第14章-4 変則試合
「そういえば、何でうちの屋敷でライル様とルナが試験をさせられていたんですか?」
ついでにこれも聞いておこうと、軽い気持ちで質問したのだが、シーザー様たちはとても渋い顔をしていた。
「早い話が、母上を怒らせたからだな。まあ、私たちも怒ってはいるが……ついでに言うと、テンマも多少関係しているぞ」
何が関係しているのか聞くと、ライル様が俺とマリア様とルナでいやらしいことを考えていたというのだ。ただ、その告発者はルナとのことなので、それ自体は出まかせだろうということになったそうだが、
「普段からあの二人は問題だらけだったからな。一度罰を与えようという話になって、王城の荷物置き場の掃除をやらせたのだが……そのついでに、テンマの屋敷のゴミも運ぼうという話になってな。クライフとアイナに二人を監督させていたのだが、その時にルナがどこからか手袋を見つけて使っていたらしい。ルナは、二組見つけたということで、ライルにも渡したそうだ」
屋敷にあった手袋と聞いて、何となく嫌な予感がした。シーザー様は続けて、
「テンマの屋敷では何事もなかったのだが、その後で王城のゴミ置き場で火事が起こったのだ。原因は、ルナとライルが使っていた手袋だった」
幸い、すぐに消火されたので、ゴミが燃えた以外にほとんど被害はなかったそうだが、一時王城内は騒然としたそうだ。
「それって、俺の責任ですか?」
「いや、ルナとライル、そして監督をしていたクライフとアイナの責任だろう。あとは、ルナの親ということで、私とイザベラだな」
だよな……と思っていると、シーザー様は居住まいを正し、
「申し訳ないが、ルナとライルが勝手に使用した手袋は破損し、私たちでは修復が不可能だった。そして、勝手なことを言うが、あの手袋を誰かに譲渡したり、情報公開したりしないでくれ。あれは、使いようによってはかなり危険だ」
あの手袋は魔力を流せば魔法が簡単に発動するので、犯罪行為……あまり考えたくないが、子供のように標的があまり警戒しない相手を使ってテロ行為をすることも可能なのだ。しかも手袋でなくてもハンカチのような布でも応用可能なので、知らないうちにテロ要員に仕立てるということもありえる。そして何よりも、ルナのように知らずに着用して、事故を起こす可能性も高い。
「分かりました。あとニ~三組予備があったはずなので、すべて処分しておきます」
シーザー様は、広めたり譲渡したりしなければ、そのまま持っていてもかまわないと言ったが、今回のように知らないうちに誰かの手に渡る可能性もあるので、使わないのなら処分しておいた方が安心なのだ。
そのことを言うと、シーザー様がなぜ使わないのかと聞いてきたが、
「ぶっちゃけて言うと、あの手袋は使い勝手が悪いんです。少なくとも、俺にとっては」
昔セイゲンのダンジョンで遊び半分で作った手袋だが、あれ以降一度も使ていなかった。その理由は使い勝手が悪いからで、恐らくだが、多少でも魔法に自信がある人は、同じような感想を抱くと思う。
「あれって、魔力を流せば誰でも使えますけど、魔法自体は火を出すくらいしか出来ないんですよ。しかも、手袋に魔力を流す、手袋で魔力を魔法に変換する、魔法を放つという手順になるんですけど、普通のやり方だと、その三工程が二工程なんですよ。しかも、慣れるとほぼ一工程の時間で魔法を放てます」
体内の魔力をそのまま魔法に変換すれば、最初の工程を省くことになるというわけだ。しかも、慣れれば魔力の変換から放つ動作までほぼ同時進行できたり、変換の時間を短縮したりすることも可能なので、時間的には手袋の一工程くらいだろう。まあ、時間と言ってもゼロコンマ何秒くらいだろうが、その時間が命取りになる事もあるので、馬鹿にはできない。そして何より、
「手袋だと、あらかじめ決められた魔法しか放てませんから、自由度が低いんです」
魔力を流せば魔法が使えるという使用上、他の魔法を使おうとするときにも発動してしまう可能性がある。同時に発動するならまだいいが、下手すると両方不発で失敗になったり、最悪魔法が暴発したりするかもしれない。便利に見えるかもしれないが、実際のところあの手袋は失敗作なのだ。
「なので、処分する方がいいんです」
持っていることで心配されるくらいなら、いっそのこと処分した方がすっきりする。それが使わないものならなおさらだ。
そのことでシーザー様から製作費などを補償すると言われたが、遊び半分で作った試作品であり、材料も市販の手袋やゴブリンなどの魔核なのでいらないと断った。王族からの補償となれば、材料費に技術料を足した程度ではないだろう。それこそ、その何十倍の金額を提示されるはずだ。さすがの俺も、遊び半分で作った失敗作で大金を渡されるのは躊躇われる。それが知り合いとなればなおさらだ。
シーザー様は納得しなかったみたいだが、イザベラ様が間に入って説得したので、最後にはシーザー様がもう一度謝罪するという形でこの話は終わった。
その後、しばらくの間談笑を続けたが、マリア様の説教がループしていることに気が付いたので、そこで解散することになった。
屋敷に帰る前に、じいちゃんとジャンヌに『プリメラとの結婚話』は今後しないようにと釘を刺したのだが……
「お兄ちゃん! プリメラと結婚するって、ほんとなの!」
まだ屋敷にいたルナにより、秘密にしたかった話が早々にばらされることになった。
その後の屋敷の騒がしさはすごかった。何がすごいかというと、屋敷で待機していたアムールとアウラの追求(ジャンヌだけを連れて行ったのは、ジャンヌとも結婚する気だったからではないかと言った感じのもの)がしつこかった上に、俺たちが帰ってきたという話を聞きつけたマークおじさんたちが来ていたので、アムール・アウラ組とククリ村組の二つから逃げることになってしまったのだ。まあ、逃げ込んだ先は自分の部屋なので、ドアの前で騒がれることとなってしまったが……そこは、ディメンションバッグに逃げ込み、さらにそこに馬車を出して一日ほどやり過ごした。
だが、一日くらいやり過ごせば、多少は大人しくなるのではないかという俺の期待は裏切られ、出てきて早々にアムールに捕まり、アウラからマークおじさんたちに連絡が行き、結局皆に囲まれて説明することになった。まあ、おじさんたちは一日の間に、結婚話はマリア様が俺を注意する為に仕組んだことだったという話がじいちゃんから説明されていたみたいで、俺を一通りからかうだけ(それでもウザかったが)だったので、酒を渡しておけば離れていったが……アムールはかなりしつこかった。注意する為だけだったとしても、その場に自分が同席出来なかったのが引っ掛かっていたようだ。ただ、いつもなら機嫌が直るのに長引くところだが、今回はレニさんがいたので割と早く元に戻ったのが救いだった。
『結婚話』の騒動から二週間後、学園のパーティーの日がやってきた。
屋敷からはエイミィの保護者代理と関係者ということで、俺とじいちゃんが参加する。最初はエイミィの護衛と言う名目でアムールも参加するという話が一部から出たが、子爵家の令嬢が平民の護衛と言うのはおかしいということになり、その話は流れた。アムールは非常に残念そうだったが、おかしいと指摘したのがマリア様だったということもあり、大人しく引き下がっていた。なお、レニさんはギリギリ間に合うと言って、騒動の数日後には南部に帰っていった。王都では軽く雪が積もる日もあったが、例え強く降るようになっても、南部に近づくにつれて雪の量は少なくなっていくので大丈夫だろうとのことだった。
「それじゃあ、行こうか。おじさん、お願い」
「任せろ」
学園までは馬車で移動するのだが、これはいつも通りライデンで行くことにした。ただ、最初は俺が御者をしようとしたのだが、冒険者としてならともかくオオトリ家の当主として参加するのだからやめた方がいいとのアイナのアドバイスに従い、急遽マークおじさんに頼むことになった。
これも最初はアムールがすると言ったり、マリア様から近衛の誰かを送るという話も出たが、護衛と同じ理由でアムールはよくないとなり、さらに近衛兵が御者をするのは、他の貴族から批判が出るだろうということでこれもよろしくないということで、オオトリ家の関係者で誰からも文句が出ない人ということでマークおじさんが選ばれた。
ただ、おじさんも宿の仕事が忙しい(パーティーの参加者の関係者などが大勢王都にやってきた為、それが原因でおじさんの宿もお客が増えた)ので、学園まで御者をしてもらった後はライデンと馬車はディメンションバッグとマジックバッグに入れ、おじさんは仕事に戻ることになっている。
学園に近づくにつれて、参加者と思われる馬車がかなり増えたが、他の参加者の馬がライデンを怖がったせいで何度も道を譲られた為、思った以上に早く学園に着くことができた。
学園に着くと、まず最初に門の手前で招待状を確かめられ、そのまま馬車置き場に案内されるはずだったが、その前にライデンをバッグに入れたので、控室の方に行き先が変更になった。おじさんとはそこで別れ、代わりにやってきた案内係から移動中に控室での注意事項を聞きかされた。案内された部屋は生徒の成績順で分かれているらしく、成績がトップだったエイミィの関係者は、会場から一番近い部屋になるそうだ。その部屋は、上から十番目までの成績だった生徒の関係者が使用する場所とのことだが、俺たち以外はまだやって来ていないそうだ。ちなみに、二番目の成績優秀者はティーダだそうだが、王族の場合は専用の部屋を用意することが多いらしく、今年はルナもいるのでこの部屋には来ないだろうとのことだった。
案内された部屋で待っていると、エイミィはすぐにやってきた。平民でトップの成績というのはこれまでなかったそうで、パーティーの前はやっかみを受けることもあったそうだが、次席のティーダを始め、クラスの友人たちのおかげで、直接的な被害はほとんどなかったそうだ。あと、選民思想がないので教師の受けもよかったり、三馬鹿の影響力もいい方向に向かったそうだ。
しばらくの間、エイミィの学園や寮での話などを聞いているうちに、続々と他の学生たちの関係者が部屋にやってきた。思った通りではあったが、エイミィ以外に平民で成績上位に入った生徒はいないらしく、それぞれ豪華な服を着ていた。一応、生徒は制服の着用とされているそうだが、素直にルールを守るつもりはないようだ。それどころか、時折露骨に制服姿のエイミィを見て笑みを浮かべている生徒もいるので、成績でかなわない分、財力で勝負をとでも思っているのかもしれない。まあ、そういった感じの目つきをしているのは、入ってきた八人の生徒のうち三人。いずれも女子だ。他にも、もう一人女子生徒がいるが、その生徒は一緒に入ってきた男子生徒といい感じの雰囲気で談笑しているので、エイミィを敵視する必要がないのかもしれない。他の関係者に聞こえないようにエイミィに確認してみたが、敵視している感じの女子生徒はティーダ狙いだそうで、ことあるごとにエイミィに張り合っていて、残りの一人は談笑している男子生徒が婚約者なのだそうだ。
「そういえば、エイミィにプレゼントがあるのを忘れてた!」
わざと周囲に聞こえるように言うと、一斉に俺の方に視線が集まったのが分かった。あまりこういった場に物を持ち込むのはよくないが、事前に係員に確認してもらって許可を取っている。
「このマントだ。大体のサイズは合っていると思うけど、一応着てみてくれ」
用意していたのはフード付きの黒マントで、ボタンも付いているので胸の前辺りで留めれるようになっている。
「えっと……ちょっと大きいみたいですけど、大丈夫です。ありがとうございます」
「成長期だから、すぐにちょうど良くなるよ。そのマントの表は走龍の革で裏がワイバーンの飛膜、ボタンは地龍のうろこを加工したもので、ボタンは関係ないけど、走龍の革のおかげで耐火性と耐水性に優れて、おまけに多少の魔法耐性もあるから便利だよ。あとついでに、オオトリ家の家紋も端の方に小さく入れておいた」
表側の左下に家紋を入れているがこぶしくらいの大きさなので、ぱっと見では気が付きにくいかもしれない。まあ、でかでかと入れるのもどうかと思うので、俺が送ったものだと分かればそれでいい。
マントに使われている素材を聞いた生徒たちと関係者は、皆揃って驚いていた。何せ、ここ数年どころか、百年の間に公式記録に残っている討伐された龍種は、全部で五頭。その内、地龍が三頭、走龍が一頭、そしてドラゴンゾンビが一頭だ。その中で、まともに素材が売り出されたのは八十年前の地龍のみ。他は俺とじいちゃんの討伐したもので、王家や知り合いに売ったり譲ったりしたものを除けば、ほとんど自分のものにした。つまり、市場に出回っていないのだ。
龍種の近い魔物では、ワイバーンは年に数回は出回るが、最近素材を手に入れたのは俺の関係者とハウスト辺境伯家だけだし、ヒドラも数年に一回程度は討伐されるが、龍種並にレア度が高いので、大抵討伐した人が確保していることが多い。
その為、エイミィにプレゼントしたマントは金を出せば買えるというものではなく、この部屋にいる生徒やその関係者がどれだけ欲しがっても、現状では絶対に手に入れることができない品物なのだ。
「じいちゃん、誰か来る。多分、王族の誰かだと思う」
「みたいじゃな」
生徒の関係者で気が付いているのは少ないみたいだが、遠くの方からこちらに近づいてくる鎧の音が数人分聞こえてくる。おそらくは近衛兵だろう。念の為使った『鑑定』でも、近衛兵と出ている。ただ、その近衛兵に守られているのは、予想通り王族ではあるのだが……予想していたよりも数が多い。その王族の先頭にいるのが、
「陛下!」
王様だった。事前に聞いていた話では、今回のパーティーに王様とマリア様は参加せず、参加者は学園生のティーダとルナ、そして二人の親のシーザー様とイザベラ様とのことだったのだが、何か事情が変わったのかもしれない。
「跪かなくともよい。せっかくの衣装が汚れるではないか」
王様に気が付いた親たちが即座に跪き、それに続いて生徒たちも膝をつきかけたが、王様がそれを止めた。ちなみに、俺やじいちゃんは椅子に座ったままだった。一応、皆が跪こうとしたのを見て腰を一度浮かせたが、王様がやめさせると思っていたので、口を開きかけた瞬間に腰を下ろしたのだ。
エイミィはというと、他の関係者や生徒たちにつられて膝をつこうとしていたが、椅子を立った瞬間に俺がエイミィの肩に手を置いて、同じように椅子に座らせた……のだが、エイミィの肩に手を置いた瞬間、ティーダの目つきが鋭くなった。手を放すと元に戻るので、面白がって何度か同じことをすると、じいちゃんや王様たちにバレてしまい呆れられ、エイミィには不審な目で見られた。
そんなことをしているうちに王様たちが俺の近くにやって来て、
「ティーダが面白いから、ほどほどならからかっても構わんが……テンマ、少し頼みがあってな」
「それは断ってもいいですか?」
「いや、話しくらいは聞いてくれても……」
王様の頼みごとを聞く前に、ろくなことではなさそうなので断ろうとした俺だったが、
「テンマ、真面目な話なのよ。話だけでも聞いてもらえないかしら?」
「分かりました。立ち話もなんですので、どうぞお座りください」
マリア様の頼みということで、俺は近くにあった椅子を三脚持ってきた。それぞれ、マリア様とシーザー様とイザベラ様の分だ。マリア様に用意した椅子を軽く引くと、マリア様は軽く礼を言って座った。イザベラ様の椅子は、シーザー様が同じようにしていた。ティーダとルナは学園の生徒なので、休み時間にでもしているような手慣れた感じで、自分で近くの椅子を持ってきて座った。ただ、ティーダはさりげなくエイミィの隣に座ろうとしていたが、ルナが強引に割り込んでエイミィの隣を確保していた。そしてそのままエイミィの着ていたマントを褒め、エイミィもまたマントの話をし始めたので、ティーダは大人しくルナ越しにエイミィに話しかけていた。
「ほれ、アレックス。そんなところでボケっとしとらんで、はよ座らんか」
「は、はぁ……ん? おお、すまない」
王様は、じいちゃんに言われて椅子を自分で用意しようとした。それを見たエイミィが立ち上がって椅子を取りに行こうとしたが、エイミィが立ち上がったすぐ後にティーダも立ち上がり、エイミィを椅子に座らせて自分が代わりに椅子を用意した。その様子に、マリア様やシーザー様たちは満足そうに見ていたが……ティーダが席を立って背を向けた瞬間に、ルナがティーダの椅子を遠ざけた為、戻ってきたティーダは自分の椅子を見失っていた。まあ、慌てる様子のティーダを見たルナが笑っていたので、すぐにいたずらに気が付き、椅子を元の位置に戻していた。
そんなティーダを見て、ルナはますます笑っていたが……今は怒られなくても、絶対に王城に戻った後で大目玉だろうなと、ティーダとマリア様の目を見てそう思った。
「ルナ、ここにいるのは我々だけではないのだ。いい加減にしなさい」
「ごめんなさい……」
ルナはシーザー様が本気で怒っているのが分かったのか、かなり落ち込んでいた。
「頼みたいのは……いや、これはシーザーから話した方がいいわね」
「ええ、母上……テンマ、我々が頼みたいことというのは、今年の成績上位の生徒たちとの試合だ」
「はぁ……それくらいなら構いませんが、ルールはどうするのですか?」
シーザー様……というか王家の頼みだし、日頃お世話になっているのでそれくらいなら問題はないのだが、ルールが少しめんどくさかった。
「一対十の変則試合ですか……」
「駄目か?」
「駄目ではないですが、怪我人が出ませんか? いえ、俺が手加減できないというわけではなく、生徒たちの同士討ちが心配という意味で?」
集団戦で怖いのは、複数で戦うことに慣れていない者同士による足の引っ張り合いだ。エイミィとティーダにも確認したが、学園の生徒は武闘大会と同じルールの一人から五人までの練習試合はやるそうだが、十人一組で戦ったことはないそうだ。
そういった考えからシーザー様に確認したのだが、これが数人の生徒や関係者たちには挑発と取られたようで、控室の空気がピリピリし始めた。
「ふむ。確かに、テンマの心配はもっともだ。だが、生徒たちもそれなりに実戦経験は積んでいる。それにこの様子だと、怪我くらい覚悟の上なのだろう。まあ、できる限りの手加減はしてほしいところだが」
「できる限りは気を付けますが……試合と言うからには自己責任が基本だということを、各々に覚悟させてください」
その条件なら受けると言うと、シーザー様はその場にいた生徒たちとその関係者に確認を取り、その場で条件を飲ませた。あとで聞いた話では、元々この試合の話は成績上位者の生徒の関係者から出た話だそうで、それに何人かの教師も賛同し、学園側からの頼みということで朝早くに王様に話が行ったそうだ。ちなみに、試合の話は一部の生徒しか知らないそうで、この部屋にいる生徒の半数以上は今知った感じだった。
「ところで、マリア様。この話を持ってきたのは改革派の貴族と、俺にいい感情を持っていない貴族や学園の関係者ですよね?」
小声でマリア様に聞くと、マリア様は小さなため息をつきながら頷いた。王様を動かすことのできる貴族であり、さらにその中で俺に敵意を向けそうな貴族となれば、おのずとその人物は限られてくる。
「ダラーム公爵ですか?」
名前を出すと、マリア様はまた頷いた。俺が王族派だと国民に知れ渡るにつれて王族への支持率は増え、改革派は減った。さらに、ジャンヌを保護していることから中立派の中核を担っている貴族たちとも縁ができ、俺を通して王族派と中立派は友好的な関係となっている。
そういった事情もあり、改革派に所属していた貴族の一部が離反して他の派閥に移ったことにより、改革派の発言力は大幅に減り、それと同時に改革派の中心であるダラーム公爵の力も落ちた。
「それで、嫌がらせに試合を……ですか?」
「ええ、いくらテンマでも、怪我をさせずに生徒たちを相手にするのは難しいと考えたのでしょうね」
俺が生徒を怪我させれば、それを口実に少しでも王族派の力を削ぐつもりなのだろう。もし計画が失敗しても、ダラーム公爵側にダメージはない。ローリターンだがノーリスクと言った感じなのだろう。
「まぁ、とりあえず頑張りますね。と、言うことで……ティーダ、エイミィ、お手柔らかに……な」
他の生徒たちは意気軒高といった感じで盛り上がっていたが、俺の笑顔を見た二人は顔色が悪いように見えた。