバートたちだが、その後のおやつタイムでは、うちで見せたことのないくらいの綺麗な食べ方をしていた。まあ、リオンは苦手なようで苦労していて、何とか二枚目をお代わりできたくらいで、アルバートとカインは三枚目の途中まで食べたところで品切れとなった。三人と違い、いつも通りの食べ方をした俺たちは、各々四~五枚ほど(ただし、ジャンヌとプリメラは二枚)食べており、満足顔で食後のお茶を楽しんでいた。
「本日はご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」
アルバートたちでストレスを発散し、ちょっと奮発した夕飯を食べて、お風呂で疲れを癒したプリメラは、帰る時には上機嫌になっていた。その反対に、アルバートたち三人は疲れを溜めてしまったようで、辛そうな顔をしていた。まあ、実の妹と妹分的な存在に監視され、一挙手一投足まで気を配らなければならなかったので当然だろうが、自業自得の面が大きいので同情は出来ない。
三人は、プリメラの付き人のように帰って行ったが……四人一緒の馬車に乗っていたので、もしかするとこの後で説教されるのかもしれない。
後日。
「テンマさん、最近ルナの逃げ足と隠れる技術が上がって、なかなか捕まらないんですよ……」
遊びに来たティーダが、そんな愚痴をこぼしていた。
「それなら、まずは書庫や勉強部屋みたいなところを探すといいぞ。多分、ティーダたちなら、そういったところにルナは近づかないとか無意識のうちに考えて、最初に探していないんじゃないか? しばらくしてルナに、ティーダたちがすでに探したところに移動されでもしたら、ルナを見つけるのは容易じゃないだろう」
ルナをおやつを使って呼び寄せた時、ルナが隠れていたのは書庫だった。あそこだったら、ルナを知っている人ほど後回しにしてしまう。なので、そのことを指摘すると、ティーダは思い当たるところがあったようで、悔しそうにしていた。
「正直言って、僕はルナを馬鹿にしていました。勘だけで動いているルナの行動に、僕たちが空回りしているのだろうと……」
かなり酷い言い方だけど、普段のルナを見ているとそこまで考えて行動(今回のことも、本能で動いた可能性は残っているが)するとは思えないことの方が圧倒的に多いので、兄としては妥当な判断だったのかもしれない。
この日以降、ルナの捕獲率が格段に上がったのだが……しばらくするとルナの方もティーダたちの想像を超える隠れ方をするようになったので、徐々に五分五分になっていくのだった。
それと、車椅子の試作品をザイン様に見せたところ、ぜひとも協力させてほしいと言われ、改良型第一号が出来上がるまで毎日顔を合わせることになり、ザイン様は財務卿に就任してから、新記録となる量の仕事を滞らせることになるのだった。なお、改良型一号はミザリア様に送られることとなり、以前よりも王城でミザリア様を見かけることが多くなるのだった。