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第15章-1 柚子

「大分暖かくなってきましたね」


「そうですね。でも、まだまだ冷え込む日がありますから……これをお勧めします」


 雪も解け、大分日差しも暖かくなってきた頃、久々にラニさんがやってきた。ついでにレニさんも付いてきたが、アムールたちと一緒に買い物に行っている。


「これは……ミカンか?」


 じいちゃんはラニさんが取り出した柑橘類を手に持ち、皮をむいて匂いをかぎ、ひと房口に放り込んだ。そして、


「すっぱっ! なんじゃこれは!」


 想像していた味と違ったようで、驚いて吐き出した。


「これは柚子(・・)ですか?」


「はい。寒い日はこれをお風呂に浮かべて入れば、体があったまりますよ。すっぱくてそのまま食べる人はあまりいませんが、皮や絞り汁をお酒に入れたり料理に使ったり、お菓子に使ったりもします」


 お酒と聞いたじいちゃんはもう一度柚子の匂いをかぎ、なるほどと頷いていた。そして何かを期待するような目で俺を見た。


「買います」

「ありがとうございます。一kg辺り、千Gで百kg程あります。全部買い取ってくださるのなら、一kg、九百Gに負けますが?」


 と言うので、迷わずに全部買うことにした。


「それと、こういったものも欲しがると思いまして……」


 と、ラニさんは柚子の木を三本出してきた。もちろん、これも買い取った。枝は切ってあるが、どれも三mくらいあるので、上手くいけばニ~三年で収穫できるかもしれない。


「それで、ここからは南部の諜報員としての話になりますが……お嬢様が怪我をした時の状況を、詳しく教えてください」


 先程までのにこやかな顔が一変し、ラニさんはケイオスの情報を求めてきた。


「一応言っておきますけど、王様によりその情報は箝口令が敷かれていますけど?」


「それを承知でもう一度聞きます。教えてください」


 どうしようかと悩んでいると、ラニさんは、


「南部は王国に属しているとは言っても、実際は別国に近いものです。それに、嫡子ではなくなったとしても、お嬢様は南部の重要人物の一人であることは間違いないのです。そんな人物が危険にさらされたというのに、情報の一つも開示されないと言うなら……南部としては自治区(・・・)というものを、もう一度考え直さなくてはならないかもしれません」


「マリア様に怒られる時は、ラニさんも道連れにしますからね」 


 ここまで脅されては、一冒険者としてはしゃべってしまうのも仕方がないだろう……ということにして、俺の知る限りのことをラニさんに話した。ただし、道連れになることを了承させた上でだ。これが話す上での最低条件なので、そこは譲れないと言うとラニさんはすぐに頷いた。なお、じいちゃんは俺が悩んでいるうちに部屋から逃げており、恐らく無関係を装う気だと思われる。


「じいちゃんの分の柚子は、無かったことにすればいいか」


 じいちゃんに関してはそう言うことにして、ラニさんと今後のことを話し合った。その中で出た一番の問題が、


「ハナ様は事情を理解してくれると思いますが……ロボ様はもしかすると、ここに突撃してくるかもしれません」


 と言うものだった。


「あのお方は、お嬢様のこととなると暴走しがちですし、何より以前と比べれば、格段に動きやすくなっていますから……放っておけば、ほぼ十割に近い確率でやってくると思います……と言うか、今回の行商に付いてこようとして、ハナ様に怒られていましたし……」


 「アムールに嫌われる上に、王国との関係が悪化したらどうするのか?」……というお説教を受けて諦めたそうだが、大怪我をしたアムールの様子を見に行くという名目に加え、今回の原因が少なからず王国側にあると知れば、間違いなくロボ名誉子爵は王都にやってくると思われる。


「そうならないように、ハナ様だけでなく、サナ様とブランカ様にもご協力をお願いする必要がありますね」


「そういえば、ラニさんたちの組織のトップはロボ名誉子爵とかアムールに聞いた気がするんですけど……」


 ふと思い出したことを聞いてみると、それはすでに昔のことになっているそうで、今ではハナさんが権限を握っているそうだ。なんでも、情報を扱う部署を当主以外が握っているのは問題があるとかいうのが、部下たちの間から出たのだとか。


「今のロボ様の仕事は、何かあった時にハナ様の代理をすることですが、一番重要な仕事は祭りの実行委員長をすることですね」


 元当主から大分落とされた感じだが意外にも向いているそうで、率先してハナさんに祭りの提案をしているそうだ。もっとも、するのはもっぱら提案のみで、細かなところは他の実行委員に丸投げすることが多いのだとか。


「言うだけですか……」


「いえ、知り合いが言うには、一番大事な許可取りと予算の交渉をしてくれて、その他のことは基本的に好きにやらせてくれるので、大変やりやすいのだとか」


 大事なところを率先してやり、難しいところに手は出さないが口も出さない。案外、いい上司なのかもしれない。

 まあ、ロボ名誉子爵の話をこれ以上してもあまり意味がないので、他の南部の話を聞くことにした。その中で一番出てきたのはヨシツネの話で、次期南部子爵ということで注目が集まっており、すでに婚約者の話が出ているとのことだった。


「南部の有力者の娘や親族はもちろんのこと、他の貴族からも話が来ていますね。まあ、南部の利権目当てや、乗っ取りを考えているところもありますが、他の貴族から婚約の話が来たのは初めてのことで、受ける受けないは別の話として、ナナオの間で今人気の話題になってますね」


 確かに南部はこれまで名誉爵しか受けていなかったが、ハナさんから正式な子爵となったのでその二代目で子供のヨシツネなら、大きく利権をもぎ取れると思われるのだろう。


「それと最近その噂の中に、テンマさんがヨシツネ様の結婚にからんでくるのでは? と言うのもありますね」


「はい?」


「いえ、テンマさんの弟子がオオトリ家の養子になって、王家の婚約者になったでしょう。それに絡めて、南部からお嬢様を嫁に出す代わりに、テンマさんの養子をヨシツネ様の嫁にもらうのではないかと噂があります。ちなみに、テンマさんの養子はサンガ公爵家やサモンス侯爵家、もしくはハウスト辺境伯家の親族からとるのではとの予想が人気ですね」


 話としては面白いし、確かに説得力のありそうではあるが、そんなつもりは今のところないと言うとラニさんは笑いながら、「私もそう思います」と言っていた。


「ただ、それが実現するとヨシツネ様……と言うか、南部子爵家は、『龍殺し』と『大貴族』、そして薄くはありますが、『王家』と縁を持つことが出来ます。そのことを考えれば、南部の有力者や利権狙いのよくわからない貴族と縁を結ぶよりは、南部子爵家の利益や繁栄という意味ではるかに旨味があって面白いし、実現させたい話ではあります」


 ラニさんの口から、チラリと本音のようなものが聞こえた気がしたが、笑って聞かなかったことにした。


「それじゃあ、大量の柚子を使って色々と作ってみましょうかね。ラニさんは宿ってどうしてますか?」


 ラニさんとレニさんは、王都に着いてそのまま家に来たそうで、宿はまだとっていないとのことだった。なので、今回は家に泊まっていくように言うと、最初は遠慮されだが、レニさんは一人でも泊っていきそうだと言うと、その光景を浮かべたのか苦笑いしながら泊っていくことになった。


「それでは、後で少し王都を見て回ってきます。ああ、そう言えば、ケイオスのことでまだ聞いていないことがありますけど、今日の夜にでも聞かせてもらえるんでしょうか?」


「さすがにそっちの方は王国の秘匿情報になるので、俺の一存では教えることが出来ません。例え、ラニさんだけでなく、レニさんも道連れにすると言われても、割に合いませんから」


 秘匿情報とは、ケイオスの腕がいつ元に戻ったのかというものだ。結論から言うと、ケイオスの腕は脱走日の前後に生えた可能性が高い。ケイオスが最後に連れて行かれた場所は半年ほど前から掘り始めたところらしく、その時に登録された書類の身体的特徴欄には片腕(・・)と書かれていたそうだ。

 そのことをラニさんに教えなかったのは、これらに関しては鉱山の内部情報でもあるので、俺が話したとしても許される範囲を超えると判断したからだ。

 俺が断ると、最初から事情を知っていたらしいラニさんは軽く笑い、それ以上は粘らなかった。


 客間に案内すると、すぐにラニさんは荷解きをして商品の仕入れに出かけて行った。それを見送った俺は、そのまま食堂へと向かった。


「これだけあると、色々なものが出来そうだけど……下ごしらえが大変だな」


 いっぺんに下ごしらえと調理は無理だと判断し、今回は下ごしらえをやり、数日がかりで調理することにした。助手となるジャンヌとアウラがいないので、スラリンに手伝ってもらうことにした。まあ、スラリンを食堂に呼んだら役に立たなそうなおまけが付いてきたが、邪魔さえしなければいいので放っておいた……ら、ソロモンが柚子をつまみ食いし、酸っぱさに驚き大騒ぎになった。

 ソロモンの暴れた後片づけのせいで、余計な時間がとられてしまったが、気を取り直して下ごしらえをスラリンとすることにした。

 スラリンの仕事は柚子を綺麗にすることだ。スラリンが柚子を体内に取り込むことにより、表面の汚れを溶かして綺麗にするのだが、流石にそのまま使うのは少し抵抗があるので、一度水で洗い流さないといけなかった。


 綺麗にした柚子は皮と中身を別にし、白い部分を出来る限り取り除いていった。


「これを容器に入れて、そこに度数の高いお酒を流し込んで……密閉して完成!」


 砂糖は普通のものしかないので、今回は入れていない。もし甘みが必要ならば、飲むときに砂糖を足して様子を見ようと思う。


「後は……柚子胡椒でも作るか」


 去年収穫した青唐辛子が沢山あるので、それを消費する意味も込めてやってみよう。まあ、作り方は簡単なんだが……ちゃんと作ろうとすると、色々と気を付けないといけないし面倒くさいところもあるので、手抜きヴァージョンで皆の反応を見てから、本格的なものを作るかどうか考えよう。


「シロウマル、ソロモン、危険だから近寄るなよ」


 注意はしたが、好奇心と食欲に負けてやってくることが十分に考えられるので、スラリンにも近づけさせないように頼んだ。


「柚子の皮を細かく切って、唐辛子も同じサイズに切り刻んで……塩を混ぜてすり潰すっと」


 本当は唐辛子の種を取った方がいいのだが、面倒くさいので今回はヘタだけ切り落とした。


「これを容器に入れて、涼しいところで寝かせれば完成だな」


 手抜き柚子胡椒を、誰かが間違って食べないように、『柚子胡椒・激辛』と書いた紙を張り付けて冷暗所に置いた。


「他に思いつくのは……ジャムとお茶とポン酢にケーキくらいかな? まあ、他の柑橘類の代用に仕えるかもしれないから、他も試してみるか」


 と言った感じで、第一回目の柚子の調理は終わった。しかし、その日の夕方……


「「かっらぁあああーーー!」」


 柚子胡椒の被害者が二人出た。

 せっかく張り紙をしていたというのに、じいちゃんとアウラがよりにもよって、柚子胡椒をスプーンで味見したのだ。

 匂いを嗅ぐなり指先に付けてなめるなりすれば、そこまでの被害は出なかったはずなのに、『見慣れないものがある』、『テンマが何か作っていた』、『柚子と言う柑橘類を買っていた』、『胡椒と書いているが、黒い粒がない』、『なら、食べられないことはないはず』、『柚子だから、すっぱいと書くのを間違えたんだろう』、『これくらいじゃないと、味は分からない』……と言う流れで、二人は自爆したのだ。ちなみに発見者はアウラで、じちゃんはアウラが発見したところにたまたまやって来て、好奇心に負けて摘まみ食いしたそうだ。

 

「胡椒とは言え、材料が柑橘類なら大丈夫だと思ったんじゃ……」

「柑橘類が辛いとは、普通思わないじゃないですか~……」


 と言う感じで、あまり反省しているようには見えなかったので、夕食は特別に熱いものを中心に用意した。


「お、鬼じゃ……いや、何でもない……」

「お、おに……くが美味しそうです……」


 じいちゃんとアウラの為に特別に用意した熱々のシチューを出すと、二人は何か聞き捨てならないことを口にした気がしたが、俺と目が合うと大人しく食べ始めた。


「これは面白い調味料ですね。柚子胡椒ですか? 唐辛子なのに胡椒と言うのも面白いですし」

「いや、南部の一部では唐辛子を胡椒と呼ぶところもあるから、あながち間違ってはいないぞ。まあ、柚子と唐辛子を混ぜ合わせた調味料は聞いた事がないから、珍しくはあるが……何に合うかで、どれだけ売れるかが決まりそうだな」


 レニさんとラニさんは、俺の作った柚子胡椒を味見して意見交換していた。そして、


「テンマさん、これのレシピを売ってください。サナ様のところで販売してみたいです!」

「サナ様のところで売れば、南部での販路を抑えることが可能です。まあ、いずれは真似されるでしょうが、それまでに『テンマ印』の地位を確立させます」

 

 どこで『テンマ印』を嗅ぎつけたんだ……と思ったが、グンジョー市で有名なものを少し調べたらわかる話だった。地位の確立とはブランド化ということだろう。


「簡単なので、別にお金はもらわなくてもいいんですけど……」


 と言ったが、それをすると無許可で俺の名前を使った商品が数多く出回るとのことで、金銭的な契約は必要とのことだった。柚子胡椒の販売には契約が必要なのに、『満腹亭』のお菓子はいいのかと聞いてみると、そちらは俺が有名になる前のことで、グンジョー市に俺が長期滞在していたことや『満腹亭』との関係は知られているし、何よりサンガ公爵が後ろにいるので手は出せないらしい。


「お菓子は駄目ですが、調味料は南部で扱いたいです」


 と言われたので、契約を結ぶことになった。もっとも、レシピを売って終わりというわけではなく、売れた金額の一部を貰うという印税のような契約にして、その代金は南部の食べ物や飲み物、調味料などで払ってもらうことにした。物を選ぶのはラニさんに任せ、行商で家に来た時にまとめて貰うようにした。


 次の日の朝。


「では、私は一足先に南部へ帰ります」


 ラニさんは、ケイオスの情報と柚子胡椒の情報を南部へ持ち帰る為、予定を繰り上げて帰ることになった。


 ラニさんを屋敷の門のところで見送り、しばらく家の中でくつろいでいると、


「そう言えばテンマさん、兄さんと王様のところへあいさつに行くとか言っていませんでしたか?」


 レニさんが、ふと思い出したように訪ねてきた。


「あっ!」


 そう言えば、ラニさんに情報を勝手に渡してしまったことを王様に報告に行き、一緒に怒られようと言っていたのだった。昨日の夜、食後の酒盛りの場でラニさんがレニさんに、「二人で王様のところへ行ってくる」と言っていたのを覚えていたのだろうけど……どうせなら、もう少し早くに思い出してほしかった。


「そういうわけでレニさん……一緒に怒られに行きましょう」

「何でですか!」


 レニさんは、俺とラニさんが王様のところへ行ってくるというのを、南部と王家のパイプを太くする為の仕事だとでも思っていたようで、謝りに行くとは全然思っていなかったみたいだ。


「ちょっと、兄さんを連れ戻してきます!」


 レニさんはそう言って、ラニさんを追いかけようとしたが、


「どう考えても無理です。例えいつもの道を通って帰っているのだとしても、今からだと追いついて戻ってくるのにニ~三日はかかるでしょうし、確信犯だとしたら、南部まで追いかけないといけないでしょう」


 許される範囲での情報漏洩だったとしても、なるべく早く王様のところへ行った方がいいので、ラニさんのことは諦めるしかない。レニさんにとっては不幸としか言いようがないが、俺としては一緒に謝るのがラニさんでもレニさんでも変わらないので、手間がかかることを考えると、このままレニさんを連れて行った方が楽なのだ。


「……南部に帰ったら、知り合いに兄さんの悪い噂を流してやる」


 レニさんは、いつもの様子からは考えられないような冷たい笑みを浮かべていた。どんな噂(作り話か誇張されたものだと思う)か気になるが、下手に突くととばっちりが来そうなので、その矛先が俺に少しでも向かないことを祈りながら、気配を消して空気になることに徹した。



「なるほど、それで私が呼ばれたのですか」


 俺は早速王様へ報告する為に、クライフさんに屋敷まで来てもらうことにした。いつものように王城に直接出向いて、そのまま会いに行くという方法もあったが、


「確かに、女性を連れて直接王城に向かえば、変な噂が立つかもしれません。その点、形だけでも南部自治区からの使者を案内したという感じにしておけば、どう騒がれようともごまかすことが可能ですからね」


 わざと含みのある言い方をしたクライフさんは、俺が突っ込みを入れる前に馬車の方へと向かって行った。


「とりあえず、馬車に乗りましょうか」


 緊張気味のレニさんと馬車に乗り込み、クライフさんの運転で王城まで向かった。しかしその間、レニさんとの間に会話はなかった。



「ふむ、そういう事情があるのか。まあ、南部との関係を持ち出された以上、テンマがある程度の情報を渡したのも、仕方がないことだな。念の為に聞くが、それ以上は漏らしていないのだな?」


「はい。ラニさん……南部の諜報員ですが、それ以外は王国の機密に当たると理解していたようです。まあ、他の利権を求められましたが……俺個人のものでしたし、互いに損はないので揉めることもありませんでした」


 利権を求められたと聞いて、一瞬王様とマリア様の顔が険しくなったが、求められた利権の話をすると笑い出した。二人が笑うまでの間、レニさんは緊張からか顔が引きつっており、尻尾が逆立っていた。 


「まあ、テンマがよくて問題がないというのなら、私たちが口を出すことではないが……」

「その柚子胡椒と言うのがどんなものなのか、気にはなるわね」


 と言う感じで、柚子胡椒を催促された。まあ、そんな気は来ていたので、ちゃんと持ってきている。いくつかの注意事項を伝えたが、王様は好奇心に負けてその場で指を使って味見し、辛さに驚いていた。さらに、味見に使った指で目の近くをこすってしまい悶えていた。


「思ったより癖はないわね。辛みを加える調味料と考えれば、色々な料理に使えそうね」


 苦しむ王様をよそに、マリア様は冷静に分析していた。クライフさんも味見して、もう少し味がこなれたら色々な料理に使ってみたいと言っていた。



「レニは心配し過ぎなのよ。陛下もマリア様も、厳しいけれどちょっとしたことで目くじらを立てる人たちではないから、もっとリラックスして話した方がいいわよ」


「無理です! 普通、クリスみたいな態度だったら、よくてクビか悪くて首が飛びます」


「考え過ぎよ」


 レニさんが来ていると聞きつけたクリスさんは、次の日が休みということもあって家に遊びに来ることにしたらしく、帰りの馬車に乗り込んできた。


「まあ、礼儀がなっていなかったとしても、気を付けようと努力している人にうるさく言う人たちではないですね」


「そうよ。テンマ君なんて陛下と初めてあった時に、『おっさん』呼ばわりしたからね。今でも、陛下にはおざなりな対応をすることも珍しくないし。まあ、マリア様にはそんなことしないけど」


「クリスさん、俺が王様を雑に扱う時は、王様に問題があるときくらいです。ですから、シーザー様やイザベラ様、ザイン様にミザリア様を、雑に扱ったことはないですよ」


「それって、逆に言えば名前を挙げなかった方たちは、雑に扱ったことがあるということですよね?」


 レニさんの突っ込みに反論しなかったが、一つ言えるのは、『扱ったことがある』と言うより、『よく扱っている』ということだ。


「でも、たまにマリア様が暴走することもあるのに、その時は雑にならないわよね?」


 クリスさんの疑問には、俺なりに明確な答えがある。それは、


「クリスさん……いつも(・・・)暴走する人と、たまに(・・・)暴走してしまう人を、同列に扱えると思いますか?」

「無理ね」


 というものだ。その意味を一瞬で理解したクリスさんも、それなら仕方がないといった感じだった。



「テンマ様、お屋敷にサンガ公爵家の馬車が停まっております」


 屋敷の少し手前で、クライフさんがサンガ公爵家の馬車を発見して報告してきた。


「来ているのはどっちだろう?」


 サンガ公爵かアルバートのどちらかが来ているということだが、何の用事だろうか? そう思いながら屋敷に入ると、


「テンマ君、申し訳ない!」


 応接間に呼ばれ、そこで待っていたサンガ公爵にいきなり頭を下げられた。そして、その横にいるアルバートも、無言で頭を下げている。


「アルバート……また何かやったのか?」


 サンガ公爵が俺に謝罪する理由が、その横にいるアルバートしか思いつかなかったので、場を和ませるつもりで言ったのだが……


また(・・)ではないが、おおむねその通りだ」


 と言われてしまった。


「テンマ、二人は真面目な話でやって来ておるのだから、ふざけておらんで座って話を聞かぬか」


 正直、アルバートの反応は想定外で、どう反応したらいいかと悩んでいたので、じいちゃんが間に入ってくれて助かった。


「それで、公爵様とアルバートがそろって頭を下げた理由は何なのですか?」


 仕切り直しと言う形で理由を聞くと、


「その……娘が来るそうです……」


「プリメラ……いや、その上のお姉さんの方ですか?」


 プリメラが来ると言うのなら、二人そろって謝罪に来る意味が分からない。それに、プリメラの名前を出した瞬間、あることを思い出したのだ。それは、


「アルバートを真っ青にさせた、あの手紙の送り主の」


 プリメラと仲人をした件でアルバートに怒りの手紙を残し、いずれ直接俺を確かめにやって来るだろうと予想されていた、上のお姉さんたちのことだ。


「近々、次女が王都に来るそうで、その時にテンマ君に会ってみたいと言っています」


 片方だけということは、時間差攻撃を仕掛けるつもりなのかもしれない……と、思ってしまう俺がいた。

王様が柚子胡椒の味見後に、目をこすって悶えたところの話は、作者の実体験です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 王妃様ー仕事の時間だ〜むしろ次女とか長女が見極められる側では〜?
[一言] やっぱり色々とリアリティのあるトラブルとイベントを挟んでくるから指が止まらない。 チートなくてもテンマなら普通にやっていけそうだと思ったの俺だけ?っていうのはもう遅いか。 またトラブルの…
[一言] 目に柚子胡椒、、、 痛い所じゃない 私は、マスタード ホットドッグで出が悪くて 振ってるときに、運悪く顔面に、 ご愁傷様。
感想一覧
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