第13章-12 復讐完遂
ファルマンSIDE
「親父、起きろって!」
「な、何があった!」
ファルマンはグンジョー市にあるグロリオサ商会の支店に父親を運び込むと、支店内にある自分達用の部屋のソファーに寝かせ、一度廊下を確認してから父親を起こした。
父親はファルマンの慌てた声と体を揺さぶられた衝撃で飛び起き、部屋の中を何度も見回している。起きたばかりで状況が掴めていないようだ。
「親父、不味い事になった」
「その前に、どうして俺はここにいるんだ?」
状況の掴めていない父親はファルマンに説明を求め、何とか気を失う寸前のところまでを思い出した。
「あの『龍殺しのテンマ』がアンリから色々吹き込まれて、親父に対してキレている。それだけじゃなくて、テンマの付き合いのあるサンガ公爵家とサモンス侯爵家、それにハウスト辺境伯家の嫡男まで、テンマに媚びを売る為に味方した!」
「な、何だと! そ、それで、アビス子爵は、何と!」
「アビス子爵はサンガ公爵家に仕えている身分だから、どうする事もできないらしい」
「そんな……」
ファルマンの言葉に、父親は頭を抱えて項垂れた。さらに続けてファルマンは、
「このままだと、グロリオサ商会も潰されかねない。テンマはジェイ商会と繋がっているらしく、親父の事で難癖をつけて店を潰し、グンジョー市にジェイ商会を押し込むつもりだ!」
「卑怯者め……どうにかならんのか!」
自分の事を棚に上げて、何を言っているんだとファルマンは思ったが、表面上ここは父親に同意した。
「一応、解決策はあるらしい」
「それはなんだ!」
ファルマンがもったいぶった言い方をすると、すぐに父親は食いついてきた。
「アビス子爵に助けを求めた時に正面からではどうにもできないが、いくつかの条件があれば何とかと言っていた。その条件は、今回の件で親父が責任を取って商会を去る事と……」
「そんな条件が、飲めるわけないだろうが!」
父親はファルマンの言葉を遮って怒鳴った。
「ちょっと落ち着いてくれって、親父。何も、馬鹿正直にやめる必要はない。やめた振りをするだけだ」
「そ、そうか」
「続けるぞ。まず、親父がテンマではなく、サンガ公爵家の嫡男の気を悪くしたという責任をもって、商会の会長を辞任する。これで、平民のテンマに頭を下げずに、公爵家の嫡男とアビス子爵に気を使っているという形にする。そして、全財産と商会の全権を俺に譲るというのを書類に残せば、後はアビス子爵が庇ってくれるそうだ」
「う、うむ……だが、全財産まで譲るとしなくてもいいのではないか?」
父親は全てを譲るというのが気になるのか、ファルマンの計画を一部変更させようとした。だが、
「甘いぞ、親父。テンマはこれまで何人もの敵対者を消してきたんだ。その中には、貴族も含まれている。なのにこれまで問題にされていないということは、それだけの権力者と繋がりを持っているという事だ。だから、全てを捨てて責任を取ると書類に残し、アビス子爵を通してサンガ公爵家に訴えって認めさせれば、いくらテンマでも手出しは出来ないはずだ。なに、書類上では俺に全てを譲ったと記しても、没収されるわけじゃないんだから、書類上の持ち主が変わっただけでこれまでと何も変わらないさ」
「なるほど、確かにそうだ。何も書類に記した事を馬鹿正直に守る必要はないな」
「そういう事だ。それで、急いでこれにサインしてくれ。すぐにでもアビス子爵に出して、手を打ってもらわないとまずい」
ファルマンはにやけそうになるのを抑えながら、一枚の紙を父親に渡した。その紙には、グロリオサ商会の全権とグロリオサ家の財産の全てをファルマンに譲渡し、自分は隠居するというものであり、すでにファルマンのサインが入っていて、後は父親のサインを入れるだけというものだった。
「う、うむ。わかった」
父親はファルマンの手際の良さに驚いていたが、何の疑問も持たずに書類にサインを入れた。すぐにでも手を打たないと、グロリオサ商会が潰されてしまうかもしれないというのが効いたようだ。
「それと、こっちの三枚は、アビス子爵とサンガ公爵、それに議会に提出するための奴だ。内容は一緒だから、これも名前を書くだけでいい」
「うむ!」
時間との勝負だと考えた父親は、何の疑いもせずに自分のサインを入れた。ファルマンはそのサインを確かめるとにやりと笑い、
「これで大丈夫だ、全て上手くいく」
「ああ、そうだな」
ファルマンは四枚の書類を受け取ると大事そうに抱え、
「アビス子爵様、準備ができました」
ドアに向かって声をかけた。その言葉を合図にドアが開かれ、アビス子爵と共にグンジョー市騎士団の団員が数名部屋に入ってきた。
いきなりの事に混乱している父親をよそに、アビス子爵はつい先程父親のサインが入れられたばかりの書類に目を通し、
「本当にいいんだな、ファルマン」
「はい」
ファルマンに確認を取ってから、最後の書類以外に自分のサインを入れた。そして、
「その者を捕らえるのだ! それと、重要参考人としてファルマンを連れていけ!」
騎士達に父親の捕縛を命じ、ファルマンを連れて行くように指示を出した。
「何が、いったい何が!」
団員は、父親を両脇から押さえつけ跪かせたが、ファルマンに関しては背後に一人立っただけで何もしなかった。
「この書類に、これまで表に出ていなかったお前の悪事が書かれている。しかも、お前が認めたというサイン付きでだ!」
アビス子爵が父親に突き付けた書類はファルマンが用意した最後の書類で、これまで父親が隠してきた悪事に関するものだった。ちなみに、一枚目は最初に書かせたファルマンへの権利の譲渡の書類と似てはいるが、内容は父親から譲渡された権利の全てを、ファルマンがダニエルとアンリに譲渡するというもので、二枚目は父親とファルマンが、グロリオサ家及びグロリオサ商会と縁を切るという誓約書だった。
完全にファルマンが父親を騙し討ちにした形で、詐欺ともいえる方法ではあるが、そこに貴族であるアビス子爵のサインが入った事で、どこに出しても公式の書類として扱われる事になる。父親がこれを覆すには、アビス子爵よりも高位の貴族(この場合はサンガ公爵)か国の機関に訴えなければならないが、それをすると書類の内容の真偽を確かめる為に、事細かに調べられる事になる。
もし父親がサンガ公爵や国に訴えを起こすと、その間のゴタゴタで商会の経営に大きな影響を与えてしまうかもしれない。そうさせない為に、アビス子爵は最後の書類にサインを入れなかったのだ。
つまり、悪事に関しては今は公式な書類としない事で、父親に逃げ道を作ったのだ。つまり、犯罪者として追放されるか、ただ単に追放されるかを選べという事である。犯罪者として追放されれば、その後は牢屋に入れられるか犯罪者奴隷として厳しい罰が与えられるかのどちらかだ。もっとも、単に追放されただけだとしても、父親に恨みを持っている者に危害が加えられないとは限らないが……そこは運が良ければ逃げ切る可能性もある。
これらはアビス子爵の流儀に反するものの、成功した暁にはグロリオサ商会の名でダニエルが被害者にできる限りの償いをすると言う事で話はついている。まあ、アンリの結婚祝いに目を瞑るというところもあった。
「う、あ……あぁあああ! 裏切者が! なぜだ! なぜ父親に対してこんな事をした!」
どう転んでも全ての権利と財産を奪われ、さらには命の危険にさらされるという未来しかないと理解した父親は、完全に自分の味方だと思っていたファルマンに怒りを向けた。しかしファルマンは、
「父親、か……俺とお前の間に、血の繋がりはない。グロリオサの家に引き取られても、俺はお前を父親と思ったことは、一度もない」
と、冷たい声で言い放った。ファルマンのこの言葉に、父親はしばらくの間何を言われたのか分からなかったようだが、その意味を理解したとたん、ファルマンとファルマンの母親を大声で罵り始めた。それは傍で聞いていたアビス子爵や団員達が眉をひそめる程だった。
父親はファルマンが何も言わないのをいい事に、ますますヒートアップしていったが、
「黙れ」
「ぎっ! あが、が……」
ファルマンの前蹴りを顔面に食らい、鼻血を出して苦しむ事になった。しかし父親は、鼻血を出しながらも、もう一度口を開きかけたが、ファルマンの怒りの表情に気圧され、代わりにアビス子爵や団員達にファルマンの非道を訴えようとしたが……
「ようやく静かになったか……あまりにも聞くに堪えない言葉が続いたせいで、思わず耳をふさぎ目を背けてしまった……それで、なぜお前は鼻血など出しているのだ?」
完全に見て見ぬふりをした。
「まあ、そんなことはどうでもいい。とりあえず、騎士団本部の牢に連れていけ。治療は牢に入れてからでいい」
アビス子爵の命令を受けた団員達は、父親を無理やり立たせ、半ば引き摺るようにして連れて行った。父親は引き摺られながらも必死になって何か叫んでいたが、鼻血のせいなのかアビス子爵には父親が何を言っているのか聞き取ることは出来なかった。
「ファルマン、先程の行為は褒められたものではないが、気持ちは分かる。気持ちを落ち着けたいというのなら、もう少し待つが」
「大丈夫です。お願いします」
ファルマンはアビス子爵側の人間とはいえ、それと同時に重要参考人という立場でもある為、団員に連行される形で騎士団本部へと向かった。
ファルマンSIDE 了
「アビス子爵、昨日はお疲れさまでした」
「いえいえ、私は大したことはしていません。大変だったのはファルマンとプリメラ様の部下達ですから」
アビス子爵が、昨日グロリオサ商会で起こった出来事を報告に、サンガ公爵家の館まで来ていた。ただ、最初の挨拶はアルバートにしたものの、その後はずっとプリメラとばかり話している為、アルバートが若干拗ねていた。俺の視界の隅には、拗ねるアルバートをいじろうと狙っている三つの影が映っているので、今日も違うお祭り騒ぎになるだろう。
プリメラとアビス子爵の話を聞いていて分かったことは、父親は『犯罪者奴隷となって鉱山送り』か『グロリオサ商会及び家族との縁切りをした上での追放』かの二択を突き付けられ、さんざん抵抗したらしいが最終的には追放の方を選び、数日後にはアビス子爵の家来によってどこかに連れていかれるとの事だった。
ファルマンの方は、父親の犯罪行為に直接加担してはいないものの、犯罪行為を容認し隠蔽を手伝っていた事を本人が認めたのだが、今回父親の罪を告発した事と捕縛への協力、そして被害者への補償をする事で減刑となり、アビス子爵の監督下による数年間の奉仕活動となったそうだ。被害者への補償はファルマンの財産を充て、足りない分はグロリオサ商会が肩代わりするという事らしい。
なぜ父親が財産や権利をはく奪されたが追放だけで、ファルマンが数年間の奉仕活動が課されたのかと言うと、父親は恨みを買いすぎているので、今後は色々なところから命を狙われると思われるからだった。早い話、わざと襲われやすい状況を作る事で、今後常に命を狙われる恐怖を味わう事になるというのが、父親に課せられた罰なのだ。
対してファルマンは、被害者に金銭的な補償をした上、奉仕活動をさせる事で罪を償わせているとし、ファルマンに危害を加えることはアビス子爵、および許可したサンガ公爵家の顔を潰すようなものだと思わせる事で保護するのが目的との事らしい。まあ、知らないところで危害を加えられる事も考えられるが、貴族の監視が付いているファルマンより父親の方を狙う方が簡単だし、襲って気が晴れるのも父親の方だ。それでも、襲われる可能性はゼロでは無いが当のファルマンは、「もしこれで襲われても、それは仕方のない事だ」と覚悟を決めているらしい。
それと、なぜファルマンが父親を恨んでいたのかというと、ファルマンの母親と本当の父親に関係しているそうだ。
ファルマンの本当の父親は、ファルマンの母親と結婚する寸前に事故で亡くなったそうだが、実際には(父親だとややこしいので、本当の方を父親、違う方を偽親とする)偽親がファルマンの母親を手に入れる為に仕組んだものだったそうだ。父親が亡くなって数日後、偽親はファルマンの母親を無理やり手籠めにしたそうだ。その後、ファルマンが生まれるのだが、実際は亡くなった父親の子供なのだそうだ。
そんな事を知らない偽親は、ファルマンの母親のところへは年に数回、思い出したかのように通っていたのだが、そのたびに見かけるファルマンが会うたびに自分に似てきたように感じ(実際には、あまり似ていない)、実の子供より可愛がった為、ダニエルと後に生まれるアンリとの間に溝ができたそうだ。
ファルマンの母親はお腹にいたファルマンを守る為に、嫌悪感すら抱いていた偽親に従っていたが、ある日、ひどく泥酔した偽親を相手にした際にひょんな事から真実を知り激しく憎悪したが、復讐する前に病気にかかってしまった。病気を知った偽親は、それ以降ファルマンの母親のもとに通うことがなくなり、母親は復讐の機会を得ることができなくなってしまった。そして、最後には心の病にもかかって亡くなってしまった。
ファルマンは体と心の病にかかった母親の世話を幼いながらにしていたが、その過程で実の父親の事を知り、偽親との間にある因縁を知った。もともと、偽親の事を『母親を苦しめる存在』として認識し、嫌悪していたファルマンは、いつか偽親に復讐すると誓っていたとの事だった。
「しかし、始まりがそれで、よくまともに育ったな」
「まとも……とは言えないかもしれないが、アンリ達を巻き込まなかったのは意外かもな」
俺の呟きに、拗ね気味だったアルバートが返事をした。確かにまともではないが……それでも、グロリオサ家全ての人間に復讐を……と考えてもおかしくはなさそうな状況で、偽親一人の犠牲で済ませ、グロリオサ家の被害を最小限に抑えたのは、アルバートの言う通り意外であった。
「その事だが、本人が言うには、引き取られてからの数年は、グロリオサ家全てに復讐をするつもりだったらしい」
アルバートと話していると、突然アビス子爵がプリメラとの話を中断させて口を挿んできた。
「だが、そんな中でもアンリの母親はファルマンに優しく接していたらしいく。それに、小さかったアンリが甘えている姿を見て、昔の自分と母親が重なって見えたことが、今回の結果に繋がったそうだ」
「やはり、母親の愛はすごいのですね」
「そうなのですよ、プリメラ様」
至極真面目な顔をして話していたアビス子爵は、プリメラの言葉を聞いた瞬間に破顔し、俺とアルバートに背を向けた。
「アルバート……ここはプリメラに任せて、出発の準備をしに行こうか」
無視された俺とアルバートはアビス子爵をプリメラに丸投げし、明後日に迫った出発の準備をするために応接間を離れた。
「まあ、準備と言っても大してすることはないけど、お土産くらいは見て回るか」
落ち込み気味だったアルバートを連れて外を回り、土産や食料品を買い求める事およそ三時間、館に戻った俺達を待っていたのは、置いてけぼりにされて怒っているプリメラだった。なんでも、あのままアビス子爵の話に付き合っているとじいちゃんもやって来て、年寄り二人の話し相手をさせられたそうだ。しかもその中で、セルナさんの結婚式の話からプリメラの結婚の話になり、何故か小さい頃のプリメラの話(恥ずかしい話含む)をアビス子爵に暴露されたらしい。アビス子爵は、自分の話でプリメラの機嫌が悪くなったのを察し、俺達が返る前に館を去っていったそうで、じいちゃんもアビス子爵に合わせてどこかへ逃げて行ったそうだ。
二人が逃げたせいで、プリメラは怒りの捌け口を失っていたそうだが、そんなところへ俺とアルバートがのこのこと帰ってきたせいで怒りが再燃し、しかも倍増してしまったようだ。
「アルバート、もうすぐしたらしばらく会えなくなるんだし、今日くらいは兄妹水入らずで話したらどうだ? 俺は邪魔にならないように、他の皆とあいさつ回りに行ってくるからさ」
「えっ! ちょっ、テンマ!」
「サンガ公爵家の事とか領内の事とか、外部には知られたくない話もあるだろうし、俺達に遠慮せずに話し合えよ……じゃあな!」
アルバートをプリメラの方に押し出すと、アルバートは反射的に俺の方へ駆け寄ろうとしたが、その前にプリメラに肩をつかまれていた。
「テンマ、早くいこ!」
アルバートがプリメラに捕まってから間髪入れすに、アムールが俺の手を引いて外へと走り出した。それに続くようにカインとリオン、ジャンヌにアウラも、アルバートとプリメラを大きくよけながら外へと飛び出した。
「クリスさんとレニさんは? まさか、逃げ遅れた?」
外に出て、玄関から見えないところに皆で集まったのだが、そこにはクリスさんとレニさんがいなかった。
「クリスは、部屋に閉じこもってシロウマルをモフってる。レニタンは……」
「ここにいますよ」
アムールがレニさんの名前を呼んだ瞬間、近くの茂みからひょっこりと姿を現した。
「あの時、皆さんより少し離れたところにおりまして……なので、わざわざあの横を走り抜けるのは失礼かと思い、窓から抜け出してきました」
「じいちゃんは先に逃げて、クリスさんは部屋でトリップ中……と言うわけで、全員の無事が確認されたわけだ」
「いや、アルバートが捕まったままなんだが……」
「リオン、久々に兄妹でじゃれあってるんだから、邪魔しちゃだめだよ」
「そんなに言うなら、リオンも二人に頼んで混ざらせてもらえばいい」
「いや、水入らずのところを邪魔しちゃいけないな! ほら、さっさと行こうぜ! ここにいると、二人の邪魔になるかもしれないからな!」
『そんなわけあるか!』と思いつつも、ここに居続けたら何かの拍子に見つかってしまうかもしれないので、リオンの言う通りさっさと街に繰り出す事にした……正門を通らずに、裏口から。
こうして俺達は、アルバートを犠牲にしてグンジョー市を散策し、買い物や買い食いを楽しんだのだが……
「聞いてください、テンマさん。兄様は本当にひどいんですよ!」
帰ってきて早々に、プリメラに捕まって愚痴を聞かされた。逃げる前に感じていたプリメラの怒りは全てアルバートにぶつけて霧散したようで、愚痴だけで済んでいるのは幸いだと言えるが……今度は俺の方が怒りをぶつけたくなってきた。カインとかリオンとかアムールとかジャンヌとかアウラとかレニさんとかに……
あの六人、プリメラが声をかけてきた瞬間に、俺を押し出して逃げ出したのだ。しかも、逃げ出すだけならまだしも、女性陣は館を使わせてもらったお礼にとか言って、掃除をしながら俺の様子を観察しているのだ……とか思っていたら、カインとリオンもやってきた。何をする気かと思ったら、じいちゃんを連れてきて、隅の方の席で話をするふりをしながらこっちを見ている。アルバートは疲れて部屋に籠っているらしく、館に帰ってから一度も見ていない。
「プリメラ、カインとリオンのおごり。これでも飲んで落ち着く」
「ありがとうございます」
アムールがカインとリオンから持って行くよう言われたという飲み物を、プリメラは受け取ってすぐに飲み干した。俺にはないのかと思ったら、アムールがすぐに持ってきたので口にしたところ……
「酒じゃないか……って!」
慌ててプリメラの方を見ると、アムールにお代わりを要求していた。アムールは、俺のものを持ってくるときにすでに用意していたらしく、俺が止める間もなくお代わりを差し出し、プリメラはお代わりもすぐに飲み干した。そして、さらにお代わりを要求した。
このままでは、酒に飲まれたプリメラにからまれてしまう! ……と、思ったら、
「すぅ……」
三杯目のお代わりを飲んですぐに、寝息を立て始めた。
「作戦成功!」
「アムール、カイン、リオン……ちょっと来なさい」
三人を呼び、何か怪しい薬でも盛ったのかと詰問したところ、寝つきの良くなるお酒を使用したカクテルを飲ませたと白状した。
「とりあえず、三人のことはサンガ公爵に報告だな。まあ、それはアルバートに任せればいいか。ジャンヌ、アウラ。プリメラを部屋に連れて行って、寝かせてやってくれ」
ジャンヌとアウラは不穏な雰囲気を察したのか、すぐにプリメラを両脇から挟むようにして支え、プリメラの部屋へと運んで行った。多分、なんだかんだ理由を付けて戻ってこないだろう。
三人は、助けを求めるかのように部屋中を見回していたが……先ほどまで、三人と同じように俺とプリメラの様子を窺っていたじいちゃんとレニさんは、いつの間にか部屋から姿を消していた。
「さてと……ちょっと、お話ししようか?」
「「「はい……」」」
プリメラが寝入って助かった面もあるが、三人がやったのは犯罪行為と取られてもおかしくない手法だったので、注意だけはしっかりとする事にした。なお、一通り俺とのお話しが終わったところで、じいちゃんとレニさんに呼ばれたアルバートとクリスさんがやって来て、三人は追加で怒られる事になるのだった。ちなみに、じいちゃんとレニさんにもカクテルの件を問い質してみたが、二人そろって知らぬ存ぜぬを貫かれた為、見逃さざるを得なかった。その代わり一時の間、食事時のお酒と寝る前のお酒を禁止にしたので、レニさんはともかくじいちゃんにはダメージを与えることができた。まあ、じいちゃんは色々と抵抗していたが、連帯責任という事で納得してもらった。
そして出発当日。
「ば~か!」
「ばか、ば~か!」
「ばかばか、ば~か!」
「アウラ、右! レニタン、左!」
「「はい!」」
出発直前だというのに、三対三のチーム戦が行われていた。グンジョー市にきて何戦目の戦いかは分からないが、俺達も見送りに来た人達も気にしないくらいの光景となっていた。
「テンマさん、色々とありがとうございました」
「ネリー、ミリーをカバー!」
「させん!」
「いえ、俺の方こそ大事にしてしまって、申し訳ありません」
「隙あり!」
「お尻がぁああー!」
「確かにすごい結婚式でしたね。できれば、私の時にも来てほしかったです」
「リリー、ミリー、ヘ~ル~プ~!」
「秘技、エビぞり固め!」
「そこ、うるさい!」
「「「「「「はい……」」」」」」
「あ、相変わらず……賑やかです、よね?」
見送りに来てくれた人達と話している最中、俺達の周りでは六人が暴れまわっていたせいで邪魔だったので、少し強めに怒って黙らせた。その様子をすぐ近くで見ていたプリメラは、六人を助けようと口を開いたがいい言葉が思い浮かばなかったようで、中途半端になっていた。
「アムールとアウラはともかく、何でレニさんまで……」
そもそもレニさんは、アムールを教育する為って話だったのに……と考えていると、
「テンマ君の言いたいことは分かるわ……私も気になって問い質したことがあるし」
クリスさんがやって来て、その答えを教えてくれた。なんでも、俺に近づく女を遠ざけるのも、妻の役目だと教えているとのことらしい。
「妻って……」
「まあ、そういう心構えもあるということでしょ。それよりも私としては、アムールを利用して自分が楽しんでいるように見えるのが気になるんだけど……レニの方が逆に、アムールに感化されているってことはないわよね?」
クリスさんの予想は、ありえそうで怖い……が、レニさんに関してはそこまで心配していない。何故なら、レニさんは南部に恋人がいるとの事なので、王都に常駐することは出来ないとのことだからだ。まあ、アムールに会う為に、たまに王都まで来ることはあるだろうが、たまになら我慢できる……はずだ。
そんな事を考えながらも、見送りに来てくれた人……プリメラにおかみさんとソレイユちゃん、フルートさんにセルナさんとアンリ、マルクスさん達と別れの挨拶を済ませていった。ここにおやじさんとギルド長が来ていない理由は、二人とも仕ことがあり離れることが出来なかっただけで、事前にあいさつはしているので問題はないが、もう一度おかみさんとフルートさんからよろしく伝えてくれと頼んでおいた。なお、その間もアムール達は、静かに戦いを続けていた。
「お~い! そろそろ出発するぞ!」
「しまった!」
「最後のチャンスを逃した!」
「おのれ~……アムール、アウラめ~……」
「ふっ……勝った!」
「完全勝利です!」
「やりましたね、お嬢様!」
どんな理由で勝負していたのか知らないが、アムール側の勝利で終わったようだ。
「それじゃあ、色々とお騒がせしました。でも、また来ますので、その時はまたよろしくお願いします」
こうして俺は、三年前と同じように見送られながら、グンジョー市を離れたのだった。