第14章-8 過去の男、再び
あのパーティーの日から、俺やエイミィを取り巻く環境や関係が大きく変わった。
パーティーのときのティーダの浮かれようで、エイミィと恋人になったと学園を中心として噂になり、後日王様が正式にエイミィを将来の王妃候補(皇太孫妃候補)として認めたことで、貴族たちの間では様々な物議が醸し出され、エイミィの身分が平民ということを問題視した貴族たちが、王様に抗議するほどだった。ただ、身分というだけで反対していた貴族に関していえば、俺が王様に提案していた方法を聞かされ、黙ることとなるのだった。その方法とは、
「まさかエイミィがオオトリ家の子供になって、エリザのところに養子に行くとはな……と言うことは、将来的にエイミィは、私の義妹になるということか」
だった。貴族の婚姻において重要視される要素の一つが家と家の『縁』である為、まず最初に平民とはいえ王族や複数の貴族に影響力のある『オオトリ家』に養子として入り、次に家格を補う為にエリザの実家である『シルフィルド伯爵家』の養子となり、そこからティーダと婚姻という形にしたのだ。
まだ正式に婚約を交わしたわけではないので、今は養子に入らなくてもいいという話になりかけていたのだが、エリザの強い希望により、すぐに手続きが行われたのだった。なお、この話をカリナさんたちに持って行ったところ、エイミィを養子に出すということに難色を示すと思っていた俺に対し、カリナさんたちの答えはあっさりとしたものだった。それは、
「えっ! いいんですか? お願いします」
という感じのものだ。カリナさんたちも、もしエイミィが王族と結ばれるとしたら、どこかの貴族に養子に出さないといけないと考えていたそうで、その場合は俺を通して、サモンス侯爵家にお願いできないかと思っていたそうだ。
そんな感じで拍子抜けした俺が王都へと戻ってくると、どこからか話を聞きつけたエリザが屋敷に突撃してきたのだった。その後すぐにエリザの父親もやって来て、エリザの暴走を謝罪して連れて帰ろうとしたが、エイミィはエリザと仲がいいし、シルフィルド伯爵家の養子となれば、近い将来次期サンガ公爵の義妹ということになるので、縁を結ぶという意味ではシルフィルド伯爵家が最適だ……というエリザの主張に一考の価値ありということでマリア様に相談した結果、エイミィはオオトリ家からシルフィルド伯爵家へと養子に入ることになったのだった。
この養子縁組に関して一部の貴族から、『王家が利益を得る為にたらい回しをしている』という批判があったが、マリア様が頻繁にお茶会などを催して参加した奥様方に、『平民の女の子が好きな男子と添い遂げる美談』として頻繁に話したことで、王都中に批判的な論調よりも先にいい話として広がった。ちなみに、エイミィとティーダが婚約か結婚をしたタイミングで、この話を本にする計画があるそうだ。
その他の変化としては、エイミィには近衛や騎士団の中から女性隊員が数名護衛として選ばれ、カリナさんたちには自宅の近くに騎士の駐屯基地ができた。ただ、カリナさんたちに関しては、セイゲン全体の警備強化の一部という感じなので、四六時中警戒しているわけではない。
そして俺の方はというと、シルフィルド伯爵家とサンガ公爵家が関係するパーティーにちょくちょく参加することになった。
これは、オオトリ家とシルフィルド伯爵家とサンガ公爵家が、エイミィに関して協力体制にあるとアピールする目的もある。そのパーティーには、サモンス侯爵やカイン、リオンといった王族派の知り合いに、中立派の知り合い(以前のクーデター騒ぎの時に知り合った貴族たち)が参加して、その後それぞれの知り合いにパーティーの話をすることで、三家が友好的な関係でエイミィの後ろ盾になっているという話を広げてもらった。その結果、エイミィのことを快く思っていない貴族であっても、そうやすやすと行動を起こすことができない状況へとなりつつある。それでも、どこか攻撃できるところはないかと探ってくる貴族はいるのだが、三家の仲は良好なので、今のところ協力体制に綻びはない。
「それで、今日はテンマ一人だけなのか?」
「ああ。じいちゃんは面倒臭いからって、家でのんびりするとか言ってた。女性陣は今後に備えて……とか言って、エイミィを連れて買い物に行った」
今のところ俺が参加したパーティーは気軽なものばかりだったが、今後は女性同伴のものなどにも参加しなければならない可能性があるので、その時に着る服を買いに行くとのことだった。エイミィを連れて行った理由も同じようなもので、オオトリ家から送った服もあった方がいいだろうと言われたからだ。
「多分今頃は、エリザも合流しているはずだぞ」
「……それで、今日は参加できないと言っていたのか」
今日のパーティーはアルバート主催のもので、知り合いの若い貴族を中心に招待して催されたものだった。一応、次期サンガ公爵家当主という立場で開催したものなので、アルバートの隣にはエリザがいるべきなのだが、エリザは将来の夫より新しくできた妹を選んだということになる。
普通ならかなりの問題になりそうな出来事だが、知り合いばかりだったおかげで笑い話で済んでいる。おそらくエリザのことだから、問題になる事はないと判断したうえでボイコットしたのだろう。まあ、帰ったら父親に怒られるだろうが。
「そう言えば、あの時アルバートが受け取った手紙には何が書かれていたんだ?」
「あの時?」
「ほら、二人でマリア様に怒られていた時」
マリア様にプリメラのことで怒られた後で、サンガ公爵がアルバートに渡した手紙のことだ。あの時は聞きづらくてそのまま忘れていたが、今なら大丈夫だと思い軽い気持ちで聞いてみたのだが……
「うっ……」
アルバートは、顔を青くして震えだした。このままだと、他の参加者に俺がアルバートに何かしたと思われそうだったので、さり気なくアルバートを人気のない部屋へと連れて行った。
「落ち着け、アルバート。話したくないら、無理に話さなくていいから」
「ああ、すまない……いや、これはテンマにも関係することだから、言っておいた方がいいだろう」
俺に関係することと聞いて、途端に不安になった。聞きたくはないが、プリメラが何と言っていたのか聞かなくてはならないとも思ったが、
「先に言っておくが、原因はプリメラの手紙ではない。それとプリメラの手紙には、テンマのことは何一つも悪く書かれてはいなかった」
それを聞いて少し安心したが、それなら何が俺に関係しているのかと思ったら、
「手紙の差出人は、プリメラだけではなかったのだ……プリメラの他に、姉二人のものもあったのだ」
サンガ公爵家の長女と次女は、それぞれ王族派の伯爵家に嫁いでいるそうだが、たまたま両方が同時に王都へ来る用事があったそうで、俺たちが王都に帰ってくる少し前に戻ったそうだ。
「本当は二人とも、私が戻るまで待つつもりだったそうだが、二人の嫁ぎ先は北の方でな……雪のおかげで待つことが出来なかったそうだ」
戻る直前でプリメラの手紙が届いたそうだが、アルバートに直接会えないので手紙を残していったそうだ。
「その手紙は私への怒りの文章がほとんどだったが、テンマの情報をよこせということも書かれていた。多分、プリメラに相応しい男かどうかを知りたいのだと思う。冬の間は動かないはずだから、来るとしたら春になって雪が解けてからだろう」
なんでも二人のお姉さんはプリメラを可愛がっていたらしく、直接俺のことを確かめるはずで、今すぐの突撃はないだろうが、いつか必ず来ると思うので覚悟だけはしておいてほしいとのことだった。
その後、いくつかお姉さんの話を聞いて、落ち着いたアルバートと一緒にパーティーへと戻ると、何人かの参加者から急にいなくなった理由を聞かれた。だが、アルバートがオオトリ家とサンガ公爵家の今後の話だというと、それ以上聞かれることはなかった。
「ん? 寒いと思ったら、雪が降り始めたか。この様子だと、パーティーの終了を速めた方がいいかもな」
今はまだパラパラと降っているだけだが、空の様子からするといつ大降りになってもおかしくなかった。
「昼のパーティーにして正解だったな。もしかすると、今年一番の大雪になるかもな」
その後、アルバートの予想通り雪が強くなり始めたところでパーティーの終了が告げられ、参加者はそれぞれの馬車でサンガ公爵邸を後にしていった。
俺はアルバートとの友好的な感じを強調する為、最後まで残り他の参加者を見送ってから、徒歩で屋敷へ帰ることにした。アルバートは積もり始めた雪を心配して馬車を出そうとしたが、行きはよくても帰りが大変だろうし、一人なら最悪飛んでいけばいいので丁重に断った。
「かなり冷え込んだな。帰る前に着替えておいてよかった」
パーティー用の服だと雪の上を歩くには不向きだし汚れるので、不作法かもしれないとは思ったが帰る前にいつもの服装に着替えたのだ。その上からコートを着て、さらに服とコートの間の空気を魔法で温めているので凍えるといった心配はないが、このままだと後一時間以上は歩かないと帰りつけそうにないので、『飛空魔法』で飛んで帰ることにした。本来なら王都の中を飛んで移動するのは罰則を受けることもある行為だが、大雪の中での緊急事態ということで許してもらおう。
と言うことで、早速空を飛んで屋敷を目指した。ただ速度を出しすぎると、顔に当たった雪が寒いどころか痛いくらいだし視界も悪いので、安全重視の空の旅だ。まあ、旅と言うには短すぎるけど。
しばらく空を飛び、あと少しで屋敷が見えるというところで、急に不気味な気配を感じた。
「どこからだ?」
気配を感じた方角を探るが、雪のせいか場所が分からない。すぐに『探索』を使って場所を特定すると、
「ここから屋敷を挟んで反対側……アムールたちが戦っているのか! 相手は……」
アムールを先頭に、今日買い物に行っていたメンバーとエリザに、エイミィ付きになった二人の護衛騎士が、何者かと戦っていた。ただ、ジャンヌとアウラ、それに護衛の騎士の一人は、襲撃者から距離を取ってエイミィを中心にして守りを固めている。しかし、その四人を除いた三人(アムール、エリザ、護衛騎士)を相手に、襲撃者は互角どころか押し気味に戦っているようだ。このままだと、次の瞬間には三人を抜いてジャンヌたちに襲い掛かってもおかしくない。
「相手は誰だ!」
飛ぶ速度を上げ、五分もかからずに現場を視界に収めた俺は、アムールたちが戦っている相手に対して『鑑定』を使った。三人が戦っていた相手とは……
「ケイオス・マイセイルズ……」
俺が初めて出場した武闘大会で戦った、元武闘大会優勝者だった。
アムールSIDE
「いいものが買えた」
あまり服には興味がないけど、テンマとパーティーに出るのに必要だからとジャンヌに言われてついてきたら、いいものが買えた。まあ、服じゃなくて小刀だけど……服の選び方はいまいち分からないから、ジャンヌとエイミィに選んでもらった。アウラだとふざけて変なのを持ってきそうだったから、初めから断っておいた。そんなことより、この小刀はちゃんとした職人が作ったやつで、あの値段では絶対に買えないだろう! 多分……
「アムール、せっかく皆で買い物に来たんだから、少しお茶でもしていこうって」
多分アウラが言い出したんだろうけど、それには賛成だ。なので、ジャンヌの提案にすぐに頷いた。まあ、テンマのお菓子の方がおいしいだろうけど、他のところで食べたお菓子をテンマに教えれば、対抗意識を燃やしてきっとさらにおいしいものを作ってくれるはずだ。
そんな期待を胸に、アウラの案内で喫茶店に入ったけれど……
「いまいち!」
「本当に、噂程ではなかったですわね」
「アムール、エリザさん、まだお店の前だから!」
期待外れの味だった。これなら、ジャンヌが作ったお菓子の方がおいしい。そう伝えるとジャンヌは照れていたけれど、背中を押されてお店の前から引き離された。
「王城に連れて行かれた時、近くで働いていた人がおいしいって言ってたんだけど……思っていたほどじゃなかったね」
アウラもそう言っているしエイミィも頷いているので、二人の騎士以外は同じ感想だったみたいだ。騎士たちは、あの店のどこに不満があったのかという顔をしていたけど、多分それはテンマのお菓子を食べたことがないからだろう。テンマの作るお菓子を食べれば、この二人もすぐに理解するはずだ。
「あの~……雪が強くなってきているみたいですから、早く帰りませんか?」
ジャンヌたちとお菓子の感想を言い合っていると、エイミィが遠慮がちにそんなことを言った。確かに雪が強くなってきているみたいで、南部育ちの私にはちょっときつい……と言うか、意識し始めたら早く帰りたくなってきた。
「うむ、寒い! 早く帰る!」
早く帰って、熱いお風呂に入って冷たい牛乳を飲む! ……何で寒い日でも、お風呂上がりの冷たい牛乳は美味しいのだろう? まあ、美味しければなんでもいいか。
「お風呂! お風呂!」
お風呂お風呂と言いながら屋敷の方に歩いていくと、速足でジャンヌたちが私を追いかけてきた。
「おふ……皆、ストップ!」
皆の先頭に立って曲がり角を曲がると、明らかに怪しい男がこちらに向かってきていた。ボロボロの服を着て、顔も汚いマントで隠していて、いかにも浮浪者ですと言った感じだけど、王都の端っこや外ならともかく、これまでこんな街中で浮浪者は一度も見たことがなかったし、何よりあの男からは嫌な感じがしている。
「エイミィ、離れていなさい!」
エリザもあの男の様子がおかしいことに気が付いたみたいで、すぐにエイミィを下がらせて私の横に並ぼうとしたけれど、
「ドリルも下がる! ドリルの魔法は、雪の中だと危ない!」
「ドリルじゃありませんわ! でも、確かにその通りですわね。私は援護に回ります。前衛は任せますわ!」
エリザが下がると同時に、エイミィの護衛の騎士が一人だけ前に出てきた。エイミィの周りにはもう一人の騎士にジャンヌとアウラが付いたので、あの男の抑えに回るのだろう。ジャンヌとアウラは武器を取り出して、いつでもゴーレムを出せるようにしているみたいだけど、あまり道が広くないので下手に出すと視界を遮ってしまい、逆に危ないことになるかもしれない。二人もそれは理解しているから、出すタイミングを計っているんだろう。もしこれが広い道だったなら、二人の持つサソリ型ゴーレムを出して、エイミィを連れて逃げるように言っているところだ。
これであの男がただの浮浪者だったら問題だったかもしれないけど、私の思った通り男は襲撃者だった。私たちが陣形を整えるとほぼ同時に、男は隠し持っていた剣を抜いて走り出した。
「速い! けど……」
男は、私に襲い掛かると見せてから、隣の騎士に襲い掛かった。だけど、騎士はそのフェイントを見抜いていて、攻撃をかわしながら反撃した。男は騎士の攻撃を何とか防いだけど、
「むん!」
私の攻撃で大きく吹き飛んだ。
「失敗した。槍じゃなくてバルディッシュかハルバードだったら、今ので終わっていた」
ここのところ槍ばかり使っていたのでとっさに槍を取り出してしまったけど、今の状況だと叩き切ることのできる武器の方がよかったかもしれない。でも、
「あまり強くなさそうだから、大丈夫」
そこそこ強いみたいだけど、いつも通り戦えばまず負けることはない。私だけでも十分なのに、こちらにはさらにエリザと護衛の騎士がいる。
「『エアボール』!」
男が何とか立ち上がったところに、エリザが魔法を放つ。その攻撃に合わせて騎士も飛び掛かり、男を切りつけた。
「うむ、これで終了!」
騎士の一撃が止めとなって、男は血の海に沈んだ。まあ、ギリギリ生きているみたいだから、止血だけして死なないようにすれば、後は衛兵が連れて行って尋問するだろう。
最後に攻撃した騎士も同じことを考えていたみたいで、男を捕縛しようと近づいた。しかしその時、
「ふざ……ける、な」
男が胸元から怪しい小瓶を取り出して、一気に飲み干した。男が小瓶を取り出した時、私たちは何か危険な薬(爆発物や毒薬)だと思って、反射的にその場から後ろに飛びのいた。しかし、男が中身を口にしたことで、自害用の薬か回復薬の類だったと判断して、早く身柄を拘束するか薬を吐き出させないといけないと騎士が男に向かって走った。しかし、男の飲んだ薬は毒薬でも回復薬でもなく、
「ふぐっ!」
見たことも聞いたことも無い効果を持つモノだった。薬を飲んだ男は瀕死の状態だったはずなのに立ち上がり、騎士を素手で殴り飛ばした。その体は、初めより二倍以上に大きくなっていて、筋肉がおかしいくらいに盛り上がっていた。
「ドリル、もっと下がる! ジャンヌ、アウラ、ゴーレ……えっ?」
私は男の腕ごと脳天に、力いっぱい槍を叩きつけた……はずなのに、
「ぐひっ! いてぇなぁ……いてぇぞ、この野郎!」
男は手でガードしながら槍を掴み、私ごと槍を振り回した。
「むっ!」
このままだと地面に叩きつけられそうだったので、槍を手放して男から距離を取った。
「こうなったら、叩き切る!」
槍を手放してしまったので、代わりにバルディッシュを取り出し、ジャンヌとアウラが出したゴーレムを男に向かわせて、一撃を入れる機会をうかがった。
流石に数体のゴーレムに同時に襲い掛かられれば隙もできると思ったけど、向かわせたゴーレムのほとんどが、ニ・三発のパンチで崩れ落ちていた。ひどいものになると、たった一撃で粉砕されている。
「今!」
あんな壊され方をするとは思っていなかったけど、向かわせたゴーレムの一体が男の背後から抱き着き、少しの間だけ動きを止めた。私はその隙を逃さずに接近し、バルディッシュを大きく振りかぶって、
「ぬぅうん!」
全力で叩きつけた。
「やっ、あぶっ!」
全力の一撃は、ガードしようとした男の右腕を切り飛ばし、右足も大きく切り裂いた。なのに、私は左から攻撃を受けて吹き飛ばされた。多分、今ので腕の骨が砕けたと思う。すぐに逃げないといけないと分かっているのに、痛みでまともに体が動かない。
「こっちに来なさい!」
エリザが『エアボール』を連発しているけど、男は魔法を食らいながらこちらに近づいてくる。
「腕が……生えてる……」
切り飛ばした場所から、触手を束ねたようなものが生えて、腕のような形を作っている。足の方も、筋肉が盛り上がって傷口を塞いでいた。
「皆、にげ……」
男が私の前まで来て、生え変わった方の腕をゆっくりと振りかぶった。視界の端では、エリザが走って来るのが見えるけど、間に合いそうにない。
男の腕が頭の上まで振り上げられ、もう駄目だと思って目を瞑った瞬間、
「アムールから離れろ!」
テンマの怒りの声が聞こえ、男の右腕がもう一度宙を舞った。
アムールSIDE 了