第14章-5 超短期決戦
「それじゃあ、ルールの確認だ。そっちのチームの大将はティーダで、ティーダが戦闘続行不能の判定を受ければ俺の勝ち。生徒のうち、誰か一人でも俺に有効打を当てれればそっちの勝ち。俺は攻撃魔法と武器を使わない。そっちは魔法も武器を好きに使っていい」
「本当に、そのルールでいいんですか? それと、テンマさんの装備は……」
このルールなら最悪ティーダ一人の怪我ですむので、俺としても王家としてもこちらの方が都合がいい。それ自体はティーダも納得しているのだが、それとは別に心配しているのが俺の装備だ。
ルールにもある通り、生徒たちはそれぞれの武器を持ち、今からダンジョンに潜るのかような出で立ちだが、対する俺は武器を持っておらず、さらに防具も着けていない。
「何か変か?」
「いえ、まあ……その服でいいのでしょうか?」
「ああ、さすがに上着くらいは脱いだ方がいいか。まあ、攻撃を食らうことはないだろうけど、土ぼこりで汚れるとパーティーまでにきれいにするのが面倒だからな」
上着を脱いでジャンさん(審判)に渡すと、ティーダもジャンさんも呆れた顔をしていた。ティーダの後ろの方では、エイミィが苦笑いをしており、その他の生徒はいらだったような顔をしている。
「テンマ、挑発はほどほどにな……では、双方離れて! 始めっ!」
ジャンさんが開始の合図を出したが俺はその場から動かずに、屈伸運動やアキレス腱を伸ばしていた。
「先手は譲るから、いつでもいいぞ~」
挑発が効いたのか、ティーダとエイミィを除いた生徒たちは、一斉に魔法を放ってきた。しかもここで決める気なのか、それぞれ思いっきり連発している。
しばらくの間、生徒たちの魔法が続いていると突然ジャンさんが、
「勝負あり! 勝者、テンマ!」
俺の勝利を告げた。
「はい、お疲れ様」
いきなり敗者とされただけでも混乱していた生徒たちは、さらに自分たちの後ろから聞こえてきた俺の声に驚いていた。
生徒たちに驚かれている俺はというと、エイミィとティーダの肩に腕を回し、さらに二人の首を優しく掴んでいる。
「余裕を見せている相手に対し、最大級の火力で攻めるというのは悪くない作戦だが……今回は、悪手だったな。君たちの勝利条件は、テンマになんでもいいから一撃入れることで、敗北条件はティーダ様がやられないことだ。一番に考えるのは、ティーダ様の守りを固めることだったな」
審判として全体を見ていたジャンさんは、生徒たちに駄目出しをしている。生徒たちも、ジャンさんが近衛兵ということもあって、真剣に話を聞いていた……が、
「テンマさん、いつまでこの状態でいればいいんですか?」
「まあ、ジャンさんの話が終わるまでかな? 生徒たちが負けを納得できなければ、もしかすると戦闘続行ということもありえるからな。ああ、標的のティーダだけいればいいから、エイミィは話を聞きに行っていいよ。ジャンさんは新人とかの指導で慣れているから、為になる話が聞けるはずだ」
「はい!」
エイミィは元気よく返事をすると、駆け足でジャンさんの話を聞きに行った。
「今回の試合でテンマの動きに対応できていたのは、エイミィただ一人だけだったぞ。もっとも、ティーダ様とテンマの間に割り込んだまではよかったが抵抗できず、最終的には一緒に無力化されたしまったがな。それでも力量差を考えれば、テンマの奇襲に間に合うだけでも上出来だ」
ジャンさんも、エイミィの動きはよかったと褒めている。確かに、俺との付き合いが長いおかげで、ある程度行動を読めたというのも関係しているだろうが、それを差し引いてもいい動きだった。
「それに比べて君たちは、色々と焦りすぎだ。あれだけ魔法を打ち放てば、砂煙で標的を見失ってしまうし、音のせいで連携も取りづらいだろう。テンマはそれを利用して、気配を消しつつ低空飛行でティーダ様を狙ったわけだ。せめてティーダ様を中央に配置し、その周囲を警戒する者を最低でも三人付けていれば、もう少し抵抗できただろう。テンマに一撃入れることができれば、周りに自慢できるというのは理解できるが……テンマはなかなか性格が悪いからな。それを知ったうえで、君たちを挑発し続けていたんだ」
確かにジャンさんの言う通りで、あれだけ挑発したら俺の想定通りに動いてくれるだろうと思ってやったことだが……あまり人聞きの悪いことは言わないでほしい。
「まあ、テンマの手のひらの上だったからと言って、そこまで気にすることはない。何せ、テンマがそこまでしたということは、そういった戦い方もあると教えると同時に、君たちのことを対等な相手として戦ったからだ。それと、テンマ。そろそろ魔法を解いてもいいんじゃないか?」
「そうですね」
生徒たちは、試合が始まってすぐに俺が使った魔法に気が付いていないようだ。ティーダも気が付いていないようで、至近距離で驚いた顔を向けてきた。
「試合中とはいえ、周囲の変化にも気を配った方がいいかもな」
魔法を解くと、途端に観客席から歓声が聞こえてきた。つまり俺が使った魔法とは、風魔法で観客席の声が生徒たちに聞こえないようにするものだったのだ。こうすることで、俺が生徒たちを回り込むのを観客席からの声で知られないようにしたのだった。他にも、生徒たちの魔法を逸らしたり土煙を広範囲に広げたりする為に、同じく風魔法を使っている。
俺の使った魔法が分かり、さらにジャンさんのフォローがあったおかげか、生徒たちの目は試合前までの敵を見るようなものから尊敬交じりのものに代わっていた。
「ちなみに言っておくけど、今回一番駄目だったのはティーダだからな。ちゃんとした指示を出せず、さらには攻撃もできずに無力化されたんだから」
ティーダにしか聞こえないくらいの小声できつめに言うと、ティーダは少し泣きそうになっていた。しかし、試合開始前にちゃんと作戦を立てて、その作戦を生徒たちに徹底させるか、挑発に乗りかけていた時に声をかけて落ち着かせていれば、もう少しまともに戦えたはずだ。それがなくても生徒たちの大将はティーダなのだから、チームがボロ負けした責任は大将であるティーダの責任なのだ。
「将来、騎士団を率いて戦場にでることは無いとは言えないんだ。今回のことを王様やシーザー様、それとライル様に相談してみるのもいいかもな」
学生時代の王様とシーザー様も、戦場で指揮を執るということを考えていたかもしれないし、ライル様は実際に指揮を執ったことがあるだろうから、ティーダの参考になるような話が聞けるだろう。
解放するついでに、髪の毛をくしゃくしゃにかき乱すようにティーダの頭をなでると、恥ずかしそうに手を払われた。
「ティーダ様、テンマ! こちらに来てもらわないと、締められないのですが!」
いつの間にかジャンさんの話は終わっていたようで、俺とティーダ待ちの状態だった。
駆け足で向かい、改めて勝利宣言を受け、生徒たちと握手をして俺の為に用意された控室に戻ると、控室の前で満足そうな顔をしたマリア様とシーザー様の出迎えを受けた。どうやら、生徒たちを傷つけずに勝負を終えたことに満足しているようだ。そして、それとは別の理由で礼を言われることになった。
「パーティーだが、開始時間を少し遅らせることになった。疲れてはいないだろうが、この部屋で時間を潰すといい。今戻ると、生徒やその関係者に囲まれるかもしれないからな」
「そうね。元々あの部屋にいた者たちだけならともかく、他の部屋にいる生徒や関係者も見に来るかもしれないわね。マーリン様の相手はあの人がやっているから、安心して避難するといいわ」
王様がいないと思ったら、じいちゃんの相手をしているからだそうだ。じいちゃんもこちらに来たがっていたみたいだが、じいちゃんが移動すると誰かが付いてきそうだったそうで、渋々留守番しているのだそうだ。王様がじいちゃんの相手をしている理由は、じいちゃんはマリア様やシーザー様にはどこか遠慮してしまうみたいだが、王様相手なら昔家庭教師をしていたということもあり、気楽にできるからだそうだ。もっとも、それはマリア様とシーザー様も同じらしい。
そういった理由から、虫よけとして王様を置いてきて、二人でこちらにやってきたそうだ。そして、この後でティーダたちの所に向かうらしい。先に俺のところに来たのは、無理を言って俺に試合をさせたので、次代の国王として謝罪と礼を言いに来た……ということにしたいらしい。
今回の試合は改革派の貴族から提案された試合なのに、頼んだだけのはずのシーザー様が俺に頭を下げるということは、改革派はシーザー様に貸しをを作ったことになる。少なくとも、王族派や中立派と言った改革派以外の貴族はそう思うはずだ。もしかすると、改革派の貴族の中にもそう思う者が出てくるかもしれない。
「やられたからには、やり返さないとな」
「倍返しではぬるいわね。これを機に、もう少し改革派の勢力を削らないと……ねぇ?」
シーザー様とマリア様がそろって悪い顔をしている。やはりシーザー様は、王様ではなくマリア様似のようだ。
「まあ、そっちの方は私たちの領分だから、テンマは気にせずに休んでいるといい。パーティーの時間が近づいてきたら、近衛の誰かを呼びに行かせよう」
そう言って、シーザー様とマリア様は元いた控室の方へと戻って行った。
「休んでいいと言われても……やることないから暇だな……」
生徒たちに囲まれたり、見世物にされたりするよりはいいが、暇な方が多少ましといった感じだった。こんなことになるのなら、何か暇つぶしの道具でも持ってくるんだったと後悔してしまった。ちなみに、スラリンたちは屋敷で留守番しており、ライデンはディメンションバッグの中でじっとするのが嫌みたいで、活動を休止させている。今回持ってきているマジックバッグには馬車しか入っておらず、馬車の中なら何かあるかもしれないが、この部屋に馬車を出すスペースがない。神たちからもらった腕輪型マジックバッグ(普段は見えないが、ちゃんと腕に装着してある)もあるにはあるが、中には武器と食料しか入っていないので、暇つぶしができるものがない。
「さすがに武器をもっていることが何らかの拍子にバレたら、シーザー様たちに迷惑がかかるかもしれないしな……」
『探索』もあるので、そう簡単に部屋の中を覗かれるということはないだろうが、リスクはあるより無い方が絶対にいい。
そういったことから、暇つぶしにはあまりならないだろうが、お菓子でもつまもうかと準備を始めた時、何者かが近づいてきているのに気が付いた。最初は近衛の誰かが呼びにでも来たのかと思ったが、気配を殺し足音を立てないようにしていることから、近衛ではないと判断した。まあ、判断した瞬間に使った『探索』でその正体が分かったわけだが……暇つぶしになりそうなので、ドアの近くで気配を殺して来客を待つことにした。
「多分この部屋のはず……あれ?」
「わっ!」
「わきゃぁあああ!」
静かにドアを開けて中に入ってきたルナを背後から驚かすと、ルナは思っていた以上に驚いて大きな声を出した。
「は、はは……は~……もう! 驚かさないでよ!」
ルナはひとしきり俺に文句を言った後で、目ざとく準備中のお菓子を発見して席に着いた。
「ルナはこんなところにいていいのか?」
「いいの! お兄ちゃんの試合の前に、お母さまの仕事に無理やり付き合わされたから!」
イザベラ様の仕事が気になったので内容を聞くと、あいさつ回りとのことだった。王族派の貴族や友好的な貴族のところには世間話や情報交換、敵対的な貴族のところにはけん制を、といった感じのものに付き合わされたのだそうだ。途中で試合が始まったので一時中断となったそうで、終わって再開する前に自分の教室に戻ると見せかけて逃げてきたとのことだった。
「それにしても、よくお菓子とジュースを持ち込めたね」
「まあ、隠そうと思えば出来ないことではないからな。でも、食べた以上はルナも共犯だからな」
共犯という言葉が、ちょっと悪いことをしているという感じで気に入ったのか、ルナは楽しそうに頷きながら新しいお菓子に手を伸ばしていた。バレても大事にはならないだろうが、たまにはこういう風にちょっとしたスリルを感じながらのおやつも面白いかもしれない。
「そういえばエイミィちゃん、馬鹿な男子からも大人気みたいだね。勉強ができて魔法が上手くて、お兄ちゃんの弟子だけど平民出身ってことで、私の学年にも狙っているのがいるよ」
ルナの言う馬鹿な男子の大半は男爵以下の新興の貴族か貧乏貴族で、エイミィを側室か妾にすれば俺やアルバートたちとの縁ができると考えているようだ。
「一発逆転を狙うつもりなのに、正妻じゃないってのが将来性のなさを表してるよね~……って、女子の間では話題になってるよ! それに、『将来性』のところは、『誠意』とか『度量』とか『魅力』とかになったりもするね!」
女子の間でと言っているが、その女子はルナの知っている女子か学年の女子といった感じだろうが、それでも評判はかなり悪いと考えていいだろう。
「女子は怖いな」
「お金目当てで話しかけてくるのもいるから、気を付けないといけないしね」
なので、ある程度仲がいい生徒同士では、そういった情報を共有するのだそうだ。
「なら、評判のいい男子生徒の情報はどうやって知るんだ?」
「う~ん……それはもっと仲のいい友達が教えてくれるか、自分で集めるみたいだよ」
ルナは評判のいい方の情報はあまり興味がないようで、悪い生徒ではないと分かるくらいのものでいいそうだ。ただ、自分で集めたことはないが集め方は知っているそうで、方法は大きく分けて二つだと教えてくれた。
「一つ目が『金を使う方法』か……つまり、情報を売ってくれそうな人に金を渡すか、集めてくれそうな人を雇うということか。二つ目が、『足を使う方法』……ストーカーだな」
「だね。二つ目は、上手くいけば自分しか知らないような情報が手に入るみたいだけど……集めている途中でバレて、問題になることも多いみたいだよ」
一つ目の方は、プロか信頼のおける人物を使えば、バレてもしらを切れるかもしれないが、ストーカーの方は犯罪かそれに近い行為だからな。もし好意を抱いている相手にバレでもしたら、致命的な失態だろう。
「そういえば、前にリオンたちにストーカーされたことがあったな……」
懐かしい思い出だと、何となく呟いた言葉だったのだが、ルナの興味を引くには十分なものだったらしく、俺はその時のことを話すはめになった。まあ、リオンのヘタレが原因のストーカー行為だった為、基本的には笑い話なので問題はないだろう。あるとすれば、リオンのイメージが少しばかりマイナスになるくらいだろうが……学園生の中ではリオンのヘタレエピソードは割と有名らしいので、逆に面白いとプラスになるかもしれない。少なくとも、ルナは話を聞いて笑ってはいるが馬鹿にしたような笑い方ではないので、悪くなったという感じではない。
「そろそろ誰か来る頃だと思うけど……ルナは、俺を心配してここに来たんだよな?」
「ん? それもあるけど、一番はお母様から逃げる為だよ」
本人を目の前にして本音を話すのはどうかと思うが、それだけ気心が知れているということなのだろう。だが、今回ばかりは嘘でも頷いておけばいいのに……と思いながら、心の中でルナに向かって合掌した。何故なら、
「くっ……くふっ!」
外で部屋の様子を窺っている人物がいたからだ。それも複数。笑いをこらえきれなかったのは、その中心にいた人物……王様だ。王様が部屋のドアを開けると、ドアの向こう側で覗き見をしていたメンバーの姿が現れ、ルナは驚き固まってしまった。
王様はにやにやと笑っているが、その横にいるイザベラ様は無表情でルナを見ているし、二人の後ろにいるジャンさんたち数人の近衛兵は、我関せずといった感じで明後日の方向を見ていた。
「あ、ああああっ! お兄ちゃん、間違えた! 逆逆! お兄ちゃんが心配だったから来ただけで、結果的にお母様から逃げるみたいになっただけだよ!」
ルナは慌てて、先程の発言は間違えただけだと俺たちに言い出したが、さすがにその言い訳は苦しく、誰一人として信じていなかった。まあ、ルナがあまりに必死になって言い訳を続けるので、最後にはイザベラ様もあきらめたようだ。ただ条件として、『俺を心配して様子を見に行ったことを、周囲にそれとなく話す』というものを出されていた。こうすることで、改革派が提案したことなのに王族が罪悪感を覚えていると強調し、情報操作をするとのことだった。実際には、全然と言っていいほど俺は気にしていないが、改革派を悪者にすることでその他を味方に付けるという作戦らしい。その作戦の核として俺は使われているが、それに対する俺への報酬といえば、他の貴族に対して『俺に無理を言えば、王族の評価と国民からの評判が下がるかもしれないぞ』……といった脅し(とも言えないようなもの)でけん制するというものだそうだ。
「いや~テンマに対する国民の人気が高いからできるような技だな!」
「そうだね! おじい様じゃ、こうはいかないかもね!」
ルナの言葉に王様は笑っていたが、冗談とはいえ多少は傷ついたらしく、ルナの頭をかなり乱暴に撫でまわしていた。
「陛下、時間が近づいてきておりますので、そろそろ控室の方に戻った方がよろしいかと」
ジャンさんの言葉で王様たちはこの部屋に目的を思い出したようで、少し慌てて控室の方に戻ることになった。戻る際、イザベラ様はルナの腕を引っ張り、王様はかたずけ途中のお菓子をいくつか確保し、移動中に食べていた。
「あら、テンマ。少し遅かったわね」
「すいません、マリア様。思ったより気が高ぶっていたみたいで、ルナと世間話で気を紛らわせていました」
俺の言葉に、ルナは何度も頷いている。それを見たマリア様は、ルナが俺のところにいた本当の理由に気付いたみたいだがあえてそのことには触れず、代わりに、
「そう、ルナも大変だったわね。まあ、王族の中でもルナは、テンマとはとても仲がいい方だから、話し相手としては適任ね」
そう控室にいる改革派にも聞こえる声で、ルナを褒めた。その他にも、さりげなく改革派の責任だということを言いながらも、断り切れなかったことを謝罪するなどして、改革派をねちねちと攻めていた。そんな中、
「皆様、パーティーの準備が整いました。順番に会場にお越しください」
パーティーの時間が来たのだった。