第13章-8 角ウサギ
本年最後の更新です。本当に、最後の最後ですが……なんとか間に合いました。
来年も『異世界転生の冒険者』をよろしくお願いします。
来年はもっと更新回数を増やせるように頑張ります。
<フルートSIDE>
「疲れた~」
「実の娘が相手だからって、人使いが荒いんだよ! 全く!」
「角ウサギくらい、村の皆で楽勝なはずなのに……わざわざ私達を呼ばなくてもいいのにね!」
どうやら、『山猫姫』が帰ってきたようですね。声が聞こえなくても、三人がギルドに来れば新人が色めき立つので、わかりやすくていいですね。
「あっ! フルートさん。依頼終わったよ~」
「角ウサギが大量だよ~」
「久々にキングがいたよ~」
三人の言葉に、周囲で様子を伺っていた新人達が焦ってギルドを飛び出していったり、動揺してテーブルや椅子にぶつかったりしています。
「何事!」
「ちょっと! 驚かさないでよ!」
「依頼から帰ってきたばっかりで、私達疲れてるんだから!」
三人共、依頼で疲れているせいか少し気が立っているようで、急に騒がしくなった新人達に対し怒りを向けていました。普通ならそれくらいで怒るなと言いたいところですけど、新人達の中には先程から三人に対して邪な視線を向けたり、三人を見ながらこそこそと下世話な話しをしていたりする者もいるので、三人の怒りはもっともなものでしょう。その事を踏まえて、私を含めた職員の誰も、三人を注意しようとはしませんでした。
「三人共、落ち着いてください。実は三人が出て行ったあとで急な依頼が入りまして、新人達が焦っているんですよ」
「「「急な依頼?」」」
三人揃って首をかしげ、掲示板の方へと視線を向けた。こういうところが人気の秘密だろうなと思いながら、手元にあった依頼書の写しを渡して説明を始めます。
「その依頼は『角ウサギの肉の納品』でして、依頼主は一定の品質以上のものを必要としています」
「そうなの! じゃあ、丁度いいや!」
「これ、全部収めます!」
「きれいな状態でのウサギ以外は全部お母さん達に引き取らせたから、いいやつしか残ってないはずだよ!」
これ幸いとばかりに、三人は各々のマジックバッグから角ウサギを取り出していますけど……
「残念ながら、お三方はこの依頼を受ける事はできません」
ギルドとしては引き取るわけにはいきませんでした。
「何で? 品質には自信のあるウサギばっかりだよ?」
「もしかして、事前に依頼を受けてからじゃないといけなかった?」
「でも、掲示板に貼り付けたままだし、期間限定だけど常設の依頼同じところにあるよね?」
「よく依頼書を呼んでください。これは新人を対象とした依頼で、数も一人につき二羽までという制限が付いています」
疲れているからなのか、三人は依頼に書かれてある説明をよく読まなかったようです。私の言葉に驚いた三人は、依頼書を読み返してため息をついています。
「なんだ、残念……」
「しょうがない。半分はいつものお肉屋さんに引き取ってもらおうか……ギルドに卸すよりは、多少色をつけてもらえるし……」
「せっかく、いいお小遣いになると思ったのにね……」
ミリーさんは私に対するあてつけのつもりなのか、ギルドよりも高値で引き取ってくれるというお肉屋さんの存在を、新人達にわざと聞こえるように言っています。残りの二人も同調し、どこどこのお肉屋さんにも持って行ってみようか? みたいな事を相談していました。
「三人共、そんな事を言ってもいいんですか?」
「だ、だって、何処に持って行くかは、私達の勝手でしょ!」
「そーだ、そーだ!」
「半分はギルドに卸すんだし、残りくらいはいいじゃない!」
まあ、三人の言う通りなんですけど……
「私はただ、もっといい卸先があると教えたかっただけなのに……そこまで言わなくても……」
少しだけ……ほんの少しだけ、三人の態度にカチンと来てしまったので、ちょっとだけ傷ついた振りをしてみました。片方の手で目元を押さえ、もう片方の手でお腹を抱き抱えるようにして。
「えっ、えっ!」
「フルートさん、泣かないで!」
「私達が悪かったから!」
三人は嘘泣きに気がつかずに慌てて私をなだめ始めたけれど、同じギルド職員や古参の冒険者は気がついているようで、口元を押さえて笑いをこらえています。
「分かればいいんです。それで、その卸先ですけど……ちょっと静かにしてもらえますか?」
嘘泣きを止めると三人は、「騙された!」とか、「ひどい!」とか、「外道!」とか言い出しました。うるさいので注意しましたが……最後の『外道』という言葉を使ったのはネリーさんですね。しっかりと覚えておきましょう。
「それで卸先ですけど、テンマさんの事です。この依頼の主はテンマさんで、なんでも結婚式で作る料理にウサギの肉が必要なんだそうです」
「テンマが!」
「よし行こう!」
「すぐに行こう! ……って、依頼を受けてないのに、直接依頼主のところに持っていくのは、ギルド的にはありなの?」
テンマさんの名前を聞いて揃って飛び出しかけましたが、ネリーさんがいいところに気が付きました。
「本当ならダメ……と言うか、グレーゾーンです。もしこれでテンマさんが依頼を取り消したりしたら、依頼主と持ち込んだ冒険者に対して、ギルドとしては警告を出さないといけません」
飛び出しかけた三人と、それを見ていた新人冒険者達は、「なら、なんでそんな事を言うんだ?」という顔をしていました。
「ただ、テンマさんのところにウサギを持ち込んだとしても、テンマさんが依頼を取り下げなければギルドとしては警告を出す事はできません。まあ、褒められた行為ではないですし、ギルドの心象は悪くなりますけど。しかし、持ち込むのが『普通の角ウサギ』ではなく『キング角ウサギ』ならば、依頼に指定されている魔物ではないので、三人がギルドを通さずに売りに行ったとしても、ギルドとは何も関係がないので口出しはしません。まあ、相手方との間にどんなトラブルが起ころうとも、ギルドには関係がないという事でもありますが」
つまりこれは、知り合い限定ではあるものの、どこともトラブルが起きない方法なのだ。まあ、それでも三人に文句をいう冒険者が出てくるのならば、ギルドとしては仲裁に入るくらいの事はする。もっとも、「三人のように、気軽に突撃できるくらいの友好的な関係を築けばいい」か、「三人のように、キング角ウサギを持っていけばいい」と言うだけの話なのだから、大した苦労はない。それでも文句を言うのなら、ブラックリストに載せるだけだ。
(まあ、テンマさんなら三人の持ち込みというだけで、普通の角ウサギも全部買い取ってしまいそうですが……出した依頼に影響がない限りは、それは知り合いの特権ですね)
「何か言った、フルートさん?」
「いえ、何も言ってませんよ。それよりも、早く行かないと、テンマさんが夕食を済ませてしまうかもしれませんよ」
「それは大変!」
「首を洗って待ってろ! アムール!」
「ついでに、無駄肉のアウラ!」
本当に騒がしい三人ですね。それも、三人の魅力の一つ……という事にして、慌ただしくギルドを出ていく三人を見送りました。
本当ならこの方法は自分達で気が付いて欲しかったところですが、他の冒険者が先にその抜け道に気が付いて実行し、テンマさんとご友人の機嫌を損ねたら大変ですからね。持っていった冒険者が使い物にならなくなるのも避けたいですし。まあ、この警告を無視するか気がつかない程度の冒険者なら、このギルドには必要ありませんけどね。
フルートSIDE 了
「テンマ、わざわざすまなかったな。ウサギの代金は公爵家で持つから、遠慮せずに請求してくれ」
「いや、それだとバレた時が怖いだろう? 結婚式の代金は全て俺が持つと決めたんだし、うちには食いしん坊が三匹もいるから、肉はどれだけあってもいいからな。それに、俺が金を出す事に意味があると言ったのは、アルバートだろ?」
角ウサギの依頼は、セルナさんの結婚式で使う肉を確保すると同時に、以前頼まれた『公爵領に素材を卸す』事の代わりに、俺の名前で依頼を出したのだった。なので、新人に経験を積ませる為だとか、新人の救済の為とかいう高尚な理由は存在しない。それこそ最初は、誰でも受ける事のできる依頼にしようかと思っていて、フルートさんに頼まれたから変更したくらいなのだ。
「テンマ、これで多少は評判がよくなる!」
「失礼な! これでも、大人気な冒険者の一人なんだぞ!」
「『何も知らない人には』が抜けているよ」
アムールにふざけて抗議をしたら、後ろからカインが余計な事を付け足してきた。
「アルバート……俺の予定表にあった、『サモンス領への訪問と依頼受理』が今キャンセルされたんだが、代わりに何を入れたらいいと思う?」
「ふむ……ではその代わりに、『シルフィルド家の領地』に遊びに行かないか? エルザの家系は風魔法が得意な者が多いから、何か参考になる話が聞けるかも知れないぞ」
なので、カインとの約束を破棄する事にした。ついでに空いた予定(時期は未定)を埋める為、アルバートに相談すると、かなり心惹かれる提案が出されたのだった。
「それはいいな。じゃあサモンス領の代わりに、シルフィルド領にお邪魔しようか?」
「すいません、調子に乗りました。ホントごめんなさい。だから、予定表を元に戻して」
俺がアルバートの提案に乗ったふりをすると、カインは即座に謝罪の言葉を口にして頭を下げた。そんなカインの様子に、クリスさんを始めとするいつものメンバーは呆れたような顔をするだけだったが、あまり見る機会のないプリメラはかなり引き気味だった。
「そう言えば、テンマは角ウサギの肉をどう料理するつもりなんだい?」
プリメラの視線に耐え切れなくなったのか、カインが急に話題を振ってきた。明らかにプリメラの視線を逸らせる為の話題変更だと全員が気が付いてはいたが、当のプリメラを始めとした全員が気になっていたようで、そのままカインの話題に乗る事にしたようだ。
「ウサギの肉はいろいろな料理に使えるけど、今回はシチューや揚げ物に使おうかなと思ってる」
「美味しそう……テンマ、作って!」
アムールのその一言で、本日のメニューが満場一致で決まったのだった。シチューも揚げ物もこれまでに何度も作ってきているが、材料と具体的なメニューを腹が減りかけた時に聞いた事で、皆の意識が統一されたと言うのも理由の一つだと思う。
「それじゃあ、早速調理開始と行くか。ジャンヌ、アウラ、手伝ってくれ」
「プリメラ、せっかくだから手伝わせてもらうといい」
「えっ! ちょっと自信がないのですが……」
アルバートがプリメラに手伝うように言うと、プリメラは困惑していたが、結局は館の使用人と共に調理に参加する事となった。ちなみに、残りの三人の女性……クリスさん、アムール、レニさんは不参加だ。クリスさんとアムールは自称『食い専』との事で、端から調理に参加する気はないそうだ。まあ、調理に参加されても戦力外になりそうなので、こちらとしても端から誘うつもりはなかった。レニさんに関しては、本人は参加する気があったみたいだが、クリスさんが自分の話し相手として捕まえていたので、そのまま相手をして貰う事にしたのだ。
「味付けはいつも通りでいいから、シチューはアウラを中心にやってくれ。俺とジャンヌは揚げ物の方をやるから」
そう言ってジャンヌに唐揚げの下ごしらえをさせて、俺はウサギ肉のカツを作る事にした。シチューの方はアウラとプリメラと館の使用人に任せたが、これはシチューは煮込む作業が多いので、自信がないと言っていたプリメラのフォローがしやすいと思ったからだ。
「ジャンヌ、揚げるのは手伝うから、切り分けて下味をつけるまででいい。その分、かなり多めに用意してくれ」
ジャンヌに指示を出して、俺はウサギカツの方の準備を始めた。こちらは下味をつけた肉に衣をつけて普通に揚げたものと、同じ肉を切り開いて中にチーズを詰めたものの二種類を用意する事にした。それぞれ二十枚ずつ用意するつもりなので、手間と時間はかかるがシチューの出来上がる時間を考えたら丁度よくなる……はずだ。かなりギリギリになりそうだが。
そんな感じで料理をする事、約一時間。揚げ物担当だった俺達はほぼ下ごしらえを終え、あとは油で揚げるだけというところまできた時だった。
「テンマ様、お客様です」
「俺に客?」
館の使用人の一人が、来客を知らせに来た。俺の知り合いの中の誰がサンガ公爵家の館まできたのかと思っていたら……
「ああ、リリー達か……」
顔を見る前どころか、声を聞く前に正体が分かってしまった。なぜかと言うと……
「アムール、俺を反対方向へと押さないでくれ」
廊下へ出た瞬間にアムールが飛んできて、俺を玄関とは反対の方へと誘導しようとし始めたのだ。それで誰が来たのか理解できたのだが……俺の声を聞いたアウラもまた、誰が客として来たのか理解できたようで、ジャンヌの腕を引いて廊下へと飛び出してきた。
「アウラ、ジャンヌ。仕事!」
「行きますよ!」
「え~……」
アムールは俺を動かせないと判断し、廊下へと出てきたアウラとジャンヌを誘って三姉妹の妨害へ行く事にしたようだ。ジャンヌは乗り気ではないみたい(三姉妹の印象に残らなかったのが堪えたらしい)だが、アウラはやる気のようだった。だが……
「流石にここではやめてください」
プリメラが止めに入った。何故なら、
「リリーさん達はテンマさんのお客ではありますが、同時にサンガ公爵家の館に来たお客でもありますので」
との事だった。確かに俺の客であったとしても、サンガ公爵家の館にも訪ねてきている状況なのだから、三人に危害を加えられるわけにはいかないのだろう。
「でも!」
「リリーさん達は、正式な手順を踏んでから来ています。この間とは、状況が違います」
「む~……」
プリメラに論破されたアムールは、悔しそうな顔をしながら大人しくなった。その様子を見ていたアウラも悔しそうな顔をしていて、唯一ジャンヌだけが安堵の表情を浮かべていた。
「という事だから、静かにな」
プリメラのおかげでアムールとアウラが大人しくなったので、あとは三姉妹が絡まないかが問題だった……が、
「三人共、今ここで騒ぐようなら追い出しますからね」
「「「はい……」」」
三姉妹の方も、プリメラのおかげで大人しくなった。いつもとは違う雰囲気を持っているプリメラだが、もしかすると貴族でいる為の場所で客を迎えているという事が影響しているのかもしれない。
「それで、三人はどうしたんだ?」
静かになったところで三人に話を振ると、三人は目的を思い出したような顔をして、
「今日ね、依頼で私たちの村に行ったらね!」
「お母さん達にこき使われて!」
「色々あって!」
「「「角ウサギが大量!」」」
「三人共、もっとちゃんとしっかりと話す」
そういうアムールの言い方も怪しいところがあるが、三人よりは言っている意味が分かるので今はセーフでいいだろう。
「三人共、もっとわかりやすく話してくれ。特にネリー、その色々が一番知りたいところなんだけど……まあ、それは今はいいや。それで、角ウサギが大量でどうしたんだ?」
このまま話を掘り下げても進まないと思うので、三人がきた理由だろうと思われる角ウサギの話を聞く事にした。
「えっとね、今日の依頼で角ウサギの群れを壊滅させたんだけど、その中にキング角ウサギが居たの」
「それをギルドで売ろうとしたら、テンマが角ウサギを買い取ってるって聞いてね」
「角ウサギの買取は条件から外れちゃうから駄目だけど、キングの方ならテンマが欲しがるんじゃないかってフルートさんが言ったから持ってきたの!」
「キングは珍しいから、こちらとしてはありがたい。ついでに、他の角ウサギも引き取るぞ」
そう言うと、それはフルートさんからダメだと言われたと三人が声を揃えたが、出した依頼に影響がないなら大丈夫だろうと言って、持っていた角ウサギを全部引き取った。まあ、三人が出した角ウサギが、三桁まではいかないものの軽く五十を超えていたのには驚いたが、うちには食いしん坊が三匹もいる上に、他所からも何人かの食いしん坊がよくやってくるので、消費するのに大した時間はかからないだろう。
それよりも問題は、
「ついでだし、夕食を食べていくか?」
思わず口にしたこの言葉だった。
三人の答えはもちろんYESで、その後すぐにこのままでは用意したシチューと揚げ物の量では足りないことに気がつき、急いで量産する事になった。
量の調整がしやすいシチューはともかく、一人一人に回せる数が限られている揚げ物はそうはいかず、最後の手段としてシチューをアウラ一人に任せ、プリメラと使用人にも手伝ってもらってなんとか数を間に合わせたのだった。
「あれだけ苦労したのに、無くなるのは早かったな……まあ、いつもの事だけど……」
早くなくなるというのはそれだけ料理が旨かったという事なので、作り手としては喜ばしいところではあるものの、その一方では『もっとゆっくり味わってくれ……』と、心のどこかで思っている俺がいた。