第15章-7 黒い(モフモフの)悪魔
「それで、テンマ君。感想は?」
予定された訓練日。予想よりも早く模擬戦を終えた俺に、サンガ公爵は念の為聞いておこうかと言った感じで模擬戦の感想を求めてきた。
「そうですね……状況にもよりますが、戦おうとは思わない方がいいと思います。少なくとも、一人二人の人数で勝ちを狙いに行けば、間違いなく死にます。三人なら、上手く戦えば時間を稼げるかもしれないと言った感じですね」
ケイオスのケースで考えれば、時間を稼げば相手が自滅する可能性がある。それを狙うしかないと言うのが、俺の出した結論だ。
「プリメラはどうでしたか?」
「プリメラと副官、その二人を魔法に長けた騎士が支援すれば、ケイオス相手でもいい勝負になるかもしれません。まあ、なるかもしれないと言うだけで、殺される可能性の方が高いと思いますが」
プリメラと副官は、近衛隊に入っても通用すると思うが、その他は一般の兵士よりましと言った感じの者が多かった。まあ、昔よりは連携の精度も個々の強さも上がっているようだが、ケイオスに対抗できるレベルではなかった。
「それは、連絡隊を結成しない方がいいということですか?」
「いえ、これからの訓練次第では、生き延びる可能性はかなり上がると思います。ただ、戦うのは最後の手段と言うことを徹底し、逃げる、もしくは生き延びるという戦い方を優先させる必要があると思います」
自分で言っておいてなんだが、第四部隊の多くはその戦い方は出来ないと思っている。何故なら、第四部隊は貴族出身の者が多い為、実力は他の部隊に劣っていても、プライドだけは他より高いと言う印象があるからだ。
「なるほど……テンマ君が思う、第四部隊に必要な訓練と言うのはどんなものですか?」
サンガ公爵の質問に、俺は間髪入れず、
「体力をつけることですね。次に筋力をつけることです」
と答えた。理想としては、化け物相手に走って逃げ切るだけのスタミナとスピードを身に付けることだがそれは無理だと思うので、せめてバラバラに逃げた時に最小限の犠牲で逃げ切るようにするべきだろう。
「非情かもしれませんが、誰かを犠牲にすることを前提とした戦法も組み込むべきだと思います」
「確かに、必要なことでしょうね……ところで、戦って勝てるようにするには、どうすればいいと思いますか?」
公爵は、囮を使わないで勝つにはどうすればいいかと聞きたいようだが、それはもっと単純な方法だ。それは、
「隊の単位を三人と考えた場合、アムール、近衛兵、エリザの技量を超える三人で組ませることが出来れば、勝ち目はぐんと上がります」
と、いうものだ。途中まではあの三人でケイオスを追い詰めたし、負けた最大の理由が油断と情報不足にあったと思うので、総合力であの三人を超えることが出来れば、勝つことは可能だろう。まあ、前衛としてはこの国でもトップクラスのアムールに、強さにおいて騎士の中で上位に入る近衛兵、魔法使いとしてかなりの実力を持つエルザを超える三人組は、近衛隊や王都の騎士団を合わせてもいくつ作れるのか? というくらいのレベルなので、第四部隊だけではどう考えても無理な話だ。
「それは……無理ですね。サンガ公爵領の騎士団をかき集めて、その中の上から選んでいけば何組かは出来るでしょうが、隊を作るほど集まるかは不明ですし、何より各地の戦力が大幅にダウンすることになります」
「他の案としては、単純に戦う数を増やすくらいですね。ただ、数が多くなればなるほど連携は取りにくくなりますし、連絡隊に必要な速度も失われると思います。なので、やっても三人一組を三隊で動かすくらいでしょうか?」
「そうですね。九人なら、訓練次第で連携も十分とれるでしょうが……それでも、人数不足には違いませんね」
九人で行動させると、今度は連絡隊の数が足りなくなってしまう。
「これは、ゴーレムで数を補うのも手ですね……あっ! 実は数年前から、我が家ではゴーレムを製作できる魔法使いたちの確保に動いてまして、最近数が揃い始めたんですよ」
俺のゴーレムを当てにしていると勘違いされると思ったのか、すぐに自前で用意できると付け足した。
「捨て駒としてはコストがかかりますが、人命を損なうよりはましです」
できればゴーレムを捨て駒にはしたくないだろうが、貴族出身者に死なれるとその実家がうるさいし、下手をすると離反ということも考えられるので、そんなことならゴーレムを犠牲にした方がましなのだと、サンガ公爵はため息をつきながら言っていた。
「ゴーレムの費用がかさばらないように、プリメラたちには訓練を頑張ってもらうしかありませんか……プリメラ! そろそろ隊員たちを起き上がらせなさい! 近衛隊や王都の騎士団の前で、いつまでも無様な姿を晒させないように!」
公爵は、いまだに地面に倒れこんだり座り込んだりしている騎士たちに檄を飛ばした。だが、すぐにその声に反応できたのは半数以下で、人数にすれば二十人に届かないくらいだ。
「し、失礼しました、公爵様。第四部隊、整列!」
プリメラが慌てて号令をかけると、先に立ち上がっていた騎士がまだへばっている騎士に肩を貸して、歪ではあるものの整列をした。
「陛下に敬礼!」
俺と公爵から離れたところにいる王様に向けて、プリメラたちが敬礼をした。それに対し、王様は軽く手を挙げて答える。
「なおれ! サンガ公爵様、テンマ・オオトリ殿に敬礼!」
続いて、公爵と俺に向けて敬礼をし、公爵は王様と同じように軽く手を挙げて答えたが、俺はどうしていいのか分からなかったので軽く頭を下げた。
俺が頭を下げたのを見て、プリメラは部隊を端の方に移動させて休憩に入った。
「サンガ公爵、無理を言ったようで申し訳なかった」
「いえ、あの者たちもいい経験になったことでしょう。公爵家の騎士とはいえ、地方都市の騎士団に所属していると、王城に来ることなどそうはないことですから。それなのに、陛下の前で剣を振るうことが出来たのです。あの者たちの自慢となるでしょう」
サンガ公爵がそう言うと、王様は鷹揚に頷いた。ここまでは王様も知っている流れだ。
「陛下、少しよろしいですか?」
そして、ここからが王様の知らない話となる。
王様に声をかけたシーザー様の後ろには、マリア様とライル様が立っている。ライル様はまだこれからのことを聞かされていないようで、普段と変わらない様子だった。
シーザー様に呼ばれた王様は、事前に知っていた話にはないことではあったが、特に気にした様子を見せずにシーザー様とマリア様に近づいた。そして、俺の見えないところまで連れて行かれ……そのまま戻ってくることはなかった。
「サンガ公爵、テンマ、ほったらかしにして申し訳なかった。陛下と軍務卿は、急な用事が出来たので席を外すことになった」
一人だけ戻ってきたシーザー様は、俺と公爵に謝罪の言葉を口にした。まあ、周囲に見せる為の芝居ではあるけれど。
「それにしても、この様子だと何かあった時に、連絡隊の被害が大きくなりそうだな」
「ええ、そのことをテンマ君と話していたのですが、今の状況だと隊の人数を増やして対応するか、捨て駒覚悟でゴーレムを使うかといった感じになりそうです」
「そうか、それは大変だな……まあ、たまには王城での訓練に参加させるといい。互いにいい刺激となるだろう」
シーザー様は、「これを機に、他の貴族たちの騎士も参加できるようにしてもいいな」と言って、ここにはいないライル様に今度提案してみようとも言って、王様たちが消えて行った方へと歩いて行った。
「まあ、実現はしないでしょうね。特に改革派は自分たちの戦力を知られたくはないでしょうし、参加させたとしても、中堅の騎士が来ればいい方でしょう」
実際にサンガ公爵も、ここに連れてきたのはグンジョー市騎士団の第四部隊……少し前まではお荷物のような扱いも受けることのあった騎士たちだ。別に実力を知られても、痛くもかゆくもない連中ばかりである。
「もっとも、うちとしてはありがたいですけどね。これでうちの騎士たちを参加させやすくなりますから。出来れば、他の貴族が参加する前に、それなりの実力を付けてほしいところですが……難しいでしょうね」
難しいというのは、第四部隊では力を付けるのに時間がかかりそうというのと、このことを知れば、サモンス侯爵はすぐに参加させると思われるからだそうだ。
「サモンス侯爵も連絡隊の話を聞けば、恐らく同じような部隊を作るでしょう」
この世界には伝令などを行う部隊はないのかと思ったら、あるにはあるそうなのだが、基本的に空いている一般の騎士が兼任するので効率が悪いのだそうだ。
「昔はあったそうですが、戦力としてあまりあてに出来ない上に、馬がかなりの数必要になるので、経費削減と言う名目などで、今はほとんどないようです。それに、ちょっとした連絡なら、冒険者が請け負いますからね。そちらの方が安上がりですし」
そう言われて、真っ先にテッドが思い浮かんだ。テッドのような魔物を使役して情報を運ぶ冒険者は、一度にかかる金銭は高く感じるかもしれないが移動手段は基本的に自前なので、馬などの飼育や管理に使われる費用が掛からず、冒険者によっては馬で移動する騎士よりも早く届き、道中で事故や事件に巻き込まれた場合、新たな騎士の補充や遺族への補償をしなくていいというメリットがある。まあ、情報が盗まれるといったデメリットも存在するが、重要な情報には冒険者を使わなければ済むだけの話なので、メリットの方が大きいように思える。
「ハウスト辺境伯領でのワイバーン騒動や帝国の侵略騒動のようなこともありますし、今回のような化け物騒動もあります。自前の連絡専門の部隊が必要な場面が、必ず訪れるでしょう。そのことを考えれば、多少の出費は仕方がありません」
そうだろうなと思った時、先程まで第四部隊と訓練していた広場に近衛隊が現れた。
「テンマ! せっかくだから、俺たちともやるぞ!」
大声で俺を誘ったのはジャンさんだ。今日は珍しく近衛隊の主力が勢ぞろいで、全員やる気に満ちているように見えるので、もし断っても逃がしてくれそうにはない。現に、クリスさんやエドガーさんが、俺を逃がさないように、背後に回ろうとしている。
「グンジョー市騎士団も、参加したい奴はいつでも入って来るといい!」
ディンさんがそう叫ぶと、まずプリメラが反応し、続いて副官、その後に十数人が立ち上がったが、貴族出身の騎士は最初の二人以外立ち上がれていなかった。
「それじゃあ、プリメラの相手は私がしましょうか」
「お願いします!」
クリスさんは、真っ先にプリメラを捕まえて俺から離れて行った。そんなクリスさんに続いて、近衛隊の女性騎士が第四部隊の女性騎士を同じように捕まえて、クリスさんの近くへと連れて行った。
第四部隊の女性騎士がいなくなったのを見て、他の近衛隊の騎士も次々と立っていた第四部隊の騎士を捕まえ始めた。
「それじゃあ、テンマ君はいつも通り私たちとやろうか?」
エドガーさんは爽やかな笑みを浮かべながら、ディンさん、ジャンさん、シグルドさんが待機しているところに連れて行くという、鬼畜の所業としか思えない行いをしようとしていた。
「いつも通りって言ってますけど、この組み合わせでやったことは無いですよね? 魔法ありでならいいですけど、どうしますか?」
「仕方がない。エドガー、お前は後で相手してもらえ!」
「いや、エドガーさんじゃなくて、ディンさんが抜けてくださいよ!」
「それじゃあ、シグルドも抜けろ! テンマ、それでいいな!」
それならと頷いたが開始直前になって、
(このコンビとはやったことがないけど……普通に考えてきつくね?)
と思ったが、後の祭りだった。魔法なしの場合、ディンさんとは五分五分に行くか行かないかくらいの成績なのに、そこにジャンさんが加わるとなると、勝ち目はゼロだった。これがディンさんとクリスさんみたいに、ジャンさん以外だったら、その人を盾にするなり武器にするなりとまだやりようがあるかもしれないが、ジャンさんがそんな隙を見せることは無く、ディンさんに徹底的に纏わりつかれ、その背後からジャンさんの一撃が襲い掛かってくるという、どう考えてもいじめとしか思えないような訓練をやらされた。
年長者によるいじめが終わったら終わったで、今度はエドガーさんとシグルドさん、それにクリスさんにプリメラの四人が向かってきた。それも、一息つく間もなく、奇襲をかけるかの如く襲い掛かってきたのだ。さすがにあのいじめの後だったので体力が持たず、防御するだけで精いっぱいだった。まあ、四人には押され気味ではあったものの、決定打は与えなかったので引き分けと言ったところだろう。
だが、ジャンさんから終了が告げられた後で、クリスさんが「形勢有利ってことで、私たちの勝ちね」とか言っていたので、「四人でかかってきて倒せなかった以上、クリスさんの負けでしょ」と言ってしまった為、クリスさんと距離を取りながらの睨み合いになったが、「文句があるなら、ディンさんとジャンさんに相手をしてもらってから言ってください」と言うと、クリスさんはディンさんとジャンさんに引っ張って行かれた。そして、俺と同じようにいじめられていた。
「クリスが悪いとはいえ、テンマ君もえげつないね」
「まあ、武闘大会で優勝してからというもの、クリスは少し調子に乗っているところがあったから、いい気味だけどな」
エドガーさんとシグルドさんはクリスさんを庇うことなどせず、静かにクリスさんがやられているのを見ていた。
「テンマさん、大丈夫ですか?」
「疲れはしたけど、大した怪我はないし……まあ、大丈夫かな?」
訓練で多少の怪我は日常茶飯事なので、疲労以外は大丈夫と言った感じだ。そう返したがプリメラは申し訳なさそうな顔をしていたので、「クリスさんに無理やり付き合わされたんだろ?」と聞くと、迷いながらも小さく頷いた。
それなら全てクリスさんのせいだから、プリメラが気にすることは無いというと、エドガーさんとシグルドさんも同じように言って励まし、それを見ていた近衛隊の女性騎士たちも、同じようなことを言いだした。その結果、
「何で、鬼と鬼のしごきから生還したら、私の評価が下がっているのよ!」
といった具合に、クリスさんの部隊内の評価が檄下がりした。まあ、半分はクリスさんをからかう為に、皆でそういった演技をしているわけなのだが……何割かは本当に下がってしまった気がするのは、俺の気のせいではないだろう。
「よし! そこまで!」
ディンさんの号令で、訓練が終了した。今日は第四部隊がいるからなのか、近衛隊の騎士たちの気合の入り方がいつもと違ったように見えた。そのせいか、近衛隊の騎士たちは、この後の予定を話し合ったり、笑い話をして居たりと笑顔や余裕が見えるのに対し、第四部隊の騎士たちは死屍累々と言った様子で、立っていられたのは副官と数名のベテランだけだった。
「だ、第四部隊……起立……礼」
プリメラは、近衛隊の騎士たちが整列を始めたのを見て、慌てて皆を立たせて礼をさせていた。それを見た近衛隊の騎士たちは、声をかけたり手を振ったりと思い思いに返事をして、ディンさんの解散の言葉で、それぞれ柔軟をしたり城の中に戻って行ったりした。
「明日、何人が元気でいられますかね?」
「半数……よりちょっと少ないくらいかもしれないね。もちろん、私は大丈夫だけど」
「もっと少ないと思いますけどね。むろん、俺も大丈夫に決まってますが」
俺の疑問に、エドガーさんは笑いながら半数以下と言い、シグルドさんはそれよりも少ないと言った。二人の言う通り、俺もそれくらいだと思っている。何せ、いくら近衛隊の騎士たちが普通の騎士を体力・技術共に大きく上回っているとは言え、いつもより気合の入った訓練を、いつもより多い人数で行い、しかもかなりの数の近衛騎士が、第四部隊にいい格好を見せようと気を張っていたのだ。普通なら第四部隊の騎士と同じようにへばっていてもおかしくない。
「まあ、やせ我慢が出来るのも、近衛としては必要な技能なんだけどね」
「さすがに、他の部隊の前で弱いところを見せるわけにはいかないからな」
「そんなこと言って、二人共やせ我慢が過ぎるんじゃないですか~?」
エドガーさんたちに茶々を入れてきたのは、人のことを言えないくらいやせ我慢していそうなクリスさんだった。
「最近、エドガーさんは筋肉痛が二日後に来て困るとか言ってますし、シグルドさんは抜け毛を気にしてますよね? それって、歳なんじゃないですか? 若手に席を譲る日も近いですかね?」
クリスさんはそう言って二人をおじさん扱いしているが……二人はクリスさんと、そんなに歳の差があるわけではない。むしろ、同年代と言っていいくらい近い。
そんなクリスさんにおじさん扱いされた二人は、静かに怒っていた。それはもう、血が滲むんじゃないかと言うくらいに拳を握り締めて、血が噴き出るんじゃないかと言うくらい額に血管を浮かび上がらせていた。そしてクリスさんは、そんな二人の怒りにまだ気が付いていない。
「ん?」
どうなるのかと半分楽しみながら三人の様子を見ていると、遠くの方からジャンさんがクリスさんをどうにかしろと言うジェスチャーをしていた……笑顔で。無理だと返すと、今度はディンさんも面白がって同じジェスチャーを始めた。
「仕方がない……え~っと、確か今日は……おっ! いたいた! ほれ、出てこい!」
俺はジャンさんとディンさんの期待に応える為、隅の方に置いていたディメンションバッグを覗き込んだ。そして、悪魔を解き放った。
「め? ……めっ!」
「まて、ターゲットはクリスさんだ……日頃の恨みを晴らすチャンスは今だ!」
そして、黒い悪魔こと『メリー』を唆した。
メリーは一瞬、俺に体当たりしようと身構えたが、飛び掛かる寸前に待ったをかけてクリスさんに視線を向けさせると、メリーは俺の言っている意味をすぐに理解したようだ。いつも無理やりモフられてストレスを溜めているメリーにとって、今は千載一遇のチャンスだと言うことに。
「め……めっ!」
メリーが尊敬するような目で俺を見つめた後で、敬礼するかのように鳴き、
「め~……めぇえええーーー!」
クリスさんめがけて突進して行った。
「え? な、何でここにメリーが……って、今は来ないでーーー! 今はダメーーー! 今は許し、いぎゃぁあああーーー!」
案の定クリスさんは、エドガーさんたちを馬鹿にできるほどの余力を残していたわけではなく(むしろ、二人より残していないと思われる)、メリーの突進に気が付いても逃げることが出来ずに、体当たりを背中に食らって吹き飛ばされ、転がったところに追い打ちをかけられて、クリスさんは地獄の苦しみを味わっていた。そして、そんなクリスさんは、残っていた近衛隊の騎士たちに笑われていた。中でもジャンさんとディンさんは遠慮なく大笑いし、エドガーさんとシグルドさんは馬鹿にするような笑みを浮かべていた。それに、クリスさんの叫び声を聞いて、戻って行った騎士が様子を見に来たので、クリスさんがメリーにやられている姿は近衛隊の全員に見られることになった。
「メリー、そろそろ戻ってこい」
「めっ!」
メリーは這いつくばって逃げようとするクリスさんに、何度も何度も体当たりや踏み付けを食らわせて、最後は動かなくなったクリスさんの上で満足そうな顔を見せていた。
そんなメリーを呼ぶのは忍びなかったが、そろそろ帰らないといけないので戻ってくるように声をかけたところ、意外にも素直に戻ってきて、自分からディメンションバッグの中へ入って行った。
「テンマ……俺はそこまでやれとは言ってないからな」
「俺もだぞ……と言うか、何で連れて来ているんだ?」
ディンさんとジャンさんはメリーの行動に引き気味だったが、メリーの行動はクリスさんの自業自得という面もあるので仕方がないと言うと、それもそうかと納得し、近くにいた女性騎士にクリスさんを隅に移動させるように命令していた。
「メリーを連れてきた理由ですけど……メリーの奴、うちで暴れすぎて洗濯物を汚したもんで、ジャンヌたちに追い出されました」
まあ、追い出されたというのは言い過ぎだが、ディメンションバッグに押し込まれ、王城に行く俺に預けられたのだ。ジャンヌたちは、洗濯物のやり直しやその他の掃除を終わらせる為に、邪魔になるメリーを俺に預けて屋敷から離れさせようと言うつもりだったのだろう。
そのことを二人に言うと、「連れて来ていたのを黙っていたのは問題だが、クリス以外に被害が出ていないから、見なかったことにする」とディンさんに言われた。さすがに、連れて来ていることを黙っていたのはまずかったようだが、魔物ではないことと、大した被害が出なかったことで見逃された形だ。
「しかし、条件がある」
クリスさんを運び終えた騎士から何か耳打ちされていたジャンさんが、交換条件を持ち掛けてきた。それは、
「シロウマルのモフり会ですか? シロウマルのおやつを用意してくれるなら、大丈夫だと思いますよ」
そう言うと、近衛隊の女性騎士と一部の男性騎士から歓声があがった。なんでも、マリア様たちの護衛として来れる騎士は近衛の中でも限られており、基本的にディンさん、ジャンさん、クリスさんみたいに、昔ククリ村に来た時に会った騎士が中心で、たまに他の騎士が担当になったとしても、外で待たされるか一度王城に戻ることが多いそうだ。
その為、クリスさんと同じく動物好きの騎士たちは、いつでもシロウマルやメリーと触れ合えるクリスさんを羨ましく見ていて、それを知っているクリスさんは、シロウマルの毛並みやアリーの抱き心地を自慢するのだそうだ。
「ん? ……ああ、それも伝えよう」
ディンさんとモフり会の予定日を話し合っていると、またも女性騎士がジャンさんに耳打ちしていた。
「テンマ、そのモフり会だが、クリスは出禁にしてほしいそうだ。別にかまわんよな?」
ということらしいので、即座に頷いた。ただし、クリスさんを抑えることと、モフり会の進行と警備を負担してもらうことを条件にすると、すぐに了解との声が聞こえてきた。
訓練から数日後、シロウマルとメリー・アリーのモフり会に、正体不明の覆面をした人物(警備の騎士の言)が会場に忍び込もうとし、騎士たちに発見され追いかけまわされたが逃げ切られ、その後の行方は分かっていない……という報告書が、近衛隊の控室で一人残され、書類整理をやらされていたはずのクリスさんの机の上に、何枚も置かれたという話をエドガーさんが教えてくれた。