第13章-10 結婚式前日
「こんな時に限って、何でリオンは期待に応えないのかなぁ……」
昨日の夜遅く、食事から戻ってきた俺達は、ようやくリオンと合流する事ができたのだが……その事に関して、リオンを置いていく気満々だったカインは納得できていないようで、先程から愚痴ばかり言っていた。
「あれほどリオンが必要だ、必要だとか言ってたのに……もしかして、ツンデレ?」
「まじか!」
「それ、罰ゲームとかの話だよね! 誤解を招くような言い方はやめて!」
アムールの言葉に、リオンはうれしそうな顔をしたが、カインは嫌そうにしていた。
「あなた達、口じゃなくて手を動かしなさい!」
現在、俺達は満腹亭を結婚式場に改装している最中である。まあ、改装と言っても、結婚式に必要のないものをどけて、壁などに飾りつけをしているだけだ。
「アンリ、そこで指輪の交換だ」
「は、はいっ! ……あれ?」
「アンリさん、控室に忘れてましたよ!」
アンリは衣装を届けに来たフェルトに、結婚式の流れの最終確認をしてもらっていた。もっとも、先程から緊張しすぎて失敗を連発しているが……明日は何とかしてくれるだろうと信じている。
「お~い、テンマ。焼きあがったから、これも預かってくれ」
おやじさんは、おかみさんと一緒に料理の量産をしている。セルナさんは、フェルトの奥さんにドレスを着せてもらっていたが……男性陣はセルナさんのドレス姿は当日のお楽しみという事で、アンリすら見ていない状況だ。ちなみに、プリメラとジャンヌはフェルトの奥さんの手伝いに行っている。最初は女性陣全員で手伝いをしていたが、数が多すぎる以上にクリスさんとアムールとアウラが使えない、もしくは邪魔だったので奥さんに追い出され、最終的にプリメラとジャンヌの二人だけになったのだ。ちなみに、クリスさんはセルナさんへの嫉妬で使い物にならず、アムールは性格的に細かい事が苦手で、アウラはここぞという時のドジで戦力外となったのだった。なお、レニさんは合格ラインにいたがアムールと一緒に部屋を出て、今はアムールの手伝いをしている。
「それじゃあ、そろそろ休憩にしようか?」
昼を大分過ぎたところで、遅めの昼食を兼ねた休憩をとる事にした。まだ準備は残っているが、リオンやその護衛の騎士達が加わったので、多少長めに休憩しても大丈夫だろう……と言うか、アンリが回復するまで結構な時間がかかりそうなのだ。
「それにしても、フェルトは結婚式に慣れているんだな」
「まあ職業柄、新郎新婦や参加する者が客としてくる事が結構あるからな。ドレスコードやウェディングドレスを調べたりするうちに、自然とそっちの知識も身に付くものだ」
理由を聞いてみると、確かに詳しくなるだろうなといったところだった。それにしても、フェルトが結婚しているとは思わなかったが、よくよく考えてみると、ギルド関係の客ならともかく何も知らない女性が、大男に服の相談……特に下着類の相談をするのはハードルが高いだろう。
「テンマが今考えている事で、ほぼ間違いないだろう」
考えを読まれたと思ったら、知り合いのほとんどから同じような事を言われたのだそうだ。それに実際、奥さんがいない時にやってきた初見の女性客のほとんどが、フェルトを見てすぐに店を出ていくのだそうだ。つまり、デザインや製作のほとんどはフェルトがやっているにも関わらず、フェルトの店は奥さんで持っているという事のようだ。
「テンマ! そろそろこっちを手伝ってくれ!」
フェルトと話していると、厨房にいるおやじさんからヘルプが入った。いつもならおかみさんが手伝っているのだが、結婚式の準備で慌ただしくなっているせいでソレイユちゃんの機嫌が悪い為、そちらに掛かり切りになっているのだ。そういった理由から、おやじさん一人では俺達の食事を用意するのが困難な為、手伝いに呼ばれたのだ……そこはメイドであるジャンヌやアウラに頼めばいいような気もするが、おやじさんにしてみれば、ジャンヌやアウラより俺の方がこき使いやすいのだろう。
その後、おやじさんの料理の手伝いをしていると、ジャンヌとアウラが配膳の手伝いにやってきたのだが……二人に交じって、何故かクリスさんも配膳の手伝いをしていた。
「まあ、カイン……クリスさん、どうしたんだ?」
「ん? ああ、クリス先輩はね、リオンの護衛についている騎士団長に、昔告白した事があるんだよ。まあ、その時はフラれたんだけど……」
クリスさんに聞こえないようにカインに尋ねてみると、予想外の答えに大声を出しそうになった。
「多分だけど、『好きだった人にかっこ悪いところは見せられない』…とか思っているんじゃない?」
「あ~……ありそう」
かっこつけたがりのところがあるクリスさんなら、十分考えられる話だ……と言うか、言われてみればそうとしか思えない。
「とにかく、後が怖いから気が付かないふりをしておこう」
「そこは、面白そうだから、からかってやろう……じゃないの?」
「その役目はカインに譲るよ」
「いや、僕もいらない」
「クリ「ごめんなさい!」」
かなりイラっと来たので、クリスさんにチクってやろうと思ったら、そんな気配を察したカインが俺の言葉を遮って頭を下げた。
「それじゃあ僕、ちょっとリオンを焚きつけてくる」
カインは、次のターゲットにリオンを選び、俺の前から逃げるように離れていった。そしてカインが離れて行ってから数分後、クリスさんの怒号とリオンの悲鳴、そしてカインの悲鳴が満腹亭に響いたのだった。
「ははは、クリスは学生の時から変わっていないな」
クリスさんに怒られているリオンとカインを見ながら配膳をしていると、グンジョー市までリオンを護衛してきた騎士団長がやってきた。
この騎士団長……ニコラス・ヘルマンは、クリスさんと同じ時期に学園にいただけあって、騎士団長という肩書の割には若い。それには理由があって、先代の騎士団長がククリ村の事件で辞任した為、幹部候補生だったニコラスが若くして騎士団長の地位に就く事になったからなのだ。
これは、ニコラスが周囲から将来の騎士団長と期待されていた事もあったのだが、その他にも若手を指名する事でイメージを変える為だったり、ニコラスを騎士団長の地位に長く就かせる事で、辺境伯軍の安定化を図ろうとする目的があったりするそうだ。そしてもう一つ、大きな理由がある。それは、ニコラスが先代騎士団長の義息子なのだ。コネで騎士団長になったと見られる事も多いが、副団長のライラを始めとした幹部連中の満場一致で推薦され、辺境伯も納得したうえで任命された為、少なくとも辺境伯軍では問題らしい問題はないとの事だった。そして、その当人はというと、
「それでオオトリ殿、これをあそこに持っていけばいいのかな?」
といった感じで、先程から率先して配膳の手伝いをしている。なんでも、辺境伯や先代騎士団長より、できる限り協力するようにと言われているからとの事だった。
「それで最後ですので、そのまま席に着いて待っていてください。クリスさん、その辺りにして、食事にしますよ」
クリスさんは、俺の方を見てからニコラスが見ているのに気が付き慌てて姿勢を正すと、取り繕うような作り笑顔を浮かべてトイレの方へと静かに逃げて行った。
「はぁ……疲れた……」
「久々に姐さんに怒られた気がするぜ」
クリスさんの逃走により解放された二人は、愚痴りながら席に着いた。カインは疲れた感じだったがリオンの方は笑顔だったので、いつもの場所に戻って来れたのがよほど嬉しいらしい。ちなみに、昨日は戻ってきたばかりのリオンに、誰もカノンがどうなったのか聞いていない。何となく聞きづらかったのもあるし、面倒事に巻き込まれる可能性も否定できないからだ。まあ、リオンやニコラス、他の騎士達の雰囲気からは大きな問題にはなっていないように感じるので、そうであってほしいと願うばかりだ。
その後、クリスさんは何事もなかったかのように戻ってきて、ニコラスから離れた場所に座り、いつもより大人しく食事をしていた。
「とまあ、これが明日出す予定の料理だけど、どこかおかしいところはあるかな?」
デザート以外の料理を昼食に出してみたが、全員満足した様子だった。まあ、一部「量が少ない」と言ってお代わりを要求していたが、試食という名目なのでこれ以上は出さないというと、不満そうな顔をしていた。流石に本番の半分以下の量では足りないというのは当然だと思ったので、追加でパンを用意したら、不満そうな顔をしていた一部以外も、次々とパンに手を伸ばしていた。もしかすると、本番でももう少し量を増やした方がいいのかもしれないが……今更作り足す時間はないので、物足りない人用にパンを追加で用意する事にした。
「それじゃあ……もう少し食休みしてから作業を再開しようか?」
そろそろ再開してもいいかなと思ったら、アンリとリオンとアムールが動けそうになかったので、休憩時間を延ばす事にした。なお、アンリは練習疲れがまだ抜けていないだけだが、リオンとアムールは食いすぎで動けないだけである。その為、アンリはセルナさんの優しい介護を受けているが、リオンとアムールの二人は容赦なくいじられていた。特にリオンのいじられ方はひどく、アルバートとカイン、それにクリスさんは当然として、ニコラスにまでいじられていた。
「それじゃあ、これで準備は完了です。お疲れ様でした。明日の本番もよろしくお願いします」
後半は思っていた以上に早く終わる事ができた。その理由は、宿に泊まっている冒険者達が準備に参加したからだ。宿に泊まっている冒険者達も、満腹亭で結婚式をするという事で参加する事になっていたのだが、それぞれ依頼がある為に前半は参加しなかったのだ。それを、出来る限り依頼を早く終わらせてきてくれたのだった。
そういった理由から、なるべく丁寧な言葉遣いを心掛けたところ……
「テンマ……正直言って、違和感がありまくりだ」
おやじさんからそんな言葉が返ってきた。しかも、俺を見ているほとんどの顔が、おやじさんの言葉に同意するように上下に動いた。
こんちくしょうと思った瞬間、冒険者達は蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの部屋へと逃げて行った。残ったのはおやじさんや身内だけだが、卑怯にも頷いていた奴らは、即座にソレイユちゃんを抱いているおかみさんの近くへと避難している。
「……そういえばおかみさん、ソレイユちゃんでも使えそうな、肌に優しい薬草を使った石鹸を作ったんですけど、見てもらえませんか?」
そう言うと、おかみさんは興味をそそられたようで、ソレイユちゃんを抱いたまま俺の方へとやってきた。
「これです。一応、女性陣に使ってもらって大丈夫だったんで、よかったら様子を見ながら使ってみてください」
ソレイユちゃんを実験に使うようで気が引けるが、材料自体は安全なものしか使っていないので薦めたのだ。おかみさんは、俺が差し出した石鹸を手に取って、においをかいだり自分の手首に塗ったりして確かめ、使われている材料を聞いてからソレイユちゃんを連れて浴室へ向かっていった。
「さて……何か言っておきたい事があったら聞くけど?」
「そういえば、追加のパンを焼かないといけなかったな」
「ふむ、汗もかいたし、風呂に入らんといかんな」
「あっ! マーリン様、申し分けありませんが、お風呂のお湯の交換を手伝ってもらえませんか?」
「クリス、おじいちゃんに手伝わせるだけは駄目。せめて、男湯の方の掃除も手伝うべき」
「アムールの言う通りです。ジャンヌ、掃除に行くわよ」
「そうね」
おやじさんがパンを理由にその場から離れた瞬間、即座にじいちゃんがその場を離れ、追いかけるようにクリスさん、アムール、アウラ、ジャンヌと逃げて行った。
「私達も、掃除を手伝わないといけないな」
「そうだね」
「力仕事は任せろ!」
アルバート達も、じいちゃん+女性陣に続いて行こうとしたが、
「ああ、あんた達は最後の仕事が残っているでしょ。掃除の方は私達がやっておいてあげるから、感謝しなさい」
と、クリスさんに拒否られた。つまり、見捨てられたのだ。
「クリスさんはああ言ったけど、最後の仕事は後でもいいし、風呂に入る前にもう一汗かいておくか。さあ、行くぞ」
リオンとカインの肩に腕を回し、強引に満腹亭の裏へと連れて行った。アルバートはほったらかしの状態だったが、逃げられないと観念しているようで、大人しく俺達の後をついてきていた。まあ、アルバートはこの二人とは違い、無駄な抵抗はしないと思ったからなのだが、もし逃げていたら俺に加えて見捨てた二人の相手もしなければならなくなると判断したからだろう。
その後、およそ一時間の仕返し……もとい、手合わせを終えた俺達は、最後の仕事をしてから風呂に入った。最後の仕事は時間も手間もかからないので、ボロボロの状態だった三人でも大丈夫だったはずなのだが、その仕事にアムールも加わろうとした事で一悶着あり、そのせいで精神的な疲れが増したらしい三人は風呂の中で眠りそうになり、揃って溺れかけていた。
「じゃあ、準備はできたという事で、今日は解散。満腹亭に残る人は申し訳ないけど、朝の準備をお願い」
来客の対応や会場の準備などを朝早くからしなければならないので、ジャンヌ、アウラ、アムール、レニさん、それにスラリンは満腹亭に泊まる事になったのだ。その他はサンガ公爵家の館に戻り、明日の朝に馬車で来る事になっている。最初は、仲人役をするので俺も泊まろうとしたのだけれど、オオトリ家として参加しているというところを周囲に見せなければならないという話になり、館に戻る事にしたのだ。同様の理由で、プリメラも戻る事になった。
「アウラ、アムール、リリー、ネリー、ミリー、念の為言っておくけど、喧嘩するんじゃないぞ。今日、ここで喧嘩するという事は、セルナさんとアンリの結婚式にけちをつけるようなものだからな。もしも喧嘩したら……俺も本気で怒るぞ」
先程から大人しくしている五人に向かって、強めの口調で言いつけた。いくら本気の喧嘩ではないにしても、せっかくの晴れの舞台を台無しにしてしまう可能性を見過ごすわけにはいかない。これがちょっとした祝いの席程度であるならば、にぎやかしの一つとでもいえるかもしれないが、一生に一度といっていい舞台では、セルナさんが許しても周りが許さないだろう。
俺が本気だというのが伝わったのか、五人は何度も頷いていた。なぜ五人が大人しくしているかというと、夕食の席でいつも通り喧嘩して騒ぎ、眠っていたソレイユちゃんを泣かせてしまった為、周囲からものすごく怒られたからなのだ。ちなみに怒ったのは、俺、じいちゃん、クリスさんのいつものメンバーに加え、満腹亭を利用している冒険者達もだった。満腹亭を利用している冒険者達からもソレイユちゃんは可愛がられている為、ソレイユちゃんが生まれて以降、満腹亭は昔のような馬鹿騒ぎがほとんどなくなり、常連客の団結力が上がったそうだ。
「これだけ味方の冒険者がいたら、万が一襲撃があったとしても大丈夫だろうな」
もっとも、ここを襲撃するだけの戦力と度胸をアンリの父親が持っていたとしたら、とっくの昔にセルナさんとアンリにちょっかいをかけていただろう。
「子爵の権力を利用するつもりなんだろうけど……裸の王様だな」
子爵の権力を上手く利用できれば、一般人相手ならどうにでもなるが今回ばかりは運が悪かった……と言うか、アンリを気に入っているというアビス子爵を利用しようと考えた時点で、上手くいかない事が決まっていたようなものだ。
「まあ、別にどうなろうともいいんだけど」
会った事もない人物、しかもセルナさんに対して敵対行動をとるという奴がどうなろうとも、俺には関係無い事だ。まあ、知り合いからはからかわれれだろうが、それくらいのものだろう。
「それじゃあ、明日は早いから各自早めに寝るように。解散」
じいちゃんやリオンは酒盛りしたそうにしていたが、飲みすぎて二日酔いになる未来が見えていたので、夜更かししないように言って解散した。しかし、館に帰った後で、
「なあ、テンマ。ちょっとくらいならいいんじゃないか?」
「そうじゃぞ。ちょっとくらいなら、二日酔いになる事はないぞ」
「ちょっとで満足しないでしょ? あきらめて。それと言っておくけど、もし隠れて飲んだりしたら……リオンは辺境伯に連絡するし、じいちゃんはアーネスト様に言うからね」
もし、俺の関係者の結婚式に二日酔い、もしくは酒気帯び状態で出席したと聞いたら、辺境伯よりもエディリアさんの方が怖いだろう。じいちゃんに関しては……アーネスト様から、嫌味を言われるくらいだろう。だが、じいちゃんにとっては屈辱的な事だと思う。俺の言いたい事を理解したのか、その後二人は何も言わずに、大人しく自分達の部屋に戻っていった。
「そういうわけだから、クリスさんもお酒は飲まないようにね」
クリスさんが、俺が二人に注意しているところを陰からこっそり見ていたので、念の為注意した。クリスさんは、「わかってる、わかってる」と言いながら、俺に後ろを見せないように厨房へ戻って行った。多分、これで大丈夫だろう。
「もう寝るか」
近くにいた使用人に、朝早く起こしてほしい事と、もしじいちゃん達が酒を飲もうとするのを見たら注意してくれという事を頼み、自分の部屋で明日の準備をしてから寝た。そして次の日、
「酒を飲んでも飲まなくても、リオンは寝坊するのか……」
出発時刻ギリギリまで準備をしているリオンを待ちながら、俺は愚痴るのだった。