第14章-6 斜め上の暴走
「本当によかったんですか?」
「かまわん。全てはティーダの力不足だ」
パーティー会場に向かうと、入り口の手前で待たされることになった。会場には成績順で入場するのだが、王族が在籍している時は順番が変わることがあるそうだ。今回、王族であるティーダは全体で二番目の成績だった為、エイミィが順番を譲ろうかと提案したのだが、ティーダより先にシーザー様が断ったのだった。もっとも、ティーダも最後を譲られるのは嫌がっていたので、順番に関しては問題はなかったのだが……その後で言ったイザベラ様の、
「でも本当は、ティーダに頑張って一番を取ってもらいたかったのよね。昔、最後に入場する生徒にあこがれていたけれど、私は一番を取れなかったし……ティーダで無理なら、ルナは……ねぇ?」
その言葉で、ルナが腹を立てて抗議した……が、
「怒るくらいなら、せめて勉強くらいは真面目にやりなさい。真面目にやって駄目なら仕方がないけれど、さぼってばかりなのに、文句はだけは一丁前ね」
と、逆に怒られて不利を悟り、そそくさと自分のクラスに退散していった。ちなみに、王様たちの中等部での最終成績はというと、王様が三番、マリア様が一番、シーザー様も一番、イザベラ様が五番、ザイン様が二番、ミザリア様が十ニ番、ライル様が三番、アーネスト様が二番なのだそうだ。思ったよりもライル様の順番が高いが、軍務大臣になれるだけあって、割と勉強ができる方だったらしい。なお、アーネスト様を抑えて一番だったのはじいちゃんだそうで、楽しそうに当時の様子を俺に語っていた。
「今年度次席、ティーダ・フォン・ブルーメイル・クラスティン。入場です」
じいちゃんの話を聞いている最中に生徒たちの入場が始まった。そして、話が終わる前にティーダの名前が呼ばれ、ティーダを先頭にして三人が会場へと入っていった。
「ティーダが呼ばれたということは、あと少しか……準備はいいか?」
「はい!」
「今年度主席、エイミィ。入場です」
エイミィが返事をするとほぼ同時に、エイミィの名前が呼ばれた。シーザー様とイザベラ様のように、俺とじいちゃんもエイミィの少し後ろに並んで入場しようとすると、何故かじいちゃんがいつもの杖を取り出した。さすがに武器になりそうなものは持ち込ませないと、近くに待機していた職員が注意しに来たが、じいちゃんは、
「年寄りに杖なしで歩けというのか? そもそも、武器となりそうな杖は危険じゃと言うが、それ以上に危険な『魔法』を使える者が、会場にはごろごろおるではないか。それに、武器になりそうというのなら、先に入っていった生徒の親などは、武器として使われたこともある髪飾りや腕輪と言った装飾品を身に着けておったぞ」
などとまくしたて、杖を持ち込むことを無理やり承諾させた。そんなじいちゃんを見て俺は、
(装飾品は武器じゃないとごまかせるけど、じいちゃんの使っている杖はワイバーンを殴り倒した奴だから、武器ではないと言うのは無理だよな……そもそも、ここまでじいちゃんは、杖なしで歩いてきているし……どう考えても、必要ないよな)
などと思ったが、エイミィを狙っている生徒がパーティーで何らかの動きを見せる可能性があるので、威嚇にはちょうどいいとも思い、あえて黙っておくことにした。
改めてエイミィの後ろに並び、扉が開かれて会場に入ると、案の定じいちゃんの杖に気付いた参加者からざわめきが起こった。だが、じいちゃんに直接文句をいう者はおらず、近くにいた教員などを呼び寄せたりしていたが、その教員も俺たちの歩みを止めてまで詰問することはできなかったようで、エイミィの為に用意されていた場所まですんなりと到着することができた。
「それでは、パーティーを開始する。陛下、乾杯の音頭をお願いします」
「うむ。諸君らの輝かしき未来に、乾杯!」
王様の乾杯で、パーティーが始まった。王様とマリア様はこのあとすぐに戻るそうだ。本来、二人は参加する予定ではなかったそうだが、せっかく来たのだからとパーティーの開始まで残ることにしたそうだ。最後まで残らない理由は、二人まで参加するとなると王族が多くなりすぎる為、それにより楽しめない生徒が出てくるかもしれないし、何よりティーダやシーザー様が目立たないからだそうだ。
「じいちゃん、さっきから俺たち注目を集めてるね」
「じゃな。わしら目当ての者もおるし、エイミィ目当ての男子生徒もおるの……とりあえず、端の方で飯でも食うとするかの」
「だね……エイミィ、端の方で食べようか? ここだと、目立ちすぎるからね」
エイミィも注目を集めているのが分かっているみたいで、俺の意見に頷いた。移動する俺たちに、あからさまについてこようとする者はいなかったが、行き先だけは確認しているみたいだった。
「どうやら、互いにけん制しておるみたいじゃな。先頭を切って接触して、わしらの機嫌を損ねるのは嫌みたいじゃな」
「そのまま、ずっとけん制しあってくれると嬉しいけどね。あっと、これも持って行こ」
「わしのも頼む」
移動しながらおいしそうな食べ物を集めていたら、皿いっぱいになってしまった。それを見た何人かの貴族があからさまに笑っていたが……
「お兄ちゃん、これも美味しいよ!」
俺とじいちゃん以上に皿をいっぱいにしたルナの登場で、すぐに俺たちから見えないところへと逃げていった。
「売店のはそんなに美味しいものがなかったけど、今回のはパーティー用の料理だけあって、どれもおいしいな」
「わしのいたころは、売店のやつも食堂の料理も大したものがなくてのう。よく学園を抜け出して、街の料理屋に食べに行ったものじゃ」
「へ~食堂の料理も、結構おいしいけどね。でも、お兄ちゃんの料理の方がおいしいよ」
「食堂の料理って、少し高めのものが多いんですよね。毎日は大変ですけど、自分で作った方が安く済みます」
平民とはいえ、くーちゃんの糸や冒険者活動でそれなりに稼いでいるエイミィでも、毎日食堂の料理ではないそうだ。金銭的に厳しいのかと聞くと、
「いえ、安い料理もあるんですけど……あまりおいしくありません」
だそうだ。美味しい料理を頼もうにも、美味しいだけあってそれなりの値段がするそうで、たまにしか食べないそうだ。そして、安くておいしくない料理を食べるくらいなら、それよりも安く済んで自分の好きなものを食べることができる自炊を選ぶとのことだった。
「おっと!」
エイミィたちと話していると、突然大きな音がすぐ近くから聞こえた。犯人はじいちゃんだ。じいちゃんが持っていた杖を落としたのだ。
「これは申し訳ない」
じいちゃんは、周囲に対して謝罪の言葉を口にしたが、あまり反省しているようには見えなかった。何故ならじいちゃんは、わざと杖を落としたからだ。
じいちゃんがわざと杖を落とした理由は、エイミィに近づこうとする男子生徒が複数いたからだった。多分、ルナが一番にエイミィに接触し、その後和やかに話をしているのを見て、今ならルナに挨拶をするふりをしてエイミィに近づくことができるとでも思ったのだろう。その出鼻をくじく為に、じいちゃんは杖を落として大きな音を出したのだ。
「ハエと言うかなんと言うか、臆病者が多いのう。少し脅しただけで委縮しおって……根性がある者はおらんのかのう?」
じいちゃんの呟くような声が聞こえたわけではないだろうが、堂々とした足取りで男子生徒が一人近づいてきた……と思ったら、それはティーダだった。
「テンマさん、こちらに混ぜてもらってもかまいませんか?」
「エイミィがいいなら、俺はかまわないよ」
そう言うと、ティーダは若干心配そうな顔でエイミィを見た。エイミィは苦笑しながらティーダを話に混ぜたが……エイミィの後ろでは、ルナが必死に両腕でバツを作って反対していた。まあ、エイミィには背後の出来事だったので見えていなかったし、ティーダは当然のごとく無視していたので、ルナの反対運動は空振りに終わった。
ティーダが参加したことで他の男子生徒はさらに近づきにくくなったようで、あきらめて他の女子生徒のところに向かった生徒もいた。しかし、あきらめた男子生徒のおかげで減ったと思われた見物人は、新たに現れたティーダ狙いの女子生徒のせいで増えており、さらには女子生徒間でのけん制も始まったので、雰囲気が若干悪くなりかけていた。
そんな雰囲気の中ルナは誰かを見つけたようで、手招きし始めた。だが、手招きしても目的の知り合いは来ないようで、直接呼びに走った。そして連れてきたのは、
「お兄ちゃん、私のお友達だよ」
数人の女子生徒だった。ルナの友人たちはかなり緊張しているようで、落ち着きがなかった。
「大丈夫だよ。お兄ちゃんとおじいちゃんと、エイミィちゃんは優しいから」
ルナはわざとティーダの名前を出さなかったが、ティーダはここでルナを怒るということはできないと分かっているようで、表面上は笑顔でルナの友人たちを迎えていたが、友人たちが見ていないところでルナを見る目が一瞬だけ鋭くなっていた。
「私たちも混ぜてもらってもいいかな?」
ルナの友人たちとしばらく話を……というよりも、質問に答えていると、今度はシーザー様とイザベラ様がやってきた。さらには護衛の近衛兵もやってきた為、俺の周辺は一気に人口密度が上がることとなった。そういったこともあり、せっかく緊張の解け始めたルナの友人たちは、再度落ち着きを無くしていた。その後、ルナの友人たちの親が子供の様子がおかしいのに気が付き、シーザー様にあいさつをした後で自分の子供を回収していった。その様子を見ていた他の生徒たちは、自分の親と一緒にシーザー様へとあいさつに来て、エイミィやティーダ、それと俺に声をかけてくるようになった。
俺に話しかけてくる生徒のうち、先程の試合や武闘大会などの感想や質問といったことを聞いてくる分にはなるべく丁寧に答えるようにしたが、エイミィやティーダに自分を薦めて欲しい、いいように紹介してほしいという依頼を持ってきた生徒は、全てを話し終える前に追い返した。
俺の方にすらエイミィやティーダに紹介してくれというのが来たくらいだから、本人たちの所には俺に来た数倍の生徒が入れ代わり立ち代わりやって来て話しかけていた。
ティーダは慣れた様子で話していたが、エイミィはどことなくぎこちなかった。そんなエイミィの様子に気付いたのか、話しかける男子生徒はやや強引に何らかの約束を取り付けようとしていた。だが、
「ちょっとエイミィちゃんを借りますね。エイミィちゃん、行こ」
ルナがエイミィと男子生徒の間に入り、エイミィをどこかに連れ出そうとした。男子生徒は、話しの途中で横から勝手に連れ出すのは失礼だと、注意する感じでルナを止めようとしたが……
「女の子が話の途中で抜ける理由を問い質す方が、失礼ではないですか? それに、無理に話に付き合わせるのもどうかと思います」
と言って、そのままエイミィをパーティー会場の外へと連れて行った。
残された男子生徒は他の生徒から笑われた上に、慌てた様子の親によりどこかへと連れ去られていた。親の方はシーザー様と話している最中に慌てだしたので、シーザー様かイザベラ様に何か言われたのだと思う。ルナがエイミィを連れ出した理由は……トイレに連れて行く為だろう。もっともそれは建前で、本当はあの男子生徒から引き離す為の嘘の理由だっただろうが、それでも周りからすれば、『女性に恥をかかせた』とか、『嫌がられているのに気が付かない鈍い男』とかいう風に思われただろう。
「ふむ……そういえば、いつの間にかこんなに時間が過ぎているな」
「そうですね」
男子生徒とその親がいなくなったタイミングでシーザー様がイザベラ様に話しかけ、二人で話を始めた為、遠巻きに様子を窺っていた生徒やその親たちは、シーザー様に話しかける機会を見失っていた。
「お疲れ様です。何か取ってきましょうか?」
「私はいつものことだが、テンマの方こそ疲れたのではないか? ああ、飲み物はウェイターに持ってこさせるから、わざわざテンマが行くことはない」
「そうね。私たちよりも、テンマの方が慣れない分大変だったのではないかしら? ちょっと空気の読めていない子が、テンマのところに行っていたものね」
生徒の親たちがいなくなったので、シーザー様とイザベラ様のところへ行き話しかけると、二人は気さくに応じてくれた。それにイザベラ様に至っては、周囲にギリギリ聞こえるくらいの声で、俺にエイミィかティーダを紹介してほしいとの依頼を出してきた生徒とその親に対してけん制した為、心当たりがある生徒とその親は、俺たちのいるところとは反対側の方へと離れて行った。
「大体これで、馬鹿な者たちは離れて行ったかな?」
「だといいわね」
「まだいるとは思いますけど、少なくなったはずですね。ところで、ティーダとじいちゃんは……」
二人と話している間、ティーダとじいちゃんが話に加わってこなかったのでどうしたのかと思うと、二人もそこで話に加わってこなかったことに気が付いたようで、俺と一緒になって周囲を探してみると、
「じいちゃんは食べ物と飲み物を見に行っているだけか。でもティーダは……」
「何をしているんだ?」
「あっちは、ルナとエイミィが向かった方向よね?」
ティーダは難しい顔をしながら、エイミィとルナが向かった方向をじっと見ていた。
「まあ、今はうっとおしい連中はいないから、放っておいても大丈夫だろう」
シーザー様がそう言い、しばらくの間好きにさせておこうとイザベラ様も同意したので、俺も放っておくことにした。それからしばらくして、食べ物を山盛りに持って帰ってきたじいちゃんが戻ってきたので、シーザー様たちと一緒にじいちゃんの持ってきたものをつまみながらたわいもない話を続けた。
「ん? エイミィとルナが戻ってきたみたい」
エイミィとルナがいなくなってから一時間くらいたった頃、ようやく二人は戻ってきた。ティーダは二人が戻ってきたのを見て安心したようで、深く安堵のため息をついていた。
「ルナ、遅かったわね」
「ちょっと、お友達とお話ししてたから」
ルナは、やはりエイミィをトイレへと連れて行ったのではなく、あのしつこかった男子生徒から逃がす目的だったらしいが、それ以外にもシーザー様が来る前に話していた友人たちに、どこかのタイミングで会いに行くと約束していたそうだ。最初はルナだけで抜け出すつもりだったそうだが、抜け出す寸前になってエイミィの方も気になってので、「それなら一緒に連れて行けばいいや!」……と考えたらしい。
エイミィが言うには、抜け出した先で待っていた友人たちは、エイミィが一緒だったことに驚いたらしいが、エイミィの話はルナからよく聞いていたそうで快く迎えてくれたそうだ。ただ、色々と質問攻めにあったらしく、最後には今度勉強を見る約束まですることになったのだとか。
「でも、いい子ばかりなので、話しやすかったです」
ルナの友人たちは全員貴族の子女らしいが、ルナの友人と言うだけあって、差別的な思想は持っていないそうだ。
「いい後輩ができてよかったな」
「はい!」
そう言うとエイミィは嬉しそうに返事をし、ルナも友人が褒められたと喜んでいた。
「まあ、そう言った理由なら、遅かったのも仕方がないだろう。私とイザベラのせいで、あの子たちも居辛かっただろうからな」
そんな感じで、エイミィとルナも加わって話が進むと思っていたら、
「エイミィ、少しいい?」
エイミィのことを一番待っていたティーダが、真剣な顔でエイミィに話しかけた。
「えっと……どうしたの?」
真剣な表情のティーダに、エイミィは多少困惑していたみたいだが、すぐに了承してティーダに向き合った。
「もしかして、あの子……告白する気じゃないかしら?」
「あの様子だと、そうかもしれないな」
「この場所でですか?」
「静かに、ティーダが行くみたいだぞい」
ティーダとエイミィに聞こえないように小声で話していると、じいちゃんの言葉通りティーダが数度の深呼吸の後で、覚悟を決めたような顔でエイミィを見た。なお、ルナはティーダの行動を邪魔しようとでも思ったのか、ティーダとエイミィの間に割り込もうとしたところをシーザー様とイザベラ様に捕まり、不満そうな顔をしている。そして、
「エイミィ……僕と、結婚してください!」
ティーダの告白は俺たちの斜め上を行くもので、俺たちを含んだティーダとエイミィの様子を周囲で見守っていた参加者たちは、揃って固まってしまった。
そしてそれは、告白されたエイミィも……というより、エイミィが一番混乱し、瞬きすら忘れたかのように固まっていた。