第15章-2 来客×3
「会うのは別にいいのですが……もちろん、最低でもアルバートは同席するんですよね?」
相手は既婚者なので、異性と会う時に二人っきりということはないだろうが、アルバートがいないと攻撃対象が俺一人に絞られてしまう可能性が高いし、アルバートを上手く生贄に捧げることが出来れば、俺への被害は最小限に抑えることもできるかもしれない。
「それは当然です。プリメラによれば、悪いのはアルバートであって、テンマ君ははめられたようなものだということですから、アルバートには同席しなければならない理由があります」
俺を巻き込んだ以上、矢面に立てということだろう。
「それで近々とは、いつくらいになりそうかわかりますか?」
盾兼生贄が手に入ったので、後は到着の予測日と本人の情報を得なければならない。だが、
「正直、予測が付きません。あれは……アンジェラは気が強いところがあり、アルバートに一番厳しかったのも彼女ですから、もしかするとすぐそこまで来ているかもしれません」
つまり、アルバートの不意を衝く為に、手紙とほぼ同時に出発した可能性があるということか……昔マリア様に同じことをやられたことがあるが、あれは確かに驚いた。
「そうすると、今日明日にも到着したとしてもおかしくないというわけですか……公爵様、しばらくの間アルバートを借ります」
「ええ、こき使ってやってください」
お姉さんの情報を集めないといけないし、その対策も取らなくてはならない。そうなると、お姉さんの情報をよく知るサンガ公爵かアルバートに色々と教えてもらわないといけないが、公爵を長時間拘束するのは無理なので、自然とアルバート一択しかないのだ。アルバートにも仕事があると言っても、まだ代役を立てることが可能なのだ。
そのことは二人もよく理解しているようで、サンガ公爵はすぐにアルバートの貸し出しを了承し、アルバートも何も言わずに頷いた。
「アルバートの着替えと宿泊費などは、後で家の者に届けさせよう」
さすがに宿泊費はいらないと言ったが、迷惑をかけるからには、これくらいは受け取ってほしいと言われ、貴族としての面子に関わることだとまで言われたので、受け取ることにした。
「宿泊費の代わりにと言うわけではありませんが、お土産にこれを持って帰ってください」
お土産に柚子を渡し、香りはいいが酸っぱいので、お風呂に入れるかお酒に入れるといいと教えると、今日の夜にでも試してみると嬉しそうに言って帰っていった。
「テンマ君、公爵様……って、アルバートは何で残っているの?」
サンガ公爵の乗った馬車が帰るのを見えたのか、クリスさんが廊下で声をかけてきたが、アルバートが残っているのを不思議がっていた。
クリスさんも仲人のことで少しは関係しているので、サンガ公爵との話をかいつまんで話すと、
「先輩が来るの? レイチェル先輩? それとも、アンジェラ先輩?」
レイチェルというのが一番上のお姉さんの名前だそうだが、クリスさんが『先輩』と呼んだように、二人とも学園の卒業生で、クリスさんの五年と三年上だったので直接的な面識はないそうだが、有名人だったので知っているのだそうだ。
「クリスさんも会ってみますか?」
アンジェラさんだと教えた上で、道連れは一人でも多い方がいいと思い提案したが、クリスさんは「アルバートを止めなかったことで怒られるかもしれないから、今回は会わないでおく」と言って断ってきた。
「アルバート、まず聞きたいのは、二人の性格だ。それを知らなければ、対策は立てられない」
もっとも、口では立てられないと言ってはいても、何をどう選んでも、最後にアルバートを生贄に捧げるというのは決定している。
「姉上たちの性格か……レイチェル姉上はネチネチと人の弱みを攻撃するような鬼畜だ。アンジェラ姉上は、ビシバシと人を物理的にも精神的にも攻撃する鬼畜だ」
「よし分かった! これをアンジェラさんに差し出そう。証人はスラリンだ」
アルバートの言葉を一言一句正確に書き写した紙を見せながら、「呼んだ?」と言う感じでこちらを窺っているスラリンを指差した。
「すまん! 冗談だ!」
「頼むから、こんな時にふざけないでくれ。もう一度ふざけるようなことがあったら……プリメラ経由でお姉さんたちに、この紙を渡してもらうからな」
悪口を書き留めた紙は、何かあった時の手札の一つとしてしっかりと保管し、改めて二人の性格を教えてもらうことにした。
「レイチェル姉上は、基本的にのんびりとした性格だが頑固なところがあって、何かごまかしたりすると自分が納得できるまで追求し、白状した後も何故ごまかしたのかをネチネチと聞き出そうとするんだ。アンジェラ姉上は、気が強くてサバサバしたところがあるが、怒るとすぐに拳が飛んできて、相手を直立させて微動だにすることも許さずに怒鳴りつけるところがある」
どちらも問題がありそうだなと思ったが……
「それは、アルバートの実体験か?」
と聞くと頷いたので、ただ単にアルバートに問題があった可能性があった。
真偽のほどは分からないが、実の弟から見たらそういう一面もあるという程度の参考ということにし、どういった話し合いになるかを考えてみたが……
「やはり、プリメラをどう考えているかということになりそう……と言うか、それが目的としか考えられないな」
一番可能性が高いのがプリメラの話、その次がアルバートがしでかした事への謝罪、さらにその次がオオトリ家と嫁ぎ先とのパイプ作り、最後が世間話だった。まあ、どれも可能性はありそうだが、プリメラの話以外の話題を単独でしに来るとは思えないので、するとしてもプリメラの話の後でだろう。
「下手にごまかすよりも、マリア様やサンガ公爵様にした通りの話をするしかないだろうな」
「そうだな……って、私はあの時のことをあまり覚えていないのだが……」
アルバートはサンガ公爵とマリア様に睨まれた上に、お姉さんたちの手紙の衝撃があったせいで、無意識のうちにあの時のことを思い出したくないのか、記憶を封印しかけているのだろう。
その後もアルバートの偏見疑惑や記憶忘失疑惑のせいで、あまり有用な話し合いにならなかった。なので、
「レイチェル先輩とアンジェラ先輩?」
クリスさんに情報を求めた。クリスさんは、アルバートがいるのに何故私に聞くのかといった顔をしたが、アルバートの状態を話すと呆れた顔をしながらも、二人の話をしてくれた。
「まず、レイチェル先輩ね。のんびり屋で包容力があって、銀色の長い髪が目を引く美人ね。普段はお淑やかで笑顔が素敵な方だけど、いざという時は相手が教師であっても引かない強さも持っていたわね」
学園でも男女問わず人気があり、中でも男子生徒からの人気が高くて非公式のファンクラブがいくつかあったそうだ。アルバートの話とは、かなり印象が違う。
「アンジェラ先輩は、さばさばとした姉御肌と言った感じの美人ね。気が強くて、後輩の女子生徒が上級生の男子生徒にからまれているのを見て、その男子生徒の頬を平手打ちした上に、怒鳴られても逆にぐうの音も出ないくらい言い負かしたという話があるわね」
アルバートの話と一致すると思ったが、平手打ちをする前に両方の言い分を聞き、その中で男子生徒の方が悪いと判断した上に、その男子生徒が女子生徒が話をしている最中に威嚇するようなことをしたので、平手打ちをしたというのが真相とのことだった。男子生徒からは嫌われることもあったが、後輩の女子生徒からの人気はすごく高かったそうだ。
話を聞いて思ったのは、アンジェラさんはクリスさんに似たタイプなのかもしれない。もしかするとアルバートがクリスさんに弱いのは、クリスさんがアンジェラさんに似ていると感じているからなのかもしれない。
「それで、アンジェラ先輩はいつ王都に来るの?」
クリスさんは、アンジェラさんの到着日が近づいたら来ないつもりだろうが、俺としては道連れは一人でも多い方がいい。そういうわけで、
「手紙が来たのが今日だから、まだまだ先だよ……多分」
「確か、アンジェラ先輩の嫁ぎ先は王都から離れているし、色々な準備もあるだろうから……早くても一か月後くらいかしらね?」
嫁ぎ先の場所などは全く分からないので、「かもしれないね」とあいまいな返事をした。父親と弟の話では、到着が想像を超えて早い可能性があるそうだが……そんなことは教えなくていいだろう。例えアンジェラさんが予想以上に早く来たとしても、クリスさんがその日に遊びに来るとは限らないので、鉢合わせたらそれはクリスさんの運が悪かったというだけの話だ。
話が終わったので自室に戻ろうとするとクリスさんが、「今日は泊っていくから、一部屋借りるわね」と言って、いつも使っている部屋に向かって行った。王様たちと張り合えるくらいの図々しさだが、もう日常の風景となっているのであまり気にはならない。一応、王家との連絡員という一面もあるし、食費なども払っているのだ。そして何よりも、
「テンマ、手紙を持ってきた人が、本人に直接渡さないといけないからって、門のところで待っているわ。一応、身分証明に『サンガ公爵家』の家紋を見せてもらったから、変なところからの手紙ではないと思う」
「分かった、すぐ行く。それとジャンヌ、公爵家の関係者が手紙を持ってきたことは、誰にも言わないようにね。これは命令だから」
何故かうちに泊まると、結構な確率でクリスさんにとって不幸な出来事が起こるのだ。そして、今回もクリスさんに不幸の影が忍び寄っていた。
手紙を受け取るとその差出人は思った通りアンジェラさんで、突然手紙を出した事の謝罪と、アルバートが迷惑をかけていることの謝罪が初めの方にあり、一度直接謝罪とお礼と話をしたいので、こちらの都合のいい日に伺いたいと書かれていた。ちなみに、この手紙は王都に着いてから書いたものなので、今日でもいいのならすぐに伺うとも書かれていた。さすがに今日は急すぎるので、明日の午前中にでも招待しますと、口頭ではあるが手紙を運んできた人に伝えてもらうように頼んだ。
その夜、
「この柚子って果物、最高ね! お風呂に浮かべてもいいし、お酒に入れても美味しいし!」
「柚子を入れると、お酒本来の香りが台無しになるとかいう人もいますけど、これはこれで趣が変わっていいんですよね。難点は、お酒の量が増えることですけど」
クリスさんとレニさんは、柚子を入れたお酒を飲んではしゃいでいた。アンジェラさんが来るのは、早くても一か月は先だと思い込んでいるようで、完全に油断している。
じいちゃんはじいちゃんで、風呂に入りながら一人でお酒を飲んでいるはずだ。柚子とお酒とおつまみを大量に持って行ったので、今頃は色々な飲み方で楽しんでいることだろう。
アルバートは、疲れたと言って部屋に戻っている。戻る時に、何やら嫌な予感がするとも言っていたので、本能でアンジェラさんの接近を感じたのだろう。
ジャンヌは、公爵家からの手紙(と勘違いしている)を気にしているのか、俺の方を時たま見ているし、アウラはそんなジャンヌの反応で、俺との間に何かがあったと勘違いしているようだ。
アムールは、レニさんの作ったおつまみのおすそ分けを食べきったようで、何か他に食べるものがないか台所をあさっていた。
シロウマルとソロモンは、台所をあさるアムールを視界に収めながらクリスさんのそばを離れずに、美味しいとこ取りを狙っているみたいだ
スラリンは空いた皿などを回収し、台所へと運んでいた。たまに、絞った柚子の残骸を貰って食べているので、柚子が気に入ったのかもしれない。
そんな感じで、ほぼいつもと変わらない夜が過ぎているが、俺には嵐の前の静けさに思えてならなかった。まあ、その嵐に挑む道連れ一号は英気を養っているし、二号も逃げることは出来なさそうなので、俺としてはこのままの状態で嵐を迎えたいところだ。
そして翌日、
「初めまして、オオトリ様。サンガ公爵家当主アルサスの次女、アンジェラ・フォン・カリオストロと申します」
朝食が終わったタイミングで、見計らっていたかのように嵐が我が家にやってきた。
応接間に案内して、紅茶がそれぞれに生き渡ったところで話し合いとなったが、アンジェラさんは自分付きのメイドを一人しか同行していないのに対し、こちらは俺とじいちゃん、アルバートにクリスさんの四人で向き合っている(ただし、クリスさんとアンジェラさんのメイドは、それぞれ後ろの方で立っていた)。
「いつも、父と弟がお世話になっております」
「いえ、こちらも世話になっていますから、お互い様です」
自己紹介の後、しばらくは当たり障りのない話が続いた。ただ、その間もアルバートとクリスさんは緊張しっぱなしで、アンジェラさんが少し動くだけでビクついていた。
「それにしても、オオトリ様の話は色々なところで聞きますから、初めてあった気がしません。特によく聞くのが……うちの弟が、いかに迷惑をかけているかですね」
アンジェラさんは一瞬ためを作って、アルバートを睨みながら笑っていた。睨まれたアルバートは、反射的に逃げ出そうとしていたが、腰を中途半端に浮かせたところでアンジェラさんが咳ばらいをしたところ、腰を下ろして座り直した。まあ、先程よりも浅く座っているし、無意識だと思うが、最初の位置より数cmだけアンジェラさんから離れていた……正直、あんな顔を向けられれば、アルバートでなくても逃げたくなると思う。
「これまで、色々な話を聞きましたが……ストーカーをしたと聞いた時には、気が付いたら夫に羽交い絞めされてました。なんでも夫や屋敷の者が言うには、話を聞いた私はすごい勢いで部屋に飾ってあった剣を取り、王都に向かおうとしていたそうです。まあ、馬に乗ろうとしたところで夫たちに止められて正気に戻ったということでしたけど」
「一応言っておきますけど……ストーカーの主犯はアルバートではないですよ。むしろ、巻き込まれただけかと……あと、私のことはテンマでかまいません。親しい人は、皆そう呼びますから」
アンジェラさんの話を聞いた瞬間、一番に思ったのは「アルバートは、アンジェラさんが王都にいなくて助かったな」……というものだった。しかし、そんなことを口に出すわけにもいかないし、他の所を話題にしようにも、どういった風に返そうか思いつかなかった。その結果出てきたのが、アルバートを擁護するような言葉だった。
「遠慮なく、そう呼ばせていただきます。率先してのことではないのは後で分かりましたけど、一緒に行動していた以上、アルバートも同罪です。同い年の嫡男同士、仲がいいのは喜ばしいことですが、よすぎるのはちょっと……」
さすがに、身内であり元学園生というだけあって、アルバートたちが腐女子のアイドルだというのを知っているようだ。
「正直、アルバートたちの噂の半分がそっちの話ですから……聞かされる方の身にもなってほしいものです」
「あ、姉上、私の話はその辺りで……今日はそんな話ではなく、他の話をしに来たのではないですか?」
アンジェラさんのいじりに耐え切れなくなったアルバートが、あろうことか俺を盾にしようとした。
「あら、大分話が逸れましたね。今日こちらに伺ったのは、プリメラの話をする為です」
ついにこの話になってしまった……と思っていると、
「まず言っておきたいのは、私はテンマさんにプリメラのことで責任を取れとは言いません。取ってくれるのならそれはそれで嬉しいことですが、責任などで一緒になっても、双方が幸せになれるとは思いませんから」
思っていた内容と少し……いや、大分違った。
「まあ、それはそれとして、あの子は結婚しそうにないですし、可能性が一番高いテンマさんのことを義弟と思ってもいいですよね」
大分違ったと思ったら、変化球で戻ってきた。
「姉上、それは……」
「私が勝手に思うだけで、他人に言いふらしたりはしません。それに、そうさせた原因であるあなたが、否定するのですか? 私は思うだけですが、あなたは人様の結婚式を利用して、テンマさんをプリメラと結婚させようとしましたよね? 一体、どちらの方が罪深いのでしょうか?」
戻ってきたと思ったら、また変化球でアルバートの方に行った……
「ところで、先程から気になっていたのですが、後ろに立っているのは近衛兵のクリスティーナ……いえ、クリスでしたか。何故彼女がここにいるのでしょうか?」
アンジェラさんの視線がアルバートに行ったと思ったら、通り過ぎてクリスさんに向かった。
「は、初めまして、アンジェラ先輩! 今日は、その……アルバートの計画に乗ってしまい、妹様をはめるような真似をしたことの謝罪をしなければと思いまして、同席させていただきました!」
クリスさんは一歩前に出て、しれっと主犯はアルバートだとした上で、自発的に謝罪に来たように見せかけて頭を下げた。
「まずそのことに関して、あなたが謝る必要はないと思います。あなたの行動が、プリメラに何らかの影響を与えたとは思えないですし、何よりもあなたの行為については、すでに王妃様からの叱責があったと聞いています。何のに私がここであなたを責めるということは、王妃様の顔に泥を塗る行為だと言われかねません」
アルバートに関しては、身内ということで叱る権利はあるが、クリスさんとは全く関係がない為、アンジェラさんは上の立場であるマリア様がクリスさんを叱って終わらせた以上、口を出すことが出来ないとのことだった。
自分なりに分かりやすく整理すると、今アンジェラさんがクリスさんを叱ると、それはマリア様の叱り方が悪いから自分がやりなおしたのだと取られる可能性があるということになるらしい。
「重ね重ね、申し訳ありませんでした!」
クリスさんは最後にもう一度謝罪の言葉を口にして、元の位置に戻った。アンジェラさんも、クリスさんに微笑みを向けてから視線を外し、改めてアルバートの方を見た。
(どこかのタイミングで、一度離れることは出来ないものかな?)
アンジェラさんは俺に対して文句があるとかいう感じではないので、アルバートへの流れ弾に当たる可能性を避けたいのだ。おそらく、ここで一度席を外せば、その間にアンジェラさんはアルバートと話を進めるだろうと考えたからなのだが、どうやって離れるかが問題だった。
しかし、そんな思いが天に通じたのか、
「お話し中、失礼します。テンマ様、お客様がいらっしゃいました」
普段とは違うメイドとしての言葉遣いで、ジャンヌが来客を知らせに来た。
「来客? 今離れることが出来ないから、少し待つように言っておいてくれないか?」
と言いつつ、心の中ではガッツポーズを何度もしていた。来客と聞いて、『探索』と『鑑定』で知ったその人物とは……
「それが……」
ジャンヌはアンジェラさんを気にしながら、俺に耳打ちで来客の名を言った。
「アンジェラさん、申し訳ありませんが、少し席を外させていただきます。クリスさん、付いてきてもらってもいいですか?」
「分かったわ。先輩、失礼させていただきます」
クリスさんも連れて行くということで、来客がそれだけの人物だと理解したのか、アンジェラさんは快く了承してくれた。そして、
「私としても、少しアルバートと話したい事があるので、こちらのことはお気になさらずに」
と言って微笑んでいた。その反対にアルバートは、「置いて行かないでくれ!」という心の声が聞こえそうなくらい、悲しそうな顔をしていた……まあ、俺もクリスさんも、完全に無視して部屋を出て、すぐに応接間から離れたので、その間にアルバートとアンジェラさんがどんな話をしたのかは知らない。
「よう! 来客中にすまんな」
いいタイミングでやってきた人物とは、アンジェラさんが文句を言えない相手……ライル様だった。
何故ライル様が来たのかと言うと、
「おっす! おら、ナミちゃん!」
いつも通りふざけている、この魚類を連れてきたのだそうだ。
なんでも、ライル様が騎士団の演習帰りに川のそばを通りかかった時、先行していた騎士が川で飛び跳ねている魔物を発見し確認したところ、それがナミタロウだったということらしい。ちなみに、発見した騎士はナミタロウの存在を知っていたらしく、試しに遠くから声をかけたところ、返事が返ってきて本人確認が取れたと報告してきたそうだ。
「それで、ここまで連れて来てもらったんや! いつもみたいに夜にでも忍び込もうと思っとったから、めっちゃ助かったわ!」
そう言うとナミタロウは、「お土産や~!」と叫びながら様々な魚介類で山を作り始めた。
「ナミタロウ……大変ありがたいが、せめて台所で出してくれ……うん? なんだこの卵?」
魚介類の山を少しずつ崩しながらマジックバッグに入れていると、山の中心部から大きな卵が現れた。
「むぅ……でかい。卵焼き何人分?」
「何人分どころか、百何十人分は作れそうな気がする」
卵を見たアムールとジャンヌの言う通り、出てきた卵の大きさは約一m、重さは……
「うわっ! 重たっ!」
身体能力を魔法で上げないと、持ち上げることができないくらい重さがあった。
「テンマ、それお土産やないねん! 預かりものやねん! 絶対に落とさんといてや!」
卵を持ち上げた俺を見たナミタロウは、慌てて卵をマジックバッグに回収していた。
「この卵、友人の子供やねん」
ナミタロウの説明によると、この卵を産んだ親友が体調不良を起こした為、代わりに預かっているのだそうだ。それにしても扱いが雑だと思ったが、とても頑丈なのでこれくらいは普通なのだそうだ。むしろ、適度な刺激を与えた方が、逆にいい影響を与えるのだとか。
「オオトリ様、アンジェラ様とアルバート様のお話しが終わりましたので、一度顔をお出しいただきたいとのことです」
「すぐに行きます。ジャンヌ、アウラ、恒例のあれをやるから、準備よろしく」
二人に魚介類入りのマジックバッグを渡して、俺は一人で応接間へと向かった。
「ほったらかしにしてしまい、申し訳ありません」
「いえ、急な来客は仕方がありません」
その後、アンジェラさんと世間話をしたが、その中でプリメラに関する話は一つも出てこなかった。
「あら? もうこんな時間なのね。テンマさん、そろそろお暇させていただきますわ。それで……少し、お願いしたいことがあるのですが……」
このまま終わるかと思ったが、最後の最後でアンジェラさんは頼みごとがあると言ってきたのだった。