第15章-4 羞恥心
「じいちゃん、声がでかい!」
「テンマ君、何を隠しているのかしら?」
慌ててじいちゃんの口を塞いだが流石にごまかしきれるものではなく、真っ先にクリスさんとアムールがやって来て、事情を話せとばかりに俺の目の前で仁王立ちした。
「テンマ、話す前におじいちゃんを放す。おじいちゃん、死んじゃいそう」
「あっ! ごめん……」
慌てていたせいで力一杯に口とついでに鼻を押さえてしまい、じいちゃんは顔を真っ赤にして苦しんでいた。
「ぶほぉあっ! 死ぬかと思った!」
とりあえずじいちゃんの無事? も確認できたので、改めて赤ちゃんの正体とナミタロウの話をした。すると、
「テンマ君、本当にベヒモスは来ないのよね! マリア様に、また怒られる!」
「お嬢様、南部に帰りましょう!」
「旅行! お弁当が必要!」
「アウラ、急いで荷造りしないと!」
「そうね! スラリン、手伝って!」
皆、大いに混乱した。
「だから、大丈夫やって! ナミちゃんを信用してや!」
ナミタロウが自信満々に言うが、それでも皆の混乱は収まらなかった。
混乱が収まったのはナミタロウの発言から時間が少し経ってからで、収まった切っ掛けは、レニさんの荷造りが終わったことだった。勢いで女性陣は荷造りに入り、荷物の一番少ないレニさんが荷造りを終えて、ふと一息入れたところで冷静になり、俺が母親のベヒモスに会いに行けば問題はないのではないかと思いついたそうだ。
レニさんの話を聞いた女性陣は、早くそのことを教えてくれればよかったのにと俺を責めたが、俺は女性陣が混乱している最中に、そのことは何度か言ったが聞いてもらえなかったと、証人を立てて反論した。そんな肉体的な疲れと精神的な疲れもあり、女性陣は先程から椅子にぐったりと座っている。ちなみに、荷造りの必要がほぼないクリスさんは、実は一番最初に自分のことを終えたのに、その後ですぐにメリーたちの荷造りに入ったので、レニさんの話を聞いて冷静になるのが一番遅かった。なお、クリスさんが冷静になった時、その手にはメリーやアリーを始め、ジュウベエ一家とその生活用品や食料まで詰められたディメンションバッグとマジックバッグが握られていた。
「そんなわけで、ベヒモスの母親が王都に来ることはないし、もし仮に俺に会いたいとなった時は、事前にナミタロウが知らせに来て、俺の方から会いに行くようにするから、問題はない……はずだ」
ベヒモスを知らないので確実とは言えないが、ナミタロウが言うには知能が人以上に高く、常識があるので大丈夫とのことだった。
「まあ、そこのところは、ナミタロウに任せるしかないのう……ところで、テンマ。何故そんなに、ベヒモスの赤ん坊になつかれているのじゃ? わしたちには全く近寄らないどころか、近寄らせてもくれぬと言うのに……」
じいちゃんの言葉に同意するように、俺とスラリンたちを除いた全員が頷いた。
「何故って言われても……人柄じゃない?」
首をかしげながらそんなことを言うと、皆から冷たい視線が向けられた。その間もベヒモスの赤ちゃんは、俺の手に頭をこすりつけて、なでろと催促していた。
「冗談はさておき、多分だけど大量の魔力を与えたからだと思うよ。ソロモンの時も、魔力を与えていた俺には生まれてすぐになついていたけど、その反対にエイミィには威嚇してたし」
「テンマ君になついてエイミィに威嚇していたということは、注いだ魔力の量と言う説が正解みたいね……人柄だと、逆になるだろうし」
「クリスさんの言い方だと、人柄もよくなくて、魔力も注げない人はどうなるんだろうね? もしかすると、食われちゃうのかな?」
「ぶひぃ!」
「テンマ! クリスを食べたら、その子がお腹壊す! ぐぬっ!」
俺の言葉を肯定するように赤ちゃんが鳴き声を上げたので、アムールも俺に乗っかってクリスさんをからかった。まあ、アムールはクリスさんの近くにいたせいで、すぐに捕まっていた……が、俺の方はベヒモスの赤ちゃんがすぐそばにいたので、クリスさんは近寄ることが出来ずにいた。
「コントはそこまでにして……ボン、お母ちゃんのところに戻ろ、あいたっ!」
ナミタロウが、母親のところに戻ろうと言いながら赤ちゃんに触ろうとしたところ、赤ちゃんに尻尾ではたかれてしまった。
「いつまでもここにはおれんのやで、お母ちゃんのところにいこ……あうちっ! ほがっ!」
「びぃいいいーーー!」
赤ちゃんは尻尾でナミタロウを往復ビンタをした後で、甲高い鳴き声を上げた。その鳴き声は超音波のような攻撃手段でもあったようで、食堂のテーブルや椅子、食器などがいくつか壊れた。そして、
「ひぎゅ……」
「あ、頭が……」
「ぎゃん!」
当然、俺たちにも被害が出た。中でも獣人の二人とシロウマルは、常人より聴覚がよかったことが災いし、気絶寸前まで追い込まれていた。
「さ、すがに、これは、きつい……ごめん!」
「び?」
このままだと、アムールたちでなくてもひどいことになりそうだったので、赤ちゃんがナミタロウの方を向いている隙をついて、予備のディメンションバッグを取り出してその中に赤ちゃんを強引に入れた。
「おおう……赤ん坊でも、さすがベヒモスやな。頭がくらくらするわ」
赤ちゃんの超音波をもろに食らったはずのナミタロウは、軽い脳震盪程度のダメージしか受けておらず、反響でダメージを食らった俺たちの方が被害は大きかった。
「ほなテンマ、ボンが入ったディメンションバッグを貸してや。そのまんま、ひーちゃんのところに連れて行くわ」
そう言ってナミタロウは、俺から赤ちゃんの入ったディメンションバッグを持って行こうとしたが、
「……何で届かんところに持ち上げるねん」
「いや、このまま渡したら、俺まで恨まれるじゃん。恨まれるのはナミタロウ一人でいいよ。俺は嫌われたくない」
あんなに懐いてきてくれた赤ちゃんを、ナミタロウに渡して恨まれるのは避けたい。
「だから、話し合いで決めてくれ」
「はい? あーーー!」
ナミタロウが動きを止めた瞬間、俺は『ガーディアン・ギガント』を使って、ナミタロウをディメンションバッグに押し込んだ。
「これで、ナミタロウが上手く説得してくれれ」
「無理や! ボン、話をき……」
「上手く説得してくれれば!」
「テンマ、無理だと思うわ」
「そうね。無理ね」
言葉の途中で顔を出したナミタロウを、もう一度『ギガント』で押し込んで最後まで言い切ったが、すぐにジャンヌとクリスさんに無理だと突っ込まれた。
「テンマ、無理や! ボンは全く……」
ナミタロウがまたしても顔を出すが、黙ってまた押し込む。
「なあ、テンマ……」
またまた押し込む。
「テンマ……」
またまたまた押し込む。
「あっちょんぶ……」
何かボケが入った気がするが、気にせずに押し……
「いい加減にせえや!」
込めなかった。さすがにおふざけが過ぎたようで、ナミタロウはお冠……
「ボケくらいは拾ってや!」
でもなかった。
「それで、説得できたのか?」
「無理や! 帰りたくない、帰りたくないで、全く話にならん! せやから、後は任せた! ちょいや!」
「ちょ、まっ!」
ちゃんと話を聞こうとしたら今度は逆に、俺の方がディメンションバッグに押し込まれてしまった。
「びっ! ……びぃ~~~!」
赤ちゃんは、最初俺のことをナミタロウと勘違いしたらしく威嚇の声を上げようとしたが、すぐに気が付いて嬉しそうに駆け寄ってきた。どうやら、ここに押し込んだことは怒っていないようだ。
「あのな、いくらナミタロウが嫌いで付いて行きたくないとしても、お前のお母さんが悲しむから、お母さんのところに戻らないとダメなんだぞ」
「びぃ!」
諭すように赤ちゃんを説得しようとしたが、「嫌だ!」というような鳴き声で拒否される。その後も、何を言っても拒否されて、どうしようかと頭を抱えることになってしまった。赤ちゃんは完全に、うちで暮らす気のようだ。もしかすると、卵の状態でうちに来て、ここで生まれてしまったせいで、会ったことのない母親よりもうちで暮らすのが自然なことだと思ったのかもしれない。
「なのだとすると、完全に俺の落ち度だよな」
正確に言えばナミタロウとの落ち度だが、そんなことを言っている場合ではない。何せ、この赤ちゃんにはちゃんと親がいて、会えるのを楽しみにしているはずなんだから……だから、
「ちゃんと話を聞け」
「びぃ!」
絶対に母親のところへ帰らせるのだと、覚悟を決めた。
「ここには、お前の居場所はない。いても邪魔なだけだ」
「びぃ……」
かなり強めの殺気を込めて、赤ちゃんを威嚇しながら言葉を続けた。生まれたばかりとは言っても、向けられているものが何なのかを本能的に感じているようで、赤ちゃんは一歩二歩と後ずさりしながら俺から距離を取った。
「俺は親を失った。それはスラリンもシロウマルも一緒で、ソロモンに至っては、親が誰なのかすら知らない」
こんなことを生まれたての赤ちゃんが理解できるとは思えないが、親に関しての思いをぶつけるのなら、これしか俺には思いつかなかった。
「だが、お前には母親がいる。お前の帰りを待ちわびている母親がいるんだ。そんな奴をこの家に置いておくことは出来ない。だから、ナミタロウと一緒に帰れ!」
「びぃ、びぃ、びぃ……」
意味は分からなくても、強い言葉と殺気で拒否されたことは理解したのだろう。赤ちゃんは明らかに気落ちした様子を見せてから……
「びぃいいいーーー!」
何故か俺の足に頭をこすりつけてきた。
失敗したのかと思い、こうなったらディメンションバッグから出られないようにして、無理やりでもナミタロウに連れて帰ってもらうしかないかと思ったら、
「びぃー!」
赤ちゃんは、出入り口の方へと自分で向かって行った。
「帰るのか?」
思わずそう聞くと、短い鳴き声を返してきた。
赤ちゃんに悪いことをしたと思ったが、これで大きな問題は解決したと思った……その時、
「テンマ! 説得できたんやな!」
ナミタロウが、話しが終わったのを確信していたかのようなセリフと共に、バッグの中に顔を突っ込んできた。そして、
「びぃいいいーーー!」
「ボン、噛むんやない! そこは……いぎゃあああーーー!」
赤ちゃんに、鼻先を噛まれて暴れだした。ナミタロウの言い方は気になったが、赤ちゃんとじゃれているのところを邪魔するのも何なので、そのまま好きにさせておこうと思い外に出たところ……何故か俺を見る皆の目が妙に優しかった。
何か嫌な予感はしたが、その理由を知りたくなかったので、ひとまず逃げるかと考えたが、行動に移す前に、
「テンマ……リカルドやシーリアがいなくとも、わしはいつまでもテンマのそばにおるからの」
「そうよ、テンマ君……寂しくなったら、いつでも呼んでいいんだからね」
じいちゃんとクリスさんが、目に涙を浮かべながらそんなことを言い出した。
「もしかして……聞こえてた?」
じいちゃんとクリスさんの後ろにいる四人に恐る恐る尋ねると、揃って小さく頷いた。
「テンマ、お義父さんとお義母さんの代わりにはなれないけど、私たちは家族!」
「そ、そうよ! 私は奴隷だけど……家族になれるように頑張るわ!」
「ジャンヌ、その意気よ!」
「お嬢様! その為にも、お料理やお裁縫も頑張りましょう!」
アムールとジャンヌが何かを言うと、続けて他の二人も何か言っていたが、その言葉を聞き取るだけの余裕が俺には無かった。
「う、あ、え……あ~……あーーー!」
何を言っていいのか分からず、とりあえず落ち着こうとしたが……落ち着くこは出来ず、それどころか大きくなってくる羞恥心に耐えきれることも出来ずに、勢いで食堂を飛び出した。そして、自分の部屋に飛び込み、鍵をかけてドアの前に物を置き、布団をかき集めてその中に潜り込んだ。
しかし、布団に潜り込んだのはいいが眠気などはないので、追いかけてきたじいちゃんたちがドアを叩く音や叫んでいる声が聞こえてくる。そしてそれが、俺の羞恥心を強くしていく。
ドアを叩いてもらちが明かないと考えたのか、じいちゃんとアムールが窓の方から侵入を試みたみたいだったが、侵入者迎撃用に配置してあったゴーレムに阻まれて悲鳴を上げていた。
「もう朝か……さすがに、これ以上はまずいな……」
一晩どころか半日以上引き籠っていたので、そろそろ観念して出て行かないといけないのだが、なかなか覚悟が決まらなかった。
「ふぅ~……よし、行こう!」
気合を入れて布団から抜け出し、ドアの前に置いていた物を片付けて廊下に出ると……じいちゃんたちが、何故かドアの前で魚や肉を焼いていた。
「テンマが出てきたでーーー! 確保ぉーーー!」
ナミタロウが魚の刺さった串で俺を指しながら叫ぶが、じいちゃんたちは焼き物を担当していたり煙を仰いだりしていたので咄嗟に動くことが出来ず、俺がドアを閉める方が早かった。
「何がしたいんだ、あの人たちは?」
じいちゃんたちを見て、俺の羞恥心は一時的に消えていた。もしこれが、じいちゃんたちの作戦だったのだとしたら大成功であると言えるが、すごいと思うよりも呆れてものが言えないというか、関わらない方がいいと思ってしまう気持ちが先に来てしまう。
「テンマ! 開けて頂戴!」
じいちゃんたちの奇行に悩んでいると、外からじいちゃんたちを怒鳴る声が聞こえ、その後で俺を呼ぶマリア様の声が聞こえてきた。
「思ったより元気そうね? 引き籠っていると聞いて、心配したのよ」
再びドアを開けると、ドアの前で安堵の表情を浮かべるマリア様と、その後ろで正座させられているじいちゃん、王様、アーネスト様、ライル様がいた。それと、じいちゃんたちから少し離れた位置に、じいちゃんたちを呆れた顔で見ているザイン様もいる。そして窓の外には、スラリンたちに逆さ吊りにされているナミタロウの姿も見える。
「昨日の夜にクリスが慌てながら、『テンマが引き籠って出てこない』と報告に来たのよ。それで、あの人が話を聞いてくると言うから任せたのだけど……失敗だったわね」
何でも、昨日の夜遅くまで待っても俺が出てこないので、相当精神的に参っているのかもしれないと、クリスさんが慌ててマリア様に報告に行ったのだそうだが、夜遅かったのと少し時間を置いた方がいいのかもしれないという考えから朝まで待つことにしたのだそうだが、話を聞く相手が女性だと、俺が話しにくいのではないかと言う王様とアーネスト様の考えにライル様が賛同した為、王族の男性(俺より年上)ですぐに動ける人だけでうちに来たのだそうだが……いくらドア越しに話しかけても俺の反応がなかったので、ナミタロウ提案の『岩戸作戦』を採用した結果、ドアの前でバーベキューを始めたのだそうだ。なお、ザイン様は作戦が採択されそうなのを見て、これは色々とまずいと判断し、マリア様を呼びに行ったそうだ。ちなみにうちの女性陣は王様の、「女性がいない方が、話はスムーズにいく!」という判断により、街で時間を潰しているそうだ。
「いくら出てこないからって、食べ物で釣ろうなんて……それで、何でテンマはあの人たちの声に反応しなかったの?」
その問いの答えは単純明快で、ただ単に寝ていて気が付かなかったというだけのことだ。かなり大きな声を出したそうだが、遅くまで眠れなかったせいで眠りが深くなっていたのと、耳栓をしていたので気が付かなかったのだ。
そう言うとマリア様は、「それだと聞こえないのは仕方がない」と笑い、じいちゃんたちは自分たちのしていたことは無駄だったのだと嘆いていた。
「お腹もすいたし、これらを使って朝ご飯にするか」
「私の分も用意してもらえるかしら? あと、ザインの分も」
じいちゃんたちが焼いていた魚を見てお腹がすいたので、朝食を作ろうと何気なく呟くと、マリア様たちも朝がまだとのことで、一緒に作ることにした。その間も、じいちゃんたちは正座させられたままで、揃って助けを求めるような目をしていたが……無視して、焼けた魚と肉だけ持って行くことにした。それとついでに、バーベキューセットと食材も。
「おや、テンマ様。引き籠りは終了ですかな?」
食堂へ行くと、クライフさんがお茶の準備をしていて、俺を見るなりからかうようなことを言ってきた。それに対して文句を言おうにも、言い返せないので無視していると、俺の持っていた焼き魚と焼肉を見て、クライフさんはすぐに食事だと判断して厨房に入っていった。
「さて、何を作るのでしょうか?」
指示を待っているクライフさんに、朝食は和食……南部式の食事にすると言うと、ご飯を炊く準備を始めたが今からだと時間がかかるので、少し冷めているが事前に炊いてバッグに保存していたものを使うことにした。
一番時間がかかるご飯の準備が出来たので、後は味噌汁と漬物、じいちゃんたちから没収した焼き魚、根菜の残りを使ったキンピラ、そして納豆を用意した。肉類は心配をかけたお詫びとして、スラリンたちに渡し、俺の部屋で食べさせている。
マリア様もザイン様も、南部式の食事は食べる機会があまりないと言っていたが、納豆以外は美味しそうに食べていた。まあ、納豆は南部でも好き嫌いがあるとのことなので、マリア様とザイン様が食べられないのはおかしいことではないが……納豆はほとんど食べたことがないと言ったくせに、慣れた手つきで百回以上回かき混ぜ、さらには俺の混ぜ方を注意した上、箸を使って綺麗に納豆ご飯を食べきったクライフさんは、どう考えてもほとんど食べたことがないと言うのは嘘だと思う。なお、マリア様とザイン様は箸を上手く使えなかったので、フォークを使って食べていた。
「マ、マリア様……そろそろわしらも、そちらへ行ってもいいか……いいですかのう?」
俺たちの食事が終わった頃、足のしびれをこらえながら、遠慮がちにじいちゃんがマリア様に許可を求めてきた。
「あら? 何故マーリン様が私に許可を……もしかして、あの人たちに付き合わされて、今まで正座していたのですか?」
マリア様は白々しい感じでそんなことを言い、じいちゃんはじいちゃんで、「そ、そうなのじゃ! アレックスたちに、無理やり付き合わされてのう!」と言って、そそくさと俺のちかくの席に座った。
そんなじいちゃんを、見捨てられた形の三人は裏切者を見るような目で見ていた。じいちゃんは、そんな三人の視線を完全に無視して朝食をねだってきた。
「テンマ……私たちも、お腹がすいているんだが……ひっ! テンマ、マリアを説得してくれ! 早く!」
クライフさんがじいちゃんの食事を作っていると、その匂いに我慢が出来なくなったらしい王様が、マリア様との仲介を頼んできた。自分の奥さんなのに情けないなと思いながらも、マリア様相手だったら仕方がないかとも思い、王様の頼みを聞くべくマリア様の方を見ると……
「王様、諦めてください」
目が合った瞬間、マリア様が意味ありげな笑みを浮かべたので、俺には無理だと判断した。
「マリア様、陛下にも何か食べさせませんと、午後からの仕事をする元気が出ないと思われます」
しかし、俺が見捨てた王様たちに、じいちゃんの食事を運んできたクライフさんが助け舟を出したことで流れが変わり、マリア様も仕事が出来ないくらいならと、食事の許可を出すことになった。しかし、
「申し訳ありません、陛下、アーネスト様、ライル様。朝食の残りがこれしかありませんでした」
そう言ってクライフさんが出したのは、マリア様とザイン様が残した納豆だった。三人は味噌汁などを作ってくれと言っていたが、残ったものを食べないのはもったいないというクライフさんの言葉にマリア様が賛同した為、鼻をつまみながら納豆ご飯を食べていた。もっとも、ライル様だけは途中から匂いに慣れたのかマヒしたのか分からないが、お代わりまでして腹いっぱいに食べていた。
こうして、『岩戸作戦』は終わりを迎えたと思われたが……
「テ~ン~マ~~~! わいが悪かったから、戻って来てや~~~!」
ナミタロウのことをすっかり忘れており、女性陣が帰ってくるまでなどの外に吊るしたままにしていたのだった。