第14章-10 平和とは?
「魔核が存在するのは魔物だけじゃ。魔物に近い強さを持っている獣も、魔物を超える力を持っている人間にも、これまで魔核が存在したというのは聞いた事がない。これが埋め込まれたものなのか薬の影響なのかは分らぬが、生きている人間が魔物になったということが広まれば、余計な争いを生んでしまうかもしれん」
死体が魔物になったというのなら、アンデット系の魔物だったということで終わる話だが、エリザの話では、戦い始めた時のケイオスは普通の人と違う所は見られず、あまりしゃべらなかったが人の言葉を使っていたそうだ。しかし、アムールに倒され取り押さえられかけた直後、ケイオスは化け物となり、それまで一方的にやられていたはずのアムールたちを圧倒したそうだ。その逆転のきっかけとなったのが、取り押さえられかけられた時に使った薬だそうだ。
「どういったものかは分らぬが、ケイオスが使ったという薬が、ケイオスを魔物へと変えた、もしくはそのきっかけとなったのは間違いないじゃろう。ところで、ケイオスはテンマと戦って連れて行かれた後、どこで何をしていたのじゃ? それと、何故ケイオスが脱走したという情報が遅れたのじゃ?」
じいちゃんの質問にライル様が一歩前に出て、
「テンマとの闘いの後でケイオスは罪人として捕まり、鉱山に奴隷として採掘作業をさせていました」
鉱山では、従事者である奴隷は数人から十数人ずつに分かれて管理され、別々の場所で働かされていたらしいが、数日前にそのうちの一つのグループの報告が途絶えたそうだ。その時は雪の影響で報告が出来なかったと、管理人たちをまとめている役人は思ったそうだが、次の日も定時の報告がなかったので不審に思い、翌日になって兵士を連れて確認に向かったところ、連絡の途絶えたグループの奴隷と管理人の死体が発見されたそうだ。
兵士と共に死者の確認を行ったがケイオスの死体だけが見つからず、その場でケイオスの犯行と断定し、すぐに周辺の町や村に警戒するように通達すると同時に王都へ報告を出したそうだ。
「ただ、鉱山の役人から王都まで報告が届くのに数日……犯行があったと思われる日から十日もかかっていないのに、ケイオスはほぼ同時に王都へ到着しています。もしかすると協力者がいるかもしれません」
役人は多少のロスがあったにしろ、犯行日から二日後には報告を王都へ出している。報告には馬を使い、夜間は中断したものの、鉱山と王都を最短距離で結ぶ中継点を複数利用し、兵士と馬を交代しながら報告を届けたので、ほぼ想定通りの時間で到着している。それに対しケイオスは、兵士より二日早く移動しているとはいえ、道中はほぼ徒歩だったと思われる。仮に馬をどこからか調達して移動していたとしても、中継点で目撃されていないとのことなので、遠回りで移動した可能性が高いとのことだ。
「そうだとすれば、馬で移動したとしても報告の兵士とほぼ同時と言うのは少しおかしいし、徒歩ならもっとおかしいということですか……」
「その通りだ。だから、協力者がいるのではないかと疑っている」
ケイオスは魔法が使えたから、自身を強化するなり空を飛んで移動するなり出来たかもしれないが、逃げるなら鉱山に連れていかれてからすぐの方がいいはずなのに、何故今になって逃げだしたのか、薬はどこから調達したのかなどの疑問が残っている。
「せめて、薬をいつどこで調達したかが分かれば、ある程度の予想が……そう言えば、ケイオスの腕は、いつ誰が治したんですか?」
前に対戦した時に俺はケイオスの腕を切り飛ばし、さらにケイオスが使っていた『爆発するナイフ』のせいで腕が粉々になったはずだ。エリザはケイオスに関して、一番の特徴になるはずの『隻腕』に関しては何も言っていなかった。
「ジャン、すぐにエリザベートに確認を取ってこい! まだ城内にいるかもしれん!」
ジャンさんはライル様が言い切る前に走り出した。そして十数分後、
「はぁ、はぁ、はぁ……確認してまいりました! ケイオスの腕は両方あったそうです!」
ジャンさんは息を切らせながら戻ってきた。
エリザは自身や伯爵の知り合いにあいさつを終え、ちょうど馬車に乗り込んだところだったそうで、出発するギリギリのところだったそうだ。
「そうなると、鉱山でいつ腕が生えたかということか……すぐに確認させろ!」
今度は王様の指示を受け、ジャンさんはまた走り出した。この件に関しては王城にある資料では分からないと思うので、鉱山を管理している役所に問い質さないといけないらしく、場合によっては現地まで行かないといけないので時間がかかるとのことだった。
「なら、ケイオスの死体は保管しておかないといけないですね……」
「そう言うわけだから……」
「嫌ですよ」
王様が全てを言い切る前に、俺は拒否した。あんなの、いくらマジックバッグに入れっぱなしでいいと言っても、持っていたくないし。
その後、王様、シーザー様、ライル様に頼み込まれて、渋々ながらケイオスの死体を預かることになってしまった。
「それで、テンマ。化け物になった後のケイオスはどんな感じだった? 特に、強さとどういった特徴があったのかを知りたい」
ケイオスの死体の話が終わると、すぐにディンさんが質問してきた。王様たちもケイオスの強さが気になるようで、ディメンションバッグの外で話をすることになった。
「つまり、薬を飲んだ後のケイオスは、アムールを圧倒する力と頑強さ、ヒドラ並み、もしくはそれ以上の再生能力を持つが、戦いが進むにつれて人並みになったということか?」
「はい。詳しい原因は不明ですが、もしかすると強化魔法のようなもので身体能力を上げていたのかもしれません」
「確かに魔力が尽きて人並みに落ちた……いや、戻ったとするのなら、魔法の一種じゃったということも考えられるのう」
「他にも、薬が切れたから戻ったとも考えられるか……どちらにしろ、今後同じような奴が現れた場合、守りを固めながら持久戦に持ち込むのがいいと言うことか」
前例がケイオスしかいないので正解とは断言できないが、今のところ有効と思われるので、それから試すしかないという感じだ。
「現れないのが一番だが、今回のケイオスに人の手が加わっている可能性がある以上、今後も同じような化け物が現れると考えた方がいいだろう。ライル、まずは騎士団の隊長格の者たちを集め有事に備えさせよ。ディン、近衛隊は遊撃としていつでも動ける準備を怠るな。ただし、ケイオスの魔核についてはまだ情報を開示せぬように。情報の開示は、最短でも二度目の事例以降とする」
王様は、ケイオスの魔核に関しては箝口令を敷くが薬の方は情報の制限はせず、危険なものということで周知させるそうだ。
「まあ、薬まで箝口令を敷いてしまうと、何故アムールがケイオスに負けてしまったのかの説明が難しくなるからのう」
アムールは武闘大会のおかげで、王都でも有名な実力者として知られているので、元大会優勝者とはいえ三年のブランクがあり、なおかつ鉱山で酷使され続けていたような奴が、そのままの状態でアムールを殺す寸前まで追い詰めたと納得させるのは難しいという判断だった。
「そういうわけでテンマも、薬のことは言ってもいいが、魔核のことはくれぐれも内密に頼むぞ。例えアムールたちに聞かれたとしても、話してはならん」
王様に念押しされて頷くと、それ以上話すことが無くなったので解散となった。
皆にあいさつしてドアへと向かうと、アルバートも王様たちにあいさつして俺とじいちゃんの後に続いた。
「アルバート、俺たちの馬車に乗っていくか?」
しばらく歩き、先程の部屋から離れたところで、アルバートにうちの馬車で帰らないかと誘ったが、公爵家の馬車で来ているからと遠慮された。
「それにしてもテンマ、パーティーの帰りに事件に巻き込まれたと聞いて驚いたぞ。それと、エリザを助けてくれたこと、感謝している」
「いや、どちらかと言うと、エリザを助けたのはアムールだぞ」
「それでもだ。今度アムールにも礼を言うつもりだが、テンマが間に合わなければ危ないことになっていたのも確かだ」
そう言いながらアルバートは、もう一度頭を下げてきた。少々照れながら、アルバートが頭を上げるのを待っていると、
「テンマさん! エイミィは無事ですか!」
遠くからティーダが走ってやってきた。よほどエイミィの状態が気になるのか全力で走っており、俺のところに着く頃にはかなり息苦しそうにしていた。
「テンマさん、エイミィは!」
それでもティーダは、呼吸を整えるよりもエイミィの安否を優先させたが、
「ティーダ様、落ち着いてください」
アルバートが止めた。ティーダはアルバートに気が付いていなかったようで、声をかけられて驚いていた。
「ティーダ様、エイミィを心配する気持ちはよくわかりますが、まずはテンマを労うべきです。そして、次にアムールとその場にいた他の者たちで、エイミィのことは最後に聞くべきです」
アルバートに注意され、ティーダはすぐに何かに気が付いたような顔をして、俺とじいちゃんに謝罪して、改めて俺に礼を言ってアムールたちの状態を聞いた後で、エイミィのことを聞いてきた。
エイミィはアムールたちのおかげで無事だと教えると、それでも心配なので様子を見に行くと言い出したが……
「この大雪の中、外出の許可を出せるわけがないでしょ」
現れたイザベラ様の言葉を聞いた瞬間にティーダは大人しくなり、進路を塞がないように脇に逸れた。
「アルバート、先程は助かりました。同じ立場だったあなたの言葉は、ティーダの身に染みたことでしょう。テンマ、マーリン様、申し訳ありませんでした。テンマが間に合わなければ、南部自治区やシルフィルド伯爵家との関係にひびが入るところでした。感謝しています。それと後日、私の方からアムールたちにお礼状を書かせていただきます」
イザベラ様は、今いるところが王城で働く貴族たち見られる可能性があるからなのか、いつもとは違う雰囲気で話したので、俺の方もできる限りの作法で礼を返した。
「ティーダ、戻りますよ。エイミィならテンマの屋敷にいる方が安全ですから、心配し過ぎる必要はないわ」
「はい……」
「家だと怪しい奴はそう簡単に侵入できないし、いざという時の逃げ道もあるから安心しろ。それと、ちゃんとエイミィにはティーダが心配していたと伝えるから、他に何か言付けがあれば届けるぞ」
そう言うとティーダは少し考えてから、「襲われたと聞いて心配した。今度会う時には、元気な姿を僕に見せて、安心させてほしい」と言う言葉を届けてくれと頼まれた。少しあっさりしているかなと感じたが、逆に熱烈な愛の言葉を頼まれても色々と困るので、確かにエイミィに届けると約束して二人と別れ、屋敷に帰ることにした。
屋敷に帰るとそこには……
「ゴーレムだらけじゃな」
屋敷の守りとして色々な場所に潜ませていたゴーレムが、庭で警戒していた。
「多分、スラリンがやったんだと思う」
念には念を入れたのだと思うが……今日が大雪で助かった。もしこれが晴れた日で、いつも通りに人が歩いていたら、間違いなくうちの周りに人だかりができていただろう。
「とりあえず、必要な数以外のゴーレムは戻して、いつもより警戒を強めるようにしておけば大丈夫だと思う」
「そうじゃな。このままじゃと、馬車が通りにくいからのう」
いつもの倍くらいのゴーレムを残して、残りは元の位置に戻らせた。ゴーレムの戻る音が聞こえたのか、ジャンヌがドアを開けて出迎えてくれた。
「ジャンヌ、アムールの様子は?」
「ちょっと前に意識を取り戻したんだけど……」
何か問題があったのかと思ったら、
「お肉が食べたいってわがまま言ってるわ」
アムールらしいと言えばそれまでだが、何かあったのではと心配した俺とじいちゃんは、コントのようにその場にズッコケそうになった。まあ、ギリギリのところで踏ん張ったが、雪のせいで床が滑りやすくなっていた為、本当に危なかった。
「どこか痛いとか言っていなかったか?」
「左腕と左わき腹、右肩と右足が痛いって言っていたけど、気持ちが悪いとか頭が痛いとかはないって」
殴られたりぶつかったりしたところが痛いというだけなら、今のところ問題はないと思う。
「アムールに、何か食べさせたか?」
何か食べて追加でお肉をと言うのなら我慢させた方がいいと思うが、何も食べさせていないとのことなので、何か消化にいいものを作ることにした。
「アムール。雑炊作ったから、これで我慢しろ」
簡単にできて消化のいいものということで、卵雑炊を作ってみた。これだけだとアムールの望むお肉が無いので、牛肉のそぼろも作って添えた。
「む! どうせなら、厚切りのステーキがよかったのに……」
「じゃあ、今日は飯抜きな」
「それは困る! あいてっ!」
わがままを言ったので、雑炊の入った鍋を持ち帰るふりをすると、アムールは慌てて引き留めようとして体を動かし、痛がっていた。
「痛みが引くまでは、消化のいいもので我慢しろ。完治したら好きなものを作ってやるから」
そう言うとアムールは渋々ながら頷き、サイドテーブルに置かれた雑炊を見て、
「テンマ……ん」
と言って口を開けた。食べさせろということなのだろうが、流石に抵抗がある。そこで、
「アウラ、任せた」
「任されました!」
雑炊を見ていたアウラに頼むことにした。アムールは色々と抗議の声を上げていたが、全て聞こえないふりをしてやり過ごした。
その後、部屋を出た後でアムールの叫び声が聞こえたが……冷まさないままで頬張ったんだろう。多分ジャンヌあたりが水を取りに行くだろうから、先に食堂に行って冷たい水でも準備しといてやるか。
「お水、お水! あっ! テンマも来て!」
思ったよりアムールのやけどはひどいようで、ジャンヌが水を取りに来て俺を見つけ、アムールの治療の為に連れていかれることになった。そういえば、忘れないうちにエイミィにティーダの言葉を伝えないといけないな。
ティーダとエイミィのことと言いケイオスのことと言い、王都に帰ったら帰ったで騒がしいな。願わくば、このまま何事もなく過ぎて行ってほしいけど……無理だろうな。二人のことはいいとしても、ケイオスの事件は怪しすぎるし、いつかどこかで騒ぎが起こるのは確実だと思った方がいいだろう。
まずは、動きやすくなる雪解けまで、平和であることを祈るか。
「テンマ、早く! アムールがやけどのはずみで腕を打って、悶絶してる!」
……平和であるといいな。